百合いいよね...私?私はノーマルですけど何か?   作:ヒオルカ

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委員長②

 

 

芹沢小百合。

 

 

 

彼女はこの二年B組の...問題児である。

 

といっても比較的、と頭文字に付く程度だ。このクラスにはそこまで尖った人はいない。

 

芹沢さんは度々奇声をあげる。それは彼女が『百合』について考えている時に発生するようだ。

そこまで頻度が高いわけではないが、このクラスになってもう半年。それなりの回数は見ており、最初は何事かと驚いていた皆も慣れて、クラスの名物みたいな扱いを受けている。

 

これさえなければ友好的で友達の多い明るい子。

あ、あと成績はあまり良くなさそう。

 

 

 

そんな彼女に声をかけたのは、進路調査のプリントの催促をしに行った時。

 

 

図書室から帰ってきた彼女はとても楽しそうに帰り支度をしており、なんだか催促をするのが申し訳なくなったけれど、期日は明日だし言わずにいるわけにはいかなかった。

 

「あれ?明日!?どうしよう...どこやったかな〜?」

 

彼女は鞄をひっくり返してプリントを探す。彼女の通学鞄はいつもパンパンだ。一体何を詰め込んでいるのだろうか?

 

こうなった時のためにコピーしておいた予備のプリントを渡すと、彼女は飛び跳ねて喜んだ。

 

「本当...!?ありがと〜!神!愛してる!」

 

随分大袈裟な人だ。愛してるだなんて、なんだかそう簡単に口にできる人が羨ましい。

きっと彼女は愛が何か知っているのだろう。百合というのは確か恋愛ものだったはずだから。

 

 

 

 

その後、一緒に帰ろうと誘われ、まだ先生の手伝いが残っていると言って断ったところ、彼女はこう言った。

 

「大変じゃない?自分の好きなことやる時間とか取れてる?」

 

...自分の好きなことをやる時間?

私にはそもそもそんな概念がない。構成する材料もない。

 

「何か叶えたい夢があるの?」

 

改めてこう聞かれると、私には無いものが多すぎる。よくここまで生きていられるものだ。

まあ何もなくとも、生きてはいけてしまうものなんだろう。良いか悪いかはともかく。

 

 

 

「...じゃあ、これから自分のやりたいことを見つけるのが天野さんの夢だね!」

 

...え?

 

「自分に自信の持てる夢を見つけるのが夢!それは公務員かもしれないし他のかもしれないけど...天野さんならきっとできるよ!」

 

夢を見つけるのが夢...だなんて。

そんなの言葉遊びだ。私の夢の準備段階は、きっと人格形成の時点でもう失敗に終わってしまった。

 

 

「大丈夫!というか私だってまだ見つかってないし...それにね?ついこないだ完結したライトノベルの『影と光のプレリュード』、通称『とのプレ』最終回でミュルシーズにコアを貫かれて消滅したはずのレイアが最初期の黒衣を羽織って現れて、「もう一度夢を追って、キミに相応しい人になるよ。」って言ってアトリはそっぽを向きながら「夢が叶うのとどっちが先か...って超ネタバレだったごめん!!!」

 

「いや、全然大丈夫。」

 

彼女が急に爆発した。

 

ちなみにこの大丈夫はロクに聞き取れていないからネタバレは大丈夫と、そもそもその内容を理解する気がないから大丈夫の二つの意味を持っている。

 

「何か思い浮かんだら私に教えて!オタクはイマジネーション得意だから... 膨らませたらきっと良いことあるよ!」

「...うん。」

 

そう言い放つ彼女の姿は堂々としていて、つい素直に返事をしてしまった。申し訳ないけど、その時はきっと来ない。

 

「良かった!じゃあ私は帰るね!あとこれ、オススメだからね!」

 

そういうと彼女はおもむろに小説を4冊ドンと机に置いた。

 

 

 

...?

 

 

 

困惑しているうちに、彼女はもうそれなりの距離から手を振って...すぐに見えなくなった。

 

 

......?え?

 

 

これ持って帰るの私?

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「香織ー?お夕飯の時間だけど...?香織?」

「っ...!」

 

ドアをノックする音で現実に戻る。

 

 

手には、『影と光のプレリュード』第3巻。もう後書きのページだ。

 

「い、今行く...!」

 

慌てて本を閉じて部屋を出る。

 

 

頭が上手く働かない。言葉では言い表せない気分だ。

夕飯を食べている最中も、彼女達のお話が頭の中をグルグルと回る。

 

主人公の相棒、ルミナが魔剣の影響を受けて自分の秘めた心を抑えられなくなってしまうところで、3巻は終わってしまった。

 

リゾットとローストビーフを呆然と口に運びながら、考えることはただ一つ。

 

 

 

 

ああ...

 

続き読みたい...!

 

 

 

私は通常の1.4倍速で夕飯を食べ終えた後、すぐに部屋に戻ってページを捲る。

 

 

 

 

 

 

 

4巻を読み終えるまでにそう時間はかからなかった。

5巻は...と鞄を漁ったところで、芹沢さんから借りたのは4巻までだったことを思い出す。

 

どうしよう。流石に今から買いに走ったら、お母さんに何事かと思われてしまう。

 

そうだ。この現代社会、電子書籍なる素晴らしい発明があるじゃないか。

 

そう思ってスマホを開く...けれど、購入ボタンまで辿り着いて、支払い方法がないことに気づく。

インターネットで買い物なんてしないからクレジットカードは作ってないし、今からプリペイドカードを買いに行くことは本を買いに行くことと同義だ。

 

 

つまり、詰み。投了。

 

私は絶望してベッドに体を投げ出す。

 

今なら、彼女が奇声を発するのも理解ができる気がする。いややっぱりできないけど。

 

ぼんやりと、今読んだ内容を思い起こす。

 

 

 

彼女達の冒険には、確かに...愛があった。

剣と魔法。因縁と絆の間に生まれる関係は、一言では表しきれない複雑さだ。

 

自分に合った本、作品を見つけた時の興奮は凄まじいものだと、何かの広告に載っていた覚えがある。

その時は、ただの大袈裟な宣伝文句だろうと考えていたけれど、それは真実だったんだ。

 

...彼女は、芹沢さんは知っていたのだろうか?彼女は大した脈絡もなくこの本を私に貸した。私の心を揺さぶる、この作品を。

 

 

 

 

彼女は、私の愛を知っているの?

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

朝一番に、私は芹沢さんから5巻を借りた。彼女は当然の如く最終巻まで持ってきていたけど、5巻だけで大丈夫、あとは自分で買うと告げた。彼女の鞄がいつも満杯な理由は分かったが、そんなに持ってきて重くないのだろうか?

 

休み時間に、続きを読む。

授業には集中する。ライトノベルに熱中しすぎて成績が落ちたなんてことになったら目も当てられない。

昨日はなかなか寝付けずに二週目に突入したせいで若干眠たいのは、バレていないはずだ。

 

 

 

思えば初めて、先生の手伝いを断った気がする。

 

 

 

ホームルームが終わり、最寄りの本屋さんへと向かう。そんな私の足取りは実に軽い。

 

「...えっと...か...か行...あれ...」

 

棚を見回すが、なかなか見当たらない。発売したばかりの最終巻は入口に置いてあったが、既刊がない...!

 

どうしようか...最終巻だけ買っても意味はない。実物の表紙を揃えたかったけれど、電子版で我慢するしかないかも...

 

そんな感じで小さなライトノベルコーナーで頭を悩ませている私に、聞き馴染んだ声がかけられた。

 

 

「あ、天野さん!いたいた!」

「...!?せ、芹沢さん...?」

 

理由もなくびっくりしてしまう。

普段しないようなことをしている最中に知り合いに見つかると、なんだか悪いことをしているような感覚に陥る。

 

「いやぁ、ここにいると思ったよ!」

 

...?彼女は私を探していたのか。

 

「天野さん、とのプレ買いに行くって言ってたからさ。こっちの本屋さんは、普通の小説は充実してるけどラノベコーナーは狭いから困ってるんじゃないかなーって。」

 

そうだったのか...本屋さんは参考書のコーナーしかよく見たことがなかったから気づかなかった。彼女は周辺の書店事情にまで詳しいようだ。

 

「そのために...いるかも分からない本屋さんまで追いかけてきてくれたの?」

「うん!帰りに誘おうと思ってたら、気づいたらいなくなってたからさ...ふふ、そんなに気に入ってくれた?」

「...そうね、とっても面白かった。ありがとう、芹沢さん。」

 

「!!!嬉しい...!布教して気に入ってもらえた時の喜びといったら、新しく始まった原作既読の深夜アニメが世間でめっちゃ高評価貰った時くらい嬉しいよ!昨日放送した『マジカロンド』も神作画と第一話の衝撃的な展開でめっちゃ話題になってるしもう嬉しいことづくめで困っちゃうね!!!」

 

「そ、そうね...?」

 

相変わらず何を言っているのかさっぱりだが、とりあえず見逃し配信か何かで『マジカロンド』は見ようと思う。

 

「あ、本来の目的を忘れてた...ここから10分くらい歩いた所にアニメショップがあってさ。そこなら絶対あるよ!」

 

そういうと、彼女は私の手を引いていく。手が触れ合ったその時、訳もなく私の心臓が少し高鳴った。

 

 

 

 

アニメショップに向かう道中、私は彼女に『影と光のプレリュード』の感想を話した。

着くまでの10分間ノンストップだったと思う。これではまるで、芹沢さんみたいだ。

 

でも仕方がなかった。学校で急に芹沢さんと感想を話し合ったりしたら、下手するとクラスの名物化に巻き込まれるかもしれないし、溜めこんでしまっていたのだ。

 

「ん?」

 

ニコニコしながら私の感想を聞く彼女は、もしかしたらそんな私の心すら見透かして、追いかけてきてくれたのかもしれないと思うと、なんだか急に恥ずかしくなってきてまともに彼女の顔が見られない。

 

 

 

 

アニメショップに辿り着いた私達は、無事目当てのものを購入することができた。

最新刊にはショップ限定の特典も付属していた。こういうのもあるのか...彼女には何もかも、教えてもらってばかりだ。

 

会計を済ませて、店を出る。

 

彼女は私の三倍くらい本を買っている。絶対重いだろうけど、そんなことを感じさせないくらいの笑顔。

 

私もきっと、そうだ。先日の4冊を持って帰った時の重さに比べて、今日の手にかかる負荷のなんと軽いことか。

 

相変わらず早口で感情を発露する彼女を眺める。

 

「...そういえば私、下校の時にいつもの通学路を外れてどこかへ行くの、これが初めてだわ。」

「そうなの?じゃあ良い経験をしたね!寄り道って、普段より楽しくなっちゃうんだよ。友達と一緒なら特にね!」

 

友達...

 

「それに『夢百合学園物語』season2で無理やりアミコが無理やりミノリの手を引いて放課後デートに連れていくんだけど最初は不満そうだったミノリも美味しいものを食べたり人生初のゲームセンターに入ったり通りのブティックでファッションショーをしていくにつれてどんどん笑顔になってきて最後は「あなたの非行を咎めるためですから!」て言って付き合ってくれるように」

 

「芹沢さんちょっと情報量が多いわ。」

 

情熱的なのはありがたいが、相変わらず大部分を理解できていないので何が何だか分からない。

 

 

 

 

そうこうしているうちに分かれ道。私の家は向こうだ。

 

「今日はありがとう、芹沢さん。あなたのおかげで...私の世界、広がったわ。」

 

本当に...なんだか生まれ変わった気分だ。

 

「うんうん、良かった!そうだ、苗字じゃなくてさ。名前で呼ぼう?友達だし...ね、香織ちゃん!」

「っ...」

 

そう言ってのける彼女の表情があまりにも眩しくって、一瞬目を伏せる。

 

「...そうね、小百合...さん。」

 

恥ずかしさを堪えて絞り出すと、彼女はもう一度ニカッと笑って、私の家とは違う方向へと歩き出す。

 

私は...見えなくなるまで、その後ろ姿をどうしようもなく、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、今日は遅かったのね。もうすぐお夕飯できるから...」

 

家に着いて、本をしまう。帰りが遅くなったけれど、いつも先生の手伝いで下校が遅くなるため疑われることはない。

 

...お母さんは、私が友達と寄り道をしてアニメショップに行ったなんて知ったら、どう思うのだろう。

 

怒られるのだろうか。それとも、興味を持たれず終了か。

 

 

 

......

 

 

 

夕飯の席に着く。

 

ジェノベーゼを巻きながら、今日のことについて思いを馳せる。

 

私の新しい世界。

 

初めてのこと。

 

......

 

「お母さん。」

 

「...?どうしたの?」

 

「私...その...新しい趣味を、見つけたの。」

 

「......」

 

 

 

 

 

「......お、お母さんにも教えてくれる...?」

 

「...!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

あれから、小百合さんとは良く話すようになった。

 

彼女の幼馴染である美奈子さんとも。

彼女も同じ趣味を持っているようだ。今までの私では考えられないほどすんなりと仲良くなることができた。

小百合さん被害者のシンパシーかもしれない。

 

それと今では、漫画やアニメにも徐々に手を出している。徐々に部屋のスペースが侵食されていくのを感じる...

 

趣味と、友達。

私にそれらができてから、私の見る世界は大きく変化した。

 

 

 

それから...愛について。

 

お母さんとの距離がちょっと縮まった。ほんの少しだけど...でも、今ならお母さんの愛が、感じられる気がする。

 

そして、もう一つの愛。

彼女から借りた本で学んだ、愛。

 

その愛の矛先が、彼女に向くことは...予想に難くない。

 

これが実るかは分からないけど...生まれたての今は、これが育つまで待つことが一番だと思う...

 

 

 

 

教室の扉の前に立つ。そこにはいつもの騒がしい光景が...

 

「...!...!?」

 

なんだろう、いつもとはちょっと違った騒がしさが。

扉を開けると...美奈子さんが、真剣な表情で小百合さんに詰め寄っていた。

 

喧嘩だろうか?いや、ありえない。彼女達が喧嘩なんてするとはとても――

 

 

 

「え...?だって、私ノーマルだったから、女の子と付き合うのは...」

 

 

 

 

.......え?

 

 

 

 

ノーマル?

 

 

 

 

 

 

.......冗談でしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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