百合いいよね...私?私はノーマルですけど何か? 作:ヒオルカ
「あの...」
「...?はーい?」
「あ、いえ、なんでもないです...すみません、帰り支度の途中に...!」
つい声をかけてしまった。それは僕の憧れで、理想で、それでいて手の届かないものだと知っての行動だろうか。
「なぁに?まあ座りなさいな、私は今とっても気分が上がってるのです!」
「え、えっと...」
さっきまで表情をコロコロと変えていた女性は、今は爽やかな笑顔一色だ。
「で、何が聞きたかったの?お姉さん今なら何でも答えちゃう!」
「その...小説家さん、ですか?」
「うん、といってもたいして売れてないんだけどね。でも評判は良いんだよ?あんま知られてないっていうか...」
「す、凄いです...!本を出版できるっていうだけで、その...!」
「そう?ありがとう!君も作家志望なの?」
...僕が?
そんなの、全く考えたことがなかった。あり得なさすぎて元々選択肢にも入っていない。
「いいいいや、そんな恐れ多いことは...!ぼ、僕は読むのが好きなだけで...!」
「そうなの?ふーん...でもさ、ちょっとでも興味あるなら書くだけ書いてみようよ。」
「書くだけ...ですか?」
本を出したり、どこかに投稿したりしないもの。
他の人に見せることのない書き物...そういったものもあるのか。
「自分の心を書き出すの。真っ白な原稿用紙が自分の色に染まってくのは気持ちいいよ...ってうわ、編集からSNS来てる!そろそろ行かなきゃ!」
「あっ...すみません引き止めちゃって...!」
「ううん、平気!今日の私は胸張って編集に会いに行けるのだから!」
彼女はニコッと笑って手を振った。
「さっき言ったの、考えてみてよ。自分の心を移してみたらさ、案外それを見せたくなる人が出てくるかもよ!」
「見せたくなる...人...?」
「届くよきっと。文字に居場所は関係ないからさ!」
その日僕の鞄には、400字綴りの原稿用紙が挟まることになった――
―――――――――――――――
...夢か。
数年前の、あの日。あの喫茶店で、そう言えば僕はあの女性に声をかけたのだったか。
それから芹沢さんは一度も会っていない。
彼女が最後に見せた表情が気にかかるけど、手続や引っ越しの準備で忙しく、会えるタイミングがなかった。
...でも、それもこれも、結局は関係ないのだ。どんな関係になっていたとしても。
最終的には、いつもシュレッターにかけられてしまうお話なのだから。
――――――――――――――
このままではいけない。
この間から、千枝ちゃんとの関係がちょっとギクシャクしてしまっている。
どう考えても原因は私の
とにかく私のせいで彼女の笑顔を曇らせることはあってはならないので、私の個人的な理由は全力で封じよう。そうすれば、きっと明日から元通りになるはずだ。
とりあえずお詫びの印としてトートバッグに中級者向け百合小説セット(文庫本十二巻)を詰め込んで、家を出る。
しかしその日、千枝ちゃんは学校に来ていなかった。
先生に聞いてみると、お家の事情らしい。
その日から、彼女は図書室にも来なくなってしまった。何かあったんだろうか。教室まで押しかけるのはどうかと思っていたけど、このままでは会えるタイミングがない。
あの微妙な雰囲気のままでいるのは嫌だし、ここは無理矢理にでも会いに行った方が良いかな...
そう思っていたところ、通りすがりに聞こえてきてしまったその言葉に、私の心が跳ねた。
「期限は――までだけど、転入届は―
転入?
「はい、なるべく早めに―
この声は...千枝ちゃん?
扉の前で足が止まる。転入...?も、もしかして千枝ちゃんが?
去年転入してきた子がいたのを思い出す。「夢百合学園物語」のアミコが転入してきた月と一緒だと無駄に興奮していた。確か宮本という苗字だった気がするし、もしかして千枝ちゃんのお家はお引っ越しが多いのだろうか?
さっきの会話だけで深読みするのは良くないかもしれないけど、でもあの声は千枝ちゃんだ。百合営業目的で女性声優を追いまくったおかげで、女の子の声の判別は得意なのだ。
ど、どうしよう...とにかくなんとか早く元の関係に戻りたい。このまま彼女が去るなんてことはあっちゃいけない。
とりあえず無理矢理にでも会って、それでなんて声をかければいいのかな...
うう...うーん...
!そうだ。
思い出せ。人と人との関係を描いてきたそれを、私は数えきれないほど見てきたはずだ。
図書室へと早歩きで向かう。ここにある百合関連書物の場所は全て把握している。
私は迷うことなく、目的の本を手に取った。
―――――――――――――――
おじきをして職員室を出る。
「......」
手にした薄い転入届を眺める。この類のものを書くのはこれで五回目だ。
期限はそう近くなくまだ一ヶ月ほどはこの学校だが、後回しにするものではないし、早めに書いてしまおう。
...それと、図書委員会も辞めてきた。
引っ越しの準備で放課後はなるべく早く帰りたいし、その...もしかしたら、図書室にいると彼女と会ってしまうかもしれない。
きっと会えば、それだけ未練が増える。これまでもそうだ。お別れ会とか、プレゼントとか、そんなのは時限爆弾だと思う。今しかできないからと急かされるように設置して、後で爆発して寂しさを撒き散らす。
まあ芹沢さんとはそれこそ数日しか会ってない。友達の多そうな彼女のことだ、きっと僕のことはすぐに忘れ――
「千枝ちゃん!!!」
「...っ」
......
息を切らした彼女は、一冊の本を抱えて駆け寄ってきた。
――――――――――――――
「千枝ちゃん、その、ごめん!」
「...?えっと...」
「たまたま聞いちゃったの。千枝ちゃんがその、転校するって...ほ、本当...!?」
「あ...」
知られてしまった。別に隠すつもりはなかったけれど、きっといつのまにか居なくなるのが最善だと思ってはいた。
「う、うん...じゃ、じゃあ僕は準備があるからこれで...」
「!...あ、待って!それと!」
彼女が僕の手を掴んだ。
「こないだのこともごめん!あれは私の個人的なことっていうか、千枝ちゃんは何にも悪くないの!」
こないだの...芹沢さんの様子がおかしかった時のことだろうか?
「そうなの...?よ、よかった。えっと、じゃあこれで...」
「待って!」
彼女の、僕の手を握る力が強まる。いや本当に強い。ビクともしない。これは彼女が毎日布教本を何冊も抱えているせいだろうか。
「私、千枝ちゃんともっと仲良くなりたい!」
「っ...!」
仲良く。僕にとっては難しくて、その上儚く消え去るだけのそれを、彼女は欲しいと言う。
「意味、ないじゃないですか。転校するんですよ。」
「そんなこと...」
「ないんです。以前の学校の少ない友達も、最初は電話とかメッセージでやり取りしてたけど、徐々にフェードアウトしました。会えなきゃ...近くにいなきゃ、結局何も届かなくなっちゃいます。」
「......」
「だから、いいんです。このままで...じゃないと、もっと寂しく――
「これ、知ってるでしょ?」
彼女はそう言って...握りしめていた本をこちらに向けた。
「...『わたあめせいじん』...」
「そう。『もくもくのふね』の作者さんが去年大賞とった絵本。甘いものを知らない人間と、わたあめ星人が出会うお話。覚えてる?最後にわたあめ星人は...」
「宇宙の風に攫われて、散り散りになる、んですよね...」
「そう。でも人間とわたあめ星人が一緒に作った『棒』を宇宙に向かって回し続ければ、きっと彼女らはそれに導かれて再び巡り合える...そんな終わりだった。」
彼女の真剣な瞳は、僕の心を逃がさない。
「何を...」
「書こう!小説!私たちで!」
「えっ...!?」
ど、どうして!?
「その、これもごめん!千枝ちゃんが図書委員辞めちゃった後に一回図書委員手伝ったんだけど、その時履歴にウェブ応募の小説コンテストがあるの見ちゃって...!千枝ちゃんに少しでもやりたい心があるなら、やってみない?」
「うぇ...!?で、でも、そんな、僕の小さな憧れで、会ったばかりの芹沢さんに手間をかけさせるのは...」
「会ったばかりかもしれないけど、でも千枝ちゃんと百合や本の話をしたのはすっごい楽しかった!もちろん電話もメールもするし会いにも行くけど、でも私も、『わたあめせいじん』の棒みたいに、千枝ちゃんとの間に残るものが欲しい!それはきっと、私と千枝ちゃんを結ぶ丈夫な糸になるよ!」
「...!」
『届くよきっと。文字に居場所は関係ないからさ!』
「.....あ...本当に....?」
「....!うん!」
彼女が...
『さっき言ったの、考えてみてよ。自分の心を移してみたらさ、案外それを見せたくなる人が出てくるかもよ!』
僕の小説を、見せたくなる、人?
―――――――――――――――
「転校まで一ヶ月あるけど...でも今月中のコンテストはこれしかないし、期限まで二週間ちょっと...!」
「大丈夫!今までの分で結構な割合書き終わってるみたいし、私も頑張ってサポートするから!」
それから僕たちは、小説完成を目指して全力を尽くした。
「お邪魔します!」
「え?ああ、どうも...お友達かい、千枝?」
「そう!」
「そうか、千枝が友達を...って凄い荷物だね!?」
――
「はいこれ椅子!」
「その荷物椅子だったの!?」
「昔応援してた百合作家さんが腰痛になっちゃって、その時サイン会でおすすめの椅子を伝えるために整体を齧ったの!千枝ちゃんの体にフィットするはずだよ!」
「ほ、本当だ...!」
―――
「えっと...こわく...芹沢さん、これどんな漢字だったっけ?」
「蠱惑!『ネプチューンの落し物』第9話にあった!」
「ありがとう!あ、えっと...れんびん...これは?」
「ごめん百合小説で見たことないから分かんない!辞書引くね!」
――――
「ここ場所どうしよう...!公園...?図書館...?」
「撮ってきたよ!やっぱ実際あるところを参考にした方がいいと思う!」
「ありがとう!」
―――――
「って中間テスト来週じゃん!や、ヤバいよ千枝ちゃん!」
「ぼ、僕は予習してあるから大丈夫だけど...」
「......ちょっと美奈子ちゃんとこ行ってくるね!」
――――――
.....
...?
ね、寝てた...っ!今何時...!?
「あ、おはよう、千枝ちゃん!」
「っ...!わわっ...!」
ち、近い...!あ、朝...!
び、びっくりしてしまった。起きたら目の前に芹沢さんの顔があるものだから...
「え、えっと、締め切り今日まで...!」
「うん。今日の16時までだから大丈夫!一応添削してみて特に何もなかったけど、一応読んでみて。」
「う、うん...!」
芹沢さんからタブレットを受け取る。今回はネット応募のためにPCで執筆をした。元々あった大量の原稿を全てデータに起こす作業は、芹沢さんがいなかったら確実に間に合わなかっただろう。
「......」
完成した、僕の小説。
自分で読むのはやっぱり恥ずかしいし、見知らぬ人に見せるのは今でも躊躇いがある。
でも、これは、僕の心を見てほしい人と、共に作り上げた文字列。僕と彼女を結ぶ糸。
恥かしいけど、でも、誰かに読んでほしい。
これはきっと誰かの心にも届く。僕のように、人との繋がりを恐れているような人にも。
それから...僕に執筆を教えてくれた、あの女性にも。
うん。これならきっと、どんな結果になったとしても―
そうして僕達は手を重ねて...二人で、投稿の文字をクリックした。
――――――――――――――
あれから、数日。
僕を取り巻く状況が変わったかというと、そういうわけではない。
もう数週間すれば僕はこの学校を去ることのなるし、投稿した小説も、結果が出るのはだいぶ先だ。
それでも、僕の心は様変わりした。この学校を去るのは寂しいけれど、以前のような心を締め付けられる気持ちはもうない。
それに、彼女の友達である篠田さんや天野さん、自分のクラスの人たちと少し話すようにもなった。残すという行為を信じることができるようになったから。
どれもこれも、彼女のおかげだ。彼女の、一見強引なアクションは...僕の心に立ち込めた暗雲を取り払ってくれた。
彼女は僕に信じさせてくれた。言葉だけじゃなく、行動で...君のことを忘れないと。
...一瞬僕の書く小説がその、百合に偏ったこともあったが、それは予兆だったのだ。人と関わることを避けていた僕にとって、彼女の眩しさは特効薬だった。
もうごまかしようもなく、僕は小百合さんのことが好きなのだ。
だって仕方ないじゃないか。あれだけのことをされてしまったら、もう知り合ってからの時間なんて関係がない。
それに...きっと、篠田さんも天野さんも、そうだ。なんとなく...わかる。
...告白は、しない。これは諦めとかじゃなくて...なんだろう、あれだけ文字を書き連ねたあの日々を超えた今でも言葉にできない、この気持ち。
もしかしたら後悔するかもしれない。いつか笑い合ってこれを打ち明ける日が来るかもしれない。でもそれはきっと、悪い未来じゃなくて―
「だ、だから!私は女の子と付き合うなんてことはないっていうか...!」
―でもそれは聞いてない。マジで。
文学少女編終了。ここまで読んでくださり大感謝です!
もう少しで完結といった形にどうにか持っていく予定ですので、最後までお付き合いいただければ幸いです...!
感想、評価、いつもありがとうございます!ウレシイ!!!