続くかどうかは……いやもうこれやめとこ(苦笑)
悪役令嬢、俺の耳はよく聞いた言葉。
意味も役割も社会人になって少しの間まではゲームやアニメに関心が強かったので何となく解ってはいるつもりだ。
しかしいざそういうキャラが出ていた作品を何か挙げろと言われると困ってしまう。
意外にそれは全く知っていないのだ。
それっぽいキャラが出ていた作品は必ず何かしら見たり遊んだりしていると思うのだが……。
まぁいい。
重要なのは、そんな状態なのにあろうことか昔流行っていた転生モノみたいに自分が所謂悪役令嬢というものに生まれ変わってしいまっていたという事だ。
時は少し遡る。
目が覚めるとそこは一目で分かるほど豪華な雰囲気のある部屋。
映画でしか見たことがないホテルのスイートルーム、あるいは金持ちの豪邸の寝室のような部屋で目覚めた俺は上体を起こした状態で呆然としていた。
下を見れば胸があった。
男にはない膨らみを持った球状の胸だ。
触らずともそれが男の胸にはない柔らかさがあることが解る。
そして手、自分の身体を見て驚いて今度は自分の手を見た。
明らかに見たことがない『綺麗』な手だった。
別に元の自分の手が汚かったというわけではない。
それと比べても明らかにああ綺麗だなと思えたというだけだ。
指も掌も元の自分と比べて一回り以上小さい気がした。
肌は手入れをしているのか元々そうなのか分からなかったが、毛が一本も生えてなかったのでそのことも相まって余計に綺麗に見えた。
爪も切り揃えられて……爪先もやすりみたいなものを使ったのかツルツルで綺麗だった。
「…………」
自分の顔を掴む。
無精髭どころか薄く伸びている毛の感触すらなく、これまた手とは違うが元の自分からは感じたことがない感触だった。
滑らかでしっとりと表現したら良いのか、ああそうだ、子供の肌のような感触だろうか。
髪型は鏡を見ないでも変わっていたことは一瞬で判った。
肩を越え伸びたそれが下を向いた時点で視界に入っていたからだ。
俺は深くため息を吐いて豪奢なベッドから出て立ち上がる。
服装はこれまた歴史映画やファンタジーもののアニメで見た気がするような女性用のスラッたとした長い裾の寝間着だった。
「……」
はっきり言って寝難そうだった。
服の生地の感触は流石に女性用ということもあって肌触りは悪くなかったが、そもそも服の形状が駄目だった。
スカート状になているから旅館で使う浴衣のように布団に入ったら自分で直さないと先ず捲れる。
やはり下の衣服はズボンが至高だろう。
俺は恐らく渋面をしているだろう表情のまま、裕福そうな家だから鏡くらいどこかにあるだろうと辺りをキョロキョロと見渡した。
すると有りしましたよ是見がしとでも言うように試着スペースから取ってきたような大きさなこれまた細かい装飾がされた鏡が壁に。
俺は小走りでその鏡の方まで行って早速自分の今の姿を確かめた。
「はぁ……」
そこには美女が居た。
つまりやはり自分は女になっていた。
容貌は気が強そうな感じがする美形、髪は長い、恐らく背中どころか腰くらいまではあった。
俺は床に崩れ落ちて絶望した。
TSモノというのは当事者でないから受け入れられたし面白く思えたのだ。
いざ自分が同じ立場になると、少なくとも俺は絶望した。
性転換したいと考える人には悪いが、少なくとも大体の人は生まれながらの性別がやはり良いと思うのではないだろうか。
少なくとも今の時点の俺はそうだった。
女は嫌だ。
美人なら金持ってる男と一緒に慣れて人生イージーモードかもしれないけど、そうなれなかったら女はキツイ、という偏見というか固定観念があったからだ。
少なくとも加齢という生きとし生けるものへのデバフは女には大きくのしかかる。
その点男は良い、気を遣えば爺さんでもナイスオールド、自信を持てなくても男は髭が伸びるので、髭が濃い性質ならそれを生やすことによってイメージもまた変えられる。
正直言ってここに来る前の世界の男、特に増加傾向にあるという髭を厭う日本人男性に対しては俺はあまり良い印象を……と、話が逸れた。
肝心なのは今自分がTS転生モノのテンプレよろしく女になってしまい、自然とこみ上げてきた羞恥心と性別反転による絶望の擬似重力の板挟みなってしまっているということだ。
「~~っ」
俺は数分その場で声に出さずに震えながら慟哭すると、意外にすんなりとある結論をした。
「よし、死のう」
不思議なもので今の自分の状況がもしかして転生なのではと考えると、2度死ぬ事に対しては少なくともその時においてはまったく恐怖を感じなかった。
俺はまたキョロキョロと部屋を見渡し朝陽差し込む大きな窓を目に止めて近寄る。
窓から外を覗くとどうやら自分がいる部屋は2階以上の高さにあることが解った。
窓からは建物らしい建物は見えず、その代わりに高い青空と森だか林だかが見渡す限り広がっていた。
続いて下を見ると……俺は少し後悔した。
俺は若干高所に恐怖を感じる質なのだ。
つまりそれだけの高さがあった。
これなら窓を開いて飛び出せば華奢な女でなくても誰でも即死だろう。
俺は満足そうにウンウンと頷きながら速攻で投身自殺はしないことに決めた。
いや、決めたというよりは最初からその手段は取るつもりはなかったのだ。
高いところが怖いというのもあるし、なにより投身は死んだあとの状態が嫌いだ。
死んだあと事なんか気にする必要あるか、という人もいるだろうが、俺は死んだあとでも無惨で凄惨な状態は見られたくない。
腐乱も嫌だ。
綺麗な状態で死ねればできれば直ぐに発見してもらい、火葬かミイラ処理でもして丁重に弔ってほしい。
「となると……」
頸椎骨折か、思い至った俺の行動は今度は早かった。
窓にかかっていたカーテンを力任せに無理やり引っ張り下ろし、それを束ね捻りとあっという間に簡易的なロープを作った。
あとはこれを手頃な高さにあるオブジェに引っ掛けて、輪っかに向けて助走をつけて飛んで、全体重をかければ首くらい……。
「……」
俺は前方に吊り下がっているロープを見て悩んでいた。
用意も何とか整えられ、距離も高さも悪くないようには思えた、少なくとも自分としては。
しかし問題は……。
「難しい……」
そう、あの上から吊り下がっている小さな輪っかに向かって全力疾走、然る後に首だけをそこに掛けるなんてかなりの難易度だろう。
首をかける前にロープを手で掴めばいけるだろうが、それでは首の骨は折れないだろう。
「首吊りは嫌だなぁ……。苦しいだろうし死んだあとの顔も歪んでそうだし……」
そうして俺がロープの下で体操座りして悩んでいると、タイミング悪くお世話係と思しきメイド風の格好をした女性が部屋に入ってきた。
女性は俺が吊り下がったロープの下で膝を抱えて座っている光景を見て青褪めて叫んだ。
「お、お嬢様?!」
その声に反応して顔を向けた俺はキョトンとした顔で思った。
(あれ? ノックの音したっけ?)
性転換したい人を除いて実際にある日、性格と記憶そのままで性別変わってたらどういう反応するんでしょうかね。
取り敢えず男は喜びそうな気がする。
最初だけは。