リーフにとってこの旅の目的は他のトレーナー達と左程変わらないものだ。ジム巡りをしながらカントーを旅する。なんら変哲もないよくある理由。けど一つだけ他のトレーナー達と違うことがあるとすれば、ポケモン研究の第一人者でもある祖父の研究の集大成でもある〈ポケモン図鑑)を完成させることであった。
いや、完成という例えは少し語弊があるかもしれない。図鑑そのものはある意味では完成している。何故ならすでにデータとして図鑑そのものに収録されているからだ。リーフも旅に出る少し前にそれを踏まえて祖父に訊いた。
「ねえ、おじいちゃん。このポケモン図鑑は何をもって完成するの? だってデータとしては全部ここに入ってるわけだし、つまりは紙から電子版になっただけでしょ」
「確かにそうじゃな。これにはワシや他の研究者達が集めた情報が入っておる。しかしそれは古いものじゃ」
「だから私達が代わりに見て触れて来いってことなの?」
「まあ、そうなる。ワシも歳じゃからのう。それと付け加えるなら今までの情報を確かなものにしたいのと、さらに追加で新しいデータがほしいからじゃ。例えばこの場所はどのポケモンがいてどれくらい生息しているのかとか」
「他にはないの?」
「ふむ……そうそう。伝説や幻と呼ばれているポケモンのデータが手に入れば儲けもんじゃな」
「伝説って?」
「カントーの三鳥あとは……ミュウじゃな」
幻のポケモン・ミュウ。世界各地で昔から目撃情報はあれど、現物として残された映像や写真などは現状存在しない。あるのは過去にどこかの地方で残されたいた壁画に描かれたものぐらいで、恐らくどのポケモンよりも生態が確認されていないポケモン。
リーフはミュウというポケモンの名前は以前から聞かされていた。それはたまに祖父の自慢話で出てくるミュウを見つけたと言われる人物と会ったことがある、というものだった。当時は新聞にも載ったほどの人らしいが、今はどうしているかは知らないらしい。
だからリーフもその話を聞いてからは、この旅でジム巡りをして、トレーナーとして強くなって、図鑑も完成させて、あとは本当にミュウなんていう幻のポケモンに出会えたらいいなぐらいのノリで今日まで旅をしてきた。ついでにレッドに捕まえたポケモンを自慢したりとか色々。
しかし、これは予想外だ。
「で、これがミュウの姿ね」
「……」
「どうしたのよ。そんな眉間にしわを寄せて」
「なんか、夢を壊された気分」
「そんなの知らないわよ」
目の前には幻のポケモンであるミュウがいた。しかしこれは、ブルーの手持ちポケモンであるメタモンが変身した姿であった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか、リーフは空を見上げた。タマムシジムを突破して、なんやかんやあってエリカの依頼でイーブイを捜索していたらロケット団に追われているブルーに遭遇、これを撃退。
ロケット団とは妙な因縁があった。オツキミ山に向かう道中に狂暴化したギャラドスに襲われているカスミを助けたことがある。話を聞けばこのギャラドスは元々彼女のコインキングで、ロケット団により進化させられこんな所に狂暴化させたままでいたこと。そのあともロケット団と遭遇し、シオンタウンでは兄であるグリーンと共に幹部であるキョウを撃退した。
ブルーとはシオンタウンからタマムシティに向かっている時に出会った。高級のアイテムを安く売っているからついつい買ってしまい、けどそれは偽物であり、リーフは詐欺の被害者ということになる。なのにそんなブルーを助けたうえで一緒に行動しているのは、奇妙なことにミュウが関係していた。
「で、このミュウに変身したメタモンをおとりにしている間に本物を捕まえるわけ?」
「そ。現にこの近くにいるっているあいつらの情報が確かならね」
ロケット団から追われていたのは、そのミュウに関するデータを彼らの基地から盗み出したからだという。リーフもロケット団のような組織を許すはずもないので、彼らの邪魔をできるのは願ってもないことだったが、このブルーもまた同じ目的だった。だからこそリーフはあえてブルーに協力し、ミュウ捕獲を邪魔するために一先ず協力している。
まあ、本音を言えばこの目で本物を見たいからというのもなくはなかった。
「とりあえず協力はしてあげる。でもその前に一つ、条件があるわ」
「なによ」
如何にも嫌そうな顔をするブルーだがリーフは遠慮なく言った。
「騙して買わされた分のお金、あれ返して。それとさっき助けた分も上乗せで」
「こ、この私からお金をとろうって言うの……! しかもがめついっ」
「ふふーん。この間のお返しよ」
「……いいわ。あとで払ってあげる。いまは手持ちがないのよ」
「じゃあ交渉成立ね」
「ええ。早速移動しましょ。時間が惜しいわ」
互いに納得したのか握手をする二人。
だがブルーからすればそんな金を払う気は毛頭ない。騙される方が悪いのだから私は悪くないのスタンス。そしてリーフもそれで納得してしまうあたり詰めが甘く、人を憎み切れない優しい性格をしていた。
瓜二つのように見える二人だが中身はまるで正反対の二人であった。
ブルーは意外と手先が器用らしく、シルフスコープというよくわからないゴーグルを自分なりに改造し、それをロケット団から盗んだデータを使うことでミュウを見つけ出すことができるという。ただ範囲が限定されているらしく、当てもなく捜索するにはあまり向いてないのだという。
だからこそ運がいいのよ、とブルーは笑顔で言った。そしてその言葉は自分にも当てはまるとリーフも思っていた。本当に出会えたらいいな、その程度の気持ちでいたのだ。こうして実際に会えるとなれば胸が高鳴って仕方がない。
「いたわ、あそこよ!」
「あれが……ミュウ」
幻と呼ばれている割には小さくて細いことに呆気を取られたが、その姿は以前祖父から見せてもらったミュウの壁画に似ていた。だから実物を見てアレが本物だということをすぐに受け入れることができた。
あ、そうだ図鑑。折角出会ったのだから図鑑に記録しないと──そう思いバッグから図鑑を出そうとしたが、ブルーが怒鳴りながら急かしてきた。
「ちょっとなにやってんのよ! 速く捕まえましょ!」
「えー。私は別に捕まえる気なんてないもん」
「それじゃあ話が違うじゃない!」
「協力はするっていったけど、捕まえてあげるなんて一言も言ってないもん!」
「いいからフシギソウ出して捕まえなさいよっ。ほら!」
「ほら、じゃないっ!」
恐らくブルーにはミュウを捕まえるためのポケモンがいないのか、フシギソウが入っているボールを取ろうとしてきた。フシギソウのツルでミュウを捕まえようという計画だったのだろう。確かに私の手持ちポケモンの中でミュウを捕まえることができるのはこの子だけだった。しかしそうはさせまいとブルーに抵抗する。
はたから見ればただ二人がじゃれあっている光景にしか見えない。そんな二人をミュウもそのような感じで見ていたのだろうか。宙に浮かびながらくねくねと体を動かしながら二人の行く末を楽しそうに観戦しているようだ。
しかしそこに第三者の声が響き渡る。
「──ルージュラ、ミュウを捕まえろ!」
『ミュ⁉』
『え⁉』
ひとがたポケモンのルージュラ。後ろ姿が金髪の女性に見間違うことが多く、鳴き声はまるで人間の言葉のように消えるが、意味は全く理解できないポケモンだ。そんなルージュラの金髪の髪がまるでゴムのように延びてミュウを拘束した。
それでやっと自分達以外の存在に気づいたリーフとブルー。相手はいまは会いたくはない黒ずくめの集団──ロケット団だった。
「こんな偽物で手こずらせやがって。ガキにしてはよくやったと褒めてやる」
「メタちゃん!」
リーダー格の男がそういいながら掴んでいたメタモンを放り投げると、ブルーは慌てて駆けよってメタモンを抱きしめた。
男はブルーを睨みながらその奥にいるリーフに目を向けた。
「むっ。お前は確か……リーフだな」
「なによ。あんた有名なの?」
「ちょっとね」
恐らく何度もロケット団の邪魔をしたからだろうと想像がつく。悪の組織とはいえ名が売れるのはあまり悪い気はしないとリーフは内心思ってはいたが。
「ふん。我々の計画を邪魔する者が二人もいるとは都合がいい。ついでにお前らを消せば幹部昇進は間違いない! おい、お前らやっちまえ!」
ざっと10人以上はいる手下達から続々とポケモンがあら現れる。ロケット団が出したポケモンはリ相変わらず見慣れたメンバーだらけ。ズバット、ピジョン、コイル、ラッタなどなど。それでも数だけは相変わらず多い。
「ほんと懲りないんだから!」
「ああもう! あんたが協力しないで計画がおじゃんよ!」
「ニョロちゃん、バナちゃんお願い!」
「カメちゃん、ニドチャン!」
ニョロボン、フシギソウ、カメール、ニドリーナが場に出る。数は圧倒的に不利であるが、目の前のロケット団のポケモン達相手には十分すぎる強さを持っている。
これは余談になるが、本来トレーナーは滅多に複数のポケモンに指示を出すことはない。まだメジャーではないがダブルバトルも存在するが、それでも2体までのポケモンに指示を出す。常に変化するポケモンバトルにおいては、トレーナーが指示を出せるのは2体までが限界だと言われている。
「ニョロちゃんばくれつパンチ! バナちゃんはっぱカッター!」
「カメちゃんバブルこうせん! ニドチャンつのでつく!」
自分のポケモンに指示を出しながら横目でブルーを見る。彼女がこうしてポケモンを出して戦うところは初めて見るが、詐欺師と思えないぐらい場慣れしているようにリーフは思えた。これは予想外で、てっきり詐欺師が本職だと思っていたからだ。だが、ブルーの身のこなしは一朝一夕でできるそれではない。それでこそ長年ジョウトに修行していたグリーンのよう。
ただ身近にレッドっていう基準がいるけど、アレは基準値が高すぎるから当てにはならない。しかしそのレッドはいまどうしているんだろうか。話ではクチバからイワヤマトンネルを向かったまではナナミお姉ちゃんから聞いてはいるが。
「あら、リーフも中々やるのね。見るからに余裕そうな顔をしてるもの」
「そっちもね」
余裕があるのか互いに笑みを浮かべながら立ち振る舞う。敵が弱いのか、それとも自分がこの旅で強くなったのか。たぶん、両方だろうなとリーフは思った。
これならレッドにだって負けない。もちろんポケモンバトルだけど。そういえばあいつが強いのは知ってるけど、ポケモンバトルってどうなんだろうか。話だとちゃんとジム戦をしてバッジを手に入れてるからそれなりの腕はあるのだろうけど。あれから手持ちは増えているんだろうか。スピアーとピカチュウはいたけど、もうメインパーティー用の6匹集めたんだろうか。
戦いの中で途中からレッドのことばかり考え始めてから、リーフは途中で大事なことを思い出した。
「あ、ミュウ!」
リーダーのルージュラによって拘束されていたミュウをそのままにしてたことを思い出し、すぐにそちらの方へ首を向ければ、すぐ近くに何かが吹き飛んできた。
「な、なによ⁉」
「……り、リーダーの男、だよね?」
砂塵が風によって吹き飛ばされると、手下を下敷きにしながらその上に倒れているリーダーの男がいた。ただその顔は悲惨なものである。右の頬が漫画みたいに殴られた痕ができていて、その際に口に中を切ったのか血も出ている。
男は頬を抑えながら飛んできた方を向いて言った。
「ほ、ほまえは……⁉」
『んん?』
その声にリーフだけではなくブルーもつい首をそちらに向けた。そこにはミュウを拘束しながら技を繰り出すルージュラの攻撃をステップを踏みながら躱し、ミュウを拘束している髪の毛を手刀で切断してそのままルージュラにからてチョップをするロケット団の男がいた。
そんなことができるのはこのカントーで、いや、世界でできるのは幼馴染のあの男だけだ。
「まさらふぁうんの、れっほ!」
「……」
先にリーダーの男に言われてしまい、さらには痛みでうまく発音できない言葉を聞かされて、リーフはちょっぴり不機嫌になった。
戦いの中でリーダーの男は部下の様子など気にもとどめないでミュウを捕まえようとしていた。
ポケモンを捕まえるためのモンスターボールであるが、そのポケモンが受け入れない限りは素直に捕まえることはできない。レベルが高いポケモンは猶更捕まえる難易度は高く、幻と言われているミュウとなると容易ではない。
「あはは。これで俺も幹部昇進だ。まずは眠らせてから──」
「セイヤー!」
──レッドのパンチ! リーダーの男は吹き飛んだ!
ミュウに気を取られていて背後にいたのに全く気づかれなかったので、レッドは容赦なく男の顔めがけて拳を振るった。一応手加減をしたつもりであったが、思った以上によく吹き飛んだのは驚いた。
そのままミュウを捕らえているルージュラの元へ駆け出す。同時にルージュラもミュウを拘束したまま反撃してくるが狙いが精確なので避けることは容易く、そのままルージュラの手前数メートルでジャンプ、今では大木をも斬ることができるようになった手刀でルージュラの髪の毛を切断、ミュウを解放する。
『ああん、わたしの自慢の髪があああ!』
そのまま地上に落下しつつ、混乱しているルージュラの脳天にそのまま手を振り下ろした。
──レッドのからてチョップ!
「ごめん、よ!」
『あら、よく見たらいいおと──』
「意外と根性あったな、このルージュラ……」
確実に一撃で気絶まで持っていたと思っていたのだが、このルージュラじゃ恍惚とした眼差しを向けながら倒れたのだ。しかもつい目が合ってしまい思わず背筋が凍ったような気がした。
「まさらふぁうんの、れっほ!」
男を吹き飛ばした方向から聞こえたのでそちらに向けば、驚いたことに男は気絶していなかった。ただ殴った頬は酷く腫れていたが。いくら手加減したとはいえまさか気絶してないとは。やはり都会のロケット団はひと味違うらしい。
しかし、そんなロケット団の男よりも目を奪われたのは、何故かブルーと一緒にいる幼馴染のリーフであった。レッドは倒れている男を無視しながらリーフ達のもとへ歩いていきながら訊いた。
「ブルーはともかくなんでリーフもいるんだ?」
「そ、それはこっちのセリフよ。なんでロケット団の制服なんて着てるのよ!」
「依頼でロケット団の研究施設に潜入してた。まあそこのブルーの所為ですぐに外に出る羽目になったが」
「言い掛かりはよしてちょうだい。あんたの事情なんてこっちは知らないんだから。それにしても……ふーん、あんたが
上から下へ、最後は顔を覗き込みながら観察するブルー。それにレッドの視線は彼女の胸元についつい吸い寄せられてしまう。首元から下がもう少しで見えそうで。けして表情を出さずにレッドは自然な状態を保っていた──が、それを許さなかったのは隣にいたリーフであった。
「なんでレッドがブルーを知ってるのよっ」
「タマムシに向かう道中でたまたま出会って、まあ騙されて偽物を買わされたんだよ」
「あんたもなの⁉」
「あんたもってお前もなのか。やっぱり都会は怖いところだな、リーフ」
「なんでそんな呑気でいられるのよ⁉ 私なんて酷い目に遭ったんだからね!」
「俺はふしぎなアメ
「え、まだ気づいてなかったわけ⁉」
「まだ?」
「……オホホ。私、何かいったからぁ~」
ブルーの方に目を向けると、彼女は目をそらしてこちらを一切見ようとしない。レッドはジッとブルーを見つめていると、耳についているイヤリングが目に入った。髪の毛に隠れてよく見えないのでそれをどかす、当然ブルーに抵抗されたがその間にそれを確かめることができたので、ジャケットの裏側につけているはずのジムバッジを確認し、あるはずのバッジはなかった。
「それ俺のジムバッジだろ!」
「気づくの遅っ! あれから何日経ってると思ってるのよ!? 普通気づくでしょ……いや、盗んだ私が言うセリフじゃないか」
「こういうやつなのよレッドは。だからこいつと関わらないほうがいいわよ」
「……なんで腕に抱きつくんだ?」
「う、うっさいわね。こういう時は黙ってればいいのよ」
「へえーふーん。そういうこと、ね……」
まるで自分のものだと主張するかのようにリーフは抱きつきながらブルーを牽制。対してブルーはそんなリーフを見て何かを察したのかとても悪い顔をしていた。
「いちゃついているとはいい度胸だな! ふざけやがって。ミュウなんて知るか。貴様らはここで殺してやるっ」
忘れてた、三人は揃って同じ言葉を口にした。リーダーの男の声でようやく自分達がどんな状況にいたのかを思い出す。
ただ、状況はあまり変わっていないとレッドは思った。手下のポケモン達はリーフ達によって倒されているし満身創痍。男のルージュラも気絶している。戦況分析していると、男は新たにあばれうしポケモンのケンタロスを出した。
すると状況は一変した。ケンタロスが自身の尻尾を鞭のように振るうと、それに呼応するように倒れていたポケモン達が起き上がったのだ。
それを見たレッドは腕に抱きついているリーフを離して、二人の前に立った。
「ハハハ。こいつはサファリゾーンでリーダーだったやつだ。それも尻尾で指揮することができるのだ、やれい!」
「スピアー」
『……』
たった一言。レッドは自分のポケモンの名前を口にしただけだった。リーフとブルーはそのスピアーがいないことに思わず周囲を見回すが、全く見当たらないのでリーフが声をかけようとしたその瞬間、空から無数の針が降り注いだ。
──スピアーのミサイルばり! ロケット団のポケモン達にミサイルばりが降り注ぐ。ケンタロスを残してみんな倒れた!
「す、すご」
ブルーはその光景に思わず口に出しながらミサイルばりが降ってきた空に目を向けた。そこにはいつからいたのか、スピアーが見下ろしていた。その立ち振る舞いはここが自分の制空権だと言っているように見える。
するとレッドはケンタロスを前まで歩いていくと、睨みつけながらケンタロスに向けて言った。
「おすわり」
『ぶ、ぶもぉ』
捕獲されたポケモンは、自分の主でもない第三者の言葉に普通は従わない。それでもレッドの言葉に従ったのは、彼が自分よりも圧倒的強者だからというに他ならない。いくらサファリゾーンで管理されていても、あそこはほぼ野生のポケモンと変わらない。自然界においては強者に歯向かうなんてことはしない。自分がその存在と同等の力を持っているなら別であるが。
「で、まだやるかい……ん?」
男に戦闘の意思がまだあるか聞こうとしたとき、背後──市街の方で大きな爆発音が聞こえた。エリカ達が動いたのだろうか。そうは思ったがそれにしては派手にやるなと思った。少し立てば煙が上がっているのが見える。
そちらに気を取られていると、先程見ていた方からドタバタとなにやら逃げるような音が聞こえた。
「あいつら逃げたわよ。いいの?」
ブルーが教えてくれる時にはすでにリーダーの男を先頭に下っ端達も逃げ出していた。
「別に追う程のことでもないさ。それより」
「なによ、その手」
「俺のバッジ、返せ。力づくで取ってもいいんだぞ」
脅すように言ってみてもまるで効いてないのか、ブルーはふふんと鼻を鳴らしながら髪をかき上げた。
「あんたにはそんなことできないってことぐらいわかるわよ」
「そんなことない、ぞ」
「そうよそうよ。こんな詐欺女なんて力づくでやっちゃえばいいのよっ」
急かすように背中に抱きつきながらリーフが言う。ふと一瞬だけ柔らかい感触があったが、それは本当に一瞬だけであった。
「ま、バレちゃったししょうがないわね。それにあんたから逃げられそうにないし」
そう言うとブルーは耳からイヤリングにしたジムバッジを外し、それを素直に返してくれた。それを見て呆気に取られるレッドとリーフ。
「意外と優しいんだ」
「心外ね。私ってそこまで冷たい女じゃないわよ」
「黙されないでレッド。こうやって油断させてまた盗む機会を伺ってるのよ!」
「なんとでも言いなさいな。じゅあそういうことで……あ、これは助けてくれたお礼、ね」
去ろう思えば急にこちらに振り返りこちらに寄ってくると、ブルーは顔を近づけてきて、するとすぐに頬に柔らかい感触があった──これはキスだ。ドラマとか映画でよくみたアレだ。
ブルーは妖艶な笑みを浮かべながら、じゃあねと言って今度こそ去っていく。レッドは片手でキスされた頬を触りながら、空いた手で手を振っていた。
「ちょっとうちのレッドになにすんのよぉ! 待ちなさいってばあ!」
「待つ義理なんてないわよーっと」
ブルーの逃げ去る後ろ姿というのは様になっているとレッドは思った。人を騙して金儲けしているからだろうか、やはり手慣れている感じがした。リーフも何が気に入らないのか、ああして怒鳴りながらブルーを追うがきっとすぐに見失ってしまうに違いない。トレーナーとしてはリーフの方が優れているだろうが、逃げることに関してはきっとブルーが数枚上手。だから捕まらないだろう。
レッドはそんな二人から首を空へと向けた。どういう訳か、そこにはまだミュウがいた。少し離れた場所でスピアーが見張っていたようで、彼が「どうする?」と、目で訴えているのがわかる。レッドはスピアーをボールに戻して、ミュウに向けてブイサインをして声をあげて言った。
「これで貸し二つだぞー!」
マサラタウンと今回の件。これで二回もミュウを助けたので指でそう示した。ただレッドも通じるとは思っていない。
ただ、目の前にいるポケモンが幻のポケモンだとは夢にも思わなかった。これも何かの縁だろうか。
『くすっ』
見間違いでなければ、いまミュウは笑ったように見えた。それも人を見下しているかのような、いや、実際に見下ろしているのだが、それとはまた別だ。そしてミュウはそれ以上のことは何もせず、どこかへ消え去ってしまった。
ロケット団は消え、ミュウも去り、リーフもブルーもいない。残されたのはレッドひとり。もうここに用はないと判断し街に戻ることにする。そこでふと足を止め、ミュウが去っていった空を見上げた。
何故だろう、また会えるような気がする。自慢の直感によるものではない。ただなんとなくだ。そう、誰もがふと言葉に出すような感じで。
「運命は偶然よりも必然である、か」
誰の言葉だっただろうか。むかし、何となく暇つぶし読んだ本の中にそんなセリフあったのをレッドは思い出した。
ミュウと出会ったのはこれで2回目。もし3回目があるのならそれは確かに必然なのかもしれない。
その後のことを語ろうと思う。タマムシシティの市街に戻ると、街は大混乱だった。現場を見ようと街中の人間が集まり、辺りを警察が指揮をしており、怪我人も出たのか救急車のサイレンが鳴り響いていた。
郊外で見た街から上がっていた煙は、なんとゲームセンターからだったからだ。それもゲームセンターが爆発したのではなく、その施設の下から爆発が起きたらしい。それはつまりロケット団の研究所で何らかの事故が起きたということを意味していた。
「それで大義名分が立った、ちゅうわけやな」と、街で合流したマサキは言っていた。それでエリカを筆頭にジムの門下生をはじめ親衛隊が突入できて、施設の制圧および施設なに残っていたロケット団の残党の逮捕ができたらしい。
別にその後のロケット団の出来事なんてどうでもよかったし、エリカの依頼も果たしたから街を出ようとしたとき、「エリカはんが後でお礼をしたいからしばらく街に留まってくれってさ」と、これもマサキ経由で伝えられてしまい、渋々滞在を続けることにした。
それからエリカに会えたのは、事件から数日後のことだった。
「申し訳ございません。こんなにもあなたを引き留めてしまって」
「気にしてないって言ったらウソだけど、そこまで急ぎの旅じゃないから気にしなくていい」
「ふふ。あなたは本当に正直なのですね。いえ、素直なのでしょうか」
「よく言われる気がする……あ、このお茶うまい」
会って早々エリカに謝罪をされたけど別に言葉通り気にしてはいなかった。けど、そんな俺の物言いにエリカは何が面白いのか微笑んでいた。
差し出されたお茶を飲みながらエリカはことの顛末を報告してきた。
「施設に残っていた人間は全員逮捕しました。残念ながら幹部と呼べる人間はおらず、重要人物と呼べる人間もいませんでした」
あのサングラスをしたハゲの研究員はそこに含まれていないんだろうなと、何となく思った。現にそれは当たっていて、あのミュウツーと呼ばれていたポケモンについても、名前は濁しつつ訊いてみても、「いえ、そのようなポケモンはおりませんでした」と返されてしまった。もしかしたらあのポケモンがあの爆発を引き起こしたのかもしれない、そう予想はしてみても真実は闇の中だ。
「で、これからどうするのさ」
「しばらくは多忙な日々を送ることになるでしょうね。街の中心に闇の組織の施設があったのですから」
「だろうね。市長とか一枚嚙んでるんじゃないの?」
「否定はできない、というのが今回の事件の大きさを物語っておりますわ。しかし、これでロケット団という闇の組織が新聞やニュースでカントー、それこそ全国に知れ渡りました。これによりようやく警察組織も重い腰を上げざるを得なくなりましたし、我々正義のジムリーダーもより動きやすくなりました」
「大変だね」
「他人事のようにおっしゃいますのね。今後もロケット団が絡むであろう事件の中心にあなたはいると思いますわよ、レッド」
「そりゃあいい」
俺は笑顔で答えた。すると、エリカは目を大きくして訊いてきた。
「それは、どうしてですの? 命を狙われる危険がより高まるんですよ」
「その方が都合がいいね。いっぱい戦えるし」
戦えば戦うほど強くなれる。それが強い相手ならもっと強くなれる。そのために命を賭けろと言うのなら、俺は喜んで賭ける。
「あなたはトレーナーというよりは……そう、戦士ですわね」
「はい?」
「ふふっ。いえ、なんでもありませんわ。ああ、そうでした。レッド、これを」
そう言って何かを誤魔化しつつ、エリカは袖からあるものと取り出して差し出してきた。
「レインボーバッジです。お受け取りください。今回のお礼です」
「いいの? ジム戦もしてないのに」
「今回は特例ですが、ジム戦で勝ち取る以外にもジムリーダーが認めれば特別に渡すことができるのですよ」
「へえ。じゃあ、遠慮なく」
レインボーバッジだけあって虹色のような色合いで花の形をしているバッジだった。話も聞いて、お茶も飲んで、バッジも貰った。なのでここにもう留まる理由はない、そうエリカに告げると彼女は手を取って再度お礼を言ってきた。
「レッド、今回は本当にありがとうございました。もしまたタマムシに立ち寄った時は是非またいらしてください。今度は手作りのお菓子をご馳走いたしますわ」
多分身内以外で初めて手を握られた。エリカの手はとても柔らかくて、あとこの間よりいい匂いがした。それはナナミお姉さんよりとてもいい花の香りだった。
ワンポイントレジギガス
「レッドはお姉さんキャラによくモテるぞ(原作でも)」