ふたごじま。カントー地方最南端に位置する島。名前の由来は、二つの大きな山が連なっていることからふたごじまと呼ぶようになった。ここへはセキチクシティから南、グレンタウンから東へ向かうことでたどり着けることができる。
洞窟内部にはみずタイプとこおりタイプのポケモンが多く生息してるが、それ以外にこれといって特色するようなものはない。あるとすれば、カントーでは比較的生息域が限られているこおりタイプのポケモンがここで捕まえられる、ということだろうか。
そんな場所にレッドはトキワシティからリザードンの背に乗り、1時間もかからずにこのふたごじまに降り立った。普段はリザードンに背に乗る機会も少なく、色違い故に人の注目を集めるのを嫌っているとレッド。しかしここは無人島。こういう場所ならリザードンを遠慮なく外に出せる。現にリザードンの調子もよかった。
「ここがふたごじまか。マサキの言う通りなんもないな」
『だな。まずは洞窟の入り口を探すのか?』
「ああ。マサキが言うにはすぐに見つかるって話だ」
会話をしながらレッドとリザードンはその洞窟を目指して歩く。
ここにレッドが訪れたのは修行のため──でもあるが、この島にいるという噂のフリーザーを探すのが目的だった。
テクテクと体に似合わず軽快に歩きながらリザードンが言う。
『フリーザーいるかな』
「フリーザーと呼ばれているポケモンの姿が、目撃情報と酷似しているから可能性はあるってマサキは言ってたけどね」
『レッドには悪いけど、いたらオレが戦いたいね。オレの炎とフリーザーの氷、どっちが強いか勝負したいからな』
「ま、いたら今回はお前に譲るよ」
『よっしゃ。燃えてきたぜ!』
喜ぶリザードンの尻尾を見れば、蒼い炎がいつも以上に燃えているのがわかる。伝説と呼ばれているポケモンと戦うことなど早々ないので、リザードンが喜ぶのも無理はない。そんな彼の喜ぶ様子を見て、レッドの頬もつい緩む。
「それにいなかったらそのままグレンタウンに行けばいいさ」
元々ここに訪れたのはついでで、メインはグレンタウンに向かうことだった。数時間前にニビシティの化石博物館が野生のブーバーによって全焼してしまっために、化石マニアのおじさんからもらった琥珀を調べてもらうことができなくなってしまった。
そこでトキワシティでマサキと連絡を取った。彼が言うには、グレンタウンにはオーキド研究所よりも立派な研究施設があるので、もしかしたら化石かどうかを判別する装置があるかもしれないという話だった。なのでここにフリーザーがいなければ、そのままグレンタウンに向かう予定なのだ。
しかし、島に降り立ってから僅か数分ほどだろうか。レッドとリザードンはこの島の違和感に気づき始めていた。それを先に口したのはリザードンだった。
『なあレッド。ここには洞窟があって、こおりタイプのポケモンがたくさんいるって話だよな』
「そうらしいよ」
『オレが言うのもあれだけど、寒くないか?』
「ああ」
リザードンの言葉に肯定しつつ、レッドの目つきは鋭くなっていた。方角的に洞窟を目指しているので、入り口に向かえば向かうほど気温が下がらなくもないと判断できなくもないが、この寒さは異常だ。すでに吐く息もうっすらと白い。体を鍛えているし暑さや寒さにも多少耐性はついているが、ジャケットを羽織っていてこの寒さ、やはりどこか変だ。
だんだん気温が下がっているのか、思わず手をこすり始めてしまう。すると手の甲に白い何かが落ちた。反射的に首を上にあげると、いつのまにか空は曇っていて、雪が降り始めていた。
これは、おかしい。
先程まで晴れていて、雲はあったが雨雲どこから雪雲なんてなかった。こんなことが自然に起きるわけがない。これはポケモンの仕業だ──そう判断し臨戦態勢に入った直後、進行方向から風が吹いてきた。それは真冬に吹くような肌に突き刺さるような冷たい風。レッドは思わず目を瞑った。
その直後、リザードンが突然前に呼び出した。
『レッド!』
──リザードンのかえんほうしゃ!
それは目の前にある木々を貫通しながら二人に飛んできた。鋭く尖った氷の塊で、大きさは成人男性ほどの無数の氷柱が二人を襲ってきたが、それにいち早く気づいたリザードンが、自慢のかえんほうしゃで一瞬にして溶かし蒸発させた。
再び冷たい風が吹く。レッドはリザードンの横から顔を出して、それを目撃した。青白い羽毛と頭部には三対の鳥冠。一目見て「美しい……」と、レッドですら思わず口に出してしまうほどの姿をしている。
レッドはモンスターボールからサンダーを出して、尋ねた。
「サンダー。アレが、そうなのか?」
『ああ、アレがフリーザーだ。けっ、いつ見てもいけ好かない面だぜ』
れいとうポケモン・フリーザー。カントーの三鳥と呼ばれている伝説のポケモンがそこに現れた。レッドはリザードンの背中に手を置いて言う。
「お前の出番だぜ、リザードン」
『オッケー……と、言いたいところだが、どうやら少し遅かったみたいだ、レッド』
リザードンが首をクイッと向けた先、それはフリーザーの背後にいた。人数はざっと10人。すでに馴染みのある全身を黒い服に胸の赤いRの文字。それを見てレッドは呆れながらにその名前を口にした。
「はあ。ロケット団、か」
「アハハ! 遅かったな、マサラタウンのレッド。伝説のポケモンフリーザーは、我々ロケット団が手に入れたぞ!」
それを聞いて思わず肩まで落とすレッド。向こうはこちらを一方的に知っているのに、こちらは毎回顔が違って知らない相手ばかりで困っているほどだ。
『人間に捕まるとかだらしねぇ奴だぜ!』
お前が言うのか。レッドとリザードンは呆れた顔をしながら隣にいるサンダーを見つめるが、当の本人は至って真面目に言っていた。
レッドは分かってはいつつも覇気のない声で訊く。
「で、なんだ。フリーザーを使って俺と戦うのか?」
「そうだ──と、言いたいところだが。残念ながらお前に付き合っている暇はないのでな。悪いが、ここで死んでくれたまえ」
「は?」
『やばっ! リザードン!』
『レッド、オレにしがみつけ!』
「フリーザー、ふぶきだ!」
──フリーザーのふぶき!
れいとうポケモンと呼ばれているフリーザーは、氷を自在に操る能力を持っている。それは野生のこおりタイプのポケモンの比ではなく、空中の水分を凍らせるほど強力なもの。
フリーザーのふぶきは伝説に恥じないほどの威力を誇っている。翼を大きく広げ、たった一度だけ風を吹かせると、辺り一面が猛吹雪に包まれる。それは目の前のレッド達から島全体を覆うほどだ。
フリーザーの力を知っているサンダーは咄嗟にリザードンの名前を叫び、目で何をすべきか伝える。同時に全身に電気を纏いながら上空へと向かう。
その間にリザードンは、体内のエネルギーが尽きるまでほのおのうずの応用で周囲に炎の壁を作りレッドを守る。伝説のポケモンから放たれたふぶきであったが、リザードンの炎は負けてはいない。並みのポケモンなら炎ごと凍らせてしまう程の威力だが、リザードンの蒼炎はフリーザーのふぶきを溶かしている。
──サンダーのでんじほう!
そして上空、フリーザーが生み出した雪雲内に突入、エネルギーを一点に収束、強力なでんじほうを発射、そのまま時計回りに一周しながら雲を消し去る。一瞬にしてふたごじまに太陽の光が降り注ぐ。
フリーザーのふぶきが治まり、サンダーはほっと息をつきながら島を上空から見下ろす。島全体が氷に包まれていて緑などはない。残っているのはフリーザーがいた所から後ろの部分と、リザードンのほのおのうずによって護られていた場所だけだった。
サンダーは地上に戻り、リザードンにしがみついていたレッドの安否を確認する。
『レッド、大丈夫か?』
「あ、ああ。今回ばかりは死を覚悟したよ。ありがとうリザードン、サンダー」
『サンダーがいなかったら俺も危なかった。流石は伝説のポケモンだな』
『ま、これぐらいは朝飯前よ』
人で言うなら、褒められて鼻が伸びてる感じだろうか。サンダーも珍しく嬉しそうな表情をしている。
「しかし……とんでもない威力だな」
辺り一面が氷に覆われてしまった風景を見て、レッドの額に汗が流れる。リザードンが言うようにこれが伝説のポケモンの力なら、よく自分はサンダーに勝てたなと、隣にいるサンダーを見て思う。
そのサンダーがレッドに言った。
『これからどうするんだ、レッド。フリーザーを追うのか?』
「まあロケット団が絡んでるから追いたいと言えば追いたいが……。もしかして、わかるのか?」
『まだ距離はそこまで離れてない。いまならまだ追える』
「よし、行こう」
レッドはリザードンの背に乗り、リザードンは今にも飛び立てる体制をとりつつ、サンダーに尋ねる。
『で、方角は』
『ここからあっち、西の方角だ』
西、そう聞いてレッドは真っ先にグレンタウンがその方角にあることを思い出す。そしてグレンタウンは元々向かう所だった。
どうやら思わぬ形で予定していたスケジュール通りになっているようだ。
グレン島。カントー地方南西部に位置する休火山の島だが、そこにあるグレンタウンという町を総称してそう呼ぶことが多い。その火山の反対に位置するように小さな町──グレンタウンがあり、ここは本当に小さい町で住民はマサラタウンの人口より少ない。それでもポケモンセンター、フレンドリィショップと必要最低限の施設は存在している。
また町の端には大きな屋敷がある。住民からはポケモン屋敷と言われている。元々は高名な科学者が住んでいたそうだが、今では誰も住んでおらず野生ポケモン達の住処となっていた。
そんなグレンタウンと火山の間にある森の中を、一匹のギャロップが駆け抜けている。ギャロップには白衣を着たスキンヘッドの男が乗っていた。
男の名はカツラ。このグレン島出身でありここにあるグレンジムのジムリーダー。そして、元ロケット団の研究員。
「いたぞ、追え!」
「B班はなにをしている、周りこめ!」
黒ずくめの男達、ロケット団がカツラを追っている。彼は元ロケット団、即ち裏切り者だった。
「振り切れギャロップ!」
カツラは愛馬であるギャロップに叫ぶ。ひのうまポケモンと呼ばれているギャロップの走る速度は、時速240キロ。普通の人間が走って追いつける速さではない。だが、ここは森の中。240キロも出せる直線など早々なく、ましてやカツラを乗せたままでは本気で走ることもできない。それでギャロップはカツラのために走り続けている。
しかしここはグレン島。どんなに速く走ったところで行き着く場所は決まっている。そんなことはカツラも承知の上だった。それでもロケット団をまいて、何としても島に残した研究所にたどり着かなければならなかった。
そう。すべては──
『⁉』
それに気づいたのはギャロップだった。ギャロップは突然進路を横にずれると、その先を背後から
火の玉が通り過ぎた。カツラはポケモンが放ったただの火の玉と思った、だがそれは向き変えて正面から襲い掛かる。
カツラの指示よりも早くギャロップは再度進路を変えて森をの中を駆ける。だが火の玉は振り切れず、何度も先回りされてしまう。そして気づけばカツラを乗せたギャロップは、島の端に誘導されてしまう。いや、追い込まれた。
カツラの背後は断崖絶壁で、その下は海。生憎とカツラの手持ちにはなみのりを使えるポケモンはいない。
そして未だに目の前いる火の玉が散ると、そこから一体のポケモンが現れた。カツラはそのポケモンを知っていた。
「な、ファイヤーだと⁉」
伝説のポケモンであるファイヤー。このカントーのどこかに生息しているということは、ロケット団に居た時に聞いていた。その捕獲作戦も動いているとも耳にしていたが、まさかすでに捕らえられていたとは。
カツラの手に力が入る。そのことすら自分の責任だと言っているようだ。
そのファイヤーの背後、森から続々とロケット団の戦闘員が現れ、部隊のリーダーが言う。
「ふふっ。お前が驚くのも無理はないぞ、カツラ。お前が研究所の爆発に紛れて逃げ出した日から、捕獲作戦は動いたのだからな。そうそう、お前が開発した捕獲用アイテムも役に立ったよ」
ロケット団の研究所において、カツラはそこの特別研究員という立場にあった。知識も経験も豊富で技術力もあった彼は、ポケモンの生体実験からありとあらゆる装置や薬を開発するために協力していた。
だからカツラにはロケット団を非難する権利などありはしなかった。例え心の底から叫びたくても。
「今更私に何の用があると言うのだ」
「私としては裏切り者のお前は始末すべきだと思っている。だが、ボスは寛大だ。組織に戻るなら今回のことは不問にすると仰っておられる。そして再びMⅡ計画を再開しろともな」
「断る! お前達はアイツの恐ろしさをわかっていない!」
「生み出した張本人が言うと説得力がある。なあ、お前ら」
リーダーが背後にいる部下たちに問いかけると、彼らはカツラを嘲笑うように揃って笑い出す。
「だからこそ、アレは人が触れていいものではないのだ! 人工的にポケモンを生み出すなど、自然の摂理に逆らってはいけないんだ!」
説得するようにカツラは叫ぶが、リーダーを筆頭にロケット団にはその訴えなど届いてすらいなかった。
「そうか。では、お前を生かすわけにはいかんなぁ。お前は組織のことを知りすぎている。おい」
もう一人のリーダー格の男がボールを投げる。そのポケモンは、カツラも知っているポケモンだった。
「いでよ、フリーザー!」
「な、フリーザーまで……」
ファイヤーに続いてフリーザーまでロケット団の手に落ちた。残るはサンダーだが、こちらは例のマサラタウンのレッドという少年によって捕獲れてたと聞いている。カツラも詳細までは知らないが、ロケット団は何故かカントーの三鳥の捕獲を従っていた。最初はその伝説のポケモンとしての力を保持したいがためと思っていたが、いまになって考えてみればそれだけではないのかもしれないとさえ思えてくる。
しかし、そんな先のことを考えたくとも、いまこの状況を脱しないことにはどうにもできないのもまた事実。
「カツラよ、もう一度聞くぞ。組織に戻る気はないか?」
「ない! 私は、私はもう二度と悪魔の手先にはならない! それに私には死ねない理由もある。あいつを……私が生み出したミュウツーを捕らえるまでは!」
「安心しろ。ミュウツーもいずれは我々が捕らえておいてやる。もちろんサカキ様の道具としてな」
「そうはさせん!」
「ならば、ここで死ね!」
「くっ!」
カツラは同時に戦力となるポケモンをすべて出す。ウインディ、ブーバー、キュウコン、そして元からいたギャロップ。元々ジムリーダーのポケモン、その実力は並みではない。だが、相手は強敵どどころか伝説のポケモンだ。
──ファイヤーのかえんほうしゃ!
ファイヤーのかえんほうしゃに対して、カツラのポケモン達ともかえんほうしゃやほのお技で対抗する。だが、数で優っているのにも関わず、ギャロップ達の攻撃はファイヤーのかえんほうしゃに押し返すどころか押されていて、ファイヤーが出力をあげた途端にギャロップ達の攻撃は押し負けて吹き飛ばされる。
そしてフリーザーがカツラとそのポケモン達にトドメを指すべく、れいとうビームを放つ体制を取ろうとした。
「ここまでか」
戦いにすらならなかった。伝説のポケモンの前には歯が立たないことを痛感、そしてその強さを身をもって知ったカツラには先程まで抵抗していた力強い意思は既になかった。足に力が入らずその場に膝をつき、首を上に向けた。天に祈る、そういう訳ではなかった。すべてを受けれいる、ただそれだけの行為にしかすぎなかった。
青い空に白い雲。耳をすませば聞こえてくる波の音。子供のころ散々見て聞いたものばかり。罪を償う時とが来た──そうカツラは悟った。しかしと、それでもと、まだやり残したことがある。それだけが後悔だった。
だが、空の向こうに何かが見える。黒い点のようなものだ。サングラスをかけているから見えるそれは、こちらに落ちてくるのがわかる。それが人のような姿をしていると理解した瞬間、それは墜ちてきた。
「トドメだ、フリーザー! れいとう──」
──レッドのすてみタックル!
『ガッ──』
空から振ってきたそれはフリーザーの胴体に着弾、フリーザーをそのまま地面に叩きつけた。その衝撃で砂塵が舞う。
「な、なんだ⁉」
リーダーの男は突然のことで状況を把握できない。彼らからすればフリーザーが突然地面に物凄い衝撃で落ちた程度の認識しかできていなかった。
しかし、カツラには見えていた。信じ難いが、アレは間違いなく人であった。
そしてタイミングよく風が吹き、フリーザーが落ちて舞った砂塵が風と共にどこかへ飛んでいく。そこには倒れているフリーザーの前に、一人の少年が立っていた。赤いジャケットに赤い帽子。カツラはその少年を知っている。
「マサラタウンの、レッド……」
ロケット団の宿敵とも言える存在がそこにいた。
グレン島の上空。レッドを乗せたリザードンとその前を飛んでいるサンダーはグレン島にたどり着いた。さて、どこに降りるか、そう思いながら島を見下ろすと、島の端で何か戦闘のようなものが見えたレッドは、リザードンに自分を思いっきり地上に向けて投げるよう命令し、リザードンは遠慮せずレッドを投げた。
猛スピードで地上に落下していくレッドの目には、ファイヤーとフリーザーがいたが、戦闘機でもないので軌道修正などできるわけもなく、リザードンの肩を信じてただ墜ちていくことに覚悟を決めたら、見事フリーザーに当たった。
そして無事に五体満足で地上に降り立った前には、先程出会ったロケット団達がいた。
「いよぉ、さっきぶりだなあテメェら」
「ま、マサラタウンのレッドっ。貴様、死んだはずじゃ……」
「わりぃな。俺はしぶとくて頑丈なのが取柄なんだ」
レッドはふたごじまで出会ったロケット団のリーダーに不気味な笑みを浮かべる。それは島での意趣返しと言わんばかりの威圧だった。無意識に睨みつけていたのか、その圧に当てられて数名の下っ端が意識を失って倒れた。
『お、フリーザーの奴やられてやんの。ざまぁないぜ!』
『レッド、大丈夫か?』
「ああ。いい肩してたぜ」
『オレ投手目指せるかも』
「あとでみんなで野球でもするか。したことないけど」
少し遅れて上空にいたサンダーとリザードンがレッドの後ろに降下してくる。サンダーは目の前にいるファイヤーを見て、ふたごじまで出会った時のフリーザーと同じことを言い始めた。
『お前も捕まってんのかよ。だらしねえな』
『ぐぬぬ』
フリーザーと違ってファイヤーは耐性がないのか、ギロッとサンダーを睨みながら悔しそうな表情を浮かべる。
なんでこいつはこんなに調子がいいんだと、また似たような視線をサンダーに向けるレッドとリザードン。
「おい、起きろフリーザー!」
『……うっ』
レッドのすてみタックル、それも上空から猛スピードで落下してきたすてみタックルなのにも関わず、フリーザーはなんとか体を起こして立ち上がる。「流石は伝説、タフだぜ」と、レッドはフリーザーの耐久力を褒めた。
「さあ、ふたごじまでの続きをやろうぜ」
『お前らを倒せばよぉ、オレがサイキョーってことだよなぁ!』
『弱ったフリーザーなんて倒しても嬉しくないから、ファイヤーはオレのな』
ヤる気満々の三人は満面の笑みを浮かべながら構える。だが、ロケット団はそうではないようだ。
「くっ。これは想定外だ。マサラタウンのレッドも抹殺したいが、ここでファイヤーとフリーザーを失うわけにはいかない……撤収だ! 命拾いしたな、カツラ!」
逃げ足だけは超一流とでも言えばいいのだろうか。我先に背を向けて走り出す光景は、ある意味では美しいとさえ思える。
しかし、レッド達からすればまた不完全燃焼でしかなかった。
「はあ」
一日だけで何度目のため息だろうか。レッドは肩を落としながらリザードンとサンダーをモンスターボールに戻し、後ろを振り向いた。
スキンヘッドにサングラス、それと白衣。見覚えのある男だった。それを口にする前に相手の方から自分の名前が出ると、レッドはまた何とも言えない気持ちになった。
「キミはマサラタウンのレッド、でいいのだろうか。ありがとう、とこの場合は言えばいいんだろうな。命を救われた」
無言でレッドは肯定しながらふと思う。変な方向に名が売れ始めていると。それも、毎度毎度「マサラタウンの」と付けるので、それが苗字になりつつあることにレッドは少し恐れていた。
「俺もあんたの顔は見覚えがある。タマムシの秘密研究所で見た顔だ」
「……そうか。キミは、あそこにいたのか。なら隠す必要はないな。いや、隠すつもりもなかったが。私の名前はカツラ。元ロケット団の研究員で、このグレン島にあるグレンジムのジムリーダーだ。いや、ジムリーダーを名乗る権利など、今の私にはないか」
「確かマチスもジムリーダーだよな。なんでロケット団の幹部はジムリーダーだらけなんだよ。話じゃあキョウもジムリーダーだっけ? ヤマブキジムは知らないけど」
「ナツメだな。彼女も組織の一員で、幹部の一人だ」
それを聞いて珍しくレッドの顔は青ざめた。よりによってジムリーダーの半分がロケット団に所属していると世間が知ったら大混乱だろうと。
しかし、カツラは元ロケット団と言っただろうか。状況から見るに追われていたのはわかるが、一応レッドはそのことについて訊いた。
「元ってことはロケット団を辞めたんだろ。なんで追われてたんだ?」
「辞めたんじゃない。逃げ出したんだよ」
「逃げた?」
「大人が逃げるなんてカッコ悪いと思うかい」
「いや、そういう訳じゃないけど」
ロケット団とはまさに悪の組織のお手本のようなものだ。確かに辞表を出して簡単に辞められるとは思ってはいない。
だが、そこである事を思い出した。タマムシのゲームセンターの爆発、実際は地下の研究施設から起きたものだが、もしかしてアレは目の前のカツラが起こしたのではないだろうか。レッドはそのことを訊けば、カツラは首を横に振りながら答えた。
「アレは私ではないよ。確かにあの爆発のどさくさ紛れながら研究データや資料を処分してから脱出したがね」
「じゃあ……あのポケモンがやったのか? えーとなんだっけ。みゅ……みゅう……」
「ミュウツーだ。そうか、あそこにいたのならアイツも見ているか」
「なあ、アレは一体なんなんだ」
「この先に私の研究所がある。そこに向かいながら話そう」
カツラは傷ついたギャロップに薬を使ったのだろう。体の傷は完全には癒えてはいないが体力は戻っているようだ。そのままギャロップに乗ったカツラはレッドに手を差し伸べながら「乗るかい」と、声をかけたが、レッドは首を横に振って「走るからいい」と、一蹴した。それを聞いたカツラは何も言うことなく、ギャロップにゆっくりと走れと命じた。
平然とギャロップの横に付きながら走るレッドなど気にせず、カツラは語り始めた。
「すべてはフジ博士から始まった」
「聞いたことがあるような、ないような」
「ミュウを発見した世界で最初の人だ。テレビか何かで見たことがあるかもしれない。そして、そのフジ博士の夢、MⅡ計画がすべてのはじまりなんだ」
「えむつぅ計画?」
MⅡ計画。通称ミュウツープロジェクト。それはミュウを発見したフジ博士という科学者が、ミュウを見つけた〈さいはてのことう)で偶然採取したミュウの細胞から新しいポケモンを生み出そうとしたのが始まりだと、カツラはまるで自分のことのように語った。
フジ博士とは冒険家でもあり科学者でもあった。各地に残されたミュウの記録を集め、自らミュウを探しに行くほどアグレッシブな人だったとも。そもそもミュウを見つけたのは本当に偶然だったらしい。嵐に巻き込まれ、自分達がどこにいるかもわからず、ただ船を沈まないようにするだけで精一杯で、そしてたどり着いたのが〈さいはてのことう)で、ただそこに偶然ミュウがいただけだったと。
「当時はまだアナログの時代でほとんどが紙媒体、ようやく国一番の研究所にパソコンがあったぐらいだった。何年もかけて資料を取り寄せ、博士は採取したミュウの細胞には当時確認されているポケモンのDNAがあると知った。それはつまり、理論上ミュウにはすべてのポケモンの遺伝子があり、その一つ一つを抽出、あるいは人為的に操作すればそのポケモンを生み出せるのではないかと」
「それってつまり、伝説のポケモンもってこと?」
カツラは頷いて肯定、しかしと、カツラは続けて言った。
「博士は別の夢を描いた」
「夢?」
「自分だけのポケモンを作ろうとしたんだ」
世界に一つだけの、自分だけのポケモン。それをフジ博士は生み出そうとしたとカツラは言った。だがそこでレッドは何かが引っかかった。
「もしかして、作れなかったの? その新しいポケモンを」
「違うんだよ、レッド。博士は、まともだった。私と違って良識があり、自然の摂理に逆らってはいけないと気づいたんだよ」
「じゃあミュウツーを作ったのは……」
「私だよ。ロケット団は一体どこで手に入れたのか、博士が残した研究資料などを手に入れて、私のもとにやってきて言ったんだ。『お前がこれを実現してみないか』と。私はジムリーダーとしてではなく、一人の科学者としてその誘惑に負けた。フジ博士の夢を引き継ごうなんて綺麗なものじゃない。ただ純粋に新たなポケモンを生み出したいという好奇心から、私はロケット団の一員になったのだ。そしてミュウツーという名前も、元々博士の資料にあったものを使っただけに過ぎないんだよ」
そしてカツラは続けて、ロケット団に入ってからミュウツーを生み出すだけではなく、多くの実験や薬や道具などにも携わったとも言った。
ポケモンを進化させる薬やイーブイに使われていたあの装置、あれはカツラが生み出したのかもしれない。怒りがこみ上げて来なかったわけじゃない。ただ、いまこの場でカツラに拳をぶつけても、何も解決しないことは、幼いレッドにも理解はできた。
だが、何か言い返す言葉も出ては来なかった。
話している内に火山のすぐ目の前できた。よく目を凝らすと、正面は山と同じ形に偽装した扉になっていた。カツラ曰く、この研究所の動力は火山の地熱エネルギーを利用しているのだという。
「よくそんなすごいものを建てられたね」
「ここは研究所兼ポケモンジムになっている。資金はリーグ運営と国が出してくれたよ。それでもロケット団の施設に比べれば大したことはないがね」
レッドは適当に相槌を打ちながら施設内を見回す。ハッキリ言って何がどの役割をしているなんてわからない。ただカツラの言うように、タマムシの研究所に比べれば規模も機材も見劣りするのは確かだった。
そこでハッと大切なことを思い出したレッドは、ポケットから琥珀を取り出してカツラに見せた。
「ところでさ、これってポケモンの化石だったりする?」
「これは……!」
琥珀を見た途端にうカツラの目つきが変わるのがわかった。彼はレッドから琥珀を受け取り、それを観察するように見つめていると、とある機械の前に行き、琥珀をその中央に置いて、何かレーザーのようなものを照射した。
するとどうだろう。琥珀が見る見ると形を変えて、それは大きな翼を持ったポケモンになった。
「す、すげぇ。本物だったんだ」
「これはプテラだな。プテラの化石は琥珀というのは資料で知っていたが、実物見たのは初めてだったよ。それにしてもプテラの化石とは。よく見つけたなレッド」
「まあ貰い物なんだけどね」
「貰い物?」
「うん。自称化石マニアのおじさんから」
「いや、それは……なんでもない。忘れてくれ」
カツラが何かを言いかけたが、レッドはそれを聞こうとは思わなかった。何故なら化石マニアなら、これがプテラの化石である琥珀だということは予想がつくからだ。それを手放すことなんて早々あることではない。そのことにレッドも後になって気づいたが、もう二度と会うことはないし、貰ったもん勝ちだということで特に追及はしていない。
復元されたプテラは、特に暴れる様子もなくただ二人を見つめていた。それに気づいたレッドはプテラの頭を撫でながらモンスターボールに入れた。
プテラをゲットだぜ──と言いたいところだが、プテラを手持ちポケモンにする予定はない。突然のことではあったが、空を飛べるポケモンはリザードンにサンダーもいるから間に合っている。なのでプテラは最悪オーキド博士に預かってもらおうとレッドは考えていた。
そしてレッドは、カツラにあることを尋ねた。
「で、カツラはこれからどうするんだ。ロケット団は……多分だけど、しばらくは平気だと思うけど」
「私にはまだやることがあるんだ。アイツを、ミュウツーを捕らえなければいけない」
「でも、居場所なんてわかるのか?」
「わかる。私にだけは、わかるんだ」
「ふーん。まあ、俺には関係ないからいいけどさ」
興味もない素振りしながら答えるレッドンに対して、カツラはハッキリと言い切った。確信と言ってもいい。それを可能とする何か、それこそ装置みたいなものがあるのだろう。ただそれを言った瞬間、咄嗟に腕を抑えたのを見逃さすレッドではなかったが、これも追及することはしなかった。
すると、今度はカツラが許しを請うように言ってきた。
「レッドは、私に何もしないのか?」
「なんでさ」
「わ、私は逃げ出したとはいえロケット団の一員だった。それも多くの人達やポケモンに迷惑をかけた。それなのにキミは、私に何もしないと言う。ロケット団はキミにとって敵、のようなものだろう?」
「いや、敵っていうか……うーん、確かに言葉にするならそうなんだけど、俺からしたらたまたまそこに居合わせたっていうか」
カツラに言う通り、ロケット団は確かに敵なのだと思う。でも、敵という認識を今日の今までしたことはなかった。オツキミ山やサントアンヌ号でもそうで、たまたまそこに行ったらロケット団がいた、というだけで、実際今日だってふたごじまやさっきもそうだ。そこに行ったら、またロケット団がいただけに過ぎず、ロケット団だから戦っただけだ。
「だが、向こうはそうは思っていない。キミはすでにロケット団のブラックリスト、それも一番上に載っている。あいつらキミを消すまで──」
カツラが最後まで言うのを許さず、レッドは睨みながらカツラに言う。
「そんなことはどうでもいいんだよ。カツラ、あんたは自分を罰してほしいだけだろ。だったら俺は何もしない。許されることであんたの罪が少しで償われるって言うなら、俺は絶対にそんなこと言わない。あんたは死ぬまで自分がしてきたことを背負っていかなきゃいけないんだと俺は思うよ。それがイヤで、少しでも許されたいなら、今までとは逆のことをしていけよ。それこそジムリーダーとして正しいことを」
「……」
たった10歳のガキにこんなこと言われて黙るなよ、レッドは口に出さず胸の内で本音を零した。言い返すほど啖呵をきってほしかった。ただ思ったことを口にしただけで、別に本気で言ったわけじゃない。でも、カツラの所為で苦しんだ人もポケモンもいる。イーブイだってそうだ。だから許す気はない。けど、いつかは許す時が来ると思う。
あとはカツラが決めることだ。ここにもう用はない。レッドは研究所から出ようとするが、ふとある事が気になってカツラに言った。
「一つだけ教えてくれよ。ロケット団のボスって誰なんだよ」
「レッド、キミはああ言っておきながらまだロケット団と戦う気でいるのか?」
「事情が変わったから」
「それは何故なんだ」
「ただの直感」
予想外の返答で呆気に取られるカツラ。ただレッドからすれば信用に値するものであることに変わりはない。フリーザーに続いてファイヤーがロケット団の手に落ちた。直感だけではなく、妙な胸騒ぎもしているというのもあった。
「……レッド。ロケット団と戦うのは、まだいい。だが、ロケット団のボスとは戦ってはいけない」
それは警告のように聞こえた。先程とは打って変わって、カツラの口調はとても重く慎重だった。対してレッドは軽い口調で返した。
「なんでさ」
「ロケット団の幹部は知っているだろう。全員がジムリーダーとして相当の実力を持っている。三幹部、その中でナツメは群を抜いている。それはサイキッカーだからというのもある。彼女は、生身でも強い。それこそ心臓を止めることなど息をするようにできるだろう。彼女と戦ったことは?」
「ない」
「なら気をつけろ。彼女は今までの相手とレベルが一枚どころか、そのさらに上にいる」
「だから何だって言うんだよ。そのナツメと、ロケット団のボスがどう関係しているんだ」
「わからないのか。そのナツメですらロケット団のボスに従っているんだ!」
「……」
怒鳴るようにカツラはレッドに言う。それを聞いてようやくレッドもカツラの言っていることを理解をした。
「レッド。キミならナツメにも勝つことができるかもしれない。だが、ロケット団のボス──サカキだけはダメだ。もし出会ってしまったのなら、逃げるんだ。キミやキミのポケモン達でさえもサカキには勝てない……レッド……!?」
反応がないレッドをよく見れば、彼が笑っていることに気づいたカツラ。それもただ笑っているのではない。口角がこれでもかと言うほど吊り上がっていて歯も浮き出ている。それは、10歳の子供がするような顔ではなかった。
レッドは小さな笑いを零しながら言った。
「あはっ。そんなに強いのか、サカキってヤツは」
「あ、ああ。下手をすれば殺されるんだぞ。サカキは子供といえど、歯向かうなら容赦のない男だ。だからレッド、サカキとは……」
「いいさ、それで死んだって」
「……それは、どうしてだ」
「強いヤツと戦えるんだ。嬉しくて堪らないからに決まってるじゃん。それで死んだら、俺はそこまでの男ってことだ。でも、もし勝ったら俺はもっと強くなる」
右手を強く握り絞めながらレッドはカツラに言った。カツラは信じられないのか首を振っている。
カツラには理解などできないだろう。科学者だからじゃない。トレーナーだからでもない。レッドはトレーナーであり戦士だ。彼は純粋に強者との戦いを望み、勝利し、強くなることを目的としている。それは彼のポケモン達も同様だ。だからこそ常人にレッドという人間性を理解することなどできないのだ。
「私には、理解できない考えだ」
考えることを諦めたようにカツラはその場に腰かけて言った。
「別に理解してほしいとは思ってないよ。教えてくれてありがとう。俺は行くよ」
「……ヤマブキシティだ」
「え?」
「ヤマブキシティにあるシルフカンパニー、そこがロケット団の本拠地……のはずだ。しかし、いまのヤマブキシティは恐らくロケット団の手中にあるだろう。行くなら、気をつけろ」
シルフカンパニー。それはカントーにあるヤマブキシティに拠点を構える大企業で、それはレッドも知っていることだ。トレーナーが使うありとあらゆる道具、技マシン、さらにはモンスターボールもすべてシルフカンパニーが生産、販売している。
誰もが知り毎日のように消費されているこれらの商品は現時点でありとあらゆる場所、まさに世界中に販売されている。
そこでレッドは気づいた。ロケット団はポケモンの密輸もしていた。ならば世界中に拠点を構えるシルフカンパニーの流通経路、情報網はロケット団にとってこれ以上とない最適な拠点だということだ。
カントーだけではなく世界中に手を伸ばしているロケット団に、たった一人で喧嘩を売っている。いや、売り込もうとしていると考えると、また笑みがこぼれそうになるレッド。
「忠告どうも。じゃ、生きてたらまた会おうぜ」
今度こそレッドは振り返ることなく、カツラに背中を向けながら手を振って研究所を後にする。外に出てリザードンの背に乗り、空へと向かってリザードンは翼を羽ばたかせた。
『それでヤマブキシティに向かえばいいのか?』
「その前にマサラタウンに寄ろう」
『了解』
もしかしたらこれが最後の里帰りかもしれない。そんな弱気な言葉を、レッドはリザードンやボールにいるみんなの前で口にすることなどできはしなかった。
ワンポイントレジギガス
「どうも。マサラタウン・ノ・レッドです」