ヤマブキシティ。カントー地方の中央部に位置する大都市。特徴的なのが街全体を四角に囲っている巨大な壁であり、その中に多くの高層ビルが乱立しており四方に道路が伸びている。カントー地方の中央都市ということもあり、国内海外問わず多くの企業がここに拠点を構えている。
特に一番有名なのがシルフカンパニーになる。モンスターボールをはじめとした多くのトレーナー達が利用する道具は、シルフカンパニーよって製造および販売がされている。
またヤマブキシティはこのシルフカンパニーの企業城下町であり、街の中央に本社ビルがそびえたっている。
カントー一番の都会であり常に時代の最先端でもあるヤマブキシティであるが、今はその姿を変えつつあった。
まるで爆撃でもあったかのように道路には多くのクレーターが作られ電柱は折れていてる。その近くにある建物のガラスは割れていたり、車か何かに突っ込まれたような建物もある。まるで映画のワンシーンのようであった。
さらにはその場に倒れている黒ずくめの男達やポケモン達も多く見える。それらは街の中央、つまりはシルフカンパニーを目指すように続いていた。
そしてそのシルフカンパニーは、戦いの中心となっていた。
レッドが一人ロケット団の注意を引いている間にグリーン、リーフ、ブルーはそれぞれシルフカンパニーへと突入を開始した。
そこで待ち受けていたのがロケット団の三幹部だった。グリーンはキョウ、リーフはマチス、ブルーはナツメ。
グリーンとリーフは家族と町の人達を助けるために戦い、ブルーはただ自分の目的のためにやむを得ず戦いを始める。それぞれの戦いが終結した頃、レッドも遅れてシルフカンパニーで戦いを始めていた。
「ピカチュウ、でんきショック」
『ちょっと痺れるぞ』
──ピカチュウのでんきショック! ロケット団の戦闘員達は気絶した。
倒れた戦闘員を見て、レッドは周囲に残存兵がいないことを確認して一息つくと、背後にいたシルフカンパニーの社員達に声をかけた。
「もう大丈夫です。このまま自分が登ってきた非常階段から降りれば、多分ですけど安全に外に出られるはずです」
「あ、ありがとう。キミは強いんだな」
眼鏡をかけた見るからに課長とか部長と呼ばれるような雰囲気を纏った男性が、レッドにお礼を言いながらその強さを賞賛する。それに他の社員達も首を縦に振りながら感謝の言葉を述べているが、レッドは表情を変えずに答える。
「とにかく急いで。増援が来ないとは限らない」
「あ、ああ」
自分でそう言いつつも増援が来るだろうと読んでいた。仮にもここは敵の本拠地なのだから、このままロケット団が何もしないはずがない。ただ意外だったのは、彼らのように何も知らない一般社員がまだ残っていたことだった。いや、驚くほどのことではない。敵はロケット団だ。 平気で人質として価値があると思って拘束していたのだろう。
気になるのは下の階から感じる巨大な気配で、恐らくそれはフリーザーなのは間違いない。他にも複数の場所で戦いが起きているのをレッドは感じ取っていたが、助太刀すべきか悩んでいながらロケット団と戦っていると、気づけば下の階から感じる気配が弱くなった。
決着あるいは終わりに近づいているのだろう。気にはなる、だがその前に自分はきっと彼女と戦うことになるだろう。あのナツメという女と。
そんなことを思いながら人質にされていた人達を誘導していると、一人の女性がモンスターボールを渡しながら声をかけてきた。
「急な頼みなのはわかってるんだけど、この子をあなたに託したいの」
モンスターボールを手に取って中を覗き込むと、そこにはラプラスが笑顔でこちらを見上げていた。のりものポケモンのラプラス。見た目は凸凹のある甲羅のようなものを背負った首長竜であるが、本来は群れで穏やかな海を回遊しながら暮らしているポケモン。可愛いらしい見た目も相まって非常に人気のあるポケモンだと聞いている。ただ生息地が海なだけあって捕まえることは容易ではないポケモンでもある。
「お礼ってことならお断りします」
「違うのよ。この子は私がたまたまこことは別の部屋で見つけたの。最初はてっきり誰かのかと思ったんだけど、ラプラスって人気のポケモンでしょ。だから社員の誰かが持っていたら噂になるし、でもそんな話は聞いたことなかったから」
「それでこの騒動でもしかしたらロケット団……こいつらが捕まえたポケモンだと?」
「ええ。こんなことが起きなかったら警察に届けたんだけど、どうやらそのロケット団絡みぽいし。私が保護してもいいんだけど、なんだかこの子あなたと一緒に行きたいような感じがしたから」
「そうなのか?」
『うん!』
そう言われてラプラスに尋ねると、噂にたがわず美しい声で答えた。本人がこう言っているとなると断ることはできない。
「わかりました。この子は自分が責任を持ってお預かりします」
「え、ええ。それじゃあ気を付けてね」
彼女はポケモンと話すレッドを見て驚きの表情を隠せないまま別れを告げて去っていたが、その当人はその彼女の表情の理由がわからずただ首を傾げた。
「それにしても、お前も変なやつだな。俺と一緒に行きたいだなんて」
『きゅい?』
もう一度ラプラスが入ったモンスターボールを見ながら言うと、ラプラスは意味がわからないのか不思議そうに首を傾げた。それを見て苦笑するレッド。
レッドは、目的地はないがとりあえず上を目指せばなんとかなるだろう、ただそれだけを考えていた。
ただシルフカンパニーに入ることができたのはたまたま非常階段の入口を見つけたので、そのこともあって道中ロケット団戦闘員と遭遇することなく、悲鳴を聞いてこのフロアまでたどり着いた。なので今度は一般の階段を使って上を目指そうとしていた。そこで偶然見つけた案内図を見てこれから移動しようとしたその時だった。
「なんだ、この膨大なエネルギーは。それも移動している、のか──!」
『ギャーオ!』
「サンダー⁉ どうして!」
こことは別の場所。恐らく上のフロアから巨大なエネルギーを感じ取った次の瞬間、モンスターボールに入っていたサンダーが突然現れた。本来モンスターボールに入ったポケモンは、開閉スイッチを押さない限り本来は出ることはできない。それがどういう訳か、サンダーは勝手に外に出た。
しかし様子も異常だった。こちらの声は聞こえてはおらず目も正気ではない。そしてサンダーは体に電気で作ったバリアのようなものを纏い、何かに導かれるように天井を強引に壊しながら飛んで行き、レッドは少し遅れてサンダーの後を追いはじめた。
「ふふっ。我ながらうまくやったわね」
ロケット団の幹部であるナツメとの戦い。実力差はもちろんのこと彼女自身が超能力者ということもあってか、ブルーからしてみれば格上の相手であり、認めたくはないが歯が立たない相手だった。
なにより一番最悪だったのは過去の──いや、いまでもトラウマであるアレを見せられたことだった。
忘れたくても忘れられない過去の記憶。それがナツメによって見せた幻であっても抗えないものだった。
けど今の私は、昔の私とは違う。アレに怯えていただけの私じゃない、ブルーはそう自分に言い聞かせ、錯乱したフリをしつつうまくナツメを騙してなんとか一矢報いた。
ナツメには勝てない、だから逃げた。その代償として服が破れて胸が露になってしまったけど、偶然にもロケット団の女戦闘員がいたので、ありがたく制服を頂戴した。サイズは近かったので問題はなかったけど、少し胸周りがキツイ。まあ贅沢は言えない。
そもそもブルーの目的はロケット団と戦うことではない。ロケット団からあるものを頂戴するためだ。予定は狂ってしまった、けど幸運にもロケット団の制服を手に入れたから、あとはメタモンのメタちゃんで顔を変えれば大手を振って歩き回れる。
変装したことで気兼ねなくビル内を探索するが、意外なことにロケット団の戦闘員をあまり見なかった。敵の本拠地と言っても表向きはシルフカンパニーという大企業であり、平時や緊急時だろうと一般の社員のが多いということなのだろうか。
そんなことを考えつつ、ブルーはとある部屋の前で足を止めた。目的の物を見つけたのだ。小さな台の上にそれはあった。まるでどうぞと言っているが、警報装置のような罠は仕掛けれてはいないので問題はないようだ。
それは大きな円盤のようなものだった。厚さは5センチ以上はあるだろうか。両手で持ってみると意外と重い、1キロか2キロはあるかもしれない。こんな一見ただの円盤のようものを、こんな苦労をしてまで手に入れたかったものだ。
この円盤の表面には何かをはめるような穴が7つある。それは知っている人間が見れば一目でわかる。ブルーは先程どさくさに紛れてナツメから奪い盗った2つのジムバッジをそれぞれに合う穴にはめていく。
これは、手に入れた情報が間違っていないのならば、これにジムバッジをはめることで新ポケモンが手に入るという話だ。恐らくロケット団が開発したのだと思うが、一体誰がどうやってこんなものを作ったのかまではブルー自身も掴んでいない。別にそれは関係のない話だしどうでもいい。問題はこれをどうするかだった。
ブルーが持っているジムバッジは2つ。穴はまだ5つ。元々は4つの予定だったはずが残りの二つは以前レッドに返してしまって手元にはない。
どうしたのものかと頭を悩ませていると、背後で人の気配がした。
「ロケット団⁉ もうしつこいんだから!」
「待ちなさいなリーフ。私よ私」
「ぶ、ブルー⁉」
「おほほ」
現れたのはリーフで、ブルーは彼女に気づくとすぐに変装していたメタちゃんをボールに戻して正体を明かした。
リーフがここにいるということは、どうやら彼女もロケット団の幹部を倒してここにやってきたということになるのかもしれない。そして都合がいいことに、彼女は手に持つこれを不思議そうに聞いてきた。
「それなんなの?」
「ロケット団を潰すための秘密アイテムよ」
「……」
「あら。信じられないの?」
「だってブルーが正直に教えるとは思えないもの」
それはそうだ。目を細くしながら疑い深く見てくるリーフに、ブルーは言葉に出さないで肯定をした。だが、ウソではない。
「そうかもしれないけど、実際にこれはスゴイことを起こすためのアイテムなの」
「スゴイことって?」
「ここに穴があるでしょ。ここにジムバッジをはめると、ポケモンにすごいパワーを与えるのよ」
「確かにジムバッジにはそんな力があるって聞いたよ。身をもって味わったしね」
よく見れば、リーフの服は所々解れているとういうか、なんだか焦げている部分が多く見られる。恐らくロケット団自分と同じようにロケット団の幹部の誰かと戦ったからだろうとブルーは予想した。
「なら話が早いわ。リーフならジムバッジ持ってるでしょ。貸してくれない?」
「やだ」
即答であった。しかも目を細くしてこちらを睨んでくる。はて、そんな酷いことを彼女にしたであろうかと、ブルーはふと考えるが思い出せなかった。
「どうしてよ」
「最初に騙されて盗られたお金返してもらってないもん」
「こんな危機的状況でお金って、アンタ恥ずかしくないの!?」
「ブルーに言われたくないわよ。ま、どうしてもって言うなら……この場でお金返しくれたらバッジを貸してあげる」
不覚。まさかここにきて自分が追い込まれてるとは思っていなかった。それも金が絡んだ問題で。ぐぬぬ、とブルーはリーフに対して初めて屈辱を味わいながらも、目的を達成するためにはその条件を飲まなければいけない。
「……仕方ないわね。有り金全部持っていきなさい」
「最初からそうしてればいいのよ。はい、バッジ。私が倒したマチスとグリーンが倒したキョウのバッジもあるから、空いてる穴に全部埋められるんじゃない?」
「でかしたわリーフ!」
ブルーは差し出されたジムバッジを目にも止まらぬ速さで掴むと、手慣れた手つきで残りの穴にジムバッジをはめていく。
その光景をブルーの背後から覗き込むようにリーフが訊いた。
「で、バッジをはめただけですごいパワーなんて手に入るの?」
「まあ見てなさいって」
グレーバッジ、ブルー、バッジ、オレンジバッジ、レインボーバッジ、最後にピンクバッジをはめていく。カチッといい感じの音がなる──だが何も起こらない。
「ちょっとなにも起こらないじゃない」
後ろでリーフが呆れながら言ってきた途端、円盤が振動して思わずブルーは円盤を放り投げた。同時に円盤の中央からサッカーボールより一回りぐらいほど大きい光の玉が現れた。すると、光の玉は移動を始めた。まるで自ら意思を持っているかのように何処かへ向かっているような動きをしている。
「話が違うわよ!」
少し遅れてブルーは叫びながらそれを追い、リーフも慌ててブルーの後ろを走る。部屋を出て何度か角を曲がった直後、すぐに異変が起きた。
突如、廊下が揺れ始めたと思った直後、廊下を破壊しながら大きな鳥ポケモンが現れた。
「サンダー⁉」
「ッ!」
リーフは一目見てそれがその鳥ポケモンがサンダーだと気づいた。ただブルーは目の前のポケモンが鳥ポケモンだとわかると、途端に体が振るえ始める。
大丈夫、大丈夫……。何度もそう自分に言い聞かせながら平静を保つ。鳥ポケモンがなんだ。確かに目の前のサンダーは、そこら辺にいる鳥ポケモンより大きい。そう、大きいだけだ。アレとは違う。だから、大丈夫。
『ギャーオ!』
しかし、そんなブルーなど構うことなく、サンダーはさらに天井を破って上のフロアへ向かう。気づけば光の玉も見失っていて、それに気づいた瞬間、突然の閃光が二人を襲った。
「な、なんなの……?」
「……あ、ああ……」
「ブルー、どうした……の……」
思わず上を見上げた。そこには、3つの頭を持った巨大な鳥ポケモンがいた。無理、アレは無理。ブルーの脳裏にかつて自分を攫った巨大なポケモンの影が蘇る。あの大きな足で、自分を攫った鳥ポケモン。それが原因で鳥ポケモンがトラウマになった。あの日から成長したいまでも、小さなポッポやオニスズメですらまだ完璧に克服できていない。それがあんなにも巨大で、大きな翼と足をしたポケモンとなれば耐えられるはずがなかった。
「ふむ。これは少し記憶とは違う光景だ」
「あなたは……ナツメ⁉」
巨大な鳥ポケモンの隣にロケット団幹部であるナツメが宙に浮いていた。しかしブルーの前は鳥ポケモンに奪われていて、隣にいるナツメは視界にすら入っていなかった。
「悪いがコイツを生み出したお前達にもう用はない。やれ」
「ば、バナちゃん!」
先程とは違い、赤と黄色と水色が混じった光が二人を襲った。
人は空を飛べない。そんなことは子供だって知っていることだ。けど、跳ぶことはできる。
レッドは、サンダーが天井を壊しながら作った道を、一階ずつ跳ぶ超えることでなんとかサンダーに追いつこうとしていた。シルフカンパニーの天井と床の高さは平均的な方である。それでも数メートルはある高さを軽々と跳んでいく。
しかしサンダーの進む方が速くすぐに離れされてしまう。それでも場所が場所だけに、まだ視界の中に捕らえている。
だが突然サンダーが進行を止めた途端に眩しい光が弾けるように降り注ぎ、思わず目を瞑る。その直後に今度は爆発音がした。その行動に違和感と嫌な予感がして、レッドは再び床を蹴って跳んだ。
目的の所までたどり着くと、そこは今までのフロアとは大分風景が違っていた。ここだけ壁が壊されており、奥の部屋まで繋がってしまっている。
だがそれよりも目を奪われたのは、瓦礫に埋もれているフシギバナと、その近くに倒れているリーフに、頭を抱えて震えているブルーだった。
「リーフ!」
レッドはブルーよりも状態が分からないリーフの名前を叫びながら慌てて駆け寄った。倒れている彼女を抱き起こす。どうやら気を失っているらしい。頭から血を流しているがそこまで重症ではない。小さな破片か何かが当たった程度だと推測するが、後遺症がないとも言い切れない。
「おやおや。ようやく主役の登場だな」
上から声。顔を上げなくても声の主はわかるが、自然と体は動いてしまう。そこにはナツメと、見たことのないポケモンがいた。
いや、正確には知っている。サンダー、ファイヤー、フリーザーだ。だが目の前のソレは、自分が知っている三匹のポケモンではなく、三体が一つになったような姿になったポケモンだった。こちらから見て、左からサンダー、中央がファイヤー、右がフリーザーとなっており、言ってしまえばそれはあまりにも醜い姿と言えた。強引あるいは無理やりと言った方がいいだろうか。一つの体に三つの頭というわけではなく、中央のファイヤーに左右の二体がくっついているものだ。だから翼はそのままだが左右の翼にはファイヤーの炎が纏っているし、胴体はそれぞれ三つあるから足も6本もある。
レッドは、リーフを抱えながらブルーの前に膝をついて声をかけた。
「ブルー、大丈夫か!?」
「あ、ああ……れ、れっど。ち、ちがうの、わたし、こんなつもりじゃ」
「ブルー?」
目の前のブルーは年相応に何かに怯える少女そのもので、自分が知るブルーとはかけ離れていることに戸惑いを隠せないレッド。
すると、そんな疑問に答えるようにナツメが言った。
「どうやらその女は酷いトラウマを持っているようでな」
「トラウマ?」
「力を使って心を読んだが、まあそいつもそいつで壮絶な人生を歩んでいるようだぞ。その中で特に鳥ポケモン、それも大きな個体がトラウマらしい」
ナツメに言われて再度ブルーを見る。自分の体を抱き締めながら、体の震えを抑え込もうと必死に見える。視線も一切上を向かず、正面を向いているのにこちらと視線が合ってもいない。ブルーにも色々と訳ありだということはわかった。だがいまはそんな余裕はブルーにも自分にもないと、レッドは彼女の頬を叩いた。
「しっかりしろ、ブルー」
「れ、レッド……」
「いいか、リーフと一緒にここから離れるんだ。できるな、ブルー」
「で、でも」
ブルーに説明しながらレッドはフシギバナが入っていたであろうボールを手に持ちフシギバナを戻すと、今度はニョロボンが入ったボールを投げた。ニョロボンが現れると、彼にリーフを預ける。ニョロボンとはリーフと同じぐらい長い付き合いだから、手持ちでなくともリーフが持っている他のポケモンよりは話を聞いてくれる。
「リーフを頼んだぞ、ニョロ」
『わかった。レッドも気をつけて』
レッドの言葉にニョロボンは頷く。今度はブルーを立たせるがまだ怯えているようで、しっかりと立つことすらままらない。それを見て再度活を入れようと、今度は少し力強い声で言った。
「しっかりしろ、ブルー!」
「だって……」
「だってじゃない! お前はそんなか弱い女じゃないだろう! ほら、いつものようにうまく逃げて見せろ!」
「……レッドは?」
「俺のことはいいから、ほら行くんだ」
出口の方に体を向けて、最後は優しい声でブルーを送り出す。一歩、また一歩とゆっくりと、けど次第に速度をあげてブルーは行き、その後ろを見守るようにリーフを抱えたニョロボンが続いていく。
レッドは最後まで彼女たちの背中を見送ることなく上を見上げた。
「優しいじゃないか」
「見逃してくれたのか?」
「用があるのはお前だからな。他の奴らなんてどうでもいい。が、お前が満足に戦えないのは私としても困る」
「そりゃあどうも。じゃあ、ヤるかい」
しかし、その言葉とは裏腹にレッドの中にある直感あるいは別の何かが警笛を鳴らしている。逃げろ。アレと戦ってはいけない。それ以上に死という単語が浮かび上がってくる。勝てるビジョンが浮かんでこず、何をしても徒労に終わることになる。サンダー、ファイヤー、フリーザーが一つになっただけ。それだけというのに、死を間近に感じる。
それでも戦わなければいけないのもまた事実だった。ここがこの先の人生を左右するであろう戦いの分水嶺。生か死か。勝てば未来が、負ければ死が。この上なくシンプルで分かりやすい。元々もそれを望んでいたのも事実で、だからこそ逃げるという選択肢はない。
レッドは覚悟を決めた。だが、ナツメはまだそのつもりはないのか、何かを投げると平然と言ってきた。
「そうそう。それを返すのを忘れてるところだったよ」
「イーブイ⁉」
落ちてきたそれを受け止めて、それが自分のイーブイだとすぐにレッドにはわかった。状態は酷い。まるでタマムシシティで出会ったあの時か、それ以上に酷い状態だった。気を失っているのか、レッドの声を聞いても反応すらなかった。
「こいつ……サ・ファイ・ザーと呼ぶか。これの最終調整にどうしてもそれが必要でな」
「そのついでにマサラタウンの住民を攫ったのか」
「そうなる。まあお前に対して、彼らが人質としての価値があるかどうかは微妙だったがな。どちらかと言うと、お前はそのイーブイのが餌としては十分すぎるようだ。心を読まずともお前が私に対して怒りを向けていることが手に取るようにわかるぞ」
図星だった。レッドは、ナツメの言う通り怒りに満ちていた。オーキド博士や町の住民が人質として攫われても平静だったが、仲間であり家族でもあるイーブイがこのような目に遭ったことで平静ではいられずにいた。
結局はグリーンの言う通りだった。少し違うのは、自分の家族と呼べる存在が酷い目にあって感情を露わにしていること。それでも自分は人よりもポケモンを優先している、そのことにレッドは自身に嫌悪感を抱いたが、きっとそれはこの先も変わらないのだと思った。血のつながった家族なんて自分にはいないのだから、と。
「お前らは、ここで潰す」
それは多分、はじめてのことだった。ロケット団が許せない、そう思ったのは。今までは偶然その現場に居合わせただけだった。オツキミ山、クチバシティ、タマムシシティと。でも、いまようやくわかったのだ。ポケモンだいすきクラブの会長が自分のポケモンがいなくなって不安になった気持ちが。ロケット団によってポケモンを盗まれ、酷い目に遭ってきた人やポケモンの気持ちが。
「そうではなくてはな。さあこい、レッド」
イーブイを空のボールに戻し、リザードンとピカチュウのボール投げる。サ・ファイ・ザーと言ったか、あのポケモンは一人では勝てない。だから相性がいいこの二体を出した。フリーザーをリザードンが。サンダーをピカチュウが。ファイヤーはリザードンか自分が担当するしかない──そう思っていると、ラプラスが勝手にボールから飛び出した。
「ラプラス、お前にはまだ無理だ!」
『きゅーい!」
出会ったばかりで当然レベルの低いラプラスが、目の前の強大な存在に対して臆することなく、レッドに力強い瞳を向けて応えた。その瞳を見て、レッドの口からラプラスを止めるなんて言葉は出てこなかった。
「行くぞ」
たった一言、それが開戦の合図となった。
未来予知が夢という形でみせた数多ある世界線のビジョンは、いま目の前で繰り広げられている光景を見るに、概ね幾つかあったビジョンと告示しているようだと、ナツメは一人離れた場所でその戦いを見ろしながら見てそう思った。
「リザードン!」
『リザァ!』
『ギャーオ』
──リザードンのかえんほうしゃ!
──サ・ファイ・ザーのかえんほうしゃ!
──サ・ファイ・ザーの10まんボルト!
──サ・ファイ・ザーのれいとうビーム!
リザードンのかえんほうしゃに対してファイヤーの口からかえんほうしゃが放たれる。本来であればレッドのリザードンのかえんほうしゃは、伝説のポケモンであるファイヤーの炎と同等あるいはそれ以上の威力を持っている。が、リザードンのかえんほうしゃは徐々に押し込まれている。しかもそれだけではない。サ・ファイ・ザーは三体が一体のポケモンとなっているが、各々が独自のタイミングで攻撃をしてくる。
『ピカ!』
『きゅーい!』
──ピカチュウの10まんボルト!
──ラプラスのれいとうビーム!
頭上で戦っているリザードンの背に乗ったレッドに対し、地上でピカチュウとラプラスが二人の援護をする。ピカチュウはよくやっている方だとナツメは思いながらも、その隣にいるラプラスの感想は評価することすらできない。最初はサ・ファイ・ザーのれいとうビームを受け止めたはいいものの、すぐに押し返されてそのままラプラスは吹き飛ばされる。
そもそもラプラスだけレベルの差がありすぎるということだろうか。
「オォオオオ!」
仲間が倒れても気にもとめない、いや、する余裕がないのだろう。レッドはリザードンの背を蹴ってサ・ファイ・ザーに右腕を振るう。しかしサ・ファイ・ザーは、ただその巨大な翼を一度だけ羽ばたかせた。
『ギャーオ!』
──サ・ファイ・ザーのふきとばし! レッドは吹き飛ばされた。
「ぐぅっ──」
ただのふきとばしではない。それはまさに暴風と言っていいだろう。レッドは見事なまでに地上に叩きつけられ、リザードンは歯を食いしばりながらそれに耐え、ピカチュウも必死に床にしがみ付きながら耐えていた。
だがそれで止まるほど甘くはないのか、サ・ファイ・ザーはリザードンにかえんほうしゃを放つと、リザードンはそのまま背後に何階か分からないがそのフロアの壁に叩きつけられた。
サ・ファイ・ザーというよりファイヤーなりの意趣返しというやつなのだろうか。ファイヤーはニヤリと笑ったように見える。
「こっの、バカ野郎が。簡単に乗っ取られ、やがって……」
レッドはサ・ファイ・ザーのサンダーの方を睨みながら愚痴を吐いた。だがサンダーの表情は変わらない。
「このサ・ファイ・ザーは、7つのジムバッジの膨大なエネルギーによって生まれたようなポケモンだ」
「まだまだ、これから、だっ!」
人が折角教えようとしていたナツメに対して、レッドはその声など初めから聞こえていないのか、また跳躍してサ・ファイ・ザーに迫り、再び地上に叩きつけられる。それを見ながらナツメもまた気にせず続けた。
「伝説のポケモンのパワーに加えてさらにジムバッジ7つ分のエネルギーだ。並みのポケモンなら一撃すら耐えることができないだろう。それをお前達は耐えているということは、並外れた存在と言えるのだろうな」
まず常識的に考えて、建物の5階分ほどの高さから叩きつけられて生きていられる人間はまずいない。それなのにレッドという少年は何度も立ち上がってはまた地上に叩きつけられる。服は破れては肌が露出している。尖ったコンクリートで切ったのか、それともサ・ファイ・ザーに攻撃で体の数か所から血が流れている。
『ギャーオ!』
「っ⁉」
──サ・ファイ・ザーのふぶき!
サ・ファイ・ザーがレッド達がいる下に向けてふぶきを放った。それを見たナツメは、サ・ファイ・ザーが確実にトドメを指すつもりなのだと察した。それも当然だった。サ・ファイ・ザーはいま滞空している場所から動いてはいない。何よりもレッド達を脅威だとも思っていない。
『リ、ザァ!』
『きゅーい!』
それを止めようとリザードンが空から攻撃を仕掛ける。だが、ファイヤーとサンダーの頭部がそちらへ向き、リザードンを牽制する。
対して地上にいるラプラスがレッドとピカチュウの前に立ち、同じくふぶきで抵抗する。だが足りない。威力、出力、制圧力、何もかもが足りない。
「ピカチュウ!」
それでもラプラスが少しでも耐えている間に、レッドはいつの間にかボールに戻していたピカチュウを天井に向けて投げた。ボールはふぶきの影響で多少軌道が変わったが、ボールは確かにサ・ファイ・ザーを超えた。同時にボールから飛び出したピカチュウは、そのまま壁を蹴ってサ・ファイ・ザーにしがみ付いた。
『ピ、カ、チュウ!!』
──ピカチュウの10まんボルト! こうかはいまひとつのようだ……。
電気技はひこうタイプのポケモンには有効である。それは伝説の三鳥も例外ではない。だが、サンダーがいることで有効打である電気技はあまり通じない。全く効いていないわけではない。それはピカチュウの技の威力を見ればわかる。しかし、サ・ファイ・ザーになったことで耐久力も上がっているため、並外れたピカチュウの10まんボルトと言えど傷をつけるまでには届かない。
ようやくたどり着き、やっとまともな一撃を食らわせたはいいものの、それはまだ勝利に近づくための一歩にすらなっていない。
サ・ファイ・ザーはそんな小さなことでも癪に障ったのか、膨大なエネルギー波を放って強引にピカチュウを体から引きはがした。
──サ・ファイ・ザーのかみなり!
その攻撃は全方位に向けられた。幸いなのは、その一つが自分には向けられなかったことだと、ナツメはこの戦いで初めて冷や汗を流した。サ・ファイ・ザーのかみなりは壁、天井、床ごと貫き原型すら残さない。それによってできた穴の一つを見ると、隣に建っていたビルにまで及んでいるのだから相当の威力だった。
対してレッド達。リザードンは負傷した体でありながらも何とかそれを回避していた。それはピカチュウも同じで、小柄な体であることを利用してでんこうせっかを使用しながら躱している。そしてレッドは、運がなかった。サ・ファイ・ザーの攻撃の矛先が下にいるレッドに向けて集中的に向けられていたからだ。鋭い槍が突き刺すように無数のかみなりがレッドに迫り──その間に割って入るように傷ついたラプラスが飛び込んだ。
『きゅーい!』
「ラプラス⁉』
もう自分は役に立てないと判断したのだろうか。ラプラスは、自らレッドの盾になるべくその身を捧げた。攻撃が止むと同時にラプラスの意識が途切れその場に倒れた。
ラプラスの評価を改めるべきだろう。攻撃が止む直前まで意識を保っていたのだ、それだけであのラプラスは並のポケモンではない証。
「──!」
声を出さずともレッドの感情が高ぶっているのがここらでもわかった。それはリザードンもピカチュウ同じで、三人は再度サ・ファイ・ザーに挑む。
だが現実は非常だ。仲間が倒れ、その怒りを胸に力を振るおうとも戦況に変化など起こるはずもない。挑んでは破れ、また挑んで破れる、その繰り返し。
それを見てナツメは、流石に飽きたとは思わなかったが、ただこれは同じ結末になるのだろうかと少し落胆していた。
それは未来予知がみせた夢と結局変わらない、ということに他ならなかった。すべてを正確に記憶しているわけではないが、この戦いには幾つかの共通点がある。一つはレッドの手持ちポケモン。少なくともレッドのポケモンにはスピアー、ピカチュウ、リザードン、カビゴン、イーブイがいるのは確かだった。他のパターンだとこれにニョロボン、フシギバナ、カメックス、ラプラス、プテラがいたと記憶している。現にラプラスはいるから、恐らく間違いではない。
また他の共通点をあげるならば、それはレッド自身になる。多分、戦闘スタイルはいま目の前にいるレッドと左程変わらないだろう。それでもその強さには多少ムラというか上下している部分もある。また夢の中には、それも信じられないことなのだが、空を飛んだり超能力あるいは異能の力を持ったレッドがいることだ。恐らく敗北した夢の世界線の自分は、そのレッドに破れたのだとナツメは推測していた。
「異能、か」
そのことを思い出しながらレッドを見る。アレに自分のような超能力はない、それはハッキリと断言できる。
ただ一つだけ気になるモノがあった。
恐らくソレは、自分のような超能力者のような人間にしか見ることができないモノだろう。普通の人間が見ても何も見えないが、ナツメには見えた。レッドの体を纏うように薄っすらと見えるソレが。
氣あるいはオーラと呼ぶべきなのだろうか。あえてそれを精神エネルギーとするならば、それは生物ならば誰しもが備わっているものになる。それを自在にコントロールできる存在を達人と呼ぶのだったか。
レッドのソレが氣と呼ばれるものだと断言はできないが、似たようなものだということは判断できる。しかし、見るからにレッドはそれを自由に扱えているようには見えない。ただ体に纏っているだけで、攻撃には転用せず一転に集中して防御する、という単純なことすらできていないようだった。
つまりレッドは無意識にソレを使っているということになる。
少し思考して──成程、とナツメはあることに合点がいった。先程の考えは間違っているようだ。レッドがあれだけのダメージを負いながらもまだああして戦えているのは、無意識に身を守るという選択をしているからに他ならない。それに気が付いてもっと目を凝らして見てみれば、確かに攻撃を受ける瞬間だけ、防御の構えをしている腕に集中しているのが見えた。
ただ攻撃に対して同じことをしているかと思えば全くできてない。攻撃より防御の方がイメージがしやすいと言えばそうだが、何故かレッドはその逆のことができないようだった。
ソレを異能と呼ぶかは別として、このレッドにも何かしらの『力』が備わっているということだ。ただそれが自由に扱えていたとしても、サ・ファイ・ザーに勝つことは難しいだろう。
それでも勝機がないわけではない。未来予知がみせたサ・ファイ・ザーに勝った世界線がそれを証明している。
その時、サ・ファイ・ザーが今まで以上に吼えた。
『ギャーオ!』
ドン、ドン、ドンと三回ほど何かが叩きつけられるような音が聞こえた。音が鳴った方に首を動かす。そこには気を失った三人がいた。
前言撤回。しかし無様とは言うまい。伝説の三鳥とも渡り合える程の実力を持ったリザードンでもサ・ファイ・ザーには届かなかったのだ。むしろピカチュウと共によくやった方だろう。
そしてレッド。どうやらこの世界線のレッドは、敗北する世界だったらしい。
「残念だよ、レッド」
心からナツメはその言葉を口にした。未来予知にはどれもレッドがいた。それは、自分とレッドには何かあるのではないか。縁と呼ぶような、二人を繋ぐ何かがあるのだと。しかしそれを確かめる手段はない。レッドは負けた。サ・ファイ・ザーにも勝てず、私にもその拳は届かなかったのだ。
ナツメは無念のため息を漏らしながら、最後の介錯をすべくサ・ファイ・ザーに伝えようとした時、声が聞こえた。
「……ぅ……ぁ……」
レッドの意識はまだ落ちてはいなかった。むしろまだ抗う気だ。痛みを堪えながら必死に上半身を起こそうとしていた。
お前はよくやったよ、レッド。ナツメは口は出さず彼に賞賛を送った。だが、これ以上はお前のためにもならないと、サ・ファイ・ザーに命令した。
「トドメをさせ」
かつてないほどの膨大なエネルギーがサ・ファイ・ザーの目の前に収束していく。それを生み出せるのだから恐ろしい。こいつを使えばボスにだって勝つことも可能だろう──いや、それはナンセンスな考えだ。ナツメはボスであるサカキという男を知っている。だからこそ、その考えは身を亡ぼすことも理解している。
ボスは、このサ・ファイ・ザーにすら勝つだろう。サカキの実力を知っているが故に、彼の勝利は揺らがない。
『ギャーオ!』
エネルギーの収束が終わるとそれは巨大な砲弾となり、サ・ファイ・ザーは躊躇うことなくそれを放った。
「さようなら、レッド」
そう言いながらナツメは目を閉じた。最後の瞬間を見たくないのか、それは本人もわからなかった。ただ、アレに飲まれてしまえば跡形も残らないとナツメは思った。次に目を開けたときには、そこにはきっと何もないのだろう。これで自分とレッドの奇妙な関係は完全に終わりを告げた。
レッドの死、それはつまりロケット団にとって一番の脅威が消えたことだ。最大の不安要素が消えたことで、ロケット団の活動は今まで以上に楽になることだろう。正義のジムリーダー達など我々の敵ではない。このサ・ファイ・ザーがいれば、カントーはおろか全国をも手中に収めることだってできるだろう。
『ギャ?』
サ・ファイ・ザーの声で同時に違和感に気づいた。攻撃が放たれたというのに、全く音がしない。あの膨大なエネルギーの塊だ。シルフカンパニーを崩壊させるほどの影響を与えてもおかしくはないはずだ。それなのに耳には破壊音が聞こえない。
閉じていた瞼を開ける。そこには、放たれたエネルギーの塊が止まっていた。それを見てナツメの目が大きく開く。なぜだ、どうして。レッドが何かをしたのか。そんなはずはない。あの状態でこんな真似ができるはずがない──ナツメが困惑しながらもその答えを見つけようと思案していると、パァンと風船が割れるようにエネルギーの塊は四散した。その余波でビル内部へと飛び散り、建物全体が大きく揺れる。
しかし、ナツメにはそんなことどうでもよかった。重要なのは、そこに何かがいるということだった。
それはレッドの前に立っていた。
ポケモン、あれはポケモンだ。人型のような体型をしているが、間違いなくポケモンだ。見たことがない個体だ。青い体毛、手足や腰の一部が黒く、それは童話に出てきそうな獣人という言葉が当てはまるようなポケモン。ただ頭部の、まるで人が目を布か何かで隠すような部分が赤く、例えるならそれは鉢巻のようにもみえるそれは、そのポケモンにはとても浮いている色だった。似合わないと言ってもいい。
だがしかし、いったいどこだったか。ナツメの記憶には、このポケモンをどこかで見た覚えがあった。わからない。状況が一変し、何より自分が知る未来とは違う結末に、ナツメはらしくもなく叫んだ。
「なんだ、お前はっ!」
マサラタウンには娯楽がない。だから父と母は、月に一度は何処かへ連れて行ってくれた。その日もいつもと同じだった。父が車を運転して、助手席に母が座り、後部座席に自分が座っていた。道中二人が楽しそうに話している中、自分はいつも無口だったとレッドは記憶している。ある意味で子供らしく無愛想な少年だった。
それは目的地に向かっているときに突然起きた。視界が急に暗転して、シートベルトをしていても体が宙に浮きながら逆さまに落ち行く感覚を覚えている。次に目を開いたときに見えたのは、逆さまの世界だった。「とうさん……かあさん……」、意識が朦朧とするなか、レッドは何度も口にした。けど少しして、意識を失った。
次に目を覚ました時は、病院のベッドの上だった。看護師が意識が戻ったことに気づくと、慌てて先生と呼びながら病室を飛び出していった。そのあとのことをレッドはあまり覚えていない。
担当医が色々と説明していたが、ハッキリと覚えているのは父と母が死に自分だけが生き延びたことだけ。それから入院している間は担当医と看護師が何度も来て、たまに警察官が事情聴取をしにきた。レッドはそれがとても嫌だった。同じことをなんでも訊いてきたからだ。事故が起きるまでどこを走っていたか。不審な人間やポケモンそれとは別のものはなかったとか。とにかく本当に最悪の入院生活だった。
しかし、最悪の日々は続いた。
次に待っていたのは、親戚一同からの冷たい視線と心もとない言葉であった。レッドは彼らのことを誰一人知らなかった。名前は二人から聞いていたが、実際に対面して顔と名前が一致するはずもなかった。
両親の身内はマサラタウンにはおらず、みんな他の都市に住んでいた。態度を見るまでもなくマサラタウンに来ることすら億劫だったのは、すぐに雰囲気を感じ取っただけで幼いレッドにも理解できた。
自分のことで言い争っていることを理解できたレッドは、子供にしては異常なまでに落ち着いてた。いや、むしろもうこのまま放っておいてくれとさえ思っていた。遺産や自分のことはどうでもいいから一人にしてくれ、目を閉じ耳を塞いでいるときにオーキド博士が怒鳴りながら乗り込んできて、「この子はわしが預かるっ」そう言ったのを覚えている。
両親とオーキド博士には深い親交があった。だからこそ博士は自分を引き取ってくれたのだとレッドは今でも思っている。
最初は博士の家で世話になっていたレッドだったが、いつしか自分が住んでいた家に戻っていた。博士をはじめ、ナナミもリーフも家族で過ごしたあの家が恋しいと思っていたようだが、実際は一人になりたかったからだ。ただその考えも間違いではなくて、家族が揃ったあの空間と優しい雰囲気にレッドは耐えらなくて、結局寂しくて逃げ出したかった。
レッドがトレーニングと称して特訓をはじめたのもこの頃だ。弱いから二人が死んだ。力があったら二人を守れたかもしれない。弱いままでは生きていけない、ならば強くなるしかない。子供ながら歪んだ思想を抱いてしまった。
ただ幸運だったのは、特訓をしている時間がとても楽しいと思えることだった。最初は走り込みや腕立て失せと、よくあるトレーニングメニューを限界まで行っていた。当然オーバートレーニングなのであるが、少しずつ走る距離が伸びて、腕立ての回数も増えていくと、これは無駄ではないと気づき少しずつ強くなっていると知ると、自分の考えは間違いではないと思うようになった。
レッドをさらなる高みへと至らせたのは、偶然見つけたイシツブテだった。
『ラッシャイ』
「……いったー!?」
レッドは、興味本位でイシツブテを殴った。痛かった。とても、それはとても痛かった。自分の手は赤くなっているのに、イシツブテはなんともなかった。当然だ。相手は石の塊そのものなのだ。人の手で、それも子供の拳で割れるようなものではない。
それが悔しかったのかはわからないが、レッドはとにかくイシツブテにほえ面をかかしてやろうと思うようになった。それから毎日町の近くにある木に対して拳を打ち込むようになり、その成果を見る度にイシツブテに挑むようになっていく。
『ら、らっしゃい……』
「かったー」
気づけばレッドはイシツブテに勝てるようになった。ただ次の日からイシツブテは反撃するようになり、レッドはしばらく負け続けた。
この頃だっただろうか。いつしか弱いから強くなろうと思っていたのが、自分より強いヤツと戦ってもっと強くなりたいと思うようになったのは。
しかし辿り着いた場所は、ここだ。レッドは、視線の先にある光景を見て悟った。その光は綺麗だった。だがその光はあまりにも強力なエネルギーの塊だということは、傷ついた体でも感じ取れる。
『……!』
『レッド!』
腰についているスピアーとカビゴンのボールが激しく揺れる。この二体を出さなかったのは──いや全員で戦わなかったのは、カビゴンでは攻撃を回避することができないというのもあった。そしてスピアーは、本当に切り札だった。例えサ・ファイ・ザーに勝てたとしても、そのあとにはナツメが控えているからだ。そのためにスピアーを除いた最大戦力であるリザードンとピカチュウ、ラプラスは勝手に飛び出してしまったが、そのことがあってレッドは彼らを温存していた。
しかし、この戦いに余裕などなかった。はじめから全員で挑まなければいけなかったと、レッドは自分の選択が過ちだったことを認めた。
ごめん、とレッドは二人に対して声に出すこともできなかった。せめて二人だけでも逃がそうとボールに手を伸ばそうとしても右腕に力が入らない。
『ギャーオ!』
光が迫ってくる。終わりだ。これで、すべてが終わる。ごめん、みんな。俺の所為でこんなことになって。瞳を閉じ、胸の中で仲間であり家族でもあるポケモン達に謝る。
天国にいけるのかな、最後にレッドはそんなことを思った──だが、一向に何も変化がない。痛みを感じないほどに一瞬にして自分は死んでしまったのだろうか。だとしたらいまこうして考えている自分の意識は一体どう説明するのか。
「なんだ、お前はっ!」
ナツメの叫び声を聞いて、まだ自分は生きているのだと気づく。レッドは重い瞼をなんとか片目だけ開けた。すると、そこには人が立っていた。いや、人にしては小さかった。何故だかわらかないが、レッドは直感でポケモンだと確信した。
そのポケモンはこちらに振り向いた。その瞳は紅く優しい目をしているように見えた。
──■■■■の■■■■。■■■■はレッドと■■■■した。
『立つんだ、レッド。まだ戦いは終わっていない』
声がした。それはテレパシーのようなものに思えたが、すぐにそれを否定した。頭の中で聞こえているようで、実際には口で会話しているような感覚だったからだ。
『でも、体に力が、はいらないんだ』
レッドは表情を変えずに驚く。いま、自分は何をしたんだ。超能力なんて持っていないのに、いま自分は口を動かさずにどうやって声を発したのか。
目の前に立つポケモンは、砕けた床の上に倒れていたレッドの右手を握った。すると少しだけ薄い蒼が混じったような白い光が、右手から少しずつレッドの体を包み込んだ。同時に体の痛み和らいだ。先程まで瞼を開くことにも苦労していたいのに、いまは体全体を動かすことができる。
それに気づているのか、謎のポケモンは腕を引っ張ってレッドの体を起こし立たせた。同時に上からナツメの声が届く。
「──ぐっ。お前、エスパーポケモンか⁉」
頭を抱えるナツメ。反応を見るに、このポケモンの心の中を見て正体を探ろうとしたのだろう。だが、それは簡単に破れたらしい。
『無断で心の中を読むのは関心しませんよ』
「声、だと。なんだ、これは。お前、エスパーではないのか……!」
『答える義理はありません。さあ、レッド。戦いはまだこれからだ』
『けど、俺じゃあいつには勝てない』
また声を出さずに会話をした。違和感はない。何故こうも自然と会話をできるのか、レッドにもわからなかった。
『あなたはまだ自分の本当の力に気づいていない』
『力……もしかしてこれのことか? これのことは気づいていたさ。でも、これの使い方なんて……』
『わかるはず。あなたがレッドなら、私と繋がったことで深く感じられているはずだ。さあ、心と体にすべてを委ねて自分を信じるんだ』
彼の言葉に噓偽りはない。むしろ真実なのだとわかる。彼の言うように、いままでは気づいているだけで何もできなかったが、いまは確かにこの力を感じられる。
『……』
そして体は自然と動いていた。左足を前に右足を後ろに。次に腰を少し下げて捻る。そのまま両手を合わせて構える。
「ええい。がわからないが貴様もともろ消してやる! サ・ファイ・ザー、ゴッドバード!」
サ・ファイ・ザーの体全体をエネルギーが覆う。その姿はまさにゴッドバードという名前に相応しい神の姿と言えた。
レッドはその神の姿を捉えていながらも、焦りや不安、少し前まで感じていた死の恐怖を一切感じていなかった。むしろ優しい何かに包まれているような、言葉にするには難しいが不思議な感覚が確かにあった。同時に自分がどうすべきなのか、それも何故か理解しはじめている。掌にソレが収束しているのがわかる。今になってようやく感じられたばかりなのに、彼の言うように自分の知らない所で体が使い方を知っているかのか違和感など一切なかった。
そしてレッドはサ・ファイ・ザーに向けてソレを放った。
「──っ!」
──レッドの■■■!
それは例えるならば、ポケモンの技でいうところの「はかいこうせん」に近いものだった。レッドからしたら手からビームのようなものが飛び出したように見えたが、上から見下ろしていたナツメにはそれに近いものに見えた。
ゴッドバード状態のサ・ファイ・ザーとレッドの放つ光線が激突する。拮抗、いや少しずつサ・ファイ・ザーが押していた。
自身の手から光線が出たことに驚く暇などレッドにはなく、有効打になると思って放った攻撃が押し返されれていることに焦りつつも、脚に力を入れてさらに踏ん張り、歯を食いしばりながら意識を集中する。それが効果があったのか、再びサ・ファイ・ザーが止まる。だがそれも10秒も持たず再び迫りつつある。
その時背後から──正確には頭の中なのだが、彼がレッドに発破をかけるように声をあげた。
『まだだ、レッド。もっと、もっとだっ。自分の力を、波導を信じるんだ!』
「ッ! だぁああああ!!」
──レッドの……波導砲!
瞬間、何かが繋がったように感覚があった。掌から放たれた白い光線が突然蒼白くなり、先程までより大きくなって、サ・ファイ・ザーごと飲み込んだ。同時にレッドは、勝利を確信した。理由はわからない。絶対にサ・ファイ・ザーを倒したという確信があった。
レッドから放たれた光線──波導砲はサ・ファイ・ザーを飲み込んだままシルフカンパニーを貫き、夜空に向かって飛んでいく。
掌から光線が止まると同時にサ・ファイ・ザーだったものから3つの光が飛び出した。それはサンダー、ファイヤー、フリーザーだった。今は気を失っているのか、三匹ともその場に倒れたままだ。
『そうだ、レッド。波導は常にあなたと共にある』
それは電話が切れた時のような感覚で、最後にその言葉と共にあのポケモンと繋がっていた感覚が途絶える。それと同時にそのポケモンも消えているのだが、レッドはそのことに気づくことなく腰にあるスピアーとカビゴンのボールを投げた。
ボールから飛び出したスピアーは上空にいるナツメに向けて急上昇。同時にカビゴンはレッドを持ち上げて構える。
「カビゴン!」
『フンッ!』
狙いはナツメ。まだ戦いは終わっていない。
「私は、知らない。こんな未来、私は知らないっ……」
突然見知らぬポケモンが現れたと思えば、すでに再起不能だったはずのレッドが立ち上がり、さらには手から光線を放った。訳がわからない。異能のようなものは確かにあったのだろう。だが、あのポケモンが現れただけで、今までまともに操ることができなったのに、それが慣れたようにそれを放った。
そして剰えそのままサ・ファイ・ザーを倒し、これまた何故か合体したはずの三体が分離してしまった。
ナツメは混乱していた。状況が一変したこともある。何よりも大きな要因となっているのが、自分が知らない光景を見て受け入れられずにいた。
確かに未来予知はすべてをみせたわけではない。だが、あのポケモンが現れた世界線など一つもない。つまりはあのポケモンこそがイレギュラー。
いや、違う。ナツメはすぐに否定する。イレギュラーは、レッド自身。何かの因果が巡り巡ってレッドの前に現れた。そしてサ・ファイ・ザーを倒してしまった。そして残るは──自分。
「それがなんだと言うんだ!」
『!?』
──ナツメのバリア! スピアーの攻撃を受け止めた。
ナツメの心臓を貫こうとしていたスピアーの槍を、右手を突き出して作り出したバリアで受け止める。
スピアーの表情はわからないが、攻撃を防がれたことに驚いているように見える。スピアーは羽をさらに羽ばたかせて、強引にナツメのバリアを突破しようとする。だが硬く貫くことはできない。
「その程度でこの私を殺せると思うなよッ」
『……!』
ナツメはスピアーを倒すべく左手に意識を集中しようとしたその時、何かが下から飛んできた。
「っ、レッドォ!」
「──落ちろ」
レッドは両手を合わせてそのままナツメに向かって腕を振り下ろそうとしていた。ナツメは攻撃から防御に意識を集中し、左手をレッドに向けて構える。腕が振り下ろされ──防げる、そう思った瞬間。
──レッドのたたきつける!
──ナツメのバリア! ざんねん、バリアはやぶれてしまった……。
ナツメが張ったバリアはガラスが割れるように砕け散る。そんな馬鹿な──バリアが破られた瞬間、ナツメは目の前で起きた光景を受け入れることができなかった。此方は傷一つ負っていない。力も宙に浮くだけしか割いていない。万全の状態と言っても過言ではなく、その状態から生成したバリアが簡単に破れるはずがない。
負けるわけがない。満身創痍で、今にも命の炎が消えかけている子供に。
だが現実は違う。たった一振りでナツメが張ったバリアは破れた。そのままレッドの両腕はナツメの左胸目掛けて振り下ろされ、その衝撃で意識が飛んだまま地上へと叩きつけられた。
「カハッ──」
ナツメの意識は、原型を留めていない瓦礫となった廊下の上で覚醒する。同時に未だかつてない痛みが襲う。特に左胸と背中に強烈な激痛。痛みに堪えながら必死に呼吸をしながら、ナツメは自身の体が原型を留めていることに驚いた。意識が飛んでいながらも超能力で体を覆ってダメージを軽減した──今の状態ではそれぐらいしか思いつかなかった。
息を整えている最中、視線の先にスピアーが現れ、喉元に自慢の穂先を突きつけられた。
『……』
「ハァ……ハァ……」
目の前のスピアーの目には殺意が込められていた。一切の妥協も容赦もない。確実に殺す。その意思が感じられる。
喉に痛み。どうやら穂先だけ突き刺されたらしい。ゆっくり、じっくりとなぶり殺すつもりなのだろうか。
抵抗しようにも意識を集中できず念力を使うことができなかった。普段なら軽々と使える力もこの状況では全く使えない。久しく忘れていた痛みという感覚。今にも殺されるというのに、ナツメはこの状況で自分が生きているのだと、痛みをもって確かに感じていた。
死を悟り瞼を閉じようとしたとき、レッドが言った。
「やめろ、スピアー」
『……!?』
スピアーを見れば、酷く荒れているようだった。なぜ、どうして、そんな風だ。
「いいんだ。お前に人殺しをさせたいんじゃあない。なんとなく、俺が……イヤなだけなんだ」
『……』
「ありがとうな、スピアー」
最後にスピアーはナツメを睨みつけ自らボールへと戻っていき、レッドはスピアーにお礼を言った。そのままカビゴン、倒れているリザードン、ピカチュウ、ラプラスをボールに戻す。次にサ・ファイ・ザーから分離したサンダー、ファイヤー、フリーザーを空のボールに入れると、レッドはゆっくりと歩きながらナツメの前に立った。
「情けを、かけるつもりか」
「サカキは、ロケット団のボスはどこだ」
「その状態でボスと、戦うつもりか。無理だよ。お前じゃ、勝てない」
「どこだっ」
互いに声を出すのも辛い状況で、紅い瞳で睨みつけながら声を荒らげるレッド。
「上だ──たぶん、いまこの瞬間もどこかで見ているだろうさ」
「……」
「行けばいい。どうせ死ぬだけだ」
レッドは背中を向けて歩き出した。ゆっくりと一歩また一歩と前へと進んでいく。ナツメは視界から消えるまでレッドを目に焼き付けた。自分を負かした男だからではない。単に未練があったからだ。
どこなのかもわからない場所で、隣にレッドがいて楽しそうに過ごしていたあの光景。未来予知がみせたあれが、いまこの瞬間でもずっと引きずっていた。その所為で自分とレッドには何か繋がりがあるのではないか、だからこの戦いには何か意味があるのではないか、そう思っていた。
ナツメは最後までレッドの背中を見つめていた。もしかしたら足を止めて振り返ってくれるのではないか。
だがそんな淡い願いは叶うことなく、次第に視界からレッドの姿が消えていった。
レッドは進む。当てもなく上だけを目指して進む。
最初はゆっくりとだが歩けていた。だが時間が経つにつれて、忘れていた全身の痛みがぶり返してきた。気づけば満足に歩ることすらできなくなり、片足を引きずりながら進んでいた。
長い道のりだ。生まれて初めて階段を上るのがこれほど辛いと思ったことはない。道中何度も壁に寄りかかりながら小休止を入れてまた進む。
意識がまだあるのは、執念と言ってもよかった。ロケット団を、組織のボスであるサカキを倒す。それまではまだ倒れるわけにはいかないのだと。
レッドは進む。歯を食いしばりながら、足を引きずりながら進む。
ナツメの所からどれくらい歩き、どれ程の時間が経ったのかもわからない。苦労しながら階段を上ればもう次はなく、レッドはいつの間にか最上階まで来ていた。
足は無意識にある方向へと動いていた。ただ最上階に辿り着いたことで気が少し緩んだのか、壁に体を預けないと進めなくなってきていた。それでも進む。口の中が鉄の味で気持ち悪くでも、ここまで来るのにまともにご飯を食べていなかったことを思い出してしまっても、レッドは進んでいく。
進んだ先にあったのは、やけに広そうな部屋だった。扉は両開きになっていて、まるで自分を迎え入れるようにレッドには見えた。
つばを飲み込みながら部屋に入る。
ここは妙に明るかった。それも当然で天井がなく、夜空と月が見えた。そして正面の床には穴が空いている。角度的にこれはサ・ファイ・ザーに向けて放ったアレで、レッドは絶対に自分の所為だと確信する。
そしてその穴の先に人影見える。いや、月の光がその男の姿を照らしていた。見てレッドは淡々と告げた。
「やっぱり、あんたがサカキだったんだな」
黒いスーツ。あのナイフのような鋭い目。自称化石マニアの、趣味でディグダの穴で化石を探していたあの男。その男が、目の前で待ち構えていた。
サカキは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「驚かないんだな」
「確証はなかった。あんたは初めて出会った時から怪しかった。今思えば、洞窟で俺を殺すつもりだったんだろ」
「正解。お前のスピアーがとても察しがよくて断念した」
「だとしても、ニビシティで別れた時に殺さなかったのはどうしてだ」
「その答えも先程と同じだ」
「ならなんでこんな手ぬるいやり方を選んだ。マサラタウンの住民だけじゃなくて、ヤマブキシティの住民全員を人質にとればいいだろう」
「答えは簡単だ。する必要がなかったからだ」
「なに」
驚くレッドに対してサカキは表情を変えずに続ける。
「オーキド博士やマサラタウンの住民だけで事足りると想定していた。現にお前らはここにきたからな。だが予想外だったのはレッド、お前が予想以上に早く来たことだ。早くても明日だと思っていたんだが、まさかニビシティで別れてからそのままふたごじま、グレン島とここまで来るのは想定外だった。それでもアレによってお前は倒されると思っていたんだがな」
「サ・ファイ・ザー、だったか」
「伝説のポケモンの力は確かに強大で強力だったな。だが、やはりダメだ。最後にものを言うのは己の力だということを、お前の戦いを見て改めて思い知った。流石だ、レッド。私の組織をここまで打撃を与えた男なだけである」
パチパチと顔に似合わず拍手をするサカキに対し、レッドにはそれが癪に障った。だからなのか、声を荒らげながらスピアーのボールを構える。
「今日でロケット団は終わりだ。サ・ファイ・ザーはいない、幹部たちも倒した。残るはサカキ、お前だけだ!」
「終わりだと? わかっていないなあ、レッド。悪の組織というのはな、そう簡単には潰れない。例えボスである私が倒れようともだ」
「な、何を言って」
「伝説のポケモンが倒されようが、幹部がやられようが、組織はいまこの瞬間世界中で動いている。確かに私が倒れれば少しは影響はあるだろう。だが組織は止まらん。誰かが幹部と名乗り、部下を従わせ、私の名を掲げながらロケット団は活動を再開する」
「そ、そんな都合のいいことが起きるわけ──」
「起こるんだよ。私が作った組織だ。私に憧れ、私を崇拝し、私のためだけに従う部下達だ。だから私が倒れてもロケット団は死なん。『R』の意思は途絶えることはない」
サカキのジャケットに縫われているRの文字が、レッドには恐ろしいぐらい光って見えた。ただのRの文字なのにとてつもない圧を感じる。
わからない。レッドには目の前に立つサカキという男がわからなかった。カリスマ──それがこの男にはあるのだろう。一言何かを言うだけで妙な力を感じる。憧れ、崇拝させたくなるような言葉の魔力でも持っているかのようだ。なぜこれまで出会ってきた部下達は、この男に付き従いたくなるのか。それは自分が子供だからなのか。だからそう思えないのか。それをわかろうとも理解したいともレッドは微塵も思わなかった。
分かっているのは、ここでサカキを倒さなければいけないということ。それだけで十分だった。
「だったらまずはお前を倒してから組織を潰させてもらう」
スピアーのボールを再度構えなおす。だがそれに対しサカキは背中を向け、そのの行動にレッドは呆気にとられる。
「悪いがここでお前と戦うつもりはない。戦ったところで私が勝つのは必然だからな」
「ふ、ふざけるな。俺と戦え!」
「今にも死にそうなヤツの相手など誰がするかよ。私達が戦うに相応しい場所がある。そこで私は待つ」
「ま、待て──な、なんだ⁉」
突然の爆発音。それも一つではない。シルフカンパニーのあちこちで連続して爆発が置き始めた。なにをした、とレッドはサカキに叫ぶ。するとサカキは手にリモコンのような物を持っており、それを放り投げて言った。
「俗に言う証拠隠滅というやつだ。まあ足が残るような証拠はないと思うがな。さあ、早くしないとビルと一緒に生き埋めになるぞ、レッド」
「ふざけんな……ふざけんな、サカキ!」
「では待っているぞ、レッド」
最後にそう言い残しサカキは今度こそ暗闇の中へと消えていく。ひとり残されたレッドは、崩壊しているにも関わらずその場に立ち尽くしていた。ただモンスターボールが壊わしそうなぐらい強く握り絞めながら、レッドは叫んだ。
「戦えサカキ──俺と、俺とバトルしろぉおおお!!」
ハナダシティとヤマブキシティを繋ぐカントー5番道路から離れて、一匹のポケモンが草原を駆け抜けている。そのポケモンの名はルカリオ。はどうポケモンと呼ばれるカントーには生息していないはずのポケモンだった。
すでに日は沈み月の光だけが照明代わりだったが、ルカリオが進む先の少し高めの丘になっている場所、そこだけ妙に明るかった。
そこがルカリオの目指している場所。そこに彼の主がいる。
丘までたどり着くと、そこには大きな岩の上に座って焚火を眺めている女がいた。地面に付きそうなほど長い金髪に全身を黒一色の服。彼女は焚火を眺めながら、ルカリオを待っていた。
『ただいま、シロナ』
シロナ。トレーナーを名乗るならばその名を知らない者はいない。ポケモンリーグ・シンオウチャンピオン──それがシロナである。ポケモンリーグが開催される各地方に一人ずつチャンピオンが存在しているが、その中で最も強いのがシロナだと語られている。
その大きな理由となっているのが、僅か10歳にしてリーグチャンピオンとなり、現在までその座を防衛し続けているからである。他にもポケモン協会主催のイベント、交流試合という名目の裏で各地方のチャンピオンとバトルさせたという噂もあり、そこでも彼女は無敗だという情報も流れていることもあってシロナが最強だと言われている。
「お帰りなさい、ルカリオ。どうだった」
『私を通して見ていたんだろう?』
「うん。でも、あなたから直接聞きたいの」
シロナにそう言われてルカリオは小さなため息をつくと、望むとおりに語り始めた。
『手を出すつもりはなかった。けど、そうしなければあの人は──レッドは死んでいたかもしれない』
「そうね。そうかもしれない。でも、レッドは死なない。それは私達が証明できるもの」
シロナは頭に被っていた帽子を取って、それを愛おしいそうに撫でながら言う。それはどう見ても男物で、仮に綺麗な状態だったとしても彼女には全く似合わない。それでもシロナは大切にそれを扱っている。
『そうだね。でも、本当にいいのかい。そのためにカントーに来たんだろ』
ナナカマド博士から彼の後輩であるオーキド博士からレッドが旅立った、その報告はシロナだけではなく彼女のポケモン達も待ちに待ったものだった。だが同時シロナはカントーに行くか行かないか、好物のアイスクリームを食べながら悩んでいたのをルカリオは覚えている。
本当は行くべきではない。けど、長年待ちに待った時がようやくやってきたということもあって、一目だけ遠くからレッドを見ることにして、こうしてシロナはカントーにやってきた。ただルカリオは、多分我慢できずに会いに行ってしまうだろうと思っていた。
そしてカントーに来れば、状況は想定していた以上に緊迫していた。レッドの氣──波導を頼りながらヤマブキシティへ来れば街は戦場となっていた。街の中心であるシルフカンパニーでは戦闘が始まっており、シロナはルカリオだけを残して彼女はここからルカリオの目を通して事の行く末を見守っていた。
自分の目にレッドが映ると、シロナの感情が高ぶっているのを確かにルカリオは感じていた。レッドの状態が酷いこともあって、シロナは我慢できずに来るだろうと思えば、意外なことに彼女はここでルカリオの帰りを待っていた。
「会いたいわ。本当は今すぐにでもレッドの所へ行きたい。でもね、今のレッドは私達を知らない。なにより今のレッドに会ってしまったら、レッドとの約束を破っちゃうもの。だからいまは、あなたを通してレッドが見れただけでいいの」
『そうか。シロナがそう言うなら私はこれ以上何も言わない』
「ありがとう、ルカリオ」
お礼を言いながらシロナは再び傷ついた帽子を頭に乗せた。誰が見ても似合わない。けど、似合う似合わないという問題ではないのだと、ルカリオは思う。
『ではシンオウに帰るのか?』
「そうね。ニビシティの博物館に行きたかったけど燃えちゃったらしいし。ヤマブキもあの有様で、タマムシに行ってもいいけど、どうせ目立っちゃうし。やっぱり明日の朝の便で帰りましょうか」
『わかった。けど残念だ。直接見てみたかったんだが。あの〈はじまりの男〉の石像。やはり建物の倒壊と共に壊れてしまったんだろうか』
「んー平気なんじゃない。なんだかレッドに似てる顔しているし。もしかしたら平気かも」
『はは。そうかもね』
「じゃあちょっと遅い夕食にしましょうか」
久しぶりの野宿。昔を思い出すようでルカリオとシロナは童心に返りながら、初めての土地で夜を過ごした。
翌朝。カントー某所にある空港に向かい、シンオウ地方に向かう飛行機に搭乗するシロナは、暇つぶしに新聞を買った。
見出しはやはりヤマブキシティでの事が載っていた。シルフカンパニー倒壊は遠目からでも見えていたので知っていたが、意外なことに死者は出ていなかったらしい。代わりではないが街への被害や被害を受けた住民は多くいたようだった。
特にヤマブキシティの外壁が外側から壊されており、シルフカンパニーを狙ったテロではないかと推測されているようだった。それでもシルフカンパニー社員が、これはロケット団によるものだという
証言もある。そこからロケット団についての記事があるが、シロナは別の記事を探すために新聞を食い入るように見る。
どこをどう探してもシロナが求める名前は記されていなかった。それもそうかと思う。10歳の子供が悪の組織を潰した──正確には潰していないがそういうことになるので、仮に正直に載せたとしてそれを素直に誰が信じるというのか。
小さなため息をつきながら別の記事を読もうとすると、ちょうど気になっていたものがあった。
ニビシティ化石博物館全焼。原因は野良ポケモンが原因か。その見出しに続いて、展示されていた〈はじまりの男〉の石像、奇跡に無傷で発見される、とあった。
写真も載っており、周囲が黒く焦げているのにその中央でその石像は無傷だった。
その石像はどこからどう見ても自分が知るレッドの姿に似ているので、シロナにはレッドにしか見えなかった。ただそれをナナカマド博士に話せば否定された。
「ふふっ。やっぱりレッドでしょ、これ」
ただの石像ではない。だからこの石像はレッドに違いない。考古学者にしては酷い考察だと、シロナは自分に言い聞かせながら別の記事を探し始めた。
ワンポイントレジギガス
「ディグダの穴からここまで一日の出来事とか無理ありすぎなんだな」