おい、バトルしろよR   作:ししゃも丸

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イエロー・デ・トキワグローブ

 

 トキワの森。

 カントー最大の森林地帯であるここは、旅に出たばかりのトレーナー達にとって難所のひとつでもある。

 町の近くならともかく、進めば進むほど文明から遠ざかっていく。試されるのはサバイバルスキルと己の度胸、忍耐といったところだろうか。

 しかし、ここトキワの森に棲む多くのポケモンは一部を除いて温厚であり、狂暴なポケモンは滅多に確認されてはいない。自然豊かであるため、生息分布図には載っていないポケモンが時折見かけたりすることもある。

 そのためか、多くの研究者らがフィールドワークに足を運ぶこともしばしばあるほどだ。

 

 トキワの森は広大だ。

 カントー最大と言われている通り、この森を精確にすべての地形を把握している人間は恐らくいないだろう。

 それは近隣に住むトキワシティの住人にも当てはまる。

 そんな森に一人の少女が足を運んでいた。

 

「あれ、いつもの道じゃない……?」

 

 イエロー・デ・トキワグローブは、スケッチブックを片手に来た道を歩いていたはずが、気づけば別の知らない道を歩いていたことに気づいた。

 目の前に広がるのは不規則に生えている木々であるが、イエローには通いなれた道なので、間違えればすぐに気づくはずだった。

 それなのにどこかで道を間違えたらしい。

 

 そもそもトキワの森は子供ひとりで来るようなところではない。それこそトレーナーですらない子供が。

 しかし、この森こそが自分の遊び場だった。訂正、ここでしか遊ぶ場所がなかった。

 別に友達がいないとかイジメを受けている訳ではない。ただ周りの子たちと趣味が合わないだけ。イエローの趣味、というよりも遊びは絵を描くことだった。

 初は自分の部屋から景色を描いていた。それが少しずつ家から外に出るようになり、最初は両親に森に連れてもらっていたが、最近になって道を覚えたのでこうして森に足を運んでいる。ただ……両親からは一人で行ってはいけないと言われてはいたが

 

「やっぱりパパとママの言う通り、なんだか森が変な気がする」

 

 少し前からだろうか。森にいるはずのないポケモンがいたり、滅多に襲われることなんてないのにポケモンが突然襲ってくると話していたのは。

 だから一人で森に入ってはいけないと言われていたのに、それを破ってしまった。大丈夫、その安心と油断が今の出来事を引き起こしてしまった。

 

 そしてタイミングよく、まるで今のイエローの恐怖をもっと煽るように風が吹く。ざわざわと葉音が揺れる音は、幼いイエローの恐怖を増幅させるには十分だった。

 さらに近くの茂みで音が鳴る。

 

「な、なにっ」

 

 普通ならキャタピーとかビードルが出てきたするものだが、その茂みの揺れ方はその二匹よりもっと大きいポケモンだ。

 

「キュ──!」

「きゃぁあああ!」

 

 茂みから飛び出してきたのは、みずへびポケモンのミニリュウ。本来であればトキワの森に、それも水辺のないこの一帯にはいないはずのポケモン。

 イエローは叫び声をあげながら思わず目を瞑ってしまう。

 

(ごめんなさい。約束を破ってひとりで森に入って……あれ?)

 

 遺言でも残すようにイエローは胸の中で語ったが、どういう訳か自分の体が宙に浮いたことに少し遅れて気づいた。

 目を開ければ、男の人がこちらを覗き込んで言ってきた。

 

「大丈夫?」

「え……あ、はい。大丈夫、です」

「よかった。ちょっと待っててね」

「え、あ、うん」

 

 そう言うと自分を地面に下ろし、ただ何もせずにミニリュウの元へ歩いていく、

 自分と少ししか違わない少年。おそらくトレーナーだということはイエローにも察することができる。それでもポケモンも出さず、平然と歩いているだけのは異常としか思えなかった。

 ミニリュウは少年に対して威嚇をする。それでも彼は歩みを止めない。むしろ、ミニリュウの方が少し怯えているようにイエローには見えた。

 ついにはミニリュウの目の前までいくと、少年はミニリュウに手を差し伸べながら優しい声をかけた。

 

「大丈夫、大丈夫だからな」

「キュー、キュー」

「そうか。知らない場所でお前も怖かったんだな。でも大丈夫。向こうに行けば小川がある。まずはそこを目指すといい」

「キュー! キュー!」

「お礼はいいよ。ほら、もう行きな」

 

 先程とは一転。ミニリュウはまるで誰かのポケモンのような素振りで少年に体をスリスリとこすりつけると、少年が言った方角へと向かっていった。

 その光景を見てイエローは驚愕した。

 

(まさかわたし以外にもポケモンの声が聞こえる人がいたなんて……)

 

 だがそれは自分とは違うことにもイエローは気づいた。

 自分には不思議な力がある。

 それはポケモンを癒す力があるということと、触れたポケモンの意識を読み取ることができるという不思議な力。

 特に癒しの力を使うと自分の体力まで削られてしまうので、本当は滅多に使うことはない。ま、自分にはポケモンがいないので、傷ついた野生ポケモンにしか使わないのだけれど。

 しかし、目の前の彼は人と人が普通に会話するようにミニリュウと話していた。こんなこと自分にはできない。

 だからイエローはつい聞きたくなった。

 

「お、お兄ちゃんもポケモンの言葉がわかるの?」

「え? あ、うん。トレーナーなら普通なんじゃないのかな。……ん? お兄ちゃんもって、キミも聞こえるのかい?」

「う、うん。パパとママには無暗に話しちゃだめって言われてるんだ」

 

 頷きながら自信なさげに言うが、イエローだってそれが普通ではないことはわかっている。

 本当は自分だけが特別で、両親からも他の人は話してはいけないと言われていたので、同じ力を持った人がいてつい共有したくなった。

 少年はこちらに戻ってくると、膝をついて言ってきた。

 

「わかるわかる。俺もそう言うとさ、白い目で見られるんだよな。アハハ」

「そ、それって笑ってすませられることなの……」

「別に俺が気にしなければそれで終わりだしね。これも何かの縁だ。ポケモンの声が聞こえる者同士仲よくしよう。俺の名前はレッド。キミは?」

「イエロー。イエロー・デ・トキワグローブ」

「イエローか。よろしく、イエロー」

「う、うん」

 

 手を差し伸べて来たのでそれに答えるべくレッドの手を握るイエロー。初めて父親以外の男の人と手を繋いだが、父親よりもがっしりとした手をしていることに気づく。

 何ていうのだろうか。男らしいと言うやつなのだろうか、これは。

 それに不思議と暖かい感じがするのはなぜだろう。

 

「それにしてもだ。女の子ひとりでこんなところに来るなんて、イエローは結構悪い子なんだな」

 

 突然自分が悪い子と言われて、イエローは慌てて訂正する。

 

「え、ち、違うよ! いつもは道に間違わないんだけど、今日は何故か迷っちゃっただけなんだもん!」

「本当か~」

「本当だもん! そう言うお兄ちゃんだってひとりでこんなところいるでしょ!」

 

 売り言葉に買い言葉ではないが、ついつい口が出てしまうイエロー。そんな彼女を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべながらレッドは言う・

 

「俺はここで野宿したこともあるから平気なの。それに俺に勝てるポケモンなんてここら辺にはいないし」

「……んん? なんか変なこと言ってない?」

「別になにも? それにしても、イエローはポケモン持ってないのか? ポケモンがいれば少しは安全だと思うけど」

「も、持ってない」

 

 ポケモンを持っていないのに深い理由があるわけじゃなかった。機会がなかったとか、別にいますぐ欲しいと思っているわけでもないからだ。

 強いて言うなら、ポケモンを持ったら近所の子たちにバトルを挑まれそうで嫌だから。ポケモンは好き。でも、傷ついたポケモンを見るのは特に嫌だから。

 

「へえ。ま、俺も持っていなくてイジメられたっけ」

「それ笑って話すことなの……」

「だってそいつらを逆に泣かしてやったし。お相子ってやつだな」

「……それは違うんじゃないかな」

 

 たった数分程度の会話しかしていないが、イエローはこのレッドという少年が少しズレた人間なのではないかと思い始めてきた。

 会話がかみ合わないとかそういうのではなくて、単に本当に普通が当てはまらないという意味で。

 

「さてと。どこかにポケモンはっと……お、ちょうど出てきた」

「え?」

 

 レッドがそう言うと同時に草むらからコラッタが飛び出してきた。普通は周りに聞こえる声で喋っているところには中々野生のポケモンはこないものだが。

 コラッタもコラッタで特に敵意などはなく、ただ普通にここに現れたような素振りをしているように見える。

 するとレッドはボールを投げると、ピカチュウが現れた。

 トキワの森にはピカチュウがいることはしっているが、実際に生で見るのは初めてだ。

 

「ほら、ピカチュウに命令してごらん。でんきショックって」

「え……えーと。で、でんきショック!」

 

 イエローの指示でピカチュウはコラッタに向けてでんきショックを放つ。レベル差を考えればコラッタなど一撃でひん死状態になってしまうが、そこはピカチュウも空気を読んでいるのか、力を抜いて技を出した。

 実際その通りになり、コラッタはふらふらと体がおぼつかない。

 それを見てレッドはイエローに空のボールを渡して言う。

 

「ほら。ボールを投げて」

「よ、よし。えいっ」

 

 初めてのことに興奮と緊張を交えながらボールを投げた。

 意外にもボールは真っすぐコラッタに向けて飛んでいき、ポン、と音がなるとコラッタはボールに吸い込まれる。そしてそのままコロコロと揺れながらコラッタは抵抗することなくゲットできた。

 

「やったな。コラッタをゲットだ」

「わたしのはじめてのポケモン……」

「早速ボールから出してと言いたいところだけど、弱ってるからさすがにかわいそうだし。きずぐすりとか渡したいんだけど、俺って薬関係一個も持ってないからなあ……

「それなら大丈夫」

「え?」

 

 そう。自分にはポケモンを癒す力がある。さすがに全開とまではいかなくても、傷ついた体を癒す程度まで平気のはず。

 イエローは早速ボールからコラッタを出すといつものようにコラッタを癒し始めた。それを見たレッドは「おお。すごいな」と、イエローの力を見て声を上げる。

 それも無理はない。ピカチュウのでんきショックで傷ついた体が見る見ると元に戻っていくのだ。まるで魔法のようだと錯覚するほどだ。

 

「はい。これでとりあえずは大丈夫だよ。ラッちゃん」

「ラッちゃん……ああ。コラッタだからラッちゃんか」

「お兄さんは名前とかつけてないの?」

「うーん、俺は別に。知り合いはつけてるけどね。ま、そこはトレーナーによって色々だよ」

「へえ」

 

 初めての友達だからというのもあるが、名前をつけてあげたほうが愛着もわくと思っていたけど、みんながみんなそうではないのだと知る。

 ふとレッドの肩に乗っているピカチュウを見る。素人目から見ても、彼はレッドにとても懐いているように見える。いや、違う。もっとこう……信頼とかそういう風な感じ。

 自分もあんな関係を築けるだろうかとふと考える。レッドのようにトレーナーになる予定はない。なによりポケモンを戦わせるのはとても気が引けるからだ。なにより自分はトレーナーには向いていないから、きっとバトルなんてするはずがない。

 

「……妙だな。前はこんな場所じゃなかったんだけど」

 

 辺りを見回しながらレッドは言う。それに呼応するようにざわざわと周りが騒がしくなっていることにイエローも気づく。同時に胸に抱えていたラッちゃんが飛び降りた。

 

「ら、ラッちゃん?」

「へえ。もうそんな関係なのか。それだけイエローのことを気に入ったんだな」

「ど、どういうこと」

「簡単だよ。ご主人を守ろうとしているのさ。ま、さすがにこれだけ多いのは予想外。イエローもいるし、ここはおさらばするか」

「おさらばって──ええ!?」

 

 急に地面から浮いたと思ったらレッドの脇に抱えられていた。その反対にラッちゃんもいる。

 どうやらレッドはわたしたちを抱えて地面を跳んで木々を踏み台にして森の上を飛び跳ねているようだった。

 イエローは驚きのあまり目を回しながら悲鳴をあげることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 トキワの森を抜けてトキワシティに降り立ったレッドは、そのままイエローの自宅まで彼女を送っていた。そこで彼女からここ最近トキワの森が変だという話を聞かされた。

 実際にそれは事実で、トキワの森の森の中にミニリュウなど現れるはずがないのだ。いくら自分の縄張りに人間が来たとはいえ、あれほど殺気立ったポケモンは森にいるはずだないのだ。

 隣町だし、何よりイエローとの出会いも何かの縁だと思ったレッドは何とかしてあげたいと思ったものの、まずは自分の要件を済ませることにした。

 

「ところでイエロー。ひとつ聞きたいんだけど、ここのジムっていつから閉鎖してるんだ?」

「気づいた時にはもうあんな状態だよ。お母さんが言うには突然ジムリーダーが消えちゃったんだって。それ以来ずっとあのままなんだって」

「普通は後任のジムリーダーが来るって話なんだけどおかしなもんだ」

「うん。でも、どうしてジムのことなんて聞くの? レッドはトレーナーだから、ジム巡りをしているのはわかるけど」

「んー色々と込み入った事情がな。とりあえず軽く見てくる」

「そっか。気を付けてね、レッド。それとラッちゃんのことありがとう」

「お礼はいいって。じゃあまた」

 

 イエローに別れを告げて少し離れたジムに向かおうとしたとき、急に風が吹いてきた。スンスンと癖で風の匂いを嗅いでしまった。

 すると、レッドは風が吹いてきた方を向いた。雲はところどころにあるが快晴である。しかし、この匂いは近いうちに雨が降る事を告げていた。

 

「どうしたのレッド」

「イエロー。もし洗濯物があるなら取り込んでおけよ。雨が降るかもしれないから。それじゃ」

 

 そう言って走り出すレッドの背中を見ながらイエローは空を見上げる。

 

「雨って。どうみても快晴なんだけど……ねえ、ラッちゃん」

「チュウ」

 

 イエローはラッちゃんと共に空を見上げながら首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 トキワジムは遠くから見ても廃墟のような佇まいで、それが目の前までくるとかなり酷い状態なのがわかる。人が誰も出入りしなくなったからなのか、かなりの老朽化が進んでいる。正面入口ですら金具が外れかけていて外から中が見える。と言っても真っ暗で何も見えないが。

 

 レッドはジムの前に立ってからというもの、妙な感覚を肌で感じ取っていた。

 張り詰めた空気と言えばいいだろうか。ジムとその周囲の空気が街と全く違うのだ。無人だからではない。なら野生ポケモンが住みついているかと思ったが、それはもっと違う。野生ポケモンがこんなモノを放つわけがない。

 

「いくか」

 

 つばを飲み込んでレッドはトキワジムの中に入ることに腹をくくる。

 外れかけている扉を体をねじりながら入る。辺りは真っ黒だが天井の隙間から光が差し込んでいるので、どちらかと言えば薄暗いといったところ。

 一歩、また一歩と歩くたびに散り積もったホコリが舞う。天井の光を目印に進むが、逆にこっちにこいと言わんばかりに誘導されているように思えてならなかった。

 そして少し歩いただけで広い場所に出た。このジムのバトルフィールドだ。

 

 レッドはその中心に何か人影のようなものが薄っすらと見えたような気がして目を細めた。それと同時に視界が光で包まれる。

 

「うっ」

 

 咄嗟に目を瞑る。少しずつ瞼を開きながら目が光に慣れるのを待つ。だがそれを待つよりも早くに忘れるはずのない声が耳に届いた。

 

「ようこそトキワジムへ。歓迎しよう、マサラタウンのレッド」

 

 

 

 

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