おい、バトルしろよR   作:ししゃも丸

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第21話

 

「ようこそトキワジムへ。歓迎しよう、マサラタウンのレッド」

 

 廃墟となったトキワジムのバトルフィールドの中央、そこにサカキは立っていた。その言葉通りで、本当にレッドを待っていたようだ。

 

「ここがお前の言った相応しい場所ってやつなのか」

「お前の旅の終着点としてはここ以上のものはないからな。まあ、もう少し時間がかかるとは思っていたがね。誰かにヒントでも貰ったか?」

 

 サカキは口角をあげながら、見透かすようにこちらを見る。

 どこか引っかかるその言い方──確かにその通りだった。

 実際、ここに来ることができたのは、ハナダで会ったカツラからの助言があったからだ。

 まるで、そのこともさえもサカキは知っているような雰囲気。

 そう思うとあまりいい気分ではない。

 自分の行動は、すべてサカキの手のひらの上で躍らせれている──そんな気がした。

 

「カツラに教えてもらった。ここに来れば、お前がいるってな」

「ふむ。カツラは私の現役時代を知る一人だからな。そう言うのも頷ける。しかし、カツラとそこまでの仲になっていたのは、少し予想外だが」

 

 一言一言なにか言うたびに演技のように聞こえて仕方がない。

 だが、いま気になることを言ったのをレッドは聞き逃さなかった。

 

「現役時代?」

「あらためて名乗ろう。私はこのトキワジムのジムリーダーにして、カントー最強のジムリーダー。そして、このカントーを裏で牛耳っているロケット団の首領、サカキだ」

「なっ──」

 

 ロケット団の幹部全員がジムリーダーだったのも驚いたが、まさかそのボスまでジムリーダーだったとは思ず、さすがのレッドも口を開けてしまう程に強烈な情報だった。

 サカキは続けて笑みを浮かべて言った。

 

「フフフ。この時を待っていたぞ、レッド。まずはよくやったと褒めてやろう。我が組織の作戦をことごとく妨害し、さらには幹部を倒し、ついには組織を壊滅に追い込んだことを」

「御託はいい! 俺とバトルしろ!」

「まあそう焦るな。まずはじめに伝えておこう。ここには私一人だけだ。他の団員はいない。まさに正真正銘の真剣勝負というわけだ。加えて──」

「……?」

 

 突然サカキは、ボールをバトルフィールドの中央に投げた──その数は六個。

 意味がわからず、レッドは少し混乱する。

 サカキは、中央から少し下がりながら説明を始める。

 

「レッド、お前にハンデをやろう。お前は普通にポケモンを出していいが、私はここから落ちているボールを拾ってポケモンを出す。もちろん、ここからではどれに何が入っているはわからない。ボールを手に取るその直前まではな」

 

 視線を転がっているサカキのモンスターボールに向ける。確かにサカキの言う通りあの距離からでは、ボールにどのポケモンが入っているかは、直前まではわからない。さらにボールの上部が下に向いているのもある。

 サカキは、こちらの手持ちポケモンを知っているのは間違いない。間違いないが、こちらがどのポケモン繰り出すかはサカキにすら読めないし、そのポケモン対して有利なポケモンが入ったボールを手にできるとも考え難い。

 どう見てもこちらが有利だ。

 

 だが、彼にはそれが気に入らなかった。

 

 サカキは、「ハンデを与えてようやく私と対等だろう」、そう言っているように思えてならない。はじめから自分が弱いと言われているようなものだ。

 だから、気に入らない。

 なにより男してハンデを貰って勝負など論外な話だ。

 レッドはバトルフィールドの中央まで行くと、サカキのモンスターボールから少し離れた位置に自分のボールを六個その場に落とす。上を向くボールもあれば下を向ているボールもある。これで条件は同じ。

 

「誰がお前の条件を呑むもんか。お前と対等な条件で勝てなきゃ意味がない」

「そうではなくてはな! それでこそ潰し甲斐があるというものよ」

「潰されるのはお前の方だ」

「その意気やよし──勝負っ!」

 

 サカキの合図と共に地面を蹴り駆け出す。ボールとの距離はたったの数メートル。

 先にボールを手にしたのは、レッドだ。

 横目でボールの中にいるポケモンを見る。中にはカビゴンが入っていた。それを見たレッドは、指示すべき技を一瞬に決めるながら、ボールを投げた。

 そしてボールからポケモンが飛び出す。先にレッドの投げたボールが開き、ワンテンポ遅れてサカキが投げたボールが開いた。

 

「メガトンパンチ!」

 

 先手必勝。レッドは正体不明のポケモンに対して臆することなく、強烈な一撃を与えるためにそう命じた。

 そもそもカビゴンの体格は、ポケモンの中ではそれなりに大きいポケモンであり、素早い動きなんてできない……いや、できなくはないが。

 

 視線をサカキに向ける。冷たい表情のままフィールドを見つめ、こちらの視線に気づくと嘲笑を浮かべた。

 

「たしかにカビゴンならばそうするな。変化技を指示するよりも物理技を選ぶのは、この状況においては間違いではない。だが」

「カビゴン!?」

 

 ポケモンが出たことと、カビゴンの技の影響で舞っていた埃がはれると、そこに現れたのはよろけているカビゴンの姿。

 同時にカビゴンの前に立っていたポケモンは、同く巨体のポケモンで、ドリルポケモンのニドクインだった。

 

「相手のスピードを利用るすため、あえて先手をとらせる場合もある」

「か、カウンター……」

「そう。カウンターは相手のスピードを利用し、待ち構える技」

 

 レッドが動揺している間にもニドクインは攻撃を待つことはなく、カウンターでひるんだカビゴンを掴むと、壁に向けた投げ飛ばすと、そのままジムの壁をやぶって外に飛び出た。

 

「カビゴン! っ──!?」

「さあ! 次だ!」

 

 投げ飛ばされたカビゴンの方に視線を向けたが、すぐに目をサカキに戻す。サカキはニドクインを戻し、二体目のポケモンを出した。

 メガトンポケモンのゴローニャだ。

 ゴローニャはボールから出ると、そのまま室内をゴムボールのように跳ねとぶ。それも意思を持った巨大な岩の塊。ただ室内を跳びまわっているだけではない。次にこちらが出すポケモンが出た瞬間、それを狙っているのだ。

 しかし、それだけではない。

 

「くっ」

 

 当然、標的はポケモンだけではなく自分も含まれる。

 レッドにはこの程度なんの問題もない。問題なのは、これが()()()()()()()だということ。こうして次の一手を模索している間にも、ゴローニャはいつでもこちらを狙えるぞ言わんばかりの余裕を感じる。

 

 ガタッ──。

 

 その時、遠くで音が聞こえる。ひるんだカビゴンがようやく気を取り直したらしい。

 だったらやることはひとつ。

 レッドはわざとらしい視線を転がっているモンスターボールに目を向け、それを見たサカキが動いた。

 

「ゴローニャ!」

「よしっ。オレが次のポケモンを出さなければ、シビレを切らしてゴローニャが向かう先は、壁の向こうにいるカビゴン!」

「……」

 

 これはポケモンバトルだ。なら戦闘不能にもなっていないポケモンをボールに戻さないかぎり、戦いはまだ続いている。

 だが、サカキの反応は薄い。

 それに構うことなく、レッドはわざを命じた。

 

「くだけろ! カビゴン、ずつき!」

 

 いくら頑丈なゴローニャだろうと、カビゴンのずつきを食らえてばひとたまりもない。

 そのままゴローニャは外に出てカビゴンと衝突。

 

「フフ……。くだけて結構。ゴローニャの仕事はくだけることにある」

「なにを……」

 

 同時にカビゴンのずつきを受けたゴローニャは、レッドの宣言通りその体が砕けた。それも不自然に。

 

「ゴローニャ、いわおとし。そして、だいばくはつ!」

「……!」

 

 ──ゴローニャのだいばくはつ! 

 ──カビゴンはたおれた。

 

 言葉を失う。

 ゴローニャの体を纏っている岩がはじけ飛んだと思えば、その岩はカビゴンに降りかかり、そして爆発した。

 だいばくはつの直撃。カビゴンなら耐えられると思ったが、無残にもカビゴンはその場に倒れた。

 その光景に目を奪われたほんの数秒。殺気を感じたレッドはそちらに振り向くと、同時にたまたますぐそばにあったボールに当たってしまい、ボールはそのままコロコロと反対側に転がっていく。

 

 そして振り返えれば、スピアーの槍に喉を突き刺されようとしていた。

 これは、自分のスピアーじゃない。なら誰のだ……いや、考える必要などない。この場には二人しかいない。ならサカキ以外には存在しない。

 スピアーの存在に驚くレッドに対して、そのサカキは淡々とこれまでのバトルを評価するように言う。

 

「遅い……勝負あったな、レッド。お前の考えなどお見通しだ。わざとボールを見て私を誘い出したのだろうが、そんな小手先のフェイントなど私には通用しない。私は、確実にお前のポケモンを倒すつもりで挑んでいる。負けようが相打ちになろうが、お前のポケモンを一体でも倒せればそれでいいからだ。さらに補足をするならば、私はお前の誘いに乗ってやったのだ」

「な、なんだと」

「お前のポケモンは、みなレベルが高い。数値では測れないほどにな。それがカビゴンなら並大抵の耐久力ではないことは予想していた。ならカビゴンを倒すためには、だいばくはつしかないとふんだ。だいばくはつは室内では使えない。だから、ニドクインを使って投げ飛ばし、ゴローニャのだいばくはつでトドメをさした」

 

 スピアーがこのまま指すぞと言わんばかりに、その自慢の槍を突きつけてくる。対してレッドは、両手を挙げながら後ろに一歩、また一歩と後退するしかなかった。

 同じスピアーの使い手だからわかる。このスピアーは強い。先程のニドクインとゴローニャよりレベルが高いと。

 ただ、ニドクインとゴローニャに続いてこのスピアーには妙な違和感があった。

 ジムリーダーのその多くは、そのタイプのエキスパート。タケシならいわ。カスミならみず。ならサカキもそうだと思っていた。

 

「……っ。丁寧な解説をどうも」

 

 気づけばジムの壁まで追い詰められた。にもかかわらずレッドは余裕な笑みを浮かべて見せた。

 

「絶体絶命。どうする、レッド。近くにボールはない。降参……するか?」

「降参は……」

「降参は……?」

「しない!」

「なにっ!?」

 

 レッドがそう言うのとスピアーの槍を掴む。同時にサカキの後方でボンッとモンスターボールが開く音。

 サカキはすぐにそちらに振り向くが、それと同時にサカキの横を何かかが走り抜ける。

 ほのおポケモンのブースターだ。

 

「俺ごとやれ! イーブイ、かえんほうしゃ!」

『──!?』

 

 ──ブースターのかえんほうしゃ! こうかはばつぐんだ! 

 ──スピアーはたおれた。

 

 スピアーもレッドの取った行動に呆気にとらたのか、それとも主ごとかえんほうしゃを放つブースターに戸惑ったのかはわからないが、そのままレッドごとかえんほうしゃの炎に包まれた。

 炎に飲み込まれて数秒後にレッドは炎から飛び出してその場に倒れ、激しく肩で息を吸う。

 

(いまのは、やばかった……!)

 

 さすがのレッドも炎に飲み込まれる経験はなく、 それでも炎の中で息を吸う訳にもいかないので息を止めていたのだが、我ながらいかれた決断をしたものだと後悔した。

 

 元々イーブイをこの戦いに連れていくつもりはなかった。しかし、イーブイが自分も戦うと強い意思で訴えてきたので、レッドもそれを尊重してイーブイを連れてきた。

 しかし、それは誤った選択だったかもしれない。

 現に先程の状況を打破できたのは確かだったが、一回の変身でイーブイは自分と同じように息が荒い。おそらく、ブースターになるだけでかなり体に負担がかかっているに違いない。

 危険だ。だが、ボールに戻そうにもボールは反対側。

 とりあえず空のボールに戻そうとしたその時──。

 

「ッ! よけろ!」

「パルシェン、ハイドロポンプ!」

 

 イーブイはレッドの指示に従い真横に跳び、そしてすぐにハイドロポンプが通り過ぎる。

 

「イーブイ、10万ボルト!」

「遅い。とげキャノン」

 

 変身させること自体がイーブイに負担をかけることだとわかっていても、状況がそれを許してはくれない。イーブイもそれをわかっているのか、レッドが望む姿──サンダースになる。

 だが、サンダースがわざを放つ直前、パルシェンが放ったとげキャノンがサンダースを貫いた。

 

 ──イーブイはたおれた。

 

 無残にもイーブイはその場に倒れ、レッドの感情が高ぶる。

 だが、サカキはそんな暇を与えず、パルシェンのとげキャンが放たれる。その一つ一つが、確実にこちらを仕留めるという覇気を感じさせる。

 これは、すでにポケモンバトルの範疇を超えている。

 それでもレッドは、自ら手を出すことはなかった。ポケモンバトルについて議論する余裕がないといえばそうだが、自分が手を出したらその時点で敗北を意味する、そんな気がするからだ。

 

 そして、攻撃を躱しながらフィールドを走り回っていると、運よく無事なボールがあった。藁にも縋る思いでボールを手にとり、パルシェンめがけて投げる。

 

 現れたのはスピアー。その瞬間、レッドは叫んだ。

 

「貫けえ、スピアァァァー!」

 

 スピアーが現れたことによりパルシェンの標的がレッドからスピアーに変わる。とげキャノンの雨がスピアーを襲うが、その攻撃はかすりもしない。

 パルシェンの攻撃を”こうそくいどう”で避けているからだ。スピアーはパルシェンの目前まで迫ると、急上昇、天井すれすれまで上昇し一気に急降下。

 

 パルシェンの殻はダイヤモンドよりも硬く、ナパーム弾でもびくともしないとされている。いくらレッドのスピアーでも、パルシェンの殻を貫くどころか傷つけることはできない、誰もがそう思うだろう。

 

 しかし、できるのだ。

 

 ──スピアーのダブルニードル! 

 

 激突。

 殻を閉じたパルシェンは、本能的に自身の鎧でもあり体の一部でもある殻が破られるとは思っていない。なのに強烈な衝撃が体中を駆け巡る。

 

 次に感じたのは、ガガガっと何かが削れる音。

 殻に閉じこもったパルシェンにはそれがなんのかを知るすべはない。

 確かにパルシェンの殻は、スピアーの一撃を止めた。だが、それで終わらなかった

 スピアーは攻撃がはじかれると、そのまま体を急回転。まるでドリルのようにパルシェンの殻を砕き始めたのだ。

 自分の殻が削られている。

 そう気づいたときには、スピアーはレッドの言葉通りにパルシェンを貫いていた。

 

 ──パルシェンはたおれた。

 

 ポケモンバトルのセオリーから外れた戦いに勝利するも、まだ戦いは終わっていない。

 レッドは倒れたパルシェンからサカキに目を向ける……が、いない。首を横に振ってもサカキはおらず、背後を振り向いてサカキの姿はない。

 

 気づけば倒れていたはずのパルシェンすらも消えていた。

 

(なんだ、この違和感は……まさか!)

 

 瞬間、レッドはスピアーをボールに戻すと、少し離れた場所で倒れているイーブイに向かって駆け出しす。

 同時に地面が激しく揺れ始めた。

 地震だ。それも自然に起きたものではない。

 

 おそらくサカキのポケモンが”じしん”を使ったのだ。建物ごと自分を葬るつもりだということはすぐにわかった。

 レッドは思った。そこまでやるのかと。

 いや、やる。サカキという男は、そういう男だ。

 

 すぐに建物の崩壊が始まり、天井が崩れてその一部が落ち始める。そして、運の悪いことにそれは倒れているイーブイめがけて向かっている。

 イーブイのボールはどこにあるかわからない。空のボールに入れたくても、そのポケモンを登録しなければ意味がない。

 

「うおおぉぉぉぉ!」

 

 雄叫びをあげながらレッドは、地面を蹴ってとんだ。間に合うかはギリギリだった。

 レッドはイーブイを守るように抱きしめることに成功するが、同時にその背中に瓦礫の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

(……どのくらい意識を失ってた?)

 

 意識を取り戻させたのは、鋭い痛みだった。

 特に背中がひどく痛む。先が尖った瓦礫にでも当たったのだろうか。視界は薄暗く、どうやら瓦礫の中に埋もれているらしい。

 状況は最悪だったが、ひとつだけ朗報があった。

 腕の中にいるイーブイは無事だ。かすかに感じる呼吸に、レッドは安堵する。命に別条はないはずだ。

 

 瓦礫に埋もれながらも、レッドは片手を腰に伸ばし、空のボールを掴む。イーブイを登録し、ボールへと戻した。

 

 そして、一呼吸置く。

 

 全身に痛みが走るのをこらえながら、力を込める。どれほど深く埋もれていたのかはわからない。

 埃の臭いに混じって、微かに外の空気を感じ取る。それを頼りに、瓦礫をどかし始めた。

 運が良かったのか、数個の瓦礫をどかしただけで外に出ることができた。

 どうやら完全に埋もれていたわけではなく、ただ上に蓋をされていただけのようだ。

 

(……くそっ)

 

 安堵したのも束の間だった。

 瓦礫の隙間から抜け出したレッドの目の前には、まるで待ち構えていたかのようにサカキとそのポケモンたちが並んでいた。

 傷だらけのレッドを見下ろながら、サカキは容赦なく言い放つ。

 

「やれ、ニドキング」

「ぐうぅう!?」

 

 わざでもなんでもない、ただの拳。

 しかし、それがポケモンのものとなれば話は変わる。

 例えば、ニドキングほどのポケモンなら、その一撃で命を奪うことさえ容易い。

 だが、レッドはそれを腕でクロスして防ぎ、吹き飛ばされるだけで済んでいた。

 それができるのは、レッドだからこそだ。

 

 瓦礫の山へと吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れこむ。

 うつぶせのまま、痛みをこらえてはいつくばりゆっくりと顔を上げた。

 視線の先には、サカキとそのポケモンたち。

 彼らは変わらぬ威圧感を放ちながら、レッドを見下ろしていた。

 

 次の一手を模索していたその時、瓦礫の隙間にモンスターボールが挟まっているのが目に入った。

 距離はわずか2メートル足らず。

 しかも、位置的にサカキからは見えていない。

 考えるよりも先に、レッドの体が動いていた。

 

「ばればれだ。サイドン、じわれだ!」

「なっ!?」

 

 モンスターボールを掴んだ瞬間、周囲一帯が崩れ落ちた。

 咄嗟にボールを持っていない左手を伸し、間一髪で落下を免れる、

 だが、その瞬間──鋭い痛みが走った。

 顔を向けると、サカキの足がレッドの左手を無情にも踏みつけていた。

 そして、変わらぬ冷徹な眼差しで、またしてもこちらを見ろしている。

 状況は変わらず圧倒的不利。

 それでもなお、サカキは静かに言葉を紡いだ。

 

「ジムリーダーは、それぞれあるタイプの専門家だ。電気のマチス。毒、キョウ。念のナツメ……。そして、このサカキの専門は……地! トキワジムジムリーダー、『大地のサカキ』! ダグトリオ、サイドン、サイホーン、ニドクイン、ニドキング、ゴローニャ! これが私のベストメンバーだ」

「なにが、ベストメンバーだ……。8体もポケモンを用意しておいて、よく言うよ。それに、パルシェンとスピアーはなんなんだ……」

「パルシェンは、中々使い勝手がいいポケモンでな。サブの一体として重宝している。だが──スピアー特別だ。こいつは、私がはじめて捕まえたポケモンだ。ゆえに、愛着もある」

 

 愛着。その言葉を聞いた瞬間、レッドの口元にふっと笑みがこぼれた。

 

「愛着、ねえ。うれしいよ、アンタからその言葉が聞けて。ロケット団のボス、サカキにもトレーナーらしい一面があったなんてね」

「私とて、生まれた時から悪ではない」

「たしかに、そうだ」

「で、どうする。またしても絶体絶命なこの状況を、お前はどう乗り切る」

 

 煽るようにサカキが足に力を込めると、強い痛みが左手に走る。

 痛みを堪えながらレッドは模索する。

 右手にはモンスターボールがある。ボールから感じる気配──これは間違いなくラプラスだ。相性は悪くない。だが、地上には6体ものサカキのポケモンが、いまかいまかと待ち構えている。

 手元にあるラプラスを除けば、残っているのはリザードン、ピカチュウ、そしてスピアー。

 正直に言えば、何とかなる可能性はある。

 だが、それはリザードンとピカチュウが揃っていることが前提だ。

 ないものねだりできない。

 ならば、残っされた手札で戦うしかない。

 

「こうするんだぁあああ!!」

「なっ! 自分から!?」

 

 レッドが考えた末に取った行動、それは自ら落ちることだった。

 正確には落ちて、壁を走る──だが。

『壁を走る』と言っても、その原理が何なのかは定かではない。だが、現にレッドは壁を走りながら地上へと向かっていた。

 

 さすがのサカキはその行動に呆気にとられた。

 だが、それもほんの一瞬だけ。

 レッドが壁を走り切り、地上に戻ろうとした瞬間──サイホーンの”すてみタックル”をもろに受け、再び吹き飛ばされる。

 その衝撃で、右手に握っていたラプラスのボールを、無情にも手放してしまった。

 

 朦朧とする意識の中、レッドの口から本音が漏れる。

 

「ど、どうして……」

「わからないか。いまの行動は、さすがに驚いた。だが、お前が地上に戻るのに、だいたい3、4秒ほどかかっていただろう。その時間があれば、私はサイホーンに指示し、お前の動きを止めるのには十分すぎる」

「……」

「すべて見透かされている、そう思っているような顔だな。現にいまもだ」

 

 サカキがそう言い終わると同時、レッドは近くにあったボールを手に取ろうと動き出した。

 だが、その瞬間──地中から飛び出してきたダグトリオが、モンスターボールの開閉スイッチを壊してしまった。

 壊れたモンスターボールを手に取る。

 

「リザードン……っ」

 

 そこにはリザードンがいた。

 表情を見ればわかる──怒りだ。

 戦えないことへの怒り。何もできない自分への怒り。

 その気持ちは痛いほどわかる。自分だって同じだ。不甲斐ない。満足にお前を戦わせてやることすらできない。

 万策尽きた──。

 レッドは、はじめて膝をついた。

 本能的に感じた。

 この男には勝てない、と。

 

「レッドよ、おまえはよくやった。たった一人でこのカントー中を旅し、常に全力をの戦いをしてきた。だが──こうまで私に手も足も出せないのか、わかるか?」

「俺が……弱い、からだ……」

「違うな。お前は、強い。それは、私が認めよう。だが、トレーナーとしてはどうだ?」

「トレーナー、として……?」

「トレーナーとは、ポケモンに命令するだけの存在と思っている者が多い。だが、トレーナー自身のスピードやパワー、そして力量が実は重要と知る必要がある。それを当てはめると、お前はすべてをクリアしている。ま、トレーナーとしてというよりは、人として遥に超越していることになるがね」

「じゃあ、なんで俺はお前に勝てないんだ! 俺のポケモンが、お前のポケモン達に劣っているとは思えない。それなのにこうまでして一方的になるなんて……!」

 

 それは、レッドが初めて口に出した弱さだったかもしれない。それとも本音になるのだろうか。

 どんな強敵にも勝ってきた。どんな絶望な状況でもなんとかしてきた。

 それなのに目の前の男には通じない。

 

「経験だよ。それも、強者とのポケモンバトルだ」

「強い奴らとなら戦ってきた! お前達ロケット団やジムリーダーとも……」

「勘違いしているなあ。お前がしてきたのはポケモンバトルではなく、”戦い”だよ。それも命がけのな。もしこれが今までのような戦いなら、私はお前には勝てない。断言してもいい。だが、私はポケモンバトルという、私にとって有利な”戦い”にお前を誘いこんだ。そしてお前はまんまとそれに嵌った。私は”真剣勝負”をするといったが、公式戦に則った”ポケモンバトル”をすると一言も言っていないのに、だ」

「それは……」

「さらに付け加えるなら、ジムリーダーが本気でバトルをすることは滅多にない。なぜなら、チャレンジャーのレベルに合わせたポケモンを出すからだ。それにお前がまともなジム戦をしたのはニビジムとハナダジムぐらいだろう? それでは何も得るものはない」

「……つまり、俺にはトレーナーとして不足しているものがある、そう言いたいんだろ」

 

 別に友達というわけではない。だが、知っている人達が遠まわしに侮辱されていることに怒りを覚える。

 それでも怒りを堪えて、レッドは言葉を選んで言った。

 そんなレッドの顔を見て、サカキは言う。

 

「そうだ。お前に足りないのは、ポケモンへの指示──さらには、先の先を読む力。ポケモンバトルにおいて必須な能力がない。バトルにおいて、ポケモンは相手を見るだけでいい。だが、トレーナーは違う。ポケモンだけではなく、相手自身も見なければいけない」

「俺の動きは全部お見通しってわけか……ははっ」

「お前は目がいい。しかし、その目の良さが命取りとなった。お前がどう動くのか、何をしようとしているのか、予測するのは簡単だったよ」

 

(完敗だ)

 

 レッドは、敗北を受け入れた。

 ここまで完膚なきまで追い詰められて、さらには自身の欠点を丁寧に説明もされた。これ以上の屈辱はないだろう。

 数分前に考えていた自分の計画など、本当に子供らしい考えだと彼は自分を笑った。

 

 ガタガタッ。

 腰にあるモンスターボールが揺れる──スピアーだ。

 まだだ。まだ、オレがいる。諦めるな。まだ、終わってはいない。そうスピアーが訴えているのだろう。

 

 しかし、その想いは彼には届かなかった。

 

「俺の……負けだ」

 

 最初で最後の敗北宣言を──レッドは口にした。

 

 

 

 それは、サカキからすれば最もつまらない展開だった。

 たった10歳の子供に自分の組織が壊滅まで追い込まれ、そしていま自らその元凶を倒そうとしてきた。

 この戦いは、久しぶりに高揚した。興奮した。体中に流れる血が沸騰するぐらい素晴らしい戦いだった。

 

 それをたった一言で冷めさせた。

 

 違う、お前はそんな事を言う男ではないはずだ。レッドという男は、こんな絶体絶命の状況ですら打破する男のはず。過去の戦いがそれを証明している。

 

 サカキは、彼を高く評価していた。それは先程説明した通り。

 だが、まだだ。まだ伸びしろがある。独学でここまでに至った。なら、優れた指導者がいれば? 

 

 化ける。もっとこの男は化けるのだ。

 

 殺すのは容易い。しかし、殺すのは惜しい。

 なによりもこんな幕引きは認められない。戦って、戦って、互いの持てる力をすべて出し切った上で完膚なきまでに叩き潰す。

 そうでなければここまでした意味がない。

 

 だから、サカキは煽るように言った。

 

「だったら冥途のみやげに教えてやろう。このカントーで起きた事件の数々も、ひとつの繋がった意味のある計画なのだよ」

「計画……?」

「カントー中から集めた研究材料は、タマムシ地下でバイオ手術を受ける。次にヤマブキで戦闘訓練を受けた後、クチバに運ばれ、サントアンヌ号に積み込まれる。北側の町は正義のジムリーダーによって陸路をはばまれてしまうため輸送は海路を使い、グレン島を経由してこのトキワへ運ばれる」

「トキワ……? まさか、森にいないはずのポケモンがいたのは……!」

「そう! 運ばれてきた研究材料たちが再び野生のパワーを吸収するための養殖場が、このカントー最大の森、トキワの森!」

「……ッ!」

 

 レッドの目に火が灯る。

 死にかけていた目が、怒りによって再び蘇ったようだ。

 それを見たサカキは、胸の中で「そう、そうではなくては」と、顔には出さず笑う。

 

「フフ、長い間ジムリーダー不在のため、トレーナー自体が育っていないこの町はうってつけの場所! いずれはカントー中のポケモンが我が手足となる!」

「ポケモンは……ポケモンは、お前の材料じゃない! 道具じゃないんだぞ! みんな、みんな生きてる……命なんだぞ!?」

「道具さ。私にとってはな」

「違う!」

「違わないさ。金も、人も、ポケモンも、すべては道具だ。だが、お前は違う──レッド、私の元へ来い。お前に足りないモノをすべて教えてやる。戦い方も生き抜く術も! 私とお前が手を組めば敵などいない!」

 

 そう──すべては道具だ。

 人もポケモンも……ロケット団という組織すらも、所詮は道具でしかない。

 ゼロからはじめ、10年とかけずにここまで築き上げた。ようやくカントーを手中におさめ、他の地方にも根を張り始めている。

 世界を手に入れるのも、時間の問題だ。多少の障害があることは承知している。

 だからこそ、レッドという存在が組織に必要なのだ──唯一無二の力が。

 

(すべてあの子のために捨てのだ……!)

 

 地位も名誉も。そのために悪に墜ちた。

 すべては我が子……。

 

(……ん、雨?)

 

 冷たい何かが肌に当たるのを感じて首を上げる。快晴だと思えば、そこにあったのは暗い空。

 天気を気にするような人間ではないが、彼が記憶している限りでは、今日の予報では雨は降らないはずだった。

 視線を上から下に戻す。そこには、変わらずレッドがこちらを睨みつけている。

 

(神のいたずらか。それとも……)

 

 サカキは、レッドに言わなかったことがある。

 ポケモンバトルにおいて最後に必要なモノ──それは、運。

 本人も抽象的であまり好きではないが、誰にも勝負ごとにおいて、最後にものを言うのは──運のいい奴だ。

 まさに目の前のレッドがそうだ。

 現に雨粒がだんだんと強くなってきている。このまま降り続ければ、お互いにずぶ濡れだ。

 レッドにとって、幸運の雨。

 

 そして、さらに幸運が自らやってきた。

 原理は不明だが、モンスターボールが自らはねながらレッドの元にやってくると、彼はそれを掴んだ。

 

「!!」

 

 そう、この状況を唯一打破できる存在──ピカチュウだ。

 それに呼応するするように、レッドは立ち上がった。

 

「……アンタの所にいけば、俺は確かに強くなるんだろうさ。けどなぁ、俺は……悪に墜ちてまで強くなりたくなんてない!」

「残念だよ。本当にそう思う。……ならばトドメをささなければなるまい! お前は、この世界で一番の危険分子だからな!」

「サカキ! この戦いは、もうポケモンバトルでも、ましてやジムリーダー戦でもない!」

「では、なんだ!」

「戦いだ! 俺は、ロケット団であるお前を……悪であるお前を倒す!」

 

 ボロボロになった体で、レッドは地面を蹴って走り出す。それに合わせてサカキも走る。互いに間合いを取りつつ、その時を待つ。

 サカキの頭の中では、すでにどう行動すればいいか決まっている。

 

 すでに周りは突然の雨により濡れ、視界がぼやけはじめている。この雨が、こちらのポケモンに少なからず影響を及ぼしていた。

 だが、じめんタイㇷ゚にとって、この雨は普段ならさほど気にするこものではない。問題なのは、目の前の敵、レッドのピカチュウだ。レベルは同等、もしくはそれ以上。本来であれば、じめんタイプのポケモンにでんき技は通じない。

 しかし、この雨の影響で状況が変わった。水分が伝導体とあり、電気が多少なりとも通るようになってしまったのだ。

 それでも本当の問題はポケモンではない。この場にいるもう一人の人間である自分自身──サカキだ。

 

 彼は鍛えてはいるが、それはあくまで人間の範囲での話。この状況でピカチュウの攻撃をまともに受ければ、致命傷は免れない。

 得意なフィールドに誘い出すべく、建物を破壊した。だが、それが今、最悪の結果を招いていた。

 だが、それはレッドも同じ。五体満足ならともかく、満身創痍のあの状態で無傷で済むはずがない。

 

 それでも、サカキは自分が勝利をすることを確信していた。

 

「当ててやろう! お前がピカチュウに命令するのは、”10まんボルト”! ボールを開き、ピカチュウが出現するまで1秒。”10まんボルト”のエネルギーをためるのに2秒。電撃が放たれ私に届くまで2秒。合計で5秒かかる! その5秒の間に、ニドクインは”どくばり”でお前を打抜く! やれ、ニドクイン!」

 

 ──ニドクインのどくばり! 

 

(……なんだ、ボールが光って)

 

 サカキは見た。

 レッドがボールを投げるその時まで、彼の手にあるボールが光り輝いていたのを。

 その原因はすぐにわかった。

 

 1秒──宣言通りピカチュウがボールから出る。しかし、ピカチュウはすでに膨大なエネルギーを蓄積している。

 2秒──電気が放たれる。

 

(バカな、早すぎる!?)

 

「10まんボルトぉぉおおお!!」

 

 3秒──膨大な電気のエネルギーがその場にいた全員に降り注いだ。

 合計3秒。サカキの予想より、2秒早い決着だった。

 

 

 

 

 

 ──ピカチュウの10まんボルト! 

 ──サカキたちはたおれた! 

 

 ピカチュウの”10まんボルト”が放たれる。突然降った雨がその力を増幅し、サカキとそのポケモン達は抗う間もなく戦闘不能に追い込まれた。

 ただ、それはレッドも例外ではない──そう、本来ならば。

 しかし、彼は例外中の例外だ。だからこそ、その場でひとり立っていることができた。

 

 意識が今にも途切れそうになる。しかし、全身を走る痛みがそれを無理やり引き戻していた。荒い息を吐きながら、レッドは倒れているサカキの元へと足を進める。

 

(……まだ、息がある)

 

 敵ながら、あの”10まんボルト”をまともに受けてなお、サカキの意識は完全には途絶えていなかった。これにはさすがだと言わざるを得ない、

 

 彼もまた、レッドが近づく気配を感じ取ったのか、目も合わせることなく低く呟いた。

 

「……最後の、最後で……忘れていた、お前は……普通では、ないの、を……」

「俺のポケモン達もまた――普通じゃない。それを、お前は見落としただけ。ただ……それだけの差だった」

「フフ……それだけ、か……」

 

 何か含みのある言い方のように聞こえた。まるで、他に何か別の要因があるかのように。

 だが、それをサカキが言うとは思ない。それこそ、「自分で考えろ」と言うにきまっている。

 

 レッドからすれば、勝つことができたのは、あの時ピカチュウが来てくれたからだ。

 そして、その瞬間、繋がった。

 ”シンクロ”。

 あの感覚になって、ピカチュウがこの作戦を伝えた。

 ボール内でエネルギーを充電する──それは普通の人間には不可能だ。

 だが、自分ならできる。

 サカキが言うように、すべての行動を終わらせるのに5秒はかかる。

 だが、エネルギーの充電にかかる2秒という時間を短縮することができた。

 その2秒が、勝負の命運をわけた。

 

 雨が降ったのも助かった。

 降ることは、ここに来る前に予測していた。それがまさか、このタイミングで降ってくれるとは。

 

 本当──運がよかった。

 

 しかし、彼の顔は暗い。

 

「……」

「……不満、か。過程はどうであれ、結果がすべて……お前の、勝ちだ……マサラタウンの……レッド──」

 

 そう言い残し、サカキの意識は途絶えた。

 最後に立っている者が勝者。

 彼の言うように、結果がすべて。

 ──それでいい。

 それで、いいはず。

 

(俺は……勝った)

 

 倒れているサカキを見下ろす。しかし、拳を握る力はどんどん強くなり、気づかなぬ内に血が流れる。

 

「俺の、勝ちだと……違う! 俺は、負けていた! バトルでは常にお前が上だった! 俺は……戦いに勝っただけだ……」

 

 何よりも、一度は敗北を受け入れた。

 自分で負けを認めた。

 それで勝ったとして、それは本当に勝利と呼べるのか? 

 

 最後──たった最後だけ、自分が有利なフィールドで勝ったにすぎない。

 最初から最後まで、この戦いはサカキが支配していた。

 

「……ちく、しょう」

 

 降り止まぬ雨が、まるでレッドの流す涙を誤魔化すように降り注ぐ。

 

 様々な感情が渦巻く。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。

 けれど、それでも、彼は強く願った。

 

(強く、なりたい。もっと、強く──)

 

 その瞬間、レッドの意識は切れた。

 突然のことに驚きながらも、ピカチュウは必死に叫ぶ。

 だが、何度呼んでも、レッドが起きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「──戦闘不能! 勝者、チャレンジャーのシロナ!」

 

 審判の判決が響き渡る。

 その瞬間、シロナは飛び跳ね、大きな喜びの声をあげた。対戦相手であるジムリーダーも拍手をしながらその勝利を祝うと、勝者の証であるジムバッジを彼女に手渡した。これで七つ目、シロナはついにシンオウ地方にあるジムバッジをすべて手に入れたことになる。わずか10歳でジム制覇を成し遂げたのは、おそらく彼女が初だろう。

 

「やったよ、レッド! これで七個目、つまりはジム制覇だよ!」

 

 シロナは嬉しそうに七つ目のジムバッジを見せびらかしながら、目を輝かせて言った。その姿に、なんだか自分も嬉しくなり、レッドは笑顔で答えると、彼女の頭を嬉しく撫でながら言った。

 

「やったな。さすがはシロナだ」

「まあーね。当然だよ。えっへん!」

 

 毎回ジム戦に勝つたびに、レッドはシロナを褒める。いや、褒めるというより、少しおだてるようなかんじだろうか。きっかけは、シロナがある時、「勝ったんだから、もっと褒めてもよくない!?」と、少し強気に言ったことだった。その言葉をきっかけに、それ以来シロナが勝つたびに、レッドは毎回のように彼女を褒めるようになった。

 

 彼は誉め言葉を口にしながらも、どこか嬉しそうな顔をしている。シロナが喜ぶ姿を見て、彼自身も心から嬉しいのだろう。

 その顔は、まるで照れ隠しのように見え、シロナもまた満足げな表情を浮かべていた。

 

 場所は変わり、ジムを後にして二人は、宿であるポケモンセンターに向かって歩いている。手を繋いで歩く姿は、まるで兄妹にのように見える。

 ふと、シロナはレッドに尋ねた。

 

「そういえばさ、レッドもジム戦したんでしょ」

「え? あー最初はな」

「それって、途中からしなかったってこと?」

「しなかったというか、もらったりしたりというか。いや、もらってないけど、ジムリーダーには勝ってたというか」

「相変わらずレッドは変なことばかり言うんだから」

 

 そう言われると、レッドは何も言い返せないので、肩をすくめるしかなかった。

 確かに、彼の言うことは少し変わっているが、それでも事実なのだ。真実を言っても、きっとシロナには信じてもらえないだろう。ジムリーダーの半分が悪の組織の一員だったなんて、彼女には理解できないだろうから。

 

「でも、シロナはすごいよ。全員に勝ったんだから。俺は……勝てなかった奴がいるから」

「え! レッドでも勝てなかったトレーナーがいたの!?」

 

 無言で頷くレッド。あの敗北を、いくら時が経っても忘れることはできない。あれが初めての敗北で、あの戦いが自分を変えたと言っても過言ではない。

 そのために鍛錬を積んでいる。人として、トレーナーとして、すべてはもう一度あの男と戦うために。

 

「シロナも強い。けど、あいつはもっと強い」

「信じられないなぁ。レッドより強いトレーナーなんて、わたし想像もできないもん」

「俺だってそうだったさ。絶対に負けない──そこまで自惚れてたわけじゃないけど、俺は……知らないことが多すぎた。ただの子供で、目の前のことしか見てなかった。世界はこんなにも広くて、知らないことがたくさんあるって気づいた」

「その人ってさ、レッドの……ライバル? みたいな人なの?」

「違う」

 

 レッドはすぐさま否定した。

 

「じゃあなんなの?」

「──宿敵、かな」

「同じじゃん!」

 

 同じでありながら、決して同じではない。

 ライバルのようでいて、まったく異なる存在。

 俺達の関係は、そんな単純な言葉で片付けられるものではない。

 

(──そうだろ、サカキ)

 

 時代は違えど、きっと生きているであろう宿敵に向けて、言葉を天に放った。

 

 

 

 

 

 

「……しらない、においだ」

 

 目が覚めると、ベッドの上だった。

 最近はいつもだ。

 匂いでわかる。土や草木の匂いがしないときは、決まって気絶して、どこかのベッドの上で目を覚ます。

 だから今回も同じだろう──そう、無意識のうちに判断してしまう。

 そして、またあの夢を見た。

 全部を覚えているわけではない。覚えているのは、シロナと呼ばれている女の子と一緒にいるということだけ。

 シロナという女の子についても気になるが、何故あんな夢を見るのか。一体何を意味して──。

 

「気が付いたぁ!」

 

 女の子の声。それも聞き覚えのある声だった。首を声の方に向けると、そこにはトキワの森で出会った少女、イエローがピカチュウを抱いてそこにいた。

 

 

「イエロー?」

「うん、そうだよ。それにしても驚いちゃった。いきなり地震が起きたと思ったら、今度はすごいかみなりみたいな音がしてね? それで町の人たちが行ったら、森の入り口で倒れているお兄さんを見つけたんだよ」

「そっか。ありがとう。……ところで、俺だけだった?」

「え? あ、そうだった。はい、お兄さんのポケモン達。ボールが壊れていたのは、ポケモンセンターで新しいの交換してもらったよ」

「あ、ああ。ありがとう」

「えへへ。まあ、わたしがしたわけじゃないんだけどね」

 

 本当に聞きたかったのは、別のことだった。

 だが、それでも──仲間でもあり、家族である彼らが無事でよかった。

 イエローの話し方から察するに、サカキは生きている。

 部下が助けにきたのか、それとも町の人々が駆けつける前に、自分でその場を去ったのか──。

 

(しぶとい男だ)

 

 ふと、脳裏に彼の顔がよぎる。

 お前が言うな。そんな風にサカキが言っているような気がしなくもない。

 だが、これでよかったのかもしれない。

 

 生きていれば、また戦える。

 今度こそ勝つ。

 それはきっと、あの男も同じ思いだろうから。

 

 ──カタカタッ。

 手の中のモンスターボールが微かに揺れる。

 スピアーとリザードンのボールだった。

 リザードンは不完全燃焼といったところか。彼に至っては戦うことすらできなかったのだから、それも当然だ。

 だが、スピアーは違う。怒っている。あの時に自ら敗北を受けれいれたことに。

 落ち着いたら、家族会議をしなければいけない──そう心に決めながら、彼は近くに置いてあった上着に手に取りながらイエローに尋ねた。

 

「ところで、森の様子は大丈夫? 狂暴なポケモン達がたくさんいるはずなんだけど」

 

 レッドの問いかけに、イエローはくすっと笑った。

 

「うふふ、この町の人たちががね、やっと腰をあげたんだ。あばれているポケモンをおとなしくさせるためにみんなで森にむかってるの」

 

 それは朗報だった。

 何が彼らを突き動かしたのかはわからないが、サカキの計画とは裏腹に、町の人々がついに立ち上がったのだ。

 小さな一歩──けれど、それが大事なのだ。

 たとえジムリーダーがいなくても、力を合わせせれば町を、森を守ることができる。

 

 しかし、問題はそこではなかった。

 森のポケモンたちは狂暴で、大勢の大人たちが集まっても危険に変わりはない。

 レッドは黙ってジャケットを羽織り、帽子を被って、イエローに向き直った。

 

「じゃ、俺も手伝いにいかなきゃ」

「あのね……」

 

 すると、イエローがふと口を開きかけ、迷うように視線を落とした。

 申し訳なさそうな顔をしながら、イエローはためらいがちに言葉を探していた。

 

「なに?」

「ジムはね、なにかすごい戦いがあってこわれちゃったんだって。それでね……あのう……この町の人、ポケモンが強くないでしょう? 教えてくれる新しいリーダーがほしいなぁ……なんて」

「お……俺が?」

「うん」

 

 驚いた。

 予想外のことで、本当に驚いた。

 まさか自分にジムリーダーになってほしいなんて言われるとは、思ってもみなかったから。

 

 ジムリーダー。

 確かに、悪くないかもしれない。

 自身の力が、何かの役に立てるのなら、それに越したことはないだろう。

 

(俺にジムリーダーは向いてない、よな)

 

 レッドは、イエローに抱えられているピカチュウに視線を向けた。

 ピカチュウも「向いてないね~」と、言いたげな顔をしている。

 どう伝えればいいか、慎重に言葉を選びながら、レッドは口を開いた。

 

「ごめんよ。俺にはやることがあって、それはできないかもしれない。けど、きっと俺より相応しい人が、この町のジムリーダーになってくれるよ」

 

 柔らかな笑みを浮かべながら、そう告げた。

 

「わたしは、お兄さんがいいんだけどなー」

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。じゃ、行ってくる」

 

 ピカチュウをボールに戻し、レッドはトキワの森へと駆ける。

 森の入口へと向かう手前、崩壊したトキワジムが目に入る。

 

(今度こそ、俺が勝つ)

 

 レッドとサカキ。

 二人の因縁は、こうしてはじまった。

 それがいつ終わるのか。それはまだ、わからない。

 

 

 

 




お待たせしました。
前回更新日からちまちまと書き続けてやっとできました。


次で原作第一章が終わる予定です。
特にバトルシーンはない、はずなので早く更新できるとは思います。


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