やる気があり、何事も率先して行う、琴葉唯菜。
意見が全く噛み合わず、いつも対立している2人だが、あることをきっかけに距離が縮まる。
しかし、距離が縮まってから唯菜は──
「ねぇ、ちゃんと聞かなくていいの?」
俺の隣から
この学校は不思議な学校だ。言うなれば、ヒーロー養成学校、であろうか。
ナイフを基本とした戦闘スキルを学び、この世界に蔓延る悪者たちを懲らしめる。といった感じだ。
しかし、授業はかなりつまらない。本当に意味があるのか分からない授業ばかりだ。常識的なことしか学ばない授業など、なんてつまらない話だ。
「つまらない話なんか、聞かなくても変わらないだろ」
「そんなことしてると、先生にバレるよ。私のパートナーなんだからしっかりしてよ」
そう、この学校にはパートナーなんてものがある。ほぼ同じ実力で組まれたペアで、俺と琴葉はそのパートナーだ。
「別にバレない。その時こそ学んだものを生かすんだろ?」
「もう……ちゃんとしてよ」
「おうおう、相変わらずだな」
俺の後ろから声がする。俺は声の正体の方向を振り向く。
「
「そのままの意味だろ、柊。意味ぐらい自分で考えろ」
「私はもう意味は分かってるけどね」
そう言うと琴葉は再びノートを取り始める。まったく、本当に優等生だな。優等生以外の何物でもない。
実際に実習のために用意された森に移動した。生徒同士で戦い合う実習だ。まぁ、俺はいつも何もしないのだが。
「左から集団が来る」
「分かった。って、影山くんやらないの!?」
「無駄な行動だからな。やっても意味がない」
琴葉はその場から離れ、敵を倒しに行く。全く、先生からしたらかなり印象はいいんだろうな。
「こんな森で出歩いてもな」
「隙ありっ!」
後ろから飛び込んでくる人影を感じた。俺はすぐにナイフを取り出し、飛び込んでくる人影に向けてナイフを突き刺す。
「バレてるぞ」
「……チッ」
1人実習から脱落した。
この状況から分かる通り、実習に残ったペアの成績が上がり、脱落していったペアは成績が下がる。そんな決まりのため、実習だろうと誰でも殺す気で来るのだ。
「倒してきた。影山くんはどうなの」
「1人だけ倒した。そっちは」
「3人。今日は何人参加してるんだっけ」
「8人だろ。あと2人」
あと2りしか残っていないのだから、もうすぐに終わるだろう。と思い、俺はナイフをしまった。
次の瞬間、俺の横を風が吹き抜けた。こんなところで風が吹き抜けるはずがないのだが……
「痛っ」
琴葉の声。琴葉の方を見ると、肩の辺りを地面と平行に切られ、血が出ていた。この実習では着色料のついた、ゴム製ナイフを使用するため、血が出ることはない。
俺はその違法的なナイフの存在より、琴葉を傷つけたことに関しての怒りがこみ上げてきた。
(そこか)
俺は地面を蹴り、見つけた陰に向かって走り出す。その途中でナイフを出す。
「ふっ」
人影が完全に見えた瞬間、俺はナイフを横に振った。
「うがっ」
俺は当たった感触を感じると、そいつを地面に向けて叩きつける。
「今すぐナイフを出せ」
「ナ、ナイフ?実習で使ってるナイフしかないぞ」
「嘘をつくな。早く出せ」
俺が強い口調でそう言うと、ゆっくりとそいつはナイフを出した。刃先が太陽の光で反射する、紛れもない金属で出来ている。
「引っかかったな!」
俺に向けてナイフを振るう。首に当たり、首のあたりに痛みが走る。
「首を切ったぐらいで、怯む俺じゃない」
俺はそいつの手首を拘束し、緊急用の無線で教師に向かって連絡する。
「金属製のナイフを所持している生徒がいる。すぐに来てください」
俺が無線に向かって言うと、すぐに教師が走ってやって来た。
「何をしているんだ!」
「こいつが金属製ナイフを持ってます」
そう言うと、手首を拘束するのを俺から教師に代わり、そいつは教師によって連れて行かれた。
「琴葉は……」
俺は琴葉のいたところへ走って戻る。
琴葉はその場に座り込み、肩を押さえていた。
「琴葉、まだ痛いか」
「影山くん……うん、まだ痛い……」
俺は琴葉の手に触れる。
「少し傷口を見せてくれるか。どの程度か確認したい」
「うん」
琴葉は傷口を押さえていた手をゆっくりどかす。傷口は酷いほどではなかったが、血はまだ出ていた。
「ちょっと待ってろ。包帯出すから」
「待って、影山くん、首の傷……」
琴葉が俺の傷に気付いた。そういえば切られていたか。忘れていた。
「気にするな」
俺はその場に置いていった小さいバッグの中から包帯を取り出し、琴葉の肩に巻いた。まだ巻くと血が滲んでくるくらいの傷だった。
「包帯、持ってたんだ」
「念のためな。ほら、黙ってろ」
俺は琴葉に包帯を巻き続ける。
包帯を巻き終わると、俺は立ち上がり、琴葉の周辺の警戒にあたった。
「立てるようになってからでいい。それまでゆっくり休んでろ」
「うん、ありがとう……」
琴葉はお礼を言ってくる。琴葉にしては珍しいものだ。
「来たか」
俺は今いる場所からナイフを片手で投げ、向かってきた相手に当てる。
的確にナイフを当て、今回の実習では俺たちのペアが勝利した。だが、このようなルールで行う実習はとても簡単だ。ただナイフを当てるだけで買った判定になる。そんな甘い戦いは、本来の戦場では役に立たない。もっと緊迫感のある戦いでないと、本当の戦いのときに勝てない。
「影山くん……」
琴葉が俺に話しかけてくる。
「あぁ、もう立てるようになったか」
「うん。影山くん、ごめん」
何を言い出すかと思うと、琴葉は俺に向かって謝ってきた。
「なんで」
「影山くんのこと、弱いと思ってた。いつも授業も聞いてなさそうだったから……でも、強いんだね、影山くん」
琴葉は俺の目を見て話しかけてくる。
「俺は強くないよ。ただ琴葉のことを守ろうとしただけだ。琴葉は俺の大切な存在だから、傷つかれちゃ困るだろ」
俺がそう言うと、琴葉はしばらくキョトンとした顔をする。しかし、そのあと柔らかな微笑みと共に言った。
「唯菜」
琴葉は自分の下の名前を言う。
「え?」
俺はなぜ自分の下の名前を言うのか分からずに聞き返す。
「唯菜でいいよ。なんか
琴葉は俺の両手を握って言う。
「分かった。唯菜」
「ありがと、影山くん」
俺は早速唯菜の名前を呼んだ。ただ、何か違和感がある。俺が下の名前で呼んでいるのに、唯菜が苗字で呼ぶのは不自然だ。
「俺の名前も下の名前で呼んでくれ。違和感がある」
「いいの?」
「ダメな理由がないだろ」
俺がそう言うと、唯菜は俺にさっきよりも近づく。
「じゃあ、柊くん。これからも、守ってくれる?」
「あぁ、もちろん。いくらでも」
俺は唯菜にそう答えた。
前よりも格段に仲が良くなり、俺も授業をまともに受けるようになった。例えるならば、恋人同士だろうか。
「柊くん、引ったくりだって」
「あぁ。行こうか」
実力も認めてもらい、俺たちは町中で起きている事件にまで対応を求められるほどになった。
また、地位が上がったのもあり、1人ずつの個室も用意された。俺と唯菜の部屋は隣同士で、昼間はお互いの部屋を行ったり来たりしている。
「相変わらず綺麗だな、唯菜の部屋」
「そう?だって、綺麗じゃないと落ち着かないじゃん」
「そういう性格だから綺麗なんだろうな」
「ふふ、そうかも」
綺麗な部屋は唯菜に合っていた。さすがといったところか。
「唯菜っぽい」
「ん?そうかな」
「唯菜ってかわいいからさ、部屋もそんな感じ」
「~~っ!」
言葉にならないような叫び声。恥ずかしがってる。
「恥ずかしがってるな」
「きゅ、急に言われたから……でも、いやじゃない」
「そうか。ならいいな」
俺は唯菜に近づいた。近づくと、唯菜は俺にくっつく。これが「くっついていい」という合図みたいなものだ。
「唯菜、これあげるよ」
「これ、キーホルダー?」
「あぁ。ペアキーホルダー」
俺のキーホルダーと隣り合わせで置くと、1つのハートになるように作られているキーホルダーだ。
「すごい!ねぇ、隣り合わせで置いてみようよ」
「あぁ、いいよ」
俺はキーホルダーをスマホから取り、横並びで置いた。
「ハートになってる。これずっと肌身離さず持ってるね!」
唯菜はスマホにそのキーホルダーをつけた。
「嬉しいよ。ありがとう」
唯菜は今までにないほどのとびきりの笑顔を見せた。
個室から出て、いつも通り唯菜の部屋に行く。唯菜はいつもベッドの上にいて、少なくとも俺が行くときはそこが定位置だ。
3回ノックし、唯菜に許可をもらう。
「唯菜、入っていいか」
唯菜からの返事はない。おかしいな、いつもだったらすぐに返事があって鍵が開くのに。
「唯菜、いないのか」
そう言っても、返事はない。やはりいないんだろうか。俺はドアノブをひねった。すると
ガチャッ
ドアが開いた。俺は唯菜の部屋にそのまま入る。
入ると、部屋の中は唯菜の部屋らしからぬ状態だった。テーブルの上は引いてあった白のテーブルクロスが床に垂れ下がり、玄関のカーペットは出口に向かってしわができている。
そして、なによりスマホとキーホルダー床に落ちていた。あんなに喜んでいたキーホルダーを手放していて、部屋が荒れている。
「唯菜……っ」
俺はこの学校の本部に向かって走った。本部だったら、何か分かるかもしれない。
本部に着くと、俺は中に入り、すぐに言った。
「すぐに201号室付近の防犯カメラを確認して下さい。唯菜が誘拐された可能性があります」
「わ、分かった。すぐに確認しよう。君も来なさい」
俺は一緒に防犯カメラの映像を確認した。
防犯カメラの映像が流れ始め、誰も通らない廊下がずっと写っていた。
「誰も通らないぞ」
「まだです。そろそろ──」
俺がそう言うと、防犯カメラに、廊下を歩く男1人が映った。
「誰だ……?」
しばらくして、必死で抵抗する唯菜と共に部屋から出てきた。そのまま唯菜は連れて行かれ、防犯カメラの映像は再びいつもの廊下だけになった。
「あれ、井上じゃないか……」
本部の職員が言う。
「井上?誰なんです?」
「本物のナイフを持って停学処分になった生徒だよ」
本物のナイフ……俺はふと思い出した。
「今すぐナイフを出せ」
「ナ、ナイフ?実習で使ってるナイフしかないぞ」
「嘘をつくな。早く出せ」
俺が強い口調でそう言うと、ゆっくりとそいつはナイフを出した。刃先が太陽の光で反射する、紛れもない金属で出来ている。
「引っかかったな!」
俺に向けてナイフを振るう。首に当たり、首のあたりに痛みが走る。
「首を切ったぐらいで、怯む俺じゃない」
俺はそいつの手首を拘束し、緊急用の無線で教師に向かって連絡する。
「金属製のナイフを所持している生徒がいる。すぐに来てください」
俺が無線に向かって言うと、すぐに教師が走ってやって来た。
「何をしているんだ!」
「こいつが金属製ナイフを持ってます」
そう言うと、手首を拘束するのを俺から教師に代わり、そいつは教師によって連れて行かれた。
そうだ。あの時俺と唯菜のことを傷つけた奴。それが井上だったのか。
「被害者が唯菜でした。なら、動機もある」
「すぐに緊急本部を立ち上げよう。君は指揮を執って捜索部隊を展開してくれ」
「はい」
俺は本部から出て、同クラスから捜索部隊を結成した。
みんな唯菜のためだったら、と受け入れてくれた。捜索部隊と緊急本部で無線を繋ぎ、情報がお互い取れるようにした。翌日に結成した捜索部隊は、学校を中心とした半径6kmの円を囲める、6km四方の正方形を範囲として、50人の人数を5グループで分割。4グループは捜索、1グループは緊急本部からの連絡対応、4グループへの指示などを行った。
「まだ手がかりもないのか」
俺が聞くと、同じグループのメンバーは言った。
「今本部が家に帰ってるかどうかの連絡をとってる。多分そろそろ連絡がくると思うけど」
家に帰ってると分かったら事態はかなり進展するんだが。
「そうか。帰ってるといいんだけどね」
「ああ、身元が分かって楽だからってことか」
「そう。まぁ、そう簡単にはいかないだろうけど」
俺たちは捜索範囲の地図を見ながら言った。
地図の中で小さな路地裏がありそうなところを探し、それを伝える。
「路地裏とかありそうか」
「小さいと地図に載らないから、全部の建物の間を調べることになりそう」
そうだろうな。当てずっぽうでもいいが、探す側が大変になる。結局それでは何ら変わらない。
「そうだよな……ん、南東のこのエリア」
俺は地図上を指差す。建物が複雑に建てられ、いくつか広そうなスペースもあるが、道はない。
「ありそうだね。しかも、陰になりやすそう」
「ここに行ってもらおうか。なら、Bグループに行ってもらおう」
俺はBグループに繋がる無線で連絡を取った。
「Bグループ、本部だ」
《どうした?》
「Bグループのいるところから南東に向かってくれ。細い路地裏が多くあるはずだ」
《Bグループ了解。今から向かう》
無線が途絶える。恐らくもう向かったのだろう。
次の問題は路地裏にいるかどうかだ。そもそも建物で誘拐されていると見つけづらい。そうなると緊急本部からの連絡待ちになってしまうところもあるため、時間がかかる。
「柊、路地裏にいそうか」
「分からない。ただ、探す必要はあるかもな」
緊急本部からの連絡がくれば、また1つ情報が増えるのだが。
すると、本部に繋がる電話が鳴った。
「こちら捜索本部です」
《あぁ。井上の親に聞いたんだが、どうやら普段通り帰っているらしい。学校に行っていると嘘をついてな》
「なるほど……井上の家教えてくれますか」
《えっと、お前たちの範囲内の──》
井上の家を聞き出し、俺は捜索範囲の地図上に指を置く。学校に行っていると嘘をついているのならば、学校と同じ方向に家から出るはずだ。
「地図の東側な可能性が高いな」
「だったら南東に行ったBグループは方向的に正しいね」
東側と言っても、まだ範囲はかなり広い。だが、少しでも範囲が絞られるのならば良い案だろう。
《こちらBグループ。怪しい建物を見つけた》
「怪しい建物?」
捜索本部のもう1人が聞く。
《2回同じところを通ってるんだが、カーテンがずっと閉まってる建物があるんだ》
「カーテンくらい、中に人がいなければ閉まってるだろ」
確かにそうだ。留守であればカーテンは閉めておく。それだけで怪しいとはならないだろう。
《いや、中にワイヤーみたいなものが外から入ってるんだ》
「ワイヤー?窓に挟まってるのか」
《あぁ。それで鍵が閉まってる》
それは確かに不自然だ。ワイヤーを窓に挟んでカーテンを閉める、それもずっとなのは怪しいな。
「その付近に防犯カメラはあるか」
《防犯カメラは……いや、なさそうだ》
「そうか……分かった。その付近を引き続き探してくれ」
もう1人は無線を切る。
「窓にワイヤーが挟まってる……怪しいな」
「とりあえず本部に連絡しよう。少しでも情報は共有しないと」
俺は本部に無線を繋ぐ。本部は2秒もしないうちにすぐに無線に出た。
《緊急本部》
「捜索本部です。南東に、窓にワイヤーが挟まり、カーテンが閉まっている建物があるそうです」
《了解。その付近に警備隊を配置する》
「お願いします」
人員が増やせれば、それほど見つけやすくなる。建物についても知れるのもあり、捜索も楽になる。
「琴葉さん、どこにいるんだろうな」
「もう1日経ってるからな。飲食もできてないだろうし」
生き延びるのが難しいことには変わりない。拘束もされているだろうし、さらに難しいだろう。
「……ワイヤーとカーテンって言ってたよな」
もう1人の捜索本部の人が言った。
「あぁ、言ってたな」
「カーテンが閉まってるってことは、そのワイヤーの正体も知られたくないんだろ?だったら……」
俺は言っていることが理解できた。
「唯菜はそこか、室内の可能性が高い」
「そういうことだ」
室内の可能性が高いのならば、グループをその建物に行かせるのも手か。しかし、AグループとDグループは向かっている最中、CグループはBグループと合流し、捜索しているはずだ。
「Aグループ行かせていいか」
「そうだな。Aグループを行かせよう」
俺はAグループへの無線で連絡を取った。
「南東付近に、2階にワイヤーの挟まった、カーテンの閉めてある建物がある。そこの中を捜索してくれ。増援はDグループへ、それでも足りなかったら捜索本部に連絡して」
《Aグループ、Dグループと合流済。2グループで捜索に入る》
Aグループがその建物へ入っていくそうだった。もう唯菜が居なくなって1日が経つ。少しでも早い発見をしなければならない。
「柊くん……」
「まだあいつの名前を出すか。あいつは"捜索本部で指示してるとよ"。ここには来そうにないな」
「……絶対来る。あなたなんかに指図される人じゃない」
「ふん。よく動く口だ。口も縛った方がよかったか」
《捜索本部、AD合同グループ。建物内の部屋から話し声が聞こえる》
「内容は分かるか」
俺が聞くと、無線の向こう側で言う。
《あいつは来そうにない、など》
「分かった。なら──」
俺が言いかけると、もう1人が割り込んで言った。
「すぐに外に出ろ。中は危ない」
《え、あ、おう》
無線が切れる。
「おい、何勝手なことを言ってるんだ」
「中は誘拐犯がいる。連続被害に遭うことも考えられる」
「だからといって、確率を減らすことはできないだろう」
俺の相方はマップを再び見始める。空気が少し悪くなった。
相方は毎日決まった時間に帰っていく。17:50という、何とも微妙な時間に帰っていくのだ。18:00にできない理由でもあるんだろうか。
「じゃ、帰るから」
「あぁ」
相方は17:50、今日も捜索本部を出て行く。いつもはここで捜索に出ている部隊も引き上がらせるのだが、今日は18:30まで捜索を続けた。
しかし、18時過ぎ、いつも捜索を打ち切る時間を少し過ぎてからあの怪しげな建物の前に1人の人が映った。
(Aグループか……?)
人数は1人。先導して行っているのだろうか。
だが、そのあとすぐに建物から1人の男が出てきた。それは、紛れもない"アイツ"だった。
「井上……!」
俺はAグループとDグループに無線を繋げた。
「井上があの怪しげな建物から出てきた。今日は向かわずに、明日4グループ総出で捜索を開始する」
《了解。じゃあ今から帰るよ》
「待て。俺の相方、松下を明日行く前に緊急本部に連れ出す。それからだ」
《了解》
無線を切り、俺はさっきまでのカメラ映像を保存、USBから俺のスマホとPCに転送した。
翌日、何食わぬ顔で相方が捜索本部に入ってきた。だが、こちらの様子はいつもとは違う。緊急本部から2名、捜索隊も全員がここにいた。
「松下、この映像を見ろ」
俺がそう言い、昨日の映像を見せる。
松下は映像を見ているうちに落ち着きがなくなり、汗もかき始めた。
「内通者だったのか、松下」
「……っ!」
緊急本部の2名が松下を取り押さえる。
「松下、緊急本部で全て吐けよ。ほとんどバレてるんだからな」
松下は緊急本部の2名に連れられて捜索本部から出て行った。情報が全て井上に知られている以上、時間はかけられない。
「すぐに昨日の建物を捜索しよう。総動員でいくぞ」
「おう!」
「絶対助けだそう」
全員が団結して、捜索に向かった。
建物の中にいるか、確証はなかったが、おおよそここにいるだろうと予想はついていた。
「全ての部屋を調べよう。俺は右に行く」
「じゃあ左に」
「直進するよ」
全員が別々の方向へ、分担して向かい始めた。しらみつぶしに見ていき、見つけたところで確保するという魂胆だ。
いくつも部屋があるわけではない。時間はかからないだろうが、それでも時間がないことには変わらない。
「ん、ここは……」
「何かあったか」
真っ直ぐ進んでいった人が戻ってきた。
「ここの扉の先、何か音がしないか」
「え?……そうだな、なんか金属がぶつかり合う音が聞こえる」
全員を呼びに、俺たち2人は分かれたところに戻る。どうなっているか分からない以上、なるべく大人数がいい。
全員でさっきの扉の前まで進み、その扉に手をかけて全員が動きを止める。
「開けた瞬間に銃は構えろ」
「あぁ。柊、お前は」
「開いたら唯菜を探す。数人ほしいから、何人かついてきてくれ」
そう言うと、4人が頷いた。もうここに唯菜がいるかもしれない。俺はドアノブに手をかける。そして、反対の手で3秒カウントする。
3
2
1
0になったタイミングで俺はドアを開け放つ。先に2人が入り、中の安否確認をする。
中から銃声は特に聞こえてこない。おそらく部屋の中は安全なのだろう。俺たちは開けたドアから入っていく。部屋の中に入ると、真っ暗な闇が広がっていた。
「中は見えないか……」
「すこし進めば音とか聞こえないかな」
見えそうにないが、壁をつたっていけばどうにか進める程度だ。まずは唯菜のことを探さないと話が進まない。今のところはそれらしい音も聞こえない。
俺たちは暗闇の中を壁を頼りに進んでいく。すると、チェーンが当たっているような金属音が聞こえてくる。
(その方向か)
音の方向へ俺たちは進んでいく。壁がなくなり、暗闇を頼るものなしに進んでいく。
「唯菜!いたら音を鳴らせ!」
俺がその場でそう叫ぶと、再び金属音が鳴る。今向かっている方向からだ。
「こっちだな」
俺たちは音の方向に進む。しかし、細かな方向はとてもではないがわからない。
「おっと」
俺が先頭で歩いていくと、床にあった物体に躓いた。今まで何もなかったのに、なぜ急に引っかかるのだろうか。
「どうした」
「何かに躓いた。段差かなにかか」
後ろにいたメンバーが俺より前に出る。しかし、引っかかることなく進んでいた。
「段差はないぞ」
「なら……」
俺はしゃがみ込み、俺が躓いたものを手探りで探す。
探していくと、冷たく、つかめるものがあった。同時に近くから金属音が大きく鳴る。
ジャラッ ジャラッ ジャラジャラ……
金属音がずっと鳴る。そうなると、やはり……
「みんな!ここに唯菜がいるかもしれない!」
俺がそう言うと、みんなが俺の周りによって来る。メンバー同士がようやく視認できるほどの距離に来たあと、俺はみんなに話す。
「この近くに唯菜がいるかもしれない」
「じゃあこの付近を手探りで探すか」
「でも、それじゃあ時間がかかりすぎる」
そう話していると俺たちの周りが光に包まれた。ずっと無かった光に俺たちは目を瞑る。
「これが欲しいんだろ」
そう言ったのは、蒼だった。光に慣れてきて目を開けると、蒼は懐中電灯を持って俺たちを照らしていた。
「蒼」
「ここまで来るのも大変だったんだぞ。緊急本部に行って居場所を聞き出して、ここまで反対側だったのかな。壁を伝いながらここに来た。懐中電灯は節約で使ってなかったからな」
なんだ、蒼、来てくれたのか。
「そこにいるぞ、唯菜は」
蒼がライトをその方向に向ける。
「唯菜!」
唯菜はチェーンやワイヤーできつく拘束されていて、かつガムテープで口がふさがれている。
俺たちは全員で唯菜が拘束されているワイヤーやチェーンを取り始める。手首はワイヤーでキツく縛られ、足はチェーンなどで浮かせられている。
「今から助けるからな」
俺たちは唯菜につけられたナイロン製のワイヤーやチェーンを力尽くで切る。ナイロン製のワイヤーはともかく、チェーンは当然のごとく切れることはない。
「先にガムテープ取るからな。痛いかもしれないけど、少し我慢してくれ」
蒼が唯菜にそう言った。
「俺がやる。蒼はチェーンの対処を考えてくれ」
唯菜に他の男が触れるのだけは、気が引けた。いくら蒼だからといって、流石に嫌ではあった。
「唯菜、剥がすぞ」
俺はガムテープの橋を爪で引っ掻き、少し剥がれたところからガムテープをゆっくり取った。
「ぷはぁっ!」
唯菜は頬を赤くして過呼吸になる。多くの空気を吸い込み、唯菜は楽になってきていた。
「柊くん……」
「今からワイヤーとか切るからな」
そう言うと、ナイロン製のワイヤーが蒼によってブチッと音を立てて切れた。そうか、そういえば馬鹿力だった。
「ひゃっ」
かわいらしい悲鳴をあげて唯菜のバランスが崩れる。
足も浮かせた状態で拘束されていたため、足をつくことができず、足元のワイヤーが切れたせいでバランスが崩れた。
「バランス崩れたか。俺の肩貸すから使っていいよ」
「ありがとう……」
唯菜は俺の背中まで腕を伸ばし、俺を抱き寄せるようにして俺を支えにした。
「唯菜?抱き付いていいとは言ってないぞ」
「こうしないと不安定なんだもん。足も痛いし……」
唯菜はさっきのまま、顔を赤くしていた。だが、俺にだけは少しさっきと違う赤色な気がした。
「ごめん、1本だけ切ったからバランス悪いよね」
ワイヤーを切っていた人たちが言うが、問題はチェーン。チェーンとつけられた鉄の輪は唯菜の手首を片側ずつ完全に拘束し、取り外すのは難しい。
「柊、なんかないか」
そう言われても、どうしようも……
俺の頭の中に1つ方法が浮かんだ。もしかしたら、いけるかもしれない。
「鉄の輪とチェーン、どういう感じで繋げられてる」
「え、あの、鍵をまとめるときに使うあの輪っかだけど」
「切ったワイヤーをその間に通せ」
俺は蒼によってちぎられたワイヤーを指差す。
「通したぞ」
「そのままワイヤーを回せ。そうすればつなぎ目がズレるだろ」
そう言うと、蒼が納得したように言った。
「そのズレた隙間から取るってことか」
「あぁ。そういうことだ」
俺は唯菜の身体を抱き上げ、最後にこう言った。
「いつ井上が来るか分からない。とにかく急ごう」
蒼たちは鉄のチェーンを外すために、取ったワイヤーを使って取ろうとする。唯菜も痛くはないらしく、さっきと同じ体勢で俺にくっついている。一言で言えば、とにかくかわいい。
しばらくして、チェーンが全て外された。唯菜も後は鉄製の輪が手首にかけられているだけで、身体自体はほぼ制限無く動かせていた。
「緊急本部が今この建物の前に居る。あとはそっちに任せよう」
蒼は懐中電灯を前に向けて言った。
「そうか。ありがとう、蒼」
「おう。気にすんな」
俺たちは蒼についていく。先に入った2人はどうなったんだろうか。気になるところではあるが、それよりも最優先は唯菜のことだった。
俺たちがドアの前へ着き、懐中電灯を消した。蒼がドアノブに手をかけると、蒼がその場で動きを止めた。
「どうした、蒼」
俺がそう話しかけると、蒼はゆっくり手を離して俺の方を向いた。
「何か仕掛けられてる」
「仕掛けられてる?なんで」
「ドアノブに僅かだけど変な重みがあった」
となると、何かが引っかけられてるか何かか。
「全員後ろに下がってくれ。俺はドアを盾にしたままドアを開ける」
「でも、そんなことしたら影山が怪我するんじゃないか」
「何があるか分からないんだよ?」
みんなが心配するが、ただ1人、心配していなかった。
「柊なら大丈夫だろ。柊、信じてるぞ」
蒼は俺に信頼の目を向けて言った。
「あぁ。じゃあ、やるぞ」
俺はドアを盾にするようにして、ドアノブをひねった。
次の瞬間、大きな爆発音と強い風が吹き付けた。ドアは大きな音を立てて外れ、俺は盾にしていたドアに覆いかぶされた。
「ぐっ……」
「柊くん!」
唯菜が鉄製の拘束具のついた手でドアをあげようとする。
「唯菜ちゃん、無理しないで」
そう言い、蒼が俺に被さっていたドアを持ち上げ、俺の上から退ける。
「大丈夫?柊くん」
唯菜が俺の近くに近寄り、顔などを触る。
「大丈夫だよ。少し体が痛いだけだから」
俺は大丈夫であることを示すためにも、その場で起き上がった。
「ほら、自分で立てる。それより、これを仕掛けたのは……」
「井上だろうな。だが、ここからはもう逃げられない」
ここが包囲されているからか。外がどんな状況かは分からないが、蒼が言っているのだから本当だろう。
「大丈夫なら、早く下に降りよう。結菜ちゃんを早く治療した方がいい」
蒼は先導して階段を降りていく。俺たちもそれを追って階段を降りる。
階段を降りて、眩しい光に包まれた。久しぶりの地上だった。
外には赤色灯を灯したパトカーや緊急本部の車が多数止まっていて、警察はバリケードも設置していた。肝心の井上は警察官2人に手錠をかけられ、パトカーに乗せられていた。
「今、建物の中から男女6人が出てきました!おそらく女子高生の1人は拘束されていた──」
マスコミが俺たちを取り囲む。相変わらず面倒くさい人間たちだ。報道のためなら人の心情など一切考えずに押しかけてくる。
「いや、やめてください……」
「今のお気持ちは!」
「どのような状況だったのですか!」
マスコミたちが詰め寄る。俺たちは男子5人で唯菜にマスコミが近寄らないように防ぐ。
「取り囲んでいる心情を考えない愚か者よ、そこから離れろ」
そう言ったのは緊急本部の本部長、田原だった。田原以外にも、本部の役員が多数こっちに来た。
「警察の規制を振り切ってよく来た。だが、振り切ったということはお前たちは犯罪者だぞ?」
「お前たちはメンタルを知らないのか。知らないなら同じことをしてやる」
「カメラのデータ、全部消去するように直談判しておくよ。そもそも犯罪者なんだから、会社も了承してくれるよな」
田原は俺たちの通る道を、本部の車へ作った。本部の役員が8人がかりでマスコミを防ぎ、車へ向かえるようにしてくれた。
「早く乗れ。置いてかれるぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺たちは3人ずつに分かれ、それぞれの車に乗った。蒼、結菜、俺は同じ車で、結菜の拘束具について話した。
「どうやって取ろうか」
「無理に取れば痛いからな。手っ取り早いのは拘束具を金槌とかで叩き壊すか」
慎重にやらないと結菜に被害があるかもしれない。だが、これ以外の方法はもうない。
「おいおい、物騒だな」
車の運転士が言った。
「どうすればいいんですか?」
「叩き壊すにしても、拘束具にはつなぎ目があるだろ。そこを叩くんだよ。無理矢理叩き壊すな」
なるほど、壊すことしか考えていなかったからか。
「金槌なら本部にあるから貸す。今日の9時くらいに影山の部屋行くから待ってろ」
「ありがとうございます、助かりました」
運転士は片手の親指を立ててサインした。
学園に着くと、まずは俺の部屋に行き、結菜を休ませた。9時にさっきの運転士が来るため、それまで少しでも休ませておこうと思ったのだ。
「柊くん、ありがとう……」
「あぁ。結菜が無事でよかったよ」
結菜はすっかり眠そうで、今にも寝落ちしそうだった。
「影山、琴葉もいるか」
ドアがノックされ、さっきの運転士が来た。
「いますよ」
「じゃあ入るぞ」
運転士がドアを開けて入ってくる。運転士は金槌を片手に持っていた。
「怖い奴で知られても困るからな。金槌はここに置く」
「すいません、ありがとうございます」
俺は金槌を取り、拘束具のつなぎ目を探す。
「大抵体側にある。探してみろ」
体側を探すと、案の定そこにつなぎ目があった。俺はつなぎ目を金槌で叩き、拘束具を壊した。
「ありがとう、柊くん」
結菜は拘束具が取れるなりすぐに俺に抱き付いてきた。運転士はその空気を悟った。
「俺はこれでお暇するよ。よかったね、琴葉さん」
「はい。ありがとうございました」
運転士は俺も部屋から静かに出ていった。まるで勇者のような背中に見えた。
翌日から、この学校の警備体制が向上した。
今までただ閉めていただけの正門はデジタル式のロックが付き、常時稼働の防犯カメラが学校周囲の道を監視している。
俺たちはというと、寮の部屋のロックが変わった。今まで鍵かデジタル式のロックで施錠していたが、これからは全室デジタル式のロックで施錠。その中でも、俺と唯菜は指紋認証との二重ロックで、本人が設定を変えない限り二重で解除しないと開かないようになった。まぁ、少なくとも指紋認証は設定しておくように言われたため、指紋認証しか設定していない。
それでも、唯菜はもう誘拐もされないという自信があった。俺が一生唯菜のことを守るからだ。
「柊くん、今日の訓練始まるよ」
監禁事件から一週間が経った。今日も唯菜の明るい声が廊下から聞こえる。
「あぁ。すぐ行く」
俺はその場から立ち上がり、訓練用のナイフとライフルを持ち、ガンホルダーにしまう。
ドアを開け、すぐ横にいた唯菜の手を握る。
「行こう、唯菜」
「うん!」
唯菜は笑う。
唯菜が笑い、俺と唯菜の、いや。"平和"な世の中が、今日も幕を開ける。