終着点への道   作:月島柊

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市島(いちじま)秋夜(しゅうや)
成績が思わしくない、高校2年生。部活も委員会も所属していない。試験では平均点を若干下回り、クラス順位も下の方。授業中もよく眠そうにしていて、稀に寝ていることもある。正確も学校では暗く、近寄る人は多くない。そのため、教室内では孤立している。
自分から孤立しているのは中学の頃のことが関係していて、その頃のことがトラウマになってしまっている。

篠山(しのやま)莉愛(りあ)
高校2年生。目立つことはないものの、試験ではトップ3に入るほどの優秀さ。図書委員所属で物静かだが、話に乗ってくれるため周りからの印象はいい。

高西(たかにし)光矢(こうや)
高校2年生で、秋夜とは幼馴染み。サッカー部のエリートで、成績も学年トップ20には入るほどの実力。サッカー部のエリートというのもあり、女子からはかなりモテていて、成績から男子からの人気もある。

市島(いちじま)瑠璃(るり)
中学2年生。秋夜の双子の妹。人への当たりは若干強いところもあるが、根は優しい。家族思いで、料理や掃除など、家事全般ができる。

市島(いちじま)瑠楽(るら)
瑠璃と同じく、秋夜の双子の妹。外見は瑠璃とほぼ一緒で、見分けはつきにくい。性格は優しいところなどの共通点はあるが、当たりも優しいなど異なる点もある。


〈市島秋夜×篠山莉愛〉

 

 チョークが黒板に当たり、リズムを刻むように音が聞こえてくる。丁度いい音で、眠くなってくる。

 

春の陽気で今日もまだ暖かく、5月らしい陽気だった。だが、そんな暖かな陽気の中で先生の声でない声が聞こえてくる。

 

「ねぇ、ちゃ、ちゃんと……お、起きよ……?」

 

怖がる子犬のように、声を震わせながら俺の隣の席にいた女子生徒が言った。頭が良さそうな人だ。

 

「……あぁ」

 

仕方なく襲いかかってきていた眠気を飛ばし、授業に耳を傾ける。

 

「今回は二項定理を利用するのだから──」

 

数学だったらしい。二項定理か……しばらく聞いてないな。というか、今年は聞いてない。

 

 

 

 

 チャイムが鳴り、ようやく授業が終わった。午後ラストの授業はやはり疲れる。今日は早く家に帰ろう。そう思った。

 

「秋夜、授業大丈夫か」

「別に赤点じゃないから」

 

赤点を取らなければ文句はないはずだ。

 

「ははっ、そうか。なら心配いらないな」

 

光矢は俺の席から離れていく。帰りのホームルームが始まり、全員が席に着いたからだ。

 

一方、俺の隣からは何か強い視線を感じる。さっき俺を起こしてくれた生徒だ。俺はその生徒の視線の先をたどった。すると、その先にはさっきまで俺と話していた光矢がいた。俺は光矢に気づかれないように横目で見ていた。すると、俺の隣からじっと見ていた生徒の視線に気づき、光矢は笑顔で手を振った。

 

「~~っ!」

 

言葉にならないような声をその生徒は出した。なるほど、この生徒も光矢のことが好きなのか。

 

「ショートホームルーム始めるぞ。席につけ~」

 

先生からの指示でみんな席に着いた。

 

 

 ホームルームが終わると、すぐに俺は教室から出て家路についた。家に帰ってからもしなければならないことが多くあるからだ。

 

いつも夜寝るのは深夜の1時過ぎ。それまでほとんど休むことなく動いている。マグロに近い生活だろうか。

 

 

 

午後6時。

まずは俺の双子の妹、瑠璃と瑠楽の迎えから始まる。瑠璃と瑠楽はダンス教室に通っている。それの送り迎えは基本的に毎日行っている。平日は学校があるため送りはしないが、迎えは必ず行く。

 

瑠璃と瑠楽は俺より4つ年下で、中学2年生。小学2年生から始めたダンスはもう6年になる。俺も中学3年生まではダンスをやっていたが、高校入学と、もう1つの理由からダンスをやめた。その分、瑠璃と瑠楽には頑張ってほしい。ただの俺の願望ではあるが。

 

「すみません、瑠璃と瑠楽の迎えに来ました」

 

受付の人にそう言うと、受付の人は固定電話を取って俺に言った。

 

「ちょうど瑠璃さんが出てくれましたよ」

 

俺は固定電話に近づき、電話を取った。

 

「瑠璃?迎えに来たぞ」

《うん。今瑠楽と一緒に行く》

 

ただそれだけのためだったのか、と内心思いつつも、俺は受付に固定電話を返し、受付の横で瑠璃と瑠楽を待った。

 

しばらくして瑠璃と瑠楽がダンスの練習着のままやってきた。いつも着替える時間が惜しいからと、このまま来る。

 

「今日の夕飯私が作るから」

 

瑠璃が突然そう言った。

 

「でも、夕食は俺の仕事だろう」

「いいから」

 

瑠璃は俺より先に歩き出した。瑠楽は俺の隣を静かに歩く。

 

 

午後7時。

いつもだったら俺が夕食を作り始めるが、今日は瑠璃が作ってくれている。この時間はつかの間の休息だ。

 

瑠璃は夕食づくり、瑠楽は自分の部屋で自分の時間を過ごしている。

 

午後7時半。

夕食が完成し、3人"全員"で夕食をいただく。

 

午後8時。

瑠璃、瑠楽の順番でお風呂に入っていく。それまで、俺は自分の部屋で今日の支出の会計を始める。なんでこんなことをしているかというと、俺の親は海外にいるからだ。元から母親しかいないが、その母親が海外で仕事をしているため日本には戻ってこない。だから俺が瑠璃と瑠楽を世話しているのだ。

 

コンコン

 

ドアがノックされた。

 

「なんかあった?」

「お風呂空いた。入っていいよ」

 

瑠楽の声だ。もう2人とも上がってきたのか。

 

「分かった。入ってくるよ」

 

俺は立ち上がり、自分の部屋のドアを開けた。もう瑠楽はそこにはいなかった。

 

 

 

午後9時。

瑠璃と瑠楽のダンス練習が始まる。リビングと俺たちの部屋を繋ぐ広い廊下で始まる。瑠璃と瑠楽、両者ともにダンスはいつの間にか上手くなっていた。いつ上手くなったか分からないが、毎日こうして付き添っているのにも関わらず、いつの間にか、上手くなっていた。

 

「ねぇ、どうなの」

 

瑠璃が俺に今のダンスの評価を聞いてきた。

 

「いいと思う。ただ、手の動きが遠慮気味かな」

「分かった」

 

瑠璃はまた練習を始める。

 

「私は」

 

今度は瑠楽が聞いてくる。

 

「瑠楽は脚の動きかな」

「ん」

 

瑠楽もまた練習を始める。2人とも別々に練習している。それぞれ苦手とする場所が違うんだろう。

 

 

 練習が一段落すると、休憩の時間を取る。1時間やって休憩のような感じだ。この休憩ではようやく他愛もない会話ができる。雑談だ。

 

「今のダンス教室さ」

「ん?なんかあったのか」

 

瑠璃がそんなことを話し始めた。

 

「ダンス教室のスタッフに高校生いるの。休日に行くといるんだけど、なんか頼もしいんだよね」

 

頼もしいスタッフか。いいことじゃないか。

 

「いいじゃんか」

「それはいいんだけど、もしかしてアンタ知ってんじゃないかなって」

 

とは言われてもな。俺だって全国の高校生を知っているわけではないし……

 

「今度休日に私たち送ったら会えるかもだし、会ったら見てみてよ」

「あぁ、分かったよ」

 

高校ではあんな感じなんだけど……同級生だったとしても恐らくは距離を取られるんだろう。そんなこと容易く予想できた。

 

 

 

午後11時。

ダンスの練習が終わると、俺は兄としての仕事を始める。瑠璃と瑠楽は2人ともお風呂に2回入る。さっきの午後8時頃と今。2人とも髪が結んでいないとかなり長いため、上がってきた瑠璃と瑠楽の髪を()かすのが俺の仕事だ。

 

先に上がってきたのは瑠楽。瑠楽の髪は(ほど)いた状態だと膝あたりまである。それほど長いため、俺がやっている。

 

「お願い」

「任せろ」

 

そう言うと、俺はドライヤーで優しく瑠楽の髪を乾かしていく。女の子の髪、かつダンスをしている人の髪だ。丁寧にやらないといけない。

 

「……お兄ちゃん」

 

俺の手が止まった。瑠楽からお兄ちゃんなんて呼び方をされたからだ。

 

「……何?」

「私の髪、サラサラかな」

 

身構えていたが、ただそんなことだった。

 

「あぁ。サラサラしているよ」

「……」

 

また黙る。静かな瑠楽だから、何も変わってないけど。

 

 

 瑠楽の髪を解かし終わった。瑠楽の髪は自分で結ぶため俺は手をかけない。

 

「瑠楽、いいぞ」

「ん」

 

すると、瑠楽はその場でくるりと振り向いた。俺の方を向いたまま、瑠楽は俺の胸あたりを見る。そして、そのまま俺の体にぴとっとくっついてきた。

 

「瑠楽?」

 

瑠楽はずっと俺にくっついていた。瑠楽は俺のことをじっと見つめて言った。

 

「ありがと」

 

そう言うと、瑠楽は俺からようやく離れてくれた。さっきの瑠楽は何だったんだろうか。俺はただいつも通り髪を()かしてあげてただけなんだが。

 

その後、脱衣所にいた俺のところに瑠璃がやってきた。その場でさっきの瑠楽のことを考えていたため、「さっさと出てけ変態!」ぐらいは言われるかと思ったが、瑠璃は予想外の言葉を放った。

 

「一緒に入りたいの?」

「……ほえ?」

 

俺は思わず変な声を出した。

 

「何。YESかNOでしょ」

 

冗談で言ったんじゃないのか。なんだろう、今日の瑠璃と瑠楽は違う気がする。

 

「冗談じゃないのか」

「冗談だったらそう言ってる。で、どうなの」

 

これはなんと答えればいいのだろう。下心ありまくりの兄、と見られたくもないし、誘いを断って嫌われるのも嫌だ。

 

「……一緒に入っていいか」

「じゃあ入ろう。ほら、服脱いで」

 

俺は言われるがまま服を脱いだ。そのまま一緒に風呂に入った。

 

 

結局、お風呂ではとくに何もなかった。髪もいつも通り()かし、いつも通り瑠璃は部屋に戻っていった。

 

 

 

午前0時。

学校から出た課題をやる時間。そこまで量はないが、ただ大変であることは変わらない。

 

午前0時半。

寝る支度を始める。この時間にいつもやるルーティンがあるのだが、それは……

 

瑠楽の部屋に行くことだ。一見すると気持ち悪い考えかもしれないが、瑠楽も俺がこんなことをしているのは知っている。ちゃんと理由があるのだ。

 

これは俺が送り迎えをしているのも関わっているのだが、瑠楽は夜10時ごろに帰ってくる時に、一度帰り道で集団痴漢に遭っている。男4人に囲まれ、スカートをめくられ、下着も剥ぎ取られ、様々な箇所を無理やり触られたらしい。下着が剥ぎ取られたことに関しては、破けた下着を持って帰ってきたため明らかになっている。痴漢した犯人は捕まっていないため、不安を軽減するために夜は一度瑠楽の部屋に来る。

 

(今日も大丈夫だな……)

 

にしても、瑠楽はよく寝る子だ。ぐっすり寝ている。

 

「おやすみ、瑠楽」

 

俺は自分の部屋に戻った。

 

 

 

午前1時、俺は自分のベッドで寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝4時半、俺は起きて瑠璃と瑠楽の弁当を作り始めた。瑠璃と瑠楽は弁当が必要な中学に通っている。だから俺が作っているのだ。

 

5時半、部屋のドアが開く音が聞こえた。俺が振り返ると、そこには寝ぼけた瑠璃が立っていた。

 

「おはよう、瑠璃」

「ん……王子様……?」

「誰が王子様だ」

 

瑠璃の隣に行って、俺は瑠璃の頭をポンポンと叩いた。

 

「起きろ、瑠璃」

 

そうやると、瑠璃は目を細くしたまま俺を見つめてきた。瑠璃はしばらくして目を少しずつ開いた。

 

「お、あ、あ、お兄ちゃん!?」

「お、そう呼んでくれたか」

 

瑠璃は顔を真っ赤にした。恥ずかしいことが一気に押し寄せてきたのだろう。

 

「別にいいんだぞ。お兄ちゃんって呼んでも」

「あ、あうぅ……」

 

瑠璃はテーブルのところのイスに腰をかけた。

 

「朝ごはんはまだだぞ」

「じゃあ作る。キッチン貸して」

 

瑠璃は俺の隣で朝ご飯を作り始めた。俺はまた2人の弁当を作り始める。

 

 

 

 朝7時になって、ようやく瑠楽が部屋から出てきた。瑠楽は朝が弱く、いつも7時前後に起きてくる。大体瑠楽が起きてくると俺の学校へ行く時間になる。

 

「瑠楽、ようやく起きたか」

「ん。おはよ」

「おはよう。じゃあ、俺は学校行くからな」

 

瑠璃は玄関まで見送ってくれた。いつもはあまりしてくれないのだが、最近の瑠璃は親しくしてくれる。今日も見送ってくれている。

 

「い、行ってらっしゃい」

「あぁ。行ってくるよ」

 

俺は瑠璃に見送られて家から出た。

 

 

 

 

 

 四時限目が終わり、俺は昼食を採るために食堂に向かっていた。食堂は3階の教室からは距離があり、別校舎の1階にある。

 

その間にある渡り廊下は、1階と2階にかかっている。そのうち2階の渡り廊下は移動教室以外で通る生徒はほとんどいない。それを狙って俺はいつも2階の渡り廊下から別校舎に行っている。

 

が、今日はどうやら違うらしい。いつも人がいない2階渡り廊下で、俺の隣の席の女子生徒が3年生であろう体格の男子3人に囲まれていた。何があったのかは知らないが、少なくとも関わってはいけない状況であることに変わりはない。

 

(何してんだ……こんなとこで)

 

俺が若干あきれながらもそこに近づくと、少しずつ声も聞こえ始めた。

 

「キミ、2年生っしょ?俺たちに逆らったらどうなるか、ねぇ」

「3年が絶対、だろ?」

「やっ、やめてください……」

 

女子生徒がそんなことを言っても、3年生はエスカレートしていくばかりだ。

 

「やめてくださいだってよ」

「そういう弱音吐くところも、かわいいよなぁ」

 

3年生は先ほどよりも距離を詰める。俺はもう無意識のうちに、3年生のところへ向かっていた。そして、俺は3年生相手にこう言った。

 

「やめてくださいって言ってますよね。いい加減やめてあげたらどうですか」

 

俺が入ったところで、一瞬静かになったが、すぐにまたさっきの状況に戻った。

 

「あ?貴様も2年か」

 

案の定、俺は首元をつかまれ、抵抗ができないようにされた。

 

「かっこつけてるけどよ、お前、本当は弱いだろ」

 

3年生の1人がそんなことを言った。俺は少しでも抵抗するために言った。

 

「そんなことない」

「知ってるか、そう言う奴って大体弱いのよ」

 

3年生は俺をつかんでいた手を突き放し、俺を渡り廊下のフェンスにたたきつけた。

 

「お前ごときが俺たちの関係に首突っ込むな。正義感に支配された馬鹿みてぇな野郎が」

「っ!」

 

俺はそう言われて中学の時のことが頭の中に過った。

 

 

 

─────────過去──────────

 

 

 

 中学2年生のとき。もう3年前になるが、俺は当時学級をまとめる中央委員会に所属していた。中央委員は集会の点呼や学級内の指示などを行う。ただ、その背景もあって少しずつ「正義感」が出てきていた。

 

ある時、学級内の対立から空気がかなり悪くなっていたことがあった。俺はその空気が続くことを危惧して、休み時間に立ち上がって言った。

 

「もう一度、別の視点から考えよう。この空気はみんなにとって良くない」

 

この言葉に、共感してくれる人もいた。確かにいた。ただ、その一方で嫌味をぶつけてくる人やからかう人も多くいた。

 

その中にあった1つの言葉が、これだった。

 

 

 

 

「正義感に支配された馬鹿じゃん」

 

 

 

 

その時の俺は確かに多少の正義感はあった。そのせいで、クラス内にさらに亀裂が入った。その時に俺は思った。正義感はあってはならない。正義感は関係を悪くするだけだ、と。

 

それから、俺は周りをまとめるような役職につくのをやめた。また俺の正義感から分裂を起こしてしまうかもしれないから。もうそんなこと、俺は起こってほしくないから。

 

 

 

─────────────────────

 

 

俺がフェンスに叩きつけられてしばらく経った。俺を蹴り続け、そして女子生徒に対してずっとセクハラらしきことをしていた。やっぱり、結局変わらなかった。

 

「何してるんだ!」

 

そう声が聞こえると、俺を蹴っていた3年生が声の方向を向いた。

 

「高西くん!」

 

光矢らしい。

 

「また2年か。こいつもやっちまおうぜ」

 

3年生は3人で光矢に向かった。

 

しかし、3年生3人は光矢によって床に押さえつけられた。

 

「篠山さんに絡むな。一生」

 

篠山という名前なのか。

 

俺もその場から動くのは痛みから困難だった。全身が痛かったからだ。だが、光矢は篠山のところに行くと手助けして一緒に歩いて行った。後で来るのかと思ったが、光矢はこう言った。

 

「よかった。被害に遭ったのが篠山さんだけで」

「あ、ありがとう……高西くん……」

 

篠山は光矢の隣に近づいた。やっぱり好きなんだろう。

 

だが、俺はそれを聞いて諦めがついた。もう光矢は俺を助けには来ない。俺は1人でどうにかしなければならないらしい。

 

いや、それでいいんだ。篠山さんがけがもなく、無事であったからそれでいいのだ。

 

俺はその場から立ち上がる。全身の痛みをこらえて、俺は本校舎に戻った。

 

 

 

 教室に戻っている間も、教室に戻ってからも、誰にも心配されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってからも、俺は痛みが引かず、痛みが和らぐまで家の自分のベッドの上でこらえていた。痛みが引く気配すらなかったが、どうにかして引けばいいとだけ思っていた。

 

気づくと迎えの時間が迫ってきていた。まだ痛みは引いていなかったが、家族のためだと思い、少し無理をしながらも俺は瑠璃と瑠楽を迎えに行った。迎えの時間からは何分か過ぎてしまいそうだ。

 

ダンス教室に着き、俺は瑠璃と瑠楽の迎えだと言って、いつも通り待った。

 

「あれ、秋夜くんか」

 

通路からこっちに向かってくる声が聞こえた。その声の方向を見ると、俺が中学3年生のときまでダンスをしていたときの講師の先生だった。

 

「赤平先生。お久しぶりです」

 

赤平先生は俺が小学4年生にダンスを始めた時からの先生で、俺がやめるまでの5年間お世話になった。俺が小学4年生のときに25歳だったはずだから、おそらく今は32歳だろう。

 

「久しぶり。どうしてここに」

「気づかなかったんですか。俺の、双子の妹がここでダンスやってるんです」

 

赤平先生は名簿を確認し始めた。すると、すぐに見つけたようだ。

 

「この市島瑠璃と市島瑠楽か。確かに同じ苗字だ」

 

赤平先生は少し黙っていると、俺の肩に手を置いて言った。

 

「ダンスの様子見ていかないか?瑠璃は俺が担当なんだ」

 

なるほど。そういうことだったか。

 

「いいですよ」

 

俺は赤平先生と一緒にダンスの練習をしている部屋まで向かった。

 

その部屋では瑠璃がちょうど練習していた。

 

「あれが瑠璃だ。最近頑張ってるんだよ」

 

家の練習でも頑張っている様子は伝わってきていたが、ここに来ると頑張っている様子がより一層伝わってきた。

 

「あれ、水岡先生は。担当って6人で2人ですよね」

 

水岡先生も俺の担当だった先生だ。

 

「水岡先生は去年辞めたんだ。今は俺ともう1人、高校生の子がやってくれてるよ。そろそろ来るはずだけど……」

 

赤平先生がそう言うと、部屋のドアが開き、1人の女子が入ってきた。

 

「こんにちは、赤平先生。今日も──」

 

その女子高生は俺が知っている人だった。というか、今日見た子だ。

 

「市島くん!?」

「篠山……」

 

篠山はあたふたした様子で俺を見ていた。

 

「2人は知り合いか」

「同級生です」

 

俺がそう言った。

 

「じゃあ2人がいれば大丈夫そうだな。俺は書類とってくるから離れるからな」

 

赤平先生はこの場所から離れた。練習している子たちと俺たち2人だけになった。

 

「あの……体、大丈夫……?」

 

篠山が俺に聞いてきた。

 

「まだ痛いけどな」

「ごめん、あのあと早退になっちゃって。感謝したかったの」

 

篠山は俺に目を合わせて言った。

 

「結果はこうなっちゃったけど、市島くんが来てくれたから標的が私から外れてくれた。来てくれなかったら私どうなってたか分からなかったから」

「いいよ。けががなくてよかった」

「ごめんね、囮にしちゃったみたいで」

 

篠山は俺に謝ってきた。篠山は俺の腕を見た。服から腕の出ている部分をゆっくりと摩り、俺のけがを心配した。

 

「あ、これ、痣……」

 

篠山は俺のけがの様子を見て言った。

 

「大丈夫だよ、そのくらい」

「放っておくとだめだよ」

 

篠山はそう言うと、俺の目を見て言った。

 

「市島くんの家行く。私が看病してあげる」

「そこまでしなくていい。すぐ治るから」

「ダメ。家行く」

 

篠山がそこまで言うと、瑠璃が練習を終えてこっちに来た。

 

「やっと来た、お兄ちゃん。あれ、篠山先生も」

「ごめんな、迎えに来るのが遅くなっちゃったな」

 

俺がそう言うと、瑠璃は首を横に振った。

 

「大丈夫」

「今日は私もついていくね、瑠璃ちゃん」

 

結局ついてくるらしい。看病しなくてもいいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、俺はいつも通り夕飯を作るためにキッチンに向かった。篠山もあとからついてくる。

 

「市島くん、無理しないで休んで。夕飯は私が作るから」

「お兄ちゃん、なにかあったんですか」

 

瑠璃と瑠楽が篠山の横に行って聞く。

 

「今日市島くん私が上級生にいじめられてるのを助けてくれたの。でも、けがしちゃってるんだ」

「じゃあ、私も手伝います」

 

家事ができる瑠璃が言った。

 

「じゃあ私はお兄ちゃんの隣にいる」

 

瑠楽は俺の隣に寄ってきた。

 

「うん。ご両親が帰ってくるまで私はいるからね」

 

すると、瑠璃と瑠楽は静かになった。

 

「あー……俺の家、両親帰ってこないんだ。父親はいないし、母親は海外でさ」

「そうだったんだ……ごめんね」

「大丈夫です。夕飯作りましょう?」

 

篠山と瑠璃は夕飯を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、篠山は俺の看病をしてくれた。といっても、ただ隣で話してくれているだけだったが。そんなに俺と話して何が楽しいのだろう。光矢と話したほうが楽しいだろうに。

 

「市島くん、妹居たんだね」

「そもそも俺と同じ苗字の奴が担当なのによく気づかなかったな」

 

篠山は「えへへ~」とはぐらかした。多分気づいていたんだろうな。そういう反応だ。

 

「お兄ちゃん、お風呂空いた」

 

瑠楽の声がした。

 

「わかった。今行く」

「髪どうすればいい」

「それもあるのか。じゃあ洗面所でやるから先行ってろ」

 

俺はそのあとすぐに立ち上がって洗面所まで向かおうとした。だが、すぐに篠山に手を握られて俺は足を止めた。

 

「なんだ」

「私が行く」

「大丈夫だって。そのくらい俺がやれる」

「ダメ。だったらお風呂入ってて」

 

篠山が無理やり俺に着替えを持たせる。半強制的に俺は結局風呂に行くことになった。洗面所へは篠山が行った。

 

 風呂に入ってる間も、痛みがある箇所についてはなるべく触らないように気を付けながら洗った。傷口自体はさほど多くはなかったが、痛みだけはいまだにあった。

 

「市島くん、少しいい?」

 

篠山が浴室の外から俺に声をかけてきた。

 

「何かあったか」

 

俺がそう聞くと、篠山はさっきよりも近くに寄ったようで、声が大きく聞こえた。

 

「痛いところとかない?もしあれだったら洗ったりするけど……」

「平気だ。瑠璃たちは大丈夫か」

「うん。二人とも一緒にいるよ」

 

篠山はそのまま黙り込んだ。一体篠山が何をしたいというのか。

 

「もう夜遅いんだ。もう家に帰ってもいいぞ」

「だって、1人じゃ苦労するでしょ?」

 

俺がどんだけ不自由していると思ってるんだ。両手は使えるし、ましてや普段通り歩くことだってできる。

 

「大丈夫だ。それとも、俺と一緒にいたいだけか」

 

俺がそう言っても、篠山からの返事はなかった。なぜこれに対して返事がないんだ。

 

「まぁ、一応?」

 

篠山は間を置いてからそう言った。

 

「……一緒に入るか」

 

そう言うと、しばらくしてから浴室の扉が開いた。

 

「入っていいかな」

 

そう言ってきた篠山は全裸で、俺の視線など何も気にしていない様子だった。

 

「なぜ裸で入ってきた」

「だって、お風呂だもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、光矢のことは」

 

俺が光矢との関係について聞くと、篠山は案の定うつむいて恥ずかしがりながら言った。

 

「高西くんのことは、その……好き、なのかな……?」

「ハッキリしないな。好きなら直接言えばいいのに」

「だって不安なんだもん。振られたらどうしようって」

 

篠山らしかったが、光矢もそろそろ彼女が欲しいはずだ。お互い好きであることが分かれば付き合えると思うのだが。

 

「一回言ってみろ。応援するから」

「う、うん……わかった」

 

篠山は荷物の準備を始めた。帰るんだろう。

 

だが、篠山が帰る、ということを考えていると、なぜかずっと一緒にいたい、という思いが出てきた。今までそんなことはなかったのに、急にそんなことを思うようになった。

 

「頑張って告白してみるね!」

 

篠山は力強くそう言った。だが、俺はその力強い、自信に満ちた篠山の声よりも弱い声しか出なかった。

 

「……がんばれ」

 

そう言うと、篠山は俺の家から出て行ってしまった。それからの喪失感は否めなかった。そんなこと、今までは一切思っていなかったのに、急にそう思うようになってしまった。

 

「俺、好きなのか……」

 

そんなことを思ってしまった。多分、光矢にとられるのが怖いんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、学校で篠山と光矢が話しているのをたまたま見てしまった。俺は思わずその場から離れ、柱の陰に隠れた。

 

「高西くん、あのね、私……」

 

勇気がようやく出たか。これで、あの2人は──

 

「ごめん、告白なら断る。もう彼女がいるから」

 

光矢はそう言い放った。あいつに彼女なんていたか?そんな話、少なくとも俺は聞いたことがなかった。

 

「え……?」

「誰にも言ってなかったんだ。少なくとも、あいつにだけは」

 

 

あいつにだけはって、一体誰のことなんだろうか。だが、そんなこと考えなくともその「あいつ」は一瞬で分かってしまった。

 

「”あいつ”。君を助けようとした、正義感の塊みてぇなあいつだよ」

 

そう、俺のことだった。紛れもなく、俺のことだった。俺は撃ち抜かれたかのように心の中のものが一気に無くなった。

 

俺は再び光矢の方を見る。すると、篠山も頷いていた。篠山も納得するほど、俺は醜い存在なんだろう。つい先日まで俺の看病をしてくれたのも、嫌々だった。ということだろう。

 

(なんだ、そういうことだったのか)

 

俺は全てを失い、その場を静かに去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「秋夜、今日は寝なかったな」

 

いつものように光矢が話しかけてくる。

 

「あぁ……」

「なんだ、元気ないな。何かあったか」

 

光矢は心配してくれているように、端から見るとそう思える。だが、俺にはもうそんなようには聞こえない。ただ、俺を貶めようとしてるだけに聞こえる。

 

「なんでもない。もう放課後だろ。部活行ってこい」

「おう。じゃあな、秋夜」

 

光矢は俺に手を振って教室から出て行く。俺もそのあとで教室から出る。今日はもう瑠璃たちを迎えに行こう。気分を変えないと。

 

ずっと信頼していた仲間から、裏切られた。ぽっかりと空いた俺の心は埋まることなく残り続ける。俺は結局中学の時と何も変わっていないらしい。周りからの印象は悪く、友人もいない。それが、また今から──

 

「あ、お兄ちゃん」

 

瑠楽と瑠璃が外にもう出ていた。2人は走ってこっちに来る。俺もそれを迎えるために手を広げる。

 

「お兄ちゃん、今日も疲れた」

「ホント。やること多いよ」

 

そう言ってくる2人を俺は手で抱きとめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

られなかった。2人は横断歩道を渡っていたが、速度違反の車1台に撥ねられた。

 

「おにい、ちゃん……」

「瑠璃。瑠楽はどうだ」

 

瑠璃は首を横に振った。

 

「瑠楽……」

 

瑠楽は血を流し、道路に横たわったまま目も開けない。

 

「救急車呼ばないと……」

 

俺はスマホから急いで救急車に通報。なんで俺はこんなにも、不幸で最悪な人間なんだろう。

 

 

 

 

 

 病院に搬送された後、瑠楽は意識も戻らずにいた。

 

俺は病院の廊下で俺は立ちすくんでいた。俺の不甲斐なさや、悔しさがこみ上げてくる。

 

「ごめん、瑠璃」

「別にお兄ちゃんは悪くない」

 

瑠璃はそう言ってくれたが、俺が2人の元へ行っていればこうはならなかったはずだ。そうなると、結局俺のせいだ。

 

「瑠楽のところには俺がいるから、瑠璃は家に帰って休んどけ」

「でも、私も心配だよ」

「何かあったら連絡するから。瑠璃だって明日学校だろ」

 

俺は瑠璃に家の鍵を渡した。

 

「瑠楽に言ってけ」

「うん」

 

瑠璃は瑠楽の隣に寄って言った。

 

「早く起きてね」

 

瑠璃はそう言って、俺に手を振って病室から出ていった。瑠楽はそれでも起きず、ただ眠っているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜9時頃になって、病院から出されるような形で俺は病院から出た。真っ暗な外は、今の俺の心のようだった。全体真っ黒で先も見えないほどの、暗闇。俺は街灯を頼りに進んでいく。

 

「あれ、秋夜じゃないか」

 

声をかけてきたのは光矢だった。暗闇の中からゆっくりと姿を現した。

 

「こんな時間にどうした」

「バイトだ。遅くなったから」

 

俺がそう言うと、光矢は納得したように俺に言った。

 

「じゃあ、気をつけて帰れよ、暗いから」

 

光矢はそう言ってまた暗闇に消えていく。俺はまた1人で家に帰ろうとする。たしかにもう夜遅い。帰らないと瑠璃が心配するだろう。

 

俺が帰るために歩くと、後ろから走ってくるような足音が聞こえた。俺が気づいて振り返ると、光矢が俺の目の前にいた。腹部にある痛みとともに。

 

「かはっ!」

 

俺はせき込んだ。口から血が吐き出される。それと同時に俺は地面に膝から崩れ落ちる。

 

「ここまで暗けりゃ誰も気づかねぇ。時間が悪かったな、秋夜」

 

光矢は俺のことを見下ろした。最後に俺のことを蹴飛ばし、光矢は再び暗闇に消えていった。嫌われていると知ってから少しでまさかこうなるとは。

 

俺に今残ったのは瑠璃と瑠楽だけか。自分の家族で、しかも妹2人しか自分の味方がいない。本当に情けない奴だ俺は。

 

周囲は物静かで人気もない。そんな中で俺はただ1人倒れている。きっと誰も助けに来てくれたりなんかしない。このまま、俺は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「市島くん、起きて。市島くん」

 

俺はそんな声に起こされた。

 

「市島くん!よかった、生きてた」

「勝手に殺すな……いや、別に、いいか……」

 

そこにいたのは少し前に見慣れた姿で、その人は俺の刺された部分を押さえてくれていた。

 

「死んじゃダメ!だって、市島くんがいなくなったら、私、どうやって生きればいいの」

「別に、友達とかいるだろ……俺とは違って」

 

俺がそう言うと、その人は俺の顔に自分の顔を近づけた。

 

「気づかない?市島くん」

 

篠山は俺の顔に触れる。

 

「ねぇ、気づいた?」

「……気づいた」

 

俺もそんなに勘が鈍いわけではない。

 

そのあとは、俺と篠山で唇同士を重ねあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠山の家に俺は上がらせてもらった。瑠璃には篠山が連絡してくれたため、心配もあまりしていなかった。

 

「ごめんね、着替えてたからまたせちゃったよね」

「大丈夫……」

 

篠山のパジャマはかわいかった。瑠璃と瑠楽よりもかなりかわいく見えて、輝いているようだった。

 

「ねぇ、服脱いで」

 

篠山は俺の隣に座って言った。

 

「あっ、う、上だけだからね!」

「知ってる」

 

俺は上の制服を脱いだ。脱ぐと、篠山は俺の傷にガーゼを貼った。そして、篠山は俺の腹部に顔を当てて言った。

 

「市島くん、付き合って、くれる?」

 

俺の答えなんてもう決まっていた。状況がよくない気がするが、そんなことどうでもよかった。早く、篠山と──

 

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

続く↓

 

 

 




















「瑠楽、歩きづらかったら言えよ。肩貸すから」

瑠楽は無事退院した。今日はダンス教室への"申し込み"のために瑠楽と一緒にやってきた。なんの申し込みかって?そんなのダンス教室でやる申し込みは1つしかないだろう。

「こんにちは」

受付のスタッフの人が言う。

「こんにちは。ダンス教室、"再入会"、したいんだけど?」

俺がそう言うと、書類をスタッフは出してきた。

「待ってましたよ、市島さん。いま篠山さん呼んできます。あ、先生として、でいいんだよね」

スタッフは俺が入ってた時の同期だ。それがわかってたからこう話している。

「もちろん」

スタッフは篠山を呼びに行く。

「瑠楽、担当の先生リクエストするか」
「しなくてもお兄ちゃんになると思ってる」

よくできた妹だ。

「そうか。お、来た」

篠山がさっきのスタッフの代わりに戻ってきた。

「市島くん。ほら、今日から指導する子教えるからついてきて」
「あぁ。あ、瑠楽はどうすればいい」

俺が篠山に聞くと、篠山は名簿を確認し始めた。

「来れたら来てくれる?無理しなくていいから」

篠山がそう言うと。瑠楽はすこし表情が明るくなった。同じ担当ということだろう。




 「はい、この子が市島くんが指導する子」

そこにいたのは1人だけだった。

「市島瑠璃です。よろしくお願いします」

瑠璃はいたずらっ子のような笑顔で言った。

「私も、いろいろ指導してね」

篠山が隣から言う。

「篠山は隣にいるだけでいいだろう。俺が満足する」
「わかってるね、市島くん」

瑠楽が松葉杖をつきながらこっちにくる。

「よろしく、お兄ちゃん」

3人が俺のことを囲む。

「よし。みんなついて来いよ」

『はい!』

3人は声を合わせて言った。


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