朝7時、学校が近くない俺はこの時間から登校を始める。別に朝練があるわけでもない。毎朝この時間だ。
俺の家の最寄り駅は秋津。学校の最寄り駅は市ヶ谷で、約1時間かけて登校する。
中でも、西武池袋線は辛い。朝ラッシュは激しい混雑になるし、混雑する快速や準急などの電車を避けようとしても、7時台に各駅停車は来ない。結局満員電車で通学することになるのだ。
俺はいつも7:03発準急新木場行きに乗っているが、正直言って準急でも混む。こんな地獄の通学にある、唯一の花がある。それが──
「おはよう、平中くん」
同じ2年C組の花崎だ。花崎の最寄りの鉄道駅は久米川なのだが、バス停の向台というところから乗っているらしい。向台からバスで久米川、久米川から西武新宿線の方が各駅停車があるため空いているはずなのだが、花崎は俺のためにバスで新秋津、歩いて秋津まで来てくれている。
「おはよう。いつも悪いね」
「いつもそう言ってる。大丈夫だよ、平中くんが一人で辛いだろうし」
なんて優しい人なんだろうか。こんなに優しい人が今までにいただろうか。
「池袋線混んでるもんね。私がいれば少しは楽でしょ?」
「あぁ。本当にありがとう」
いつも通り7:07発の準急がやって来る。俺たちはそれに乗り、1本で市ヶ谷へ向かう。
石神井公園で多く人が乗り、そのままの勢いで有楽町線に入っていく。満員電車の状態で市ヶ谷まで着くと、俺と花崎はもうくたくただ。
「平中くん、体調大丈夫?」
「俺は大丈夫、花崎は。今日も混んでたし、気分悪くしてないか」
「大丈夫だよ。ありがとう」
花崎は俺の左手を握った。
「行こう?」
花崎が顔を右に傾けて言った。無意識なのか分からないが、かわいく見えた。
花崎と俺は付き合っているわけではない。花崎と出会ったのといえば当然入学式の時だが、初めて話したのは案外最近だった。
2年生になって1ヶ月ほどが過ぎたとき、その日は西武池袋線で車両故障があったため、西武池袋線は運転見合わせ。俺は新秋津から武蔵野線で新小平、小平から西武新宿線で高田馬場、山手線と総武線で市ヶ谷へ行っていた。
その時に小平から乗った、小平7:20発急行西武新宿行きは久米川7:18発。花崎がバスからいつも乗り換えるのも久米川7:18発。偶々電車が重なり、その電車内で話した。
「同じクラスの……花崎さん?」
「うん。君は……平中くんだっけ」
池袋線よりも空いている新宿線は、いつのより快適に乗れた。もちろんガラガラではないが、身動きが取れないほどではなかった。
「ひゃうっ」
花崎が俺の身体にバランスを崩してぶつかった。
「大丈夫?花崎さん」
「うん。ごめんね、混んでるのに」
新宿線はこれでも混んでるのか。少し意外だった。
「この電車、各駅停車からの乗り換えはいないんだけど、混んでるんだよね……」
「そうか」
花崎も苦しそうだった。ならば、普段慣れている俺が守るべきだろう、と思い、俺は花崎の前に立ち、花崎を守った。
「これで苦しくないだろ」
「ありがとう、平中くん」
花崎は苦しかった表情を消した。
翌日、俺が秋津から乗ろうとしていると、花崎が俺の隣にやって来た。
「おはよう、平中くん」
「おはよう。今日はどうしたの?」
俺がそう聞くと、花崎は俺の顔を見て言った。
「池袋線に乗ってるって言ってたから、来てみたの」
「そうか。ただ、結構混んでるよ?」
「がんばるっ」
花崎が耐えられるかどうかだが、俺も唯一の花ができてよかった。
だが、池袋線の混雑は花崎が想像していたよりはるかに凄まじいものだった。ピークが始まってくる石神井公園で花崎は限界に達し、1回降りると言い出した。
「ごめんね……学校少しおくれちゃう」
「大丈夫だよ。無理しないで」
花崎は少し気分を悪くしてしまったらしく、ベンチに座ると力がすべて抜けていた。
「落ち着いてきたら行こうな」
「うん……」
花崎の体調は15分ほどして良くなった。7:33発快速元町・中華街行きに石神井公園から乗車。ドア上に手をかけないと乗れなかったため、俺はさっきの反省をもとに、花崎の前に立ち、ドアに手をついて花崎を守った。
「ありがとう、平中くん」
「気にしなくていいよ」
正直、力がかなりいるためきつかった。だが、花崎がまた具合を悪くするよりよかったため、降りる駅までこうしていた。
小竹向原から7:44発新木場行きに乗る。市ヶ谷には8:06。いつもより遅かったが、遅刻ではなかった。
それから花崎は俺と毎日一緒に登校してくれる。帰りはたまに時間が違う日もあるが、ほとんどは俺と一緒に帰ってくれる。
そんな花崎に、俺は少しずつ好意を抱き始めた。毎日一緒に登校してくれて、自分だってつらいはずなのに心配もしてくれる。それに──
「どうしたの?そんなに私の顔見て」
「あぁ、何でもないよ」
「そう?ならいいんだけどっ」
時折見せてくれる、天使のような笑顔。そんな花崎にいつしか心惹かれていた。花崎が俺のことを好きと思ってくれているかわからないため、告白はできないが。
今日は休日の部活動のため、いつもとは若干遅い時間に家を出た。休日は俺だけで、学校に行っても花崎と会うことはほとんどない。
学校に着いた俺はいつも通りIT部の部室に行き、プログラムのソースコードを打ち込んでいた。
「なぁ、これのデバッグしてくれないか」
同級生の部員から頼まれる。
「いいよ。じゃあ俺との共有ファイルに入れといてくれ」
よくデバッグを頼まれるため、そんなのは慣れていた。
それよりも、最近頭の中には花崎のことばかりだ。花崎の顔を思い浮かべることもあり、会いたいとずっと思っていた。
部活が終わり、俺は帰りの電車に乗った。花崎がいないため、すこし寂しい帰りだった。なんか名残惜しいな……
「あぁっ!平中くん!」
俺の隣に花崎が座ってきた。
「は、花崎!?なんでここに」
「有楽町行ってたの。平中くんは部活帰りかな」
目の前にいる花崎を今すぐに抱きしめたい感情を必死で抑えた。
「そう。帰り」
「私も帰りなんだ♪じゃあさ、一緒に帰ろうよ」
花崎は俺の腕に抱きついてくる。それと同時に花崎の胸も俺に密着してくる。やわらかい……じゃなくて、どうしてこんなに胸もくっつけているのに平然としてるんだ。
「あの、胸が……」
「んー?あ、ごめんね」
普通に離れる。ドキドキした様子もなかった。
「一緒に帰ろ?」
「あぁ、いいよ……」
花崎は、俺に好意はない、ということだろうか。
乗り換えの小竹向原を過ぎ、練馬でも乗り換える。練馬で乗り換える時には手をつないだ。
「ねぇ、月曜日も朝一緒に行こうね」
「あぁ、うん」
手を繋いでも花崎はいつもと変わらない。
「花崎は緊張したりしないか」
「んー?しないけど」
やっぱり、好意はないのかもしれない。
「そうか」
俺の片思いで、この恋は終わりを告げた。
「どうしたの?」
俺はこの気持ちに踏ん切りをつけるため、質問を投げかけた。
「好きな人、いるか」
俺がそう聞くと、花崎はこう答えた。
「いるよ。大好きな人が」
「……そうか」
俺の恋は終わった。でも、おかげで踏ん切りがついた。
「そうか」
「うん。仲良い人なんだ!」
その人に対して羨ましい、悔しいなどの感情はなかった。ただただ喪失感だけが俺を埋め尽くした。
秋津に着き、俺と花崎は別れた。また月曜、好意を全て捨てて会わなければならない。
「じゃあね!平中くん」
「あぁ。じゃあな」
花崎が手を振って俺と別れる。遠くになっていく花崎はいつもの天使のような笑顔で笑ったような
月曜日の朝、待っても花崎は来なかった。いつもの7:03発は出発し、7:08発、16分発、19分発も出発した。7:24発通勤準急池袋行き、7:27発快速元町・中華街行きも出発。7:32発に乗らないと遅刻してしまうため、次の7:32発準急新木場行きに乗車。東久留米で通勤急行に乗り換え、池袋まで向かう。池袋で有楽町線に乗り換え、市ヶ谷へ。
高校に着くと、もう遅刻ギリギリだった。俺が席に着くとすぐに担任がやって来て、ホームルームが始まる。
花崎はもう学校にいた。
そして放課後、花崎は3年生の先輩に呼ばれていた。
「菜由華ちゃん、いいかな」
「先輩!はい、いいですよ。朝の続きですか?」
「そうそう。登校中じゃ話せなかったからね」
花崎は先輩に連れられてどこかへ行ってしまった。花崎と先輩には悪いが、すこし後をつけてみよう。
俺は後をつけ、階段を上がる。上の階にある、3年F組の隣にある空き教室に入っていった。俺は隠れて話を聞いてみた。
「なんですかそれ。なんか好きみたいじゃないですか」
もう話が始まっていた。
「だって事実だしさ、俺が好きなのは」
「もうっ、やめてくださいよ~。私も好きですけど」
話の辻褄が合った。前話していた、仲の良い好きな人。それはあの先輩のことだったんだろう。
「そうか……」
俺は現実を少しでも忘れるため、下を向いて歩き出した。少しフラつきながらも、どうにか歩いた。
(朝もあの先輩と一緒に来てたのか)
俺は複雑な感情にやられ、もうよく分からなかった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
その翌日からも、花崎と先輩は仲良く話していた。そんな中で、花崎が俺と話してくれるのは授業と授業の間休みだけ。朝も一緒に登校することはなくなった。
「平中くん?なんか元気なくない?」
「そう言う花崎は元気だな」
「いつも元気だもん!」
先輩とのこともあるんだろう。わかりきっていた。
「元気はいいからな」
「うん!あ、授業始まるよ」
花崎はまた席に戻った。これしか話すことがなくなった。
放課後になると、また先輩が来て、花崎と一緒に話して遊びに行く。
「またね、平中くん!」
「あぁ、またな」
花崎が先に教室からいなくなった。
俺はまた感情の整理ができていない状態で学校に着いた。朝早かった。
「おい」
後ろから声をかけられた。声の方向を向くと、あの花崎が好きな先輩がいた。
「俺ですか」
「お前しかいないだろう」
先輩は俺の近くに寄ってきた。
「お前、菜由華ちゃんと仲が良いんだな」
「……ただのクラスメイトですよ」
「そうか」
そう言うと、先輩は俺の胸ぐらを掴んできた。
「なら、菜由華ちゃんの前から消えろ」
そう放たれた。
「お前がいるせいで迷惑なんだよ。ずっと菜由華ちゃんの前に居てさ」
先輩は俺に強い口調で言いつけた。
「菜由華ちゃんは俺のものなんだ。お前みたいな奴に盗られたくない。お前は邪魔なんだよ!」
俺は全ての力が抜けた。先輩から胸ぐらを話され、床に落ちた。膝から崩れ落ち、もう喋る力すらもなかった。
「消えろ。お前みたいなモブはいらないんだ」
先輩は続けてこう言った。
「お前、IT部に入ってプログラミングが出来てすごい、みたいに思ってたろ。菜由華ちゃん言ってたぜ、正直プログラミング出来てもかっこいいと思わないって」
嘘だ。あいつは……
「プログラミングが出来る人ってかっこいいと思うんだよね。平中くんがやってたら自慢できちゃうかも」
こう言っていたはずだ。なのに……もう、気が変わったのか。それか、もしくは……
俺はそれから花崎を避けるようになった。もう俺は要らなくなった。花崎にとって、俺はもう用済み。だが、それでは俺がそうやって生きればいい。今まで、花崎が好きだった。だから生きていけた。だが、その花崎に捨てられた。そうなったら、俺は……俺は……
「平中くん?なんか表情暗いよ?」
いつもより鋭く、俺を削るように聞こえる。いつもはどこか励ましてくれるような花崎の声が。辛い。怖い。
「……」
俺は無言を貫き通す。
「平中くん?ねぇ、どうしたの?」
やめてくれ。これ以上、俺を消さないでくれ。
「……」
話せない。消えなければならないから。ただ、話せない理由はそれだけではなかった。
怖いのだ。今度こそ、俺の存在価値も、存在自体も消えてしまいそうで。花崎の記憶から、さらに消されてしまいそうで。
チャイムが鳴った。花崎は席に戻った。あの一瞬は、俺にとって永遠に続きそうな気がした。
授業が終わった。俺はすぐに立ち上がって、移動教室の準備をする。終わるとすぐに1人で移動。花崎とは、話せない。
放課後、花崎はまた話しかけに来た。
「どうしたの?なんかいつもと違うよ。おかしいって、今日の平中くん」
おかしい。おかしい。おかしい、か。ずっとその言葉が脳内で反響する。
「菜由華ちゃん!」
また先輩が来た。
「先輩……ごめんね、行ってくるね」
花崎は先輩のもとへ小走りで行った。俺の時より、楽しそうだった。
俺は花崎がギリギリ聞こえるか、というくらいの小声で、か弱い声で言った。
「たのしんで……さよなら」
「え?」
俺は帰った。花崎が怖い。花崎を見るのが、声を聞くのが辛い。そんな感情に押されて、家路についた。
平中くんが帰るときに何かを言ってから、その日から平中くんは学校に姿を見せなくなった。いつもの電車を見ても、いなかった。
そんな平中くんと反面、先輩が来る頻度は増えていった。でも、正直先輩は苦手だ。趣味を押し付けられるし、共感しないと圧をかけられる。もう、嫌だった。
「それでさ、今度映画見に行かない?菜由華ちゃんと二人で行きたいんだ」
困った。先輩に誘われてしまった。ただ、断ったら絶対圧をかけられる。そうなると、何をされるか分からない。こうなったら……
「来週は空いてないので、再来週に行きましょう?」
「あぁ。楽しみだなぁ、映画」
再来週までに、平中くんが来てくれることを信じる。来たら、平中くんが彼氏だ、と言って関係を解消させる。
1週間後、平中くんが1ヶ月ぶりに学校に来た。平中くんの身体はすっかり細くなり、前まであった男らしい、力のありそうな身体はなくなっていた。
「平中くん、久しぶり。どうしたの?病気?」
「……ちょっと、ね」
声も弱くなってしまった平中くんは、もう前の姿など見る影もなかった。
「ちょっとどころじゃないよ。細くなっちゃったし──」
すると、おもむろに平中くんは立ち上がった。そのまま窓の近くへ。少しフラついていた。
「ごめん」
そう言うと、平中くんは窓を開けた。風が中に勢いよく入ってきて、貼られていたプリントが音をたてる。そして、平中くんは窓のサッシに手をついた。
「平中くん?なにして──」
平中くんは窓から身を乗り出した。そこで私はようやく気付いた。平中くんが飛び降りようとしていることに。
「平中くん!」
私が手を伸ばしたときには、もう手の届かない場所に平中くんの身体はあった。
「菜由華ちゃん?どうしたんだい」
ドン、とグシャッ、が混じったような鈍い音が鳴る。教室中がパニックになる。
「いやああぁぁっ!」
私も気が動転した。何をすればいいのか分からなかった。
「落ち着いて、菜由華ちゃん」
先輩に肩を抱かれる。
「先生を呼んでこよう」
先輩は先輩を呼びに行った。私は無意識に教室から出て、1階へ駆け降りた。中履きのまま外へ出て、平中くんの元へ。
「平中くん!平中くん!」
反応がない。私は慌ててスマホを取り出し、救急車を呼ぼうとする。
「落ち着いて。救急車だったら先生が呼んだ」
先輩がいた。ただそれより平中くんだった。血が地面に流れ、意識がない。
「平中くん!平中くん……!」
もう、話せなくなっちゃったら、どうしよう。
「平中くん!やだよ!まだ話したいよ!」
もう一緒にいられなくなっちゃったら、どうしよう。
「まだ、一緒にいたいよ!」
このまま、死んじゃったら、死んじゃったら……
「死んじゃ、やだよ!」
泣きながら私は叫んだ。平中くんの手を握った。あの握り慣れた手。
腕に触れた。あの、私を守ってくれた腕。
もう一度、手を、両手で握る。
「……」
少し、息をしているような音がした。
「平中くん!お願い!まだ一緒にいたいよ!」
一瞬、私の手を握り返してくれた気がした。私は顔を平中くんの手に近づける。
「一緒にいたいよ……」
救急車のサイレンが聞こえる。
救急隊員が平中くんを担架で運ぶ。私も先生の許可をもらって同乗した。
救急隊員が平中くんの処置を行う。
私は平中くんとのことを、いっぱい思い出した。最初、新宿線で出会ったこと、池袋線で、具合を悪くしたときに寄り添ってくれたこと。そのあとは私を守ってくれたこと。ずっと私に優しくしてくれていた。
だから、私は好きになったんだ。平中くんのことを。
「平中くん、死なないでね……っ」
ただ祈ることしかできなかった。
平中くんの意識は2日後に戻ったが、全身に全治1年程度の重傷を負い、4か月間の入院、2か月の車イス生活を余儀なくされた。
そして何より今回のことで学校中に衝撃が走ったのは、私に毎回絡んできていた先輩が警察に逮捕されたこと。あの飛び降りた日の朝早く、自殺するように指示していたらしい。そのため、平中くんが搬送された翌日、自殺ほう助の疑いで逮捕された。学校はそんな状態でも警戒していなかったことを題視され、1か月の休校となった。
その間、私が何をしていたか。容易に想像できるだろう。毎日病院に通い、平中くんに会いに行った。
「平中くん、今日も会いに来ちゃった」
「花崎か。いつもありがとな」
平中くんは自分で車いすを動かすことができない。介護ベッドから乗り移ることは可能だが、動かすのは腕や足の骨折でできない。
「今日も外出る?外天気いいよ」
「そうだな、外の空気も吸いたいし」
私は平中くんと一緒に外に出た。
今の時期は紅葉がきれいで。暖かい。前にある木はもう色づき始めていた。こんな気候なら、言うのは今のうちかもしれない。私は覚悟を決めて、平中くんの前にかがんだ。
「平中くん、いい?」
平中くんはきょとんとした表情をした。もう今しかない。
「私ね、平中くんが好き。誰よりもずっと」
平中くんは私の顔を見つめた。
「先に言われちゃったか。負けちゃったな」
「え?それってどういう──」
平中くんは車イスから体重を前に倒し、私に顔を近づけた。そして──
チュッ
私と平中くんは唇を交わした。
「え、ちょっ、え!?」
「ん?なんだ、物足りないか。悪いな、今はこれくらいしかできない」
平中くんは恥ずかしがらずに、冷静に私を見た。平中くんは恥ずかしくないの?こんなことして。
「え?え?」
「仕返しだよ。花崎、俺に抱き着いたりしても恥ずかしがってたりしてなかったろ」
確かに。そんなに恥ずかしくなかった。
「それが俺に好意持ってないって思ったからさ。今し返した」
「うっ、ごめん……」
平中くんに謝った。
「別に、花崎が付き合ってくれるんだったらいいさ」
どうにか許してもらえたらしい。
「もうっ!」
「ははっ、悪かったって」
私と平中くんは病院の庭で、2人以外いないみたいに過ごしていた。付き合えてよかった。そう思えた。
またモミジがひらひらと空中を舞って落ちてくる。それが平中くんの頭に乗っかる。
「ふふっ」
「なんだ?花崎」
「ううん」
私は平中くんの顔の横に近づいた。
「モミジが頭のうえに乗っかってるからさ」
「あ、そういうことか」
まるで結婚してすぐの夫婦みたいだった。
平中くん──いや、魁くんが退院し、完全に治った時には、もう高校は卒業していた。
魁くんは高校卒業後、就職。IT企業に就職することになった。
一方、私は短期大学に進学。少しだけ大学に行ってから就職することにした。
ちなみに、高校生の時と変わったことといえば……
「ただいま、那由華」
魁くんが帰ってきた。
「おかえり、魁くん」
同棲を始めた。婚姻届こそ出していないものの、結婚前提で話は進んでいた。
「魁くん明日は休みだっけ?」
「ん、あぁ」
「じゃあさ、久しぶりにデート行かない?」
「いいよ」