ただの平日朝。
通学のため、俺は新百合ヶ丘へ。
最寄りは鶴見で、登戸から南武線。新百合ヶ丘からは7:03発各駅停車新宿行き10両編成。そんなに混んでないし、結構通学しやすい。登戸までは。
電車が出発すると、俺のすぐ横に綺麗でサラサラしてそうな髪をしている、ロングヘアの子が座った。ちっちゃい子だとたまに見るけど、俺と同じくらいになってロングヘアって珍しいな。
電車は百合ヶ丘、読売ランド前、生田と停車し、向ヶ丘遊園に到着。その子は向ヶ丘遊園で降りていった。なんか周りを見渡してたけど、なんだろう。向ヶ丘遊園で降りるってことは、最寄りかな?この後は通勤急行で登戸は通過するし、成城学園前、下北沢、代々木上原、新宿だったら新百合ヶ丘から通勤急行乗るし。それ以外も新百合ヶ丘7:07発通勤準急北綾瀬行きで行けるし。
あの子、かわいかったなぁ。また明日も会いたい。
7:12、向ヶ丘遊園を出発し、すぐに登戸に到着。7:13に到着し、この電車は向ヶ丘遊園7:15発通勤急行新宿行きを待ち合わせ、7:17に出発する。
俺は登戸でトイレ休憩をして、飲み物を買って南武線ホームへ。何もしなければ7:18発や7:20発の川崎行き、7:23発に至っては当駅始発だ。
ただ、俺は7:25発川崎行きにいつも乗る。学校は8:30までの登校だし、これだと鶴見に8:07。丁度いい。
7:25発川崎行きを待っていたのだが、俺の隣には……
「え?」
向ヶ丘遊園で降りたロングの子が。いわれてみれば、俺が乗ってきた1本後の通勤準急が登戸に着くのが7:18。乗れる。
「……どうも……」
「あの、転校生?」
俺と同じ学校の制服。絶対そうだ。見たことがない。
「うん……」
ロングの子は静かに返事した。
「間違ったよね、降りる駅」
「気付いてたの……?」
「まぁ、うん」
ロングの子は恥ずかしそうに俯いた。な、なんかごめん……
7:25発川崎行きがやって来た。この電車は稲城長沼始発で、立川発より空いている。若干だが。
ドア付近はもう混んでいる。中程までお進みください、と言われるが、進めない。
俺とロングの子はドア横のスペースに2人で入った。次々に乗ってきて、俺はどんどんロングの子の方へ詰めていく。
「あっ、ちょっ……」
「……っと」
俺はロングの子をつぶさないようにするために身体を腕で支えた。壁ドン、か。これが。
「……」
気まずい。まだ20分近くあるっていうのに。
「あ、えっと……」
「……」
何もしゃべらない。やっぱり少し怒ってるかな。知らない人が急に壁ドンしてんだから。
ロングの子は俯いたままで、電車は宿河原、久地、津田山と停車し、武蔵溝ノ口に到着。
武蔵溝ノ口からの4連続「武蔵」の駅は混雑が激しくなる区間。最後の武蔵中原~武蔵小杉間は最混雑区間で、そこを超えれば少しずつ空いてくる。
電車は武蔵溝ノ口を出発。車内はさっきまでと大差ない。
武蔵中原に到着すると、ホームにずらっと並んでいる人が見え始めた。朝6時台後半までは始発があるが、この時間は全て登戸以北から出てくる。それもあって、前の電車が積み残した客を後続電車が乗せ、それで積み残した客をさらに後続電車が……というように全列車が混む。
俺が乗っている電車も例外ではない。車内は武蔵中原までと比べてさらに窮屈になった。俺も少しロングの子に寄ってしまい、身体が密着し始めた。
武蔵小杉に到着すると、人の波で少し押されそうになったが、一瞬車内は空いた。だが、乗り換え客などで車内はまたぎゅうぎゅう詰めに。まだ混雑は続く。
川崎の1つ手前、尻手には7:53。尻手を発車する頃には少し余裕ができていた。
川崎には7:56。京浜東北線に乗り換えるが、北行は相変わらずの混雑。7:58発大宮行きは車内が見通せないくらい。
一方、俺たちが乗る8:04発磯子行きは立てる程度に空いていた。前の電車とは7分空いているが、ラッシュと逆方面で空いていた。
「さっきはごめん。押されちゃってさ」
「大丈夫。気にしてないから」
安心した。いや、実は気にしてたりするかな。
「……」
黙り込んでいる。やっぱり気まずいよな、さっきまであんなことしてたんだから。
鶴見駅で京浜東北線から降り、学校の前でロングの子と別れた。
教室に入り、いつも通り魔法の支度を始める。今日の1時間目が現代国語、2時間目が数学Ⅱ、3~4時間目が魔法実習、5~6時間目が魔法学だ。魔術高校ならではの教科が多い。
先生が入ってきて、先生はいつも通り話し始めた。
「──ってことだ。あと、今日から転校生いるから」
さりげなく言った。みんな反応までに時間がかかる。そうだよな、同じトーンで言われたらな。
「葉山美鈴さんだ」
そう言うと、葉山さんが入ってきた。なんか見たことあるな。あのロングの子。
「葉山美鈴です。お願いします」
「葉山さんの席は……あそこの席だ」
先生が指差したのは俺の隣。確かに今日初めて用意されてたけどさ。
「えっ……」
「あ……」
今日南武線の中でああなった子だ。
「知り合いか。じゃあ影山、1時間目と2時間目で学校の案内頼んだぞ」
「え、あ、はい」
知り合いではないんだけど。葉山さんもなんかこっちをチラチラ見てくるし。
帰りの部活はなく、早く帰れるかと思ったが、葉山さんからの、どんな授業をしているか、テストはいつか、などの質問に答えていたら17:45を回ってしまった。
「じゃあ、葉山さん、気をつけて」
「家、同じ方向だよね……?」
葉山さんが俺を呼び止めた。
「ん。そうだけど」
「じゃあ、一緒に帰っていい?」
葉山さんは小さい声で言った。人見知りなんだろうけど、よく頑張ったな。
「もちろん。行こう」
俺は学校を出て最寄りの鶴見駅に向かった。
鶴見が最寄りと聞くと、京急鶴見が近いと思われがちだが、それとは逆方向。
鶴見17:58発南浦和行きで川崎まで向かう。川崎までは5分で18:03に到着した。
川崎からは18:12発快速稲城長沼行き。夕ラッシュ時の快速は結構便利。
「ん、もう座れないんだ」
「快速だしな」
俺たちは反対側のドアの前まで行った。この時間は朝ほど混まないはずだし。
18:12発快速稲城長沼行きは18:03着の各駅停車の折り返しになる。先に18:05発各駅停車が出発するが、武蔵溝ノ口で追い越す。さらに、この快速は終点稲城長沼で2本前を走る各駅停車立川行きに接続するため、川崎から稲城長沼までだけでなく、立川まで先着の電車になる。
「これ、押しボタンついてないんだ」
葉山さんがドアの横を見て言った。
「電車好き?」
「うん。1編成だけ中央線からの転属なんだよね」
中々知ってるな。
「前はどこに住んでたの?」
「逗子」
やっぱり駅名で言うよな。電車好きあるあるだ。
「こっちどう?」
「電車混んでてビックリした。あんなに密着するなんて……」
葉山さんが苦笑いで言った。
18:12、電車は時間通り出発した。そこまで窮屈に感じなかったが、武蔵小杉から混んでくる。
途中鹿島田に停車し、武蔵小杉に到着。横須賀線、湘南新宿ラインから乗り換え客が多く、少し窮屈になった。朝ほどじゃないが。
「混んできた……恥ずかしい……」
葉山さんは顔を真っ赤にした。そんなに恥ずかしいか。まぁ横須賀線や京急逗子線はそこまで混まないしな。少しはなるか。
登戸には18:35。次は小田急線に乗り換えるが、少し余裕がない。俺は葉山さんと少し急いで小田急線ホームへ。
18:40発各駅停車本厚木行きに乗る。この電車は登戸で18:38発快速急行小田原行きを待っていた。このあと俺たちが降りる新百合ヶ丘まで先着する。新百合ヶ丘で急行小田原行き、快速急行藤沢行きを待避する。
「ふぅ……」
葉山さんは疲れ果てた様子で座席に座った。各駅停車はガラガラなことが多い。
「お疲れ様」
葉山さんは静かに頷いた。
向ヶ丘遊園、生田、読売ランド前、百合ヶ丘に停車し、新百合ヶ丘には18:50。新百合ヶ丘からはしばらく同じ方向へ歩き、途中で別れた。
「おかえり、柊」
「ただいま」
母さんに出迎えられ、俺は荷物を置いてテーブルについた。
「なに、なんか嬉しそうね」
「いや、さっきまで一緒だった転校生がかわいかったから」
「あら、青春ね?」
母さんは青春時代の話をし始めた。これは多分終わらないパターンだ。間違いない。そう察して、俺はこっそり部屋に戻った。
俺は去年、愛する彼女を失った。突然の出来事で、俺のすぐ隣で通り魔に刺され、亡くなった。胸から血を流し、最後に言った言葉はこれだった。
『大好きだよ』
最後の最後まで愛してくれた。最後の最後まで愛した。そんな彼女が残した最後の言葉だった。
一言を残し、彼女は息を引き取った。俺の身体には彼女の血が多く付いていたが、それを見ると俺はその場で泣き出した。
彼女は「茅野梨津(かやのりつ)」と言って、あまり人と話すのが得意じゃない人だった。
俺と梨津が出会ったのは中学1年生のとき。クラスでペアを組むとき、余ったから組まされた。そんな感じで、当時は縁なんて何もなかった。
それでも、次第に仲良くなっていき、2年生の時に告白、そして受検が終わったら彼氏彼女の関係になる、という条件で付き合った。
受検が終わり、俺と梨津は別の高校へ。が、1ヶ月の内3/4は会っていた。とにかく好きで、両思いだった。
梨津は綺麗な人だった。何をしてもかわいかった。
それなのに、高校1年生の夏、7月30日午後4時37分、梨津は通り魔に襲われて生涯を終えた。
あまりにも残酷だった。
病気で亡くなったとかだったらまだ納得できた。ただ、刺されて亡くなった。納得できない。
梨津は最後まで笑顔だった。刺されたあとも、笑顔だった。その笑顔は、今でも覚えている。落ち着いた笑顔で、天使のようだった。それでも、もういない。
梨津が刺されたときに俺は色んな思い出がよみがえってきた。
今まで行った場所、遊園地、海、ショッピング……
ただ、もう楽しめない。梨津がいない遊園地、梨津がいない海、梨津がいないショッピング。楽しくなんかない。梨津がいたから楽しめた。ただ、もう楽しめない。梨津と乗ったジェットコースター、お互い水着を見せ合った海、梨津の服や2人で食事したショッピング。だが、もうそんなことはできない。
もう俺は1人だ。梨津がいたから生きていけた。梨津が俺のもう1つの心臓だった。梨津がいなくなり、俺からは何かぽっかりと空いた。
火葬のときには、俺は大泣きした。梨津の家族と一緒に、大泣きした。
火葬の直前、梨津の顔を見れた。笑ってた気がした。
最後まで笑ってる。梨津らしかった。
8月2日午前10時、火葬。
もうこの世に茅野梨津、俺の彼女はいない。
俺はしばらく学校に行けなかった。行く気になれなかった。彼女がいない、どこを歩いても彼女がいない。学校で嫌なことがあっても、もう相談できない。
梨津を俺は守ってやれなかった。通り魔から梨津を守れなかった。魔法はそのために使うんじゃないのか。大切な人を守り、救い。それが魔法じゃないのか。
それなのに、俺は使わなかった。目の前で亡くなった。申し訳ない。俺の判断が悪かった。ごめん。
俺は1ヶ月の間、学校に行けなかった。気持ちが整理できなくなっていた。
葉山美鈴。その子は魔法の実力があった。
今まで俺と対等にできるやつはいなかった。梨津がいなくなった後、もう遅いと思いながらも俺は強くなりたかった。
それで、対等にできなくなった。結局、俺は1人。中学1年と変わらない。そこに来たのが葉山さんだった。
葉山さんとは最近一緒に帰っている。葉山さんも嫌じゃないらしい。
1人じゃない。そう思いたかったが、葉山さんは彼女じゃない。友達なくらいだ。
彼女を作るにしても、怖かった。またすぐに亡くなってしまうのではないか。守れないんじゃないか。
怖くて、もう彼女は作れない。実際、また殺してしまう気がする。
梨津が生きていたときは楽しかった。嬉しかった。ずっと笑ってた。だが、今は作り笑顔。そんなに楽しくもないし、嬉しくもない。葉山さんがいても、梨津とは違う。あいつとは同じじゃない。
「影山くん、行くよ?」
「あ、悪い。先行っててくれ」
葉山さんを見るとどうしても梨津を思い出してしまう。なぜだろう、今日は尚更そんな気がする。いつもは少し思い出すくらいなのに。今日はすごく思い出してしまう。
俺は気付いたら歩道橋の上に来ていた。ここから梨津が刺された場所がよく見える。あそこで刺されてた。あそこで血を流した。あそこで梨津は亡くなった。そう思うと、梨津が恋しくなってきた。
(梨津……)
俺は歩道橋の欄干に手をついた。鉄の冷たい感覚が俺を襲う。
(梨津、いるのか)
俺は欄干をよじ登り、欄干の上に立った。あまり恐怖はない。これで梨津のところに行けるのなら、それでいい。そう思った。
(梨津、待ってろよ)
俺は小さく1歩前に出た。足の半分が欄干からはみ出ている。
俺の身体が後ろに引かれた。後ろ向きに倒れ、俺は我に返った。
「影山くん、何してるの」
俺を覗き込む人。
「梨津……?」
梨津がそこにいる。梨津が俺を覗き込んでいる。俺は手を伸ばそうとしたが、すぐに幻覚に気付いた。俺を覗き込んでいたのは葉山さんだった。梨津じゃない。
「りつ?」
葉山さんが首を傾げる。
「あ、ごめん……」
葉山さんは俺を起こし、歩道橋から降りる。
「何してたの。欄干に立って」
何をしてたんだろう。今考えるとよく分からない。
「よく、分かんないや」
「しかも、さっきのりつって?」
梨津に見えた、なんて言っても分からないだろう。
「なんでもないよ」
「うそ。なんかあるでしょ」
勘づかれてたのか。
「まぁ、ちょっとね。昔のことだよ」
昔ってほどでもなかったが、これ以上俺の話に巻き込みたくなかった。
「元カノとか?」
葉山さんが真剣な眼差しで見てくる。分かってたのか。なら早く言ってくれればよかったのに。
「元カノが亡くなったところがそこでね」
「ごめん。クラスメイトから聞いちゃったの」
「いいよ、別に。知られても大したことない」
俺は葉山さんと駅に入った。さっきのことのせいで随分遅くなってしまった。いつも7:03発なのに、もう7:20だ。混んでいるが、遅刻するよりマシだと思い、7:21発快速急行新宿行きに乗車。車内はぎゅうぎゅう詰めとまではいかなくとも、圧迫感はある。
「影山くん、彼女さん亡くなったのって、原因は?」
葉山さんが俺に手をついて聞く。
「通り魔だよ。去年事件あったろ?」
葉山さんは思い出したようだった。
「茅野梨津……」
「それが俺の彼女。ごめんね、暗い話になって」
俺は体勢を直した。葉山さんは俺にくっついたまま黙っていた。
登戸からは7:36発各駅停車川崎行き。立川始発で、登戸からもうかなりの混雑。ただこれでも遅刻ギリギリ。
「葉山さん、俺にくっついてて」
葉山さんは俺の手を握る。そのまま電車に乗り、車内に入る。葉山さんの手を引き、乗客の間を縫って進んでいく。
「うぅ……」
「大丈夫か?まだ長いぞ」
葉山さんは苦しそうで、俺にくっついていた。後ろから圧迫されて、少し葉山さんの胸の感触が伝わってくる。暑い。2つの意味で。
電車が武蔵溝ノ口に到着すると、アナウンスが入った。
「前を走ります電車が故障したため、この電車一旦運転を見合わせます」
前を走る電車っていうと、登戸を7:33に出発した登戸始発の各駅停車川崎行き。今は武蔵新城とかにいるかな。
「武蔵新城って、待避設備ないよね?」
「あぁ。中原まで回送かな。救援で運転見合わせかな」
7:48、運転見合わせから4分。運転再開見込みが8:40頃になり、俺たちは電車から降り、改札から出た。
「どうしようか」
「溝の口って近いんじゃない?」
葉山さんが言った。電車に詳しい人がいると助かる。確かに2分歩けば着ける。俺も電車に詳しいんだけどな。
「じゃあ、行こうか。俺のこと好きだったら手繋いでいいよ」
俺は冗談で言った。なんか緊張感あったし、少しでも緩和させるために。
「ん」
葉山さんは俺と恋人つなぎをした。まて、手繋いでるぞ。好きってことか?
「待って、好きなの?」
「ん」
返事をする。やっぱりか。
俺は冗談で言ったつもりのことがなぜかいい方向に進んでいき、戸惑っていた。
溝の口7:51発大井町線直通急行大井町行きで大井町へ行き、大井町から京浜東北線で鶴見へ向かう。振替輸送を使い、南武線の遅延証明書も発行し、学校に遅れることは大丈夫だ。
7:52、1分遅れて溝の口を出発。溝の口からは田園都市線からの乗り換え客で混雑していて、次の二子玉川からも混雑。6両という短さもあって車内はすし詰め状態。葉山さんも潰れそうなくらい俺に密着している。
「はうぅ……こんなに混んでるの……?」
「南武線から品川方面に抜ける最速が多分これだからな。混むだろ」
南武線が止まると混む路線は多い。南武線がいかに便利か分かる。
二子玉川は混雑で2分遅れて出発。次の自由が丘で客の入れ替えが起こる。東横線への乗り換え客だ。渋谷方面はここで乗り換えだが、今日の南武線からの客は大井町で京浜東北線に乗り換えると最速になる。それもあってまだ混んでいる。
大岡山には4分遅れて8:07に到着。大岡山では目黒線と対面乗り換え。ここでまたどっと乗ってくる。また葉山さんはつぶされ、南武線と同じ状況に。2つの意味で暑い。
大井町には4分遅れて8:18に到着。8:23発が蒲田行きのせいで、8:25まで待った。葉山さんは俺の肩を借りて歩いている。もう限界か。
「おつかれさま、葉山さん」
「うん……」
葉山さんは溝の口で告白したのも忘れているかもしれない。だってこんなんだから。
8:36、登校時刻から6分過ぎて鶴見に到着。俺たちは焦らず、学校まで歩き、8:40、学校に着き、遅延証明書を見せ、1時間目から授業を受けた。
梨津、俺には新しい彼女ができそうだ。応援してくれよ。
……
……
うん、もちろん。幸せにしてね、私とは違って
☆
☆
「ん?」
「どうかした?」
「いや、なんでもない……」
声が聞こえた気がしたんだが、気のせいか……?
生き方が変わった。
葉山さんと会ってから生き方が変わった気がした。告白のあと、俺は引っ越すことになり、千葉の木更津に引っ越した。
学校は館山の魔法高校。鶴見の頃と同じように暮らせると思っていた。
が、現実は非情だった。
違う学校からもうすぐ大学受験を控える高校だからか、誰とも仲良くなれない上に、周りからなぜか嫌われている。誰も近寄ってこようとしないし、魔法実習の時は陰口を言われた。
ある日、下駄箱に「なんで来たの?キモい」と書かれた手紙が入っていた。多少メンタル強くてよかった。
唯一の救いと言えば、電車が好きなのもあって千葉の電車に乗れることだ。部活もないし、いつも館山17:55発木更津行きで帰る。行きは木更津6:47発館山行き。209系です運転されていて珍しい運用だ。
館山の高校に転校してから、俺はどんどん廃れていった。鶴見にいたときより、学校がしんどい。
「柊、最近大丈夫?」
「……」
話す気力すらなかった。
「鶴見の学校、戻ってもいいわよ?」
「できれば、戻りたい」
母さんは笑って言った。
「いいわよ。明日から戻りなさい。定期はもう用意してあるわ」
「え?」
「柊、最近暗かったから。父さんが提案したの。ごめんなさい、辛かったわね」
母さんや父さんには気付かれてたか。やっぱり、家族っていいな。
翌日早朝、俺は元気よく家を飛び出した。遠距離通学なのもあって、朝は早い。
木更津6:10発総武快速線、横須賀線直通、快速逗子行きに乗り、蘇我で乗りかえる。
蘇我に6:40に到着。1番線に到着し、向かい側の2番線に来る6:42発、外房線からの京葉線快速東京行きに乗りかえる。逗子行きでも東京まで、というか乗りかえなしで武蔵小杉まで行けるが、到着が遅い。あと、鶴見の時と同じ京浜東北線に乗れば葉山さんに会えるかもしれない。
6:42、時刻通り快速東京行きは出発した。途中海浜幕張までの各駅と、南船橋、新浦安、舞浜、新木場、八丁堀、東京に停車する。途中新浦安で、前を走る各駅停車東京行きに連絡し、東京まで先着する。
東京には7:25。東京駅京葉線ホームは離れたところにあるため、特例を使う。山手線、京浜東北線の品川方面に向かう場合に限り、有楽町まで歩いて乗りかえられる特例だ。長い乗り換えをしなくても、有楽町で乗りかえられる。
東京駅地下丸ノ内口改札から有楽町駅京橋口まで歩く。東京国際フォーラムを通り、有楽町駅まで5分程度。東京駅で乗りかえると、10分後、東京7:36発各駅停車大船行きまで余裕ない乗り換えだが、有楽町の場合、東京7:33発、有楽町7:35発の蒲田行きに乗れる。今回は乗りかえに余裕を持たせるために有楽町乗りかえにした。7:38発、各駅停車大船行きは川崎を8:04に出発する。いつも乗っていた電車だ。
8:04、川崎に到着すると、案の定葉山さんが長いロングの髪を靡かせて入ってきた。あぁ、かわいい。
「葉山さん、おはよう」
「おはよう。……影山くん!?」
葉山さんは驚いたように俺を見た。
「どうして?」
「耐えれなくて、館山の学校に」
葉山さんは状況を少しずつ整理し始め、やがて納得した。
「じゃあ、今日からまた一緒?」
「家は木更津だけどね。川崎からは一緒だね」
葉山さんは俺の腕にしがみつき、うれしそうにした。
鶴見の高校に着くと、みんなが俺を取り囲んだ。
「先生から聞いたよ!おかえり!柊!」
昇降口前で胴上げされた。先生たちも止めずに、笑ってみていた。やっぱり、高校生活はこうでないと。
葉山さんと一緒に帰り、俺は学校を出た。
「ごめん!影山!」
クラスメイトの幡野大也だ。
「幡野?どうしたんだ」
「それがさ、白雪が魔法を見てほしいって言ってて……見てくれるか?」
魔法を俺に見て貰いたいのか。幡野と白雪のところに行こうとしたが、葉山さんの視線もあり、少し躊躇った。
「あ、葉山さんも来ていいからね」
そう言うと、葉山さんは俺についてきた。
白雪はもう準備万端の状態で俺を待っていた。
「いいよ。やってみて」
魔法演習場の的を撃ち抜く。少しの力じゃ倒れない的だが、簡単に倒れる。ただ、少し躊躇いが入るあたり、怖いんだろう。
「じゃあ……」
俺は自分の魔法で魔力でできたナイフを出し、俺の手首を切った。
「ちょっ!」
「えっ」
女子2人が驚く。幡野はどういうことをやろうとしているのか分かっているのだろう。驚いていなかった。
「白雪、これを治せ」
「え、え?」
「治せなかったら、俺病院だな」
そう言うと、白雪は治癒魔法を使い、俺の手首に手を当てる。
数秒後に離すと、俺の傷は跡形もなく消えていた。やっぱりそうだ。
「白雪、多分回復にしたほうがいいんじゃないか?」
「私、攻撃向いてないかな……」
白雪が言った。
「そうじゃない。白雪は元の足の速さも速い。それに、回復スキルはかなりある。攻撃も並大抵以上はできてるし、その上でだ」
白雪は少し悩んだ後、顔を上げた。
「わかった。回復にしてみる」
「だったら、攻撃担当の誰かとペアを組んだ方がいい」
白雪は俺たち3人を見渡す。
「葉山さん、いい?」
「うん。いいよ」
まぁ俺も幡野とはペアっぽい感じだったし、丁度いいか。
「じゃあ、今日は終わりだな。帰るぞ」
大也が言って、俺たちは解散した。
帰りは葉山さんが「離れたくない」とだだをこねて、仕方なく武蔵小杉までは一緒に帰った。幡野は鶴見で、白雪は川崎で分かれた。
武蔵小杉からは18:34発外房線直通、快速上総一ノ宮行きに乗り、蘇我まで。蘇我には19:49に到着し、京葉線からの19:53発通勤快速君津行きで木更津まで帰った。といっても、通勤快速は京葉線内だけで、内房線は各駅に停車する。
20:24、木更津に到着した。外は暗く、こんな時間に帰ってくることになって、少し罪悪感がある。
翌日、なぜか梨津の夢を見て目が覚めた。なんか、梨津が俺を起こした気がして。
急かされるようにして、俺は少し、いや早く出て木更津まで歩いた。木更津は6:10発でいいんだが、今日は5:49発普通千葉行き。6:28に千葉に到着し、6:32発横須賀線直通、快速逗子行きで品川まで。千葉始発で座れたが、朝の夢が気になった。
梨津を思い出すようなことはしてないはず。なのに、今日急に思い出した。しかも、不思議な夢。まだ鮮明に覚えている。
梨津が俺を遠くから呼ぶ。身体が軽く、飛べそうだった。
梨津は俺を手招きで呼び、俺はそれにつられて梨津に寄る。梨津の手を握ると、かすかに温かかった。あの、納棺された時に触った梨津とは全く違う。
「梨津、どうしたの?」
梨津は声に出さず、俺の後ろを指さした。
「後ろ?」
俺は後ろを振り向く。何もない、虚無の空間だった。
「何もないじゃん──」
梨津はいなかった。そこに、梨津はもういなかった。その瞬間、俺は梨津の声が聞こえた。
《がんばれ!柊くん》
それで目が覚めた。一体何だったのか、よく分からない。
電車は稲毛を出発。この先、総武快速線内は津田沼、船橋、市川、新小岩、錦糸町、馬喰町、新日本橋、東京に停車する。
東京には7:10に到着。品川まではあと2駅。
品川7:20。ここで京浜東北線に乗りかえ、葉山さんに合流する。品川では30分時間があったため、少し休んでいた。何も考えていなかったが、梨津のことだけは頭の中に残った。
【梨津の存在】
ずっと刺されて意識を失っていた梨津が亡くなったと聞いて、俺は家を飛び出した。休日だったし、予定もなかった。
真夏の灼熱の暑さの中、俺は葬儀場に走った。
俺が着いた頃には、梨津の家族、親戚が集まっていた。俺も親族控え室に上がり、家族と話した。
「柊くん……」
「こんにちは。……梨津、亡くなってしまったんですね……」
お母さんとは仲がよかった。だが、今はそんなことも言えない。梨津が亡くなったのだから。
「梨津の顔見てあげて。待ってるわ……」
俺は梨津の顔にかかっている白い布を退かし、梨津の顔を見た。
「梨津……っ!」
涙がこみ上げた。もう梨津が息をしていないと知って。
あの時が、最後の会話だったと知って。
それは通り魔に襲われる少し前。近くのカフェから出て、帰り道についたときだった。
「ねぇ、次のデートはどこ行こっか」
「そうだなぁ……また、初デートのところ行ってみようか?」
初デートの場所はドームシティ。お化け屋敷に一緒に入って、それが俺と梨津の初デートで、手をつないだ。最初から恋人つなぎだった。
それからまもなくして、梨津の血が俺にかかり、梨津はこんな状態になっている。
「……デート行こうって、言ったじゃないか……」
そう言って、俺は白い布をかけた。まだ若いのに。まだ楽しめたのに。もう俺と同じところにいない。
葬祭場に俺は家族と一緒に親族として行った。梨津は先に葬祭場に入り、待っている。
梨津と会える最後になり、俺は梨津の横に立った。棺桶の扉を開け、梨津の顔を見た。笑顔に見えた。
「梨津、元気にしててな」
しばらくして、梨津は火葬された。外に出され、俺は泣いた。前の椅子に倒れ込み、もう立てないくらいに泣いた。俺の肩を梨津のお母さんが叩いてくれる。だが、梨津がいないことを知って、俺は平然としていられなかった。
【美鈴の存在】
梨津がいなくなって、俺には美鈴ができた。ただ、美鈴と付き合って、不幸にさせないかが心配だった。だから、俺はずっと正式に付き合わないままだった。
木更津からの通学は最初こそ疲れたが、もう慣れて疲れない。
鶴見に着いてから、俺は違和感に気付いた。美鈴がいないのだ。放課後になっても、美鈴の欠席は誰も分からなかった。ご両親も捜索願を出し、警察直属の高校のため、任意で捜索を手伝うことになった。
俺1人でやっていた。他のクラスメイトはそそくさと帰り、捜索はしなかった。
ただ、1人では鶴見駅近辺の捜索だけがやっとだった。もちろん見つかるわけもなく、諦めかけていた。
「おい、柊」
俺が振り向くと、幡野がいた。
「幡野?」
「荷物だけ置いてきたんだ。ほら、探すぞ。な」
幡野はクラスメイト全員を呼んでいた。クラスメイト全員で「おう!」と声を合わせ、捜索が始まった。
「影山は何時まで探せるんだ」
幡野が聞く。
「22:52発の京浜東北線に乗らないと帰れないから、それまでかな」
幡野は俺の肩に手を乗せ、優しい声で言った。
「影山、心配なのは分かるが、そんな夜遅くまで探さなくてもいい。お前が壊れたら探せないだろ」
俺は幡野の言葉にハッとした。
そうだ。無理してやったらどうなるか、館山で学んだはずだ。自分の身体も考えないといけなかった。
「お前は家が遠いんだ。俺たちは比較的近いんだから、任せろって」
幡野は俺の肩に手を当てて言った。
「……そうだな。じゃあ、8時には帰るよ」
俺は8時を目安に葉山さんを捜索した。
結局、葉山さんは見つからなかった。明日が休日なこともあって、俺は明日続きをすることにした。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「あぁ。絶対見つけるから」
俺は手を振って近くの駅に歩いていった。もう近くの駅は鶴見じゃなかった。最寄り駅は京急の子安で、かなりあるいたことが分かる。
次の電車は20:05発普通品川行き。京急鶴見でエアポート急行に接続するため、そこでエアポート急行に乗り換え、たった1駅だが、乗り換えが楽なように、京急川崎で特急に乗り換える。20:11に京急鶴見に着き、20:13発エアポート急行羽田空港行きに乗り換えた。京急川崎に20:16、京急川崎20:19発特急青砥行きで品川まで向かう。これが最速だ。
品川には20:32。ここから横須賀線・総武快速線で木更津まで帰る。20:42発快速千葉行きで千葉へ。木更津まで1本で行く電車もあったが、それは品川21:27発君津行き。流石に遅すぎた。
21:28、千葉に到着した。ここから21:37発内房線木更津行きに乗る。この木更津行きは、少し特徴のある電車。19:11に東京を出発した京葉線が、君津で折り返し千葉行きになり、その折り返しで今乗る木更津行きになっている。京葉線の車両で運転されていて、結構珍しい。
21:37発木更津行きは特に接続もなく木更津まで先着する。木更津には22:16。12分後に、京葉線からの快速君津行きがあるが、蘇我でも乗り換えられて、この電車の後ろを追ってきた電車。それもあって、木更津の接続はない。
家に着いた後、俺は明日の計画を練り始めた。とにかく、葉山さんを見つけないといけない。そう思って必死だった。
翌朝、俺は誰よりも早く起きて、連絡バスの切符も取った。木更津5:00発、羽田空港第3ターミナル行きの連絡バス。鶴見に行く場合、アクアラインを経由していくこのバスが最も速い。
羽田空港第1ターミナルには5:42。第1ターミナルで降りた理由は、京急に乗るためだ。羽田空港第1・第2ターミナル5:54発エアポート急行泉岳寺行きで京急蒲田へ。京急蒲田からJR蒲田まで歩き、JR蒲田から6:20発各駅停車大船行きで鶴見に向かう。
鶴見には6:27。電車で来ると最速でも7:13。それほど早く着けた。
高校の前には、昨日よりも多くのクラスメイトがいた。白雪もいて、みんな俺のことを待っていた。
「影山、どうするんだ」
「今日は防犯カメラの映像を警察と協力して探していきたい。緊張する人は、この付近の路地裏などを探してほしい」
そう言うと、みんな「はい!」と言って各々行動に移った。
俺は白雪と幡野と一緒に付近の警察と協力して防犯カメラの映像を見た。
「この人」
俺が映像を止めた。ロングヘアで、制服を着た女の人。後ろ姿だけだが、そんな気がした。
「確かに、似てますね……」
「前だったら、この映像が」
別の防犯カメラの映像を見る。正面が写っていて、やはり葉山さんだった。
「この男は……」
警察の2人が書類を出した。
「過去に誘拐の前科があり、今は執行猶予期間中ですね」
前科持ちだったか。俺は警察と一緒に外に出て、男の足取りを調べた。
「じゃあ、僕たちは電車に乗って追います」
「分かりました」
俺は3人で横浜駅に向かった。
「誘拐ってことでいいんだよな」
幡野がそう言った。
「そういうことだな」
「みーちゃん……」
「みーちゃん?」
聞いたことのない名前で聞き返した。白雪は頷いて、俺に笑顔を見せた。
「うん。美鈴ちゃんのあだ名」
「お前も『なーちゃん』って呼ばれてるよな」
あだ名同士で呼び合ってるのか。いいな。
「影山くんはなんかあだ名とかないの?」
「そうだね。何もない」
幡野は少し笑って俺を見た。何か言う気だ。しかも良くないこと。
「俺が考えてやろうか」
「遠慮しようかな」
俺は食い気味で言った。幡野は「なんでだよ!」と言っていたが、まぁ、幡野にはつけてもらいたくない。
品川まで来てしまった俺たちは、沿線を探すために京浜東北線に乗ろうとしていた。横須賀線から京浜東北線は京急のホームに向かう感じになる。
途中で何人もの人にすれ違うほど品川は人が多い。
その時、つい最近見た男が俺の横を通り過ぎた。
「ん、あれ……」
「どうかした?」
「影山、あの男」
幡野は気付いたか。
「あの男だな」
「ちょっと行こうか」
俺と幡野、白雪はさっきの男の後ろを付けていった。
「あの、葉山美鈴さんの件で」
幡野がそう言うと、逆方向に走り出した。やっぱりあの男だ。俺は警察と連絡を取った。
「品川駅で誘拐犯に遭遇しました。犯人は京急線ホームに逃走です。恐らく横浜に向かうと思われます」
《分かりました。横浜に応援を要請します》
俺たちは犯人を追う。しかし、発車直前だった10:10発特急三崎口行きに乗られ、逃げられてしまった。
「くっそ……」
「後続じゃ間に合わないよ?」
俺は2人を引っ張って来た道を引き返した。このまま行けば、10:14発の東海道線があるはず。京急に対抗するならこれしかない。
「影山?そっちはJRだぞ?」
「相手は特急だから」
白雪は続けて言った。
「東海道線は普通電車でしょ?」
「停車駅は京急特急が6駅なのに対して、東海道線普通は2駅だ。一か八かだが、やってみよう」
俺たちは来た10:14発熱海行きに乗った。俺は時刻表からどっちが先に横浜に着くか調べた。白雪と幡野も見ている。
「この電車は時間通りだと10:32に横浜に着く。京急は……」
俺は品川10:10発特急三崎口行きを調べる。すると、横浜到着は
「10:33!」
1分早く東海道線が到着する。特急は1つ前の神奈川新町を10:31に出発。恐らく10:33ほぼジャストに着く。こっちの東海道線は横浜で2分の停車。待ち合わせもないし、多分10:32の33分寄りに到着する。これだったら、間に合うかもしれない。
「じゃあ、あとは横浜で取り押さえられれば!」
「そうなるな。あと少し、頑張ろう」
3人でハイタッチした。
東海道線は時刻通り、10:32に到着。俺たちは急いで京急線ホームへ。
特急が10:33、後追いですぐに到着する音が聞こえた。どうか、乗っててくれ。
警察も俺たちの後ろを走ってくる。そして、ホームに上がった。
ホーム先端に階段があって、みんなこっちに来る。そして、あの男もいた。
「いたぞ」
警察が男を取り押さえる。俺も駆けつけて、男が抵抗しないように停止魔法で応戦する。
男はすぐに自供して、大船のビルに数人監禁している旨を話したそうだ。その日の夜、令状も取れて、俺たちは上大岡に急行した。
来ているのは警察10人、魔法科高校生3人。3人は俺と幡野、そして白雪だ。
「19時47分、突撃します!」
19時47分45秒、捜索が開始された。家の中には誘拐犯の仲間たちが複数人いて、侵入を拒んだ。俺たち3人が入って右側の部屋に行こうとすると、仲間たちが俺たちの前に立った。
「退いてくれないか。令状はある」
俺は押し退けてドアを開ける。すると、そこには手を後ろで縛られ、壁に背を向けて座っている少女たちがいた。数人には口にガムテープが貼られてて、さらに数人にはガムテープに加えて手首を切られていた。
「なんだ、これは」
「おい、答えろ」
幡野が胸ぐらを掴む。
「人質だよ」
「見れば分かる。この状態はなんだと聞いてるんだ」
俺は声を低く、太くして言った。
「さっさと答えろ」
「……うるさい奴は口を塞いだ。それでもダメな奴は手首を切った」
幡野は男全員を警察に引き渡した。
あとはこの少女たち。ぱっと見10人はいる。その中に、葉山さんも。手首を切られ、ガムテープが口に付けられている。心臓が締め付けられる。その姿に。
「解放しよう。このナイフを使ってロープを切れ」
渡したナイフは特殊な魔法加工がされたナイフ。普通にやっても切れないが、攻撃魔法を込めると切れる。
「もう大丈夫だからね」
俺は最初の少女に優しく言った。ロープを切り、ガムテープをなるべく痛くないように取る。
「あ、ありがとう……」
「ここで待っててね。外は危険だから」
俺は次の少女の分も同じことをした。
俺が4人終わらせると、白雪が俺を呼んだ。白雪の前には葉山さんがいた。
「みーちゃんのところ、やってあげて」
俺は静かに頷いて、葉山さんのところに行った。葉山さんの目は輝きを失い、元気のない目で俺を見る。もう感情も失ったようだった。胸が苦しくなったが、俺は声をかけてロープを切った。
「久しぶり、葉山さん」
そう言って、俺はガムテープを取った。葉山さんは口をパクパクさせたが、言葉は発さなかった。
「白雪、手首の傷お願いできるか」
「うん。分かった」
白雪が葉山さんの手首にあった傷を治す。葉山さんは手首を見ていたが、やはり前のような目ではない。
あいつらのせいで、葉山さんは心をなくした。もう感情もない。あいつらのせいで、葉山さんは心の傷を負った。あいつらのせいで。あいつらのせいで。
葉山さんは立ったままだった。悔しい。葉山さんをこんな目にさせてしまって。
「人質、解放終わったよ」
「あぁ、ありがとう……」
家宅捜索も終わり、俺たち4人は帰ることになった。葉山さんは俺の手を握ったまま、離さないし、話さない。
「葉山さん、お腹空いただろ?なんか食ってこうか」
俺がそう言うと、白雪と幡野が言った。
「あとはお二人さんで、どうぞ」
「みーちゃんをよろしくね」
2人は先に帰っていった。俺と葉山さんは、近くのコンビニで弁当を買って、大船駅前のベンチで2人で食べた。
「葉山さん、あのさ──」
葉山さんはもう食べ終わって、俺に抱きついた。そして、今まで塞ぎ込んでいた感情を爆発させた。
「怖かった。死ぬかと思った。自由じゃなかった。ごめん。ごめんなさい……」
葉山さんは泣いていた。俺は箸を置いて、葉山さんの背中をポンポンと叩いた。
「怖かったね。謝らなくていいよ。謝らないで」
葉山さんは声を出して泣いた。過呼吸になりながらも、葉山さんは泣いた。
母さんに「今日は遅くなって、葉山さんもしばらく泊まる」と連絡して、俺も葉山さんのお母さんに代理で連絡した。
〈すみません。葉山さんの彼氏の影山です。葉山さんは無事に救出しました。ただ、今日からしばらく私の方で預かります。精神面での関係です。明後日には帰せると思います。安心して下さい〉
俺は葉山さんと一緒に大船から電車に乗った。21時近いのと、葉山さんの疲労を鑑みて、木更津までグリーン車で帰ることにした。50km以上の料金で、葉山さんが「私も払う」と言って、1人分の料金を払った。大船~木更津のグリーン券をICカードに読み込ませ、電車に乗った。
20:45発の横須賀線・総武快速線から行く最後の内房線直通は終わっていたため、それに間に合わせるために20:47発東海道線普通、宇都宮線直通小金井行きで品川へ。横須賀線より東海道線の方が早く、品川には君津行きより8分早い21:19に到着した。葉山さんはまだ少し泣いていた。それもそうだ。ずっといつ死ぬか分からない恐怖の中でいたのだから。ガムテープを貼られて呼吸もし辛く、手首を切られて痛い中にいたのだ。その恐怖は計り知れない。
21:27発君津行き最終電車に乗り、木更津へ。
葉山さんは涙が少し残ったまま、俺の肩で眠った。涙を拭いてあげて、俺は葉山さんを寝かせた。
途中の東京に21:34に到着し、総武快速線に入る。電車は夜の暗い中を順調に走っていき、錦糸町には21:44、船橋22:00、津田沼22:04に出発し、22:15、千葉に到着。グリーン車はみるみるうちに空いていき、千葉出発時点で、俺と葉山さんが乗っていた平屋席には誰も乗っていなかった。リクライニングは品川の時点で空いていたため倒していた。それもあって、千葉まで快適に来れた。
千葉から内房線に入る。内房線はこのあと千葉から5本、蘇我から6本電車がある。ただ、君津より先に行く電車は俺たちが乗っている1本後、蘇我22:41発館山行きが最終。
葉山さんはまだ寝ている。単純計算でも、葉山さんは39時間寝ていない状態だし、大船で食べるまでは28時間食わずだったことになる。それだと腹も減るし、眠くなるだろう。
そういえば、飲み物を買っていないのではないだろうか。流石にかわいそうだと思い、少し申し訳ないと思いながらも蘇我の3分ある停車時間の内に飲み物を2本自販機で買っておいた。
22:22、先に京葉線からの外房線快速上総一ノ宮行きが出発。その後22:24、快速上総一ノ宮行きと、22:22発京葉線各駅停車東京行きに接続して出発した。木更津まではあと少し。葉山さんも体力戻ってるといいけど。
22:49、木更津の1つ前の袖ケ浦を出発。俺は葉山さんを起こした。
「葉山さん、着くよ」
「……ん……」
葉山さんはゆっくり目を開けた。目の輝きもある程度いつもと同じくらいに戻っていた。
「どこ……?」
「木更津」
「もう着いたんだ……」
俺と葉山さんは降りる準備を始めた。もう乗客はほとんどいない。23時近いからだろう。
22:55、木更津に到着。俺と葉山さんは電車から降り、迎えにいていた父さんの車に乗った。父さんは葉山さんに会うのが初めてで、少しだけ話していた。
23時過ぎくらいに家に着いた。葉山さんは家に着くと俺の近くに寄って、周りを少し警戒していた。
「大丈夫だよ。みんな優しいからね」
俺は葉山さんを安心させた。葉山さん自身も安心したのか少しずつ話してきた。
「今日から、しばらくお世話になります……」
「えぇ。ゆっくりしていってね」
母さんが言った。俺は葉山さんを自分の部屋に案内した。葉山さんは俺と手をつないでついてくる。
「ここが俺の部屋。葉山さんもここで寝るからね」
「一緒にねるよね?」
「うん」
葉山さんは少し笑った。嬉しかった。葉山さんに笑顔が戻ってきて。
風呂の時間がきて、俺は葉山さんに風呂の場所を伝えていた。
「じゃあ、先入っておいで」
「一緒に入る」
「流石に女子とは……」
「一緒に入るの。ダメ?」
葉山さんが目をうるうるさせてこっちを見る。うっ、そんな目で見られたら拒否できないじゃないか……
「分かったよ。一緒に入る」
葉山さんは笑ってくれた。
風呂の中ではなるべく葉山さんを見ないようにしていた。流石に普通に見ているのはダメだろうと思って。
「こっちみてよ……」
「恥ずかしくないのか?」
「影山くんだったら、いいもん……」
葉山さんは俺の顔を両手で触り、正面に向けた。
「あっ、ちょ……」
葉山さんの胸が見える。ただ、胸の下あたりに痣があった。
「その痣、昨日とかの?」
「うん……治せる?」
「やってみようか」
そんなに治癒魔法は得意じゃないんだが、葉山さんのためだ。一応やってみよう。
痣は無事なくなった。だが、葉山さんが俺の手を掴んで胸に当てる。
「は、葉山さん……?」
「柔らかい、かな」
葉山さんは俺に感想を求める。なんて答えたらいいんだ、これ。
「や、柔らかい、です」
「そっか。よかった」
葉山さんはそう言って立ち上がる。もう上がる時間だ。
俺の部屋に戻り、寝る時間になった。0時を過ぎていたが、明日も休みだし大丈夫だ。葉山さんは俺に抱きついて寝ていた。俺と少し話してたけど。
「影山くん、ありがとう」
「どうしたの、急に」
葉山さんはさっきまでより強く抱きしめた。
「助けてくれて。もう死んじゃうかと思った」
「あぁ。死なせる訳にはいかないからね。梨津の時みたいに」
俺は葉山さんに飲み物を渡す。
「お茶だけど、どうぞ」
「あ、ありがと」
葉山さんはすごい勢いで飲んだ。喉渇いてたんだろうな。
「影山くん、久しぶりに……」
チュッ
唇が触れ合った。そういえば、あの時以来してなかったか。
2人でまた横になり、抱き合った。シングルベットの上で2人で寝た。普通は狭いのに、今は狭さなんて感じなかった。
葉山さんは気持ちよさそうに寝た。葉山さんが気持ちよさそうに寝られて良かった。やっぱり、葉山さんはこうでないと。
いつの間にか葉山さんが1番大切な存在になっていて、俺は守らないといけない、という感情が葉山さんに対してあると実感した。
「……くん、影山くん」
葉山さんに呼ばれて起きた。
「ん……葉山さん……おはよう」
葉山さんは俺に抱きついたまま起きていた。葉山さんが俺のおでこに葉山さんのおでこを付けて挨拶だった。
「まだ6時か」
「休日にしては早かったかな」
「いや、大丈夫」
俺は葉山さんと一緒に起きた。昨日のことがあってから、葉山さんは俺に前より甘えるようになった。
「影山くん、おなかすいた……」
「朝ご飯食べようか。母さん起きてると思うし」
俺は葉山さんと一緒に1階に降りた。階段にいる時点でいい匂いが漂ってきた。これは……ハンバーグか?
葉山さんはハンバーグにつられて1階に降りていく。ハンバーグ好きなのかな。
「あ、美鈴ちゃん。朝ご飯できてるわよ」
「ありがとうございます」
葉山さんは椅子に座ってすぐにハンバーグを食べ始める。食べてる様子が小動物みたいでかわいい。ハムスターとかモルモットとかそのあたり。
「柊は今日どこ行くの?」
「今日は一ノ宮だね」
葉山さんが食べるのをとめてこっちを見る。
「どこか行くの?」
「魔法を使ったバイトだよ。近年、中学でも魔法教育を取り入れたいって動きがあって、部活に向けた披露みたいな感じ」
「これが柊の予定だ」
父さんが葉山さんに俺のタイムスケジュールを見せる。けっこう今日は入ってるんだよなぁ。
「9:00から一ノ宮、11:00から大原、14:00から袖ヶ浦……多くない?」
今日は多いんだよなぁ。
「いつもは1つだけ行って終わりだよ。今日は夏休み前なのもあってさ……」
夏休み前で学校から要望が多く来る。一応要望可能範囲を房総半島だけにしたんだが、それでも多い。
「一緒に行く」
「そうね。行ってあげて」
葉山さんが「よろしくね」と言う。勝手に決まったが、俺も葉山さんといたかったし結果オーライ。
7:25発京葉線直通、快速東京行きで蘇我まで行き、蘇我から8:00発外房線上総一ノ宮行きで上総一ノ宮へ向かう。
そのあとは10:10までにその中学校での披露を終え、10:32発外房線内房線直通、木更津行きで大原。
そのあと、12:00までに講演を終え、12:13発外房線上総一ノ宮行きで上総一ノ宮、12:39発外房線京葉線直通、快速東京行きで蘇我、13:26発内房線君津行きで袖ヶ浦。
15:10までに披露を終え、15:19発内房線木更津行きで木更津に帰ってくる。ずっと移動と披露だけで、昼飯は大原の講演で貰った弁当を大原で時間があった10分で食べた。正直物足りない。味わえてないし。
葉山さんはというと、全然疲れていない様子。袖ヶ浦の披露ではすることが分かったからか一緒に手伝ってくれた。
「明日は学校だよね」
「あぁ。6:10発に乗るから、5:10に起きる」
葉山さんは笑顔で頷いた。寝れる自信はあるのか。さすが葉山さんだ。
家に着くと、母さんが軽食を作ってくれていた。いつもなのだが、帰ってくると軽食を作ってくれている。ありがたい。
「今日はクッキーなんだ」
「そうよ。今日は余裕なかったでしょう?」
「休みはほぼ0だったね」
明日からまた学校だ。頑張らないと。
「明日から短縮日課なので、少しは楽ですね」
「そうなの?」
俺は葉山さんに聞き返した。
「明日から短縮日課じゃん。明明後日で終わりだもん」
もうそこまで来たか。早いもんだ。
「お母さん、あの話……」
「そうね。柊、ちょっと部屋行ってくれる?」
「あぁ。クッキー1つ貰ってくね」
俺はクッキー1つを持って部屋に行った。話ってなんかあるのかな。
今日の夜は俺が床で寝ることになった。葉山さんも疲れてるだろうし、俺は寝れないのが普通。
「じゃあ、おやすみ、葉山さん」
「おやすみ」
俺は電気を消した。今日は寝れるといいな、と思いながら。
案の定、3時過ぎに目を覚ました。なんか右手が動きづらくて。俺が右腕を見てみると、ベットから落ちてきた葉山さんがしがみついていた。寝れない理由はこれか……?
(なんだ……葉山さんか)
俺はまた寝ようとしたが、完璧に目が覚めてしまい、結局5時まで起きていた。睡眠時間3時間、記録更新。
朝、朝ご飯を持って俺と葉山さんは木更津駅へ。久留里線の初電はまだ出ていない。6:25発上総亀山行きが初電だが、まだ5:50。5:59に久留里線の木更津行き初電が来るが、まだ着いていない。
5:59着の久留里線から、6:01発特急さざなみ2号東京行きに乗り換えられる。ただ、無課金の電車は6:10発までない。それもあって、6:10発は多少混雑する。
「朝ご飯美味しいね」
「母さん、料理好きだからね」
葉山さんは朝ご飯を食べていた。俺も隣で食べていて、結構すぐに食べ終わった。そういう量に作ってくれてるんだろう。
6:10発総武快速線・横須賀線直通、快速逗子行きに乗っていつものルートへ。
蘇我からの電車は若干混んでいる。新浦安までで海浜幕張や南船橋を通り、新浦安から各駅停車の接続を受けて混む。ここから舞浜、新木場、八丁堀と停車し、東京に着く。葉山さんもこのくらいの混雑は慣れているらしく、俺にわざとくっついたままだった。
いつも通り鶴見に着き、俺は葉山さんと一緒に教室に向かった。
今日の葉山さんはなんか早めに出ていった。俺と一緒に帰ってたんだけどな……まさか、嫌われた……?
「柊、葉山は?」
「なんか先帰るって……」
幡野だった。幡野は俺の肩に手を置いて言った。
「嫌われたか?」
「そうかなぁ……」
もうウザがられたかな。絡みすぎたか?
「ま、明日になってみりゃ分かるだろ。じゃあな」
「それもそうか。じゃあな」
俺と幡野は正門の前で分かれた。葉山さん、どう思ってんだろう……
鶴見駅でずっと考えていたら、気付けばもう14時だった。少し遅くなったと思い、いい加減電車に乗った。
14:02発快速大宮行きで俺は東京まで乗った。快速だが、途中通過駅は新橋と有楽町のみ。かなり長く乗っていた。14:32に東京に着き、総武快速線に乗り換えた。14:41発当駅始発の快速上総一ノ宮行き。当駅始発ので座れた。昼間の総武快速線は成田線直通、内房線直通、千葉行きの3通りだが、千葉到着が昼間のパターンから外れるため、外房線直通だ。
にしても、ずっと葉山さんのことを気にしている。葉山さんに嫌われたら、俺の居場所はもうない。梨津と葉山さんがいなくなったら、もう俺は生きていけない。嫌われたくないが、嫌われたら仕方ないと思うしかない。その後の話なんて、あってないような事だからだ。
15:20、千葉に到着し、15:25に出発。蘇我には15:31に到着。15:32に到着する、内房線からの快速久里浜行きから乗り換えを待つ。俺は蘇我15:37発内房線上総湊行きで木更津へ。千葉始発だったが、東京から座れて長く座っていたかったから蘇我で乗り換えた。
16:09、木更津に到着。2時間以上かかっているが、遠く感じなかった。
俺は嫌われたかもしれないという不安になりながら家に帰った。
「ただいま」
「おかえり」
「あぁ」
俺は適当に返した。俺1人になったらどうするんだろう。生きていけるかな。
「影山くん、なに考えてるの?」
「1人になったらどうするかなーって」
「あり得ないじゃん」
そうとは言い切れないんだよ、今の状態だと。って……
「だって影山くんは私と一緒に居るもんね」
葉山さんがそこにいた。いつものサラサラなロングヘアに、少しフリフリのついた服。
「葉山さん?なんでここに」
「今日から同棲だからさ」
葉山さんは俺に抱きついた。今日から?同棲?
「あら、柊帰ってきてたのね」
母さんは何も驚かない。俺の頭の中で全ての辻褄があった。昨日の俺を除いた話。多分これのことだ。それに、葉山さんが早く帰った理由。これも俺を驚かせるためにやったことだろう。さすがだ。
「今日からもよろしくね、影山くん」
「よろしく、葉山さん」
嫌われてなかった。俺は1人にならなくて済んだ。やっぱり葉山さんがいないと俺はもうダメだ。
「ね、影山くん……ちょっと、2人になりたいな……」
葉山さんが俺の指をつつく。俯いていて、恥ずかしそう。
「いいよ」
俺と葉山さんは俺の部屋に行って2人きりになった。
「あのさ、カップルで、同棲も、してるでしょ?」
「そうだね」
「だから……下の名前で呼んでくれない、かな……」
葉山さんは俺の手をぎゅっと握る。
「柊くん……?」
上目遣いで、手を握られて、下の名前で呼ばれて。葉山さんがいつも以上にかわいく見えた。
「美鈴ちゃん!」
俺はハグしていた。もう俺の身体が抑えきれなかった。
「ひゃっ!柊くん……」
美鈴ちゃんは俺の背中に手を回して、俺を寄せる。かわいい。
「もう、1人じゃ無理……」
「うさぎかな」
「寂しいと死んじゃう……よ?」
ああ、ああああ、かわいすぎる。かわいい。美鈴ちゃんがかわいい!
「じゃあ、俺がずっとそばにいてあげるよ」
「そうして……今みたいに……」
俺は美鈴ちゃんの隣に座った。こうしてずっといられたらいいなぁ。
夏休みに入り、各地の中学校での披露や講演が増えた。部活に向けた披露のため、夏休み中でもやっていることが多い。
「今日は10:00から都賀、14:00から千倉でやって終わりだね」
「ね、ちょっとリアルな話いい?」
美鈴が俺に聞いた。
「いいよ」
「給料ってどんな感じで入ってるの?」
お金関係か。やっぱり気になっちゃうよな、分かる。
「結構少ないんだけど、基本的には交通費で支給されたお金から交通費を引いた金額だね」
基本的には、支給金-切符での交通費が給料になる。例えば、前回の上総一ノ宮だと、1400円が木更津~上総一ノ宮の交通費として支給されて、実際は1340円。給料は1人60円になる。ただ、学校によっては感謝の意味とか含めてその場で、直接プラスで渡してくる場合もある。前回は上総一ノ宮の学校で1000円、大原の学校で1000円プラスだったため、給料は1180円。稼げる時もある。
今回の場合、交通費として木更津~都賀で680円、都賀~千倉で2000円支給されているが、定期区間木更津~千葉のため、1130円給料が確定している。ここから千倉~木更津の自腹があるため、-40円。現状だと給料はマイナスだ。
「まぁ、バイトって訳でもないし、妥当かな」
俺は木更津駅に向かった。9:06発総武快速線・横須賀線直通、快速逗子行きで千葉へ。平日だが、ラッシュから外れているため車内は空いている。
千葉9:48発総武本線成東行きで都賀まで行き、都賀には9:54。
都賀の講演では美鈴が手伝ってくれた。美鈴が俺から離れないっていうのを忠実に、傍から離れなかった。
次は余裕がない。11:00に終了後、お金を2人合計5000円貰い(多い)、千倉に向かう。
11:08発千葉行きで千葉へ行き、千葉11:31発内房線君津行きで木更津、木更津12:17発内房線外房線直通、上総一ノ宮行きで千倉へ向かう。13:55、千倉に到着。14:00から披露が始まる。
「さぁ、まずみんなに見て貰いたいのはこれ!」
俺がいつも通り光魔法で驚かせる。美鈴も俺の横で同じ魔法をする。
「綺麗だよね。あと、こういうのもあるよ」
美鈴は第二階魔法「ネージュ」をやった。「ネージュ」はフランス語で「雪」。その名の通り、雪を手のひらで降らせる。スノードームみたいなイメージだ。
「魔法はこんな綺麗なものもあるんだ。中には人を殺せてしまう魔法もあるけど、正しい使い方をすれば楽しめるよ」
俺は第三階魔法「フラム」を使った。「フラム」はフランス語で「火炎」。火炎魔法と呼ばれる魔法だ。
「こんな感じで、楽しいものもあるから、将来魔法を使うのも悪くないよ」
「続きは講演でね」
俺と美鈴はその後にある講演のためにその場を後にする。
講演は学校の先生や、希望した生徒に聞かせる。
「魔法というのは、下の階級から、第四階、第三階、第二階、最高階魔法の4段階に大きく分けられます」
分かりやすく言えば、第四階魔法は人に影響を与えない、あまり役立たない魔法
第三階魔法は「フラム」のように、人に影響を与えることがあり、日常生活に役立つ魔法
第二階魔法は「ネージュ」のように、人に直接影響を与え、自己防衛に使える魔法
最上階魔法は人を殺すことができる魔法。防衛の場合を除き、使用が禁じられているものが多い。
それとは別に、「禁止階魔法」というものもあるのだが、これは防衛、攻撃関係なく、緊急時を除いて禁止階魔法に当てはまる魔法は法律で使用が禁じられている。
魔法の名前は多くがフランス語から来ている。ただ、禁止階魔法の全てと最上階魔法の一部は日本語だ。一部ドイツ語やイタリア語、英語などもあるが、大半はフランス語。
「教育上、高等学校、大学、短期大学、大学院で使えるのは第二階魔法まで、中学校では第三階魔法まで、小学生以下は原則使用禁止となっています」
魔法科高校でも、教えているのは第二階魔法まで。ただ、独学で使える人はいる。俺と美鈴もその一部だ。
「なので、人に害を与えることは、法を犯さない限りないことになります」
美鈴は次に第四階魔法について実演を始めた。説明は俺がやる。
「第四階魔法は人に影響を与えない魔法です。実際、軽度の光を発する魔法くらいしかありません」
第四階魔法「ライト」だ。安直な名前で、弱そう。実際弱い。
次に第三階魔法について説明を始め、同時に実演を始めた。
「第三階魔法は人に影響を与える事がある魔法です。例えば、今使っている、小さな火を発生させる「フラム」、風を発生させる「ヴォン」など、大きな影響は与えません」
「第二階魔法は直接影響を与える魔法です。自己防衛にも使われます。例えば、雪を発生させる「ネージュ」、水を発生させる「ヴァッサ」などがあります」
美鈴も説明し始めた。最後の説明は俺がやる。
「最上階魔法は人を殺すことができる魔法です。防衛以外の面での使用を禁止されています。例えば、大きな炎を出す「ファイア」、人の動作を停止させる「生物動作停止魔法」があります。似たようなものに禁止階魔法もありますが、これは緊急時を除いて禁止されています。例えば、地割れを起こす「地形破壊魔法」、任意の場所を爆撃する「特定地点爆撃魔法」、人を骨ごと存在を消す「生物系抹消魔法」があります」
中々怖い名前だが、禁止階魔法はこんな名前ばかりだ。「ネージュ」の上位互換、「降雪地域消失魔法」、「フラム」の上位互換「ファイア」のさらに上、「特定地点火炎降下魔法」、動作を完全に停止させる「生物系動作無効化魔法」など。第二階魔法までが使うことを許される魔法だ。
「大変ありがたい、今後の魔法教育のためになる講演、ありがとうございました。こちら、ささやかなお礼です。まだ昼食を摂られていないようでしたので」
学校の代表から昼食用の弁当と、その上には封筒があった。美鈴の分もある。
「ありがとうございます。今後の魔法教育に関して、期待しています」
俺はそう言い、お辞儀をして学校を出た。美鈴も俺の後を付いてきて、千倉駅に向かう。
「次って何時?」
「今が15:30だから、16:25発かな」
美鈴は弁当を開ける。その弁当は、ハンバーグ1つにご飯があり、野菜も少し入っているような弁当。よくある弁当だが、美鈴の好物のハンバーグが入っていて、嬉しそう。
「いただきます」
美鈴と俺は弁当を食べ始める。15:48に反対方面の電車が来るが、それが行ったら16:25まで来ない。
俺と美鈴は食べ終わると、今日の収入について計算を始めた。
「臨時収入を0としたら1人-40円?」
「そうだね。それで、都賀の時に5000円の臨時収入、さっき1人2000円の臨時収入だから、1人6960円の収入かな」
6960円の収入。いつもと比べて多かった。定期区間が多かったのもあるが、少しラッキー。
明日は1箇所のみで、浜金谷。交通費として1人600円支給で、交通費が594円。収入は+6円。ただ、浜金谷~木更津の594円が引かれるため、-588円。明日は赤字になりそう。
「場合によっては稼げるんだね」
「いっそ、ホームページ作って、最低何円からって決めてもいいんだけど、そうすると交通費の支給が難しいからさ」
最低500円からにして、交通費は支給していただく、あるいは最低1500円からってだけ。交通費で赤字になる可能性だってあり得る。結局設定していない。
「柊くんとのデート資金貯めたいなぁ」
「ありがとう、美鈴ちゃん。大好きだよ」
俺は美鈴に抱きつく。夏なのもあって、暑い。
16:25、内房線木更津行きは出発した。途中の大貫で3分停車。反対方向の17:24着、25分発の上総湊行きを待避し、君津には17:33。42分発で、先に17:35発総武快速線直通、快速東京行きを出発させる。俺たちは早く帰りたいのもあってその電車に乗り換えた。
17:42、木更津に到着。家には18時前に着けた。
その日は美鈴とたくさんイチャイチャし、翌朝7時までの13時間のうち12時間は美鈴とくっついていた。離れたのは夕食の時と歯磨きの時、あとは着替えの時だけ。
翌朝、1番利益の貰える場所になった。
定期券が木更津から京葉線か総武線を通り、東京経由鶴見までのため、今回の場所である「市川」は1番利益が多くなる。しかも14時からで、昨日はそこだけ。
利益は1人あたり3980円の黒字。昨日は利益があった。
だが、今日は恐らく赤字。
私立中学校だが、松戸と野田。木更津からはどちらも遠い。行きの交通費はいいのだが、帰りの野田~木更津の金額が痛い。
「柊くん、行くよ?」
「あぁ、今行く」
俺は美鈴と一緒に木更津駅に向かった。
10:00から講演というのもあり中々遅かったが、7:53発普通千葉行きで千葉まで行く。美鈴と2人でドア横に立った。
「柊くん、デートどこ行きたい?」
美鈴が俺の手を握って言った。
「デートスポットとか知ってる?」
美鈴は首を縦に振った。
「ちょっとだけ」
「じゃあ、美鈴ちゃんに任せるよ」
美鈴は笑顔になって「任せて」と言った。
電車は千葉まで各駅に停車した。千葉には8:34。ここから8:36発横須賀線直通、快速に急いで乗り換え、津田沼に向かう。
津田沼には8:48。ラッシュから外れてきていて、車内は少し混んでいるくらい。ここから新京成線の新津田沼まで歩き、新津田沼9:07発松戸行きに乗る。
新津田沼まで歩いている道中に、飲み物を買った。
1人1300円支給されていて、262円新京成線の運賃で引かれ、1038円の黒字。今のところは。
松戸の講演が12:00に終わり、野田市駅に向かった。松戸12:09発常磐線各駅停車我孫子行きに乗り柏へ。12:14発常磐線快速土浦行きに乗ると12:23に柏に着くが、空いていると思った12:09発各駅停車我孫子行きにした。結果、ガラガラだった。俺と美鈴が乗った9号車は誰も乗っておらず、快適だった。
「すごい、ガラガラ……」
「新松戸で武蔵野線からの乗り換え客拾うだろうし、そこからは少し乗ってくるかな」
美鈴と俺は周りを気にせず話せた。
馬橋と新松戸で数人乗せたが、立ち客はいない。全員座れたまま、新松戸を出発。そのあと北小金、南柏で数人乗せて柏に到着。快適に移動できた。
12:38発急行大宮行きで野田市へ。ほとんど埼玉県だが、ギリギリ千葉県。
美鈴はもう疲れ果てたようだった。
それもそうだろう。学校まで野田市駅から歩いて20分だったのだから。帰りも野田市駅まで歩き、美鈴はもうヘトヘト。俺の肩に寄りかかり、息を切らしていた。
利益についてだが、松戸~野田市で2人で1000円の支給。今日は2人合計で2134円の黒字。ただ、ここから木更津まで帰る。なるべく節約し、野田市から船橋まで東武アーバンパークライン、船橋から総武線で帰る。
すると、定期区間外は東武アーバンパークラインの野田市~船橋の471円分。2人で942円分になる。結果、2人で1192円の黒字。1人あたり596円の黒字になった。やっぱり黒字額は減ってしまったが、まぁいいだろう。
野田市15:00発普通柏行きで柏、15:28発各駅停車船橋行きで船橋。15:57に船橋に着いた。
美鈴はもう限界。俺に抱きついて離れない。
「美鈴ちゃん、着いたよ」
「うぅ……運動不足……」
俺は「あっ」と閃いた。運動不足解消になる、かもしれない場所がある。
「じゃあ、明日あそこ行こっか」
「あそこ……?」
鉄道ファンだったら知ってるであろう、あの運動不足解消の乗り換えだ。
船橋からは疲れている美鈴もいるため、16:06発総武線各駅停車千葉行きに乗車。快速より空いているため、快適に座って移動できる。
美鈴は俺の肩で寝てしまった。寝顔、かわいい。
千葉まで時間はかかるが、快適に移動できた。16:27、千葉に到着。船橋16:09発に木更津まで1本で帰れる、内房線直通、快速君津行きはあった。それは千葉16:23、木更津17:03に到着する。
俺たちが乗った各駅停車だと、3分前に君津行きが出ているため、次の電車まで時間が空く。4番線からの16:45発木更津行きだ。
「美鈴ちゃん、大丈夫?」
「眠い……んちゅっ」
美鈴が寝ぼけて俺の頬にキスした。こんな場所で……
16:30、外房線からの電車で入線した。15分かけて折り返す。
「柊くん……電車来たよ……?」
美鈴は俺のことを引っ張る。あぁ、寝ぼけてる美鈴ちゃんかわいい……
「あぁ。分かった」
「209にもボックスシートあればいいのに……」
千葉地区の209系は元京浜東北線で、車内の改造は座席モケットの取り替え程度。まぁ先頭にボックスシートはあるけど。
「元京浜東北だからなぁ」
「伊豆急に転属したやつはボックスシートついたじゃーん」
確かに全車についた。ただあれは伊豆急という私鉄、かつ海が近く、観光に向いた鉄道会社だ。JR東日本とは違う。
「まぁ、3人席のロングシートだったら、さ」
「じゃあ柊くんが隣にいてくれるんだったらいいよ」
美鈴って寝ぼけるとこんな感じなんだな。先頭にあること、知ってたはずなんだけどな。
16:45、時刻通り出発した。
この電車は終点木更津まで接続はなく、先着する。蘇我では16:55発各駅停車東京行きの京葉線に接続するが、あとは終点木更津で17:30発安房鴨川行きに連絡するだけだ。
家に着くと、俺は自分の部屋に向かった。
ずっと立ててある写真。その写真に写っているのは梨津だ。梨津だって魔法をやりたくて、独学で魔法を勉強していた。少しだったが教えたりもして。もう少し教えてやれればよかったんだけどな……俺が教えるの渋ったせいで、2回くらいしか教えられなかった。もっと俺が積極的だったら。梨津だって魔法を使えて自分を守れたかもしれない。俺の教える魔法が第三階魔法「プロウティジェイ」だったら。防衛魔法だし、梨津自身が、俺が守れたかもしれない。なんで俺は教えなかった。そのくらい、思いつけよ。
「柊くん?大丈夫?」
「っ……」
美鈴が頭を撫でてくれる。
そうだ、梨津もそうだった。俺が泣いていると頭を撫でてくれた。
俺はそれも思い出してしまい、しばらく泣いたままだった。その後も、精神が不安定になり、しばらくは美鈴が移動する形で、別の部屋になった。
しばらく経ち、精神もある程度安定し、俺は夏休み中の高校に美鈴と一緒に行った。9月頃に魔法の大会があるからだ。
「柊くん、ハグ!」
美鈴はハグしてくる。有楽町の町中なんだけど。
「危ないよ、美鈴ちゃん」
「だってしたくなったんだもん」
甘え上手になった美鈴だ。しばらくハグできなくて寂しかったんだろうな。
「そうか。ほら、早く行くぞ」
俺はハグした美鈴をそのままにして有楽町に向かった。
有楽町7:40発各駅停車大船行きで鶴見へ。休日で電車はそこまで混んでいなかった。
鶴見には8:06。高校に向かうと、幡野と白雪がいた。
「おう、来たか」
「おはよう、みーちゃん」
「おはよう、なーちゃん」
あだ名で呼び合ってるのか。呼びやすくていいんだろう。
「じゃあ、大会の準備してこうか」
俺は魔術場にあるホワイトボードに書いて説明し始めた。大会の中には戦闘がある。そこではトーナメント戦の第1戦で4校、第2戦から2校で戦う。
「優勝常連はどこだっけ」
「松田だろ?今まで鶴見は準決勝敗退だからな」
松田魔法科高校。優勝常連校で、鶴見は毎回準決勝敗退。優勝を取られる。
「そんな強いんだ……」
「2年生が出ることになるからな。今年は俺たちだ」
1年生は市大会、2年生は県大会、3年生は関東大会、その後全国大会。
「逗子は2回戦敗退だったから……」
美鈴が言う。
「俺たちは行ってやろうぜ」
幡野が真ん中に立つ。
「ただ、あの学校がいるからな……」
俺がそう言うと、幡野と美鈴は分かったようにした。白雪は分かっていなそう。
「藤沢中央だろ?」
「あぁ。審判もグルで反則を黙認するんだ。しかも今回は第1戦で当たる」
それでもって準々決勝まで来るんだから、たちの悪い学校だ。
「だから、今回はその対処を考えている」
白雪が「対処?」と首を傾げた。幡野と美鈴はホワイトボードに書いていく。
「そうだ。法律で違反になってる、禁止階魔法はもちろん使用禁止。それを使ってくるのが藤沢中央だ」
俺は概要を話していく。そして、幡野が俺に続けて言う。
「だけど、第三階魔法は禁止じゃない」
そして美鈴が言う。
「だったら、藤沢中央の審判を転移させて、代理の審判を使っちゃえばいいってこと。審判交代は私たちに明かされない。交代を知らない藤沢中央が禁止階魔法を使ったら」
「藤沢中央が失格で敗退するってこと?」
「そういうこと」
第三階魔法「テレポート」。第三階魔法に属する、ランダムな場所に転移させる魔法だ。通常は第二階魔法の「テレポーテーション」を使い、特定の場所に転移する。ただ、今回はテレポート先はどこでもいい。だからテレポートを使おうと思った。
「違反じゃないから、事故扱いになる」
「考えること、すごいね」
白雪が苦笑いで言った。だが、かなり有効な作戦だ。4校で戦うはずの1回戦を3校に減らせる。
「それで、残り2校は?」
「1回戦だったらほっとけば人数は減る。最後の1校になったら叩けばいい」
1回戦はそんなもん。
そのあとも他の学校の特徴を共有していった。グループは少人数の4人になる。普通は10人前後だが、俺たちは4人。それでも勝てるとこ、見せてやろう。
夏休み明けすぐ、俺たちは修学旅行に行った。8月31日~9月2日の2泊3日、東北旅行に向かう。
新幹線は住んでいるところによって乗る新幹線が違う。
滅多にいないが、5:45までに東京駅に着ける人は、6:04発やまびこ51号盛岡行きで仙台へ。
5:46~6:17に着ける人は6:32発はやぶさ1号新函館北斗行きとこまち1号秋田行きで仙台へ。
6:18~6:30までに着ける人は6:40発やまびこ203号行きで仙台へ。
俺と美鈴は6:27に最速で着ける。木更津5:00発の内房線初電、千葉行きで蘇我へ行き、5:39発京葉線各駅停車東京行きで東京へ。最速で東京へ行けるルートだ。
「柊くん柊くん、部屋一緒なんだって」
「幡野と白雪も一緒だろ」
美鈴は部屋割りの図が書かれているPDFを見せてくる。修学旅行では、他の男女の強い要望で、男女混合の部屋割りになっている。
「俺たちは大会メンバーってことで一緒だけどな」
「けど一緒なんだよ?夢みたいじゃん」
美鈴は俺にピッタリくっつく。
東京まで各駅に止まり、東京には6:27。地下ホームから新幹線の改札口に向かい、他のクラスメイトと合流した。
「6:40発やまびこ203号だからねー」
俺と美鈴は22番線に向かった。まだ旅行客は大勢いる。大きなスーツケースを持った人など。
20番線にいるはやぶさ1号も座席はかなり埋まっている。やまびこ203号は自由席を連結しているため、自由席付近は大勢の人が並んでいる。
入線すると、並んでいた人が流れ込んでいく。俺と美鈴は飲み物を買い、軽食を買っていた。
「柊くん、間接キスする……?」
「じゃあペットボトルは700mlの1本でいいな」
1本だけ買って美鈴に渡した。美鈴と俺は支払いを済ませ、新幹線のところに向かった。
貸切ではないため、一般の乗客と一緒の電車。指定席を取られていて、2人席。美鈴と隣だ。
「あっ」
美鈴が声を出した。
「どうした?」
「E2系。越後湯沢行きだって」
「スキー行きたい?」
「いつか行きたいなぁ」
美鈴を連れて行きたいな。美鈴と一緒にスキーは俺もしたい。幸せにしたいし。
6:38、越後湯沢行きを見てから俺たちは乗った。自由席の入口の方が近いため、そのドアから乗った。
入ると、人が溜まって立ち止まってしまった。
「うわぁ……混んでるね……」
「まだ旅行客けっこういるんだな」
6:40、数人がベルと同時に乗ってきて、新幹線は出発した。デッキは人で埋め尽くされ、混雑具合はいつもの京葉線の混雑と同じくらい。肩が触れ合うくらいだ。
「これ、どこまで立ってるかな」
「なんか宇都宮あたりまでは立ちそうだね」
人が乗ってくるのが恐らく大宮あたりまで。宇都宮や福島で降りると思う。
上野でも人が乗ってきた。だが、少しだけ。
大宮では大量に乗ってきた。指定席のデッキにも人がいっぱいというアナウンスも入り、俺たちが乗っているデッキには通勤ラッシュでよくいる、押し屋も参戦して押し込んだ。そうでもしないと乗れない状況らしい。
「おわぁ……うぅ……」
「美鈴ちゃん、大丈夫?」
美鈴は顔を上に向けて口を開けていた。「はぁ、はぁ」と呼吸を少し荒くしていて、少しエッチな感じがする。
「くるちい……」
「くるちい」だってよ。かわいい。この状況は嫌だが、美鈴のこんな反応はいい。
「柊くん……たしゅけて……うぅ……」
美鈴は俺に抱きついて言った。かわいい。
福島で座れたが、あと1駅。あまり座れてる感じはしなかった。
ホテルにはもう幡野と白雪がいた。幡野と白雪はなぜか正座で座っていて、俺たちが入るなりきっちり横に並んでいた。なんかしてたな、うん。
「今日どこ行こうか」
幡野が話題をふった。
「そうだな……」
「デートしたいなー♪」
白雪が俺のうでに抱きつく。美鈴がそれを見て頬をぷくーっと膨らませる。
「むぅ……」
美鈴、多分冗談だって。
「さぁ、こんなのみつけたけど」
幡野がスマホの画像を見せる。
「ずんだ餅……」
「仙台といえばずんだ餅だもんね」
白雪が俺から離れる。それと同時に美鈴が抱きつく。ヤキモチ焼いてるな。
「じゃあここ行こうか。16時までに仙台駅の前行けばいいんだろ?」
集合時間が16時。
「そうだな。じゃあ、行くか」
みんな部屋から出て、エレベーターで降りる。
「エレベーターの方が楽だもんね、ここ3階だし」
「そうだね。美鈴ちゃんは運動苦手だもんな」
「それは言わなくていい……」
美鈴は俺にくっついた。エレベーターは鶴見の生徒でいっぱいになり、満員を知らせるブザーが鳴った。2人降りて、エレベーターはぎゅうぎゅうな状態で下がっていく。
「今日はなんでもぎゅうぎゅうだね」
「美鈴ちゃんが心配だな」
美鈴は「これくらいだったら」と顔を上げた。ただ、数人まともに立っていないのもあって、姿勢はつらい。
「けど、絶対12人以上乗ってるよね」
美鈴ちゃんがエレベーターに書いてある定員数を見て言った。定員12名と書かれていた。
「結局は重量で決まるからな。17人でも重量未満だったら乗せるだろうな」
「だからこんなぎゅうぎゅうなんだ」
美鈴ちゃんは「あっ」と言った。
「小田急の通勤準急くらい?」
「いい例え持ってきたね」
美鈴、少し前まで新百合ヶ丘にいたから分かるのか。俺ももう満員電車に乗らないからな。内房線混まないし。
「美鈴ちゃん、ちょっとごめん」
俺は美鈴の足の間に俺の足を入れた。さっきまでより一気に距離が近くなり、キス寸前。
「柊くん、キスするよ?」
「あぁ」
美鈴は一瞬でキスして、3秒くらいして離れた。エレベーターが1階に着いたからだ。
「おい、なぜ俺らはアツアツな状況を見せられてた」
「知らん。君らが見てたんだろう?」
幡野と白雪も抱きついてるけどな。いつ付き合ったんだ、こいつら。
「抱きつかれてるやつに言われたくないな」
「なっ……!」
幡野と白雪は慌てて離れた。幸せにしろよ~幡野。俺も美鈴のこと大事にしてんだから。
「美鈴ちゃん、ほれ」
俺は手をYにした。こうすると機嫌がいいときの美鈴は顔を乗せてくる。それがたまらなくかわいい。ロングヘアで、しかも俺の手に美鈴の顔があって少し上目遣い。至福だ。
「みゅっ」
美鈴はそう声を出して顔を乗っけた。
「よしよーし」
可愛すぎて俺は美鈴を撫でた。
「ふふーん」
美鈴は気持ちよさそう。幡野も俺の真似をしていたが、白雪は予想と反して幡野に飛び込んだ。おう、仲良いな。
「ずんだ行こっ!」
「はいよ。幡野、行くぞ」
俺たち4人はずんだの店に歩いていった。
ずんだの店はもぬけの殻だった。ただ、扉は開いている。なんでこんな無防備な……
「ごめんくださーい、誰かいませんか~」
白雪が店の中に入って言った。
白雪が店の中に入ると、店の奥の方から紫色の煙が出てきた。あれは……!
『離れて!』
俺と幡野が同時に言った。白雪はそれに驚いてすぐに離れた。その瞬間、さっきまで居たところに謎の手が現れた。
「な、なにこれ……」
「最上階魔法、『マンジオンツ』」
マンジオンツは、フランス語の発音自体若干変えているが、フランス語の「main géante」からきている。日本語で「巨大な手」。
「it just disappears.」
幡野が最上階魔法「ディサピアー」を使う。詠唱が必要な珍しい魔法だ。魔方陣が出され、光の中に巨大な手が飲み込まれる。
「すごい……」
「やったか」
幡野は魔法を消してこちらを見る。
「やった。ただ、ここの店員は」
俺は従業員の部屋に入る。
次の瞬間、生き残りの奴が俺の横に現れた。俺は最上階魔法「ライトショット」で射貫き、店員に巻かれていたロープを切った。
「大丈夫ですか」
「ありがとうございます……!助かりました……」
店員さんは立ち上がって俺の手を握った。
「ああ、もしかしてずんだ食べに来てくださったんですか?」
「あ、はい。表にあとの3人もいて」
店員さんは表に出てもてなした。俺はその少しあとで表に行ったが、どうも不思議だった。個人経営の店をジャックするとは……
「ずんだ美味しい~」
ずんだ餅は美味しかった。久しぶりに食べたが、ずんだはやはり美味しい。
「なぁ、柊」
幡野が言った。
「どうした」
「さっきのジャック、なんで個人経営の店を狙ったんだ」
俺と同じことを思っていたらしい。
「本当に店自体を狙ってたのか。それすら引っかかるが」
「店自体じゃないっていうのか?」
幡野が衝撃のことを言って、俺は聞き返した。
「あぁ。仮に来る客目当てだとしたら?」
「たしかに納得はできるな」
ただ、客を狙うなんて計画性がないとできるわけがない。無差別的だとしたら別だが。
「俺たちを狙ってたりは」
俺は幡野に聞いた。
「可能性はある」
やっぱり。だったら俺たちの誰かってことだ。
「2人とも、なんか真剣だね」
「あぁ、まぁな」
俺は美鈴の隣に行った。美鈴を狙ってたりは、しないよな。
ホテルに戻り、俺は先生に呼び出された。俺は先生についていき、話を聞いた。
「大会についてなんだが、出場を希望する高校が増えたせいで今回から変わるらしいんだ」
大会のパターン変更か。
「どんな風に変わるんですか」
俺は先生に聞いた。
どうも、今まで4校で2校を決める1回戦が8校で4校を決めることになるらしい。
8校で戦って4校を選出、その4校で戦って2校を選出、2校で戦って1校を選出、そこから普通のトーナメント戦。8グループ合計64校あり、優勝は1校。
学校数が減ったということは、藤沢中央を失格にさせる必要はなくなった可能性が高い。審判が今まで4校4グループで1回戦目は16分の1で当たるが、今回は64校のたね、64分の1になる。恐らく当たらない。当たるように仕組んだら別だが、結局7校で凧殴り。準決勝には来ないだろう。
「そういうことだ。あと、各学校選抜者を決めるんだが、お前は参加するか。大会の最後に個人戦あるんだが」
「してもいいですよ」
「じゃあ頼んだぞ」
学校選抜か。せっかくだし大会優勝するか。今より魔法覚えて。
俺は部屋に戻って魔法書を開いた。暗号のような魔術語で書かれているが、解読は容易にできる。
魔法書にあるのは「ル・タン・サレットゥ」や「アリュシナシオン」。それぞれフランス語で時間停止、幻覚。前者が最上階魔法、後者が第二階魔法だ。
「ル・タン・サレットゥか……ライトショットと併用すればかなり有効か」
俺はすぐにル・タン・サレットゥを覚えた。
すぐに実践に移した。近くの空き地に幡野を呼び出し、対戦した。
「いくぞ」
「こっちも本気だからな」
俺はライトショットを打つ。幡野がひるんだところにル・タン・サレットゥを使う。周囲の時間が止まり、俺だけが動ける状態になる。
「こういうことか……」
俺は幡野の肩に手を置き、ライトショットを構える。
「リフト」
英語で「解除」。時間停止が解除され、ライトショットをすぐに打つ。
「ジ・エンド」
幡野とのデュエルは一瞬にして終わった。
「柊?いつの間に……」
「ル・タン・サレットゥだ。時間停止」
幡野は驚いたようにして感心した。
「そういうことか。なんだ、学校代表でもなったのか」
「現状、な。誰もいなければこのまま決定だ」
幡野は俺の横で言った。
「お前だったらもう決定だよ。頑張ろうぜ、大会」
幡野は先にホテルへ歩いていった。別に1位になって最強、だなんてどうでもいい。梨津が見てくれているかもしれない。
修学旅行は終わり、俺たちは大会の対戦メンバーを確認した。8校8グループの計64校。8校の内、半数にあたる4校が第2回戦出場、その内2校が第3回戦出場、その内1校が第4回戦出場、トーナメント戦で、AチームとBチーム、という風に組んでいき、勝った4校が残る。また2校ずつで戦い、決勝へ。決勝に来る難易度は高くなった。松田高校がどう来るかだ。
「ねぇ、人数みんな8人とかいるよ?」
白雪が言う。
「こっちは少ないんだよ。勝つぞ、4人でも」
4人でも勝てないことはない。魔法を駆使すれば人数なんて関係ない。
「じゃあ、当日の計画について」
「当日のフィールドによって変えようと思う。大きく分けて3種類あって、森と廃都市が混ざったもの、山岳、工業地帯の3種類だ。工業地帯は高い建物が多いし──」
俺は各フィールドの特徴を言っていく。俺が1番怖いのはやはり工業地帯。隠れられる場所が大量になる。決勝や準決勝にあたると、かなり不利になる。
「どのフィールドでもやることは変わらないかな」
「工業地帯は嫌だよね。聞いた感じ隠れられそうだし」
美鈴が言った。
「そうだね。工業地帯以外は比較的楽な場所が多いかな」
工業地帯以外は高さもそうでもない。フィールドで戦略を変える必要も無いだろう。
俺と美鈴は家に帰り、一緒にお風呂に入っていた。美鈴の髪を洗ったり、俺の身体を洗ってくれたり、湯船に浸かるときには一緒に入ってくっついたり。幸せいっぱいだ。
「柊くん、なんか目いやらしい」
「反応に困るな」
なんて言えばいいかよく分からん。一番反応に困る聞き方だ。
「見てたの?」
「見てたって言ったら?」
「別にいいけど。っていうか見てないって方がいや」
好きなんだ。俺のこと。
俺は美鈴を抱きしめる。
「美鈴ちゃんって胸大きいんだね」
「そうかな……Eだけど……」
Eって大きい方だよな……?
「大きくない?」
「ありがとう……?」
ガラスに胸押し当てたりしてしまいそうで大変そう。それを見れるのは俺だけであってほしいが。
翌日早朝、京葉線が止まり、外房線自体も車両点検で遅延したため、京葉線直通は運休になった。しかも、総武快速線経由の電車も遅延があった本来6時台は、
6:01特急さざなみ東京行き
6:10総武快速線経由快速逗子行き
6:20京葉線経由快速東京行き
6:36総武快速線経由快速逗子行き
6:49京葉線経由各駅停車東京行き
6:54各駅停車千葉行き
の6本が居るが、この内京葉線経由である6:20、6:49が運休、6:01の特急さざなみが運転見合わせた。また、6:10が15分遅れ、6:36は千葉発に変更となった。結果、今日の木更津駅6時台は
6:10総武快速線経由快速逗子行き(15分遅れ)
6:54各駅停車千葉行き
の2本のみになった。
6:10発は6:25に16分遅れて到着。6:26に出発し、車内はまぁまぁ混んでいた。君津始発なのもあり、そんなに乗っていない。
「今日は総武快速線経由?」
「そうなるね。これで品川まで行っちゃおう」
まだ逗子行きとして運転してるし、品川まで行けるはず。
蘇我には6:54に14分遅れて到着。2分前に6:52発快速東京行きが出ているため、この電車は蘇我で5分停車。6:59、17分遅れて出発。車内はぎゅうぎゅう詰めで、昨日予想していた、美鈴の胸がドアのガラスに押し付けられてしまっている。俺だけが見ていいのに。
「柊くん……胸がぁ……」
左右の胸が上下にずれ、美鈴も手をドアについていたが耐えられていない。俺が押してしまっていて、胸は密着したまま。
「いやぁ……」
進行方向左側に押し付けられているため、左側にホームがあると公衆の目に見られてしまう。それだけは避けたい。
「本千葉って右側だよね……?」
「そうだよ。ごめんね、押しちゃって」
美鈴は「大丈夫」と言っていたが、苦しそう。
千葉には16分遅れた7:04に到着。すぐに出発し、7:05に千葉を出発。14分遅れだ。
千葉を過ぎて車内は身動きが取れないほどに混み始めた。美鈴の胸は一回降りたことでどうにかなった。ただ、制服が結露で濡れてしまい、ブラジャーが透けている。今は俺に密着し、相変わらず苦しそう。顔が俺の体にくっついているからだ。
「わっ!」
「大丈夫?」
「うぅ……動けないよぉ……」
美鈴が困った表情を浮かべる。
電車は回復運転をするも、前の電車が4分前にいるため、それほど詰められない。
市川は7:27、12分遅れて出発。錦糸町は7:38、12分遅れて出発。東京には7:47に到着した。
「ひゃっ、押されてっ」
美鈴が人の波に押されてホームに押し出される。
「美鈴ちゃん!」
俺は一緒に降りて美鈴ちゃんの手を掴んだ。柔らかい手だ。
「んっ、しゅっ、柊くん……ひゃっ、そこ揉まないで……」
俺が掴んだ手を見ると、それは手ではなく、美鈴の胸だった。
「あっ、ごめん!」
「うぅ……こんな場所で……」
美鈴は俺に抱きついた。
「許してくれるの?」
「だって好きだから……」
美鈴は俺と一緒に電車に乗る。電車はもう空いている。多少混んでいるが、さっきまでとは違う。
7:48、大船行きに行き先を変えて出発。7:46発の電車ということになり、実際は12分遅れているが、2分遅れということになった。
品川には7:55、1分遅れて到着。いつもの電車は行ってしまっているため、7:59発京浜東北線鶴見行きで鶴見へ。空いていたが、美鈴は透けているのが気になってずっと俺に抱きついていた。
「ねぇ、なんでそんなにくっついてるの?」
白雪が聞いてきた。
「透けてるから……」
「ありゃりゃ」
白雪が口を開けた。そのあとに幡野も来たが、幡野は魔法着を着ていた。
「柊、第二階魔法のソって使っていいんだっけ」
「ソ」はフランス語で飛ぶという意味。飛行魔法を指す。
「使えるはずだけど」
「そうか。じゃあ作戦あるんだけど」
幡野は飛行魔法で飛んだ。そのままこっちに手のひらを見せてくる。
「このまま撃てば攻撃されづらいんじゃないか」
「そうだな、それでもいい。あとは高いところから落ちるときに最後だけ使うとかな」
白雪が手を挙げてジャンプした。
「それ得意だよ!」
「じゃあやってみて」
白雪は魔法場の屋根の上に上がった。そこから手を広げて落ちてくる。
「あっ」
「大丈夫だろ、多分」
白雪は地面スレスレで飛行魔法を使い、地面につかずにこっちに来た。白雪はドヤ顔だった。
「ね、上手いでしょ」
「そうだな。じゃあそういうのは白雪に任せるよ」
白雪は任せて、と言わんばかりに飛び回った。俺と美鈴は攻撃系専門だし、そっちに特化した方がいいだろう。
「柊くん、物体召喚魔法使お」
「あぁ……美鈴ちゃんは使えるんだっけ」
美鈴が俺の手を握る。
「うん。柊くんは?」
「それが使えないんだよ。使いたいけどね」
物体召喚魔法は使えない。結構難しい術式だし、使いづらいのだ。
「じゃあ柊くんどうする?」
「俺はライトショットでいくよ」
みんな怪しい目で見た。確かにそうだろう。1番魔法を使えるはずの奴がグループ内で最も下の魔法を使おうとしているのだから。確かに最上階魔法であるが、難易度はソや物体召喚魔法に比べて格段に低い。授業に使われているくらいだ。
「俺は個人戦もあるからさ」
「なら仕方ない、のかな」
俺はどうにか耐えきった。団体戦で能力をフルで発揮したくない、というのが正直な理由。
だって、俺にはまだ誰にも教えていないことがあるのだから。
魔法競技大会当日。
会場、というより待機場所は藤沢市の体育館。ここから団体戦に向かう団体が第三階魔法「テレポーテーション」で特定の会場に転移する。
俺たちはCブロック。相手は百合ヶ丘、登戸、海老名、湘南台、二俣川、茅ヶ崎、藤沢中央の7チーム。ここから4チームが第二回戦に進む。
周りは8人~12人のチームが多い中、俺たちは4人。数的には負ける。
「それでは第一回戦、AからDブロック転移して下さい」
俺たちは第一回戦の会場に転移した。
会場は廃都市。俺たちのリスポーン場所は6階建てであろう廃ビルの3階あたり。
団体戦、個人戦共に「コア」と呼ばれるもので勝敗が決まる。団体戦ではコアが1人に5つあり、コアが現実の心臓になっている。
「まずはどこ行こうか」
「1回戦だし、人数減るまで待つ?」
白雪が言った。確かにそれが1番リスクがない。4チーム残るわけだから、他がやってくれれば俺たちも残れる。
「それでいいかな。守備を固めようか」
俺がそう言うと、試合開始の鐘が鳴った。幡野は始まってすぐにプロウティジェイを俺たちにかけた。4校になるまでどこも来ないとは限らないからだ。
「これ、暇になるよね」
「来るまでは」
美鈴は暇過ぎたのか俺の背中にくっつく。どんだけ暇なんだ。
「誰か来てよー」
「来られたら来られたで大変じゃない?」
「暇なんだもん」
美鈴はネージュで遊ぶ。確かにネージュは危険性も無いけどさ。
「あと何校残ってる?」
美鈴が言う。
「あと6校かな。なんか1校だけ近くにいるけど」
白雪が居場所を示すレーダーで見る。1校だけ恐らく1つ隣の廃ビルにいる。
「近くに俺たちしかいないな」
「いっそやりに行くか?」
幡野が魔法の準備をする。
「残機3つあるしな。行っちゃおう」
俺たちはすぐ近くにいたチームの方向に向かった。
近くにいたチームは俺たちに気付くと慌てだした。案の定弱く、一瞬で1チームが敗退。戦った感じがしなかった。
「ゲームセット」
残り4校になって試合が終わった。
「なんか、あっさりだった……」
白雪が口を開けて言った。
「もうちょっとできるかと思ったんだけどな」
「まぁ、第二回戦はもっと強いやつらいるだろ」
第二回戦は第一回戦で勝った4チームなんだし、手応えはあるはずだ。
第二回戦ともなると、やはり相手は手強くなっている。4校は勝ち残った4校だし、これから2校に減るわけだからみんな全力。
「偵察機飛ばすか」
俺は偵察用小型ドローンを飛ばした。モニターがあり、そこから偵察できる。マップでは位置までしか分からないが、映像で見るとどんな相手か分かる。
「わ、このチームすごいね」
「理論上勝てる方法だな。物騒だが」
やり方は、1人で敵の2人以上のグループに突撃し、そのまま第二階魔法「エクスポロージョン」で自爆。自分のコアを1つ消費する代わりに相手のコアを最低でも2つなくすことができる。
「ゾンビアタックだな、これ」
「やってこられたらどうする、これ」
幡野が聴いてくる。確かに為す術はない。
「一応高低差はあるし、素早く上に移動かな」
俺は最悪ル・タン・サレッテゥで時間停止すればいい。少し卑怯だが、最悪はそれでいこう。
また廃都市にあたっていて、マップは慣れていた。俺と美鈴がモニターを見て、白雪と幡野が周辺の確認をしに行っている。
「ここまで全速力でどのくらいかな」
白雪が心配そうに言う。あんなことされたら一瞬で4人死んでいく。
「来るんだったら5分あれば着くと思うけどな」
幡野が言う。実際に行ったことあるのかな。
「まだ移動してないから大丈夫だけど」
「移動してきたら逃げる?」
「そうしようか」
そう言うと、白雪と幡野はまた偵察に行った。美鈴は後ろから座っている俺にくっついてモニターを見ている。
まだあのゾンビアタックは続いている。あと1つしかコア無いはずだが。
「あ、来た」
ゾンビアタックしてる人が来た。人の群れに行き、一気に10人程度爆破する。もちろん自爆で、その人はコアがなくなりゲームオーバー。
「まぁ協力してくれたな」
「相手のコア減ったからね」
コアが減った分こっちも楽になる。その面では助かる。
「そろそろ攻める?」
「それでもいいかな。他にヤバい奴いなければ」
俺は偵察用ドローンを操作する。
結果、他はたださまよっているだけだった。俺たちは幡野に連絡して合流した。
「攻めに行くぞ。敵のコアは2つ程度だと思うし」
「北進するか」
「それがいいかな」
俺たちは北に進路を取った。北に進んで行くと、敵に何回か会った。
「私がやる」
美鈴が先頭に立ち、最上階魔法「ファイア」で前の敵を倒していく。威力が高く、熱気がこっちにまで来る。
「やり過ぎだろ……!」
幡野が少し引く。
「みーちゃん、危ないよ!」
白雪が美鈴ちゃんのことを心配する。
白雪の後ろに敵が見えた。白雪はまだ気付いていなさそう。敵はグレネードを持っていて、今にも投げ込みそう。
「白雪!」
俺は白雪の後ろに立って第四階魔法「ライト」で相手の視界を遮る。そのあとすぐにライトショットを放った。
「ひゃっ」
白雪は驚いて声を上げた。
「なーちゃん!?」
美鈴が攻撃をやめてこっちを振り向いた。
「危なかったな。グレネード持ってたぞ」
「だからファイアでやらなかったんだな」
幡野が言う。白雪は口を開けたまま立っていた。
「怪我はなさそうだな。ほら、行くよ」
俺たちは再び北に進み始めた。
やがて2校になり、ゲームセット。次はグループ内の優勝を競う。次の試合までは若干時間が空く。15分の休憩の後始まる。
「次は湘南高校か」
「うん。強そうだね」
湘南高校は優勝経験こそないものの、科目別能力テストでは上位7人が湘南高校。湘南高校自体鶴見からしたらあまり関わったことがないが、噂は入ってくる。
「相手が来るまで待とうか?」
「それでもいいね。楽だし」
「じゃあ、そうしよっか」
湘南高校には行ったことがある。高校進学の時に見学に行ったのだ。
「湘南高校、強かったんだね」
美鈴も知らなかったらしい。それもそうだろう。美鈴は他の学校に干渉しない生徒だし、大会もあまり出たことがない子だからだ。
「柊くん、この魔法みて」
美鈴は俺の前で手のひらを上に向け、魔法を出した。
「これは……?」
「バブルだよ。第四階魔法」
いつの間にそんな魔法を……綺麗だけど。
「ほら、行くぞ」
「はーい」
俺たちは3回戦の会場へ。
3回戦の会場は今までとは違う砂漠。暑くはないが、砂浜のため歩きづらい。
「俺が突っ込むから、美鈴ちゃんたちはこの辺にいてくれ」
「分かった。気をつけろよ」
俺は1人で敵陣に突っ込みに行く。相手は13人の集団。人数差はあるが、ある秘策があった。
(あそこか)
俺は正面から立ち向かった。気付かれるが、それが狙いだ。
「かかれ!」
敵のリーダーが指示をかける。そのまま直進し、相手の近くで真上に飛んだ。そして、俺はライトショットを中心に向けて放った。中心にはリスポーンの根源であるスポーンコアがある。スポーンコアは破壊されると爆発する仕組みで、それを利用する。
「じゃあな」
俺は湘南高校の敵陣から離れる。数人生き残りは出るだろうが、大半はコアを無くす。個人でもコアは持っているが、リスポーンコアがないと復活は不可能。リスポーンコアがあるからこそ3回まで復活ができる。無くなると復活は不可能になる。
俺は美鈴たちのところに戻った。生き残りはさっき俺に向かってきた5人程度。かすり傷程度だろう。
「みんな、あと5人くらいだから突撃しよう」
「分かった。あ、ちょっとやってみたいことあるんだけど、いい?」
白雪が俺に聞いてきた。
「いいよ。俺たちを巻き込まなければ」
「ありがと。じゃあ、いこっ」
白雪を先頭に俺たちは再び敵陣へ歩いていく。白雪は手元で何かしていて、集中している。
敵陣に近づくと、白雪は手元で何かしていていたものを上に上げた。手には明るく光る球がある。
「テゥーアシーブル、ブールブリーオンツ」
詠唱を唱えると、光っていた球から光線が出て、前にいる5人に向けて飛んでいく。
「なんだ、この魔法……」
幡野も驚いている。俺も見たことの無い魔法で、まず詠唱魔法はディサピアーしか知らない。
「ゲームセット。勝ったよ」
アナウンスでも、ゲームセットを告げる鐘の音が鳴った。
「白雪、さっきの魔法はなんなんだ」
「魔法じゃないよ、あれ」
3人で驚いた。魔法じゃないんだったら、なぜ使えたんだ。
「魔術なの、あれ。詠唱が必要なんだけど、威力は魔法より強いから、使ってみたかったんだ」
魔術、か。存在自体は知っていたが、習得難易度がかなり高く、さらに、習得しても使用するのが難しかったりと、それもあって使っている人は見たことが無かった。
「仲間を巻き込む魔術が多いし、時間がかかる。ただ、威力は魔法の1.5倍~3倍。ハイリスク・ハイリターンなんだよね」
だから使ってなかったのか。
「魔法にないものが多いから、最終手段って感じ」
「あれ、なんだっけ……魔法にも似たのあったよね?」
美鈴が言う。龍夜と白雪は首を傾げたが、俺はすぐに分かった。
「コアブレイクだな。世界一難しいって言われてる魔法」
コアブレイク。世界一難しい魔法で、最上階魔法に属する。使える人は日本に“1人”、世界に5人しかいない。
「使えたらこの大会では強いよね」
「間違いないな。コアを破壊できるんだから」
この大会で使うことは無いと思うが。使える人数も少ないし。
団体戦決勝。鶴見と国府津が残った。藤沢中央は準々決勝で敗退した。
国府津は12人。俺は始まってすぐに湘南高校と同じ手を使って奇襲をかけた。
しかし、さすが決勝まで残ってくるチームだ。奇襲で死んだのは3人のみ。俺はすぐに退散した。
「あと9人か……」
俺は美鈴たちのところに戻ると、幡野にプロウティジェイをかけるように頼んだ。
「あと9人残ってる。こっちに仕掛けてくるだろうから、体勢を整えよう」
俺は3人に指示する。
「防御担当の幡野は前にいてくれ。白雪は1番後ろ、俺と美鈴ちゃんは真ん中」
『了解』
体勢を整え、的からの襲撃に備える。
数分後、襲撃が来た。敵は正面と背後から襲撃を仕掛けてきて、俺と美鈴ちゃんで的確に倒していく。
敵は強かったが、こっちの犠牲は出さなかった。しかし、1つ疑問が残った。
「あれ、美鈴ちゃん4人倒したよな」
「うん。柊くん4人で幡野くん1人じゃないの?」
そうなるが、俺は3人しか倒していない。
「俺、3人しか倒してないぞ」
「俺は1人だし、白雪は倒してないもんな」
白雪は頷く。たしかに残っているのは9人なはず。12人いて、3人倒して、そのあと8人倒した。あと1人いるはず。
「たしかに、ゲームセットにならないね」
「なぜだ……」
幡野が考えていると、白雪が指を空に向けて声を上げた。
「上!」
俺が家を向くと、最後の1人が飛行していた。その1人は俺たちが気付いてすぐに落ちてくる。
「危ない!」
美鈴がプロウティジェイを使う。着地する衝撃で飛ばされそうだった。
「君たちもよくやった。ただな、最後は俺と戦ってもらうぞ」
敵は第二階魔法「オプスキュリテ」を使い、周辺を真っ暗にした。暗闇で周辺を見えなくする魔法で、攻撃しにくい。
「幡野!そっち行ったぞ!」
幡野は最上階魔法「ファイア」を放つ。
「中々やるじゃないか。そしたら……」
敵が再び暗闇の中へ。美鈴が物体召喚魔法で何かを出し、俺の後ろに来て言った。
「柊くん、ライトショットやって」
「あぁ、分かった」
俺は暗闇の中へライトショットを放つ。当たったらラッキーみたいな感じだが。
一瞬の隙が見えた瞬間、白雪が魔術を発動させた。
「アンティアディアトゥ」
そう言うと、暗闇が無くなった。そして美鈴ちゃんが出した剣を構え、敵のところに走った。長いロングヘアを靡かせて、髪が後ろでふわふわと揺れる。
「なっ……!」
敵はそのまま消えた。ゲームセットの鐘が鳴り、美鈴がこっちに戻ってくる。
「流石だな、美鈴ちゃん」
「どうやったんだ」
幡野が聞く。
「なーちゃんに、柊くんがライトショット打ったら魔術やってって言ったの。その前に物体召喚魔法で召喚しておけば、その物体は元からあったものになるから私が戦えるってこと」
美鈴は俺のところに来て休んだ。同時に休憩場所に転移され、俺と美鈴ちゃんは一緒に休んでいた。
「次って準決勝だよね?」
美鈴ちゃんが俺に聞く。次で全グループの1位と戦うから、4校になる。そこから2校上がってそれが決勝になるから、準決勝か。
順位はトーナメント上4位まで開示される。1位は優勝チーム、2位は決勝で敗退したチーム、3位は準決勝で敗退した2校のうち、勝ったチーム、4位は準決勝で敗退し、3位決定戦でも敗退したチーム。5位以降は出ない。
「そうだね。あともう少しだ」
俺は美鈴ちゃんと抱き合った。終わったら1日あけて個人戦。とりあえず今日が終われば楽だ。
準決勝は見事2校に入ることができ、決勝進出。決定打は美鈴ちゃんのファイア。
決勝に残ったのは予想外の平塚だった。平塚がここまで来るとは……
言っちゃ悪いが、ずっと隠れててここまで来るのは不可能。ブロック内でやる最終戦が1校のみになるからだ。最低でもブロック内の最終戦で勝たないとここまでは来れない。
「また突撃してくるよ」
「今回は俺も行こうかな」
幡野が俺に言った。
「どうしたんだ、急に」
「グレネード仕掛けてくるから」
物騒なことを言い出す。別にダメではないが。
「じゃあ、行こう」
試合開始の鐘と同時に俺と幡野は突撃した。
いつも通り俺がリスポーンコアを破壊し爆発した。それで13人の内7人がゲームオーバー。さらに幡野が時間差で爆発するグレネードを仕掛け、俺たちが帰ってる途中に起爆。さらに2人がゲームオーバーになった。残り4人。結構簡単か?
「あと4人なんだけど、いけるよな」
「うん。もう行っちゃうよ?」
「どーぞ」
俺は白雪に指示した。白雪はまた「テゥーアシーブル、ブールブリーオンツ」と唱え、ゲームセット。決勝が1番あっけなかった。
団体戦優勝は鶴見。俺たちだ。
表彰され、インタビューされた。夕方だったのもあり、会場にいた選手たちはすぐに帰された。
最寄りである小田急江ノ島線藤沢本町駅から16:11発各駅停車藤沢行きに乗車。1駅だけで終点のため下車し、16:21発上野東京ライン高崎線直通、籠原行きで品川へ。
「今日はおつかれ」
幡野がみんなに言った。みんなボックスシートに座れていて、ちゃんと休めている。窓際の進行方向に向けて白雪が、進行方向と逆向きに美鈴ちゃん、白雪の隣に幡野が、美鈴ちゃんの隣に俺という妥当な席だった。
「個人戦終わったらパーティーでもしような」
「そうだな。楽しみだ」
「私焼肉がいいなー」
「私もお肉がいい」
白雪と美鈴ちゃんが言う。この2人って結構肉食なのか?
「あ、もう横浜着く……」
白雪が言う。白雪たちは横浜で京浜東北線に乗り換え。明後日までしばしお別れだ。
「じゃあね、なーちゃん」
「忘れ物ないか」
俺と美鈴ちゃんで2人に言う。2人は網棚と座席の下を確認して言う。
「大丈夫」
「また明後日な」
16:41、横浜に到着。次の京浜東北線は16:47。6分あれば間に合うだろう。
16:42、時間通り出発した。川崎に16:50に時刻通り着くが、美鈴ちゃんがあることに気付く。
「川崎で2分乗り換えって間に合うっけ」
「階段近ければ。どうして?」
美鈴ちゃんは時刻表を見せる。
「次の京浜東北線川崎16:52発の各駅停車大船行きなんだけど、鶴見に16:56に着くんだよね。横浜16:47発も鶴見16:56だから」
美鈴ちゃんが言って俺はようやく分かった。
「川崎で乗り換えた方が長くいれたか」
「そう。失敗しちゃったね」
確かにそっちの方が良かったかも。俺たちと長く話せたし。
16:50、時刻通り出発。美鈴ちゃんがE233系3000番台独特の音を聞いてるのが、俺も幸せだった。
「この音いいよね」
「墜落インバータもいいけどね。中々東海道線乗らないから聞かないもん」
いつも京浜東北線にお世話になってるのもあって聞かないからな。個人戦は平塚だから俺は聞けるか。明後日のパーティーは鶴見でやるだろうし、東海道線には美鈴ちゃんは乗らない。
品川には16:59。だが、ここからの横須賀線は内房・外房線民にとって最悪だった。
17:00発快速成田空港行きは間に合わない。次は17:08発。ただ、津田沼行き。津田沼で乗ることになるのは17:16発千葉行き。千葉行きは千葉に18:07。2分乗り換えができたとしても、次は17:09発姉ヶ崎行き。姉ヶ崎まで行って乗り換えになるのは、なんと品川17:30発快速君津行き。品川で31分の待ち時間だ。
ショートカットの京葉線で行ったとしても、最速でも乗れるのは東京17:37発外房線直通快速誉田行き。蘇我で乗り換えるのは品川17:30発君津行き。結局31分待ちになる。
「美鈴ちゃん、何か食べる?」
「夕飯?」
俺は頷いた。美鈴ちゃんは俺の手を握り、一緒に歩いていく。
俺と美鈴ちゃんはエキュート3階にあるカフェに入り、時間をつぶした。サンドイッチを2人で頼み、少し話したりして20分くらい待った。まだ残暑が厳しく、暑かったし。
「美鈴ちゃん、コーヒー飲めるんだな」
「うん。柊くんは?」
「飲めるけど、気分じゃなかった」
俺はオレンジジュースだった。美鈴ちゃん、大人っぽいなぁ、コーヒー飲んでて。俺もコーヒーは大好きだが、今日は気分じゃなかった。休日にはたらふく飲むけど。
「そうなんだ。柊くんってブラック?」
「あぁ」
美鈴ちゃんはコーヒーを少しずつ飲んだ。
17:20、俺たちは君津行きが出る13番線に向かった。17:30発で、このまま乗りかえなし。帰宅ラッシュの始めだったが、15両なのもあってさほど混んでいなかった。1号車にいたが、座れていない。
電車は総武快速線に入り、人は東京、新日本橋で増えた。人が少しくっつくくらいで、ぎゅうぎゅう詰めではない。
「柊くん、ぎゅっ」
俺は密着されてるけど。美鈴は俺に抱きついていた。
船橋まで来ると、少しは減ってきた。ただ、稲毛、千葉で再び増加。蘇我では京葉線からの人も乗せ、若干混んできた。
姉ヶ崎付近で混雑も緩くなり、木更津では席も空いていた。
俺と美鈴は当然のように手をつなぎ、家まで帰った。
俺は個人戦当日、美鈴ちゃんにせがまれて美鈴と一緒に平塚へ。美鈴はただ東海道線に乗りたかっただけらしいが。
今日は休日で、いつもよりも空いていた。いつもの6:10発で蘇我、蘇我から6:42発快速東京行きで東京。7:24に到着した。いつもはここから京浜東北線に乗り換えるが、今日は目的地が平塚なのもあって遠い乗り換えを済ませて東海道線へ。
「美鈴ちゃん、東海道線だよ」
「7:35発の小田原行きだよね」
美鈴は10番線の階段を駆け上がる。電車はまだ来ていない。美鈴ちゃんが急いだのもあって、7:33頃に着いた。
7:34、小田原行きは入線。美鈴ちゃんは2号車のボックスシートに座った。ポンポンと隣の席をたたき、俺を呼んだ。
「柊くん、おいで~」
俺は美鈴ちゃんの隣に座る。
2号車を選んだ理由って、もしかして……
「美鈴ちゃん、2号車選んだ理由ってモーター車だから?」
「そうだよ。E231系だったし、尚更よかった」
美鈴ちゃん、E231系近郊形好きだからな。俺も高速走行の時の音好きだけど。
7:35、時刻通り出発。途中、新橋、品川、川崎、横浜、戸塚、大船、藤沢、辻堂、茅ヶ崎、平塚に停車する。
「いいなぁ、やっぱり」
「俺は大船から先が好きかな」
大船までは出しても100km/h~110km/hくらい。ただ、大船からは120km/h近く出す電車もある。唸るようなモーター音が聞こえる、俺が好きな区間だ。
「分かる。いいよね、その区間」
120km/hはE233系でも聞けるが、やっぱり大きな音じゃないと。
「評定速度もその区間早いんだっけ」
俺は距離と時間を調べる。
ほとんど同じで言うと、横浜~戸塚間の12.1kmと大船~茅ヶ崎間の12.1km。横浜~戸塚間は10分で走破するため、平均速度は72.6km/h。大船~茅ヶ崎間は11分で走破するため平均速度は66km/h。大船~茅ヶ崎間は駅の停車もあるため若干遅い。
純粋に距離を除外して考えると、東京~大船の最速とみられる川崎~横浜間は10.6kmで8分。平均速度は79.5km/h。対して大船~小田原の最速とみられる平塚~大磯間は4.0kmを3分。平均速度80km/h。
「平均速度はそこまで速くないね」
「内房線よりかは速いけどね」
線形が東海道線より悪いし妥当だろう。
新橋、品川と停車し、品川からは今までより速い速度で走行する。品川~川崎間は、京浜東北線の大井町、大森、蒲田を通過。
「柊くん、個人戦って何時くらいに終わる?」
美鈴がくっついてきた。
「一応16時までに終わらなければ二日目に持ち越しだけど」
「分かった。じゃあ私柊くんの試合みてよっかな」
観戦だけはできるんだっけ。じゃあ見ててもらおうかな。
「あぁ。いいよ」
「やった!」
美鈴は俺にピッタリくっつく。美鈴ちゃん、イチャつく場所選ばないからなぁ。梨津とは違って。
あぁ、そういえば梨津も電車で旅するの好きだったな。
「柊くん?大丈夫?」
美鈴が俺の目元を拭く。拭いたあとも俺をじっと見つめて俺に近づく。
「え?」
「泣いてたよ?」
いつのまにか泣いていたらしい。いつもはこんなに簡単に泣くことはないのに。
「ごめん。疲れてたのかな」
美鈴は「そっか」と言って座っていた位置に戻った。
横浜には8:01。少し停車してすぐ出発。次は戸塚で、駅間も長い。途中横須賀線の保土ヶ谷、東戸塚を通過。10分かかる。
戸塚には8:12。すぐに出発し、大船に停車。8:17だった。
「あとどのくらいだっけ」
美鈴が聞いてくる。
「20分くらいかな」
俺は時間を調べながら言った。帰りも時刻も調べたかったし。
平塚には8:35。すぐに俺は会場まで行き、手続きを済ませた。128人が参加し、トーナメント戦。個人戦は団体戦と異なりコアは1人1つ。かつHP制になる。1試合の制限時間は15分。制限時間を過ぎるとHPが多い方の勝利になる。極端な話隠れてれば勝てるが、それを防ぐためにフィールドの面積は団体戦の10%。10分の1だ。およそ1辺が1kmの正方形になる。
128人で戦って64人を決め、さらに戦って32人、16人、8人と削っていき、最終的に2人になったところで決勝だ。俺は選手番号67番。68番の選手と最初は戦う。
「柊くん、頑張ってね」
「ありがと」
個人戦が始まった。64試合全て同時に始まる。
俺の戦うフィールドは工場だった。隠れる場所は多く、狙撃もしやすい。
「俺もやられやすいな」
俺は開けたところに向かう。ここでやるのは分が悪すぎる。
開けたところで俺は敵を待った。こっちに来るはずなんだが。
案の定こっちに来た。俺はすぐに火炎魔法を発動させる。あっけなく勝利した。
64人まで減り、再び試合が始まる。ここからは結構手強く、中々倒せない。
(来てくれたら楽なんだが……)
俺は工場の外壁に上った。周囲がよく見えて、偵察にはもってこいだった。
(ん?あれは……)
俺はライトショットを放つ。俺がみつけたもののHPが減る。やっぱり敵だったか。
「エクスプロージョン」
遠くから爆発魔法を使う。さっきまで敵が居たところで爆発し、試合終了。
そして決勝になった。決勝は砂漠エリアで、見通しがいい。それもあって、今までのように隠れて準備する時間も無い。
「君が団体戦優勝のチームか」
「そうだな」
俺がそう言うと、敵はすぐに俺の横にまわり、俺を拘束魔法を使って拘束した。
「っ……」
「試合はすぐに終わらせないと」
敵は俺の身体に手を当て、ライトショットを放とうとする。この近さで打たれたら確実に死ぬ。
しかし、俺はずっと封印していたあの魔法を使った。今の状況から唯一勝てる方法だ。
「コアブレイク」
あの習得が難しい魔法だ。日本で1人しかいない人は俺だ。
コアブレイクを使った瞬間、相手のHPは0になった。
紙吹雪が出てきて、優勝を祝福される。
「おめでとうございます!個人戦優勝は、鶴見の影山柊!」
俺は強制的に現実世界に戻された。美鈴ちゃんが転移先にいて、転移が終わるとすぐに抱きついてきた。
「柊くん、おめでとう」
「ありがとう、美鈴ちゃん」
俺は美鈴ちゃんと一緒に表彰台へ。1番高いところに乗り、俺はトロフィーを貰う。
そして、俺はインタビューも少し受け、平塚駅に戻った。トロフィー、目立つな……
「トロフィー目立つね」
「そうなんだよね。どうしようかな……」
俺と美鈴は16:19発湘南新宿ライン高崎線直通、特別快速高崎行きで横浜へ向かう。横浜までの最速で、4分前に出た普通宇都宮行きも大船で追い越す。
16:48、横浜に到着。幡野と白雪が関内の焼き肉屋で待っている。個室がある焼き肉屋で、食べ放題。
16:54発根岸線大船行きで関内へ行き、幡野と白雪と合流する。
焼き肉屋に着くと、俺たちは4人全員で焼肉を頼みまくった。
「久しぶり~、こんないっぱい焼肉食べるの」
「言われてみればそうだなぁ。あいつと来た以来だな」
幡野が含みのある言い方をした。白雪と美鈴は幡野に聞き返す。
「あいつって?」
「茅野だよ。茅野梨津。あいつ今何してるか分からんけど──」
俺はその言葉が脳内に反響する。
幡野が、梨津と知り合いだった……?
梨津が焼肉好きだったのか?知らなかった。
もしかして、俺は梨津のことを何も知らなかったんじゃないのか……?
俺はその場にいるだけで心が苦しくなり、焼き肉屋から飛び出た。
外は冷たい雨が降っていた。土砂降りで、付近は洪水しそうなくらいだった。
(俺は、何も知らなかったんだ……)
俺は付近を彷徨った。もうどこに行けばいいかも分からず、適当になっていた。自暴自棄で、もう何も考えられなかった。
私は焼き肉屋を出て柊くんを探しに行った。
幡野くんが梨津さんと縁があったなんて誰も知らなかった。ただ、柊くんは多分自分より梨津さんを思っている人が現れて情緒不安定になった。
私は山下公園まで歩き探した。柊くんだったら、こういうとき何してるんだろう。1人でいるのかな。それとも、遠くに行くのかな。
私は全力で考え始める。山下公園に吹く海風が私の頭を冷やす。丁度いい冷やし方だった。
(柊くん、1人でいる……)
1人でいるという結果になった。柊くんは悩むときは絶対1人。遠くには移動しないはずだ。
(じゃあ……!)
私は夜の山下公園を桜木町方面に走った。走りながら次のみなとみらい線を調べる。
今居る場所から最も近いのはみなとみらい線みなとみらい駅。ただ、間に合いそうにない。
私はコスモワールドを横目に道路を走っていく。
細い路地があるところで私は方向を変え、路地裏を進んでいく。
(柊くんだもん。1人だったら……)
私は路地裏をゆっくり歩いていく。
そして、少し開けたところで、人影が見えた。何か結んでいるようで、上を向いて作業している。何か言ってるかな……
「大人しくしてろって」
作業している人がそう言う声が聞こえた。
(この声、聞いたことある……)
今日聞いた声だ。たしか、個人戦の時のアナウンス……
私が1歩前に出ると、その人の向いていた先にはロープで吊された人がいた。少し前まで暴れていたようだったが、もう動いていない。
「あなた……!」
私の予想通り。声の正体は今日の個人戦のアナウンサーだった。
「……バレたか……」
その人は私の横を通って逃げようとする。
「逃げないで」
私は第二階魔法「レストリクシオン」で敵の動きを封じる。動きを封じてから私はロープを解く。
重力に従って身体が落ちてくる。
「なんのつもり。警察呼ぶよ」
「っ……なんだ、離せ!」
敵は拘束されて動けない。私はその隙に警察を呼び、ロープで吊られていた人を助けた。
「あの、大丈夫──」
その顔に見覚えがあった。というか、毎日見ている顔だった。
そのあと、サイレンが近づいてきたが、私の視界は真っ暗で、それ以降の記憶は無い。
「っ!」
私が目を覚ますと、眩しいほどの光がさしてくる。一度目を擦ってみると、少しずつ場所が分かってきた。
「美鈴、よかった。目を覚ましたか」
幡野くんの声だった。私はゆっくり声の方向を振り返る。
「幡野、くん……」
「今日は、柊のことで悪かった。柊のことを知らずに言ったりして」
幡野くんは私に謝っていた。
「私はいいけど、柊くんは?」
「柊だったら許してくれたよ。少し前に少しだけ目を覚まして」
よかった。柊くんはまだ生きていたんだ。
緊張が解けてどっと疲れがでてくる。しかし、1つだけ引っかかる言葉があった。
「少しだけ、って?」
「あぁ。柊が『大丈夫。気にすんな』って言ったあとにまた眠ったんだ」
意識がまだ完全に戻ってなかったのかな。
「1回は覚ましたんだ」
「あぁ。だから──」
幡野くんがそう言っている最中、看護師さんが走って1つの病室に入っていく。305号室で、幡野くんが目を見開いた。
「柊……!」
「え?」
聞き間違いじゃなければ、さっき柊くんのことを言っていた。
「柊の病室なんだ、305号室は……!」
じゃあ、柊くんの病態が急変したってこと……?
「柊くん……!」
看護師さんがまた数人入っていく。
そしてしばらくして、みんな出てきた。そして私たちの方に歩いてきて、言った。
「先ほど、影山さんの心配が一時的に停止しました。ですが、対処したので大丈夫です。ご心配おかけしました」
「そうですか。よかったです」
柊くんは生と死の境界線を歩いてる。少し違う方向に行ったらどちらかの結果になる。そんな危機的な状況にいる。
私は久しぶりに、1人で帰った。いつも通っている道なのに、なぜか寂しい。いつもより暗いような気がするし、寒い気もする。
21:01発各駅停車南浦和行きで川崎へ行き、川崎から21:10発上野東京ライン宇都宮線直通小金井行きで品川へ。21:19に品川に到着すると、4分後の21:23発総武快速線、内房線直通、快速君津行きで木更津へ帰る。
22:55、木更津に到着し、家に帰ったが、気が気じゃなかった。柊くんともう会えないかもしれない、と思うと泣きそうだった。
私はまっすぐ自分の部屋に行き、枕に顔を埋めた。
翌朝、ほとんど放心状態で遅めの電車に乗った。
平日ラッシュから外れた、9:59発総武快速線、横須賀線直通逗子行きで横浜へ行き、移動された横浜総合病院へ。
横浜から12:08発ブルーライン快速あざみ野行きであざみ野へ。12:33、横浜総合病院に着くと、駅前から12:44発あ27系統、すすきの団地行きでもみの木台バス停へ。
柊くんの病室に入ると、1人で静かに眠っていた。
私が入っても、近くに座っても動かない。首の痣が痛々しく感じる。
「柊くん……」
そう呟いた瞬間、心拍数などを示すモニターから音が鳴り、慌てて見ると心拍数が0になっていた。
それが示すことは、柊くんの心臓が止まったこと。もう、柊くんとは話せない。抱き合えない。
心臓がキュッと締め付けられ、私は柊くんがかけている布団の上で泣きじゃくった。
「柊くん……!まだ話したいよ……!まだハグしたいよぉ……!」
何も考えられず、羞恥心なんて一欠片もなかった。
「早いってぇ……もう……」
私は涙で布団が濡れるくらいまで泣きじゃくった。
もう戻れない、あの瞬間。名残惜しい。
「泣くなって。美鈴、ちゃん」
柊くんの声が聞こえた。
ずっと聞いてなかったあの声だ。低いけど優しい声。
「柊くん……」
もう、私には幻聴も聞こえてるんだ。柊くん……
「俺、生きてるって」
「え……?」
私が柊くんを見ると、目を開けた柊くんがいた。私は現実かどうかみるために柊くんの顔に触れた。
「なに、嬉しい、のか?」
実際に触れることができた。幻覚じゃない。幻聴じゃない。
「影山さん!だいじょう……」
看護師さんたちが来るが、状況を飲み込めずに立ちすくんでいた。
「ついさっき、この子のおかげで意識が戻りまして」
そう言うと、看護師さんたちは不思議そうにしたが、やがて離れていった。
それより、柊くんが生きていたことが嬉しくて、泣き出した。
「おい、泣くなって」
「だってぇ!」
柊くんは私の頭を優しく撫でてくれる。
泣き止んだあとの顔で外に出るのは少し恥ずかしがったが、柊くんのことを待っていた。
意識が戻ったのもあって、当日の夜に退院になったからだ。
柊くんは看護師さんに支えられて出てきた。私はすぐに駆けつけ、柊くんのことを支えた。
「もう大丈夫です。お世話になりました」
柊くんが看護師さんを離し、私にくっついた。
(いつもの感触……)
いつもの感触はいつもよりも若干気持ちよかった。柊くんからずっと離れてたからかもしれない。
「美鈴ちゃん?」
柊くんに呼ばれた。返事の代わりに柊くんの腕にしがみつくと、柊くんは頭を撫でてくれた。
もみの木台バス停から20:33発新23系統新百合ヶ丘駅行きで新百合ヶ丘駅まで行く。
少し前まで毎日来ていた場所をみると、私と柊くんは懐かしんだ。
「初めて会ったの、美鈴ちゃんが乗り間違えたときだよね」
「うっ……その日の南武線で壁ドンしたの誰だっけ?」
図星だった。まだ停車駅を覚えてなかったせいで乗り間違えたんだもん。
「それは……ほら、結果としてよかったじゃん?」
「ふーん?柊くんは知らない人に壁ドンしちゃうんだ」
私がニヤッと笑うと、柊くんは図星だったように慌てだした。
「いや、その、あ、あれだよ。そう、ほら」
「冗談だよ。ふふ、柊くん面白い」
そう話していると、バスは新百合ヶ丘駅に着いた。
21:06発快速急行新宿行きで代々木上原へ向かい、千代田線に乗り換える。もう夜遅いため、柊くんがお母さんに蘇我駅まで迎えに来るように行ってくれていた。
21:23、代々木上原に到着。21:06発千代田線各駅停車我孫子行きで日比谷へ。
「千代田線乗るの久しぶりだね」
「言われてみれば確かに」
柊くんも久しぶりだったんだ。
柊くんは私にくっつくと、耳元で囁いた。
「もっと2人で行きたいな」
「ふぇっ」
ビックリして変な声が出た。柊くんは変な声が出た私を笑い、すぐ隣でくっつく。
「どうしたの?」
柊くんが聞いてくる。さっき、からかったせいなのか、柊くんは私のこともからかう。
「むぅ……」
電車は地下を静かに走り続ける。
日比谷には21:42。このあと21:46発日比谷線北越谷行きで八丁堀へ。
八丁堀には21:53。京葉線に乗り換え、22:06発京葉線快速蘇我行きで蘇我へ。
越中島を通過すると、電車は地上に出た。
「久しぶりの地上だ~」
「真っ暗だけどな」
確かに真っ暗。遠くに光もあるが、近くは暗い。
新木場を出発し、舞浜に到着。舞浜のホームはディズニーからの帰りの人でごった返していた。その半分くらいがこっちを向いていて、乗ってくる。
「わわっ」
「美鈴ちゃん、こっち」
柊くんは私の手を引く。柊くんに近づいて分かったが、まだ首に痣が残っている。ロープの痛々しい痕がまだあった。
「柊くん、痛い?」
「大丈夫だよ」
柊くんは何か思い詰めたような表情をした。私は少し不安になった。
「美鈴ちゃん」
柊くんが私を呼ぶ。
「なに?」
私が答えると、柊くんは両手を私の後ろにやった。
「近くにいて」
甘えてくるようにみえるが、多分違う。
柊くんを絞めた犯人が梨津さんを殺した犯人と同一人物で、思い出すと辛いんだろう。
私は静かに柊くんにくっついた。柊くんは強いような、優しいような強さで私を包み込んだ。
22:46、蘇我に到着。お母さんが駅前に車を止めていて、私たち2人で車に乗った。お母さんも柊くんを心配していたらしく、安堵の表情を浮かべていた。
家に着いたのはもう日付が変わる直前。すぐに寝て、明日の朝シャワーを浴びることにした。
翌朝、4時半に起きてシャワーを浴びた。この時間じゃないと朝の電車に間に合わない。
私が身体を洗っていると、お風呂のドアが開いた。柊くんだ。
「入ってたか」
「うん。あ。ねぇ」
私は柊くんの方向を向いた。そして胸を少し寄せて言った。
「胸、大きくなったかな」
「んー……まぁまぁ」
柊くんの反応に、私は少し怒った。
「何よその感想」
「少しは大きくなったかな~って」
けど、大きくなってよかった。これで柊くんを色仕掛けできる。一歩近づいた。よし。
「柊くん、ほらっ」
私は胸の谷間に柊くんの顔を挟んだ。
「まだかな」
「むぅ……」
私は柊くんから離れた。
「俺は美鈴ちゃんとくっついてたい。小さくてもさ」
柊くんを抱き寄せる。乳首が柊くんの身体に当たって、一瞬ビクッとする。
柊くんと一緒にいつもの電車に乗っていった。鶴見に着いて、手をつないで学校に入ると、みんなから拍手が起こる。
「総合優勝おめでとう!」
そういえば優勝したんだっけ。
「ありがとう」
柊くんはクールに返した。
ふわぁ、そんな柊くんもかっこいい♡ でも、クールに装わないと恥ずかしいし……
「美鈴ちゃん?どうかした?」
「なんでもない」
冷たく返してしまった。クールを装ったがゆえに冷たかった。
ごめんね柊くん、許して?家に帰ったらいっぱいイチャイチャするから。
帰りまでが長く感じたが、私は柊くんの腕に抱きついて京急線の鶴見に向かった。他のクラスメートと食べていたからだ。
京急鶴見18:51発エアポート急行羽田空港行きで京急川崎、京急川崎18:57発特急青砥行きで品川へ。
エアポート急行は空いていて、京急川崎まで快適だった。柊くんも1駅だけなのに寝てたし。
京急川崎からの特急は若干混んでいた。座席は全て埋まり、立ち客もそれなりにいる。乗車率は70%前後だろうか。
京急蒲田からまた混んできて、乗車率は90%前後まで上がった。平和島、青物横丁と停車し、品川駅2番線に到着。
「柊くんっ、イチャイチャしない?」
「まだ早いかな~」
「むぅっ」
早くイチャイチャしたくてたまらなかった。次の電車が混んでることを少し望んだ。
19:18発総武快速線直通津田沼行きで東京へ行くが、電車はガラガラ。座れるくらいだった。
東京から混んでると思いきや、まさかの東京始発。19:33発内房線直通、快速君津行き。東京の時点で座れてしまい、イチャつけない。
錦糸町から人がドサッと乗ってきたが、座ってせいで関係なかった。というか、乗車率は100%に達していそうだった。私は柊くんに少しくっつくことしかできず、不満だった。
「美鈴ちゃん、不満そうだね?」
「いいもん。家帰ってからにするもん」
イチャつかせてよ。我慢できないんだから。
家に着いてから私は柊くんと2人きりでくっついていた。さて、もうそろそろ……
「美鈴ちゃん」
柊くんが私の名前を呼んだ。
「なに…………ひゃっ」
柊くんは私の体を押し倒した。腕を掴まれて身動きが取れない。
(うわぁ……柊くんに押し倒されてるよぉ……)
柊くんは私に顔を近づける。鼻が触れて、息がかかるくらい近い。
「美鈴ちゃん、好きだ」
「私も……」
私は目を瞑った。キスされそうだったし。
しかし、柊くんは私の期待とは裏腹に、頬に唇をつけた。
「え?」
「ダメだった?」
柊くんは微笑んだ。なんかズルい。
「うん……」
「じゃあどこにしてほしかった?」
「っ!」
私の身体が急に暑くなった。恥ずかしくなって、多分体全体が赤くなっている。
「言わなきゃ、ダメ?」
「ふふっ」
柊くんは笑うと、今度はすぐに近づいた。
チュッ
柊くんの唇が私の唇に触れた。
「~~~~~~~~っ!」
言葉にならない声が出た。不意打ちすぎた。まさかこうやってキスされるなんて……
「ふふ、かわいい」
柊くんは私を抱き寄せて言った。
「ひどいよぉ……イチャイチャするの私からだと思ってたのに」
「だよな。そう思ってたから俺がやった」
柊くん、少し意地悪なところあるからなぁ……まぁそれも含めて好きなんだけど。
「柊くんっ」
私は柊くんを抱きしめた。
また柊くんはバイトに出かけた。私ももちろん一緒で、木更津駅に柊くんと2人で待っていた。
「ねぇ、デート決まった?」
「まぁ、なんとなく」
柊くん、どんなデートプラン考えてくれてるんだろう。楽しみになってきた。
木更津10:28発上総一ノ宮行きは木更津始発で、ボックス席に座った。柊くんは私のことをずっと触っていて、ちょっと恥ずかしい。
「柊くん、なんで触ってるの?」
「美鈴ちゃんの体、少し冷たくて、柔らかくて気持ちいいからさ」
感想いっぱいあった。ちょっと照れくさいけど、嬉しい。夏なのもあって少しヒンヤリしてる方がいいのかな。
内房線を館山で降りた。今回は私と柊くんそれぞれ別の講演になる。私が地域向けの講演、柊くんは中学生に向けた講演だ。
私は公民館で講演を行う。12:45、講演会が始まる。
「今回は、魔法の使い方について話していきます」
こうして講演を続けていったが、20分ほどやった後に事件は起こった。
「──ですから、この魔法を使用するときには」
そう言うと、観客の1人が暴走し始めた。
「こうするんだろ?」
そうして私が言っていた禁止階魔法を使った。使うときの術式は教えてないのに、なんで。
「オールリフト!」
全魔法解除魔法を使ったが、その観客は構わず使用し続ける。特定地点爆撃魔法。ここを爆破する気だ。
「なんで!」
私は万が一に備えて防護魔法を他の観客の前に展開した。
もうその人は魔法を発動する直前。もう無理かもしれない……
魔法が発動された。観客の前に防護魔法は展開していたが、私はそれよりも前にいる。巻き込まれる位置だ。
(ごめん、柊くん……)
そう思って目を瞑ると……
【影山柊視点】
「こうして魔法は使われてるんだ。他にも──」
その説明を始めようとすると、魔法使用の通報が俺のスマホに入った。禁止階魔法の使用だ。
(禁止階魔法の使用か……場所は)
ピンが示していたのは館山の公民館。ここからもそう遠くはない。
(この公民館……)
1番近い公民館だと、美鈴ちゃんが講演しているところではないか。そうすると、美鈴ちゃんは今……
「ごめん、今日は一回中断する。また明日……」
先生に視線を向けると、頷いてくれた。
「また明日続きやるから。じゃあ、また!」
俺は中学校から飛び出した。間に合うだろうか。
時間停止魔法もここで使っても効果範囲外。全力で行くしかない。
公民館は警察も外にいる厳重警備だった。俺は警察に自分の立場を話し、中へと入る。
犯人からみえない位置で俺は魔法を発動する。もう犯人が放とうとする直前だった。
「ル・タン・サレットゥ」
時間停止魔法。そして俺は犯人が放とうとする魔法の解析を始める。
(特定地点爆撃魔法か。魔法構造からリフト系では解除できないな)
俺は爆撃魔法に対抗する魔法を探した。
(魔法発動にコアがあるな。このコアが爆撃魔法の根源か)
そうすると、あれを使えば。
俺は時間停止魔法を解除し、解除してすぐにこう発した。
「コアブレイク」
魔法で使うコアが最も近くにあるコア。それが破壊されたため、爆撃魔法は撃たれない。
「んなっ!」
俺は犯人の手を床に押さえつけて拘束する。
「もうまもなく警察が来る。そっちにお世話になるんだな」
俺は警察が来るまで押さえつけていた。
警察に引き渡し、俺は美鈴ちゃんのもとに行った。
「美鈴ちゃん、大丈夫か。怪我とか無いか」
「うん……」
安堵の表情で俺にもたれ掛かる。
「あとの講演、頼んだよ。あ、けど魔法は使えないからね」
俺は魔法禁止結界を張った。まだ仲間が居る可能性だってあるし。
「ありがとう、柊くん……」
美鈴ちゃんは講演を続けた。
危険な目に遭わせてしまったのは俺の責任だ。美鈴ちゃんが付いてくることを許可したのも俺だし、別々行動を提案したのも俺だった。やっぱり、美鈴ちゃんには危険だったか。
館山13:45発木更津行きで君津へ向かった。ボックス席に座れて、美鈴ちゃんもうつむき気味だったが座っていた。
「今日の件は気にしなくていいよ。君のせいじゃない」
美鈴ちゃんは小さく頷いた。気にしているのか、顔を上げない。
「美鈴ちゃん、ハグしよっか」
美鈴ちゃんを俺は抱きしめた。思い詰めてそうで、俺の方は見ない。しかし、ハグしている内に美鈴ちゃんには涙が浮かび、少し声が出始めた。
「今泣いたらいいんだよ。ほら、いっぱい泣け」
俺は抱きしめたまま言った。美鈴ちゃんも小さく声を上げて泣いていた。
14:50発総武快速線直通、快速久里浜行きで隣の木更津まで。乗ってきた電車は君津で20分停車し、15:06発。18分遅く着く。
「落ち着いた?」
「ぎゅぅ……」
ハグするのが好きになっちゃったかな。
「離れちゃダメか?」
「ダメ。ぎゅぅ……」
やっぱり好きになったか。安心できたりするのかな。なんかそんなこと聞いたことあるし。
14:56、木更津に到着。歩いて帰り、俺と美鈴ちゃんは家でゆっくり休んだ。
「明日は?」
「俺だけ呼ばれてるから、美鈴ちゃんは家で待機」
学校の講演の続きだからだ。
「一緒に行けないの……?」
「残念ながら」
美鈴ちゃんはまた抱きついてくる。
「今のうちに愛を……」
「なんだ、それ」
美鈴ちゃんは抱きついて俺から愛を吸収する。いや、何言ってんだ、俺。
その日の夜は俺から見えるところに美鈴ちゃんがずっといた。俺からすると目の保養になってありがたいんだが、ずっと付いてくるとは……
「柊くん、どこ見てるの?……エッチ」
「あ、ごめん。胸見てた」
嘘を言ってもどうせ気付かれるし。
「胸全体じゃなくてさ、乳首見ればいいじゃん」
「なぜ勧める」
俺がそう言うと、美鈴ちゃんは胸を持ち上げて言った。
「乳首触って?」
「分かった」
俺は美鈴ちゃんの乳首を触った。少し喘ぎ声を出して、色っぽい感じがする。
湯船に浸かると、2人とも全裸のままくっついた。夏なんだけどな、まだ。
葉が紅や黄色に染まり始め、いかにも秋が来たように振る舞い始めた9月下旬。
鶴見魔法科高校では林間学校を行っていた。場所は長野県の森林。木が生い茂り、方向感覚を失いそうだった。
宿泊場所はこの森林を抜け、市街地の方向に10分ほど歩いた場所で、昼間から夕方にかけてハイキングをすることになっていた。
「ねーねー、疲れたよぉ」
俺たちのグループは白雪凪沙、幡野龍夜、俺、そして葉山美鈴の4人グループだった。仲の良い4人だった。
「まだ30分も歩いてないぞ?」
「森の中歩きたくないもん……」
「それは分かるかも。虫とかいるもんね」
美鈴ちゃんが共感してしまった。やっぱり、この2人に森林ハイキングは向いてなかったんじゃないか……?
「まだ5kmくらいあるんだから、頑張ろう」
俺がそう言っても、美鈴ちゃんたち2人は疲れていそうに言った。
「1時間くらいかかるじゃーん」
「足が棒になりそう……」
運動不足の2人には最適、とも言えるが、少しハードすぎたかな。
16:00になり、俺たちももうすぐ森林から出れることになった。女子2人はテンションが上がってきたのか俺たちより前に行く。
「待て待て、転ぶぞ」
「大丈夫だよ。もう普通の道路歩けるもん」
そう言っていると、美鈴ちゃんが悲鳴を上げた。幡野は誰が上げた悲鳴か分からずに辺りを見渡していたが、俺は一瞬で分かった。
「美鈴ちゃん!」
俺は美鈴ちゃんの悲鳴がした方向に走った。
そこには、美鈴ちゃんが引っ張られているのが見えた。でも、引っ張られているはずなのにそのものが見えない。
「幡野、美鈴ちゃんが引っ張られてるの、見えるか」
「あぁ。でも、何に引っ張られてるんだ?」
幡野にも見えていないらしい。そうなると、人間じゃないか、もしくは透明化を使っているか。
「あれ……!」
白雪が魔術を発動させた。術式を唱え、白雪の前に大きな円陣が出来上がる。
「やっぱりそうだ!」
「なんだ」
幡野が聞き返すと、白雪は円陣を俺たちの前に移動させた。
「この魔術、アンデット系モンスターの索敵魔術なんだけど」
美鈴ちゃんが首から上のない不気味なモンスターに引っ張られているのが見えた。人間の首から上がないやつ。怖い。
「とにかく助けないとだよな」
「うん。行こう」
3人で美鈴ちゃんを助けに行った。
俺が美鈴ちゃんの手を掴んでいるアンデットモンスターの手を叩き、離させた。
「美鈴ちゃん、大丈夫か」
「うん……って、柊くん!腕!」
美鈴ちゃんは俺の腕を指さす。
俺の指は青黒く染まっていっていた。ちょうどアンデットモンスターに触れたところからだ。
「柊くん!」
白雪が治癒の魔術をかけるが、全く効果が無いように見える。
「痛っ」
痛みがでてきた。血などは出ていないが、身が削られるような痛みがずっと続いた。
「柊くん!お願い!」
「柊!」
3人は俺に治癒魔法をかけ続ける。龍夜はそのあと本部に連絡し、救急を呼んだ。
結果、俺は長野県内の大病院に緊急搬送され、左腕一帯の手術を行った。左腕が前のように使えるようになるには1年ほどかかるらしい。退院はできるものの、左腕は包帯で巻かれていた。
魔法被害手当金で俺は長野から木更津まで帰った。左腕はほぼ動かない。肩から包帯が巻かれ、痛みも若干は残っている。
長野駅から北陸新幹線に乗車した。11時台~15時代に長野を出発する電車は全て東京まで先着する。俺が乗ったのは14:29発あさま620号東京行き。
東京には16:12。かなり遠い乗り換えだが、京葉線に乗り換える。16:34発快速蘇我行きで終点蘇我へ。美鈴ちゃんは学校らしく、帰っていないらしい。残念だ。
17:16、蘇我に到着。17:21発君津行きで木更津まで。
家に着くと、母さんが玄関で出迎えてくれた。悲しそうな、心配そうな顔だった。
「……悪い。心配かけた」
「……しばらくは安静にしてなさいね。悪化したら大変だから」
母さんはそう言ってリビングのソファに座った。俺は部屋にそのまま向かったが、いつもより背中は冷たく感じた。
美鈴ちゃんが帰ってくると、美鈴ちゃんは部屋には入ってきたが、何も話さなかった。部屋の中が静寂で包まれ、緊迫した空気感が漂う。
「えっと……」
「……バカ……」
美鈴ちゃんは俺の隣にゆっくり歩いてきて、右腕に触れた。
「無理しすぎだよ……」
「悪かった。ただ、美鈴ちゃんは無事だっただろ?」
「そうだけど、柊くんがダメじゃん」
美鈴ちゃんは心配してくれてそうだった。
「しばらくハグはおあずけ?」
「そうだね」
そう言うと、美鈴ちゃんはため息をついて俺に寄りかかった。
「そっか……腕、痛い?」
「少しだけ、な」
美鈴ちゃんは俺の左腕を見た。改めて見ると結構すごいことになってる。左肩から左手首まで包帯で巻かれているのだから。
「すご……お風呂のときは?」
「一回外す。かわいい彼女に外してもらえたら早く治りそうだな~」
そう言うと、美鈴ちゃんはピクッとした。猫耳があるんだったら動いたかな。
「私が外す。早く治す」
美鈴ちゃんが自信ありげに言う。
「じゃあつけてもらいたいな。ついでに」
「まかせて!」
ふんっと美鈴ちゃんは胸を張る。頼もしいな、俺の彼女は。