車を走らせ、俺たちは辻堂の海水浴場に向かった。つい一昨日行ったばかりだったが、海水浴場は行っていない。瑞浪も楽しみにしていた。
海水浴場に着いて、母さんと父さんは帰った。送ってもらうだけだったからだ。
瑞浪は更衣室に行かずに、車の中で着替えていた。なんとなく嫌な予感がするのだが、まぁ気のせいか。
「愁くん、海行こうよ~」
「ちょっと待て、脱いだ服は」
「あー、確かに更衣室持ってかないとね」
瑞浪は脱いだ服を女子更衣室の中にあるロッカーに入れにいった。俺もその隙に男子更衣室に入り、水着に着替える。
一昨日のようなことが起こらないよう、俺はすぐに着替えてすぐに出た。
瑞浪より先に出られた。瑞浪はまだ時間がかかっているのだろうか。
「ごめーん、ちょっと時間かかっちゃった」
瑞浪が更衣室からの階段を降りてきた。レースのついたビキニが風によって靡く。瑞浪の体全体がいつもより露出していて、綺麗に見える。
「どうしたの?なんか固まってるけど」
瑞浪が俺を覗き込む。
「んがっ!ご、ごめん」
瑞浪は俺の腕にしがみつく。俺の右腕が胸の谷間に挟まる。瑞浪が俺の方をニヤリとじっと見ている。
「わざとか……?」
「うん。だってこうもしないと愁くん振り向いてくれないじゃん」
瑞浪の右腕には浮き輪が持っていて、いかにも海にいるかわいい美少女だった。
瑞浪は浮き輪の中に入り、海水面上をぷかぷかと浮かぶ。俺もすぐ横で見守っている。瑞浪のお母さんのことは少しでも忘れさせたい。瑞浪は俺が守る。そう決めた。
「愁くん、もうちょっと深いとこ行かない?」
「あんまり行くと危ないぞ。プールじゃないんだから」
俺の足が少し離れるくらいのところまで俺は瑞浪の浮き輪を押した。これくらいだったら何かあっても瑞浪を押して陸まで行ける。
「えいっ!」
パシャッと瑞浪が俺に水をかける。
「瑞浪……」
俺も瑞浪に水をかける。瑞浪がやってきたのより少量だったが。
「ひゃっ!もうっ」
水のかけ合いが始まった。両方びしょびしょになるまで続けて、途中でフェイントをかけたりと、2人だけで楽しんでいた。
海から上がり、俺たちは2人で何か食べ物を買いに行った。1人で行かなかった理由は、一昨日の事件のようなことがないようにするためだ。
「結構いっぱいあるね」
「そうだな……何が食べたい」
俺が聞くと、瑞浪は商品の写真を見つめる。
「これ!」
瑞浪が指さしたのはかき氷。俺はそれを2つ頼んだ。
「味はどうされますか」
定員さんに言われて俺たちは顔を見合わせる。2人とも「何味がいい」と聞こうとしている。
「私、ブルーハワイがいいな」
「俺、メロンがいいな」
2人同時に言った。女性の定員さんも空気を読んで「かしこまりました」と言ってかき氷にブルーハワイとメロンをそれぞれかけた。
2人でかき氷を持って近くにあった、木製の椅子とテーブルがあるところに行って、2人向かい合わせで座った。
「冷たい……」
一気に食べたせいか、瑞浪は頭を抱えて言う。
「一気に食べすぎだよ。そんな早く溶けないから」
「むぅ……」
瑞浪はさっきより少しずつ食べる。瑞浪って単純だもんな。
俺も食べ進めていると、瑞浪は俺のかき氷をじっと見つめ始める。なんか食べづらい。
「どうした?」
「いや、そっちも食べてみたいなーって」
少し身を乗り出して言う。そこまでして食べたかったか。
「じゃあそっちのも少しはくれよ」
「そうじゃないと平等じゃないからね。いいよ」
俺たちは自分のスプーンでかき氷を取り、お互いの口元まで運んだ。ほぼ同時にそのかき氷を食べる。ブルーハワイ結構濃かったんじゃないか、と思うくらい味がした。
「メロン濃くない?」
「そっちもブルーハワイ濃くないか?」
両方同じことを感じたらしい。かき氷だから少しは薄くなるかと思ったんだが。
「薄くなると思った?」
「思わない?普通」
瑞浪にそう言うと、瑞浪は頷いた。
「だって私もそう思ったもん」
お前もか、とツッコミそうになったが、瑞浪にそう言うのも何か悪かった。
「早く食べちゃお?」
「ん、あぁ」
俺と瑞浪は残りのかき氷を食べた。
食べ終わると、瑞浪は一度更衣室に行った。恐らく俺が選んだ水着を着てくるんだろう。
「お待たせ、愁くん」
「おう。かわいいね」
瑞浪が着ていたのはやはり俺が選んだ水着だった。
「ありがとう。もうちょっと泳いでこよう?」
「あぁ、いいよ」
俺と瑞浪はもう一回海の中へ入っていった。
そして、夕方になって海から帰る時間になった。帰りは自分たちで家まで帰ることになる。
俺は更衣室に入り、着てきた服に着替える。瑞浪も今頃着替えてるんだろうな。あれ、そういえば……
俺は家で瑞浪が言っていたことを思い出す。たしか瑞浪って……
〈中編から抜粋〉
俺は部屋の中に入った。
「どうかしたか」
「どうかなーって、この水着」
昨日買ったやつか。そういえば見ていなかった。
着た姿だけは想像していたが、まさかこんなに似合うとは……
「に、似合ってるよ……すごく……」
「そう?ありがとっ」
瑞浪は水着の上にワンピースを着た。
そう、水着の上にワンピースを着ていた。いや、下着も別で持ってきてるのかもしれない。
そう思っていると、瑞浪が更衣室から出てきた。ワンピースではなく、いつもの俺の好きなスタイルで出てきた。そんな服も持ってきてるのだから、下着もあるんだろうな。
「ごめん……遅くなっちゃった……」
「大丈夫だよ。行こっか」
俺は瑞浪と手をつないで近くのバス停まで行った。
近くのバス停は辻堂海浜公園前バス停。そこから辻堂駅までバスに乗る。
瑞浪は少し身を小さくして歩いていた。なんかもじもじしてるようだったけど……
「瑞浪、どうかした?」
「う、ううん」
瑞浪はバス停でバスを待った。どうしたものか、瑞浪はスカートを押さえ、胸元を片手で隠すようにしている。
「なんか具合悪かったりしたら言えよ?熱中症とかあるから」
「大丈夫、元気だよ」
瑞浪はバスが来るとスカートを両手で押さえた。いつもってそんな押さえるかな……
バスは空いていて、席も空いていた。が、瑞浪は頑なに座ろうとしない。辻堂駅までは10分ほどだが。
辻堂からは17:17発宇都宮線直通小金井行きで横浜へ。帰りは横浜からブルーラインと田園都市線で帰る。
瑞浪は電車に乗ると俺の方に寄ってきた。スカートを後ろで押さえ、前は俺にくっつく。
「瑞浪、なんかあって……ん?」
瑞浪からの感触でなんとなく分かった。瑞浪、多分……
「~~~~~っ!」
これにならないほどの悲鳴をあげる。やっぱり。なんとなく分かった。
「忘れたな?」
「い、言わないで……」
小声で瑞浪が訴えかける。まぁすぐ分かる。挙動不審だったし。
「水着着てきたから忘れてたんだろ」
「そう……うぅ、恥ずかしい……」
瑞浪は顔を隠す。隠しきれてないが。
「だったら俺にくっついてていいよ。まだ長いから」
「うん……あ、じゃあお尻押さえて……」
瑞浪は俺の手を掴み、尻の方向までもっていく。
「ちょっと待て。俺が押さえるのか?」
「だって、そしたらハグのついでにできるでしょ?」
だからといって俺にやらせるのは……
と思ったが、風波瑞浪の頼みだ。大人しくやることにしよう。
俺が瑞浪のお尻を押さえると、瑞浪は「んっ」と一瞬声を出したが、俺の身体で顔を隠すように俯いた。
電車は、藤沢、大船、戸塚と停車し、横浜には17:39。休日ダイヤのため、本数はさほど多くない。
瑞浪のために少しゆっくり歩いて、ブルーラインは17:52発普通あざみ野行き。終点のあざみ野まで各駅に停車する。
戸塚で乗り換えた方が安いのだが、気分でこっちにした。瑞浪は俺に磁石のようにくっついてたから結局変わらない。
「瑞浪、あんまりくっついてるとそこだけ蒸れるよ?」
「それはヤダ!」
そう言って勢いよく離れる。が、すぐにくっつく。結局ノーブラノーパンが恥ずかしいらしい。
あざみ野には18:21。私的にはあまりイメージはないが、田園都市線との乗り換え駅。18:31発の急行押上行きに乗り換える。
車内は若干混んでいるくらい。18時半頃なのもあって、帰る人も少しずつ減ってきている。
「もうすぐだぁ……」
「もう下着は忘れてくるなよ?」
瑞浪は「ごめんなさい……」と俯いて言った。
家に着いてから、瑞浪は下着をもう着なくていいようについてすぐにお風呂に入った。瑞浪はいつもパジャマの時は下着を着けない。
「愁、何かあったの?」
「瑞浪が下着を忘れたんだ。ほら、家からワンピースの下に水着着てっただろ?」
俺がそう言うと、母さんと父さんは口をあんぐり開けて固まった。
「それは大変だったな。だから風呂入ってるのか」
「そういうことだ」
そんなことを話していると、瑞浪が風呂からあがってきた。もうパジャマを着て、今日のことなど忘れていそうだった。そっちの方がいいのかもしれない。
しばらくしたが、そう平和な時間は長く続かなかった。
夏休み後半、俺が朝起きると、瑞浪は俺の隣にいなかった。先に起きているんだろうか。俺は起きて1階に向かった。
1階には父さんと母さんが向かい合わせで座っていた。いつものような和やかな雰囲気ではない。緊迫とした、重い空気だった。
「どうしたんだ、父さん、母さん」
父さんと母さんは何もしゃべらなかった。
「瑞浪は。朝起きたらいなかったんだが」
「……」
何も答えない。何で瑞浪のことも何も話さないんだ。
「おい、父さん、母さん。何か言ってくれよ!」
「もういないんだ」
父さんが黙っていた口を開いた。
「もう、いない?」
俺は聞き返す。そんなはずはない。昨日の夜まで一緒にいたんだ。つい最近まで一緒にいた。なのに、もういないなんて。嘘だ。
「嘘だろ?」
「嘘を言っているように思えるか」
低い声で父さんが言う。嘘を言っているようには……聞こえない。本当のことを言っていそうだった。
「詳しく話してくれよ」
「……今日の早朝、瑞浪の母親って言う人が来た。瑞浪はその場で液体を飲まされて、殴打された」
そのあとのことは、父さんは言わなかった。が、首を横に振っていた。
「その場で意識をなくしたの。瑞浪のお母さんは警察に連行されたわ」
瑞浪のお母さんは逮捕されるだろう。ただ、今の俺にはそんなことどうでもよかった。瑞浪が、瑞浪が……
「どこの病院なんだ。世田谷か」
「……あぁ……だが──」
俺は何も考えずに家を飛び出した。
灼熱の暑さを吹き飛ばすかのように、俺は世田谷中央病院に向けて走った。瑞浪が……
病院に着き、病室には目を瞑った瑞浪が寝ていた。そんな瑞浪は、可愛くなかった。瑞浪が話してくれるからこそ、俺の存在意義はそこにあった。
「瑞浪……」
「あの……」
後ろから声をかけられる。
「どのようなご関係で……」
看護師だろうか。俺の後ろから声をかけてきた。
「……彼氏なんです、彼女の」
俺がそう言うと、看護師さんは悲しそうな声をして言った。
「そうですか……申し上げにくいのですが……」
看護師さんはそのあと俺にこう言った。
「意識が戻るか、分からないんです。かなり強く殴打されたらしいので」
絶望だった。意識が戻るか分からない?瑞浪に限ってそんなことをあるはずがない。瑞浪は言っていた。「俺と関係を戻したい」って。それなのに……
夏休みが終わった。学校も始まった。朝のショートホームルームで、担任が出席を確認する。
「風波瑞浪……は出停だな。じゃあ、今日も暑いが頑張ろう。号令」
瑞浪は入院中だった。面会もできなくなり、俺が最後に会ったのは夏休みのあの時。
帰りになって、俺はスマホを開いて画像のファイルを開く。瑞浪と撮った写真がある。
「これ、修学旅行の……」
ラピートと瑞浪のツーショット。いい笑顔だった。こんな瑞浪が好きだ。
「……っ」
俺はホームの隅で泣く。
そうだ。こんな瑞浪はもう見られないかもしれないんだった。
俺は瑞浪を満足してあげられただろうか。もう楽しませないと、と思ったときには遅かったのではないだろうか。
「瑞浪……」
病院から連絡があった。瑞浪のことで、至急来て欲しいということだった。
病院に着くと、あの時の看護師さんが俺を待っていた。
「何かあったんですか」
「意識を戻したんです。なので会って欲しいなと」
俺は瑞浪の病室に向かう。またあの笑顔を見たい。またあの声を聞きたい。
「瑞浪!」
俺がそう言っても、瑞浪はこっちを振り返らなかった。
「瑞浪……?」
「やめて!」
聞いたことのない声を出した。叫ぶような声で、空気を切り裂いているようだった。
「もう、名前を呼ばないで……怖いの……」
お母さんのことだろう。
「……俺でも、ダメか」
瑞浪に信頼されている。そう思って俺は聞いた。
だが、瑞浪は頷いた。
「愁くんも、信用できない……」
人を信用できてない。それは、俺のこともだった。
「……そうか」
俺は病室から出る。もう彼女は瑞浪じゃない。あの時の瑞浪は、もういない。
俺はドアの前で1回止まり、彼女に言った。
「信用できる人、見つけろよ」
俺は病室から出た。
また俺は1人だ。やっぱりこれがお似合いなんだな、俺は。
「いってきます」
俺は家から出た。
「いってらっしゃい……」
母さんは暗い表情で見送った。
1人で俺は学校に行く。彼女はもういないんだ。忘れよう。覚えていても仕方ない。覚えていても、苦しくなるだけだ。
学校に着いて、授業を受け、帰る。1日中誰とも話さずに終わる。元々こうだったんだ。何も変わらない。
家に帰る。自分の部屋に入る。だが、そこで俺は毎回思い出してしまう。
彼女の服や水着がこの部屋にある。もういないんだから、思い出しちゃいけないんだ。それなのに……
「瑞浪……っ!」
ベッドに顔を押し付けて泣く。これが何日続いていることだろうか。
また、あの頃に戻りたい。できることなら、もう一度だけでも……
「もう一度、戻りたい……」
バイトに行った。ネカフェのバイトは前より集中してやれた。忘れられるからだろうな、きっと。
「水野くん、今日はもういいよ」
「はい。お疲れ様です」
俺はバイト先から駅に向かった。
家に帰る。部屋に入る。今日でもう3ヶ月か。もうあの夏から冬になってしまった。
俺はベッドを見て思わず思い出してしまう。
〈前編より〉
坂道を上り、清水寺に着いた。かの有名な清水の舞台もあった。
「水野くん、飛び降りないでね?」
風波さんが笑って言った。
「飛び降りないって」
俺は風波さんの手をつないだ。風波さんは肩をくっつけてくる。俺に合わせてくれてかわいい。
☆
「かっこいいなぁ、ラピート」
仮面のような、先の尖った車体は確かにかっこいい。瑞浪がラピートの写真を何枚か撮っている最中に、俺はその後ろからラピートと瑞浪のツーショットを撮った。
「ん?」
バレた。
「えへへ~」
瑞浪はこっちにピースする。俺はもう1枚撮った。
〈後編より〉
「えいっ!」
パシャッと瑞浪が俺に水をかける。
「瑞浪……」
俺も瑞浪に水をかける。瑞浪がやってきたのより少量だったが。
「ひゃっ!もうっ」
水のかけ合いが始まった。両方びしょびしょになるまで続けて、途中でフェイントをかけたりと、2人だけで楽しんでいた。
そうだった。彼女とは楽しいことをいくつもしていた。
「また、2人でいたいな」
俺がそう言うと、クローゼットからゴトッと音がした。俺が振り返ると、そこにはあの……
「やっほ、愁くん」
瑞浪だ。俺はもう体を抑えられず、瑞浪に抱き付いていた。
「私、もう完全復帰したんだ。愁くんと一緒にいたくて」
俺は瑞浪と一緒に、久しぶりにいれた。
「もう、ずっと一緒にいような、瑞浪」
「うん!絶対!」
俺と瑞浪はそう誓い合った。
「いってきます」
俺と瑞浪は家から出た。
「いってらっしゃい」
母さんが見送ってくれる。瑞浪は俺の手を握り、俺と目を合わせる。
「行こっ、愁くん」
俺は瑞浪と一緒に歩き出した。