終着点への道   作:月島柊

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〈月本響×冬原千風〉

 

 月本響。俺には付き合っている人がいる。彼女は困るくらいに俺から離れてくれない。ただ、性格はそれとは正反対。落ち着いていて、俺以外とは全くもって話さない。親友とは話しているが、それも女子。男子が嫌いなのかというくらいに他の男子とは話さない。

 

「ちーちゃん!」

 

彼女のことを呼んだのは葉山胡桃。同じクラスで、人付き合いもいい。

 

「ん?」

「今日って部活来る?」

 

そういえば同じ部活だったか。俺には関係のない話だが。

何せ胡桃と千風はバスケ部、俺はゲーム部なのだから。雲泥の差だ。

今日は俺の部活はないし、千風が行くんだったら今日は1人で帰るしかないか。

 

「今日って何曜日?」

「水曜日だよ」

「ごめん、じゃあ行けない」

 

千風は胡桃の誘いを断った。何で水曜日だと部活に行けないんだろうか。

 

「今日ゲーム部ないでしょ」

「あぁ、ないけど」

 

俺がそう言うと、千風は俺の腕をぎゅっと抱きしめる。

 

「じゃあ帰ろ」

 

そういうことだったか。俺が部活ないの知ってたから断ったのか。

 

「そういうこと?しょうがないなぁ、イチャイチャカップルめ」

『うるさい!』

 

俺と千風の声が揃った。

 

「ふふっ、はいはい」

 

俺と千風は呆れて教室から出た。そんなにイチャついてる感じは……いや、あるな。うん。あったわ。

千風と手をつなぎ、少し話しながら帰る。家も近いし、帰るときはずっと一緒にいられる。

 

「響、次の部活って金曜日?」

「そうだよ。どうかしたか」

「金曜日、校門で待ってて。終わる時間同じくらいでしょ?」

 

それはそうだけど……また言われることになる。付き合っている人の中でも結構距離が近い方だし。

 

「まぁいいけどさ……」

「じゃあそうする」

 

千風は言う。こんなに隣にいたがる彼女なんているんだろうか。少なくとも俺は初めて見る。

 

「ねぇ、今週の土曜って……」

「ごめん、その日バイト入ってて……」

「じゃあ日曜は……」

「ごめん、部活……」

 

予定が噛み合わないことなんて結構ある。まぁほとんど俺のせいなんだが。

 

「来週は?」

 

千風はスケジュールを見て言う。

 

「土曜だったら」

「うぅ……その日部活……」

「日曜は?」

「その日だったら!」

 

俺も部活があったのだが、大会でもないし休むか。そろそろ千風と一緒にデートしたい。

 

「じゃあ来週の日曜ね、デート」

「あぁ。どっちが決める?」

「私が決めていい?」

「もちろん」

 

電車がやってくる。

西川口16:30発各駅停車大宮行きで浦和へ行く。4号車の2番ドアが一番近くなる。電車はまだ時間が早いのか混んでいない。

 

「響、暑くない?」

「千風だから大丈夫」

 

千風の体温は他の人より低い。肌も冷たいせいでひんやりしていて気持ちいい。夏にはぴったりだ(?)

 

「私ってそんなに冷たいかな……」

「肌だけね。気持ちは温かいよ」

「気持ちが温かいって?」

 

日本語って難しいな。俺は誤魔化すために千風を抱きしめた。

 

「んっ……ぎゅ……」

 

千風も俺の背中に手を回して抱き寄せた。なんだろう、普通にかわいい。一生懸命になってるところとか、とてつもなくかわいい。

 

電車は南浦和駅に到着する。武蔵野線からの乗り換え客で、主にこの号車の、このドア付近だけ混雑してくる。

 

「おっと……」

「ん……大丈夫?」

 

千風は後ろから押しつぶされながら言う。

 

「千風、こっちおいで……っ」

 

俺は千風の身体を右腕の中に包み込む。そのままこっちに寄せ、千風を俺にくっつかせた。他の人とドアに挟まれているのが嫌だった。普通に綺麗だし、かわいいから、痴漢に遭いそう。いや、事実遭っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と千風の出会いは通学中の電車内だった。その時乗っていた電車は鮮明に覚えている。俺と千風の家の最寄り駅、東大宮駅を出て、浦和で京浜東北線に乗り換えた。浦和を平日7:41に出発する、各駅停車大船行き。この日は4月で、新入社員と俺たち新入生も加わってきて、電車は混んでいた。

 

南浦和に着き、客の入れ替えが起こる。大量に降車し、それより多くの人が乗車してくる。

 

この電車で、俺と千風は初めて出会った。それも、千風が少し太っているおじさんに、ドアに押しつぶされているところで。

 

「んっ……あ、やっ……やめてください……」

 

千風も必死で抵抗していた。ただ、抵抗するたびにおじさんはさらに身体を押し付ける。

 

それが俺は許せなかった。千風が普通の女の子じゃない気がしたのだ。

 

「あっ、美優ちゃん」

 

俺はその子に偽名を使って言った。名前なんて当時は知らないが、痴漢から離すにはこれが最適解だと思った。千風に「察してくれ」という気持ちが伝わったのか、千風は俺にも偽名をつけて言った。

 

「し、翔。この電車だったんだね」

 

そう言うと、おじさんはゆっくり離れていった。

 

「すいません、大丈夫でしたか?」

「あ、はい……」

 

これが俺と千風の出会いだ。俺の初恋の人で、一目惚れの人でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、響」

「ん?なに?」

 

俺が聞くと、千風は微笑んだ。

 

「なんでもない」

「なんだそりゃ」

 

理由もなしに呼んでたのか。

電車は16:36に浦和に到着。人混みに流され、半ば無理やり出された。

次の電車は16:54発普通宇都宮行き。まだ時間がある。

 

「ちょっと休みたいな」

「じゃああそこ行く」

 

千風はアトレの方向に向かう。

アトレ北口を出て、本屋さんに入る。スターバックスがあり、千風はそこに入った。

 

俺と千風は2人でマンゴーフラペチーノを買った。15分で飲めそうなものというとそのくらいだ。

 

「ねぇ、響のも一口ほしい」

「同じのだろ?」

 

千風にそう言った時にはもう俺のところにマンゴーフラペチーノはなかった。千風の前に瞬間移動していた。スゴイナ、ブツリッテノハ。

 

「美味し~」

「あのな……じゃあ千風のも貰うぞ」

 

俺は千風のマンゴーフラペチーノを飲む。紙製のストローが少し湿っていた。多分千風の唇。

 

「……おいしいな」

 

間接キスだった。多分千風もこれを狙っている。

 

「だよね~」

 

俺と千風は自分のものを取り返して全て飲み干した。あまり時間もかけていられない。

 

 

 

 「ヤバっ」

 

千風が声に出す。それもそのはず。電車の出発まであと2分、まだホームに上がっていない。

 

「間に合うかな……」

「多分……」

 

俺たちは階段を駆け上がる。あと1分、電車が入ってくる。それと同時に俺たちはホームに上がりきり、近かった6号車の1番ドアから乗った。車内は少し混んでいた。

 

「よかったぁ……間に合った……」

 

千風は息を切らして俺にもたれ掛かった。

 

「危なかったな。これ逃したら6番線だったし」

 

次の電車は4番線ではなく6番線からの17:04発。4番線16:54発に間に合ってよかった。

 

混んでいる理由だが、恐らく前の電車からかなり間隔が空いたためだ。16:54発の前は16:35発小金井行き。19分前の電車だ。時間帯も帰宅ラッシュに少しかかっているのもあって混んでいる。

 

ただ、大宮までは16:44発と16:46発、16:51発の高崎線がいるため、さほど混んでいない。

 

「デート……」

 

千風はボソッと呟いた。

 

「どこでもいいよ」

「響の好きなとこ分かんないから、楽しめるか分かんない……」

 

そんなに思ってくれて嬉しい。

 

「千風が好きだったら俺も好きなんじゃないかな」

「ホント?分かった」

 

千風はスマホで調べ始める。どこに連れて行ってくれるんだろうか。楽しみだ。

 

 17:00、大宮に到着。ホームには反対側の8番線のギリギリまで人が並んでいた。

 

「うわ、人いっぱい……」

「っと、降りる人もいるか」

 

俺たちは1回ホームに降りた。降りる客が済んでから再び乗り込んだ。

 

「わっ」

 

人に押されて押しつぶされる。千風のことを抱きしめ、離れないようにした。まだつぶされてきて、千風の身体全体が俺にくっついてくる。

 

「うぐ……響……あっ」

 

千風のかかとが床から離れる。押されて背伸びする感じになった。

 

顔が近くにやってきて、あと数センチでキスしそうだった。まだ俺はキスしたことがない。それもあってどんどん胸が高鳴ってくる。

 

「ひ、響……」

「なっ、なんだ?」

 

慌てて聞き返す。

 

「……響、顔赤い」

 

千風は俺の近くに顔を寄せた。俺の顔を千風は押さえ、左右を向けなくなった。

 

「ち、千風っ」

 

 

チュッ

 

 

千風は俺の唇に、唇を当てた。

 

「っ!?」

「ふふ」

 

千風は小悪魔のような顔をして笑った。

 

(こいつ……)

 

少し呆れた。こんなことするなんて、千風も肉食なのか?

 

 

 

 「ちょっと、月本」

 

鋭い言葉遣い。どう考えても千風じゃないことは確実だ。

 

「……」

 

俺が振り向くと、そこには風紀委員の栢山茜(かやま あかね)が突っ立っていた。

 

「ネクタイズレてるんだけど?ちゃんとしてよね」

「あぁ、曲がってたか」

 

俺はネクタイを直す。よくもまぁすれ違っただけで分かったものだ。

 

「ちゃんと直してから学校に入ってよね」

 

相変わらず当たりが強い。

 

「悪かったな。んじゃ」

 

俺はクラスに戻る。千風が待ってるはずだ。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

茜に呼び止められる。なんだよ、千風が待ってるってのに。

 

「なんだよ、茜」

 

俺が聞くと、茜は俺のおでこに人差し指を当てて言った。

 

「今日の放課後、校舎裏に来なさい!」

「は?」

 

俺はきょとんとした。というか、放課後は部活もあるしなるべく時間は使いたくないんだが……

 

「いいわね?」

 

圧をかけてくる。しかたないか。

 

「分かったよ。じゃあ、放課後な」

 

俺は茜と別れ、クラスに向かった。放課後に呼び出しなんて、一体何のつもりだろうか。

 

 

 

 

 

 放課後、部活が終わったあとに俺は校舎裏に行った。茜が立っていて、俺が遅く行った感じになった。

 

「悪い、遅れた」

「いいわ、別に」

 

すると、茜は俺のすぐ横に来てスマホの画面を見せた。スマホの画面にはこの学校の校舎が写っていた。

 

「ん?これがどうかしたか」

「あれ、写真間違ってたかしら」

 

茜はスマホの画面を離す。なんだ、見せる写真間違っただけか。そう思っていると、俺は後ろから何者かに襲われた。頭を何かで殴られたような痛みがはしる。

 

「月本!?」

 

茜は俺に駆け寄った。ただ、俺はもう声を出すこともできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、千風が俺の横にいた。千風は寝息をたてて椅子で寝ていた。

 

(ずっといてくれたのかな……)

 

千風がずっと俺の隣にいてくれていたと思うと、少し申し訳なかったが、ありがたかった。

 

「ん……あ、寝ちゃってた……」

「おはよう」

 

俺がそう言うと、千風はこっちを振り向いた。

 

「響……よかった……」

 

千風は俺の顔を両手で触る。そのまま顔が近づいていてキスしそうなくらいに近くなる。

 

といったところで、ドアが開いた。茜だ。

 

「月本、よかった。生きてたのね」

「あ、あぁ」

 

俺が慌てて反応すると、茜は真剣な表情で言った。

 

「月本、私の後輩にやられてたわ。どうも告白だと思ってたみたい」

 

それだけで俺を殺そうとするのか。危なすぎる。

 

「それで、そいつらはどうしたんだ」

「あのあと事情を説明して生徒指導の先生に連れてかれたわ」

 

茜は両手の手のひらを上にしてお手上げのポーズをした。そんな重い愛を持っている茜も大変だと思うが。

 

「それで、その男たちの1人の元カノが月本に謝りたいって」

「へ?」

 

複雑すぎてよく分からない。えっと、要するに、男たちは茜のことが好きだが、元カノがいるってことか。茜にするからって別れた感じだろうか。

 

「入っていいわよ」

「お、おい、勝手に──」

 

俺が茜を止めようとすると、もうその子は入ってきた。

背は俺たちより低い。それも少し見えている生徒手帳の色が1年生の学年カラー。後輩だ。

 

「あ、あのっ、すみませんでした!」

 

髪を揺らして頭を下げる。ボブヘアでふんわりした髪だ。って、そんなことより……

 

「いや、君が謝る必要はないよ」

「で、でも……」

「月本がそう言ってるんだし、いいんじゃない?」

 

茜が言う。茜とこの子は部活とかで関係があるのだろうか。

 

「頭を上げて」

 

その子はゆっくり頭を上げた。一瞬だけ目が合うが、すぐに逸らされる。

 

「俺、怖くないよ?」

「なんか怖いように見えるんじゃない?」

 

千風が言う。威圧とかなのかな。

 

「そうかな……」

「そ、そうじゃなくて!」

 

そこで面会の時間が終わった。俺も明日退院になることもあり、今日は短いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 退院すると、俺は迎えもなく1人で病院から出て、家に帰る。千風くらいはいてほしかったが、仕方ない。

 

最寄りは西川口駅。いつも通り京浜東北線と宇都宮線で帰る。

 

と思っていたのだが、西川口駅の前で昨日のあの子が1人で立っていた。誰かを待っているのだろうが、あまり明るい子じゃなかったから不安だった。

 

「あ、響さん」

 

その子が話しかけてくる。俺を待っていたのか。

 

「昨日の子だよね?」

「はい。桃野美菜(ももの みな)っていいます」

 

美菜は名前を教えると、それに続けて言った。

 

「響さんの彼女になりたいです」

 

俺は黙り込んだ。本気で驚くと声が出ないっていうのは本当だったか。

 

「ちょ、ちょっと待って、あのさ」

「千風さん、ですよね。私、千風さんより良い彼女になります!」

 

美菜は自信満々で言う。俺に彼女がいるってことが分かってて言っていたのか。

 

「あ、あー、そう?」

 

曖昧な返しをしてしまう。

 

俺は改札の中に入ろうとする。すると、美菜も俺の後ろをついてきて改札に入る。一緒に帰る、ということだろう。

 

そういえば、どうして出会った1日だけで好きになったんだろうか。俺は気になって美菜に聞いた。

 

「あのさ、どうして好きになったの?」

「響さん、優しいから……あと、タイプなので……」

 

一目惚れといった感じなのだろうか。自分でいうのも恥ずかしいが。

 

「響さん……」

 

美菜が俺にくっつく。本当に好きになってしまいそうだった。こんなにくっつかれて、優しくしてくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ちっ……」

 

 

 

 誰かが舌打ちをしたことに、月本響は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り学校に行くが、少し違うことがあった。それは、俺の隣にいる人たち。今までは千風のただ一人だけだったが、今は千風に加えて美菜、そしてなぜか茜もいる。

 

「な、なんでこんな……」

「ふふっ、彼女候補だから」

「わ、私もそうです……」

「私もよ!」

 

茜はなぜ勝手に彼女候補になってるんだ。した覚えはないぞ。

 

「ハーレムじゃん」

「ちょっと黙っておこうか、千風」

 

1つの元凶になっている人が何を言ってるんだ。

 

 

 放課後、俺は誰か1人と交代で帰ることになった。今日は茜の番。この勝手に彼女候補になった謎の人物である。

 

「このまま帰るの?」

「逆に聞くが、このまま帰りたくないのか」

 

俺が茜にそう言うと、茜は怒ったような口調で言った。

 

「デートなんだからどこか寄るのは普通でしょ!」

「これはデートじゃねぇだろ。一緒に帰ってるだけだ」

 

そう言うと、茜は口を尖らせた。一緒に帰るだけなのになぜ不満なんだ。

 

「いいから。私の寄りたいとこ付き合ってもらうわよ!」

 

面倒なことになった。まぁ、いいか。

 

俺たちは西川口駅からいつもとは逆方向、東京方面に乗車。16:30発各駅停車大船行きで赤羽へ。

 

「どこに行くんだ、こっち方面で」

「赤羽に行きたいとこがあるの。いいでしょ」

 

拒否はできないだろう。俺は半強制的に頷いた。

 

赤羽に着くと、茜は駅にあるスターバックスコーヒーに行った。これだったら浦和にもあった気がするのだが、言うだけ無駄だろう。

 

「月本は私の向かいね」

「呼び方、それでいくのか」

 

せっかく自称彼女候補なんだし、下の名前で呼んでくれてもいいのだが。

 

「別にいいけど、嫌じゃないんだ?」

「嫌じゃないさ。茜」

 

俺が茜のことを下の名前で呼ぶと、茜は人差し指を俺の唇に当てて言った。

 

「分かったわ、響」

 

茜は輝いてみえた。あと、お姉さんのような優しさと小悪魔的な感じもあった。

 

茜のことを意識してしまい、俺は少し暑くなってくる。なんでこんな……

 

 

 帰る時間になり、俺は電車に乗った。茜も同じ電車だったが、茜は宮原のため俺とは大宮でお別れ。

 

17:25発湘南新宿ライン宇都宮線直通、快速宇都宮行きで東大宮へ帰る。茜はこの電車を大宮で降り、大宮17:48発高崎線普通籠原行きに乗る。

 

17:25発宇都宮行きは10両編成。大半が15両の湘南新宿ラインからしたら短い。さらに、鎌倉を16時過ぎ、横浜を16時半頃、新宿を17:09に出発するのもあって、混雑の影響で電車は2分ほど遅れてやってきた。

 

「うわ……ドアに人が押し付けられてる……」

「今日もすごい人だな、この電車」

 

降りる人が済んでから、俺たちは電車に乗り込む。多少人を押さないと車内に入れない。

 

「混みすぎ……」

 

茜は苦しそうにする。俺は茜の腰を掴み、こっちに寄せる。

 

「え、痴漢……?」

「違う。よく見ろ」

 

茜は自分の腰を見て、そのまま腕を伝って見ていく。

 

「なんだ、響だったのね」

「あくまでも彼氏候補なんだから、このくらいさせてくれ」

 

茜からしたら彼氏候補だ。少しは守ってやらないと男の恥だ。

 

「ふぅん、優しいじゃん」

「うるせ」

 

茜を抱き寄せたまま、電車は長い赤羽~浦和間を走行していく。

 

 

 浦和で少し降りて、浦和から乗ってくる人を合わせてもさっきまでよりかは空いていた。混んでいることには変わりないのだが。

 

「響はこのあとこのまま乗っていくんでしょ?」

「あぁ。大宮から1人か」

「また明日ね。学校でたくさん話すんだから」

 

茜の当たりは若干強いが、それが茜の個性だった。

 

「あぁ、楽しみにしてるよ」

 

話し終わったところで、電車は大宮に到着。茜は降りて、すぐに階段を上っていく。茜の行方を追っていると、電車に乗る行列に見慣れた人影があった。

 

「あ、響」

 

本物の彼女、千風だ。

 

「千風。この電車なんだね」

「実はね。さっきゲームセンターいってたんだ」

 

千風ってゲーセンとか行くんだな、と思いながら俺は乗ってくる人たちを見た。まだまだ人は乗ってくる。

 

「うわっ」

 

千風が人に押されて俺に密着する。俺と同じ方向を向いてたせいで、向かい合わせではくっつけなかった。

 

「大丈夫?」

「う……ね、腰抱いて」

 

俺は千風の腰を抱き、俺に寄せた。

 

「これでいいか」

「うん」

 

電車は大宮を出発する。車内は再びぎゅうぎゅう詰め。千風の後ろから俺は密着していた。

 

「う……響、なんか当たってる……」

「へ?」

 

分岐のタイミングで電車が大きく揺れ、俺は千風の方にバランスを崩す。

 

「おっと」

「ひゅぅ!?」

 

聞いたことのない声がした。そういえば、なんかに挟まれてる気が……

 

「響……あの、ソレ当たってる……」

 

……ごめんなさい。

 

「悪い……5分くらい我慢してくれ」

「分かった……んっ」

 

色っぽい声を千風が出す。東大宮までの5分間、俺たちは恥ずかしくなったままの時間を過ごした。

 

 

 

 家まで2人で帰るのだが、会話はない。さっきのことがあるからだ。気まずい空気が立ち込め、俺と千風はますます話しづらくなる。

 

「じゃ、じゃあ。また明日……?」

「……ん。また明日」

 

怒ってそうだった。それもそうだろう。

 

部屋に入ってからも、千風のことを考えていた。明日いつも通り会えるのだろうか。それとも、もう絶交のようになってしまうのだろうか。

 

「どうするんだよおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

俺は部屋の中で嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、家に千風がやってきた。平和な朝が来てくれた。これには感謝すべきだろう。

 

「おはよう、千風」

「おはよ。今日はしないでよ?」

「善処いたします……」

 

俺と千風は手をつないで家から出た。

 

 教室に着くと、クラスの中は凍り付いたような感じだった。視線が全て俺に集まり、茜がこっちに来る。

 

「ねぇ、痴漢したってホントなの?」

 

痴漢の疑いをかけられてたらしい。

 

「まさか。そんなことないだろ」

「ふーん?」

 

茜は疑いの目を向けたまま俺から離れていった。なんだ、一体誰がそんなデマを流したんだ。

 

それから、その日1日中俺は周りから軽蔑された目を向けられた。千風に近づこうとしても、他の女子に千風が呼ばれて離される。

 

「おい、月本」

 

クラスの問題扱いされている奴だ。ただ異常に信頼されているから嫌だ。

 

「痴漢したんだって?」

「違う。誰かが広げたデマだ」

 

俺がそう言うと、そいつは笑みを浮かべた。そして、俺はハッとした。全てこいつの思い通りだった。

 

「そうかぁ、残念だなぁ。俺みたいな信頼のある奴が広げちゃったんだもんナァ?」

 

そいつは高笑いをする。俺はこいつに操られていたのだ。思い通りに動いていたせいで、こいつの思うつぼだ。

 

「お前……!」

「もう無理だろうなぁ。だって、俺が広めたんだもんな。仕方ないと思うしかない」

 

そう言って、高笑いしながらあいつは去って行った。そうだ。あいつに反抗したところで、立場は向こうの方が上。あいつの方が信頼はある。悔しいが、仕方ないのかもしれない。

 

 

 

 翌日も、俺は孤独な状態だった。学校で言葉を発したのは多分先生への挨拶と返事だけ。

 

千風も一緒ではなく、学校についても千風から距離を置かれる。やはりダメか。結局俺は孤独な存在だった。もう誰も認めてくれない。もう言っても無駄なのだ。

 

俺は学校から早めに帰ることにした。誰と話しても無駄だ。誰も俺を信用してくれない。千風だって、他の2人だって。きっと信用してくれないはずだ。

 

 

 

 

 俺は部屋に籠もった。外に出るのが怖かったのだ。また疑われて、今度は話せる人もいなくなるのではないか。俺の居場所が、なくなるのではないかと不安だった。

 

SNSでのやり取りも、俺が見てないと思い込んでいるのか、俺の話題で持ちきり。痴漢したというデマが次々に波及していっている。もう学校全体に知れ渡るのも時間の問題だった。

 

 

 

 夕方、千風たち3人のいるグループで会話が始まった。俺のことだ。

 

〈響が痴漢したってホントなの?〉

 

茜が聞いている。

 

〈そんなはずないと思う。だって私たちといるはずでしょ?〉

〈それもそうだよね。けど、アイツが嘘を流すとは思えないんだけど〉

〈そうだよね。そう思えない〉

 

やっぱり、信頼のある人間は違う。それだけで俺は底辺に成り下がるのだ。

 

 

 

 

 

 学校に行ってみても、罵詈雑言の嵐だ。学校全体にもう知れ渡っていた。先生は話にこそしなかったが、遠回しに俺のことを言っているようだった。

 

「みんなも、電車に乗るときには気をつけるように」

 

知っているに決まってる。こんな噂になってるのだから。もういいかもしれない。

 

朝のホームルームが終わり、授業準備をし始める。

 

「月本、少しいいか」

 

すると、生徒指導の先生から呼び出された。きっとあのことだ。

 

「痴漢は犯罪だ。分かっているな」

「はい」

「そんなんで分かってるつもりか。お前は犯罪を犯したんだぞ。反省したらどうだ」

 

1つの事象を鵜呑みにしすぎている。ただ、そんな否定もできるはずがなく、俺は

 

「はい、すみません」

 

 

と言うことしかできなかった。

 

「全く、犯罪者はこの世にいらないっての……」

 

もう、いいんじゃないのか。俺はいらないんだ。犯罪を犯した人間なんて。疑われるのも俺が悪い。

 

俺は教室に戻った。指を指され、笑われ、暴言を吐かれ。さっきなんて、話したすぐあとに犯罪者の話をし出した。確実に俺のことを指している。

 

「もう、生きてちゃいけない」

 

俺は窓の脇に歩いた。ここは4階。落ちたらほぼ即死だろう。でも、俺はそれでも良かった。

 

(お望み通り、死んでやる。消えてやる)

 

そして俺は窓のサッシに足を乗せ、体重を前に倒す。そう、もう俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が飛び降りた。4階の教室から、コンクリートの地面をめがけて。教室内は大パニック、だと思っていた。

 

「やっといなくなったかな」

「ね。あの痴漢魔、ホント鬱陶しかった」

 

教室内はそんな会話ばかりだ。響はこう思われていた。それに気付かなかった。

 

「月本死んだかな」

「死んだでしょ。ここ4階だよ?」

 

 

 

 

 それから20分後、救急車のサイレンが聞こえ、響は搬送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、私は家に帰った。お母さんから響の情報を聞き、急いで病院に急行した。響が心肺停止の状態になったらしい。響はもう限界なんだろうか。あんな状態で、頑張って耐えてた。でも、もう限界だったんだろうか。

 

 

 病院に着くと、響の対応に病院のスタッフが追われていた。響、大丈夫なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響の心肺が復帰した。それから1時間で意識を取り戻したが、響は何もかもが抜けたような放心状態だった。目のハイライトも消え、真顔でこっちを見ている。もう、あの響ではなかった。

 

「……千風……」

 

響が手を延ばそうとする。響の手は包帯で巻かれていて、骨折もしてるはずだ。

 

「響!」

「千風……」

 

響は手を止めない。痛みは感じないのだろうか。

 

「響!やめて!」

 

私は響の手を握った。手のひらは骨折していなさそうだった。

 

「なんで……」

「怪我してるんだよ?それなのに無理しないでよ!」

 

響は手を戻した。

 

「千風に……近づけなかったから……」

 

だから近づきたかった、ということだろうか。

 

「俺には、千風しかいない……」

 

響はハイライトのない目で私を見つめて言った。

 

「千風以外、みんな俺を信用してくれないから」

 

否定できなかった。響が飛び降りたときも誰も心肺なんてしてなかった。茜も黙っていたし、美菜も来なかった。

 

「千風、こっち来て……」

 

私は響に近づいた。すると、響は私の耳元で言った。

 

「好きだ」

「っ!」

 

告白だった。言われてみれば、こうやって言われたの久しぶりだ。

 

「こ、こんな場所で……」

「離れないで、千風……」

 

響は私をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「響、ゆっくりだよ?」

「ちょっと響、早いわよ!」

「響さん、私を支えにどうぞ」

 

リハビリ中で、彼女候補3人が一緒にいてくれた。といっても、3人が俺を奪い合っている訳ではない。言うならば、3人が彼女、といった感じだろうか。

 

「ちょっ、美菜!ずるいわ!」

「ひ、響!私も!」

「そんないらんわ!」

 

まったく、こうなるから3人来るのは断ったのに……

 

「ふふ、戻ってきたね、響」

 

千風が言う。言われてみれば、もう信頼されてない感じはしない。むしろ、この3人だったらずっと一緒にいたい。そう思えた。

 

「響さん、早く治ってくださいね♡」

 

美菜が俺に手のハートを作って送る。

 

「響、治ったらデート行くわよ」

 

茜が俺に言う。人差し指を俺に向けて、いつもの茜だ。

 

「できれば同棲したいな~」

 

千風が2人より飛躍したことを言った。2人は固まったが、そのあとは結局みんなで笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎日、お見舞いには3人で来てくれた。リハビリは一緒にやって、日が落ちるまで一緒にいてくれる。

 

「いつ頃退院なのよ?」

 

茜が聞いた。そういえば退院の日は言ってなかったか。

 

「早く治れば再来週には退院できるってよ」

「そうなんだ」

「早く治ってくださいね」

 

再来週に退院できるように頑張らないとな。

 

 

 

 翌日は茜が来れなくて千風と美菜だけだった。リハビリも辛くなくなってきた。

 

「響、頑張って」

「頑張ってくださいね、響さんっ」

 

2人から応援されるのはとても励みになる。特に、美菜がいつもかわいく言ってくれるのが嬉しい。

 

「退院したらなんかしたいねー」

「そうですね。退院祝いでなんかパーッと」

 

千風と美菜が見合って「ねーっ」と言う。確かに、4人で何かやりたい。

 

「何するんだ?」

 

俺が聞いてみると、2人揃って言う。

 

『内緒!』

 

2人ともニコッと笑っている。俺はそれだけでも十分嬉しいことなのだが、それ以上に楽しいことをしてくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 退院まであと2日になった。今日は茜が来てくれるらしい。前来れなかったお詫びらしい。

 

ドアがノックされる。一応茜じゃない可能性もあるため、ちゃんとした口調で言う。

 

「どうぞ」

 

そう言うと、茜がドアを開けて入ってくる。まぁ、そうだと思ってた。

 

「あと2日だったわよね?」

「あぁ。早く退院したいよ」

 

茜は「仕方ないでしょ」と言いながらショルダーバッグの中から保冷の効く、弁当が入っているような物を出し、俺の横に置いた。

 

「ん、なんだ、これ」

「響、フルーツジュース好きだって言ってたから。ふふ、可愛いとこもあるのね」

 

少し恥ずかしくなった。茜がその袋を開けると、そこには水筒があった。

 

「コップに盛ろうか?」

 

茜が聞く。今日の茜はなぜか天使にみえる。

 

「あ、あぁ」

 

茜は置いてあったコップに注ぐ。薄まった黄色で、果汁が入っているような色をしている。

 

「何が入ってるんだ?」

「桃と、バナナ、マンゴー、りんご……あと美菜が暴走して……」

 

なんか嫌な予感がする。

 

「マンゴーだけ多めに入れてたわね」

「マンゴーの味しかしないんじゃないか?」

 

そんな気がする。

 

「味見用に少し作ったけど、そんなことなかったわよ」

「そうか?ならいいんだが……」

 

俺はコップに注がれたフルーツジュースを飲む。

 

久しぶりにフルーツジュースを飲んだが、絶品だった。マンゴーの味は少しだけ強かったが、他のバナナや桃の味も相まってかなりフルーティーだった。

 

「美味しい?」

「あぁ、すごく美味しいよ。また作って欲しい」

「ふふっ、いつでも作ってあげるわ」

 

本当に美味しい。こんなに美味しいフルーツジュース初めてだ。

 

「あ、3人の誰かの愛液入れておいた方がいいかしら」

「やめてくれるか」

 

そんなの入れられても分からないが、入れないで欲しい。

 

「ま、やめといてあげるわ」

 

茜だとやりかねないから怖いんだ。本当にやらないんだろうな……

 

「今日はリハビリないの?」

「あと10分で時間だよ。来てくれるのか」

「もちろんよ。行ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、退院の日。看護師さんと一緒に病院から出た俺は、目の前にあった景色に驚愕した。

 

千風と茜、そして美菜が立っていたのだ。休日だったが、今日は部活がある日なはず。

 

「響っ!」

 

千風が飛び込んでくる。骨折も完治したため、抱き付かれても大丈夫。

 

「帰るわよ。もうパーティーの準備はできてるんだから」

「響さんっ、フルーツジュースありますよ」

 

2人からも手をつながれる。両手に花、とはこういうことだろうか。

 

「あぁ。帰るよ」

「うん!」

 

俺たち4人は元気に、楽しく家に向かった。もう信頼されてない、なんて思わない。

 

もう最高の世界だから。

 

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