「地球防衛宇宙軍所属、山南杏二等宙佐です。この度はご招待頂き誠に感謝致します」
惑星ディンギル。アンファ恒星系に所属するその青と黒の星は今、ディンギル帝国という名の星間国家の母星となっている。
その帝都、プレ・シュメール中心部に位置する宮殿にて、一人の男性の前に彼女は跪いていた。周囲には衛兵らしき者が数人、銃を構えて立っている。
「面を上げろ」
「はい」
よく鍛え上げられた肉体を持つその男性───ディンギル帝国の国家元首である大神官大総統、ルガールは上げられた彼女の顔へ鋭い視線を向ける。
「山南杏。貴様は何者だ?」
「私は……」
「あの愚かな息子と同じだとは思うな。真実のみを伝えろ」
通常の人間ならばその圧迫感で何もかも喋ってしまうのだろう。だが生憎、彼女は通常の枠には入らない。
「この事は外部に漏洩する事が無い、そう約束して頂けるならばお話します」
「貴様! 無礼であろう!!」
衛兵が叫び、銃を向ける。
「待て。……それでよい。お前達は出ろ」
「は、し、しかし……」
「手榴弾が通じぬ相手に対してお前達が居た所で何になる。速やかに出ろ」
「……はっ」
だが、ルガールは憤る彼らを抑え、そして人払いをする。すぐにその広い部屋は彼と杏の二人だけとなった。
「……感謝致します」
彼女はそう言い、続けてその"真実"を話し始める。
「私は……防衛軍が密かに
カバーストーリーとはこうだ。
ガミラス戦役にて人口を戦前の4割弱にまで減らした地球。それにより、地球防衛軍は戦力を増強すべく二つの策をとった。
一つは兵器の省人化。第二世代波動機関搭載艦───第一世代はヤマトである───はそれ以前の艦艇から三割程も乗員を削減しており、これにより少ない人数で多くの艦艇の制御に成功している。
これは一般にも公開されており、防衛軍の"表"の対策だ。
二つ目は、人造兵士。これは公開されておらず、また防衛軍の一部の者が密かに推し進めていた計画だ。彼らは人手不足を補う為に人体錬成という禁忌に手を染めた。
そして、造られる人間は単なるクローンではなく、強靭な皮膚や高い身体能力など通常の人間よりも優れた能力を持つものとなっている。
結局の所実験は失敗し、偶然の産物として生まれた彼女以外成果をあげることはなく計画は凍結、資料などは全て破棄されたのだった……そんなストーリー。
これでも随分と大きなスキャンダルではあるのだが、それでも戦艦である事がバレるよりはマシだと判断された。
彼女は所々をぼかして話す。あまり詳細に話してしまうと逆に疑われてしまうからだ。
そうして話し終わり、彼女は宛てがわれた部屋へと案内される。ルガールは表情を一切変える事なく、そして一つも質問をしなかった。
誤魔化せたのか、それとも見透かされているのか、それは分からない。ただ一つ言えるのは、取り敢えずこの場は乗り切れた、という事だった。
「滞在期間中、ヤマナミ様の身の回りの御世話をさせて頂きます、クレリアでございます」
「よろしくお願いします」
「本日の夕食は午後6時半からとなっております。時刻になりましたら部屋に運ばれますので御寛ぎ下さい」
彼女は部屋を見回す。ガルンボルストのそれよりも更に広く、豪勢な部屋。そして目の前で畏まる使用人の女性。持て余す、彼女は即座に確信する。
「……少し、街に出てみましょうか」
彼女はそう思った。別にこの部屋で静かにしているのもいいのだが、杏は別の星のランドマークを知りたくなったのだ。
よく考えてみれば、彼女が任務以外で異星に来たのは前世を含めてもこれが初なのである。知的好奇心という物なのだろうか、それが刺激されたような気がした。
そして今の時刻は午後2時過ぎ───ディンギルの時制は地球と同じである───、夕食までの4時間程をこの部屋で静かに過ごしておくのもいいが……
「案内をお願い出来ますか?」
「かしこまりました」
彼女の脳内に帝都のマップは完全にインストールされている。だが、実際の街が何たるかを知るには現地を知る者に案内してもらうのが一番なのだ。
数分後、準備の出来た車───
この馬車を引いているのも一頭の黒いロボットホースだ。まさかこんな時代に馬車に乗る事になるとは思わなかった彼女は少し驚き、内装を観察する。
2人乗りで露天の小さな馬車だ。
生物の馬が引いていては有り得ない程なめらかに動き出す。
どこか地球のそれを思い起こさせる形状をした、赤と黒を基調とした街並みが続く。道路には無数のエアカーが走り、多くの人々が談笑しながら歩いている。
通行人は皆煌びやかな装飾が施された服を身に着け、街の発展具合とは少し見合わない古臭い雰囲気を感じさせる。
「帝都プレ・シュメールは面積約3000平方キロメートル、総人口は3000万人というディンギル一の大都市です」
クレリアが手網を握りながら解説をする。既に知っている情報だったが聴くことにした。
「右手に見えるのが"ジグラット山"。聖地であり限られた者しか立ち入る事は許されていません。あの山の周辺一帯を"ウルク"と言い、軍関係者のみが居住を許されている地域なのです」
「なるほど」
要するに軍事都市という訳だ。それを聖地の周囲に作るというのは正に宗教国家ならではだろう。
その後、街で有名らしい店などを巡る。ただし、彼女はこの様な休暇の時間を過ごした事が無かったのであまり分からなかった。
そんな事がありつつ街の中を移動している最中の事だった。
「ん? 偶然だな」
「……ルガール殿下。偶然ですね」
「ルッ、ルガール殿下!?」
道に居る時に男の声がかけられる。その方向を見ると、白いロボットホースに乗ったルガール・ド・ザールその人が居た。
突然の王族の登場に杏はやや揺れ動いていた胸中がすうっと冷えていく感覚を味わい、クレリアは驚愕して平伏する。次期大総統となるであろう王子と使用人の女とでは天と地よりも大きな差があった。
「この様な場所で何をしているのですか? 私の邪魔ですか?」
「久方ぶりの帰投だからな。弟を連れて散歩だ。あと貴様、負の感情が露骨過ぎる。表情に出さなければいいというものではないぞ」
「散歩という割には歩いてはいないようですが……弟?」
「煩いな……ああ。ジール!」
彼が呼ぶと、蹄の音と共に一頭のロボットホースが近付いてくる。それを操っているのは、齢10に届くか届かない辺りだろう少年だ。ジール、と呼ばれた彼はどこかルガールの面影を感じさせ、弟だという言葉に信憑性を持たせている。
「その人が兄様が言っていた地球人ですか?」
「ああ。山南杏、地球の軍人だ」
「へえ~。僕はルガール・ラ・ジールだ。アンズ、よろしくね」
「ジール殿下、お初にお目にかかります。地球防衛軍所属、山南杏二等宙佐です」
彼女はマニュアル通りの対応をして見せる。
人間味を感じさせない無機質な動作に、彼は訝しむ。
「? 何か妙になめらかというか……機械みたいだ。表情も全然動かないし、地球人ってみんなそうなの?」
「私が特殊なだけです」
そう返しつつ、彼女は少し驚いていた。機械、というのもあながち間違いではなかったからであり、げに恐ろしきは子供の観察眼なのだと考えさせられる。
「兄様が妙に入れ込む女性がどんな人か気になっていたけど、なんだかよく分からない人だね」
「そうですか。それではこの辺りで失礼させて頂きます。クレリアさん、お願いします」
「うぇ!? え、あ、あの」
「おい貴様、何処へ行くつもりだ」
あまりにも面倒臭い為、会話を早々に打ち切り立ち去ろうとする彼女。王族に対してあまりにも不敬な態度にクレリアは驚き青褪め、ルガールはやはり呼び止める。
「私は帝都を観光しているのです。それを止める権利は貴方にはありません」
「いやあるが。私は王子だぞ」
「引き留めて何をなされるおつもりですか?」
「丁度いい機会だ。これから我らはジグラットに行くつもりだったのだ、貴様も共に来い」
「は?」
思わずそんな声が飛び出てしまう。
ジグラット。先程説明されたからどんな場所かは分かっている。この星の聖地であり、限られた者しか入れない場所。
「本来ならば異星人かつ女である貴様などは近付く事すら許されん場所だがな。神の代弁者たる父上が招いたのならば問題あるまい」
「ジグラットに来い、と?」
「そうだ。大方神前に貴様を突き出し、真贋を見極めなさるおつもりなのだろう」
要するに、あの説明では納得がいかなかったという事だ。その結果行われるのが神への謁見とは、彼女は人心が生み出した宗教という物を未だ理解出来ていなかった。
「……どの程度かかりますか」
「それは貴様次第だ」
断れない、そう確信する。
今の時刻を確認する。陽は既に傾きかけ、人々の威容も昼から夜のそれへと移り変わりつつある。夕食まではあと二時間程、間に合うかどうか微妙だった。
「クレリアさん、今晩の食事は不要だと伝えておいて下さい」
「よ、よろしいのですか?」
「私の為に食材を無駄にする訳にはいきませんので」
「フン、用意させておけばいいだろう。来なければ捨てるだけだ」
横からそう割り込んでくるルガールを無視し、彼女は続けた。
「私は外で食べて帰りますので。今日はありがとうございました」
「は、はあ。かしこまりました」
そんな会話があり、彼女は彼らに連れられてジグラット山へと向かう。因みに彼女は徒歩である。疲れる事はないが釈然としない気分であった。
───────
霊峰ジグラット。
この惑星で最も高貴な場所であるそこには、神の代弁者たる大神官大総統が招いた者しか入る事は出来ず、そして強きを重んじるディンギルにおいて歴史上女は一人も入った事はない。
それは王族も同じであり、だからこそ異星人かつ女である彼女が入るという事はあまりにも特殊で不可思議な事だった。
地球における富士山と同程度の海抜を誇るこの山を登り、頂上にある神殿に入る。
そこでルガールらとも別れ、用意されていた法衣に着替えた上で入念な身体検査を受ける。武器など絶対に持ち込ませないという信念を感じるものの、残念ながら彼女にとっては全く意味がない行為なのだが。
「動き辛いですね……」
彼女はそんな愚痴をこぼす。法衣なのだから動き辛いのは当然と言えば当然なのだが、男性用は見たところ動きやすようだったので余計に納得がいかなかった。
そんな事もありつつ、彼女は巨大な扉を通り神の間へと通される。
黒色の巨像が鎮座する部屋。左右に幾つもの松明が置かれ、宗教的な紋様が描かれたタペストリーが無数に提げられている。
おどろおどろしい雰囲気の空間であったが、彼女は違う事に気が向いていた。
「(薬物、ですか)」
空気が少し澱んでいる。同時に甘い香りが漂っており、それらを彼女のセンサーは薬物が散布されていると判断した。それも酩酊状態にして精神的な刺激に極端に弱くなる───端的に言えば自白剤だ。
それが彼女が入った時から空気の中に混じっていた。これが"神は全てを見抜く"という事の正体なのか、もしくは今回だけ撒かれているのかは分からない。どちらにせよろくでもない事には変わりないが。
どうやら大総統閣下はそこまでして彼女の正体を知りたいらしい。薬物の濃度は高く、長居していては廃人になってしまうだろう。まあ彼女には通用しないが。
事前に伝えられた謁見の儀式を一通り行う。文字通り機械的に行ったその行為に一体どれ程の価値があるのだろう、彼女には分からなかった。
「……もし本当に神という物が居るのなら、私が何故この世界に存在しているのかを教えて欲しいものです」
彼女は像の顔を見てそう呟き、部屋から出る為に振り返る。
『───信じる通りに動きなさい』
「……!?」
そんな時、突如脳内に聞こえてきたそんな声に彼女は驚愕して再度像へ向く。
「今の声は……」
彼女がまず疑ったのは自分の身体に実は薬物が通用していた、という可能性。彼女の身体にはまだ謎が多く、もしかすれば通用していてもおかしくはなかった。
だが、幻覚だと切り捨てるにはあまりにもその声は鮮明であった。鮮明な、
だからこそ、彼女はこの場を危険だと判断する。未知は危険だ。それが幻覚であれ本物の神であれ、未知に対抗するには今の状況は不利すぎる。
彼女は踵を返して扉に近付き、ノックをする。扉を開く際はそうしろと言われていた。巨大過ぎる故に自力では開けないからだろう。
「……」
しかし、一向に扉が開く気配はない。外に生命反応は感じるにも関わらず、だ。
「……なるほど、そういう事ですか。実に分かりやすくて助かります」
そして、そんな彼女の周辺に4つの生命反応が現れる。彼女がそちらを向くと、そこには全身を鎧で覆った兵士が立っていた。手には剣と盾、中世の騎士の様な見た目の兵士がそこに居た。
どうやらこの罠は二段階に分かれていたらしい。最初に自白剤、それが効かなければ兵士で襲うと。
今彼女は丸腰だ。少なくともディンギル側はそう確信している筈。なるほど、例え人造兵士だとしても完封出来る可能性は高い。
「神前で戦うのは……いいのでしょうね」
ディンギルは弱肉強食をモットーとする国。そんな国が国教に定めている神が血を嫌うとは思えなかった。ただ、銃を使わずに剣を使うのはやはり神の像を傷付けるのは避けたいのだろうか。
次の瞬間、兵士が一斉に彼女へ向けて飛びかかる。
そして剣を振り上げ、下ろし───そこには既に彼女の姿は無い。
彼女の身体はその身体能力も非常に高いのだ。跳躍で人一人分を飛び越える事など造作もない。
彼女は考える。
きっとこの様子は何処かにあるであろうカメラで記録されているのだろう。万に一つ隠し通した可能性が残っていたド・ザールとの会談と違い、今この場に彼女が武器を隠し持てる余地は残されていない。
もし仮にここで取り出したならば、人造兵士という説明だけでは絶対に誤魔化せない記録を残してしまう事になる。
再び振り下ろされた剣を
正直な所、彼らを倒すのは簡単だ。拳さえあれば何とかなる。
また、脱出するとして扉を無理やり開くのも可能だろう。恐らく鍵がかけられており扉本体を壊す事になるだろうが。
そこで懸念すべきは、そのどちらの行為もディンギルの手によって『地球軍人の破壊行為』に仕立て上げられてしまう可能性が高い、という点だ。勿論彼女が見た景色は全て内蔵カメラに記録されている訳だが、そんな理論的な"言い訳"が通用する相手ではないという事はこの数年で十分思い知らされている。
必ず両国間の関係は拗れるだろう。戦力としては地球の方が多いが、あの
よって、理想としてはこの襲撃事件自体を
「……」
そして、それが出来そうな人物を彼女は一人だけ知っていた。
「……ん? 通信? 誰からだ……山南?」
ジグラット神殿外部。そこには部外者が待機する為の待機所が併設されている。
そこで弟と共に杏を待っていたルガール・ド・ザールは、不意に自らの端末が鳴らした音に反応する。それは通信が入った合図であり、表示されている名前はかつて成り行きでアドレスを教えていた相手───山南杏であった。
結局これまで一度も使われる事の無かったそれが今、鳴っている。彼は不審に思いながらも端末を耳に当てた。
「何だ突然」
『ルガール(ギィン)殿下。少し頼みた(ガァン)い事がございまして(トタッ)』
「随分と騒々しいな。貴様、神前で何をやっている……返答によってはガルンボルストの主砲で焼き尽くすぞ。というかどうやって通信をやっているのだ」
通信を開き、そこから聞こえてきたのはいつもの抑揚の無い少女の声。しかしその所々から謎の金属音や足音が入っている。
基本地球人を見下している彼はそれを彼女が神荒らしを行っているのだと解釈し───
『謎の集団に襲われました』
───次に告げられたその言葉に硬直した。
「……は?」
『映像を送ります。私には何も出来ませんので聡明なる殿下の手で対処して頂けませんか?』
見え透いた下手な世辞と共に、彼の端末に動画が送信されてくる。
そもそも通信機器など持ち込む事が出来ない筈の空間でどうやって通信し、動画を撮っているのかなど突っ込み所は数多くあったが、取り敢えず彼は動画を開く。
そこに映っていたのは彼女に襲い掛かる鎧姿の兵士達。そしてその鎧と剣は、神殿で密かに行われる儀式の際に使われる儀礼用の物だった。
それの存在は公開されておらず、彼女が知る筈がない。それが映し出されているという事はこの動画が作り物ではない事の証拠になっていた。
「扉からは出られんのか」
『壊してもいいのならば出られますが』
「……待っていろ。どうせ貴様に剣など効かんだろう」
『感謝致します』
そこで通信は切れる。
「? 兄様、どうかしたのですか?」
「どうやら神の間を荒らす不届き者が居るらしい」
本当ならば由々しき事態である。
確かに我らの神は強きを正義とし、戦う事を否定しない。しかしそれを神殿でやるのはまた別の話だ。正直彼は壊す前に一報入れてきた彼女に感謝していた。
と、同時に彼は思案する。神殿に誰の手引きも無く入れる筈もない。もしかすればこれは父たる大総統が関わっている可能性もあった。
「……っ」
十分に有り得る可能性だった。彼は思わず足を止める。
もしもここで父親の計画を妨害してしまったら? かつて自分が失敗をしてしまい、父親から向けられた冷たい視線を思い出す。
それを今、向けられるかもしれないという考えを脳裏に浮かべてしまい、彼の手は無意識に震えていた。
そして、彼は───
「サルゴン、何をやっている」
「な……ルガール殿下、何故ここに……」
神の間、扉の前。そこに立っていた老年の男に、尋ねた男───ルガール・ド・ザールは話しかける。
サルゴンは将軍かつ神官であり、神の間の警備を任されているディンギルの古い高官である。そんな彼は今、完全武装の兵士十数名と共に扉に向かって立っていた。まるで、内部に敵がいる事を知っているかの様に。
「物々しいな。それにお前がその銃を向けるべきは中ではなく外ではないのか?」
「それは……先程内部に入った地球人の女が暴れている様で、その鎮圧をしようとしていた所なのです。ですので」
「その地球人の女からこの様な動画が送られてきたのだがな」
そう言うと、彼は先程の動画を彼へ見せる。彼は酷く狼狽した。
「ば、馬鹿な……何も持っていない事は確認した筈……」
「どうやら奴は不届き者達に襲われている最中らしい。今すぐ扉を開け、内部で暴れる者共───
「!?」
彼は困惑と怒りが混じった表情を浮かべる。
先程の動画を観れば内部に居るのがディンギルの者であるのは一目瞭然であるし、そしてここで庇う意味も彼には分からなかった。
何しろ、ディンギルの人間とは何を犠牲にしてでも自身の事を考えるべきであり、王子という立場の人間が他人の為にわざわざ危険な偽装をする事が信じられなかったのだ。
「っ……貴方は……貴方は何も感じないのですか」
「何をだ?」
「今のこの状況です。栄えあるディンギルが……地球などという貧弱な者共と関わりを持っているこの状況を!」
そしてサルゴンは叫ぶ。
保守的な思想の彼にはこの状況が許せなかった。孤高たるディンギルが他の国家と対等に接しているという現状が。
「……まあそう怒るな。関わりを持つといっても嗜好品の貿易程度、我らに損は無い。セイロンティーとやらも実に美味だ」
現在、地球とディンギルの間でやり取りされているのは主に嗜好品だった。その中には紅茶も含まれており、彼はそれを好んで飲んでいた。
軍事技術などの基幹技術に関しては水面下では駆け引きが進んでいるものの、未だに輸出入は叶っていない。
また、旅行客に関してはディンギルから地球に行くにはそれ程制限は無いが、地球からディンギルに行くには厳重な審査を必要としていた。かつてシャルバート信者を入れてしまった反省からであり、地球政府も渡航を推奨はしていない。
そんな事を言う彼に対し、サルゴンは一言こう呟いた。
「……貴方は変わられた」
「……そうか?」
───────
「───と、いう事がありまして。大変でした」
「ううむ……俺の判断ミスだったな。すまん」
「いえ、最終的に判断したのは私です。ルガール殿下にも助けて頂きましたし……隠蔽の片棒を担がされましたが」
一週間後、地球。
連邦首都たるメガロポリスの郊外に位置する山南の自邸にて、修と杏は話していた。内容は勿論、五日間に渡るディンギル旅行についてである。
ジグラット神殿での事件は表向きには無かった事にされ、秘密裏に保存されるデータ上でも襲撃してきたのはシャルバート教信者だという事にされた。
部屋から出た後も彼女はそう告げられたのだが、防衛軍上層部には事実を伝えていた。
「……所で、お前は……ルガール・ド・ザールが共犯だとは思わなかったのか?」
「共犯ですか?」
「ああ。相手は王族筆頭だ、共謀犯の可能性も充分にあった筈だ」
「確かに……そうですね」
山南の問いに、杏は思案する。
確かにあの時何故自分は彼を何も疑わず頼ったのだろうか。もしも犯人だったならば……いや、寧ろ理論的に考えれば犯人である可能性の方が遥かに高いのだ。
「何故なのでしょう。分かりません」
「ふ……お前、変わったな」
「な、何か変化があったでしょうか? 改装をした記録は残っていませんが」
彼女は焦った。地球防衛軍に所属する兵器として、把握出来ていない変化は拒むべきものだった。
そんな彼女を見て、彼は柔らかい表情で言う。
「いや、違うさ。でもお前は変わったよ……良い変化だ」
「……? 正確に言って頂かなければ分かりません」
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