『まもなくモスクワ上空です。準備をお願いします』
青い空、汚れた空気、赤く焼け焦げた大地。大地は不規則なクレーターが数多く存在し、所々には奇跡的に形を保った建築の残骸が生えている。しかし、そこには人間はおろか動く物すら風に舞う埃しか存在しない。
ここは地球。遊星爆弾によって汚染され、生物の住めない土地と化した星である。
その北半球、海が消滅した現在では正しい分類とは言えないのかもしれないが、かつてユーラシア大陸と呼ばれた大地、その北西部の上空を一機の航空機が飛んでいた。
細長い機体に短い主翼、その翼には一対の駆動可能な推進器が付いている───空間汎用輸送機『コスモシーガル』である。
『モスクワに到着。これより降下します』
これは地球防衛軍には存在しない機体である───正確には、
現在の地球にはそれなりの人数を搭載出来る航空機が既に殆ど失われていた為、アンドロメダに搭載されていたこれを使用しているのだ。
機体が地表に着陸し、中から宇宙服を着用したアンドロメダと十数名の作業員が降りてくる。そして地面に偽装されたハッチを開きぽっかりと空いた侵入口から侵入していく。
「これより作戦を開始する。総員、そして……アンドロメダ、準備はいいな?」
その中の隊長と思わしき人物が全員を見渡し、最後にアンドロメダを見る。彼女らは皆首を縦に振った。
───────
───地球、モスクワ地下都市。ソビエト連邦というアンドロメダが知っている歴史では1991年に崩壊した国家はこちらの世界では未だに残っていた。しかし、なまじ化石燃料があったが為に核融合炉の開発が遅れ、またそもそも国力が落ちていた事もあり、この未曽有の危機においてこの国はかつてない程のエネルギー不足に陥っていた。
それは首都モスクワですらも例外ではなく、サヨナラを打電し続けていたこの都市はヤマト発進時には既に通信が不可能になっていた。そこにエネルギーラインの断絶という不幸も重なり先日の日本からのエネルギー送電の恩恵にもあずかれなかった為、彼女らはこうして直接支援に赴いているのであった。
長い長い通路を降り、道中で放棄された廃墟を見つつも彼女らは地下1kmの位置にある都市へと辿り着く。
「暗いな……全員、暗視スコープを欠かすな」
エネルギーが尽きたこの都市は、既に照明を灯す事すら出来なくなっていた。日光の届かない孤独な都市は暗く、風も無く空気は澱んでいる。ここは完全に
彼女らは歩く。暗闇に靴音だけがこだまする。
「……ん?───ッ!?」
と、1人が声にならない悲鳴を上げる。
「どうした! ……っ」
他のメンバーがそちらを向き、閉口する。なぜならば、彼の足元には───半ば半ば腐り落ちた死体が転がっていたのだから。
いや、彼の足元だけではない。他の地面にも多くの死体が倒れていた。暴動か、飢餓か。エネルギーの尽きた都市の末路であった。
「……行きましょう」
「……お前はこれを見て何も思わないのか。やはり人間じゃないからか?」
「おい!」
死体を見て悲鳴を上げた男が彼女にそんな言葉を吐く。それに隊長が叱責するが、メンバーの中に不穏な雰囲気が漂っているのは彼も否定できなかった。
「……私は、人間ではありません。感情があるのか無いのかも分からない」
彼女は歩き続ける。死体の中をかき分けて皆を先導する。
「しかし、今の私はこうして動く事が出来ます。地球を救う"力"があります。ならば私は与えられた使命をこなすだけです」
かつて地球に造られた艦。ガミラスに対抗する為に造られ、多対一を実現するべく圧倒的な"力"を与えられた、"戦艦"という名誉ある称号すら与えられなかった艦。そんな存在だったアンドロメダが"彼女"という器を得た。その意味とは何だろうか。この様なパラレルワールドに転生させられた意味とは、使命とは何だろうか。
「貴方方が感情に阻まれて出来ない事があるのならば私に全てお任せ下さい、それが地球を救う為になるのであれば。私は人に造られ、人に使われる兵器です。気に食わない事があれば破壊していただいて構いません」
「っ……」
彼女が淡々と紡ぐその言葉に彼は気圧される。「地球を守る」その意志が彼女からは強く感じ取れた。
「行きましょう。一秒でも時間は惜しいですので」
「……すまない」
「問題ありません」
そんな事もありながら、死体の中を歩いて彼女らはようやく目的地───中央発電所に到着する。
そこには大空間が広がっており、全長400m超えのアンドロメダを出現させても有り余る程である。彼女らがここに来たのはその為で、ここから艦の波動エンジンから地下都市の蓄電池に直接エネルギーを送り込むのだ。早速彼女は艦を出現させ、ケーブルで機関と蓄電池を繋ぐ。
エネルギーを送り込んでしばらく経つと街まで電力が届き始める。各地の街灯や部屋の灯が点き、空調のモーターの音がこだまする。
「……誰?」
作業を続けていた彼女らに何者かが話しかける。その声は幼く、覇気も全く感じ取れない。外で艦を操作していた彼女が声の聞こえた方向を向くと、そこにはボロ衣の様になった服を身に纏った少女が立っていた。白い髪に白い肌、ここの住人だろう。
気付けば、彼女らの背後にも多くの人々がぞろぞろと出てきている。突然電力が復旧した事に疑問を抱いた住民が状況を確認しに来たのだろう。
「私達は地球防衛軍の者です。ここにエネルギーを供給しに来ました、もう安心ですよ」
彼女は跪き、少女に目線を合わせて安心させる為にそう言う。しかし、少女は泣きそうな顔で彼女に縋りつく。
「お願い……お母さんを助けて……」
「かしこまりました。案内をお願いします」
「う、うん!」
その懇願に彼女は即答し、走り出した少女についていく。辿り着いたそこは少女の家であり、荒れ果てたその中には一人のやつれた女性が眠っていた。
「地球防衛軍の者です、大丈夫ですか?」
「……ぅ……」
肩を叩き尋ねるが彼女───少女の母親は小さな呻き声を出すだけで返事をしない。しかし、生きてはいる。アンドロメダは母親の状態を素早く確認すると手の平を少女の前に差し出す。次の瞬間、そこにどこからともなく現れた光の粒子が集まり、何かを形成する。光が収まると、手の平に乗っていたのはチューブ式の栄養食品だった。
「栄養失調ですね。これをゆっくりと飲ませて下さい」
「お姉ちゃんは……魔法使いなの?」
「違います……が、似たような物かもしれませんね」
「?」
「追加で数個出しておきます。また後程───」
と、そこで通信が入る。相手は隊長だった。
「どうしましたか?」
『傷病者が複数居る。薬は持っているか?』
「あまり多くは搭載していませんが、恐らく殆どが栄養失調だと思われますので栄養食品を配布します。発電所前に来て下さい」
『分かった』
通信を切り、ぽかんと口を開ける少女に数個の栄養食品を渡し、後程食料の配布を行う事を伝える。そこまで伝えると少女は不思議な顔をして尋ねる。
「どうして私達を助けてくれるの……?」
「どうして……?」
その質問はアンドロメダにとっては意味が理解出来ない言葉であった。何せ───
「───私達は地球防衛軍ですから」
───────
予め倉庫に積んでいた食料を配布する。大勢の傷病者は彼女の見立て通りその殆どが栄養失調から来るものであり、ここで数日分を配布すればかなり環境は改善されると思われた。エネルギーさえあれば食料を生産できる為、数日経てば自給自足が可能になるだろう。食料が足りない分はオムシス───有機物循環システム───を稼働させて賄う事になったのだが、アンドロメダがそれの材料として辺りに転がっている死体を使おうと提案して全員にドン引きされるなど小さなアクシデントはあったものの供給は順調に進む。
その後、地下都市の責任者と話し合い復興後の確実な協力も取り付ける事が───リップサービスかもしれないが───出来た。この結果を受けて他の隊員達は歓喜していたが、唯一アンドロメダのみは喜びを感じさせない無表情のままだった。
「ありがとーう!」
「命の恩人だ!」
そうして彼女らが帰投する日。ある程度余裕の出来た民間人が協力して掃除し綺麗になった地下都市にて彼女らは熱烈な見送りを受けていた。
「魔法使いさーん! ありがとーう!!」
「魔法使い? お前、何かしたのか?」
「否定はしたのですが……」
その中にはあの時の少女もおり、その隣には顔色が少し明るくなった母親も居た。
その時発した言葉に隊長が懐疑の眼を向け、アンドロメダは困った感情を感じさせる無表情をする。魔法使い、そんな事を言われる行動は彼には何となく察しがついていたが何も言わなかった。住民からの好感度は大事なのである。
その後、他の断線している地下都市にも同じ様に救援に向かい、かなりの数の人々を救う事が出来たのだった。
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