『少なくともあの国では、日本は敵国よ…それに、『逸品』を目撃されたらメンツを潰されるわ』
「『道楽息子』のほうは湛江の南海艦隊司令部にて確認…役職は大隊長付…自分が鍋を振ったほうがはるかに美味いとぼやいているそうだ。アレほど似合わない士官姿も無かったよ」
『『末娘』は西安…だけど、あの囲みを潜るのは骨よ。期限が有るわけじゃないけど、愚図愚図してたら『金の卵』に毒が回ってしまう』
「餅は餅屋、酒は酒屋…なら、反物なら織物屋に頼むとしよう…ああ、当主様からの裁量を仰いでからだ。独断専行は好きじゃない」
『…まさか!?』
「僕達には『絹糸』は不要だ。彼女たちには『末娘』は不要だ…派閥争いってのはイヤだね、集中管理すればいいのにあちこちに分散させちゃって…そう悪い取引じゃあないだろう。ああ、すみれちゃんは『土産』の精査を頼む。ウチの連中、久々の大仕事で山のように集めてきてくれたんだ」
『巻き込まれたら?』
「その時は、その日が僕の命日さ…ああ、お義父さんとお義母さんには柳韻さんの住所を教えておいてくれ、箒ちゃんからの荷物はあっちに届くはずだ。」
いつも通り5時に起床…おっかなかったな、織斑先生。生身で『ニーベルン・ヴァレスティ』くらいは放ちそうだよな…カーテンを開け、外を見る…おお、雲ひとつ無い晴天だ。
「お早う、茨…ジョギング行くか?」
いまだに元気の無い一夏。別にしばらく逢えないわけじゃあないだろうに、大げさな…
(…まてよ、これはチャンスじゃないのか!?)
「行こうか…なあ、今日はヒマか?買い物にでも行こうぜ」
…いつもはこうじゃない。目が覚めたら隣で眠る山田先生を起こさないようにベッドから抜け出し、一夏にモーニングコールのメールを送り、湯船に湯を張りながらシャワーを浴び、山田先生を起こして1階で一夏と合流してジョギングへと向かう…なんだろう、こうやって考えるとなんて異常だったんだろう、この一週間の俺の朝は。
「いいぜ、けど…『レゾナンス』なんだろ?だったら一人でも…」
「確かにショッピングモールにも行くけど、弾の所にも行こうぜ。久々にかぼちゃの甘露煮食いたくなったし…それにさ、この町に来たばっかりの子も居るだろ?だからさ…」
言葉を切ると俺は窓の方向を見る。こぼれる笑みを一夏に悟らせるわけには行かない。
「みんなで行こうよ、買い物に」
■
「ま、ここに来れば大体のものはそろいます。ブランド物から100円ショップ、ジャンクフードに寿司にフレンチに中華、ゲーセンにカラオケにボーリング…あ、そうそうガラの悪い連中も出没するから気をつけてね。外泊届けを出していない子はきちんと門限までに帰るように、コワーイ怖い狼さんに捜索隊出されたらしばらく外出出来なくなるよ…じゃあ解散」
何だかんだで退屈しているものの、何処にいくあても無かったクラスメイトたちはかなり居り、三々五々に散らばっていく。一夏は…本屋か…
(ここからが腕の見せ所なんだよな…さて、弾は起きてるかな…)
『おお、茨…今日は家か?』
2コール目で出るとはよっぽど退屈してたな、弾。
「うんにゃ、退屈していたクラスメイトを『レゾナンス』にご案内…なあ、今から一夏と邪魔していいか?多分クラスメイトも付いてくるぜ」
『も、勿論だ!な、なあ…』
「…残念ながら一夏しか見えていません…」
『かぁっ…相変わらず無意識のフラグ起てはお得意だな…で、猿取殿はいかがでござるかなぁ?』
「あ?ねぇよそんなもん」
…アレはノーカンだ。ノーカンにしたい。山田先生に不足が有るわけじゃない、むしろめぐり合えた幸運を喜ぶべきなんだろう…ただ余りにも異常なんだ、出会い触れ合い巡りあいが…
「ところで蘭ちゃんはおうち?…ああ、代わらなくていい。『猫を被れるだけ被っておけ』って言っておけば分かる」
『…だな。ウチが暇になるのは土曜なら13時半からだ、それからのご来店をおススメするぜ』
■
「お疲れ様でした…引き分けとは流石ですね。先日の筆記の試験は合格していますので、ほぼ合格でしょう。試験の結果は明後日は報告されます…上海のほうに連絡を入れますね?」
「はい…有難うございます…」
(なんだろう…彼女、生気が感じられない…)
上海での試験は実技試験だけということでスムーズに終わった。アリーナに見立てた陸上競技場…解体するので好き放題壊していいとのことだった…を縦横無尽に飛び回り、果敢に、そして苛烈に攻め立てる様は戦闘後の控え室の姿からはどうしても想像が付かない。
「…それでは、我々は帰ります。お二人もどうぞホテルでお休みください」
受験生のお付の神経質そうな候補生管理官の言葉に、私は意識を戻した。
(そ、そうです!ココからです!上海のナイトライフで少しでも2人の距離を…)
「…申し訳ありません、私は急用が入りまして戻らなくてはならないのです。折角用意していただいて申し訳ないのですが…」
(えっ!?どういうことです!?)
「…左様ですか。機会があればぜひ上海の夜をお楽しみください。帰りの便は設定しておきます…帰りますよ、凰候補生」
「はい…管理官…」
(えっ?えっ!?えええっ!?)
そのまま2人は控え室を出て行ってしまう。織斑先生は私の肩に手を置くと、心底すまなさそうに言葉をつむいできた。
「本当にすまない山田先生。上海の夜は一人で楽しんでくれ」
「わ、私も、私も帰ります!」
「あ、ああ…わかった。楊管理官に話を通しておく。着替えてくるといい…」
(嘘…こんなの嘘…嘘だもん…)
ガラガラと足場が崩れていく、そんな気持ちだった…だから、織斑先生の呟きも、よく分からなかった。
「お前に何があったんだ…凰…」
■
…絶体絶命の危機ってのは、いつだって唐突に起きるんだよな、うん。
「篠ノ之箒、そこにいる織斑一夏の幼馴染だ。」
「私、五反田蘭と申します…一夏さんの後輩で、親しくしてもらってます」
シノさんがサムライなら蘭ちゃんはクノイチだな…空気がどんどんと冷え込んでくる。おかしいな、さっきまでポカポカだったのに。
「わたくし、セシリア・オルコットと申します…イギリス代表候補生、そして一夏さんの婚約者ですわ」
うわぁ、いきなりぶち上げましたよイギリス代表候補生、遠距離アタッカーが敵対心稼ぐとろくなことが無いぞ!
「へぇ…そうなんですか…流石イギリス人、口三味線がお得意なんですね…」
蘭ちゃん、猫の十二単が貫通したぞ!早く貼り直せ!…ああ、女の子はシノさんだけ連れて行けばいいかと思って1人だけにメールしたんだけどなぁ『一夏の友人宅の食堂に行こう』って…何処でかぎつけて来たのやら…
「だ、弾!席取ってこようぜ!」
おい一夏、俺は一言も「ここは俺に構わず逃げろ!」とか言ってないぞ!?
「お、おう!茨、行って来るぜ!」
弾、お前は第3者なんだから「おまえひとりにいいカッコさせられるかよ」って残ったってバチは当たらないと思うんだけどな、うん。
「お、俺もいくよ!」
そういって駆け出そうとした俺の肩をシノさんががっちり掴む。おかしいな、ここは『ドーゾドーゾドーゾ』だろう、トリオ的に考えて。
「…婚約者云々は茨のアホが言い出した妄言だ、忘れろ…そしてセシリア、別にお前のことは嫌いじゃないんだが、何故そんなに喧嘩を売るような真似をする?」
「ふぅん…そんな訳の分からないことまで言い出したんだ茨…そんな脳天なら要らないよね…死後の世界も中々良い所らしいわよ、誰も帰ってきたことないし…」
…わぁい、とうとう名前で呼び捨てだ!一夏と同格だ!でもなんだろ、今たってるフラグって絶対恋愛フラグじゃないよね?回避しないといけないタイプだよね?『14へ行け』ってやつだよね?大縄跳びはもうなくなったのかな?
「口は災いの元だねー、かんちゃん」
「言ったでしょ…猿取君を見張っていれば…面白いことにめぐり合えるって…」
…君らかニュースソースは!あと俺は狙ってるわけじゃないから!平穏無事に過ごしたいだけなんだから!一夏の目を覚まさせないと色々と厄介なんだから!
殺気立った2人の視線を軽く受け流すと、歌うようにオルコットさんは言葉を続ける。
「箒さん、蘭さん、『幼馴染』『後輩』と申しましたよね?一夏さんとのご関係…確かに『婚約者』というのはわたくしのついた嘘、謝罪させていただきます。ですが、一夏さんを慕い、想う心は皆様以上と自負しております…『幼馴染』『後輩』に、勝てますか?」
2人ははっとしたように殺気を消す。そうだよな、いつかは『恋人』とかになりたいもんなお互いに。
「おー、一気にスパートかけてきたね、せっしー」
「そうね…同じ戦場に立たないままってのは…ヒキョウよね…」
…おい、頼むから静かにしてくれ。爪が肉に食い込む。前世は梟か鷲だったのかシノさん!
「私は、一夏が好きだ…添い遂げたい!」
「わ、私もです!一生傍に居たいです!」
2人の絞り出すような声を聞くと、オルコットさんはにっこりと笑い言葉をつむぐ。
「では、同じ戦場に立つもの同士、相手にとって不足はありません。一夏さんに仇なすものがあれば共に打ち払い、愛が醒めたら立ち去り、誰かが射止めたとしたら互いに祝福いたしましょう?」
「…わかった。同じ男を愛する者として相手にとって不足は無い」
「…絶対、負けませんから」
そういって手を差し出すオルコットさん。釣られて2人も手を差し出し、組む。どうやら淑女協定が締結され、やっと俺の肩は開放された。涙目になって肩をさする俺に、不思議そうにオルコットさんは言葉をかける。
「ところで猿取君、蘭さんは恋愛対象にはならないんですの?」
「蘭ちゃんが?…恋愛対象にはならないなぁ」
「確かに茨はないわ」
お互いのストレートな返答に残りの女性陣は不服のようだ。苦笑しながら俺は言葉を続ける。
「だって幼稚園の頃からの付き合いだからなあ、俺と弾と蘭ちゃんは。頭突きを仕掛けたくせに大泣きされて弾のジーちゃんにはゲンコツされるし、抜けた乳歯を食ってたキャラメルごとぶつけられたり…結婚式のスピーチにどんな事言うかとか、ご祝儀幾ら包むとか考えることはあっても恋愛の対象にはなんない」
「お豆腐一丁くらいの厚さのご祝儀は出してくれるんだよねぇ、茨?」
「1ドル札とジンバブエドル、どっちがいい?」
そんな馬鹿話をしながら食堂の暖簾をくぐっていく…結局顔を出さなかったな、ヘタレ共。
■
『簪様は今お食事を五反田食堂で取られている模様…何か動きがあり次第お伝えします…』
「了解…親も親なら子も子よね…」
「虚さんからですか…別に、彼は簪さんをどうこうしようとする意図は無いでしょう」
「まあね、轡木さん…まあ『番狢』の一粒種ですもの、血は争えないわ…」
「…噂をすれば影、『番狢』の夫からです」
「もしもし?うん……何よそれ!?…だけど!…わかった、あなたの責任で動きなさい…うん、はい…了解。」
「随分と、難題を突きつけられたようですな、生徒会長…」
「…先代が、あいつらを毛嫌いして使い潰そうとして…結局使い潰せなかった理由、やっと分かった。あいつらは…金のためでも、権力の足がかりでもない…とことんこの家業が好きで好きでたまらないんだ…」
「何があったんです?」
「…あいつら、虎子を得るために、虎穴にバンカーバスター撃ち込む気よ」
■
「いやぁ、食った食った…いつ食ってもここのカボチャの甘露煮は絶品だわ…でも中々味わえないんだよな、うちのバーちゃんはカボチャは小倉煮とかひじきと一緒に煮ちゃうし…それにジーちゃんたちと来るとオムライスしか頼まないし…」
「何だよ、そんなメニュー無かったぜ?」
「茨のジーちゃんバーちゃんしか頼めない裏メニューなの。理由は聞いても教えてくれなかった」
「隠しメニュー頼めるとか、いばらんのおじーちゃんたちって愛されてるんだねー」
「かなぁ…ジーちゃんはくだらない話ばっかりで弾のジーちゃんにどやされるし、バーちゃんはビール持参でかっくらってるし…家族で来ても冷や汗しか出なかったなぁ…ていうか、オルコットさん箸使うの上手だね…」
「あら?イギリスで美味しいランチやディナーを頂きたいならチャイナタウンに行くことをおススメしますわよ?」
「そこは…ステーキなり…ローストビーフを…勧めるべきじゃ…ないの…?」
「…ま、三日もいれば慣れますわ、イギリスの料理は…」
「また来いよ、一夏、茨!蘭、晩飯までには帰って来いよ!」
そんな雑談を続けながら食堂を簪様たちは出て行かれる。私は連絡を入れようとし…店主の孫と目が合う。
「あ?お姉さん…お客さん?」
「ええ…1名ですけど大丈夫です?」
「はい大丈夫ですよ、1名様ご案内ー!」
…そうだ、昼時をやや過ぎたとはいえ、まだ私は昼食を取っていないのだ…何も不自然なことは無い…なので、篠ノ之箒の漏らした言葉をメールすると、私は食堂へと入っていった。
「なあ…皆、もし、何も用事が無いなら…御坂神社に行かないか?」
■
「ここはシノさんの実家か…いい所だねぇ…」
「『元』実家さ…6年前に引っ越して以来、ココには叔母さん一家が住んでる…」
雪子おばさんとの久々の再会を終えた私は、とりとめの無いことを茨と話していた。
「お、7番大吉だー。かんちゃんなんだった?」
「49番…末吉…」
一夏といえば、セシリアに二礼二拍手一礼の参拝方法を教えている。蘭といえば、買った絵馬に『一夏さんと結ばれますように』とでかでかと書いて奉納している。簪さんと布仏さんはおみくじを引いて一喜一憂している…本当、何処にでもある風景だろう。
「絵馬ってのは願いがかなった時に奉納するって聞いたんだけどな…ごめんなシノさん、変なこと聞いて。」
「いや…里親はいい人だった。たまに実の両親との旅行を企画してくれたり、八方手を尽くして一つ所に落ち着かせてくれた…なあ、茨…」
一度言葉を切ると、茨を見据えながら私は言葉を続ける…このタイミングを逃せば、もう二度と言えない気がした。
「…私の里親は、野ノ原一郎、すみれなんだ」
■
「…私の里親は、野ノ原一郎、すみれなんだ」
そう辛そうに言葉を吐き出したシノさんは、泣き出しそうな表情で言葉を絞りだす。
「すまなかった、茨!私のせいでお前は6年前から…」
「いや、気にしなくていい…正直、両親って言われてもその前から年に数えるくらいしか会ってないのよ、俺」
「…えっ?」
「どんな人だった?俺のお父さんとお母さんは…顔とかは覚えてるけど、2人がどんな仕事をしているとかからして全然分かんないのよ、これが」
「そ、そうだな…職業訓練校の教官をやっているといっていた、二人とも…そうだ、たまに遠距離地での講習があるからといってどちらかが家を空けることがあったな」
「そっか…俺、どんな仕事も似合うけど、どんな仕事に就いているって言われてもピンと来ないのよ、お父さんとお母さん…八百屋でも船乗りでも警察官でも務まりそうな雰囲気なんだけどな…」
「そ、そうか…優しかったし、理想の…いや、すまない」
「良いんだよ別に。俺としては無事に生きてるって分かっただけでも感謝してる。」
…ほんと、何やってるんだろうねえうちの両親は。いつの間にか西に傾いたお日様がいやに目に染みる。
「さ、そろそろ帰ろうぜ…まだまだ門限には時間があるけど、夜にウロウロするとろくなことが無い…」
「あ、悪い茨…家の換気しないといけないから俺は家に帰る…」
「あ、一夏さんお送りしますね…」
…おおっと、早速ポイント稼ぎに来たか蘭ちゃん。その抜け目の無さ、さすがはクノイチでござる。
「…二人だけだと物騒だろう、家まで送ろう…」
「あら?専用機持ちのわたくしが居れば、野良犬などおそるるに足りませんわよ?」
…『抜け駆けとは上等だな!』って顔に書いてるぞ2人とも。というか何と戦う気だ、オルコットさん。
「そうだな、さっさと帰ろうか、一夏」
石段を登る、黒い影…そこには、居ないはずの『鬼』がいた。
「…千冬姉!転入生の試験があるから今日は上海に居るんじゃ…」
「ああ。たいした用事じゃないんだが…急用があってな。お前たちが行きそうな場所といえば、五反田食堂以外なら御坂神社だろう?」
「そっか、流石千冬姉!じゃ、お先するぜ!」
そう明るく言うと、一夏はキャリーバッグを受け取り階段を駆け下りていく…露骨に表情を明るくするな一夏。その様子を微笑みながら見ていた織斑先生は、俺たちをチラリと見ると冷たく言い放った。
「外泊届けを出している猿取以外は門限までに帰れ。補導されても面白くないだろう?」
…大丈夫です先生、『付いてくるなよ』オーラを出さなくてもみんなビビッてます…そして後には、獲物を掻っ攫われた負け犬と傍観者だけが残されていた。
「まずは…織斑先生ですわね…」
「相手にとって不足は無いな…」
「がんばりましょう、皆さん…!」
…そうだな、これは負けイベント戦闘だ。きっと次に戦う時はきちんとHPが設定されてるはずだ!ラスボスには変わりはないけどな!
「がんばれー!みんなー」
「…がんばれー…」
…まてよ?ラスボス?
「悪い皆!俺も帰る!」
…そうだ、俺の「ラスボス」は何処で何をしているんだ!?
「なあ、一夏…凰を覚えているか?」
「ああ、鈴だろ?覚えてるけど…」
「…来週、あいつが転校してくる」
「ホントかよ千冬姉!楽しくなるな!」
「いや、よく聞け一夏…アイツには気をつけろ!…あいつは多分、昔のあいつじゃない」