「おめでとうね、箒ちゃん」
「6年間有難うございました…お義父さん、お義母さん」
「お礼なんて良いんだよ…僕たちは里親失格だった。君のお世話をしながら、ほとんど会えない子供を思い浮かべていた。最低だよ」
「そんなことはありません!最低なのは私の姉です!」
「違うさ。君を思うからこそ君のお姉さんは身を隠した。最低なのはお姉さんを、両親を、君を利用しようとした日本だ!世界だ!僕たち大人だ。だから、お姉さんは恨まないであげてくれ」
「本当に最低な人は、そんなこと言いませんよ」
「…有難う。その言葉だけで私たちは十分よ。…一つ、わがままを言っていい?箒ちゃん」
「…なんでしょう?お義母さん」
「うちの子がね、同じ学校に通うはずなの。だから、優しくしてあげてね。」
「お二人のお子さんなら、きっと凛々しいお嬢さんなんでしょうね。」
「いや、男だよ。僕みたいにヒョロヒョロで、すみれちゃんみたいな瞳の持ち主さ。」
「うんうん、じゃあねじゃあねトレイニー。ボクが恋しくなったらあのアドレスに電話しなよ。キミのためならアルちゃんどこへでも駆けつけるからね?ね?」
「お疲れ様でした猿取訓練生。IS学園での活躍、ご期待申しあげます」
「というわけであたしたちはお役御免だ、お前もさっさと帰れ…かーっ!ベガスが、トレジャー・ランドが待ってるぜー!」
一次移行(ファーストシフト)が済んだ後も俺の錬成は続いた。座学の時間は短くなり、代わりに射撃や格闘技の実技、そしてISの基本動作、最後の1週は「ファング・クエイク」を纏った黒豹女との1対1の実戦ばかりだった。「一撃入れたらそこで終わりな」とか言っていた割に、ようやっと一撃入れたら「ああ…これで終わりだ!」とタコ殴りにする大人気の無さを見せ付けてくれたのもいい思い出ではある。ああ、本当に思い出の1ページ辺りで終わらせて欲しい…ていうかなんだったんだあの黒豹女の動きは?ピンボールの玉でももうちょっとおとなしいぞ。IS学園にはああいうのがごろごろしてるんだろうか?だとしたらよっぽど気を引き締めていかないとアッサリとやられかねない。大物食いとか夢の正夢だ。
(まあ、ホント『P』が【ご立派様】じゃなくて一安心だったよ…)
『アンカー・スチーム』の待機状態である、スマイリーフェイスが浮かんだ指輪が輝く左手親指を撫でながら俺は安堵のため息を漏らす。展開状態のISにOッキューオーの如く【ご立派様】が鎮座していたらベーコンのようにぶら下がっていた自信がある。多感な十代をナメてはいけない。
(でも、結局ロックがかかったままだったんだよなぁ。黒豹女やゲスジジイは『戦っていればロックは解ける』って言ってたけど、あれだけ戦っても反応無しだったしなぁ…一方的にやられっぱなしだったしな…)
『p』…『アンカー・スチーム』の左肩に背負われた板(Plate)はうんともすんとも言わずじまいだった。蜂の巣のような綺麗な六角形で構成されたそれは黒ずみ、とても使用に耐える雰囲気ではなかった。
(FCSの不具合も有るんだよなぁ…ロック速度は滅茶苦茶速いけど距離は短いとか、ミサイルのロックに手間取るとか…)
「ああ、ダメだダメだ!もう考えるのヤメ!」
迎えが待つ国際空港内でつい口走ってしまった俺を警護のMIBが怪訝そうに見る。安心しろ、俺は正気だ。そもそも広告塔代わりに用意されたモンキーモデルとはいえ専用機を持てること自体が破格の扱いらしいのだ。普通の学園生にとっては羨望の的だろうし、一夏や俺以外の男子でISを動かせる奴はまだ見つかっていない。どんなに不恰好でもここまできたらもう行くしかない。晴れの舞台で文句を言う奴は環境に文句を言う奴以上に救いが無い。
「まったく、仰々しいものだ…たかがヒヨコ1匹のお守りにぞろぞろと…」
「ヒヨコの数え方は1羽2羽ですよ織斑先生」
ワイシャツ以外は黒一色のスーツに身を包んだ『世界最強』…織斑千冬さんはじろりと隣の同僚らしき女性を睨むとこちらに近づき、値踏みするように上から下まで眺めると、つまらなそうに言い放つ。
「織斑千冬だ。猿取茨、明日からはお前や織斑一夏を含めた1年1組の担任を受け持つ。」
一方睨まれた眼鏡の女性はビビりから立ち直り、にこやかに微笑みながらお辞儀を返した。
「1年1組の副担任を担当します、山田真耶と申します。猿取君、1年間よろしくお願いしますね。」
「はい、よろしくお願いします。織斑先生、山田先生。」
行こうか、IS学園へ。日常となるであろう非日常へ。
■
「…遅い。猿取、今何時だ!?」
「…14時30分です。」
「織斑先生、それ3分前にも聞きましたよ」
3時間後、俺達3人はまだ国際空港内にいた。その原因はここにはいないもう一人のIS操縦者、一夏にある。
俺がアメリカに向かうのとほぼ同時に、一夏はカメラやレポーターから解放された。織斑先生いわく、俺と同じように調査や訓練、教育のため日本のIS開発企業の倉持技研に匿われ、俺と一緒に学園に迎え入れる予定のため到着する時間まで待っているのである。
別にそのことに対して俺はゲンナリしているわけではない。待ち時間の食事中にレストランで二人が教えてくれた学園の様子や行事の予定はとても興味をそそられるものであったし、俺の語った一夏の近況…まあ、2月までの分だが…を山田先生は目を輝かせて聞き、織斑先生は「続けろ」とか「質問だ」とぶっきらぼうながらもこちらの話に耳を傾け、質問をぶつけてくる。
『じゃあ、二人の共通の友人の蘭さんもIS学園に入学希望を?』
『はい、IS適性はAみたいですし、学力も体力も優秀。期待できまs』
『で?そいつは一夏と付き合ってたのか?』
『…いや、普通の友人です。一夏は誰かと交際してるって話は聞きませんでしたね』
…まあ、何故か交遊関係ばかり食いついてくるのは気になる所ではあったが。やはりハニトラを警戒しているのか。まああいつ位もててたのに鈍感なヤツも珍しかったが。
(数少ない男性IS操縦者だ、遺伝子情報やら身柄やらを意のままにされたらコトだ…って!?)
今になってニヤつく黒豹女の顔が、シルクのスカーフみたいな肌触りが、甘い匂いが頭をよぎる。
(いやいやいや、あれはAOAの指示だろ!?もし拒んでたらパンダみたいに電極をぶち込まれて絞られていたはずだから!それにアレは無理矢理だから!ウチのシマじゃノーカンだから!)
「猿取君、どうしました?何か調子が…」
「いえ、大丈夫です!」
心配そうにこちらを見やる山田先生に言葉を返すと頭を振ってろくでもないイメージを振り払う。
「…猿取、今何時だ!?」
そうなのだ。一夏の乗る便は遅延無く着いたし、もうそろそろ本人だって来る。なのに織斑先生はニコチン切れのヘビースモーカーみたいに落ち着きなくうろついている。
(まさか、一夏に何かあったとか!?ヤバい、『アンカー・スチーム』を展開する事に…)
「千冬姉‼︎」
「一夏!」
もっとヤバい事態が待っていた。
「ん…千冬姉…一月振り…」
「ん…おいひ…一夏…」
久方ぶりの姉弟の再開、それは爽やかな光景だったろう、ミントチョコのように。
恋人たちの抱擁、口付け、それは甘酸っぱい光景だったろう。カシスジュースのように。
(やだ…なにこれ…)
じゃあその光景が混じっていたら?まるで黒豹女がご馳走してくれたダダ甘くひたすら油濃かった揚げトゥインキーをかじったような気分だったよ、うん。
ていうかベロチュー?衆人環視の中でベロチュー?一夏、何ナチュラルにパイタッチしてるの?実の姉でしょ?織斑先生、何瞳潤ませてるの?一夏分を補給してるの?それが世界最強の秘訣なの?今気付いたけど男物のワイシャツ、実はそれ一夏のなの?
「素敵…」
山田先生、何夢見る乙女みたいな目で見つめてるの?こんなのIS学園じゃ日常茶飯事なの?特殊性癖持ちじゃないとIS乗りって強くなれないの?俺のほうが間違ってるの?
「ごめん、山田先生…涙拭いてくる。」
そういい残すと歪む視界の中、俺は空港のエントランスに向けて走っていった。
こんなの、俺の待ってた非日常と違う。
「うん…ほいじゃ、元気での。わーっとる!婆ちゃんもワシも影響なしじゃ!また何かあったら電話せぇ。体に気ぃつけるんじゃぞ、うん。」
「…大変みたいね、茨。あんなのはしばらくぶりよ。一夏君のことを聞いたら『あいつの名前は聞きたくない!』って泣き出すし…」
「アメリカ武者修行の間は、そんな事無かったのにのぉ…」
「きっと見てしまったのよ、友人の裏切りを!新たなるライバルを!でもね茨、純愛を貫いてこそたどり着ける境地はあるのよ…ああでも、友の恋路の成就を祈る、そういうのもロマンよね…」
「バーちゃん…ナマモノは勘弁してくれとあれほどいうておるのに…」