俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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小さな逡巡、小さな選択
「僕達は、常に選ぶ側にいた。いつ選ばれる側になることになるかは、分からないけどさ」
「…殲滅ね、その顔つきだと」
「ああ、『ヘラクレス』の要望どおりならね」
「せめて、パパやママ、茨だけは巻き込みたくは無いわね」
「それこそ、虫のいい願いさ。神様って言うのは常に残酷だよ」



小さな勝利、小さな決意

「はじめまして、篝火所長。お初にお目にかかります、更識と申します」

日曜日、3時近くのカフェテラス。簪さんは蒼白な顔色で眼鏡で白衣のツインテールに髪を纏めた女性と相対している。

 

「倉持技研第二研究所にて勤務しております、篝火と申します…織斑君に篠ノ之さん、お久しぶりです。後の皆さんは…はじめましてですね?」

 

「初めまして」「は、はじめまして」「お初にお目にかかります」「…はじめまして」

 

…だが、彼女は一人ではなかった。同じテーブルには物心ついた時から側にいた布仏先輩が、整備科の黛先輩が、同学年のセシリアが、鈴が、一夏が、そして私もいる。その事実が簪さんを幾分楽にしていた。

 

「「お久しぶりです、篝火所長」」

「ヒカルノでいいわよ、織斑君に篠ノ之さん!…更識候補生、本日は倉持技研の決定を報告に上がりました。ショッキングかもしれませんが、良く聞いてくださいね」

 

「…はい」

 

…声を震わせながら俯く簪さんに所長…篝火ヒカルノはさらりと衝撃的な事実を言い放つ。

 

 

「倉持技研からの決定をお伝えします…『打鉄弐式』は試作機から実験機へと変更、及び倉持技研の次世代機計画は白紙に戻されました…」

一区切り置くと、肩を震わせる簪さんに苦笑しながら篝火所長は言葉を続けていく。

 

「安心して更識さん。実験機に機種が変更になったってことで試作機として制限されていた諸々の事項はかなり緩くなったし、IS学園での生徒の皆さんの『打鉄弐式』の自主開発も併せて承認されました…もちろん開発結果は倉持にいの一番に報告していただきますよ?」

「はい、もちろんです」

 

簪さんの濡れながらも強い光を宿した瞳を見据えながら、その日のお昼はエビフライでした、とでも言うような軽い調子で篝火所長の言葉は続いていく…部外者にとっては驚天動地の事実であろうとお構いなしに。

 

「まだコレは非公式なんだけど…倉持の次世代機は『白式』ベースになりそうなのよ…どうしたの皆さん、鳩が鉄砲食らった顔して?」

 

ココアを一口含むと微笑む篝火所長を見据え、一夏は、セシリアは、私は異口同音に言葉を紡いでいく。

 

「…俺は弱いですよ、ヒカルノさん」

「ヒカルノさん、一夏の…いや、白式の強さはアリーナのような閉じた空間でこそ発揮できると思うのですが」

「白式の強さは、一夏さんのような剣の心得のある方あってのものだと思うのですが。使い手を選ぶ強さは、量産には向かないのでは?」

…その場の学生は全て同じ感想を持っている、そう感じたのだろう。薄い笑いを浮かべたまま篝火所長は答えを返した。

 

「確かに『雪片弐型』『零落白夜』は剣術の心得が無いとまともに使いこなせないわ。でもね…可変する武装、そこに着眼したのよ、私たちは。篠ノ之博士は『展開装甲』って呼んでいたけど…拡張領域(バス・スロット)を使わなくても全領域に対応可能な固定武装があれば、それだけ武装展開のロスタイムが軽減できる…そう言えば、もう一人の男子はどちらに?」

「アイツ?アイツはオクビョーモノだから引っ込んでるわ。」

鈴の言葉に満面の笑みを浮かべると、篝火所長はココアを飲み干し、立ち上がりながら背を向けながら去っていった。

 

「それでは、失礼させていただきます…篠ノ之さん、お姉さんによろしく。」

 

 

「…そういえば箒、今お姉さんって日本にいるの?」

「いや。何処にいるのか皆目見当はつかない」

 

 

 

 

私たちからは去っていく篝火所長の表情が伺えず、だからこそ気付けなかった。

…彼女が血が滲むほど唇をかみ締めているのを。

 

 

 

 

「あー、寿命がストレスで縮んだ…みんな凄いよ、あんな狐みたいな人と渡り合えるなんて。『名残雪のダンス』だってさ、カフェーのマスターがおススメしてくれた…」

 

薄気味の悪い倉持の人が帰ったのを見届けると、バニラムースのイチゴ添えをみんなに配りながら俺はゲンナリとした表情を隠せずにいた…白衣にスーツなのは分かる。あの美貌に山田先生に勝るとも劣らない胸…だが、なぜツインテールなんだ。ああいう髪型が似合うのは鈴みたいな華奢な子や幼い子供だけだぞ。全面核戦争後の荒廃した世界で弱者に手を差し伸べる女医がモヒカンだったり、蛮族の手から故郷を守る英雄が全身包帯だったりするくらい違和感があるぞ。アレか、ミクさんあたりをリスペクトしているのか。

 

「今日はみんな本当にありがとう。私一人だけじゃどうしようもなかったかも」

 

 

簪さんは俯いてはいるが、先程よりははるかに声のハリがある。ホント、お手伝いできてよかったよ。

 

…黒豹女を見送った後、俺は学園に戻り夢も見ないで眠り込んでいた…布仏先輩からの『明日倉持技研の面会人が来るのですが、どうか立ち会っていただけないでしょうか』というメールが来るまでは。布仏さんか?メアド教えたの…ダメだ、姉妹で混同してしまう。一夏と同じように『のほほんさん』と呼ぼう、布仏さん(妹)は。

 

『我々AOAもかかわりが有るのれ、です。ぜひご協力をさせてください猿取君』

『どうした茨?…あ、その人知ってる!『白式』の開発責任者だ!』

『どうした簪さん?一夏に何か…ああ、その人なら知っていますよ』

『簪さん?一夏さんに何か…倉持技研、ですか、興味深いですわね』

『アホ茨、一夏に何を…面白そうじゃない、あたしにも一枚噛ませなさいよ』

『フフフ…カモフラージュのために女性を沢山用意しても私の目は誤魔化せませんよ猿取君!』

 

ラウンジで相談してる端からこのようにドンドンと頼もしい仲間が集ったのだ、委細は気にすまい…アムロさんが酸素欠乏症のテムさん見たときってこんな気持ちだったんでしょうか黛先輩。

 

 

 

『倉持技研から見れば信頼して預けていた『打鉄弐式』をほんのちょっと開発を後回しにしただけで勝手に開発を再開して、企業の秘中の秘のプロテクトやトラップを最悪の商売敵であるAOAに開封させた簪さんは憎くて仕方が無いだろ?表立って抗議はできないとしても俺達生徒の親族に接触、脅迫をしたり先輩たちの就職口としての役目を放棄するんじゃないのか?俺達ぜいいんで土下座するべきじゃ…何だよ皆、その表情は!?』

 

『そんな馬鹿なことしたら『倉持もヤキが回った』って思うわよアホ茨』

『就職口や進学のアテでしたら、わたくしで良ければ口を利きますわよ。オックスフォードでもケンブリッジでもいっそのこと開発チームへの就職も夢ではありません!AOAの技術指導を受け、ISのOS及びFCS開発に関与した…これだけでも値千金の金の卵ですわ』

『ネットを初めとする情報社会にはとやかく言う向きもあるでしょうが、何かしらの問題が生起した場合の爆発力は侮れませんよ猿取君!』

『…そう茨を責めてやるなよ。涙目だぜ…』

『倉持としての落とし所…『打鉄弐式』の開発データの優先権の確保、それと私との関係維持だと思う…』

『イーリの『穴埋め』が功を奏したようですね。2名ほどどのクラスにもいない女子が居たのはご存知ですか?日本暫定代表と倉持のテストパイロットも招待されていたんですよ…それが一分クッキングされたんですよ?AOAの底の知れなさとお寒い裏事情をアッピルする気はないでしょう、倉持も』

 

 

そしてそのとき提案されたのは『俺とピクシーさんは裏に隠れてろ』だった…AOAは俺の入学以降、IS学園の生徒に対して『働きかけ』を行なっているんじゃないかと倉持や日本政府から突っつかれているらしい。木偶襲撃の後に振舞われたお弁当や電子マネー、AOAが肩代わりしたスィーツ無料パス…1月限定とはいえ生徒ぜいいんに配ったのだ、都合2倍は予算は用意されているはずだ…確かに贈賄だといわれても否定は出来ない。社員であるピクシーさんはもちろん、『日米友好の架け橋』である俺が火種になっては意味が無い。いや、それでなくてもIS誕生以降日本とアメリカの関係は微妙なのだ。日本政府はアメリカから『ISの輸出は防衛装備移転三原則に引っかかるのでは?』と突っつかれ、アメリカはアメリカで日本政府から『『黄金の愛』『白金の平和』の情報は効力遡及禁止の原則に当てはまらないのでは?』と情報公開を迫られる…ホント、アメリカって言ったらアカデミー賞か大リーグだったんだよ、こないだまでの俺は。そんなガキだったんだよ国際関係とか日米摩擦とか社会科にしかなかったんだよ俺の中ではさ!

 

「結局盗聴器は無かった、監視カメラはIS学園が据えてるのが何台かあった程度だったけど」

「…何かいやらしいわね、それ。部屋でひっそり動かしているんじゃないのアホ茨?」

「まさか!透視とか音がべらぼうに聞こえやすくはならないよ。『何か見られてる、聞かれてる』そんなのがボンヤリ感じる程度。そもそもアンテナはあっても受信機がまともに無い状態だし、そんな事が出来たらオツムが焼ききれるって」

「カメラに付随する赤外線センサー、及び盗聴機が出す電波を生身で感知できる…それだけでも人間離れしていますよ、猿取君」

「感じやすくなるとかいやらしい…」

「これは織斑君との秘め事の際に使用したというカムアウトと見て宜しいですね猿取君!」

 

 

…結局俺は『ピクシーさんといっしょに『ジョブ&ホビー』内で『パシフィスト』を部分展開し、情報の収集とコアネットワークを使ってアドバイスを行なう』という役回りだった…ハイパーセンサーを増強させる『パック』の情報収集能力は伊達ではない。盗聴器や監視カメラの存在程度なら部分展開でもバリバリ分かるのだ!試しに寮で発動させたら、俺の部屋には両方とも無かった、ということだけは言っておこう、うん…『淑女協定』の皆、一夏に迫るなら俺たちの部屋にしとけ、悪いことは言わない!大丈夫、空気読んで俺はラウンジにでもひっこんでるから!

 

「本当、相変わらずだったな篝火所長…あの変人ぶり、姉さんから伝染したのか…」

「確かになぁ…ごめんな簪さん。俺のせいで迷惑かけちゃって…」

「大丈夫、自分の馬鹿さ加減を…どれだけ向こう見ずで身の程知らずだったか痛感した…一人だけでISを仕上げるなんて」

 

 

…『打鉄弐式』の一件、一番気に病んでいたのは一夏だった。先週の月曜に『打鉄弐式』の一件が明らかになった時倉持技研に憤りをクラスの皆が覚えたが、正式に抗議しようと言い出したのは一夏だった…織斑先生の『この一件が明るみになっただけで倉持にとっては打撃だ、事を大っぴらにすれば他の人間にも迷惑がかかるぞ』という指摘が無ければ下手をしたら白式を突っ返す勢いだった…そうだよ、お前のその熱さ、そいつがシノさんや鈴、蘭ちゃんやオルコットさんを引き付けるんだよな、うん…それと『淑女協定』の皆、そんな視線を簪さんに向けるのは止めろ、俺とかならともかく簪さんは涙目だぞ!

 

「大人の都合、大人の事情…何であたし達がこんな気分を味あわないといけないのよ…」

「国、企業…本当に頭痛の種ですわね…」

 

 

「一夏、プール行くぞ!泳ぎ終わったらメシにはいい時間だろ」

「あ、ああ…何でまた急に?」

最後のイチゴを飲み込むと、務めて明るく俺は声を上げ…女性陣の殺意とか好奇心とかがない交ぜになった視線が突き刺さるのを自覚する。違うから!?俺はノーマルだから!

「『馬鹿の考え休むに似たり』じゃないけど、ここで燻ってたっていいこと無いぜ。体動かして鍛えて強くなって…言いたい事やらワガママ聞いてもらえるようになった方がよっぽどイイだろ?ストレッチやる予定だってまだこなしてなかったしさ」

「わ、私も行くぞ!どうせダラダラ時間を潰すだけだろうが!」

「光陰矢のごとし、時間は有効に使うべきですわ!」

「どうせいやらしい眼で先輩たちや皆を眺めにいくだけでしょアホ茨!」

「視姦とかいやらしい…」

「シャワールームにてしっぽりというわけですね猿取君!!」

 

そうそう、その元気だよ。しょぼくれた表情なんて皆には似合わない…だからさ、そんな視線はマジ勘弁なんですけど!?

 

 

 

 

 

 

「…で、プールでスイミングね…」

「どうしたんです?かいちょー」

「…結局、私は簪ちゃんのために、何も出来なかった。生徒会長や更識って立場とかじゃない、姉なら手をさし伸ばさなきゃいけないのに…」

「つまりいばらんを認めてあげるって訳ですね、かいちょー!」

「はぁ!?意味わかんない!?外人!?歌!?笑う壷何処!?…まあ、倉持には釘を差しておくわ、『これ以上妙な真似はするな、白式の解読に専念しろ』って」

「ヒエログリフって、ロゼッタストーン抜きで解読できたと思います?かいちょー」

「意外と毒舌ね、本音…」

 

 

「『金星ラーメン』一日限定10杯なのに夕方まで残ってるなんて運が良かったな、鈴!」

「今日は鈴のお父さんがキッチンにいたから、気を利かせて残しといたんだろ…っと!何でそこでハイキックが来るのよ!?」

「そういう裏事情は黙ってなさいアホ茨!」

「でも、どうして『金星』なのでしょう?ヴィーナスと格上への勝利、それがどうしてラーメンに…」

「あ、それは食堂のよしださんから聞いたよ、せっしー!しんメニューって事で吉田さんが筆で書いたんだけど、『謹製』じゃなくて星のほうと勘違いしたんだって!」

「…言っておくけど、書き直さなくていいってお父さんは言ったんだからね!『美の女神と勝利の神のご加護は間違い無しですね』って喜んでたし!」

 

夕食を済ませ、私たちはいつものように寮への道を歩いている…相変わらず騒がしいな、鈴、それに茨。

「…どうしたんだ、簪さん?」

「『大人』について、考えてた…大人の都合で私は『打鉄弐式』を後回しにされたけど、そのお陰で4組の皆や整備科の先輩たちの役に立てた…結果論だけど」

「まあね…俺もAOAから『アンカー・スチーム』を渡された時はゲンナリしたけど、『パシフィスト』があったから皆を守れた。大人が皆悪いわけじゃない、信用出来ない大人が相当数いる、ってのはさみしいけどさ」

いつものボヤキを吐くと、茨はゲンナリしながら言葉を続けていく。

「というわけだ一夏、マトモな大人になるためにもお勉強だぜ?GW明けには中間テストなんだ、せめて赤点は取らないようにしようぜ、お互いにさ」

「わたくし達がいる以上、そのような醜態はありえませんわ!」

「そうね!さっさと自習室へ行きましょう、一夏!解らない所はあたしが教えてあげる!」

 

 

 

そんな喧騒に包まれていたからだろう、私しかそれは気付いていなかった。

簪さんが茨に向けていた、熱っぽい視線を。

 




小さな後悔、小さな決断

「正気なのハーク!貴方何を決めたか分かってるの!?」
「ああ。わが社の製品で天に召された人数の数千分の一を天に召す、それだけさ」
「…セレスが天に召されたのは、貴方の不実が理由なのよ」
「不実はお互い様さ。アレは僕を信じ切れなかったから事件を引き起こし、セレスティーヌはそれに巻き込まれた。これ以上アレに愚行を続けさせるわけにはいかない、それだけだ」
「…分かったわ、シャルが気に病まないように、ね」
「ああ…君には迷惑をかけるな」
「今更よ。これも社長室長の仕事だし」
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