「クッキー、焼けましたよ」
「頂きます、シスター!」「美味しいですシスター!」「シスター、お代わり!!」
「いや…本当に美味しいです、シスターの作られたクッキー。私達の作ったのは、コレに比べればまるで泥細工です…」
「私は…料理は嫌いです、いえ、嫌いになりました」
『バルーニング学園』のおやつの時間。何時もお菓子作りから距離を置いていた『シスター・ファロン』がクッキーを焼く…それは広くて狭い学園ではちょっとしたニュースであり、山のような色とりどりのクッキーとその美味さに子供たちは、そして職員たちは目を剥いていた。息を呑む同僚など気にもせず、自虐の笑みを浮かべながら『シスター・ファロン』は言葉を続けていく。
「私は…ここに来る前、無垢な子供、虹のような少女を走狗に仕立て上げました。クッキーを、プリンを、ケーキをエサにして、自分の代わりの生贄に…それだけで地獄行きです」
「シスター…」
「シスター!クッキーご馳走様!…もうクッキー、焼かないの…?」
抱きついてきた『ブルー・ムーン』の長い黒髪をなでながら、『シスター・ファロン』は囁くように、歌うように言葉を紡いでいく。
「良いんですよ、『ブルー・ムーン』…もう、何かをしてもらうために、お菓子を作ることがないだけです。ただ、皆の喜びのために作りましょう…それが、私の背負う十字架です」
土曜のお昼時、広いダイニングを包むのはデュラムセモリナの生地と各種チーズ、トマトの焼ける香ばしい香りだった。
「シーフードピザにペパロニピザ…ほい、こっちはイタリアオリジナルのマルガリータピザにマリナーラピザ…ヘルシーなのがお好み?ならマイタケにヒラタケ、マッシュルームにシメジたっぷりのボスカイオーラなんてのもあるよ」
一夏の家で開かれたお食事会…一夏の家は織斑先生が10年前に日本代表に任じられた時、元々住んでいた家を改築する形で作られた豪邸だった。ジーちゃん曰く『建築費は5億は固い』らしい。日本代表を辞任した今でも家電製品は新製品が出るたびに『試供品』として送りつけられるし、通信型のカラオケが回線込みでプレゼントされて最新型が出るたびに交換されるそうだ。『ブリュンヒルデ』がCMに出るだけで売り上げが伸びるんだ、ソレくらいしなきゃあバチが当たるだろう、企業も…いやまさか一度に5枚ピザが焼けるくらい本格的なオーブンがあるとは思わなかったよ、一夏の家にさ。朝から仕込んでた甲斐が有ったよ…俺はミキサーでトマトソース作るとかトッピング乗せるとか楽な所ばっかりだったけどさ。
「皆、冷めないうちに食べてくれよ!…千冬姉、昼からビールとか大丈夫なのかよ」
「どうせ車なぞ運転する予定はない…一枚頂くぞ…山田先生もじっくりやってくれ、到来物のグレンフィデックだ」
「は、はい頂きます!」
「「「「…」」」」
シノさん、オルコットさん、鈴…『淑女協定』の諸君、家主が一夏の隣を独占しているのが気に入らないのは分かる、だがソーイウ視線は逆効果だぞ…ほら、露骨に肩なんて組んじゃった。それと山田先生、ロックで行くんですか。タクシーよんどきます?
「美味いな…一夏、お疲れ様」
「そ、そんな事無いよ千冬姉!茨だって一緒に作ってたし…」
「「「「「…」」」」」
ああ…分かるよ、折角の一時をお邪魔虫が遮っているんだもんな、せっかくおめかしして来たのに拗ねるのは分かるよ『淑女協定』の皆…それに山田先生…でもさ、織斑先生が居るから有耶無耶になったことだって有るんじゃないんですかねぇ…
「…で、猿取。一体月曜の昼、何があった?警備部からの通報をわざわざ握りつぶしたんだ、正直に話せ」
「そ、ソレは千冬姉…」
「一夏、私は猿取に聞いているんだ」
…それでもって、織斑先生は有耶無耶にはしないときたか。
「えーっとですね、皆でお昼を食べてていてですね…」
…そう、これは食事会という名目の事情聴取だ…しかたない、腹をくくるか。
それとピクシー、今回ばかりはアテにさせてもらうぜ。
⊿
『最悪れす!災厄れす!…猿取君が死んでしまうのれす!許してくだしあ!許して…』
『『後悔役に立たず』だったかな?お前がするべきことはメソメソ泣きながら逃げて諦めることなのかい?』
涙を流し、半狂乱になりながら逃避の疾走をピクシーは続けていた。ソレは彼女の心臓が止まるまで続いていたことだろう…その老人が併走しながら苦虫を噛み潰した表情でぼやかなかったとしたら。
『お前にはまだやるべきことがあるだろう?それが終わってからマラソンを再開したまえ…おお、中々の善戦ぶりじゃあないか。2…いや3対1とは思えないよ、猿取君』
『ごめんなしあ…許して下しあ…グラ…』
肩で息をしながら悔悟の念を述べようとしたピクシーの言葉を遮るように、老人は苦々しい表情そのままの諫言を呈す。
『ピクシー、しばらくお前はここを離れなさい…『九仞の功を一簣に虧く』とは言わないが、結果がコレでは誰も納得しないだろう?』
『・・・』
『そう、その表情だ。いつものように皆に冷や水を浴びせてきたまえ…『プライムバル』に彼の心を反映させたいそうだ。正式に招聘の要請が来た…だからだよ、終わったらすぐに戻ってきたまえ』
「で、ピクシー君はデトロイトか…優しいな、アル」
「僕は誰にでも優しいさ。ミーナを思い出すのさ、ピクシーを見ていると…そんな顔をするな、ジュウゾウ。僕は満足しているよ…こんな切ない気持ちをミーナが抱えなくて良かったってさ」
■
…で、一夏が教室に戻っていったと。その後何があった?
『ちょこまかちょこまかと…さっさと斬られなさいよアホ茨!』
『アホはお前だ鈴!…いや、スゲェなシノさん!IS用のブレード生身でぶん回せるとか凄まじすぎるよ!』
…で、皆のランチの中で誰が一番美味いか、って話になって…ピクシーさんのランチだ、って俺が地雷踏んじゃったんです。出来てスグのご飯と時間がたってるお弁当を比較した時点で俺がアホでした。
「当たらなければ意味がないがな…この、おとなしくしていろ!」
『ヤダよ!当たっても痛くないけど…っと!斬りかかるシノさんビットに乗っけられるとか器用すぎだろセシリア!』
『でしたら大人しく刻まれなさい!この!この!『プリズム』はイイとしてもどうして片手にバスケットなんですの!?』
『しゃーないだろセシリア!拡張領域(バス・スロット)に有機物入れたら消えてしまうんだぞ!?』
…で、『そのあとISを解除してお前たち全員が号泣し、ソレをAOAのカウンセラーがなだめていた…』報告にはそうあった…何があった?
「いい加減にしてくれよ皆!…もういいわかった!殺せ!!叩っ斬ってくれ!!」
『な、何いきなりIS解除してるのよ!ほんとに死ぬわよアホ茨!』
「ああ、俺はアホだよ!ライバルが増えるたびにこんなコロシアイするのかよ、皆!もうヤダよ…う、う、うぅぅぁあああ!!」
「な、何を泣き出す茨!」
「だって、だってさあ!あんまりだろ!?シノさんはピクシーから香水もらったろ!セシリアはピクシーからサンドイッチの作り方教えてもらったろ!鈴はレセプションの時に泣いてた時に膝枕してもらったろ!なのに、なのにさ!!皆のそんな姿見たくない!ヤだよ!?こんなのヤダよ!!さっさと殺せよ!!」
『え、ええと、その…も、もうしわ…あ、あぁぁ…』
『だってしょうがないじゃない!!一夏は、ぜんぜん…う、ぅぅあああ!!』
「泣くな皆!…泣くなよ…私まで…やめろ…ほんとに…う、うぅぅ…」
「その『怯惰』さ…泣いて魚になるつもりですか、猿取君に淑女の皆さん。鱗を取る必要のないサンマあたりをおススメしますが」
…いや、『何でこんな目にあわなきゃいけないんだろう』って思ったら急に泣けてきて…つい泣いちゃいました。まあ、俺の失言がげいいんなんですが。
…それを見たら、ついもらい泣きしちゃって…男の癖に泣くなんてみっともなかったわよアホ茨。
…『男泣き』とはいえなかったぞ、アレは。
…まあ、茨君らしいといえばらしいんですが。
「他者を理解しようとしない『無知』、己のみを尊いと思う『驕慢』、他者への悋気たる『嫉妬』、怯え怖れる『怯惰』、そして相対するもの全てに牙をむく『憎悪』…皆さんの…いえ、誰しも持ち合わせている『心の闇』ですよ…わざわざバスケット持っていてくれたんですか、ありがとうございます猿取君」
「ごめんなさい!その、あの…」
「大丈夫です、篠ノ乃さん。私もイタズラを仕掛けておりました…皆さん、フォーチュンクッキーをバスケットから出して割っていただけますか?」
「『お慕い申しております』!?」
「??…『月がきれいですね』!?これって…!?」
「『愛してます』!?」
「『大好きです』…まさかピクシー…」
…それで大騒ぎにいち早く気がついたカウンセラーが駆けつけて慰められていた時に臨時集会が有った、そういうのか。
『ええ、私は皆さんぜいいんが大好きです。皆さんの心が、輝きも闇もひっくるめて…泣くことは良いことですよ、生まれる時に人はみな泣くのです…どうぞ、このタオルで涙をお拭きください…そうだ、そろそろ臨時集会が有るそうです。皆さんISスーツを下に纏っていて正解でしたね、学生の正装としてISスーツも指定されておりますし』
はい。ホントは今日ピクシーさんも連れてくれば良かったんでしょうけど、その日のうちにデトロイトに向かいました…今からでも呼び出します?30分以内に来ると思いますけど。
無茶を言う気はない…しかし、ココまでアホな理由でISを展開して騒ぐとは思わなかったぞ…今回ばかりは不問にする。二度と似たような真似はするな…取りあえず、お前もつまめ。中々の美味さだぞ。
「では、私はデトロイトに戻ります…見送りとは痛み入ります。どうしました淑女の皆様?」
「「「…」」」
「…そりゃ意気消沈するだろ…」
「…猿取君、モノレールの切符買ってきて頂けます?」
(お気になさらず、淑女の皆様…まあ、からかった私にこそ非はあります…いいですか?1りでかなわない相手でも、皆で懸かれば意外となんとかなるものです…トーヘンボクでもブリュンヒルデでもね)
「「「!!!」」」
(それと…男という生き物は『既成事実』さえこしらえてしまえばチョロくなりますよ…女の髪とは象をも縛るものです)
(そ、そんな破廉恥な!)(一夏はそんな軽薄な男じゃないわよ!)(た、多対1で一夏さんと…)
(そういって遠慮しているとトンビに『フライド・トーフ』掻っ攫われますよ…彼の倍率は高いのでしょう?『赤信号、みんなで渡って』…というのも悪くないですよ)
「「「…」」」
(猿取君に秘密のお話がありまして…大丈夫、週末に素敵なイベントを開催するための布石ですよ)
「あ、皆帰ったんだ…ほい、切符」
「猿取君、皆さんかなり落ち込んでおりました…週末に一緒に食事でも如何です?出来れば、男子2りの手料理、とか」
「だな…一夏も心配してたし」
「それと、私は猿取君が最初にフォーチュンクッキーを頂くと信じておりました」
「!?な、なによそれ!?」
「…そうそう、ブリュンヒルデは今日の事件に興味津々と聞いています。『模範解答』必要ですか?」
ホント、人からかうのが得意なんですよ、ピクシーさんって…
■
「ずるいれす…センパイを…独り占めとか…」
「そーだよね。その点独歩ってすごいよね。最後まで見せ場タップリなんだもん」
一夏の家でのお食事会、一夏は乗り気だった…だが、それ以上に乗り気だったのは織斑先生だった。『何があったのかきっちり教えてもらおうじゃないか』…ホント、『模範解答』、ピクシー様々だよ…『淑女協定』の皆、揃いも揃って『童貞を殺す服』か…多分それ、効果ないと思うぞ…可愛いけどさ、皆。それと山田先生、日が沈む前から腰抜かすまで頂いて生徒の肩借りて帰るってのはどうなのよ?他のメンツがいなかったらとんでもない噂が流れてたよ、ウン。
…多分事実なんだろうけどさ!
「ホント、『花に群雲月に風』だっけか?せっかくのお食事会だったのに織斑先生も居るってのは良くないよね、ウン…」
月曜の一件の事情聴取の後も色々と答えづらい質問やら何やらを織斑先生はぶつけてきた…アレか、プロデューサーを重点的に責める魂胆なのか。
『入学してから1月過ぎたが…気になる異性はいるのか?』
『あ、次の曲です!動き出してる、未来をとめられない…♪』
『時に…もしこの場にいる面子だけが世界崩壊に生き残ったとして、誰と結ばれたい?』
『あ、次俺です!頭の中声がしてる…♪』
ホント、カラオケが有ってホント良かったよ…顎とか555とかマスターしたい曲は粗方マスターできた、ソレだけが収穫かな、ウン…結局、一夏は織斑先生と一緒に自宅に残り、俺達だけが学園に帰ってきたという次第だ…モノレールの運転手さんにタクシーの運ちゃん、何で生暖かい目で俺を見てたんだ。少なくとも女性陣の攻略対象じゃないぞ、俺は…攻撃対象だろうけどさ!
「何、時間だけはタップリ有るんだ。焦らず騒がすゆっくり行くさ」
「急いてはことを仕損じる、なんていう名セリフも有るもんね」
「『月に群雲花に風』ですわよ、茨君」
…ま、いつも通りの『淑女協定』に戻ったんだ、それだけでも万々歳かもな…
「そういえば茨、お前はセシリアのことをいつもは『オルコットさん』と呼んでいるが…気が立っている時は『セシリア』と呼ぶな…」
「ああ、そういう…」
「べ、別に深い意味は…」
「茨君、貴方は恩人です。先週の日曜の件…いえ、それだけでは有りません。コーリング女史の『穴埋め』、『ゴーレム』との交戦…友と呼ぶにふさわしい人間ですよ、茨君は。名前で呼んでください、茨君」
「は、はい…セシリア、さん…」
俺の答えにオルコットさん…いや、セシリアは満面の笑みを浮かべ…その笑みを消すと射抜くような視線を俺に向けながら問いかけてくる。
「茨君。貴方はどうして…わたくし達の恋愛を成就させたいと思うんですの?」
●
「やっぱり、気になるか…言っとくけど、誰かに気があるとかそういうのじゃないから安心しなよ」
空は夕暮れ、もうそろそろ太陽は西の空に沈もうとしている。その夕日を見つめながら茨は山田先生の肩を支えなおすと、自分に言い聞かせるように、寂しそうに言葉を紡いでいく。
「…俺さ、皆に恩が有る。シノさんも、鈴も、セシリアさんも『木偶』と戦った時に命を懸けてたくさんの人を、大切な人を守ってくれた。そんなみんなが真剣に一夏に向き合ってる。だからだよ」
深いため息をつくと、茨はいつものゲンナリ顔でぼやいていく。
「ホント、一夏が『俺のために争うな。ぜいいんまとめて愛してやる』って言えるタマだったら苦労はしないんだけどなぁ…」
「一夏はそんな軽薄なヤツではない!」
「あら、わたくしが1番目でしたら席を分け与えることもやぶさかではございませんわよ?」
「きたないわね流石ブリテン汚い私はコレでブリテン嫌いになったわあまりにも淫らすぐるでしょう?」
「センパイ…大好きです…」
「…だね、叶うと良いよね。もうちょっとで部屋に着きますよー」
我々の喧騒を尻目に一夏は山田先生を抱えなおすと寮への道を歩いていく…その姿が、どうにも寂しそうだった。
「…茨、お前を見つめてる人だっていると思うぞ」
「だといいんだけどね…さ、さっさと帰ろうぜ。明日もAOAの講習があるんだし」
「しかし、『来週の月曜にフランスからの転校生、しかも男子が来る』なんて臨時集会で言うなんて…よっぽど入れ込んでるようですわね、学園も」
「これで一夏への黄色い声も減るといいよな」
Fille de Hercule
「お前の転入が決まった、来週の月曜日だ。準備をしておきたまえ『シャルル』」
必要なことだけを一方的に宣告すると、オールバックに撫で付けた金髪、口ひげを蓄えた痩せぎすの紳士は面会室の席を立ち…彼譲りであろう金髪の少女は机をたたき、憎悪に燃える瞳で彼を睨みつけていた。
「それだけですか…それだけですか、言うべき事は!」
「ああ。僕は余計なことは言わない主義なんだ…男を蕩かす手管は覚えたかい?まあ、お前の親の…」
薄く笑いを浮かべた男は、少女の平手を頬に受け…心底失望した口調で言葉を続ける。
「もう少し感情をコントロールしたまえ。それではスパイはつとま…」
「私はそんな事はしない!私は…」
「良く覚えておきたまえ、全ては駒なのさ…僕も含めてね」
「随分と荒れていたようですね…」
「ああ。コレでシャルロットはバカな真似は絶対にしなくなった。あの子はまっすぐな子だ」
「…宜しいのですか?」
「…『暴君』からの遺産だ。『狂王』が誰に売り渡そうが尻を持ち込む奴は血縁以外にはいない」