「…ありがとう。少佐は、無事なんだな…」
「ええ。『シュバルツェ=ハーゼ』の皆さんもそろそろこちらに…」
「お連れしたぜ、イチロー。表の車に乗ってる、全員無事だ…痛ったあ!?止めろマリア!これはパパの大切な仕事でだな…」
「ヒトサライの何処が大切な仕事よ!ママがドレだけ悲しんでるかわかんないの!ケーサツに電話しても全然取り合ってくれないし…決めた!!あたしがケリをつけたげる!!」
「イヤ、だからだな…止めろ止めろ噛むな噛むな!俺は親父の燻したソーセージやベーコンじゃねーっつうの!」
「いやいや元気な娘さんですね、カール。この子が上の娘さんですか?」
「…おう。そしてこの『鳥無き里の蝙蝠亭』のマスターってワケだ…あァァァ!!?ギブギブギブ!!」
「あの、その関節はソッチ側には曲がらないんじゃ…」
『ドイツのIS開発は、苦難の連続だった…』
「ダウトー!!」
周りのみんなのウンザリとした視線などお構いなく、マイクを少佐殿に渡したと思いきや、ゲスジジイは大声を上げた…ホント、よくもまあマイク無しで響く声が出るもんだ。
「第一世代機の『ゲルブ=フランメ』(黄色の炎)は日本、アメリカに続いてロールアウトされたんだよ!しかも、性能だって『暮桜』『クルタナ』『蒼虎』に勝るとも劣らない!!他の国々が敬遠して商業ベースに乗れなかったのは『突撃型』なんて攻めに行くスタイルが鼻についたからさついたからさ!『ドイツ=突撃』なのは分かるけどさぁ、ソレじゃあ第3帝国再来か!?なんて危惧されるのはトーゼンなんだよフロイライン!」
「…ですが、平坦な道のりではなかったのは確かです。第1回『モンドグロッソ』以前の親善試合、そして第2回『モンドグロッソ』の予選…2度の禁忌試合(タブー・ゲーム)が原因でドイツは国連IS委員会の査察を受け入れ、1年間織斑先生が監査官、及び部隊教官として赴任したんです…その原因こそが、今回発動してしまったシステムに他なりません…」
「アークライト博士、データ収集終了しました」
山田先生が、そしてAOAスタッフたちが分厚いドアを開きながら講堂へと入ってきた…ど、どうしたんだ!?いつもみたいに織斑先生の側に寄ろうとしないし、ボロ負けした少佐殿にドヤ顔もしない、足取りもおぼつかないし視点も虚ろだ…そんな山田先生の言葉を引き継ぐように少佐殿は切々と言葉を紡いでいく。
『そうだ…そしてそれこそが、醜き兵と忌まれた最悪の第二次移行(セカンド・シフト)《エインヘリヤル》(ヴァルキリーによってヴァルハラに送られた戦士たちの魂)そして…それをシステム化した『ヴァルキリー・トレース・システム』だ』
■
『本来、ISは大ダメージを負って機能停止に陥っても絶対防御が発動し、パイロットはほぼ無傷のままだ。『最後のインディアンボーイ』のように内側から身体を破壊され、絶命すれば解除されるが、死体は残る。だが、その2つとも違う、特異なケースがフランスとの親善試合の際、起きてしまった…EUは、ヨーロッパは一つだと言われてはいても隣国同士のいがみ合いは、ゼノフォビア(排外主義)は根深い。ドイツ代表は不甲斐無い自らの闘いに、そしてそれを煽るヤジに憤り、怒りのあまり憤死し…そしてその衝動が第二次移行(セカンド・シフト)を引き起こしたんだ』
一度言葉を切ると、切々と少佐殿は訴えかける。
『機体が溶解して生まれた奔流…《醜き兵》がフランス代表ではなく、バリアを破壊し観客席へと一直線に向かったことで、被害は甚大なものとなった。たった10秒存在した、それだけで…生存者はフランス代表を除けばごく僅か、残ったものはISコアだけ…この件で、第二次移行(セカンド・シフト)は変質、劣化の類ではないかという疑念が産まれたことは皆も知っているだろう…』
「だが、ドイツはコレで味を占めた!人間一度死んだら二度は死なない!ゾンビと人間が素手でやりあったらゾンビが勝つのは確定的に明らかだって信じ込んだ!そして…支離滅裂な行動、そしてメンタルデータの中に垣間見た『殺意』『戦意』が行動を律するって信じた!そしてソレに使用したもの…そ・れ・こ・そ・が『ブリュンヒルデ』の戦闘データだったって訳さ!理論上は通常の競技用ISの10倍はエネルギーがある計算だからねだからね、鬼に金棒何とかに刃物って奴なのさエブリバディ!」
…何だよそれ、ノートリアスBIGかよ!?そんな化け物、どうやって戦うんだよ…少佐とゲスジジイの言葉を継ぐように、織斑先生は淡々と言葉をつむいでいく。
「…第2回『モンドグロッソ』予選、雪辱を晴らそうと意気込み、『赤の森』(ロート・ヴァルト)に身を固めた2代目ドイツ代表の緒戦の相手はフランス代表、初代ドイツ代表を看取った相手だった…『醜き兵』がその身に宿っていることも気づかずに、ドイツ代表はフランス代表と相対した。顕現した醜き兵(エインヘリヤル)は私の姿を模していた…試合の犠牲者は1人…フランス代表は、命を捨ててドイツ代表の名誉を守ったんだ…皮膜装甲(スキン・バリアー)はおろか、機体を、生身をも切り裂く刃をその身に受けながら」
「勿論、非難囂々ドイツは浴びた!制定以来アメリカのみがターゲットでしかなかったアラスカ条約に『エインヘリヤル』『ヴァルキリー・トレース・システム』の一切の使用、開発、研究が禁止が追加された、でもこの体たらくだって訳なのさ。さてフロイライン、マイク貸してプリーズプリーズ!」
『あ、ああ…』
…おい、何を喋る気だよゲスジジイ。嫌な予感しかしないぞ。
『ここからはナイショのお話なんだけどさなんだけどさ…もちろんドイツにだって良心的な人間は居た!『ヴァルキリー・トレース・システム』発覚後1年間国際IS委員会は監査団を派遣し、ドイツの現状を調査してたんだが…主席監査官に『ブリュンヒルデ』を派遣していただけるよう工作した!そして散々調査し、『醜き兵』の影は消えたって監査団は報告したんだけどさ、身内だからこそ信用が出来ないってことは稀によくある話、万一『醜き兵』が搭載された場合に備え、若干9歳の自分の娘を第3世代機のテストパイロットに潜り込ませるために平身低頭して1年間みっちりと『ブリュンヒルデ』に鍛えてもらってたって訳なのさ…フロイライン、ナノマシンをたっぷりと体に仕込んでるだろ仕込んでるだろ?』
「そ、そうだ…だが…」
今のご時勢、ナノマシンの投与はそんなに珍しいものじゃない。お陰でガンやエイズみたいな不治の病の多くが治療可能な病気になったんだ…急におどおどとし始めた少佐殿を尻目に、いやらしい笑みを浮かべながらゲスジジイは嘯いていく…どうした少佐殿?
『『ヴァルキリー・トレース・システム』にはね、平常時には装着者の攻撃性を高める影響があるんだが…こいつは感覚器や神経に投与されたナノマシンと非常に相性が悪い!例えるなら知らないうちにアルミホイル銀歯で噛みながら生活を送るくらいの負荷がかかり続けるようなものなのさ!お陰でカリカリしてたろフロイライン!だけどコレで『ブリュンヒルデ』やボク達は君のISに何が仕込まれてるか分かってワケなのさエブリバディ!厄落としを今やってるから金曜日くらいにはまっさらな『シュヴァルツェア・レーゲン』を渡せるよフロイライン!』
うわぁ…そんな状態だったのか少佐殿。それじゃああんなにカリカリするのは当たり前って言えば当たり前だよな。
「ていうかいいのかAOAにいじくらせて。キツネつきのキツネ追っ払うのにクトゥルー召喚するくらい不味いんじゃないのかよ…」
「そう言うなよ茨。俺だってさっき白式の異常がないか見て貰ったんだぜ…ゴメンな少佐殿。そんなキツかっただなんて…俺も茨も知らなかったんだ、ほんとゴメン!」
「いや…すまなかったのは私だ…それに…」
((((……))))
少佐殿と一夏の間に流れるあったかい雰囲気につい頬が緩んでしまう…そうさ、こんな刺すような視線とか舌打ちとか歯軋りとかはきっと俺の気のせいなんだ、そうに決まってる!
『まあ、正直フロイラインのISに仕込まれてたブツは失敗作だよ。だってさぁ…本物のブリュンヒルデが卵の殻も取れていないカリメロみたいなトレイニーとベビーフェイスに負ける訳ないだろ!だから、忘れろとは言わないけどさぁ…このボクの顔に免じて許しておくれよおくれよ!!ささ、ブリュンヒルデ!〆に一発ウィットに飛んだジョーク飛ばしておくれよおくれよ!』
…だからさ、何でソコで白目むいてダブルピースする必要があるんだよゲスジジイ。マイクを渡された織斑先生は苦虫1ダースは噛み潰した表情を浮かべつつ、俺に、そして会場の大部分のメンツが少しづつ感じているであろう重要な事項をさらりと告げた。
『まあ、失敗作だからこそボーデヴィッヒはこうやって五体満足でここにいるというわけだ。一撃でし止めたのは好判断だったぞ猿取、織斑…もし弾幕を張って倒していたとしたら、ダメージを受けるたびにボーデヴィッヒは体を欠損していた危険性すらあった…コレにてアークライト博士の講演会は終わりだ。食堂はラストオーダーを過ぎているぞ…折角頼み込んで時間を延長してもらっているんだ、全員さっさと向え』
…ゴメン。でもさ、やっぱり腹は減るんだ。
あ、俺はじめてかも…織斑先生に褒められたの。
◇
「…ありがとう御座いました。アークライト博士…ボーデヴィッヒは、命を失わずに…」
「彼女は、ボクにとっても他人じゃないのさないのさ。それに、死者からの願いを無碍に断るほど分からず屋でもないんでね」
「…エイムズ博士ですか」
たった2人を除き無人となった講堂。老人は下卑た笑みを浮かべながら朗々と言葉を紡ぎ、女は痛切な表情でそれに受け答えていた。
「そうとも、半年前にあの世へ逝った稀代のお人よしにして稀代の人でなし!娘を助けた手管で阿呆の弟子たちを皆殺しにした矛盾まみれの大男!カイゼル髭を今頃は牛や馬の頭の獄卒たちに剃られて大泣きしてると見たね」
「…ドイツには、委員会に通報し強制監査を行う予定でしたが…」
「実行犯もその遺産も月まで吹っ飛んでったそうだ。まあ、疾病の痛みに耐える腹を撫でさすって散々からかってやるよからかってやるよ!さあ、食堂に向かおうじゃないか」
そして、老人は彼女に背を向けると、感情の激しない声音でポツリと呟いた。
「君が、何を対価に彼女の教官を引き受けたのか、僕は知らない。興味もない…ただ、ここにいる以上は、教師として振る舞い続けたまえ、ブリュンヒルデ」
●
「…つまり、あの時『乱烏』を仕掛けそこなったのも、手を握ったり開いたりしたのも引っ掛けだった…というわけか」
食堂への道すがら、私への問いに一夏は伸びをしながら言葉を返す。
「ああ。あの『暮桜』を見てピンと来たんだ。アレは、外見だけじゃなく中身まで千冬姉だって…前に注意されたことがあったんだ『お前は、有頂天になると左手を握ったり開いたりする癖がある』って…ソレで相手が油断してくれるかどうかは分からなかったけど、千冬姉ならあるいは、ってさ。で、最初は俺が囮になって茨に近づいてもらって『プリズム』で殴る、その後は茨が囮になって俺が一撃を入れるって作戦を立てたんだ」
「技量は雲泥の差だったけどさ、アレ…そん時に『アンカー・スチーム』が『ピーカブー』の使用を提案してきたんだ。視覚、聴覚、電波、ハイパーセンサー…『パシフィスト』を相手や自分の周囲に配置することで自分の存在を分からなくしたり、相手の感覚をおかしくさせるんだ…最初は俺を完全に分からなくさせて、次は一夏を相手から完全に感知不能にした…AOAのスタッフ曰く、太陽風だの電磁波だのから機体を保護するためのシステムを『アンカー・スチーム』が流用したんだと」
一夏の言葉を引き継ぐように茨は言葉を紡ぎ…そしてそれはボヤキへと変る。
「…正直、とんでもなく怖いのよ、コレ。俺を周りから見えなくすると俺も見えなくなるし、ハイパーセンサーを感知できなくすればこっちも感知できなくなる…一夏が囮になってくれて釘付けにしてくれたから何とか使いこなせたけど、目隠しと耳栓しながら全力疾走するような真似はもうしたくないわ…」
「なるほど、まさしくピーカブー(いないいないばあ)ですわね」
「覗きに使えなくて残念だったわねアホ茨」
「一つ聞かせてくれ、織斑君、猿取君。なぜ、私を助けた…君たちには、その、私は辛くあたっていたのに…」
セシリアと鈴の軽口に続いてポツリと呟いた少佐殿の言葉に、一夏は眼差しを向け、言葉を紡いでいた。
「茨が倒す寸前の姿を、俺もピットで見てたんだ。そん時の少佐殿の顔見てさ…きっと、俺も攫われた時こんな気分だったんだろうなって感じて、助けなきゃいけないって思ったんだ…」
…少佐殿、何だその潤んだ瞳は!?アレか、コレが俗に言う『フラグが立った』とかいう奴か!?
「…茨君の理由、教えていただけます?」
「そうね。別に恥ずかしがることは無いわよ」
「ボクにも教えて欲しいな、猿取君」
「…教えて、茨君」
「きりきり話したほうがながいきできるよー、いばらん」
そうだな、さっさと答えたほうが得だぞ茨。だからそんなに死にそうな表情をするな茨。何処に逃げる気だ茨。もう食堂の入り口だぞ食券を買わないと注文できないぞ茨。
「お、俺はもっと情けない理由だわ…ほら、少佐殿と一緒にメシ食った時に言ってたじゃない?『ドイツの飯のほうが美味い』って…美味いメシって言うのはさ、『上等な材料で成り立つわけじゃあない。家族や友達と一緒じゃないと味わえない』っていうライジェネの翔一さんの名セリフ思い出したんだ…少佐殿にも家族とか仲間がいるんだ、もし何か有ったらその人たちから恨まれるだろうなって思ったら…ど、どうしたよみんな!?そこは笑うところだろ!?」
「…別に、らしくもないって思っただけよ…」
だな、その意見には同感だ、簪さん…父さんや母さんは、元気だろうか。
「ほ、ほらあとさ…これこれ!昨日このメニュー頼んだでしょ少佐殿!この『トルコライスB』って書いてあるやつ!コレってさ…」
「なるほど、ボーデヴィッヒにお子様ランチを食わせて悦に入っていたというわけか。随分と嗜虐的じゃないか、猿取」
「い、いえ!あの状態の少佐殿に余計なこと言ってたら…ほんと御免なさい!!」
織斑先生、コーリング女史とのランチタイムの時もそうですが神出鬼没ですね…イイ笑顔を浮かべた織斑先生は、腰を抜かした茨を見つめながら言葉を続けていく。
「そうだ…お前たち良く頑張ってくれたな。その頑張りに敬意を表し全員の夕食を私がおごろうじゃないか」
「美味かったなー、皆!お子様ランチなんて最後に食ったの何時だったか覚えてないぜ」
「子供だましでは子供は騙せない…まさにその通りでしたわね」
「お父さんも言ってるわ、子供のほうが味に敏感だってさ」
「エビフライ、ハンバーグ、チキンライスにナポリタンにオムレツ…美味しかったねー、かんちゃん」
「ええ…デザートのクリームソーダも甘くて美味しかったわね」
「アレが日本のキッズプレートか…昨日頂いたトルコライスも美味かったが、はるかに美味かった…」
「まあ…美味かったけどさ…おかわりも自由だったし…でもさ、どうやったら全学生の分のお子様ランチ用のお皿用意できるのさ…」
「そうぼやかない方がいいよ茨君。ボクは久々だったよ、こんな美味しいディナー」
「ああ、確かに美味かったな」
友と囲む食卓か…家族と囲む食卓もいいが、これも格別だな。
何時だったかな、最後に姉さんと一緒に食事をしたの。
国際空港にて
「【えっ!?】『醜き兵』を撃退した!?本当れすか!?」
「ああ…分かるんよ…心正しき者が邪悪を討ち祓う姿が見えるんよ…いいんよ…」
「かあっー!コレは『ジョブ&ホビー』に着いたらビールしかない!」
「何で…何でなんれすかぁ!?何で…折角茨君との友好度を…恋愛度を…」
(こじらしちゃってるわね…)
(触らぬ神に祟り無しなんよ…)
(これはお神酒でも上げてお払いしかないわー…)