『楽しかったぜ、ダンナ、オカタ…あの小僧はダンナ達のか?…ったく、さんざ誘惑しても鼻も向けちゃあくれなかった、アイツはホモか?…そっか、もういるのかい、良いヤツが』
「しっかし…アタシの鼻も馬鹿になったのかねぇ?イーリの匂いがしたんだが…」
「シスター、どこに電話してたの?…ふあぁぁ、すごい奇麗だよ、これ!お隣のお兄ちゃんから貰ったんだ!」
「カレイドスコープ(万華鏡)ですか…また逢えた時に私からもお礼を言っておきましょう、『ブルー・ムーン』」
■
「へえ、この人たちと一緒にハイキングしてたんだ」
「そ。お膳も隣だった。…何だよその目は…」
今日の講習の後、お菓子を配り終えた俺はスマホに入っている写真を皆に見せていた。画面に映っているのはアウトドアルックのファロンさんと『ブルー・ムーン』と呼んでいた幼女…ムーンちゃんでいいかな。こうやって見ると、ファロンさんの髪の色はキツネっぽいしムーンちゃんの笑みはどことなくタヌキっぽい…尻尾とか獣耳とか生えてないよな。まあ、お菓子には変なものは入ってなかったから…なんだよシノさんに鈴、何でそんなニヤニヤしてるんだよ。
「やはりロリコンだったか、茨…一夏、今日から私の部屋に泊まれ。茨の嗜好は有害だ」
「抜け駆けとは良い度胸ね、箒…アホ茨の嗜好を見抜けなかったアタシに責任が有るわ!ここは私が!」
「わ、わたくしが!…何故です!?こう言ったら『ドーゾドーゾドーゾ』というのが伝統と聞き及んでおりますのに!?」
「そもそもナボコフの『ロリータ』のヒロインは、12歳位なんだけどね」
「ふむ…猿取君、やはり日本の男は皆ロリコンなのか?」
…頼む、ボーデヴィッヒさん。貴女がソーイウのに疎いのは分かる。でもさ…もうちょっと空気読んでくれよ!やだよ、こんな死に方は!?
「違うわよ、アホ茨が性的に歪んでいるだけよラウラ…大人しくしなさい!今日こそ歪みを正すのよ!」
「そうですわね。未成熟にも程があるのに劣情を抱くなど…女性の尊厳をなんだと心得ているのですか茨君!」
「…しかし、この幼女…どこかで見たことがあるな…だから逃げるな茨、もうちょっと話そうじゃないか…」
「何馬鹿な事言ってるんだよ!?俺は歳上がいい!!」
「だよな、茨…」
頼むよ一夏!俺をそんなに殺したいのかよ!?
「ああ、そうなんだ…ダメだね猿取君。ボクの父の同類項なんだ…ヨクナイナァ、ソウイウノハ…」
「隠し子と現地妻との密会とはな…」
「おいちょっと待てデュノアさんにシノさん!この子3歳だって言ってたぞ!だとしたら俺は当時小6だぞ!?ありえないんですけど!」
「?『おねショタ』というのではそういうのもザラにあると聞いていたが、違うのか猿取君?」
「ネェぼーでヴぃっひサン…ドコデソンナ言葉拾イ食イシテキタノ?はるふぉーふサンカラ?」
そしてシノさんに鈴にセシリアにデュノアさん…その花のような微笑と猛禽のような眼光は両立しないんですがどうなんですか!?
「!!?茨、やはりお前は危険だ!!そこへ直れ!!」
「今日はISは展開しないから安心なさいアホ茨!」
「骨の2、3本くらいは覚悟下さいまし!」
「大丈夫だよ、運が悪けりゃ死ぬだけだからさ!」
「待てと言われて待つ馬鹿がいるかぁぁぁ!?」
…今にして思えば、『どこで』シノさんが見た覚えが有ったのか、もう少し頭を回しておくべきだったんだろう。
『おし、皆準備はいいな。じゃあ…えっと…』
ここは月曜午後の第3アリーナ。一夏、セシリア、鈴、デュノアさん、ボーデヴィッヒさん、そして俺…簪さん以外の専用機持ちがずらりと並び、その一挙手一投足をそれぞれ『打鉄』『ラファール・リヴァイブ』『メイルシュトローム』を纏った、そして纏うであろう他の生徒たちが、そして先生達が俺達を見つめている…今日は上級生の皆さんが使用していないので訓練用の20機中18機がずらり勢ぞろいといった所だ。
『さっさと始めろ、お前達』
…ある意味、織斑先生がこの現状を作り出した元凶でもあるわけなんだが…デュノアさんの保護とボーデヴィッヒさんの監視のために1組に転入させたらしいんだ…だが、取りあえずの危機が去ったことで、今度はクラスに専用機持ちが7人中5人が固まっているアンバランスな状況を生み出してしまったわけだ。平等に練習機を貸せば3組が、専用機持ちを考慮すれば1組の他の生徒が不便をこうむるわけだ。今更クラス替えというのもどうだと言うことで侃侃諤諤の論議の結果…
「1年のIS実習は全て合同で行う。お前達専用機持ちがまずは一年生達にレクチャーして見ろ…言っておくが、コレは内申点にも考慮されるからな」
…とはいえ、皆教わった場所も教え方も違うウチラはてんでばらばらもいい所だ。セシリアさんは技量は優れてるけれどあんまりにも専門用語が多すぎて受け持っている皆には『?』が頭上に見えている。鈴は天才肌なのが災いして『ビューン』『ガツーン』とか擬音が多すぎてやっぱり『?』が浮かんでいる。一夏は一夏で何を言えばいいのか分かりかねている状態だ…デュノアさんやボーデヴィッヒさんは教えなれているんだろう、立て板に水を流すような解説だ。
『『『…』』』
いや、ボーデヴィッヒさんの担当してる子達は皆表情を引きつらせている…この間の事案を考慮すれば分からないでもない。でもさ、不可抗力よ?まさか預かったISにあんなとんでもないシロモノが仕込まれてるなんて普通誰でも気付かないでしょ?
「…おし、ウチラはアメリカ流で行きますか!『Battle Born』!!」
辛気臭い空気は好きじゃない。目をパチクリさせている俺の担当する子達…谷本さん、鏡さん、そして4組の沢渡さん…を尻目に俺はISを展開し、放送室の織斑先生に言葉をかけていた。
『織斑先生、天井のバリアを解除していただけませんか?ココだとちょっと手狭なんです』
『あの性悪に何を教わったのか教えてもらうからな、猿取…』
…そうは言いながらも、俺が何をするかはどうやら百も承知らしい。ニヤリと笑った織斑先生を尻目に、俺は担当の子達に黒豹女のように軽い口調で語りかけていく。
『なあ皆、ISにしか出来ないことを今日は初めにレクチャーするよ。段平でぶった切る、銃を撃つ、バズーカ、ミサイルぶっ放す…そんなんじゃない、生身じゃどう足掻いても出来ないことさ』
『な、何を…?』
谷本さんの上ずった声にニヤリと笑いながら、俺は次の挙動でISでしか出来ないこと、一番最初に黒豹女に教わったことを声に出していた。
『簡単、『自由自在に空を飛ぶ』ただそれだけさ!』
…ホント、BGMでも流したい所だよ…『Giant Step』や『Cyclone Effect』とかをさ!
●
「中々の指導だったな、茨。一夏と同じくらいは受講希望者が並んでいたぞ…いっそ教師の道でも専攻してみたらどうだ?」
「ていうか皆均等に並んでたよ…イーリさんに教わったんだ、『ISは鎧だ。理屈や講釈じゃなく自分の感覚で覚えるのが一番手っ取り早いんだ』ってさ。まさか教える側のみんなが同じように空を一回りした後、歩行、走行の訓練するとは思わなかったけど…早くインタビュー終わらないかな…」
「…お前は行かなくていいのか?」
夕暮れ時、私は校舎の前のベンチに所在無く座り込み、茨から受け取った缶コーヒーを持ったままたたずんでいた…一夏を含めた専用機持ち達は『インフィニット・ストライプス』の取材を受けるために面会室に赴いているはずだろうに…
「俺?いやさあ…ここに入学する時、日本とアメリカの偉いさんたちから提案されたのよ、『IS学園に入学・卒業し、なおかつ君が20歳になるまでどちらの国籍を選ぶのか選択しないなら織斑一夏、猿取茨両名の個人情報の開示を徹底的に両国は制限する』って…ほら、一夏が見つかってすぐはニュースで引っ張りだこだったのに、全然出なくなったろ?だからさ、下手に俺がメディアに乗れば政府も怒るだろうしメディアにも迷惑がかかる。黛先輩のお姉さんがインタビュアーとしてきてるらしいんだけどさ…」
ゴミ箱に飲み干した緑茶のペットボトルをほおり込みながら、いつものようなゲンナリとは違う曖昧な表情をしながら茨は言葉を続けていく。
「しょうがないはしょうがないんだよ。もし俺が拒否ったらどれだけの大騒ぎになるか分かったモンじゃないし、一夏だって持たなかった。ジーちゃんやバーちゃん、弾や蘭ちゃんだってどんな目にあうか…」
「ここには来たくなかったのか、茨」
私の問いに茨は考え込むと、意外なほどはっきりと言葉を続けていく。
「いや、スゲードキドキした。家族とはなれるのは心細かったけどさ、カッコいいISを纏って空を自在に飛べるなんて考えただけで嬉しかった…現実は厳しいけどさ。シノさんこそ、インタビュー受けたら…」
「私か…私は、『篠ノ之箒』はな、IS学園にはいないことになっているのさ」
■
「もちろん、私は受験をし、合格して入学しここにいる。だがな…要人保護プログラムで私は野ノ原さんのところでお世話になっていた時に、仮の名前をもらったのさ…『野ノ原紫苑』、それがIS学園を受験した時の私の名だ。一夏が発見された時、政府から依頼されたのさ…『篠ノ之箒としてIS学園に入学を依頼したい』とな…大方、一夏との関係を知った誰かの入れ知恵だろうな」
シノさんはコーヒーを口に含むと、どうってことない感じで言葉を続けていく。シノさんの中ではケリのついた話なんだと俺は思っていただろう。
「そう悪くは無かったぞ、山陽の生活も。温暖だったし、すみれさんがいつも作ってくれる食事だって母さんに負けないくらい美味しかった。向こうにだって友達は沢山…」
「なんで、日本は、政府は、大人たちは…こんなことするんだろうな、本当に…ほんとうに!」
…シノさんの瞳が真っ赤になり、涙が滲んでいなかったとしたら。要人保護プログラムについては俺も入学以降少しは調べていた。保護を行う…その大義名分の名の下に、家族とバラバラにされ、名前を変え、職を変え、…どれだけの負担をシノさんに強いてきたのだろう、強いるのだろう。
「アホだと思うか?猿取。私もそう思うし、事実そうだった。束はその事実を知った後、日本、そして倉持技研には一切協力していない。『白式』はアイツが倉持技研との共同開発したことになってはいるが…実際の所は放棄されていた機体がたった一晩で変貌していたらしい…あいつのサイン入り色紙と共にな。共感できるのは分かるが、男たるもの涙ぐむものではないぞ」
…校舎から出てきていた織斑先生。その近くの植え込みから一夏、そして『淑女協定』の面々が蜘蛛の子を散らすように逃げ出して言ったのは深くは気にすまい…その後つまらなさそうに述べた言葉は、俺の意表を突いて余りあるものであったことを特筆しておこう。
「篠ノ之、猿取、『インフィニット・ストライプス』のインタビューを受けろ。猿取には私とお前のカウンセラーが立ち会う…内容は表に出る事はない、気楽に行け」
△
第2回『モンド・グロッソ』決勝戦。『ブリュンヒルデ』…織斑千冬はアリーナに赴くことなく不戦敗となり、対戦相手であるイタリア代表アリーシャ・ジョセスターフの再戦の要請を固辞し、日本代表を辞任し…世界は、大混乱に陥った。タブロイド誌には荒唐無稽な内容のゴシップ記事が踊り、金棒引きたちは無意味な詮索を行い…『誘拐された織斑一夏の救出に尽力していた』という事実を知っていた各国上層部たちは賢明にも沈黙を守り続けていた。
だから、ほとんどの人間は知ろうとはしなかった。
織斑一夏が『どこで』攫われたのかを。
織斑千冬は『何故』欠場をしなければならなったのかを。
■
『このようなナリですいません…スグに引っ込めますんで』
「!!?」
IS学園面会室。息を呑むビジネススーツ姿の女性…どことなく黛先輩の面影が有ったし、メガネは黛先輩と同じデザインだった…にお構いなく俺は『パック』を展開する…おお、やっぱりISを纏ってると感覚はダンチだね。少なくともこのお姉さんの立ち入れそうなところにはカメラも盗聴器もなさそうだ。ISを展開したまま部屋に入るのは難しいから入り口でドアを開けたままだが、まあ解いてから入るから大丈夫か。
「猿取、用心深いのは結構だが度を越せば非礼だぞ」
「そうでもないでしょう、間違いがあれば大変なのは誰も同じでしょうし」
「…ええ、少なくとも私もそう思います」
…インタビュアーの同意を得られたのは僥倖だろう。ここで反感を抱かれたら色々とやりづらい。
「驚かせて申し訳ありませんでした、猿取茨と申します。黛先輩にはいつもお世話になっています」
「いえ、『アンカー・スチーム』をこの目で拝見できて幸運です。黛渚子と申します…薫子がご迷惑をかけておりませんか?」
…まあ、あの黛先輩のお姉さんなんだ。警戒してもし足りないことはないだろう。
■
「AOAはISシェアナンバーワンを誇るIS産業の雄である事はご存知ですよね」
入学して以来のモロモロや学園生活といった差しさわりのない話しの後、黛さんが切り込んできたのはAOAのテストパイロットと言う肩書きを頂いている俺にとっては常識以前の話であった。
「それは勿論」
「シェアナンバーワンなど、あまり意味のないものでしょう。実際、先日の発表でデュノア社,イギリス開発チームに協賛している企業のほうが株価の上がり具合は上でしたし」
…そう、俺が温泉で骨を休めていた土曜日に、AOAは2つの重大発表を行なっていたのだ。
一つは『デュノア社との業務提携』デュノア社はIS以外にも戦車だ軍用機だのを手広く扱ってはいたのだが…その、ISに比べるとどうにも古臭く、ISとの連携を考慮していない作りだったらしい。そこにAOAに出資している軍事企業からスタッフを派遣する…その発表だけで先週から下がり続けていたデュノア社の株はストップ高となった。軍事評論家達の『第3世代型装備すら開発されるかも』という評論が影響したのかどうかはさだかではないが。
そして『イギリス開発チームとの技術交流』…EU離脱の選挙結果以来どうにも振るわなかったイギリスは、このニュースで活気を取り戻していた。イギリスのISはセシリアさんの『ブルー・ティアーズ』を第3世代型試作機として発表しているんだがビットは相当人を選ぶ兵器らしくまともに運用できるのはイギリス代表とセシリアさん以外居ない状態らしいのだ。ソコにAOAが交流する…そしてイギリスの『イグニッション・プラン』からの離脱表明を行い…EUで共通のISを導入すると言う同プロジェクトはお蔵入りを余儀なくされたのだった。
「凄いとは思いませんか?一つの企業の発表だけで、ここまで世界が…」
「それは考えすぎでしょう、黛さん。少なくとも、ここにさらに影響力のある女性もいるんですよ」
「それこそ買いかぶりすぎでしょう、ピクシーさん。私はただの教師に過ぎません」
本当にそうなんだろうか。織斑先生…『ブリュンヒルデ』に心酔している女性は相当いるし、その中には政治家、軍人だって結構な数いるだろう。世界征服は荒唐無稽かもしれないが国一つ位なら何とかできそうな気がしないでもない。
「猿取君、わたしは怖いんです。ISが開発されて以降、IS学園が設立されて以降AOAは、アメリカはよく言えば独立独歩、悪く言えば我冠せずと言っていいほどの立ち位置を貫いてきたんです。ソレが猿取君が発見されて以降比較にならないほどの動きをIS学園で見せている、一体何をしようとしているのかが…そして見てみたいんです。AOAが、アメリカが、そして世界がどこへ向かうのかを」
そう宣う黛さんには恐怖の影はなく、むしろ好奇心に満ち溢れている。
俺は怖かった。
『知りたい』という人ならではの欲が。欲望を隠そうとしない黛さんが。そこまでの欲を抱かせるAOAが。
そして、その全ての元凶であるISが。
まちがい ばちがい かんちがい
「あ、ゴメンなさい!IS立たせたまままま降りちゃった!」
「ああ、そういう時は抱えて運ぶんだよ…よろしくな一夏」
「よ、よろしく、頼む…」
「お、おう」
ISの登場訓練第一陣が終了時、2回目に当たっていたシノさんは顔を真っ赤にしつつもどこか誇らしげに一夏に抱きかかえられて『打鉄』を纏う…ナイスだ、相川さん。そしてシノさん、これが絆の力だぞ。友達って物はいいものだろ…ん?
「ごめん…私も…抱えてもらっていい?」
そう、ソコには顔を真っ赤にした簪さんがいた…どうやら沢渡さんも立ったままISを降りてしまったらしい…まさかアレか!?『打鉄弐式』の開発の遅れの鬱憤晴らしか!?そんな事をする人間じゃないとは思ってはいるんだが…倉持に抗議するのが筋なんじゃ…イカンイカンいまは簪さんを早く乗せないと!
『簪さん、困ってることがあったらスグにいってくれ…ああ、山田先生はとても頼れる先生だからソッチがいいかも」
「あ、ありがとう」
これだけでも不十分だよな…そうだ!お菓子でも差し入れしよう!!
「やったじゃない更識さん!わざわざケーキとお茶まで差し入れしてくれるだなんてこれはもう脈がないとは言わせないわよ!!」
「でも…茨君だって…選ぶ権利が有るだろうし…」
「だいじょーぶだって、かんちゃん!どちかというといばらんはえらばれる側だし」