「あの、ピクシーさん…一つお願いしたいことがあるんですけど…」
「はい、かしこまりました…どうしました?その唖然とした顔は」
「俺、内容を何も言ってないんですけど…」
「私に話を持ちかけるとしたら、カウンセリングでしょう?『打鉄弐式』開発に従事している学生たちの。確かに、ここでメンタルダウンされてはいろいろと不都合です、我々AOAとしても…一つ条件よろしいですか?」
「何でしょう?『カンパ』でよければまだ殆ど手付かずで…」
「いいえ、これからは、『ピクシー』と呼び捨てでお願いします。私も呼び捨てで呼びますので」
「は、はい…ピクシー…」
「ありがとうございます、茨」
◆
「フフフ…マズは形からはいるのがニッポン流!『呼ばれ方がフランクなら対応もフランクになる→ステディになる→小柄な女性のすばらしさが分かる→相思相愛』…大勝利は確定的に明らかなのれす!」
(見えるんよ…扱いが雑になる未来が見えるんよ…)
(シッ、夢は見ているうち、覚めるまで見せておきなさい)
(にしても、俺らが作ってるのはピーナッツのルーシーの人生相談所か…真っ先に相談するべき奴が相談員かよ…)
(まあ良いんじゃない?ルーシーだってシュローダーとの恋に悩んでたんだし)
「どうしました?猿取君」
それは薄闇の下、絡み合い、かき回し、吐き出し、汗と涎とその他色々な汁に塗れた後、軽くシャワーを浴びてから。きょとんとした顔の山田先生を見つめながら、俺は何とはなしに呟いていた。
「いえ…やっぱり一夏ってホントもてるんだなあって…」
「ヤキモチなんて、猿取君らしくないですよ」
「そうじゃあないですよ。明日以降に『淑女協定』のみんながアクションを起こすんで。また一波乱来そうです…」
…俺が嫉妬するのは、あなたの想い人です、山田先生…
■
「頼みがある」それは、特別講習に向かう途中の6月としては珍しいからりと晴れた空の下。
「頼みがあるの」それは、昼飯が済んだ後の食堂の帰り道。
「お願いがございますの」それは、日課の筋トレが終わった後の夕焼け空の帰り道。
「お願いがあるんだ」それは、自習が終わった後の月明かりの下。
「どうした?俺でよければ何でも聞くよ」
彼女はしばし逡巡していたが…その言葉に勇気付けられたのだろう、ゆっくりと言葉を返してきた。
「今月末の学年別個人トーナメント…私が優勝したら、付き合ってくれ」
「今月末の学年別個人トーナメント…あたしが優勝したら、付き合って」
「今月末の学年別個人トーナメント…わたくしが優勝したら、付き合って下さいまし」
「今月末の学年別個人トーナメント…ボクが優勝したら、付き合ってよ」
こんな美少女に告白されたのだ。もし入学前の俺だったらキョドりながらも詐欺を疑うか、或いは(ああそっか、どうせ優勝できないから俺をからかってるんだ)と心の中で号泣していたことだろう…入学前だとしたら、一夏がいなかったとしたら…否、皆を知っていなかったとしたら。
「ダメだ、や・り・直・し」
「何故だ!?」
「何でよ!?」
「何でですの!?」
「何でだよ!?」
漬物石になりそうな石、と言われてよりにもよって軽石を持ってきたトンチキでも見る目で俺は彼女を見据えると、冷たく言い放った。
「だって一夏だぜ?アイツなら『買い物にでもつき合わされるのか』みたいな結論出すぞ」
思い当たるフシはあったのだろう、視線をそらした彼女をチラ見すると俺は心の中で滂沱の涙を流していた。何で否定できないんだよ。俺が言うのもナンだけどなんかこう否定するくらいの根拠は無いのかよ。
「俺思うんだけど…必要な勇気の割には得られる結果が少ないと思わないか?1時間お手伝いして駄賃が100円みたいな感じだろ?だからさ…視点を変えるんだ。どうやったら効率よく好感度を稼げるか?そしてそれを次に活かせるかが問題だ」
息を呑んだ少女を真剣に見据え、俺は言葉を続けていく。
「さて、学年別トーナメントが終わったら何がある?そう、臨海学校だ…『買い物に付き合ってくれない?』って誘って…いろいろと必需品を選んでもらうってのはどうよ?自由時間の時にそれをお披露目したらさぁ…」
その言葉でハッとし、思わずにやけ…赤面し、こっちをキッと睨んだ彼女にゲンナリとした表情をしてしまう。アレか、俺がヒキョウで恥知らずな真似でもするつもりだって言うのか。ハイエナもハゲワシも誇り高き狩人だぞ。廃棄されるはずのたんぱく質を有効活用してるだけだぞ。ライオンがそいつらのおこぼれをハントする事だって良くあるんだぞ。
「言ったろ?『俺は年上がいい』って…少なくとも俺の目の前にいる子は違うな」
…これくらい言えば大丈夫だろ、ウン…
「…私は、魅力的では無いのか…」
「あたし、魅力的じゃないのかな…」
「わたくしは…魅力的では無いのでしょうか…」
「ボク、魅力的じゃないかな…」
「ちがうちがうちがう!」
露骨に意気消沈した彼女に慌てて俺は言葉を返す。安心しろよ、みんなは魅力的だしアイツは女性を愛せない男じゃない。ただその相手が問題なだけなんだ。
「安心しなよ!俺はさ…一緒にメシでも喰える位の付き合いがあれば良いさ。そうだろ?一夏だからこそ好きになったんだろ?俺もそこまで入れ込んでくれるファム・ファタール(運命の女性)に出会いたいわあ」
「…」
顔を赤らめるその表情はとても可愛らしく、いじらしく、だからこそ叶えてやりたかった…だって、それが俺のファム・ファタールの、山田先生の幸せなんだもの。
それぞれ違う女性から恋愛相談を4回も受ける、か…これは思ってもいなかった非日常だね。
●
「…」
「…」
「…」
「…」
空調の利いているはずの空気は淀み、肌にじとじととまとわりついてくる。ついさっきまでそんな感じはしなかったのにおかしな話だ。一夏、お前にそんな引きつった顔は似合わない。もうそろそろ織斑先生が来るぞ?そういうのは茨にこそ似つかわしい。
『お早う。今日は生憎の雨模様だな…まあ、梅雨だし仕方ないか』
『お早う篠ノ之さん…何かいい事有った?』
「ああ。やらねばならないことが見つかった、それだけだよ鷹月さん』
そう、そのはずだった。ジメジメしていようがなんだろうがしなければならないことが有り、そしてSHR前の僅かな時間ですむそれを行なえば前途は洋々としているはずだった。
『なあ…少し先の話になるが、7月頭の週末にでも買い物に行かないか?』
…皆から抜け駆け扱いされることへの逡巡が無かったわけではない。だが、少しでも差を縮められるならそれもまたよし!と未練を振り切り、決意を固めて言葉にした…結果的に言えば、抜け駆けなど気にする必要は無かった。
『ねえ…7月頭の週末、買い物にでも行かない?』
『7月頭の週末、お買い物にでも行きませんか?』
『7月頭の週末、買い物に行こうよ』
まさか4人同時とはな…その原因を作り上げたもう一人の男子…茨は青ざめてはいるものの、慌てふためくことも逃げ出すことも無かった。盗人猛々しいというヤツか?一体何があったか教えてもらうからな…
「そんな視線で睨まないでよ…俺は昨日同じ相談を受けて同じ返答をした、ただそれだけだよ。びた一文報酬は受け取っちゃいないし、そんな気も無いよ…いろいろと買うものも有るだろうし、一夏に荷物持ちを頼みたいんだろうさ」
私を除く3人の恨みがましそうな視線を避けるように机に寝そべると、茨はいつもの調子でぼやく…それを受けた一夏は戸惑いながらも我々に言葉を返した。
「あ、ああいいぜ。でもさ、千冬姉に聞いたんだけど…ふギャ!」
「学校では織斑先生だ」
出席簿の一撃で轟沈した一夏を尻目にいつの間にか教室にいた織斑先生は、背後で戸惑う山田先生などお構いなく言葉を続けていく。
「SHR前に日課の一部変更を達する。本日放課後、今月最終週に行なわれる学年別タッグトーナメントの抽選会を行なう…自分達の運がどれだけか、楽しみにしておくといい」
た…タッグ!?そんな事一言も聞いて無いぞ!?
♪
「完成完成!全対応万能型IS、名づけて『赤椿』!!攻撃・防御・機動何でも使える展開装甲、そして単一能力(ワンオフ・アビリティー)は絢爛舞踏!これ以上のISはこの世のどこを探しても見つからないよくーちゃん!」
「お疲れ様です、博士…箒さんのところにはお持ちにならないんですか?」
「だからおかーさんで良いんだよくーちゃん!…なんで何も言われないのに持って行かないといけないのさ?箒ちゃんには必要なんだよ…自分は特別じゃない、いっくんやちーちゃんと違う、あたしにすがり付いて援助を請わなけりゃダメな虚弱貧弱無知無能な一般人だって自覚がさ」
「織斑千冬さんや織斑一夏さんは、それほど特別なんでしょうか、お母さん」
「もちろん!いっくんが規格外なのを一番知ってるのはあたしだよくーちゃん…きっと、ちーちゃんよりもね」
■
「なんか、ノリがAOAみたいになってきましたね」
放課後、1年生全員がやってきたのは体育館。そこ有ったのは2つづつ空欄の空いた枠の書かれたホワイトボードと、バスケットボールくらいはある赤白青(トリコロール)の10面体ダイス3個だった…AOAみたいな、か。我ながらいい表現だ。
「言っておくが、アークライト博士のような悪乗りで決めたわけでは無いぞ…修練を重ね、技量を磨いたものにこそ幸運は微笑む。願った未来はお前達の心の中にしか無いだろうが、その一端を試してもらおう」
「皆さん、IS学園を卒業した後は対戦相手として、或いはライバル企業の社員として相対する機会はよく有る事になるでしょう。ウマの合わない人とチームを組むこともありえる話です。好き嫌いを超越したタッグ、それを決めるための抽選会です…織斑君、猿取君、ダイスを3つ振ってみて下さい」
「は、はい」
仏頂面の織斑先生と真剣な表情の山田先生に釣られるように、俺は青、赤、白の順でダイスを振った…1,9,3か。次に振った一夏は7,6,3。その結果に頷くと織斑先生は一番上に一夏を、一番下に俺の名前の書かれたマグネットを貼り付ける。
「さて、お前達もダイスを振るといい。一番高い目を出したヤツが織斑と、一番低い目を出したヤツに猿取と組んでもらう。後は点ごとに上から組んで行って貰うぞ…因みに、上から3番目のチームは3人組だが、試合には二人づつ出てもらう」
…そ、そういうことなのね…男子の席は定位置なわけね…どうか『淑女協定』のみんなが満足できる結果でありますように…
◇
『イーリがBIG4の残り3名と会っていたそうだ…『お誘い』は、色よい返事をもらえたらしい』
『過去の遺物扱いできるほど『ブリュンヒルデ』は弱くも小さくも無い、ね…どうして彼女は教師という職に満足しているのかしら』
『なら、どっかの王でもさせてみるか?あの手のタイプは金にも地位にも靡かねー、下手に干渉すりゃあヘソ曲げるぜ?』
「…悲しいかな彼女もまた、人間ではないのかもしれない。だが、それにもまして悲しいのは…それでもなお、彼女は人の側に立つということさ」
●
「932!よろしくね一夏!」
「950!一夏さんよろしくお願いしますわ!」
「962!よろしく一夏!」
…まったく、騒がしい奴らだ。たががチーム分け位で必死なものだ。
「あ…あのさ箒、そういきり立たないほうがいいぜ。皆ビビッてる」
「残り二人か。さっさとダイスを振れ、篠ノ之にボーデヴィッヒ」
ふむ、では残りのメンツに格の違いを教えてやろう。それと一夏、ただ真剣な眼をしているだけだ、そう怯えるな。
「ふむ…では最後だボーデヴィッヒ、振ってみろ」
…ハ?ワタシハマダフッテイナイデスヨ!?サッキノハワタシノナカデハのーかんデスカラ!?
「お、おい落ち着けよ箒!?もう終わっただろ!?そんなに茨と組むのがイヤなのかよ!?」
「…仕方ありませんわ、箒さん。運命は変えられないと極上の騎士も言っておりましたわ」
「そうだね。この並びでいくのなら一夏と組むのは鈴かな」
「シャルはセシリアと組むようね」
ダカラアレハのーかん!のーかんニシテクダサイ!!イッショウノオネガイデス!
「…ふむ、どうやらまた変更のようだ。よろしく頼む織斑君」
「これにて解散だ。因みに今週末で部活動は全て休止となる。自己研鑽に励み試合に挑んでくれ…専用機持ちたちは放課後は合同で他の生徒達の訓練に付き合ってもらう、内申点にも影響するからな」
「メンバー表とトーナメントの組み合わせは明日配布させていただきます、それでは皆さん、どうもお疲れ様でした!」
…うそダ…うそダ…うそダ…
「シノさん!?起きろシノさん!もう皆帰ったぞ!?」
「そ…そうだな。さっさと振って帰ろう」
「シノさん、現実と戦おうぜ…いくら000出した後に999出されたからって失神することは無いだろ…」
…言われなくても分かってる…
δ
「落ち着いたシノさん?まあ、マーブルズ・アーモンドでも食って落ち着こうぜ」
「すまんな…みっともない所を見せて。迷惑ついでに、一つ頼まれてくれ」
ホント、大騒ぎでしたねクラスの皆。
一夏と組みたかったんだろうさ。山田先生は、誰が1年の中では優勝に最も近いと思う?
「一夏と交代ってのは織斑先生が…」
「違う!出来るだけ上を目指したい。出来れば…決勝まで」
そうですね…本命はオルコットさんと凰さんの組、対抗は織斑君とボーデヴィッヒさん、或いはデュノアさんと更識さん、布仏さんのチームですね。猿取君と篠ノ之さんチームは大穴でしょう。
…猿取には相変わらず点が辛いな。私としては、一夏のチームと猿取のチームが決勝まで来ると見た。
「分かった。確かに皆は強いけど、コンビとなればつけ込む隙くらいはありそうだ。『淑女協定』の中でトップに立てれば…」
「そんなんじゃない。私はな…要人保護プログラムで引っ越す前、一夏に告白していたんだ。『もし試合で私が勝ったら、私と付き合ってくれ』…あの時の約束を持ち出すワケじゃないが、あの願いが有ったからこそ折れずにここまでこれたのかもしれない。だが…あの時の未練を何時までも引きずっていても仕方ない。ここでトコトンまで頑張って、あの時の私を振り切りたいのさ」
どうしてでしょうか?ボーデヴィッヒさんも篠ノ之さんも確かに強いですが、猿取君も織斑君も技量はまだまだ…
一夏も猿取も、誰かのために戦える人間だ。あの時、あいつらが相対した『醜き兵』がもし私だったとしても…同じように振る舞い、同じように討たれていただろうさ…二人とも、その自覚は無いだろうがな。
「…ホント、ここまで来ると嫉妬もできないよ。オーケー、お姉ちゃんの願い粉骨砕身して叶えますか!」
「ちょっと待て茨!?何故私が姉だ!?」
「ほら、俺の両親が里親だったし…ギブギブ冗談冗談!だからアームロックはヤメテ!?」
…自覚?
…ああ。一夏にせよ、猿取にせよ。それさえあれば、あいつらは私すら超えられる…まあ、残りの連中にしても、守るものの自覚さえあればあっという間に乗り越えてしまうだろうがな。
争えぬもの
「しっかし、2週間で製作完了だなんてカイワレか何かかよ…」
「モヤシがカイワレをバカにするのかいトレイニー!メガネちゃんは怒りが有頂天と見たよトレイニー!」
ケーキバイキングの宴の次の日、『ジョブ&ホビー』に来た俺は再開発が始まり『オートスミス・マークナイン』中央に鎮座した『打鉄弐式』のコアを見ながらため息を漏らし、それを目ざとく見つけたゲスジジイはいやらしい笑みを簪さんに向ける。それに頭を抱えながら簪さんは俺に言葉を返した。
「きちんとした設計図、良質の開発機材と資材があれば時間はかからないものよ。茨君の『アンカー・スチーム』も、同じくらいの時間で作成されているでしょ?」
「そしてそれを可能にしているのはAOA及びIS学園の俊英というわけさ!一々凄さをアッピルするわけじゃあないがパンチングマシンで100くらい楽勝で出せるくらいすごいだろすごいだろ?」
だから何だよその例えは…言葉に詰まってしまった俺は、ずっと疑問に思っていたことを思わず口に出していた。
「なぁゲスジジイ、ISってさ…宇宙用のマルチフォーム・スーツとして開発されたんだよな?宇宙服の延長線、ってことでいいんだよな?」
アメリカとかロシアとかで使われている宇宙服は、IS登場以降もあのごてごてとしたヤツだった。それの延長上にISがいるというのは素人考えながらどうにも解せなかった。
「…そりゃあそうだろ、君はアレかい?オカルト雑誌が書き連ねるように『ISはUFOだ!篠ノ之束は宇宙人だ!』なんてトンデモを信じてるクチかい?」
「…まさか。だったらゲスジジイたちはUFOを造ってるってことになるじゃないか、人間が作れるUFOなんてカップ焼きソバ位だろ」