「ぁああああ!!」
「よっ!はっ!!…せりゃあ!!」
「へひい…ピクシー、また一段と腕を上げてるなぁ…見てるだけで脂身がなくなりそ…」
「イーリ直伝のフレンチボクシング、絶好調ねピクシー!スパーするかいがあるわー」
「そうか…ついに私の鋼の肉体への追随を決意したのかピクシー!」
「だからマッチョは願い下げだといっているサル!…ああ、またお客が来たのれす…というか、呼びつけたお客れす…」
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「お呼び立てして申し訳ありませんでした、更識さん…お茶は如何です?お茶請けにどうぞ、少々歯ごたえがあるかもしれませんが」
「はい…っ!?」
「貴女のお友達からの垂れ込みです、これ以外の盗聴器はこちらで全て探し出して処分しました…お待ち下さい、私としては事を荒立てる気も貴女を強請る気もありません…私としても茨を慕う女性がいるということは喜ばしいことです」
「!?…別に私は…お姉ちゃんに粘着されてる茨君が…」
「つまり私と茨が相思相愛の関係になろうが、手をつないで町を歩こうが、ベッドで愛を育もうが関係ないと?」
「そ、そんなのは、不潔です!」
「何が不潔ですか!愛があり、そこに交歓が有るからこそ人類は繁殖してこれたのです。性を楽しむことこそ人類の有り方かもしれませんよ…ああ涙ぐまないでください、あなたを私は手伝いたいだけです…一つだけ、約束してくれるのであればの話ですが」
「な…何をでしょう…」
「更識簪は猿取茨に恋をしている、それを認めることです」
※FF病かぁ…FFの看板におんぶに抱っこな病気ですかね?
『フフフ、中々の薫陶振りじゃあないか…『真実』の一端にたどりつきそうな勢いだ』
「笑い事じゃない。『真実』を暴露されるには早すぎる」
『だけど…いつかは分かる話よ。その暴き手が彼なら…中々素敵じゃない?』
「ああ、その日は何時か来る…だが、そのために誰かが傷ついたり、ましてや害されるのなら願い下げだ」
『「まだ、忘れられねーか…『天災』の件』
『アルが一番『天災』との関わりは深かったのだから…もう10年か』
「まだ10年だ…老人ともなると、心の傷も中々癒えないのさ」
■
「…おし、後は30分間何しようか?」
金曜日放課後の第1アリーナ、俺と簪さんは相対していた…別に試合をするためじゃない。初期化(フォーマット)と最適化処理(フィッティング)の際、きちんと機体を動かしておかないと上手く体に馴染まないからだ…今にして思えば、いきなり試合をやらせた織斑先生は機体の慣らしという観点から言えば慧眼だったろう。
…実際ハンディキャップマッチやらされた側としてはたまったもんじゃないけどさ!!
『やはり試合がよろしいのでは?一夏さんや私達が行ったように…』
『おハツから4Pなんて実にお盛んだったねレディ!ティーンはやっぱりそうじゃないとねそうじゃないとね!』
…頼む、放送室の皆。ゲスジジイを黙らせてくれ。このままだとマジで俺の胃が溶けてしまう。
「難しいこと考えないで、コーリングさんとやったことそのままやればいいんじゃないのアホ茨」
「お願い。おんなじこと、私にもして」
むむむ。まあ確かにそれが無難といえば無難だろう…どうにも意味深なコメントはあえて気にすまい。
「了解。じゃあついて来て。もし追い越せるんなら今度は俺が追いかける」
天井のバリアが無効化されるのを確かめると、俺はふわりと飛び上がった…30分間の追っかけっこ、頑張りましょう。
…それと、がんばれよシノさん!
●
「どうした、かかって来い一夏」
…放課後の武道場、茨達が『打鉄弐式』の調整でアリーナに詰めている時分、私と一夏は相対していた。
「違う」
…私が誘ったわけではない。所在無く佇んでいた私に一夏が声をかけてきたのだ。『箒、少し付き合ってくれないか。お前じゃないと稽古にならないんだ』…もう少し違う告白なら天にも登る気持ちではあったろうが、それでもうれしかったことは否定しない。
「…何が違うのだ!かかってこい!!」
…だが、どういう事だろう。相対した一夏はまるで靄のようにつかみどころがなく、大岩のように揺るぎが無かった…何故だろう、自分がとても小さく、ちっぽけに思えてしまう。
「だから違うよ、箒。お前がかかって来い」
「!!?…っつ!!」
その言葉と同時に、一夏は大上段に構え、瞳を瞑っていた…いいだろう、その増上慢の胴をしたたかに払ってやる!!
■
「っと!よいしょ!…のぉぉっ…お、終わったみたいね…っと!」
何とか追い越されないまま初期化(フォーマット)と最適化処理(フィッティング)は終了したようだ。黒豹女のような動きは出来ないものの、ご期待に応えられていれば何よりかな…動きを止めた俺に簪さんが突っ込んでくる。キャッチ成功っと…ホント、急に動きを止めたのは失敗だった。
「ご、ゴメン」
「ああOKOK…しかしホント装甲で覆われている場所が少ないね。怪我しそうで怖いよ」
なんせ腕は素のままだし、胴体だってほぼISスーツのままだ。装甲に覆われてるのは脚部と独立スラスターくらいのものだ、まさに一ひねりって感じだよ…それを耳ざとく聞きつけたのか、放送室の芥子田さんが無感動に言葉を紡いでいく。
『本来、ISは皮膜装甲(スキンバリアー)のみで十全の防御力を発揮できますし、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)の力を応用してブレード等の近接武器の威力を増加させているのです。単純な破壊力だけで言えば『キノ・チケット』よりも『夢現』…対複合装甲用超振動薙刀のほうが高いですし、単純な打たれ強さで言えばほぼ同格です』
『まあ、どちかといえばトレイニーの見た目の貧弱さをカバーするために『アンカー・スチーム』は設計されているからねいるからね!見た目の力強さにかけて言えば、『白騎士』だって目じゃないよ!』
…フォローになりそうも無いフォローありがとうゲスジジイ。だよね、見た目だけならスト2じゃあザンギ圧勝だもんね。まあ、少なくとも『打鉄弐式』の出来栄えは出色のようだ。微力ではあるがお役に立てて何よりだ。
『…茨、何時まで更識さんを掴んでるんだい?』
「あ、そうだね。ゴメンね簪さん」
デュノアさんの言葉でようやっと不埒な真似に気づいた俺は、慌てて手を離す。さ、終わろうか…
「お願い。もう少しだけ空を飛びたいの。一緒に飛んでくれる?」
「?…ああ。いいよ」
…だな、空を飛ぶなんてISでも纏わない限り、人の姿じゃ無理だもの。もう少し堪能いたしましょうか!
▽
「もっとダイレクトに!飛び込むようにいきなさい!」
一月ぶりか?…こんな時分になんだ。
「ああ…タイムアップですわ…いえ、あえてソコで懐に飛び込んでいくのです、簪さん!」
妹のことか?…随分とお前も周りが見えなくなっているぞ。
「実にセーシュンしてるじゃないかトレイニーもメガネちゃんも!これくらいはみんなも頑張って欲しいよね欲しいよね!じゃあ、アルちゃんはお先するよお先するよ!」
…教師としては、お前がISを持ち込むことで生じる混乱、そして不和は見過ごせない。お前の友としてもな。ISはオモチャじゃないって事を作成者であるお前が認識せずしてどうするつもりだ?
「『…茨、何時まで更識さんを掴んでるんだい?』…これでよし、と」
…箒はな、人の世界に背を向けたお前とは違う。人と歩んでいくことを当然だと思い、道を踏み外すことなく進んでいる。お前に甘えるという選択肢を恥ずべき事だと認識する程度にはな。
「!?何考えてるのよシャル!まさかアンタ…」
「落ち着いて鈴。簪さん、『もう少し一緒に空を飛ぼう』って誘ってみて…やっぱりだ!脈は大有りだよ!後は空のランデブー、ゆっくり楽しんできてね!」
…束、何故お前が『天災』と呼ばれるのか、もう一度考えてみろ。お前へ向けられる視線は、羨望でも、嫉妬でも、ましてや憧憬じゃない。憎悪、嘲笑、そして憐憫だ。
「…そういえば、織斑君と箒はどこにいるんだ?」
…すまないな、束。それでも、私は人間でありたいんだ。人の中で生きて行きたいんだ。
●
「天狗は、私のほうだったな…」
ポンと、軽く面が打たれ、残心を取られる…力みの無い、完璧な所作だった…それに引き換え私はどうだ。怒り狂い、独り相撲を取った挙句軽くあしらわれた…何だろうか、この悔しさは。どこにもぶつけようの無いこの思いは。
「なあ、箒。俺さ…箒の家の道場に通っていた時、最初の頃全然勝てなかったの覚えてるか?その時に箒の親父さん…柳韻さんからこう教わったんだ。『身体がいかに強くても、心が強くなければ強くなれない』そしてさ、同じように眼を瞑った状態で試合した…怖かったよ、遮二無二突っかかっていっても軽く一本とられるんだから」
「無想剣、か」
「ああ。『背筋が冷たくなったとき、剣を振り下ろす。そうすれば恥ずかしく無い試合が出来る』いや、実際やってみると怖いなコレ…」
まあ、こないだの茨よりずっと楽だろうけどさ、などと面を外しながら屈託なく笑いかける一夏を尻目に私はいつの間にか腰を落としていた。視界が滲んで仕方ない。
「箒、俺らとかに言えないことは有ると思う。でもさ、千冬姉や山田先生だっているし、一人で抱え込んでもいい事無いぜ」
「わ、私は、私は…」
「大丈夫!俺も茨もセシリアも鈴も、シャルだってボーデヴィッヒさんだって箒の味方さ!」
涙でグチャグチャになった顔は、面のせいで隠せない…だからいいよな、少しだけ胸を借りても…温かいな、本当に。もっと、こうやって感じていたい…
「ほ、本当に大丈夫か箒?息が荒くなってきたぞ!?」
…そういえば、他のIS持ちの面々は第1アリーナで簪さんの『打鉄弐式』の最終調整に行っているんだった…ありがとう茨。これはお前の作ってくれた千載一遇のチャンスだ。大丈夫だぞ一夏、男で清い身が許されるのは小学生までだ。茨のように臆病になっていては取り返しがつかなくなるぞ。何私のことなら大丈夫だコノコトデカンケイヲキョウヨウスルヨウナコトハ…
「で、いつまで組み合っている気だ二人とも。組打ちの練習か?それともアレか?神聖な道場で不埒な真似でもする気か?」
何でここに織斑先生が!?先生も立ち会っているはずなんじゃ!?
「ち、違うよ千冬姉!俺や箒がそんな事するわけ無いじゃないか!?」
「も、もちろんです!」
イヤだなあ織斑先生、私たち健全な学生がそんなふしだらな事をするわけ無いじゃないですか!未遂、未遂ですよ!だからそんな怖い顔しないでくださいお願いします!
「まあいい…篠ノ之流の使い手が3人集まったんだ。稽古をつけてやる」
「はい!よろしくお願いします織斑先生!」
ハハハ織斑先生袴姿凛々しいですね…一夏、だからそんなに憧憬の視線を織斑先生に向けるんじゃない。
■
「んー、疲れたぁ…まあ、これで『打鉄弐式』の開発は無事終了だぁね…」
「何をトンチキな事を行っているんですか茨。アップデートは絶え間なく行なわれ、性能は絶え間なく上昇させていかねばならないものです。」
「倉持でも、出来るだけのバックアップ、サポートを行なう予定です。我々第1研究所所属スタッフも『白式』に何時までも後塵を拝しているわけにも行きませんので」
第1アリーナを背に俺達は家路を急いでいる…俺のぼやきにピクシーと芥子田さんは耳ざとく反応していた…やっぱりあるんですね社内の派閥争いとかソーイウのが。
「でも、本当にありがとう。夕方まで私に付き合ってくれて。ねえ…」
「お、一夏!シノさん!どうだった…あ、織斑先生も。いかがでした…」
「センパイ、袴姿も凛々しくて素敵です…」
武道場のほうから一夏とシノさん、織斑先生がこっちにやってくる…残念だなシノさん。俺的には何とかAの壁くらいは超えられると…山田先生についてはコメントは差し控えさせてもらおう、ウン、
「ああ、迷いを断ち切れた。うだうだと悩むのはもうやめだ…ありがとうな、茨」
…お?厄が落ちたような顔だ…アレか!?まさかアレか!?姉弟もろともにってヤツか!?
「何を想像しているのか分からんが、その引きつった顔はみっともないぞ、猿取。篠ノ之流を修めているのはIS学園では私たち三人だけだ…何ならお前も今から稽古をつけてやるか?」
「い、いえ間に合っています!」
「センパイの指導を断るんですね猿取君は…」
「「「…」」」
だからそんな顔はヤメテ!お願いします織斑先生!俺の胃をコレ以上痛めつけないで!!それと山田先生、俺の命がかかってるんですよ!ソコは止めるべきでしょうどうなんですか!?それと『淑女協定』の皆、そんな視線はヤメテ!!
「フン、まあいい…篠ノ之、姉弟子としても、教師としても…そして、アイツの友としても、お前の選択は正しいし、尊重されるべきものだと、私は思っている…不都合があるなら言え。出来るだけ、力になってやる」
…それは、今まで俺が見たことの無い、とても寂しそうな織斑先生の表情だった。
◇
「君は、ヒトデナシの道を選ぶのかい?」
「…道なんて、一度だって選ぶことは出来ませんでした。10年前のあの時も、3年前のあの時も…いいえ、きっと独りぼっちになってから」
「…君は一人じゃない。君には弟が、友人が、教え子たちがいる…『天災』のようにはなってくれるな」
「アークライト博士、もしもの時は、箒を…そして一夏をよろしくお願いします」
「老少不定、無常迅速は世の習い…でもね、死に急ぐような真似はしちゃだめだよ。死ぬなら老人、次は無能者…君みたいな若人は最後に死ぬんだ、いいね?」
守る、ということ
「あああああ!!このドジ!マヌケ!!敵に砂糖、塩、酢、醤油、味噌まで送りつける真似をするなんて…ああ…憎いれす…アポロンと、アクスレピオスと、ヒギエイアと、パナケイアとに誓いを立てたこの身が憎いれす…」
(荒れてるんよ…人をダメにするクッションがダメになってるんよ…)
(それでも個人情報を漏らさない辺り、医者としては一流だよな…あ、また来た)
「行くのれす…でも、もう恋愛話はこりごりれす…」
▼
「珍しいですね、あなたが来るとは…ボーデヴィッヒ少佐」
「外の階級など、ここでは無意味だ…呼び捨てで構わない」
「分かりました…では、ラウラとお呼びしますね」
「…私は、弱くなってしまった。どうすればいいのだろう」
「ラウラが弱くなった?身体データや機体の機動データは、特に不調を感じさせるものは…」
「…クラスメイト達に、分からないことを教えたりしていた。私はその代わりに学校のことや、日本のことを教わっていた。皆がきちんと教えたとおりにやっているか、或いは教えたことは的外れではなかったのか、ふと、悩んでしまう…ほんの少し前までは、そんな事悩んだりもしなかったのに…」
「ラウラ、それは弱さではありません。力の源ですよ。もし、彼女たちが困っていたとしたら力になりたいでしょう?守りたいという願い、それこそが力になるんです…守るものの無いものほど、脆いですよ?」
「…そうだな。つい数週間前の私など、まさにそれだった。ありがとう、詫びを入れねばならない奴らの顔が浮かんできた」