「で、何時猿取君に告白するの?」
それはいつもの修理ブース、『打鉄弐式』開発が終わった金曜日の夜。ささやかな慰労会が開かれていた…沢渡さん、よりにもよって簪さんがココアフロートを口に含んだ時にその話を振るのはどうなんだ。
「!!??!??…わわわ…」
「だいじょうぶだよかんちゃんー、取りあえずは口の周りをふいたほうがいいよー」
「確かに、『打鉄弐式』開発のキーパーソンにしてもう一人の男性IS操縦者、そして『醜き兵』撃退の立役者…こう考えてみるとここまでの良物件は中々いませんね!彼は年上がお好みのようですし、誘惑する価値は…」
「何考えているんですか黛先輩!」
「おやおや?篠ノ之さんも実は猿取君狙いでした?」
「二股とかいやらしい…」「大丈夫ですわよ箒さん、去る者は追わないものです。勿論一夏さんは諦めますわよね?」「そっか…箒が一番一夏に近いと思ったんだけどな、ボクは…」
はす向かいの布仏さんが差し出したタオルで口を拭う簪さんに黛先輩が畳み掛け、場は混沌としていく…それを一気に落ち着かせたのは意外なことに山田先生とピクシーさんだった。
「恋で一番重要なのは、相手の好きなタイプに自分がなるんじゃなく、自分を好きになってもらうことですよ。年上の女性になれなかったとしても『年下の女性も魅力的だ』と知ってもらえれば勝率は上がりますよ…はい、アイスココアです」
「まったくです。更識さんは金髪碧眼になる事は叶わないでしょうが、大和撫子の素晴らしさをアッピルするには十二分な女性でしょう…不純異性交遊は宜しくは無いでしょうが、我々AOAとしては自由恋愛に対してどうこう言う気は御座いません…ミントチョコアイスは如何ですか?」
…後にして思えば、どうして未成年の恋愛模様について成人の二人が目くじらを立てなかったのか…いや、どうして茨の口走った言葉を知っているのか、もう少し考えるべきだったろう。
「…おはよ…」
「あ…ああ、お早う…どうしたのよアホ茨?」
牛乳タップリのチョコトッピング・フレークをズルズルと啜る姿はアワレに見えるのか、鈴。そんなに俺はくたばりそうか鈴。
「…深夜アニメを見てたらつい夜更かししたんだ…」
「日曜日だからってダメだぜ茨。今日もAOAの特別講習は予定されてんだし…くー、カラシ利いてる!」
朝から納豆ご飯お代わりか一夏。俺は辛子は入れないんだ一夏。もみ海苔入れるのは俺だけかもな一夏。
「猿取君、朝ご飯は一日の基本です。そんなお菓子みたいな物じゃなくお腹に貯まるものをおススメしますよ…はい、スクランブルエッグです」
…そうですね山田先生。ありがとう御座います山田先生。イヤにつやつやしてますね山田先生。そういえば卵もスタミナ食ですもんね山田先生。
…本当、俺は何にも山田先生に報いていない。織斑先生との仲もほとんど進展していない。
…どう、俺は、償えばいいんだろう。
最愛の人に。
俺を愛していない人に。
■
「猿取君、未成年がこの時間にこういうところで夕食をするのはどうなんですか」
まだ8時前なんですけど…さて、俺にとってIS学園における敵とは何処であろうか?イスラム?それともアジアの他国?それとも倉持技研の息のかかった人たち?実は今はそのどれでも無いんだ。
「弾!今日は混んでるみたいだ!蘭ちゃんと一緒に帰ったほうがいいぜ!」
『イスラム』の皆様がたは原理主義者が一杯いた国を『白金の平和』に潰され、『世俗派』が幅を利かせているそうだ…インドネシアやトルコ、UAEからの留学生の子たちもIS学園にいる。彼女達もムスリムだったが、『学年別トーナメントにカレーにカツ!トントン拍子に勝ち抜けるセット』を嬉々として頂きながら「やっぱり日本のカレーはコクが違うよね」と言うのはどうなんだ?って思ったんだが…『ルールや制限は信仰の形として必要だけど、必要以上に縛るのはむしろ自分の信仰心が足りないから』というのがメインストリームなんだそうだ…『友達は大切にしなければならない。友達が勧める物を断るのは心苦しい、であるからしてやむを得ず頂いているのであり寛容なアラーは赦します』だそうだ。すっげー嬉しそうに鹿児島流味噌汁かっこんでたのもきっと演技で、見えないところで大粒の涙流しながら許しを請うているんだろう、多分。
「お、おう!」
中国からの留学生は鈴しかいない。最初のうちはどうにも調子が違う感じだったが『木偶』撃退を境にいつもの鈴に戻っていた…口と手がほぼ同時に出るあたりも含めていつもの鈴だった。で、お隣の半島の人たちなんだが…ISという観点から言えば非常に苦しい立場に立たされている。『白騎士事件』が起こる前、コアが篠ノ之博士から送りつけられた後…南は日本とアメリカに、北は中国とロシアに割り当て分を全て格安で買い取っていただいたそうなのだ。効力遡及禁止の原則、というのが法律にはあって『アラスカ条約』締結以前のコアの売買行為はノーカンにはならず…まあ、お抱えの財閥企業がISコピーできなかった時点で積んでいたんだろう、ウン。パイロットはパイロットでE判定…ISを起動できないレベルの適合率…の女性ばっかりだったそうなのだ。有事の際は台湾に駐屯しているアメリカ軍のISが来るそうなんだが…まあ、『行けたら行くわ』レベルのお話なんだろう…売っちゃったほとんどの国が『一つは売却国に貸与、もう一つは売却代金と交換で返却』という条件でコアを返してもらったのにここまでこじらせたのは…何も言うまい。
「猿取君、貴方はとてもとても重要な存在で同じくらい危険な人物なんですよ、それを理解してますか?」
…にしても楽しかったなー、五反田食堂。布仏先輩と弾と蘭ちゃんと俺とで食事の後にお話できて。弾のジーちゃんやお母さんが『干渉するなよ』オーラ出してくれてたから常連のオッサン達もスルーしてくれたし。
『え!?『インフィニット・ストライプス』最新号に載ってる『打鉄弐式の開発はAOAと共同!?』って…ほんとだったんですか!?こっちの週間リゾートの『AOA協同の影にもう一人の男性IS適合者あり!?』や『AOA、IS学園に黒船派遣か!?』も!?』
『ええ。そしてそのキーパーソンは、何を隠そう猿取君なんです』
『そーなんですか!茨が役に立ってくれるなら親友としても何よりです、布仏先輩!』
中学校から帰ってきた蘭ちゃんが一番食いついて来たのは残念だったな弾。でもまあメアドと電話番号は何とか聞き出せたんだソレで良いだろ弾。LINEとかツイッターは学園では使うことを控えるように言われているんだ弾。『むやみやたらとメールや電話はするなよ、相手のことをきちんと考えてな。少しは融通してやるから無茶なバイトやって体壊したり危険なことしたら布仏先輩が悲しむぞ…その、残念な結果に終わっても決して悔やむなよ、青春のおセンチな思い出だと思えばいいんだ』俺のつぶやきはキチンと耳に入ってるよな、弾…まあ、弾は軟派に見えて意外と真面目だからな、血迷った真似はしないだろう。『こう見えて布仏先輩は武道に通じてるんだ。下手に押し倒そうものならいろいろとへし折られるぞ』…こんなフカシにあからさまに顔を青ざめてたから乱暴狼藉はしないだろう、うん。
「猿取君、聞いているんですか!まさか逃げようだなんて思っていないでしょうね!?」
ええ、俺にとっての天敵は目の前にいるこの女性…教頭先生です…別にネチネチと嫌味を言われたり抜き打ちテストを頻繁に仕掛けられたりされたわけではない。むしろ、教頭先生の受け持ってる教科である法律は授業が一番分かりやすい。普通に教わっても『?』が付くであろう難解なテキストを使いつつ、具体的な例やウィットに飛んだ話術ですいすいと染み込ませて行く。敬遠している山田先生ですら『教え方は一番上手いです!』と絶賛するほどだ。
「逃げ出しても現場はキチンと押さえているんですからね!AOAに泣きついても…」
…そう、AOAが寄付だのご馳走だの『働きかけ』にとられかねないことをやらかす度に教頭先生は噛み付いてくるのだ。『貧者の一灯』とか『米百俵の精神』とかを授業の前の軽い雑談で披露し、俺に同意を求めてくる…ぶっちゃけ偽善でも節税でも多額の寄付はありがたくはないのか?とか未来も結構だろうが今日餓え死にしたら明日の理想も叶えられないんじゃないのか?とか考える俺はおかしいんだろうか…ていうかオッちゃん、常連とは行かないまでも顔見知りなんだからそろそろ助け舟…
「…なあ、アッちゃん。そこのボンは俺の大家さんのお孫さんなんだ。ボン、オメーだって分かるだろ?思うところは有るだろうけど、今日はお互い『見なかった』で済ましてくんねぇか?俺ぁ明日から宿無しになっちまう…それともアッちゃんちに寸胴持参で転がり込んでも良いか?」
「そ、そないなこと言うたかてタケちゃん!ウチは教師として…!?あ、あんな…じゃのーてあのですね…ナニにやついとんねん!?」
あ、アッちゃん?…そういえば教頭先生の本名『重籐 梓(しげふじ あずさ)』でしたよね。いつもはキツめのメイクなのにとても女性らしい、柔らかなナチュラルメイクですね教頭先生。いつもはフォックスフレーム…ザマス眼鏡なのにふち無し眼鏡だなんて新鮮ですね。実は近畿の生まれです?思いっきり邪魔しちゃいましたねさっさとお暇…
「大丈夫ですか猿取君!絡まれてるって…!?教頭先生!」
「な、何でキミ…山田先生が…!?」
奇遇ですね山田先生…何でしょうね、何で俺は一言もしゃべって無いのに状況はとんでもない方向に飛んでいくんでしょうか。
「そう遠い眼をするなよ、ボン…ま、ゆっくりしてお行きよお嬢様方。テーブルと椅子後ろのワゴンから出してくれ、ボン。今日はVIP席をしつらえるからよ。ほい、駆けつけ1杯」
…ていうか初っ端からポン酒ですか!?酔わす気満々じゃないですか、ヤダー!!
「大人にはよ、飲んで騒いで重荷を少しだけ置く…そんな時間が必要なんだよボン」
「じゃあな、ボン!気ぃつけて帰れよ!…悪ぃ、起こしちまったかアッちゃん」
「ゴメンな…タケちゃん。ウチ、ホンマ甘えとる…」
「アッちゃんみたいに立派な子でも、ウサを捨てたい、甘えたい…そして寄りかかる相手に俺みたいなのを選んでくれる。それだけで俺は天にも登る心地さ」
「…なあ、タケちゃん。ウチもう38や。卵子はきっと腐っとる。それでもエエのか!?」
「…俺はさ、アッちゃんと一緒に過ごしたい。それだけさ。それに歳言ったら俺はバカボンのパパと同い年だぜ」
△
「これでよし、と…今日は楽しかったです、弾君、蘭さん。駅まで見送りありがとうございます」
「いえ、ごめんなさい質問攻めで…」
「こ、今度来られた時はデザートご馳走します!」
「はい、期待してますね」
「…ありがとう、でも、私は…貴方達のような…日向の道を歩いて行ける人間に、なれるんでしょうか…」
◇
「諸君、良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
「「「「「「悪いニュースからお願いします」」」」」
『ジョブ&ホビー』会議室。集合したAOAスタッフの視線を感じながら、老人は淡々と言葉を紡いでいく。
「分かった…君達全員に夏の有給休暇が与えられる。場所は三浦海岸…IS学園の臨海学校が行なわれる場所だ。遊びで行くわけではない、彼のバックアップ、フォローだよ。いつもの態度を忘れないように」
「「「「ヤッター!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
「我が世の春れすよー!!!!!!!!!!!!!」
「来た!春来た!メイン春来た!これで勝つる!!」
「…どこが悪いニュースなんだニャ?」
『ペッパー』…倉持技研第1研究所所属、芥子田寧子の当たり前すぎる疑問に老人はニヤリと笑いながら言葉を続けた。
「そして諸君、良いニュースだ。『打鉄弐式』再開発で『オートスミス・マークナイン』を酷使させすぎた…よって、『プライムバル』及び『A-H』はココではなく、『ISSS』で製作される…いや、2週間前から既に製作中だ」
「鬼!」「悪魔!」「ひどいれすグランパ!」
「…わかったニャ、アークライト博士にとって良いニュースってことなんだニャ」
「ご名答。だが…一つだけ忘れないでくれ。とっておきの悪いニュースに備え、みんなには英気を養って欲しいのさ」
『ペッパー』へ意地の悪い笑みを浮かべていた老人は顔をキリリと引き締める。七転八倒していたAOAスタッフたちが視線を向けるのを確認すると、厳かに老人は宣告した。
「臨海学校に天災がやってくる…恐らくは、『彼』を殺すため。そして、僕を嘲笑うために」
◆
「朝ですよ猿取君…まあ、あそこまで、その、頑張りましたもんね…」
眠る…というよりは昏倒している猿取君の頬を撫でながら、私は昨日のことをつらつらと振り返っていた。
『なあ、山田君!ウチら教師は舞い上がってはアカンのや!確かに織斑センセは強くて美人で憧れるのは分かる!まるでオスカル様や!でもな…ウチらは超然とせなアカンのや!…ホンマ美味いわ、このイカ焼き…ホンマタケちゃんこしらえるのはじめてなんか?』
『おう。イカに小麦粉ダシに玉子。しかし楽でいいな、こりゃ…どうしたんだよ山田センセ?』
『き、教頭先生もセンパイをそんな眼で見てるんれすね!?』
『アホ!うちはノーマルや!ガチな連中と一緒にすな!…猿取君、ほんまゴメンな…ウチ個人としてはポンと1億ドル寄付してくれたAOAには感謝しとる!一ドル置くんやないで!でもな…それにイラついとるアホも相当数居る!…生徒やないで、ええ年こいたオッサンが未成年のガキに放逐しろだ排除しろだ…銭は出さずに口ばっかりやかましいんや、ホンマ!』
『あれ~??おっかしいなぁ…お空が…目の前にある…』
『倒れそうだったんで俺が支えてるんですよ。背中合わせのクリスマみたいに…オッちゃん、会計お願い…』
『アホ!ガキがゼニのある振りすな!ウチが…』
『何言ってるんだよ、二人とも…今日は、アッちゃんの友達のためのパーティーだ。ボン、そんな心配するよりも山田先生をキチンと送ってあげな』
『あ…どうしよ!?終電には間に合うけどその後…』
『頭悪いなー、猿取君。ガッコの中ならIS起動させても罪には問われん。駅の改札潜ったら透明なって部屋まで行けばエエやんか!』
『さっすが、教頭先生~!!』
『…いや、それでいいんですかね。コッチも見えなくなるんですよ『ピーカブー』…まあハイパーセンサーで見えることは見えるんですが…』
『お風呂沸きました、山田先生…きちんと漬かってアルコール飛ばさないと二日酔いに…』
『…知ってますか、猿取君~。お酒を頂いた後、一杯『する』と二日酔いにはならないそうですよ~。お風呂入りながら…ね?』
『…はい…』
「…本当、猿取君に、甘えてる…」
更識さんだけじゃない、コーリングさんを初めとする周囲の女性達だって十分に脈は有る…私より、若い、子達が。
「私は…猿取君より…8つも年上なんですよ…」
老いさらばえた私を見たら、彼は私を捨てるかしら?それともチリ紙みたいにクシャクシャにしちゃうかしら?
…ううん、いつもと変らず、私を愛してくれる。
「…だから、私は願うんです。」
君の、幸せを。
大好きだから。
げに得難きは飲み友達
「…では、教頭先生。何か御座いますか?」
校長のその言葉に職員室の教員達は背を正し、戦々恐々の面持ちを浮かべながら次の言葉を待っていた…週初めの職員室でのブリーフィングは、教師達にとってちょっとした恐怖なのだ…主に、教頭の重箱の隅をつつくような指摘で。
「特にありません…ああ、山田先生、後でお話があります」
(おとといは、ホンマすまんかった!猿取君には、キミからウチが詫びてたって伝えといてくれ…それと、外野からの雑音は気にせんでエエ。うちに出来る範囲でやけど、潰せるだけ潰しといたる)
(ありがとう御座います。また、美味しいお酒飲みたいですね)
「大丈夫だった山田先生!」
「何あの鬼ババに粘着されてたの!?」
「大丈夫か、山田先生…」
「え、ええっと…美味しいラーメン屋さん教えてあげたら、有難うってお礼されました…」