※ダイジェストでお楽しみください
「今日は私の部屋で寝ろ、一夏。猿取、山田先生、性悪の世話を頼む」
「じ、じゃあまた明日な、茨」
消灯後、部屋に顔を出した織斑先生の鶴の一声で一夏は下へと降りていく。そうですよね織斑先生、毎晩一夏は織斑先生の部屋で寝てるわけありませんよねアハハハハ。あの後VIPの皆様は休憩しながらお酒を頂いていたはずだ、2りとも泥酔してないといいんだけど…
「ただ今帰りまひたー」
「なかなかいい部屋だなマック…っと!誰だこんな所にベッド置いたの!?」
「業者ですよイーリさん。ていうか、かなり出来上がってますね」
山田先生と黒豹女は肩を並べてベッドに倒れこんでいた。そんな2人に俺はペットボトルの炭酸水を渡す。良かった、かなり顔は赤いが、まだまだ余裕はありそうだ…って⁉︎
「ほんとゴメンな…せっかく来たのに相手できなくて」
「どうしたんですか、急に。離してくださいよ。そういう日があることぐらい俺だって知ってますよ」
抱き枕のように俺をベッドでハグする黒豹女に俺は言葉を返していた。そりゃあそうだ、そんなことを無理強いすれば犯罪者だ。そんなことなんて気にせずゆっくり休んでくれれば…
「あ?あたしは今日は『あの日』じゃねーよ。大切な試合の前は慎むんだよ。なあ山田センセ?」
「え、ええっと…」
え?山田先生どうしてそんなに汗流してるの?ねえイーリさんどうして俺へのハグの力が徐々に強くなってるの?
「ああソーカソーカ。そういやベッドから栗の花の匂いがするなぁ。朝から寝床で運動会夜も寝床で運動会ってか?」
「コーリングさん、明日は試合なんですから…1回づつということで…」
「じゃあ2…いや3回だ。お前は美女のオネダリに1回で我慢できる聖人君主だったかなぁ??」
どうして俺のパンツを下げようとしてるの黒豹女!?どうして山田先生は俺の腕を押さえつけてるの!?ねえ2りともそのイイ笑顔はどうしたの!?落ち着いてよたしかこういうのって男の側からでも訴えられるんですよ!?
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「んんっ!…上手くなったな、一夏。ご褒美だ…んう…」
「んあ…有難う、千冬姉。俺、千冬姉と、ずっと、こうしてたい…」
「馬鹿なことを言うな。お前はいつか、私の元を巣立っていくんだ」
「嫌だよ!俺、千冬姉となら…」
「今はいい。でもな、それは叶わないんだ…お前の周りの小娘なら、一夏を失望させはしないさ」
※Xjapanの『紅』って、泣いた赤鬼ですよね。
「気負いはなさそうだな、茨…どうした?緊張で寝られなかったのか?」
「…まあね。アーサー君とビクトリアちゃんは炭酸系でよかった?」
第3アリーナ、観客席の最前列。イマイチ顔色の良くない茨を一瞥すると、私と一夏はペットボトルの緑茶を受け取った…気持ちは分からないでもない。だが、睡眠もまた仕事なのだ。寝不足で遅れを取る様なことが有ったらどうするとか思わないのか、うん?
「メロンクリームソーダ頂きます、ミスター!」
「レモンスカッシュ頂きます、ミスター!」
「二人ともお疲れ様。チャーチルさんも楊さんもジョセスターフさんも朝1から給仕の仕事やってから2年生と3年生に一手指南。タフだよなあ」
「…元気が資本の商売だしな、一夏」
『お早うございます。ブリュンヒルデを初めとした皆々様へのご迷惑を鑑み、豚児及びロートル共々給仕を勤めさせていただきますわ』
『お揃いのエプロンドレスはミス・コーリングからいただきました、ミスター!』
『このタキシードもカッコイイです、ミスター!』
『‼︎…正攻法ではどうしようもないからってこんな方法で始末しようなんて奸佞邪知にもほどがあるわところで御真影を一枚取りたいんだけど宜しいかしらああ出来れば一緒に取れればベストなんだけども』
『かいちょー、劣情が鼻からもれてますよー』
『あらあら、お母さんになりたいなら自分で子供を産んで育てなさいな、生徒会長』
『ケラケラケラ!これデ会長ルート決定デスゼ、アネサン!』
『学生で妊娠というのは感心しませんね、生徒会長。あなたもなにか忠告すべきではないのですかジョセスターフ?』
『良いンじゃないノ?ニッポンは出生率低下してるシ…イーリの弟子ガ逃げる前にお仕事始めましょうカ』
…そして朝食の後伝えられたのは、『BIG4』の現役3名が行う決勝戦のすんだ2年生及び3年生のパイロット養成コースの先輩達との一手指南だった。総勢60名のうち2年生20名をチャーチルさん、3年生20名を楊さん、2年生と3年生混成チームをジョセスターフさんが指南し、その後私達の決勝戦を行なう…どうにも、気恥ずかしいものだ。
「しかし、楊さんやジョセスターフさんは1対1なのにチャーチルさんは10対1だなんて…戦い方にイヤに差が有るな」
「得手不得手の差でしょう、箒さん。『クルタナ』は第2次移行(セカンドシフト)以降遠距離向きに変化したのです。『蒼虎』が中距離寄りの前衛機、『テンペスタ』が近距離寄りの前衛機へと変化したのと同様に」
「僕たちは、ママが戦う姿を初めて見ます、レディ!」
「とても楽しみです、レディ!」
「「…」」
瞳をきらめかせたチビッ子たちの喜びに満ち溢れた声に、セシリアとブランケットさんは声を詰まらせていた…無理もない。授業や実習で我々も様々な試合を見てきたが、ミセス・チャーチル…イギリス代表の戦い方の一方的な蹂躙と試合後の辛辣極まりないマイクアピールは第3者から聞いても心が折れそうになった。異名どおりの『エクスキューショナー』だ、アレは。
「お、先輩たちが出てきた出てきた。何はともあれまずは試合だ試合!」
「だな…大丈夫だって、セシリアさん。チャーチルさんはそんな人じゃない」
…昨日迎えに行った時の事、後でキチッと聞かせてもらうからな、茨。
『I will love you until my last breath』
£
「…イギリス代表が相手なんて…マジで震えてきやがった…怖いです…」
どういう風の吹き回しですの?ブリュンヒルデ。
私は教師だ。生徒に危険が及ぶとしたら、それを防ぐ義務がある。
「ねえサラ…3年前からミセス・チャーチルがおかしくなったのって…何があったの?」
仕方ありませんわね。貴女に殺されるなら本望…
ジョセスターフはああいう感じだが、愛国心は人一倍だ。逆に楊は政府の重職についているが国民はともかく政府に対する愛など微塵もないだろう。そしてお前は家族に対しての愛が何よりも上の女だ…家よりも、国よりも。
「あの方は、今も昔もお優しい方です!!大丈夫です!絶対後悔はさせません!!」
泣いた赤鬼という童話を知っているか?友人のために自分が悪役になった挙句、八百長がばれないように友人の下を離れるという筋書きだ。嗜虐趣味を装ってオルコットやウェルキンにでも禅譲させる目論見など私が見破るくらいだ、政府も王家も当人達もとっくの昔に気づいているぞ。
…本当に…貴女は女惚れする女性でわね。
「行きましょう。『セイブ・ザ・クィーン』が、無鋒剣を背負う者がどうあるべきなのか、きっと教えてくれるはずです」
私にはもうないんだ。守るべきものは。本当に守りたかったものは、もう無いんだ。
それは違いますわ!『息絶えるまで、汝らを愛す』…大切なものは、例え失われても生きているものの心に残ります!!ロード・オルコット、レディ・オルコットの思い出が、最期の言葉がこの胸の内にあるように!
…違うんだよ。私は手放してしまったんだ。手放してはいけないものを。
≡
『不惜身命、一心精進…蒼虎・崑崙八仙』
『I will love you until my last breath(息絶えるまで、汝らを愛さん)…クルタナ=セイブ・ザ・クィーン』
『alea iacta est(賽は投げられた)…テンペスタⅡ』
『『『ルールはあの跳ねッ返りと同じ、『制限時間まで生き残るか、一撃でも掠めさせたら勝ち』』』
●
『怠けているわけではないのでしょうが、まだまだ甘く、青い』
「…凄ぇ…」
「……何だよ、これ…」
一夏の、そして茨の唇から漏れたその一言が、咳一つ聞こえないアリーナの全ての観客達の思いの代弁であった。
…結論から言おう。10対1で挑まれたミセス・チャーチルは無傷のままだった。遠距離、中距離、近距離に格闘戦と粒ぞろいのはずの先輩達は全機絶対防御を発動し、肩で息をしていない者は誰もいなかった。『ブルー・ティアーズ』によく似てはいるものの、装甲に纏われた場所が多いやや古めかしいIS…『クルタナ=セイブ・ザ・クィーン』にカートリッジで補給をしながらも、慈愛に満ちた微笑を浮かべたまま優しく言葉を続けていた。
『次で御仕舞い…私の息の根を止める位の気概で来て下さいましね、ウェルキン』
「は、はい!ミセス・チャーチル!』
「…いや、強いな…」
「それは勿論です、ミスター!」
「ママはブリュンヒルデにしか負けたことはありません、ミスター!」
…茨が言外に言いたいことはわかった。ミセス・チャーチルは一方的な蹂躙もしなかったし、尊厳を傷つけるような言動も行わなかった。だが、我々よりも鍛錬を積んできた先輩達の完璧とも思える連携をエネルギーライフルとショートブレード、そしてビットのみで切り崩し、必殺の一撃を紙一重でかわしつつ翻弄し、完封していた…そう、まさに正々堂々とした立ち振る舞いで圧倒していた。
「本当にスゲェ…でもさ、あの人を千冬姉は打ち倒した…あの隙だらけのようでいて逃げ場所なんてまるでない攻撃をかいくぐりながら、剣一振りで。どれだけ頑張れば、千冬姉に届くんだろう…」
「ああ。どれだけ強いんだろうな、織斑先生は」
…そして、果たして追い越せるのだろうか、私は…
「蛇足ですがアーサー君、ヴィクトリアちゃん…その、『ブリュンヒルデ』の称号は、ミス・ジョセスターフは持っておりませんわ」
「たしか、辞退したんだよな、ジョセスターフさん…ゴメンな、皆」
「別に一夏が気に病む必要は無いさ。ありゃ小学生がどうこう出来るモノじゃないって!」
な、何だその空気は!?何故そんなに男二人がしょげ返る!?一体本当に何があったんだ、一夏!?この借り、高くつくぞセシリア!
‡
異名、というものが有る。
トーマス・エジソンは数多の発明から『メンロパークの魔術師』『発明王』とよばれ、晩年の訴訟を起こし続けた経緯から『訴訟王』と揶揄された。ジョージ・ハーマン・ルース・ジュニアはその童顔から『ベイブ』と渾名され、モハメド=アリは『ピープルズ=チャンピオン』と呼ばれ、ビッグマウスぶりは『ほら吹きクレイ』と揶揄された。ソレと同じように、綺羅星のごとき各国代表、そして『BIG4』達もまた二つ名を冠することとなる。
第1回『モンドグロッソ』準優勝者、楊麗々は『空鳴拳』と怖れられ、共産党は『白蓮華』と名づけた…が、その強さ、たおやかさから『十三妹』と人民からは親しまれ、
第1回、第2回『モンドグロッソ』第3位、ジェーン・チャーチルは『戴冠宝器』(クラウン・ジュエル)の名を女王陛下直々に拝命されたが、ここ数年のファイトスタイルから『エクスキューショナー』(死刑執行者)と忌まれ、
第2回『モンドグロッソ』優勝者、アリーシャ・ジョセスターフは『ランツェア・イタリアーノ』(イタリアの槍)の名を政府から拝命したが、その得物から『メディシーナ・シュンパティエ』(同情の傷薬)と恐れられている。
…だが、織斑千冬に付けられた異名は、呼ばれる二つ名はただの一つ。
アリーシャが第2回『モンドグロッソ』優勝者となった後も『彼女を打ち倒さない限り、この名に自らは値しない』と拝命を固辞した名。
それこそがブリュンヒルデ。
『鎧われし戦乙女』。
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『…凄いわ、楊委員長…『空鳴拳』は伊達じゃないわ…』
『まさか、コーリングさんと同じようにかわしきった後、全て短勁一撃で片をつけるだなんて』
『BIG4』の皆様の一手指南の前、俺達専用機持ちは織斑先生にこう言われた。
『凰と更識は楊の、デュノアとボーデヴィッヒはジョセスターフの、織斑とオルコットはチャーチルの試合を見学しておけ。猿取は…まあそのちびっ子達の世話を頼まれたんだ、後は分かるな?』
…この鶴の一声で俺達の向かうアリーナは決まった。ああ、俺には小さくガッツポーズを決めたシノさんも、寂しそうな笑みを浮かべながら立ち去りつつも俺宛の個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で呪詛とも怨嗟ともつかない連絡を入れてきた若干2名なんて俺は知らない。まあ、幸か不幸か『淑女協定』に亀裂の入るようなことは起きなかった。それほど一方的で、圧倒的で、それでいて鮮やかな戦いよう、勝ち方を『BIG4』残り3名は示していた…ホント、セシリアさんやブランケットさんが明るくなって本当に良かった。オープンチャネルで聞こえる鈴や簪さんの感嘆の溜息混じりの感想と試合内容、一夏も周りなんて気にならないくらい試合に集中してしまったのはシノさんにしてみれば…
「あの強さ、そして鮮やかさ…どれだけの鍛錬を積めば彼女に届くのだろうな…」
いや、杞憂だった。目の前の一手指南の凄さに息を呑み、釘付けになっているのは皆と同じだった…ホント、10対1で完封とかどれだけの化物なんだろうか。そして恐ろしいことにそれに勝った化物がタイマンで一手指南を行なっている。あっちはどういう風に…
『はい終了。ガイドレーザーもFCSも無イ飛び道具は初めてかナ?当たっただけじゃダメージの来なイ武器は初めてかナ?』
『ケラケラケラ!残リ後2リ!イマダニアネサンハムキズ!!スゴイナー。アコガレチャウナー。ヤッパリめでぃしーな・しゅんぱてぃえモッテナイトだめカー』
…なんだろうか。俺の目が節穴じゃないとしたら、イタリアの第3世代機『テンペスタⅡ』に相対していた『打鉄』はハリセンボンみたいな状態で立ち往生している。『コリブリ』とかいうピンク鳥は放送室で相変わらず言いたい放題の様子だ。何がどうやったらこんな風に…
『アレがメディシーナ・シュンパティエ』(同情の傷薬)だ。刺さっただけではダメージにならない投槍…だが、空気抵抗を生み、機動力が阻害される作りなんだ。それを嫌って引き抜けば小さくないダメージを食らう…恐ろしいことに、一切のFCSの助力無しに高速で動くISに当てられる技量…まさに豪傑だな』
ボーデヴィッヒさん、解説ありがとう。つまりジョセスターフさんも化物ってワケなんですね。さあ、残るはサファイア先輩とケイシー先輩なんだが…遅い。何を手間取ってるんだろう?2りとも専用機持ちのはずなのに…
『申し訳ありません、『ランツェア・イタリアーノ』!ダリル先輩とあたし、一気に挑んでよろしいッスか!』
『いーヨ。但し、コリブリも来て貰うけどネ…恥の一つもかいて貰うかラ、覚悟するよう二』
『ケケラケラケラケケラケラ!メガワラッテマセンゼ、アネサン!ミライアフレルてぃーんずドモ、オサキマックラノあらさーのオソロシサヲオモイシルガイイ!!』
…いや、鳥は押しなべて短命って言うけどさ、あのピンク鳥の死因は絶対に悪口雑言だわな…
ぴろー・とーく(一人失神中)
「いや、腹の中タプタプだわ…しかし、随分とマックを気に入ったみたいだね、山田センセ…んう…」
「んんッ…妬けますか?初めての男(ヒト)なんですよね?猿取君が…」
「な、何でそれを!?…カマカケとか、マジぶっ殺しよ…」
「簡単ですよ。猿取君に触られてるときのほうが体を硬くしてるんです。それに、私としてるときの猿取君を見る目、ホント怖いです…」
「…そういうセンセだってヤローはマックがお初なんだろ?アッ…この手のかき回しよう…ゼッテー玄人裸足だっての…センセの結婚式…ンンンッ…元カノが大挙して押し寄せて血を見るぜ…」
「いいんです。わたしは猿取君に幸せになってもらえれば…」
「センセ、そりゃ違うぞ。幸せになってこそだろうが…センセとは、きっちり話さなきゃな、ソコイラのトコロ…」