さて、ISとはさまざまな側面を持つ機体である。宇宙開発用の特殊スーツとして生まれ、現在では競技用の機体としての立ち位置を占めている、建前上は。
だが、世界各国が大枚をはたき、世の俊英を揃え血道を挙げてISを開発するのは、兵器としての優秀さが群を抜いていたからであった。シールドエネルギーに由来する重量効率を丸っきり無視した防御力は重戦車を軽く凌駕し、パッシブ・イナーシャル・キャンセラー(PIC)によるヘリコプターやジェット戦闘機など比較にならないほどの高速、高精度での運動制御、ハイパーセンサーやコアネットワークに由来した高度な情報収集・制御及び各種ジャミングをものともしない通信能力、バススロット(拡張領域)を使用した豊富な武装による継戦能力、待機状態にして敵地に持ち込める隠密性、それを支えるISコアから生み出される無限にも思われるエネルギー…『白騎士事件』が発生した際、とある軍需製品メーカー重役はこう呟いた。
『実にプレゼンが下手な科学者だな。最初からこう売り出せばいいものを』
また、女性しか乗りこなせない事を憂う宗教関係者、男性至上主義者もいるにはいたが、活躍する女性操縦者の姿に熱狂する大多数の老若男女の歓声にかき消された。各国の代表にはファンクラブが結成され、世界競技会である『モンドグロッソ』のみならず、国同士の親善試合、企業同士の公開試合に人々は熱狂した。
ともあれ、『天災』篠ノ乃束博士により世界各国に供用されたISコアと情報を解析し、初めてISを作り出したのは日本の倉持技研であった。彼らの作り上げた『暮桜』は織斑千冬に預けられ、彼女は第1回『モンドグロッソ』で優勝し、日本に栄光をもたらした…そして、2番目にISを作り上げたのはアメリカ中の企業がその俊英を送り込んで作り上げた合弁企業『アーマメンツ・オブ・アメリカ』(AOA)であった。彼らの作りだした2機のIS『黄金の愛』(ゴールデン・ラブ)『白金の平和』(プラチナム・ピース)は作成後わずか1ヶ月で解体され、操縦者は事故死及び自殺し、コアは2つとも初期化された…と厳かに報告された。アメリカは第1回『モンドグロッソ』に機体の作成が間に合わず参加を見合わせる…とアメリカ政府が発表を行う前に『モンドグロッソ』運営委員会から参加禁止を厳命された。
…だが、それによりアメリカの威信が揺るぐことは微塵も無かった。完成から解体までの僅か1ヶ月の間、2機のISは南米に、中東に、アジアに出没し、宣戦布告と同時に数百万対0の圧倒的キルレシオを叩き出し、戦場を、都市を地獄色に染め上げた。ISの軍事利用の禁止、コアの取引の規制、IS開発情報の徹底的な開示を規定したアラスカ条約は結局のところ、アメリカを対象としたものだというのが締結当時の世界各国の共通認識であり、世界各国は熾烈なIS開発競争を開始することとなる。そして、AOAはその価値を青天井に伸ばし、様々な呼ばれ方をされるようになる。
『アナーキー・オブ・アメリカ』
『アゴニー・オブ・アメリカ』
『アバドン・オブ・アメリカ』
「まだかな先生…にしても…ボロボロだなあ…『アンカー・スチーム』…」
校舎を背にし、織斑先生と山田先生を待ちながらコアネットワークから流れ込んでくる情報を確認し…つい顔をしかめてしまう。
「シールドエネルギーは完全に枯渇、装甲は中破状態、システムのアベレージはイエロー…週末までに修復間に合うかなぁ…」
ISには自己修復機能があり、軽い損傷ならあっという間に治る…と授業で習った。だが、ここまで酷いと週末に間に合うかどうか…
「修復なら安心しろ、AOAの開発チームが明日来るそうだ…どうした?そんなに怯えて」
「い、いやビックリするでしょ!?いきなり後ろから話しかけられて考えていることドンピシャ当てられたら!?」
「待機状態のISを撫でながら肩を落としてブツブツ呟く人間が他になにを考えるんです?晩御飯のメニューとかです?」
慌てて飛び退いた俺をクスクス笑う山田先生…ここまで元気になった以上万々歳だ、うん。
「晩御飯で思い出しましたよ。はい、お弁当です…どうでした残務整理は?」
そう、試験が終わって二時間、体の手入れを終えた俺と山田先生、織斑先生には残務整理という名の事情聴取が他の先生たちにより行われていたのだ。『ド素人で織斑先生の指示通りに戦った』俺はあっさりと解放されたが、『全力で戦ってくれというお願いに答えるべく』レギュレーション違反の追加装備を持ち出した山田先生、『高火力持ちが陣取る閉鎖空間へのダイナミックエントリーを見学者や俺に体験させるべく』エントリー前の攻撃を指示した織斑先生は今の今までかかっていた。もう食堂も売店も閉店の時間である。
「大丈夫ですよ、今の今までかかったのはAOAとの日程調整のためですから。聴取自体は猿取君と同じくらいに終わってます…あ、食堂の松花堂弁当ですか!やっぱり気が利いてますね猿取君は」
「ビールが欲しくなるな…無いのか猿取?」
「売店にも自販機にも有りませんでしたし、俺は未成年ですから。勘弁してくださいよ…」
「まあ冷蔵庫には冷えてるし、無くなったなら外で飲むさ…」
「そうだ!セシリアさんと篠ノ之さんもお食事はまだのはずです!これはお二人に…」
俺が手渡した弁当箱入りのビニール袋を返そうとする山田先生の手を押しとどめると、俺は言葉を返す。
「大丈夫、ちゃんと手は打ってます。」
…よし、笑みは浮かべてないな。
■
「入学以来、最も実りあるひと時でしたわ…篠ノ之さん」
今日は入学初日なんだがな…まあ、お互いに得るものは多かった。後もう1日あればかなり我々には有利になるはずだ。
「こちらこそつき合わせてすまない、オルコットさん…できれば、箒と呼んでくれ。」
ここは寮の1階に設置された娯楽室。私たち2人は遅めの夕食をとっていた。
「こちらこそ、セシリアと呼んでくださいまし…でも、意外でしたわね。まさか織斑君が私たちの食事を用意してくれるなんて」
「…まあ、いい奴だからな」
『箒、オルコットさん、メシまだだろ?買ってきた…あ、お代はいいぜ。茨が千冬姉と山田先生から預かってきたってさ』
『…有難う、わざわざすまない、一夏…』
猿取君と山田先生の実技試験の後、私たちの訓練は正味2時間ほどだった…だが、後片付けや施錠の立会いなどもあり、アリーナから引き上げた頃には食堂も売店も閉まっていた…まあ、お菓子やらカップラーメンの自動販売機は有るには有ったが。
『あら、どうか手心を加えて欲しいという懇願込みですの?」
セシリアの挑発半分の言葉に一夏は真剣な口調で言葉を返した。
『逆だよ。二人とも出し惜しみ抜きで頼む。』
そこで言葉を切ると、射抜くような瞳で、私が恋した瞳でこちらを見つめてきた。
『俺はもっと強くなりたい、ならなきゃいけないんだ。瞬殺されたっていい、手も足も出ずに負けたってかまいやしない、ハンデだ何だで手を抜かれるのだけは何よりごめんだ…茨だってそう思ってるさ』
『了解しましたわ。オルコットの名にかけて…全身全霊でお相手し、完膚なきまでに粉砕しましょう!』
…いや、だから何でセシリアが返事をするんだ…
「でも、おりむーって気が利いてるよね。ずっと見学してた私たちの分まで用意してくれるなんて…あ、このサーモンサンド絶品だよ、かんちゃん」
「代金は…先生持ちよ…それに…私たちは…お相伴に預かってるだけよ…二人の食べる分が…無くなるわ…篠ノ之さん、オルコットさん…自販機で買ったジュースだけど、良かったら、どうぞ…」
「あ、ポテチあるけど食べる?」「もう開けてあるヤツあるからそれ片付いてからで」「ゴメン…これ最後の1枚」「じゃあこっちのモルトビネガー味開けよう」「おい馬鹿やめろ」「だが断る」
…まあ、何だかんだ付き合いのいい子たちが居たお陰で、娯楽室ではちょっとした女子会が開催されていた。一夏から渡されたダンボールに入ったサンドイッチやらおにぎりやらの量を見て『そんな大食らいに見られていたのか!?』と危惧したが、なるほどあれくらい無ければ足りないくらいだ。
「…あ、そうだ!箒さんて、篠ノ之博士の親戚なの?」
鷹月さんの質問にいつの間にか周囲は静まり返り、視線がこちらに向くのを感じる。そう…姉がISを開発して以来、野ノ原さんに預けられるまで浴びてきた好奇の視線…研鑽が足りていなければ、被ってきた迷惑のせいできっと激昂していたろう。
「篠ノ之束は私の姉だ…だが、それで特別何か凄いことができるわけじゃあないし、何か得なことがあったわけじゃあない。逆に色々と迷惑をこうむってる。」
だが、今ならば分かりそうな気がする。もしあのまま姉が身を隠さなかったとしたら、もっと酷い災難が来ていたはずだ。身近に居た一夏に迷惑をかけていたかもしれない、そうだとしたら絶対に嫌だ!
「おねだりしたらIS作ってもらえるんじゃ…」
「核ミサイル以上に危険な代物をホイホイ作るような馬鹿な姉なら、それこそ縁を切るさ」
そうだ、そこまで私の姉は馬鹿じゃあない。自分がしでかしたことでどれだけ家族が迷惑をこうむったのか、知らない人じゃあない。
「そうだ!織斑君て最上階唯一の部屋に居るんでしょ!お礼を兼ねて今からお邪魔しにいこうよ!」「下着取り替えなきゃ!」「ダメよ!猿取君とのハッピータイムを邪魔しちゃ悪いじゃない!」「『俺たちのエデンにイブは要らない』ですねわかります」「因みに猿取君が受け、異論は認めない」「それどこ情報よ!?」「アンタどこ中よ?」
…ああ、ほんと女3人寄れば姦しいな…
■
「…っキシ!お疲れ、一夏…風呂借りるぞ…」
妙な寒気をイヤに感じる。やだなあ、バーちゃんまた妄想してるのか。
「お帰り、茨…俺はもう入ったから、ゆっくり入ってくれ…それにしても良いのか?あんなにメシ買いこんで…あんなに食いきれるのか?」
「ああ、大丈夫。オルコットさんと篠ノ之さんの自主トレの見学者も入れればあれくらい無いと足りないし」
「そっか!…でもさ、良いのかよ本当に。金出したの茨だろ?俺が手渡すんじゃなく…」
残念そうな一夏に首を振ると、俺は言葉を返す。
「俺が渡すんじゃそれこそダメだよ。昨日今日知り合った人間が渡したら下心があるんじゃないか、裏が有るんじゃないかって勘ぐられる。それに、篠ノ之さん経由で皆に渡せれば彼女の株も上がるだろ?」
「…そっか!流石茨だな!」
(それに、お前の株はそれ以上に上がるしな。)
…よし、笑みはばれてはいないな。
※箒さんは一つ所に落ち着いていたため各種パラメーターや侍度がアップしています。おススメで言うところのAyame位。
攻略と防衛
※ダイジェストでお楽しみください
『私と一夏の仲を引き裂こうとはな…随分と命知らずだな、猿取』
(ああ、とうとうバレたのか。それとも、早速バレたのか…)
目隠しで何も見えない、口も猿轡を噛まされて喋れない、腕も足も縛られて動かせない、寝返りすらうてない。分かるのは自分が何も身に着けていないということだけ。
『安心しろ…お前は一夏の友人だ。それに、アメリカや日本との兼ね合いもある。お仕置きが終わったら開放してやろう…お前じゃなくて山田先生がお仕置きを受けるがな…まあ、愛の結晶を作るんだ、文句は無いだろう。それとも去勢されるほうが良いか?』
俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。止めろ、聞きたくない。
『ゴメンなさいね、猿取君…実はね、私…『当たり易くなるお薬』…飲んでるんです…』
そしていつものように包み込んでくる暖かい感覚。
(止めて!先生、どいてください!)
「んん…そんな夢を見ていたわけですか…変態ですね、猿取君は…苦くてホント飲みづらいですね…」
いや、目が覚めたら【ご立派様】に顔を埋めている先生も十分アレなんですが…苦いんなら昨日みたいにティッシュに包んで捨てれば良いんじゃないんかな…
「先生、口止めとかはもう良いんで。俺だったら自分で処理…」
「じゃあ先生に二人の愛し合う姿を見学しろっていうんですか!?ああ…先輩…」
わざとらしく涙ぐむ山田先生。いや、無理にベッドを共にするほうがアレなんじゃ…
「それにですね…猿取君には女心を理解してもらうためにも女性をいかにして【攻略】するか、理解する必要があります!今日の『胃袋つかんで女心ゲットだぜ!作戦』、確かに篠ノ之さんから織斑君への好感度はアップしましたが…それ以上に篠ノ之さんへ周りの女の子たちからの好感度が上昇しています!」
「…それっていけないことなんですか?」
「と、とにかく!自分で宣言した以上ウサ晴らしに付き合ってもらいますからね!どれだけ教頭先生のお小言がねちっこいのか知らないでしょう猿取君!」
…まあ、先生たちが教頭先生をよく思ってない、それはよく分かったよ、うん。
「すぅ…見てください教頭先生。私と織斑先生との結婚式です…すぅ…」
俺には招待状は来ませんように。