俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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みんな 誰かを 愛してる

 

「…何で俺ばかりちやほやするんだよ。茨だって活躍してたのに…」

「違うさ、一夏。みんなお前に恋してるのさ」

 

『淑女協定』の皆を『シャワーで汗流したいから』で引き剥がし、シャワールームで男だけのお話中…なあ一夏、どうしたよ。少なくともシノさんは、セシリアは、鈴もデュノアさんもボーデヴィッヒさんも…いや、いまとなってはIS学園のほとんどの女子はハニトラなんて考えないぞ。

 

「俺は…」

「そんな好意を向けられる相手じゃない、とは言わせないぜ。シノさんも鈴もセシリアさんも、デュノアさんだってボーデヴィッヒさんだってお前に救われたんだ」

「…俺はさ、千冬姉を幸せにしたいんだ。それだけなんだ…もし俺が誰かと付き合ったら千冬姉は幸せにはならない。だから、俺にみんなの思いは受け取れない」

 

そ、そりゃわかる…でもさ、実の姉弟なんだぞ、どうしたってこのルートは悲劇しか待ってないルートなんだ!誰も幸せにならないんだ、そうだろ一夏!

 

「なあ、一夏。別に、その、取り返しのつかないことさえしなきゃ大丈夫だろ。皆だって青春の一ページだって苦笑いしてくれるさ。たからさ、難しく考えすぎないで…」

「分かってるよ、俺が人に言えないことをしてるかぐらい。でもさ、ダメなのかな…どこかの国じゃ、姉弟で許してくれないのかな…」

 

 

嗚呼、山田先生…日暮れて道遠いとはいいまえん…ですが、何とかならないのでしょうか…


見つけて、鍛えて、そして諌めて

前話で歌っていた歌:

 

 

 

イーリス:『駆けろ!スパイダーマン』(東映版スパイダーマン主題歌。何気にメロディーラインはアメリカ版アニメ『Spider-Man Theme』のアレンジ)

 

茨:『Endless Possibility』(『ソニックワールドアドベンチャー』主題歌)

 

ラウラ:『Moon River』(『ティファニーで朝食を』主題歌)

 

 

 

 

 

「…酒が人をダメにするのではない、ダメな人を酒が暴く、か。午前中から酒に溺れるとはアル中ではないか…」

 

「そうかいそうかい?エヘンプイプイ肩肘張らず、実にリラックスして帰って行ったじゃないか…まあ、アレだけ飲んだら三日酔は覚悟しなきゃねしなきゃね」

 

 

 

茨の上映しているヒーロードラマ、カブト男と主人公達の死闘を見ながらも、ベロベロに酔っ払った醜態を晒しながらヘリポートから特別機で帰還したVIP達の顔を脳内から振り払っていた…そして、その原因を作り出した原因が私の近くの席でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

 

 

 

「君たちの真剣勝負、美酒のツマミにはサイコーだったよ!友好関係だ覇権反対だ社交辞令だなんて小難しい理屈、キミたちのカラミが吹き飛ばしてくれた!これはもう各国からスカウトが…」

 

「ジイさん、俺は『白式』預かってるんだぜ。日本が許すはずがないだろ。それに箒は束さんの妹なんだ、ちょっかい出したらどんなことが起きるか…」

 

 

 

思わず抗議の声を上げようとした私の機先を制したのは一夏だった。真剣な表情にゲスジジイも笑みを消し、隣り合った私達に視線を向けると誰に言うでもなくポツリと呟いていた。

 

 

 

「そうだね。普通に考えればそうだよ…でもね、僕から言わせれば大人っていうのは子供が信じてくれるほど賢くないし、先が見通せるものでもない…さあ、残り3話だ!ゴダイさんの活躍を堪能しようじゃないかしようじゃないか!」

 

「了解しました、ドクター!」

 

「日本のヒーロードラマは一味違いますね、ドクター!」

 

 

 

 

 

…そういえば、茨は静かだな。いつもはゲスジジイに噛み付いて来るんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「有難う、お姉ちゃん…」

 

「有難う、簪ちゃん」

 

 

 

完封、その一言がこの試合の全てだった。『夢現』も『春雷』も、苦心惨憺の末に作り上げた『山嵐』も、全て紙一重で見切られ、打ち落とされ、ナノマシンの弾丸に穿たれ、突き伏せられた。『打鉄弐式』の、簪さんの…

 

 

 

《更識さん、安全地帯まですぐに後退してください、このままでは危険です》

 

《猿取君、『メダルカップ』の準備は宜しいですね》

 

 

 

教頭先生と本社社長からの通信が、試合に見入っていた俺の意識を引き戻す。『メダルカップ』はこの間よりは軽いのだが、少しだけ気分は重い。

 

 

 

「は、はい教頭先生!」

 

「了解です、アルブレヒツベルガー社長」

 

 

 

《いい返事だなマック。じゃ、メインイベントと行こうじゃないか》

 

 

 

黒豹女の肝煎りで第2アリーナでの特別試合は開かれることになり、その立会人としてAOAから本社社長が、そしてIS学園からは教頭先生が選ばれた…他の先生方やAOA社員は理事長の鶴の一声で解散と相成ったそうだ。

 

 

 

『簪ちゃんとの試合、立ち会いなさい』

 

 

 

VIPの皆様がお帰りになられた後、最後のヒーロードラマの上映しようとしていた俺に会長からの個人秘匿通信が来たのは驚きだったが、さらに驚いたのはその内容だった…しかし教頭先生はともかく、本社社長が立ち会うなんて責任重大だね、本当。

 

 

 

《一息いれるかカイチョー?…愚問だったか。じゃ、最初は公爵様。次はヤンヤン、大姐御の1分交代のループだ。そっちが諦めるか『メダルカップ』から補給ユニットが切れたら負け、一発でも当たりを決めるかお3人のうち誰かが根負けするか攻撃したらそっちの勝ちだ。んじゃ、あたしはお外で待機してる。ガクセー諸君には適当に説明しておくぜ》

 

 

 

 

 

 

 

会長と簪さんとの試合の立会人、そして会長と『BIG4』との試合の介添え人、それが俺の午後の仕事だった。一夏、そして皆、アルティメットフォームの勇姿を堪能してくれよ。それと黒豹女、テキトーってイイカゲンって意味で使わないでくれよ。

 

 

 

『了解。補給する度に残り補給ユニットの数を言いなさい』

 

 

 

…にしても黒豹女、会長を舐めちゃいないか?あそこまで一方的な試合運びだ、あっさり終わるんじゃ…

 

 

 

 

 

『では、お互い失望しないようにいたしましょうね』

 

 

 

 

 

…ああ、とんでもない思いあがりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイチョーも大人気だな。マックに懸想してるって聞いたからよっぽどだと思ったんだが…別に待たなくたっていいんだぜ、学生諸君はお休みなんだろ?」

 

 

 

「何を仰っているのですか!?会長がミセス・チャーチルと試合をすると言うのに何故黙っていたのです!?」

 

「きたないわね流石メリケン汚い私はこれでメリケン嫌いになったわあまりにも卑怯すぎるでしょう!?」

 

「そうだぜコーリングさん。しかも茨が補給係として付き添ってるんだろ?下手を打ったら会長にどれだけ酷く言われるか分かったもんじゃないぜ」

 

「キミも野暮天だねベビーフェイス!そこをコッテリ慰めてあげるモノだろモノだろ?それにさぁ…カイチョーのことを考えたら集まるってのも考え物だよ」

 

 

 

(なんという事だ…)

 

 

 

閉鎖された第2アリーナ入り口、学生達が黒山の人だかりを作り上げていた。その元凶…コーリングさんは我々に詰め寄られながらも落ち着き払ってたたずんでおり、ゲスジジイは相変わらず下卑た笑みを浮かべながらいけしゃあしゃあと嘯いている…考えてみればアーサー君やビクトリアちゃんがいる時点でチャーチルさんは残っているはずなのだ…どうしたセシリア、デュノアさん?ボーデヴィッヒさん?暗い顔をして…

 

 

 

「そうだね。ゲ…博士の言うとおりだったかもしれない。勢いに任せて来たけど大人しく待ってたほうが良かったかも」

 

「なあ皆、暫定代表と国家代表の違いは分かるか?暫定代表も国家代表も代表候補生の中から国が選ぶ…だが、国の一存で決められることの多い暫定代表に対し、国家代表は必ず試合形式で決めるんだ。コーリングさんの試合も国際規約にのっとったものだ」

 

「…暫定代表の試合には選手両者が希望しなければ公式試合は開かれませんの。そして…」

 

「歯切れが悪いぜレディ、マドモアゼル、フロイライン。公式試合は全てスポーツブック、世界的な賭けの対象になる。そして国家代表は勝とうが負けようが分け前をいただける代わりに負けが込んでくりゃあカミソリレターだキョウハクジョーが山みたいに届くんだ。勿論オヤキョーダイだってターゲットになる。知ってっか?ああみえて公爵様のお子様はもう…アャァァァァ!!?グーは、グーは止めてよイギリス代表!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拳骨ですんでよかったネ。後一秒遅かったら手、突っ込まれてたヨ。流石アイアン・デュークの血は争えないネ」

 

「ケラケラケラ!へるあんどへぶんテヤツデスネ、アネサン!!」

 

「我が敏腕なるスコットランドヤードやMI6の手にかかれば、その様な不埒者等物の数ではございませんわ」

 

「お待たせしました、皆様。湯殿をお借りします…我々ロートルもそろそろ引退の時期でしょうか。会長は、見事勝利しました」

 

「そうですね。ご足労をお願いします、教頭先生」

 

「…はい。皆様の敗北をすすげるように用意させていただきます」

 

 

 

 

 

突如として第2アリーナの閉鎖は解け、拳骨を脳天に食らって悶絶するコーリングさんを尻目に『BIG4』の皆様と教頭先生、アルブレヒツベルガー社長は我々の寮へと向かい…神妙な顔をして後についていこうとしたゲスジジイは社長の渾身のミドルキックに鳩尾を貫かれていた。まったく、若手芸人でもあるまいにそこまで体を張る必要があるのだろうか?

 

 

 

「ゴファッ!?…いいキックじゃないかハイジ!危うくお昼のマリナーラピザがコンニチワする所だったよハイジ!」

 

「にしてもジー様、元気だな…どうやらカイチョーは勝ったみたいじゃないか。拍手で迎えてやりな。あたしも風呂もらってくるわ」

 

 

 

 

 

…その声に釣られるように我々はパラパラと拍手をしだし、しだいにそれは大きなうねりとなっていった。

 

 

 

「ゴメン皆、空けてくれ。医務室に連れて行く」

 

「過労と脱水症状で目を回してるだけだから…大丈夫、お姉ちゃんはちゃんと勝った」

 

 

 

 

 

 

 

…簪さんと茨が肩を担ぐ、失神した会長が現れるまでの話だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…っと!よいしょ!残り199!』

 

 

 

『…』

 

 

 

俺以外誰も、何も、言おうとはしない。ただ、爆音と、ISの機動音のみが第2アリーナを支配していた。

 

 

 

 

 

『…残り150!』

 

 

 

 

 

楊さんは鈴の『双天牙月』に似た、しかしながら反りの無い段平で受け、払い、回避する教科書通りの行動しかしない…

 

 

 

 

 

『残り121!』

 

 

 

 

 

 

 

ジョセスターフさんは反対に、頭が触れる位に近づいたと思いきや意味も無くバク中しながら遠ざかる。あのアホウ鳥も子竜になったかと思いきや一切言葉を喋らず、たゆたうように飛び続けるだけだ。

 

 

 

『75!』

 

 

 

 

 

チャーチルさんはぐるりとビットを配置し、その上無手のまま、ワルツでも踊るように回避し続ける。

 

 

 

『49!!』

 

 

 

何より恐ろしいのは、3人と一匹ともその状態で雨霰と降り注ぐナノマシンの弾丸を、寒気のするようなランスの一閃を…会長の猛攻を一撃たりとも頂いてない。ああ、彼女達は掛け値なしの修羅だ。じっとりとした湿気はきっと俺の冷汗だろう。

 

 

 

『26』

 

 

 

かれこれ90分は戦い続けているはずなのに、会長は疲れる素振りすら見えない。いや、まるで研ぎたての包丁のように技の冴えは鋭さを増していく。

 

 

 

『13』

 

 

 

 

 

…なのに当たらない。掠りもしない。見えているのに、居る筈なのに、幾ら振るおうが、引金を引こうが、楽勝で手に入るはずの勝ち星が入らない。修羅道って言うのがあるとしたらきっと勇者や猛者にこんな徒労を延々と味あわせるのか…

 

 

『7』

 

ん!?おかしいぞ!?何でこんなに…視界がおかしくなるくらいに急に霧が立ち込めるんだ!?真夏の有明でもこんなことは起きないぞ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ALERT!!EXPLOSIVE!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『3…っと!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相棒が…『アンカー・スチーム』が鳴らした警告音に俺は大急ぎで瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び退き、その一瞬後に轟音と爆炎が辺りを包み込んだ。あとで黛先輩と布仏先輩から聞いたのだが、モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)の大技に純情(チステ・セルツァ)というシロモノがあるそうだ。ナノマシン入りの水を霧状にして充満させ、それを一斉に熱に転換する事で対象物を爆破するモノなんだが、その特性上密室じゃないと抜群の効果は得られない…そうか、だから散々攻撃をして水分をばら撒いて、この広いアリーナに霧が立ち込めるような状況に持ち込んだのか!!今はジョセスターフさんの番だ、流石の彼女だって…おかしい、命中のアナウンスが来ないぞ?

 

 

 

 

 

『ケケラケラケラケケラケラ!!ザンネンムネンカキハチネン!!』

 

『柚子の大馬鹿十八年っト。こんな大技かくしてたのカ…負けたヨ、カイチョー。お邪魔してゴメンね、メガネちゃン』

 

「い、いえ…」

 

 

 

!!?…そうか、簪さんのいる安全地帯まで巻き込んだら大変なことになってしまう。どんな大技でもあそこまで引けば防げるはずだ。それはそれとして勝ったんですよ会長、もっと喜んでも…!!?

 

 

 

「会長!会長!!?」

 

 

 

会長は白目を剥いて気を失っていた。ま、まさか意識障害を引き起こすようなとんでもない副作用が…

 

 

 

「一時間半ぶっ続けで戦ったのですよ。疲労困憊脱水症状を起こしたのです」

 

「スポーツドリンクでも飲んでゆっくり休めば元通りです…目覚めのキスでもしますか王子様?」

 

「キスくらいじゃすまないわヨ。そこからシッポリ…」

 

「スイカントカナイワー。マジナイワー…」

 

「な、なに馬鹿なこと言ってるんですか!!茨君、医務室につれて行きましょう!!」

 

「は、はい」

 

 

 

ど、どうしたのよ簪さん!?会長目を回してるんだからそんな引っ張ったら危ないよ、お互いに…

 

 

 

「…そーダ。カイチョーが目覚めたら伝えといて、『マグワートは絶対に料理には使うな、味が台無しになる』」

 

「ケラケラケラ!アカギヤマミサイル!」

 

 

 

 

 

「?…はい、了解しました」

 

 

 

…ああ、本当に俺は何も知らないガキだった。




慰労と、そして休養と

 

「実はここ、天然温泉や。バブルバスに電気風呂もある。ゆるりと浸かって…あきませんか?ホンマ痛そうやで…」

 

「あ、アダダダだダダ…思いっきり筋肉が死んダ…」

「神経が磨り減ります、若い相手は特に」

「痛っつう…本当、若さに任せたすごいタフネスですね、生徒会長…」

「そりゃあ大姐御達が…タイムタイムタイム!あたしだってキチンと休憩入れてたぜ!変に見栄を張るからだって!…で、ガチなのかよプレジデント?」

「ええ、熱めのお湯が氷水になるくらいぞっとするわよ」

 

 

 

「あのIS、『マグワート』を仕込んでいる…昨日の逃走劇で、ナノマシンの組成で分かったわ。しかも最悪なことに、彼女もそれを重々承知している」

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