俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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なかぬほたるがみをこがす

 

 

「茨…いい本だな…コレ…」

「お、おう…気にいってくれれば何よりさ…」

 

電話口の弾はガチ泣きしていた…そっか、この物語の切なさが分かるのか、弾。

 

「なあ、この本おススメしてくれたとき教えてくれたよな?これは遺言だって…あれ、本当なのか?こんなにいい本が…」

「あくまでも一説、だよ。3本のバオバブの木、てのは枢軸国の事だ、バラってのはフランスの事だ、なんていわれるけどさ…残された物語から何を汲み取るのかは俺達次第だよ。ひたすらに愛することの素晴らしさを、愛することの切なさを弾が感じたのならそれが正解だよ」

 

 

 

…ああ、そうだよ。ひたすらに誰かを愛してくれ。

俺は、愛する人を見送る事しか出来ないんだから。


明日は晴れのちドゥームズデイ

有難うございました。テキストのおかげで生徒達に効果的な教育が行なえております。

 

ええ、過去の候補生達は凰学生以外は、もう…

 

勿論です。彼ら親子2人は、先日銃殺刑に処されました。

 

…この事は、凰学生には内密に…ええ。

 

 

 

「委員長!どうなされたのですか!?」

 

「大丈夫ですよ。さ、今日のカリキュラムの進み具合を報告お願いします。我々の進捗如何で共和国のIS事情が変るのですよ」

 

 

 

 

「良い天気だね」

 

「そうだねそうだねトレイニー!クリームソーダがこんなに美味いなんて思わなかっただろトレイニー!」

 

「まあね」

 

 

 

ここは神奈川三浦半島。照りつける太陽、心地よい潮風。クラスのみんなはビーチバレーに興じたり、海に向かったりと様々だ…ビーチサイドのブルーシートで時間つぶしなんてせず、俺も海にいくべきなんだろう、健全な学生なら。いつもなら吐き出しかねないくらい甘ったるいクリームソーダも、なぜかすいすい入っていく。

 

 

 

「そしてよりどりミドリアカキイロのピチピチギャル!実に羨ましいねトレイニー!誰がお好みなんだいトレイニー!ボクだけにこっそり教えてくれよトレイニー!」

 

「誰だっていいだろ…ていうかさ、何でゲスジジイがここに居るんだよ!?明後日までは臨海学校だって…」

 

 

 

…まあ、ゲスジジイが居る以上叶わぬ夢なんだろうけどさ。息巻いた俺の頭上を沢山の黒い影が通り過ぎ、4月の時と同じように海岸近くの空き地に『ジョブ&ホビー』が組みあがっていった…ああ、やっぱりゲスジジイが居るならみんな来るんだ。ていうか何処から沸いてきたんだゲスジジイ。みんなの荷物をブルーシートに置いたあたりで現れたよなゲスジジイ。赤地に椰子の木がプリントされたアロハとか何処で買って来たゲスジジイ。何で俺とおそろいのハーフのカーゴパンツなんだゲスジジイ。

 

 

 

「IS学園における倉持技研以外の開発チーム、及びデュノア社の修理の外注(アウトソーシング)の契約上、今回の臨海学校も我々AOAが取り仕切る事になるのは確定的に明らかです。ご存知ですか?今回はパッケージ(換装装備)の評価試験もかねているのですよ?…少しは機敏になったようですね」

 

「まあ、何となくそういうことしそうだったし」

 

 

 

そう、今回の臨海学校のメインイベントはパッケージ(換装装備)のテストだ。全てのISはこの「パッケージ」と呼ばれる換装装備を持っている。パッケージとは単純な武器だけではなく、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式を指し、その種類は豊富で多岐にわたる…そうだ。だが、悲しいかな実戦でもなければほとんどのパッケージ(追加装備)はレギュレーション違反で使用不能なのが実情だ。だからこそ、こういうイベントにかこつけて即席の実戦用フィールドを作り上げ、戦争でもない限り使えないような装備の評価試験をするそうなのだ…にしても、相変わらずの悪戯者だ、ピクシーは。俺の首筋に押し付けようとした缶コーラをかわすと、俺は受け取ったそれを片手にもう一人の留守番担当者へと近づいていった…それにしても星条旗柄のサマードレスなんて何処で買ったんだろうか?

 

 

 

「どうしたよ、シノさん。お腹でも壊した?」

 

 

 

 

 

 

「どうしたよ、シノさん。お腹でも壊した?」

 

 

 

軽口をたたきながら手渡してきたコーラを一口すすると、私は茨に目を向け言葉を交わしていた…、茨になら教えておいたほうが良い、そう思えた。

 

 

 

「『明日行く、誕生日プレゼント持って』ってメールがバスの中で来た…姉さんから」

 

「そっか。有名人の家族が居ると大変だよな。一夏もああ見えて結構苦労していたし…」

 

「なんとも思わないのか、茨!?姉さんだぞ!『天災』篠ノ之束だぞ!どれだけの混乱が…」

 

 

 

そういい募ろうとした私を目で制すると茨はクリームソーダを飲み干し言葉を続けていく。

 

 

 

「ニュースとか雑誌とかで見てれば、記者をシカトするとか日常茶飯事だってのは分かるよ。だからどれだけ周りが動揺するかっていうのもさ。シノさんたちが6年前に引越ししてからメディアに出ることすらなくなってるんだろ?色んな国やら会社が接触を試みてるらしいけど未だに成功していない、そうなんだろゲスジジイ?」

 

「そうだねそうだね。僕達AOAもハリガミとか牛乳の紙パックに尋ね人として載せてるんだけどなかなかつかまらないんだよトレイニー。何がいけないんだろうねトレイニー?」

 

「支社長の妄言はともかく、宜しいのですか篠ノ之さん?我々部外者に重大事を漏らしても…おそらく誕生日プレゼントとはISでしょうに」

 

「ええー、そりゃないだろピクシー!こういうのは大体期待外れに終わるものなのさピクシー!プリキュアの変身コンパクト期待してたらシーハルクのコスプレセットだったことまだ根に持ってるのかいピクシー!」

 

 

 

「…たしかに、その危険性は想像が付きます。私としては…」

 

 

 

相変わらずのゲスジジイを尻目に、ピクシーさんは冷静な表情を崩さずチェリーコーラを一口あおると言葉を続けていく。

 

 

 

「『姉の七光り』、貴女が心配してるのはそこでしょう?ですが…貴女はタッグマッチトーナメントで見事決勝まで進み栄光を手にした。量産型の打鉄で…コレを考えればやっかむ人間はおりませんよ」

 

「だよな。しかも相方は俺だぜ?その状態でデュノアさんや簪さんを下せたんだ、胸を張ろうぜ。それに一機ISが増えたらローテがさらに楽になるからみんなも喜ぶし」

 

「そうかそうかトレイニーはサムライ・ガールみたいなデッカイオッパイが大好きなんだね大好きなんだね!これはもう告白と見て良いんだねトレイニー…っと!危ないじゃないかピクシー!何処からバットなんて持ってきたんだいピクシー!ボクの頭はスイカじゃないよピクシー!」

 

「スイカはキチンと冷えたものをクーラーボックスに準備しています。篠ノ之さん、茨、そろそろビーチに向かわないとあらぬ疑いをかけられますよ。荷物でしたら私にお任せ下さい」

 

「まあ、財布とか貴重品は置いてきたから…行こうかシノさん。俺はちっとサーフィンにでもトライしてみる。一夏も期待してると思うぜ、シノさんの水着姿」

 

 

 

 

 

そ、そうだな。折角一夏が水着を選んでくれたんだ。お披露目しないのでは一夏に悪い!

 

 

 

「あ、ああ。私もいこう」

 

 

 

 

 

 

「う、うあああ…やっぱり茨はグラマーな女がお好みなのれす…せめて、せめてイーリみたいなボディだったら…ていうかなんでイーリはアレだけ鍛えてるのにキチンと女らしい体つきなんれすか!?グランマはグランパより身長が高くて女性らしい体つきだったし、ママもそうだったのに…人生は不公平れす…」

 

 

 

「僕の遺伝子が影響したんだろう、本当にすまない…それにしても、明日は荒れる。『ジョブ&ホビー』に詰めている皆…各国開発チームにも相当の注意を払うようにと伝えておく…ああ、それと『プロヴィデンス』も準備しておいたよ」

 

 

 

「!?そ、そこまでやらなきゃいけないんれすか!?」

 

 

 

 

 

「ああ。そこまでしなければ行けない、そうしなければ敗北は、破滅は必至だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、中華メインか…こういう温泉では結構珍しいな」

 

「何処の国でも中華のレストランはございますしIS学園で出すとしたらベターな選択ですわ、一夏さん」

 

「ボクもお箸の習い方習ったのは中華だった。中華料理に外れは無かったよ、鈴」

 

「お膝元のほうがどうしようもないお店が多いわね。故郷を離れるからこそ手は抜けないのよ」

 

 

 

いや、俺としては中華の大きなテーブルがありがたい。もし普通の6人がけテーブルだったとしたら誰とは言わないが大枚叩いて一夏の隣をキープしかねない。一夏の居るテーブルは『淑女協定』と織斑先生と山田先生とのほほんさん、俺のテーブルは生徒会1年生組に簪さんとハミルトンさんに谷本さん、相川さんだ。

 

 

 

 

 

「お造りや天麩羅やステーキ、寿司やお蕎麦といったほかのお料理。デザートは中央のオープンキッチンやビュッフェスタイルでいただけるようにしてあります。学生の皆様どうぞ御緩りと…」

 

 

 

ホテルの大広間、大きな中華テーブルが据えられて全学生が、そして先生達は夕飯の時間だ…柔和な笑みを浮かべながら去っていった女将さんの言葉に続くようにブリュンヒルデ…織斑先生が言葉を紡いでいく。アツアツのエビチリや火鍋、チンジャオロースーには悪いが、もうちょっとだけ辛抱してくれ。

 

 

 

「食べる前に聞いてくれ。明日は実際に訓練形式の試験を行なうが…ゲストとして篠ノ之箒の姉、束が顔を出すそうだ」

 

 

 

あの後、織斑先生に、山田先生に、『淑女協定』の皆に…そして一夏に相談するように俺は勧めた。シノさん1りで抱えるには重過ぎるネタだ。そしてぜいいんが食事の時にでも話すべきだ、と答えていた…さあ、皆どう出るか…

 

 

 

 

 

「本当!?本当に束様まで来ていただけるの!?」

 

「神よ…運命に感謝します…」

 

「ど、どうしよう!?束様ってノーマルなの!?それともそっち系!?後者だとしたら嗜好を詳しく!!」

 

「何言ってるのよ!束様が異常性愛者のはずが無いわ!」

 

「分かってるわね猿取君!?色目を使うなんてノーカンだから!」

 

 

 

「お前達、メシが冷めるぞ。さっさと食って明日に備えろ」

 

 

 

…ああ、どうやら杞憂だったしい。織斑先生の一言で生徒のみんなはヒートアップしていた…いや、4月くらいに織斑先生に熱狂していた時よりも有る意味怖いぞ皆。織斑先生の教師としての威容を知って以来メロメロになることは稀に良く有るくらいだったが…

 

 

 

「猿取君、頭がヒットしてるって思ったでしょ。あたしたちムスリムの女にとってはさ、束様は救いの女神よ」

 

「だよね。正直、フランスまで行って大学に通ったうちの姉さんや叔母さんがどこかのお金持ちの何番目かのお嫁さんになっても政府や銀行で勤められるのも束様のお陰ね」

 

 

 

ナディアさんはにっこり笑いながらテーブルの皆にお茶を回していた…そっか、そうだよな。俺達日本人にとってはそんなに世界は変わらなかったけど…

 

 

 

「あ、そういう同情する視線はサベツよ猿取君。そもそもあたしたちの国、フジャイラはさ…ISがこの世に生まれたお陰でUAEの訓練施設が出来て、中東の留学生が来てくれるお陰で活気が出たのよ。宗主国であるアブダビ、観光でガッポガッポのドバイの鼻息うかがいながら生きてきたのよ、ISが出来るまでのフジャイラは」

 

「ジブチもデュノア社がでっかい開発施設作ってくれたお陰で国の借金がだいぶ減ったわ…ていうか、まさか同じ施設で机を並べて勉強した『ソレイユさん』が男として転入してきた時は本国に確認の電話しようかどうか真剣に悩んだわ」

 

 

 

 

 

同じムスリムでジブチ出身のホリヤさんはテーブルの皆にチャーハンをよそいながら悪戯っぽい笑みを隣のテーブルのデュノアさんに向けていた…な、なんつー…下手したら、デュノアさんは…

 

 

 

「安心して。確かにビックリしたけど『デュノア』の姓を名乗ってるって事はかなり大変なことがあるってわかってたから、国に売るような真似は命取りだってあたしたちだって分かる。日本語が全然分からなくてアップアップだった私に懇切丁寧に教えてくれた恩人を売る真似は出来ないわ」

 

「有難う、ホリヤさん…」

 

 

 

だよな。ISはお人よしが好きなんだ。人でなしの真似をするようなヤツが代表候補生なんてなれるわけが…

 

 

 

「だ・か・ら、勿論1組代表補佐心得見習の座、デュノアさんに譲ってくれるわよね?」

 

「だよねえ。猿取君は雑用係として生徒会に骨を埋めるんだし」

 

 

 

な、何だよそれ。骨を埋めるって最長でも卒業までじゃないか。ま、まあいつの間にか付けられた称号だ。別に惜しくはないさ…そうだ、おまけもつけるか。

 

 

 

「あ、ついでに報告なんですが…生徒会多忙に付き、私、猿取茨は1年1組代表補佐心得見習を辞したいと思います。後任としてはシャルロット・デュノアさんを推薦し、1組代表補佐心得見習助手としてラウラ・ボーデヴィッヒさんを推薦します。よろしいでしょうか」

 

 

 

…えっ?何その刺すような視線?何で殺気混じりなの?ねえどうしてだよ『淑女協定』の皆!?

 

 

 

『やはりロリコンだった…』

 

『しかも一夏さんにふいだましてタゲを移すとか…』

 

『きっとスマホの中にはいずれ劣らぬロリ画像がギッシリと…』

 

『汚いわね流石ロリコンきたないわたしはこれでロリコン嫌いになったわあまりにもきたなすぐるでしょう!?』

「…よろしく頼む、一夏」

「お、おお」

 

ほら、ボーデヴィッヒさんが距離詰めてるぞ!?みんな本当にそれでいいのか!?

 

 

 

 

 

 

「おまえたち、いい加減にしろ。まずは食事と睡眠を十分にとり、明日に備えるんだ…忙しくなるからな」

 

「わ、分かったよ千冬姉!」

 

 

 

 

 

…ああ、そうだった。本当に、これ以上ないくらい忙しかったよ。




バスでのはなし バカばなし

 

「怖い話ねえ…事故物件ってのは直近が問題になるから、管理人が1日住めば事故物件じゃなくなる、とか?」

 

だからさ、そんな怖い顔で睨まないでくれよ、皆。しらけさせたのは悪かったからさ…分かったよ、とっときの話だ。

 

「…中学校に入学する前かな、兎みたいな幽霊を見たことあるんだ。ジーちゃんとバーちゃんが買い物に行って、俺は留守番してたんだ。テレビ見てたらチャイムがなったのよ。誰かなと思って覗き窓見たらさ…真っ白いウサギの耳の生えたボンヤリした影が見えたんだ。そしたら、気が遠くなって…次に目が覚めたのはジーちゃんたちがお父さん達と駅で落ち合って連れ立って帰ってきたときだった…」

 

「それだけ?」

「それだけ。オチも何もないよ」





「どうして、あの時のお礼を茨に渡したの?一郎さん」
「そりゃあ、オジサンの僕よりも茨のほうが相応しいからさ、すみれちゃん」

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