本当に来年やるんですかね、オリンピック。
人工降雪機で雪降らして冷やすってアレ、どこかで見たような気がするとおもったらフクシマの水漏れをドライアイスで凍らせようとしていたアレですわ。
誰か言えばいいのにね、素直に秋にやりましょうって。
そこにはトラックの轍に頭を突っ込んだ、後頭部に大穴の開いた少女がいたわけでもない。石を積む子供達がいたわけでもない。まして薄気味の悪い老人や赤毛のサボり癖のある少女が船頭を勤める渡し舟が有ったわけでもない。
「寝て無くていいの?寝てれば全て終わるのに」
そこは向こう岸が見えないほどの長さの真っ赤な大河のほとり、見渡す限り真っ白な玉砂利が敷き詰められた河原。空は一雨降りそうなほど厚い雲に覆われ、ジメジメとした空気が包む…そんな河原に、俺は縫い付けられていた。
「…こんな状況で寝てられるかよ…ていうか、この刀、抜いてくれよ…滅茶苦茶痛い…」
そう、ISスーツ姿の俺は、胸を『赤椿』に突き刺されたまま、指一本動かせない状態でこの河原に大の字に縫い付けられていた。ちょうど心臓の辺りを刃が貫通している…その割には、血が全然出ていない。死んだんだな、俺。よりにもよって猫の餌やりが最後の言葉だったなんてどうなんだ俺。ていうかホントに痛いぞ、死んだら楽になるって嘘なんだな。Med-Xでもありったけ服用してれば良かったんだろうか。
「…気付いてないんだ。ていうかさ、こんなに可愛らしいあたしは一体誰なのか、キョーミ無いの?」
…全身を彩る白一色のロココ調のドレス、そしてストロベリー・ブロンドの癖のないロングヘアーを飾るのはプラチナのティアラ。女性らしい丸みを帯びているものの、弛みをまったく感じさせない顔立ちに満月を思わせるような琥珀色の丸い瞳、柳のような細い眉、そして薄い唇に引かれたのは真紅のルージュ。何処に出しても恥ずかしくない令嬢だっただろう…灰色の肌と、そしてねじ切られたかのように無残な断面で首と胴体が生き別れになって居なかったとしたら。
「人間じゃないのは確かだろ…一体、俺に、何の用事だ…」
首は薄気味の悪いニヤケ面で俺の目の前でフヨフヨ浮きながらじっと見つめ、胴体は物色するかのように腕組みしながら俺の周囲をウロウロ周回している。ちょうど俺の足元で薄気味の悪いデュラハンは足を止め、生首はその笑みを更に深くしながら俺の耳元でささやいた。
「生き返りたくない?ただ、あいつらは諦めてもらうけど」
●
「何て、コトだ…」
荒々しい波が真っ黒に煤けた岩礁を洗い、ついさっきまで行なわれていた戦闘…いや、一方的な虐殺劇の痕跡を洗おうと無駄な努力を続けている。
「何してるのよ…箒…さっさと…逃げなさい…」
…ああ、まさに一方的だった。『アンカー・スチーム』を百舌のハヤニエの様に岩礁に縫い付けると、刀一本で赤椿は我々を一刀の下に切り伏せていった。セシリアも、鈴も、シャルもラウラもそのISは絶対防御を発動させ、その体を岩礁に横たえていた。
「逃げて…こんなの、どうしようも無い…」
岩礁の中心には、仰向けのまま縫い付けられた茨が、『アンカー・スチーム』を纏ったままその屍を横たえ、その周りには私を除いた『淑女協定』の面々は呻きながらその体を横たえており、まるで聖者の殉教とそれを嘆く信者の宗教画のようだった。そしてその惨状を背に、未だ無傷の私と、私の写し身…『赤椿』は相対している。ブレードを、ライフルを握り締めた腕は、恐ろしくて動かすことが出来ないままだった。
「構いません、箒さん…貴女が、何もかも、背負う必要は有りません…」
そして、一夏は…茨の次に標的となった。独立スラスターを断ち切られ、海に放り込まれていた。ハイパーセンサーといってもなんと不出来なのだろう、何処にいるかも分からないなんて…ああ、完敗だ。恐怖で歯の根が合わない、竦む足が、震える腕が恨めしい。その醜態を十分に拝んだであろう『赤椿』はうっそりと笑みを浮かべると…あろうことかISを降り、にこやかな笑みをたたえたまま此方にゆっくりと近づいてくる。
【ああ、脆い…弱い…羨ましいか?この力、欲しければくれてやる】
そして、その口から紡がれた言葉は、まるで砂糖菓子のように甘かった。
‡
その部屋に据えられていたモニターには、ただ。こう示されていた。
『Anchor・Steam:Dying』
「嘘れす!こんなの嘘れす!!茨が死ぬわけないれす!!」
『ジョブ&ホビー』オペレートルーム。つい2分前までキーボードを叩き続ける音と戦況を告げる電子音で満ち溢れていた喧騒の巷は、葬儀場を思わせる沈黙に支配されていた。
『暮桜を解凍してきます』
硬い表情のまま足早に部屋を退出した『ブリュンヒルデ』…織斑千冬。その言葉が引金になったかのように、茨のカウンセラーの女性…『ピクシー』は、喉も裂けんばかりの叫びを上げていた。
「あたし、あたし…好きだって言えなかった! キスだってしたかったのに!嘘れす!絶対嘘れす!きっとこれは夢d…ッツ!」
パァンと、乾いた音が響く。軽くピクシーの頬を張った1年1組副担任…山田真耶は、ピクシーと同じくらい涙に濡れた瞳を真っ赤に染めながら、嗚咽を漏らしていた。
「貴女は、カウンセラーでしょう。猿取君がそんな…」
「何れすか!?何なんれすか!?貴女は茨を…」
そういい募ろうとしたピクシー…だが、その言葉を遮ったのは恋の鞘当てとは無関係の男の声だった。
「…おかしい。何故Dying(仮死)なんだ…普通、死んだらDead(死亡)と表示されるはず…それに、出血量が少な過ぎる…」
屈強な黒人男性…パイルはスキンヘッドの額を押さえながら、うめき声を上げた。それに続くかのように、神経質そうな白人男性…ピピンは、髪の毛をかきむしりながら怯えたような声を上げた。
「機体が…人工心肺の機能を担ってるんよ…ああ、血液の固化も…酸欠状態も起こさないようにして…ナノマシンが…過剰投与されてるんよ…あの時の…エルサレムの時と、まったく同じ反応なんよ…あ、ああ…コレ…痛覚を一時的に肩代わりして…ショック死を防いでたんよ…」
「『そして、それから、何もない』の時、現場にいたのはこの中じゃあ俺とピピンだけか。知ってたか?『最後のインディアンボーイ』は発動させたのはスタッフじゃない、アイツだ。『白金』が何度もキャンセルして…業を煮やして自力で首を捻じ切ったんだ。10年前といい、今回といい、深情けの悪女(ワル)だよ、悲しくなるくらいに」
悪夢を振り払うかのように苦々しそうに吐き捨てた赤毛の樽のような体型の男…ペレット。AOA社員達が、各国開発チームが…その場に居合わせる全ての人々に浮かんだ戸惑いと怯えを睥睨した老人…AOA日本支社長アルフレッド・オーウェル・アークライトは、凄絶な笑みを浮かべると事も無げに嘯いた。
「さあ諸君、神の子は3日たって復活したそうだが…彼は五分経たずに蘇るらしい。宴の準備を始めるんだ、そのまえに全力全開で彼をサポートしようじゃないか」
「な、何が…何がいったい始まるんだニャ!?一体何なんだニャ!!?」
怯えた声を上げたペッパー…倉持技研第1研究所スタッフ、芥子田寧子。その恐怖を沈めようとピピンは掠れた声を絞り上げた。
「第二形態移行(セカンドシフト)なんよ…でも、もう目覚めるなんて…おかしいんよ…」
⊿
IS学園生徒会長更識楯無を抱えた打鉄弐式は、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、そしてファング・クエイクは入道雲の下、青空を切り裂きながら彼女達はひたすらに空を駆けていた。何も知らない者たちならば命惜しさに逃げ出した、などと嘲笑する所であろう。
「お目覚めですかプリンセス?…動かないほうが良いですよ。死んでないほうがおかしい位の衝撃や熱の発生源だったんですから…しかし、放射線も降下物も出て来ないなんて実にクリーン…」
「そんな話をしたいわけじゃないでしょ。クレムリンには通報した…1時間以内に私以外で出せるのは二人」
「望外だな。ウチで1時間でかき集められるのは台湾、フィリピン、ハワイから1名づつ…大統領にお願いして、露払いじゃないがグァム、サイパン、ハワイ、沖縄、横須賀、厚木から出せる兵隊は全部出して、皆死んでもらう。全部終わったらグァム観光でもどうだ?まあ、更地になってるだろうけどな」
…彼女達4人の心を満たしているのは復仇だった。血が滲むほど唇をかみ締めていた更識簪は、潤んだ瞳を楯無へと向け、言葉を紡ぐ。
「お姉ちゃん、私のISもレギュレーション変更する。茨君を殺したあいつを…!!?何、アレ…」
「アレよ。アレは人間じゃないわ。殺すんじゃない、壊すのよ…っ!?何よアレ!?」
簪は、楯無は、まるで熱に浮かされたような、それでいて甘さなど微塵も無い視線を背後へと向け…そして大きく見開かれていた。その怯えと驚愕の入り混じったその表情…そして水平線の彼方から立ち上った光の柱へチラリと視線を向けたイーリス=コーリングは、ことさらに明るく声を張り上げ…心底怯えた心をことさらに奮わせていた。
「…あーあ、とりあえず今回の予定は全部キャンセルだ。お互いの大統領には額で瓦割れるくらい土下座してワビ入れとこうぜ」
「アレ…何なの…お姉ちゃん…ハイパーセンサーに…一杯警告表示が出てる…」
「第二形態移行(セカンドシフト)よ。ログナーの時も…あんな感じだった…」
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「断る…っつ!?」
長広舌を振るおうとしていたデュラハンは、随分と不満そうだった。フヨフヨと浮く首が突き刺さった刀の上に陣取り、続きを話せ、といわんばかりの視線を向けてくる。お願いだからどいて頂けないでしょうか。ジワジワ痛いんですが。
「俺はさ、IS学園じゃ下から数えたほうが早いくらいの成績だ。それでもさ、一夏も、セシリアも、鈴も、シャルも、ラウラも、簪さんも、会長も…ダダダ、ああ、一番最初の先生だった黒豹女やナタルさんだって見捨てなかった。分かる?誰かを裏切るのはさ、まず信じてくれた誰かが信じた俺を、俺自身が裏切ることなんだ…イタタッ!?」
ボディが、俺の体に突き刺さった刀の柄をがっちりと掴む。俺の目の前まで飛んできた生首は、俺の視線を見据えながらつまらなさそうに言葉を紡いでいく。
「ハッ、じゃあもう二度と山田先生と会えなくて良いんだ?あんなにオッパイチュウチュウ吸って、子種ぶちまけた女見捨てるんだ?アレか?8つも年上のババアなんざどうでも良いってか?」
「そんな事無い!もう会えないのは悲しいよ、苦しいよ…でもさ、先生は、俺に粘着されたって幸せになれない!一夏が死んだら、織斑先生が悲しむ!そしたら、山田先生は、もう笑ってくれなくなるんだよ!!頼むよ!!俺のことなんてどうでもいい!一夏たちを、皆を、助けてくれよ!!」
「…綺麗事しか言えないのかよ、お前は」
「誰だって綺麗なほうが良いだろ、ゴダイさんの受け売りだけどさ」
タメイキ一つついた生首は、いつの間にか涙を零していた俺に哀れみの滲んだ笑みを浮かべ…
「っと!…ンー、綺麗に抜けた…ココはお前が考えているような死後の世界じゃあない。朽ち果てた私の心の最後の一欠片(Platinum= Piece)。どんな気分よ」
一気に俺に突き刺さっていた刀を引き抜いた。血は一滴も流れることは無く、傷口すらない。痛みから解放された俺が傷口だった部分を押さえながら安堵のため息を漏らすと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたまま首は胴体へちょこんと着地した。
「ありがと…じゃない!!早く一夏達を助けてくれよ!あいつマジで強かったし容赦ないし…」
「アレだ。アレは命じゃない。そして助けるのは私じゃない、おまえだ」
まるでワタアメがお湯に溶けるみたいに、俺の回りの世界はグズグズと溶け出していく、玉砂利の河原も、血の大河も、やっと雲が途切れて満月が顔を出した空もどんどん消えて行き、どんどんと白い光に包まれていく…デュラハンもまるで水彩絵の具の筆をバケツに突っ込んだみたいにどんどんと掠れ、消えていってしまう。
「おまえに渡せるのはこいつだけ、『臆病な盾』。自分の行いに恐れて、怯えて、だけど周りが気になって逃げ出すことも出来ずに突っ込んでいくお前にお似合いの装備だろ?…そして、ステキなことにこいつは自分自身を強くしてくれるんじゃない、むしろ逆だ。彫像みたいに動けなくなって、用法用量を間違えれば、そこでおまえは破滅一定さ…ただ、恐れることは無い」
デュラハンの体は完全に消えうせ、残った頭もどんどんとぼやけていってしまう…反対に、俺の体には相棒が…『アンカー・スチーム』が、どんどんと展開していき、呆気にとられた俺の腕の中には、「『プリズム』が…虹色の盾が納まっていた。
「その力は、隣に誰かが、後ろに誰かが…守る誰かがいる限り、おまえを守ってくれるはずだ」
わかったよ、有難うな、相棒。
土塊の顛末
「なあ、ゲスジジイ。あの木偶…結局なんだったんだ?学園で調査するって言ってたけど続報は全然入ってきてないし…」
「ああ、アレかい!あのコアは結局各国に開発のオファーを出した!そろそろ候補の国が出る頃さ!まあ、ココだけの話倉持の1研が本命っぽいけどねポイけどね!」
図書館からの帰り、ベンチでボンヤリしていた俺に絡んできたゲスジジイ…ホント、思いつきで聞くものじゃあないな。奢ってもらった身でこんなことを言うのは申し訳ないが、缶コーヒーの苦さが一気に増した気がする。
「そうだ、ISの無人機って出来ると思うかいおもうかい?」
「無理だろ。ISはお人よしが好きだって前にイーリさんから聞いた。人でなしに関わるほど暇じゃあないだろ」
ああ、なんて俺は馬鹿だったんだろう。
『木偶』は何なのか、ゲスジジイは教えてくれていたことに気付かないなんて。