俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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最近のあれこれ。

 

Q:なんであの人は明らかに不利になる逃亡をしたんでしょうか?

A:現地の状況がわからない状況でアジテーターに煽られて、ありえない妄想にとらわれたから。

与太の中で一番腑に落ちたのはこれでした。

 

 

 

 

何度負けたってかまわない、絶対に逃げるな。


あるいはそれは、いつ爆ぜるやも判らぬ爆雷

「よう、ずいぶんとご機嫌だなサムライ・ガール」

 

 

 

嘔吐(えづ)く茨たち、そして機体はボロボロになりながらも無事だった会長たち4名を収容してホテルまで私は『エアヘッド』を操縦し、戻ったのが約1時間前…私は、ただ、宛がわれたホテルの一室でむせび泣くことにすら疲れ果て、ベッドに倒れ伏し…そこへやってきたのは同じくISスーツをまとったままのコーリングさんだった。

 

 

 

「権利と自由を行使したんだ、あとは義務と責任を負ってもらわないとな…さっさと脱げ」

 

 

 

彼女は、笑みも、怒りも、何もその整った顔には浮かべてはいなかった…ああ、この一件でアメリカは大きな痛手を受けた。その鬱屈した心を晴らしたくもなるだろう。

 

 

 

「はい」

 

 

 

…ああ、死ぬのはこの後だ。どんな目に合おうが、せめて…

 

 

 

「タオルを巻け。義務と責任を晴らす場所まで素っ裸じゃあ世間体が悪い」

 

 

 

…そうか。一夏のために守り続けていた純潔は、こんな所で消えるのか。目をつぶり、震えを抑えながらもバスタオルを巻いた私を彼女は絨毯でも運ぶかのように肩に担いだ。いいだろう、死ぬのはそのあ…湯気?…って!?

 

 

 

「のぁぁぁぁ!?」

 

 

 

「ダイナミックなエントリーですわね、箒さん」

 

「顔が汚れてるわよ、拭いなさいよ箒」

 

「タオルを巻いて入るのもかけ湯をしないのはマナー違反だよ箒」

 

「というか、何で放り投げる必要があるんですかコーリングさん」

 

 

 

 

 

!?…昨日入ったのと同じ温泉に放り込まれ、慌てて顔を上げるとそこにはセシリアが、鈴が、シャルが、ラウラが…いつもの面々が、変わらぬ姿で…いや、一糸まとわぬ姿で湯船に漬かっている。コーリングさんといえば不敵な笑みを浮かべながら脱衣所へと退いていった。

 

 

 

「み、みんなすまな…」

 

 

 

「済まなかった、とは言わせないわよ、箒。もしあの時ああしなかったらどうなってたか…」

 

「敵をだますにはまず味方から、英雄人を欺くなんて名セリフもございますわ」

 

「まったくだ。あの化け物に一矢報いることができた…いや、誰も傷つかずこうやって勝ちを拾えたんだ。それだけで十分だ」

 

「まあ、茨君の発動した『天神地祇』でボクたちはついさっきまで絶不調だったんだけどさ」

 

 

 

 

 

「あー、そのことについては本当にごめん…俺だって吐き気は止まらなかったし脂汗は止まらなかったし…まあ、きっちり治ったから大丈夫だシノさん」

 

「ああ、俺も無事だ。そっちこそ大丈夫か、箒?」

 

 

 

「も、もちろんだ!」

 

 

 

男湯から聞こえてきた相変わらずの茨のゲンナリ声と元気そうな一夏の声…ああ、みんな無事だったんだ。

 

 

 

「泣いたカラスがもうニコニコか、それでいいんだぜサムライガール。着替えは用意しておいたからゆっくり入ってくれ。言っただろ?義務と責任を果たせって。元気な姿を確認する義務を果たしな。ほい、一名追加」

 

「ええ、こちらも追加となります」

 

 

 

「き、きゃあぁぁ!?」

 

「見損なったわよこの淫獣!米帝の威光を笠に借りて簪ちゃんを凌辱とか…にゃぁぁぁぁ!?」

 

 

 

私の隣に飛び込んできたのは会長と簪さんだった。コーリングさんとファイルスさんは苦笑を浮かべながら更衣室へと引っ込んでいく…ああ、そうだ。何はなくとも皆の無事な帰還を信じるべきだった。

 

 

 

だから、まだ、気づいていなかった。

 

 

 

 

 

私が負わなければいけない『責任』を。

 

そして、大人たちの、いや、姉さんの底無しの悪意を。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした、ピクシーさん」

 

「お気になさらず、激昂した私にも非があります」

 

 

 

着替えを抱えた山田真耶とピクシー。脱衣所の籠にタオルや下着を並べていくピクシーの幼さの残る…されど表情を何も浮かばせていない顔を見つめ、真耶はぽつりとつぶやいていた。

 

 

 

「…どうして貴女は、あの時みたいに猿取君の前で素を出さないんですか」

 

「私はカウンセラーです。彼が弱音を吐ける2人のうちの1人…そうありたいだけです。私からも質問です…なぜ、茨の愛を公言しないのですか」

 

「教師の私が関係を吐露すれば、猿取君は不幸になります。未成年との不純異性交遊は処罰の対象です。そして、私は彼に純潔を捧げられませんでした、私はふしだらな女です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風呂、入ろうぜ。そういう辛気臭ぇ顔はお好みじゃあない」

 

「まったくです。ピクシー、そんな湿気った顔は似合わないですよ」

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

「ま、まあ…篠ノ之さんみたいに人間魚雷は嫌ですけど」

 

 

 

二人の肩を抱きながら人の悪い笑みを浮かべるイーリス。さっさとISスーツを脱ぎだすナターシャに苦笑を浮かべると、イーリスは二人の耳元でぼそりと嘯いた。

 

 

 

「…純潔ね。あたしもマックには捧げられなかったぜ…後悔はしてねーぞ、師匠は素敵な女性だったからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでだよ…どうしてだよ…」

 

 

 

風呂からあがったら、もうとっくに夕食の時間だった。『各国開発チームの面々との親睦を深める』との建前の元…実際は各国開発チームの腹の探り合いの場ではあるんだろう…砂浜でバーベキューと相成ったわけだ。皆水着に1枚上着を羽織るような恰好だけども、夜風がちょうどいい塩梅だ。

 

 

 

『ほんと、気温は高いけど湿気がないからカラッとしてていい天気ですね。適当に料理をお持ちしました。織斑君、食べないと元気になりませんよ?』

 

『いや、確かにそうなんだけど…すごいボリュームですねファイルスさん。アーモンドチキンにセサミチキン、ビーフ&ブロッコリー…』

 

『こっちのシシカバブも絶品よ。ねえ、この分厚いピザ、何なの…いかにも脂っこさそうなのにするっと行けたのも怖いんだけど』

 

『ディープディッシュピザですわね、鈴さん。クラスト(生地)を薄くし、脂っこい材料を控えることで見た目と裏腹にヘルシーですわ…やはり初手はソーセージに行くものなのですね、ラウラさん』

 

『そういうセシリアもローストビーフに行くあたり、自国の料理というものは忘れがたいものだな…旨いぞ、カリーブルスト(カレーソーセージ)は』

 

『ボクもそう思うよ。こんなに美味しいムール貝の白ワイン蒸し、久々だよ…茨君はステーキに夢中みたいだけど』

 

 

 

…まあ、肝心の科学者の皆様が一人も現れなかったのは何とも胡乱ではあった…ゲスジジイを除いては。

 

 

 

「な、なんでここにコレが」

 

 

 

『これ?ビーフじゃない、カツオのトロさ。生ではとても食えないくらい脂っこくて猫も跨いで通る代物なんだけど…焦げがつくくらいグリルで焼けば霜降り牛に勝るとも劣らないジューシーさだぁね…ど、どうしたの簪さん?一口ほしい?』

 

『うん…欲しい…あ、あーん…』

 

『あ、あたしにもちょーだい、いばらん!』

 

『ほのぼのちゃんもくいしんぼだな…エビのカクテルはどうだい、カイチョー?』

 

『もらうわ…こっちのヤマメのグリルはいかが、ミス・コーリング?塩味が利いておいしかったわよ』

 

 

 

 

 

…ああ、ついさっきまでは和やかだったんだ。そしてこの場をヒエッヒエにした元凶は相も変わらずのゲスい笑みを浮かべたままだ。

 

 

 

『そういえばサムライガールは今日がバースデーだったそうじゃないかそうじゃないか!プレゼント持ってきてあげたから涙流して喜んでくれよ喜んでくれよ!』

 

 

 

…ゲスジジイの持ってきた真っ黒な小箱に入った赤い組紐…まさしく、つい半日前にシノさんが拒んだ贈り物…そして俺を殺しかけた…いや、一度は殺したISの待機状態がそこにはあった。

 

 

 

「ふざけんなよジイさん!茨や箒が…いや、ここにいる皆がどんな思いをしたか」

 

 

 

「ふざけてはいない。篠ノ之、これを受け取ってほしい…これは教師として、織斑千冬からの要請ではない。『ブリュンヒルデ』からの要請…いや、懇願だと思ってくれてかまわない」

 

 

 

するりとゲスジジイの脇に立った『ブリュンヒルデ』…織斑先生はぺたりと正座をし…

 

 

 

 

 

 

 

「たのむ、箒…赤椿を…あいつからの贈り物を受け取ってくれ…この通りだ!」

 

 

 

 

 

土下座だった。恥も外聞もないほどの哀願だった…卑怯だろう、織斑先生。ブリュンヒルデの二つ名を持ち出すのは。受け取らなければ謗られるのはシノさんだ。急に震えだした体を押さえつけるように、俺は、やっとの思いで言葉を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「…織斑先生、篠ノ之博士は、どうなったんですか」

 

 

 

…俺たちは言葉にしなくともずっと気にかかっていた。今日俺たちをひっかきまわし続けていた『天災』は一体どうなっているのか?まだ昏睡状態なのか?それとも目を覚ましてたわ言を吹いているのか…織斑先生の後ろで立ち尽くしていた山田先生から震えながら漏れ出た言葉は、俺のダダ下がったテンションを地の底へと叩き落した。

 

 

 

「篠ノ之博士は…逐電しました…どこにいるのかも…」

 

「ふざけないでくださいよ!茨が、どんな目にあったのか」

 

 

 

「いいんだ、一夏。受け取ります、そのプレゼント」

 

 

 

 

 

シノさんの表情には、怒りも、恨みも、悲しみも…何も浮かんでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユタ州ザイオン国立公園…サマーバケーションのツアーが決定したそうですね、シスター・ファロン」

 

「はい、マザー・エリザベス」

 

 

 

ミシガン州、バルーニング学園。例年のサマーバケーションは5大湖近くのキャンプ地での2泊3日であったが、今年は『匿名の有志』からの多くの寄付と…『ザイオンへのツアーにどうぞお使いください』の手紙で急遽変更と相成り、子供たちも職員も興奮のるつぼへと落ちていた。その翌日、まだ職員も児童も夢の世界にいる時間…園長は原因であろう女性…シスター・ファロンと園長室で相対していた。

 

 

 

「貴女には、そしてAOAには感謝しています。デトロイトに支社を設置しなければ私たちは今よりも金銭面で苦しい運営を強いられていたでしょう…」

 

「申し訳ありません、マザー・エリザベス」

 

 

 

一睡もできなかったのだろう、目の下に隈を作ったシスター・ファロンの掌を優しく握ると、マザー・エリザベスは優しく語りかけていた。

 

 

 

「私たちは弱者です。そんな私たちのために戦う貴方の行いは、尊いのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「隠身は、完璧にできたと思ったんだがな」

 

 

 

 

 

 

 

夜風が、心地よかった。岩礁は牙のように鋭く、三日月と星々が照らす海は青黒く、まるで私を飲み込もうと舌なめずりをしているようだった。

 

 

 

「大丈夫かよ箒!?急にいなくなって…早く戻って来いよ。みんな心配してる」

 

 

 

…私は、卑怯者だ。こうやって一夏が迎えに来るということを信じて、不貞腐れている。

 

 

 

「頼みがある…抱きしめてくれ。忘れたいんだ…色々なことを」

 

「ああ。いいぜ…んむっ、落ち着けよ箒」

 

 

 

…そして、一夏が拒まないことを良いことに、私は、一夏に甘えて、もたれかかっている…ああ、さっきの串焼きの味だろうか、塩辛いな一夏の唇は…

 

 

 

『あ゙゛あ゛ぁぁぁぁ!!!???イダイイダイイダイ!!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「イデデデ…頼むよ皆、なんで俺をつねらなきゃいけないんだよ…」

 

 

 

「「「「あ?」」」」

 

 

 

 

 

シノさんが急に姿を消して砂浜は恐慌に落ちかけていた。捜索隊を出すかどうかの話が出たくらいに。

 

 

 

『箒ちゃんかい?さっき岩場のほうに向かってたよ。急いだほうがいい、表情の浮かばない顔は、自罰の表情なんだ』

 

『元気そうね、茨。体調を崩したって聞いて慌てて来たけど、取り越し苦労だったかしら』

 

 

 

急にやってきたお父さんとお母さん達が教えてくれなかったら、ひょっとしたら見つけられなかったかもしれない。シノさんを刺激し過ぎるのもまずかろうということで一夏に行かせたわけだが…『淑女協定』の皆様方はそのあとのリアクションに大変ご不満のようだ。セシリアに鈴にシャル、ボーデヴィッヒさんも俺の脇腹をひねり上げやがった。きっとパリスの審判の後のヘラとアテナってこんな顔だったんだろうな…仕方ない、何とかしてご機嫌を直していただかないと…そうだ!

 

 

 

「シノさん、抜け駆けしたって自覚があるなら俺への暴力は控えてくれよ…さて、レディの皆様方、サムライに後れを取る現状は喜ばしいことですか?」

 

 

 

…どうやら意図は組んでくれたようだ。セシリアが最初に行くあたり、流石イギリス武辺の国だ。

 

 

 

「出会いの順と愛の深さは比例するものではないと信じておりますわ…んむぅ」

 

「んん…ごめんね一夏、中二の時にしておけばよかった…んう」

 

「ん…キス上手だね、一夏…」

 

「…済まない一夏。その、うまく出来ていればいいのだが…」

 

 

 

 

 

「あー、いーけないんだイケメンだー!で、トレイニーはキスしないのかいしないのかい?」

 

 

 

ゲスジジイ、おっとり刀で駆け付けたのか。そして俺にヘイト擦り付けないでくれ。せっかく寝た子を起こさないでくれ。

 

 

 

「するわけないだろ、俺はノーマルだ…ま、ここにいる皆には説明しないとな。何があって俺たちは勝てたのか」




ヤマメですか(笑)

 

「お、イクラの乗ったカナッペか…そういやイクラの作り方ってロシア発祥でしたっけ」

「そうよ。うらやましくて仕方ないわ…あたし鮭アレルギーなのよ」

 

そうボヤキながら会長はヤマメの塩焼きにかぶりついていた。ん?そういやヤマメって…

 

「会長、ヤマメって…ニジマスと同じ種だってご存じです?」

「は?そ、そうなの…?」

 

「ええ。ジーちゃんの好きな『来た!ダーウィン来た!』で見たことあります…ひょっとしたらアレルギーじゃないかもしれませんし、せっかくですから一口いかがです?」

 

 

 

 

「…でないですね、その、アレルギー反応」

「嘘、だって5つの時ブツブツが出てお父様から『アレルギーだからお前は食べてはいけない』って…」

 

「ああ、会長美味しいからってドカ食いしませんでした?イクラ。塩とプリン体の塊ですしジンマシンとか出ますよ、食べすぎれば」

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