俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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うちはまだコタツを片付けていません。


第4.5章 子守唄(ララバイ)と、不夜城と
陳腐で、爛れて、暖かき日々


※ 猫がいるならやらねばならないでしょう、うん。

 

 

 

吾輩は猫である、名前はまだない。などと明治の文豪はその著作で語ったそうだが、生憎僕には名前がある。だから名乗ろう、僕はポンだ。

 

 

 

【本当、ご主人は酷いネーミングセンスよね。平凡の『凡』からポンだなんて。そんな名前つけられたら私なら世をはかなんで身を投げるわ】

 

【…僕は気に入ってますよ、この名前】

 

 

 

平凡の『平』からぺー、というのもいかがなものでしょう。というセリフが喉を出かかったが何とか自重できた。沈黙は金、雄弁は銀などという格言もある。女性から剣突を食らって平然としていられるほど僕は肝は太くない。そして僕の2倍はあるであろう体躯を誇る彼女に口答えするほど僕は命知らずではない。そう、僕は賢明でいたいのだ。大勇は怯なるが如し、いたずらに蛮勇を誇ることは愚かであると断言する。

 

 

 

【そろそろご主人も起きる時間ね。それにしてもおなかすいたと思わない、お兄ちゃん?】

 

【ま、まあそうですね】

 

 

 

僕と彼女…ペー女史のご主人である少年はベッドの上でぐっすりと夢の世界に入り込んでいる。惰眠を貪らせるのもペットとしての権利と自由を謳歌する僕たちの義務であるのであろう。であるが食餌たるカリカリが入っていたであろう皿は悲しいかな健啖家である彼女の旺盛な食欲によって空虚となっており、空腹を満たすためにはこの少年を起こさねばならない。忠義よりも生命としての倫理は優先されねばならないのは当然である。そのため僕は少年を起こすのであるのだ。腹ペコの彼女が怖いからではない。

 

 

 

「ニー、ニー」

 

「んー…朝、か。毎朝ありがとうなポン…この鳴き方はメシだな…ごめんなさい先生、起こしちゃいました?」

 

 

 

僕たちのご主人、IS学園生徒、アーマメンツ・オブ・アメリカのテストパイロット、そして二人しかいない男のIS適合者である猿取茨。彼はベッドで惰眠を貪っていた。それはそれとしてぺー女史は少々ご機嫌斜めなんです、さっさとカリカリを補充していただけないでしょうかご主人。

 

 

 

「ナウー」

 

「ん…おはようございます、猿取君…ほんとう、悪戯っ子ですねぺーちゃんは」

 

 

 

そして、彼と同衾していたのは彼の副担であった。ペー女史がペチペチと玩具にしているバストが収まっていたであろう床に脱ぎ捨てられているブラのカップはどれほどなのだろう。いや、教師と生徒というものはこの学園でしか知らない。骨相学などいう旧時代の遺物など信じるほど僕は無知でもない。であるがやはりご主人は女難の相でもあるのではなかろうか。

 

 

 

【そんなわけないでしょう、これもISを巡る権謀術数の一環よ…それはそれとしてカリカリチョーだい。くれないなら昨夜のご主人みたいに無駄にでかいオッパイからミルクを直飲みするわよ】

 

 

 

…いや、妊娠しないと母乳は出ませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トルコのアンカラの動物園から僕はこのIS学園に連れてこられた。竹で編まれた箱…葛籠というらしい…から解放されたとき、隣の葛籠から出てきたのが今まさに僕の隣でその体躯を横にしたペー女史である。何でもメインクーンとかいう種で、曰くフランス革命の折断頭台の露に消えたフランス王妃の飼い猫の末裔である、猫とアライグマの混血であるなど喧伝される大柄猫であり、賢い巨人とほめそやられるほど知恵が回り、僕の2倍はあるであろう体躯を持て余したことなど1度もないほどの女傑である。

 

 

 

【ああ、さっきのイギリスの子から貰ったサーモンナゲットはいまいちだったわね。もう少し塩が強いほうが好みなんだけど】

 

 

 

身内の僻目ではないが僕の母や姉妹たちも美しかった…だが、まるでギリシャ彫刻のような蔭のない美はまさに耳目を引くものであり、ビロードのような漆黒の毛皮に包まれた様は牡にとっては目の毒だ。初めて会った時もそうだ。目が合うなり、

 

 

 

【ねえ、お願いがあるんだけど。背中を舐めてくれない?】

 

【な、なんでそんなことを!?】

 

【嫌な匂いがするの、お兄ちゃん。してくれるよね?】

 

【はい】

 

 

 

それ以来僕は逆らうこともできず唯々諾々と過ごしている。ドメスティックバイオレンスだセクハラだと世の女性たちが割を食っていたのはひとえに男性のほうが腕力が強いからだ。神がもし男のほうをひ弱に拵えていたならばきっと世の男性は僕のように…ああ、そうだ。『無限の蒼穹』と名付けられたそれ、インフィニット・ストラトス。それこそが世の女性たちの希望の象徴であり、世の男性たちの驕慢をくじく象徴。幸か不幸か僕たちのご主人は死と破壊をまき散らすそれを纏う資格を持っているのだ。

 

 

 

 

 

【そうですかね。ペットペーストもいいんですけど、塩気が利いて美味しいと思うんですが…ふわぁ、眠い眠い…神は天にあり、世はすべてこともなしですね】

 

 

 

僕はIS学園にその住まいを構えている。女護ヶ島だヴァルハラだと世間の耳目を集める場所ではあるが、少しばかり毛色が違うだけで何処にでもあるような学校施設であることは論を待たないだろう。であるからしてそこに住まう2匹の猫…我々も世間一般の猫とはさして変わらない生を送っている。朝ご主人が振舞った食餌を胃の腑に収めた後は僕たちは学生寮の1階、ロビーに腰を落ち着けつつも外をぶらぶらしたり近場の松の木に登ってみたりしながら日々時間を過ごすのが大体の日課である。恒産なくして恒心なしとは言わないが、何だかんだでおやつを振舞う学生たちもいることは人ならぬ猫の身としては有難いことだ。

 

 

 

【そうかしらお兄ちゃん?IS学園は学校の姿を借りた万魔殿、ボヤボヤしてたら後ろからバッサリよ。そもそも日本人がロシア代表だなんてありえないわよ…】

 

 

 

…彼女の意見はこうだ。『白騎士事件』以降アラスカ条約下でパクス・アメリカーナをアメリカは達成したものの各国は捲土重来を期し法の合非を問わず様々な策を練りご主人やそのルームメイトに仕掛けているそうだ。そして志操堅固たる日本男児であるご主人のルームメイトと比肩すればご主人は余りにもチョロく、あるかどうか疑わしい骨も着々と抜かれているそうなのだ。

 

 

 

【そ、そこまで深く考えるのもどうかと思いますが…】

 

 

 

付き合いは長くはないが、ペーはアメリカ至上主義者であることはわかる。ご主人は2重国籍持ちでありアメリカと日本の橋渡しとなるべくIS学園へと入学し、日本をはじめとする世界各国の注目の的となった。詳細不明ではあるが臨海学校中に何かしらのトラブルが生起し、ご主人は浅からぬ傷を負った、などと漏れ伝わってもいるが、益することの小さい第三国が仕掛けた奸計であろうというのが彼女の持論である…愚考ではあるが、痴情の縺れからご主人はヤングライオンの如く刺されたのではないだろうか?色バカでも素行の悪い男でもないが、先日の騒動からそうではないがと僕は睨んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

「何してるんですか、会長」

 

 

 

寝床であるご主人の部屋は学生寮の最上階にあり、外に出るためにはエレベーターを使うのが常であった。非常階段もあるにはあるがかなり歩かねばならないし、楽なほうを選んでしまうのは人猫問わず当り前であろう。平素であればご主人と一緒に移動し、ご主人のいないときは飛び跳ねてエレベーターのボタンを押すのが僕たちの日常だ。

 

 

 

「茨君、警備部呼ぼう。下着とか無くなってるかもしれない」

 

「だいじょーぶだよ、かんちゃん。きっとぺーちゃんを追っかけてたんだよ」

 

 

 

何となく外に出かけたくなった夕暮れ時に学生寮の前でメガネの同級生とだぼだぼ袖の同級生と歓談中の主人と鉢合わせ、そのまま帰る流れとなった…ここだけの話ではあるが、メガネの同級生…更識簪さんは良く菓子をくれたり遊んでくれたり良くしてはくれる。だが、時々こちらに向ける視線や言葉が明らかに常軌を逸しているときがあるのだ。

 

 

 

『ねえポンちゃん。一晩だけ部屋変わってくれないかな?白い猫耳付けたら…』

 

『さすがにいばらんだって気づくよー。それにおりむーはどーするのさ、かんちゃん?』

 

『…!!?ど、どうしよう本音!?そういう事になっちゃうの!?』

 

 

 

冗談にしては嫌に言葉に真剣味があったし、瞳の輝きは明らかに無くなっていた…いや、代わってあげてもいい。であるがそれはご主人の命日になってしまう。そして僕たちの寝室の入り口、正確に言うと僕とペー女史の入り口。そこに頭を突っ込んでもがいていたのは彼女の姉、生徒会長である更識楯無さんだった。彼女は猫っ毛アレルギーらしく近くによるたびにクシュンクシュンとくしゃみをする。するのだが、

 

 

 

『エッキし!白猫ちゃんこの首輪嵌めてくれない?そうするとおねーさんとてもとても幸せになれるかr…ねえちょっと待ちなさいよ!』

 

 

 

熱に浮かされたようなあの瞳は妹君と同じくらい恐ろしかった…おや?だぼだぼ袖…布仏本音はじたじた動く会長の足を掴むと引っ張りながらほんの少しだけあきれ顔を浮かべるとボヤキを口にしていた。

 

 

 

 

 

「かいちょー、ペーちゃんにイタズラしたでしょー?いくらいばらんに振り向いてもらえないからって、そういうのよくないですよー」

 

 

 

「フニー!」【聞いてよ、明らかに何か仕込んでる首輪を嵌められそうになったわ!きっと爆弾よ!ロシアのスパイよ!!】

 

 

 

「分かってるわよ!ただこれには深い理由が…エッキシ!お願い離れて黒猫ちゃん!?」

 

 

 

 

 

長い付き合いではないが、ペー女史は意外にもゴミを漁ったり粗相をしたり売店やレストランの売り物に手を付けるような見苦しい真似をしたことはない。むろん僕もしない。ご主人の人徳であろうか、虐めを受けたり玉葱やチョコレートを振舞うような阿呆がいないのも理由の一つではあろうが彼女の外向きの素行はすこぶる良い、僕が保証する。だからもう少し僕への当たりを優しくしてくれないでしょうか。

 

 

 

「あ、俺も引っ張るよ。もうちょっとの辛抱ですよ会長」

 

「私も引っ張る!…あったかいね、茨君の背中…」

 

「ほ、本音よね!?今引っ張ってるのは本音よね!?もしこの足を握ってるのがアンタだったらその命は…きゅああ!?」

 

「…っと!?」

 

 

 

 

 

 

 

会長を本音さんが引き、本音さんをご主人が引き、ご主人を簪さんが引く。人間はカブではないし、あっさりと抜けた。いい勢いで飛んでいくはずだった会長はご主人が盾となりケガもなさそうだ。

 

 

 

 

 

「!!?そんな、やっぱり…」

 

「だいじょーぶだってかんちゃん…ていうか、いばらんって運がいいのか悪いのかわからないよねー」

 

 

 

 

 

だが、態勢がまずかった。抱きしめられ、下穿きをモロに露出させながら抱きかかえられるかのようなその姿に簪さんは瞳を濁らせ、本音さんは露骨にあきれ返る。

 

 

 

「違うわよ簪ちゃん!?ああそうなのねそういうシーンを見ると脳が破壊されてそういうのじゃないと興奮できなくなるってヤツなのねいいわついでに違うところも破壊してあげる背骨と頸椎どっちがお望み!?」

 

「違います!!事故です事故…って、イダイイダイイダイイダイ!!」

 

 

 

 

 

【凄いわねえ、人間もあんな風に曲がるんだ、ていうかあんなえぐい柄のパンツはいてるんだ】

 

【いやまずいよ!?ご主人死んじゃうよ!?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何してるんだ皆?ごろ寝ならベッドで寝たほうがいいぜ」

 

「頼む、何も、聞かないでくれ…」

 

 

 

 

 

…僕が会長の顔へとダイブ、ご主人は弾き飛ばされ事なきを得た。得たのだが…まあ、何も言うまい。

 

 

 

 

 

「ありがとうなポン。同じ男として感謝する」

 

「ニー!」

 

 

 

 

 

そしてその日の晩のおやつはシーパやガルカンのペットフードでお馴染み、マーズ特製の猫用ミルクアイスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ箒…全開発チームやっと帰ったみたいだな」

 

「AOAとIS学園のデータを目を皿のようにして調べ上げて終わったんだ、満足したろうさ…私の機体データも持って行ってもらったよ…ポンもぺーも元気そうだな」

 

 

 

夕食が済んだらしく、学生たちは三々五々戻ってきた。ロビーで歓談したり、自習室に向かったり、思い思いの時間を過ごしてはいるが、共通しているのは夏休みが始まる前のウキウキ感であろう。

 

 

 

「イギリスの面々に至らぬところが有りましたら、遠慮なく言ってくださいましね」

 

「お互い様よ、セシリア。あちこち触るわ遠慮なんかかなぐり捨てて質問しまくるわ…顔から火が出そうだった」

 

 

 

ご主人のIS学園での友人のうち、男性はルームメイトだけだ。後はご主人が『淑女協定』と冗談半分に呼ぶ専用機持ちの面々たちが知人筆頭であろう…その面々は何処か陰のある表情を崩してはいない。それがなぜか、僕には悔しかった。

 

 

 

「フランスのチームも迷惑かけてないといいけど…ところで茨、第2次移行(セカンドシフト)の後のISの名前、決めた?」

 

 

 

私見ではあるが、ご主人は臨海学校から帰ってきて少し雰囲気が変わった。あるいは本当に死線を潜り抜けたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、決めた。ピースキーパー…『アンカースチーム・ピースキーパー』これが相棒の…俺のISの新しい名前だ…シノさんは初期化(フォーマット)と最適化処理(フィッティング)明日からだっけ?」

 

 

 

そして、それがご主人にいい変化をもたらす、漠然と僕はそう信じていた。

 

 

 

「ああ。大丈夫だ…ささっと済ませるさ」




さよならこそが人生さ

 

 

で、どうだった?うすみっともなく負けた感想は?

 

私は負けていません。先生のおもちゃを…

 

だが、彼は甦った。倒れたはずの仲間すら復帰させ、3秒かからず君を殺した…魂のコピー、なかなか怖いことをするじゃないか。もし意識を落とすタイミングを間違えたら君は脳死に陥っていたよ。

 

先生、どうして先生は凡愚にかかわり続けるんです!?先生はもっと高みに行けた!先生は…

 

僕が人間だからだ。一人きりの人間は人間ではない、独(ヒト)だ。僕からも質問だ、なぜ、彼だったんだ?

 

…私も、人間だからです。
…もう少し人との接し方を学ぶべきだよ。
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