俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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最近のあれこれ。

 

ワイワイガヤガヤできないってのは、ほんとキツイですね。


レジャーテーブルの向こう側で

「んあぁぁ…眩しい…日光が痛い…」

 

「…日本は今23時か。まだ7時なのに明るいな…」

 

 

 

ISスーツの上から履いたいつものハーフのカーゴパンツをずり上げ、Tシャツの襟をいじくると冷蔵庫から取り出していたルートビアを呷り、ナップザックを背負いなおす。中に入ってるのは着替えぐらいだ、実に軽い。

 

 

 

「ホント日差しがキツイし暑いな。講習の時もこんな感じだったのか、茨?」

 

 

 

ここはネバダ州ネリス空軍基地。砂漠からの日差しと砂交じりの熱風が肌を刺す…本当、ナショナリズムがどうこう言う気はないが、やはりうちの町が一番過ごしやすい、俺にとってみれば。

 

 

 

 

 

「うんにゃ、俺の講習の場所は5大湖のほとり…デトロイトだったから、日差しも温度も過ごしやすかったぜ、一夏。シノさんは大丈夫か?」

 

「…ああ、大丈夫だ」

 

 

 

デニムのジャケットにジーンズ、サングラスにスーツケースまでお揃いの一夏にシノさん。一夏と2りきりなら有頂天になりそうなものなのに暗く沈んだままだ、明らかに本調子じゃない。どうにかしないと…

 

 

 

「みんなが心配してる。さっさと終えて帰ろう、学園に」

 

「そうだな、箒…お疲れ様です、コーリングさん」

 

「よお、お二人さん。エスコートご苦労、マック」

 

 

 

 

 

いや、どんな手を使ってでも助けなければいけない、シノさんを。

 

そして断ち切らなければいけない、『天災』の悪因縁を。

 

 

 

 

 

 

『初期化(フォーマット)、開始します』

 

 

 

いつもと同じ、しかしながらやや硬さを感じられる山田先生の声に頷くと、私はエリアの中心に据えられたISに手を触れる。大丈夫だ、どこも異常はない。

 

 

 

『機体からの情報、展開』

 

 

 

…大丈夫だ、前回のようなことはない。ここにはみんなはいない…

 

 

 

『!!?落ち着いてください、し…箒さん!シンクロニティ拒否反応!!』

 

 

 

(そうだ、いるわけがない。私のような汚い手段をとるような女に…)

 

 

 

妄想を振りはらい、初期化(フォーマット)に集中しようとする…だが、もう駄目だった。

 

 

 

『神経パルス逆流!!?接続をカットします!!』

 

 

 

 

 

胸を貫かれたままオブジェのように横たわった茨が、それに縋りつく皆が、海に沈みこんだ一夏が、頭から離れない。『赤椿』から弾き飛ばされるように離脱した私は、吐くもののない胃から胃液を絞り出すように嘔吐していた。

 

 

 

 

 

「ぐぇ、ぐぇぇぇ…」

 

 

 

 

 

顔にかかった血しぶきの腥い匂いが、こと切れた偽物の笑みが、頭から離れない。

 

 

 

 

 

「しっかりしろ、箒!!」

 

 

 

すまない一夏…私は、負け犬だ。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり無理だって!これだけやって最適化処理(フィッティング)どころか初期化(フォーマット)も出来ないなんて、絶対『赤椿』に欠陥があるってきっと」

 

 

 

IS学園整備施設、AOAブース…すっかり馴染みの深い場所となったはずのここは、いたたまれない雰囲気に包まれている。

 

 

 

 

 

「それはないでしょう、織斑君。各国開発チーム、IS学園技術班、そしてAOAが徹底的に調べ上げた結果はシロでした…恐ろしいことに、回収した状態で一切欠陥はなかったんです」

 

 

 

 

 

一学期の終業式のあと集まった俺たち専用機持ち、シノさん、のほほんさんに織斑先生、山田先生、ゲスジジイ以外のAOAの面々。表情はみんな暗く、鉄面皮を崩さないAOAの面々ですら陰鬱とした気色を浮かばせている…『天災』から押し付けられたISとシノさんとの一次移行(ファースト・シフト)が遅々として進んでない、それがすべての原因だった。口火を切った一夏をたしなめるように言葉を重ねたピクシーに言葉を続けるように、織斑先生が言葉を紡いでいく。

 

 

 

 

 

「一つ、いいニュースがある、篠ノ之。お前のIS適正だが…C+からSクラスまで上昇している。超一流レベル…『BIG4』並みだ」

 

 

 

IS適正はC程度あれば障害なくISを動かせる。であるが、やはり高ければ高いほど体と同じように、それ以上に流れるように動けるのだ。実際、昨日の打鉄を用いた試合形式でのバイタル、及びメンタルテストはシノさんは楽々クリアし、対戦相手だった俺を完封した。第2次移行(セカンドシフト)を起こした機体を駆ってまでボロ負けした俺を詰るやつは誰もいない、それくらいのキレだった…俺が弱いわけじゃない、そう信じたい。

 

 

 

「織斑先生、以前コーリングさんから窺ったことがあります。IS適正とはお人好しの度合だ、って…理解力がそれだとするなら、シノさんはこのままじゃ『赤椿』を動かすことはできないんじゃ…」

 

 

 

だが、その適正が逆にネックとなった。例えばの話だ、シザースやガイやタイガの性根を知ったうえで背中を預けられる人間がどれだけ居るんだって話だ。月曜日に最初の起動試験が失敗に終わり、ピクシーのカウンセリングを受け、体調も十分に整え、余計な刺激を与えないために俺たち専用機組は姿も声も見えないように待機し…それでもダメだった。このまま続けてもいい結果が出るとは…

 

 

 

 

 

「どうしたんだいどうしたんだい、辛気臭い顔しちゃってさあ…ボクのワイフを見送った時だってもうちょっと明るかったよエブリバディ!…ああ、やっぱり駄目だったんだねサムライガール!」

 

 

 

 

 

ほんとう、相変わらずすぎて安心するレベルだゲスジジイは。前振り無しで飛び込んできたゲスジジイは、黒地に金のリンゴがプリントされたアロハを見せびらかしながら相変わらずいやらしい笑みを浮かべている…ま、マズい!俺やシノさんならともかく一夏は…

 

 

 

「ジイさん、そういう態度を取るってことは何か解決策があるってことなんだろ?勿体ぶらずに話してくれよ、なあ茨?」

 

「お…?おう、そうだよな」

 

 

 

うん?た、確かにそうだ。少なくともゲスジジイは嘲笑のための嘲笑はしたことはない。認めたくはないがゲスジジイの行いで不利益を被った生徒は誰もいない…一夏、やっぱりお前は格が違う。ということでさっさと話してくれゲスジジイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初に言っておくけど、僕の提案するプランはメンタルが100%回復ができるわけでも『赤椿』との最適化処理(フィッティング)がこなせる様になるものでもない。あくまでも可能性が一番高いと思える選択肢を提案するだけだ…さってサムライガール、人の目が気になるだろなるだろ?『天災』の妹、そしてその作り上げた『赤椿』を受け継いだ…なのに使う事すらできない!そういうプレッシャーが積もり積もって君は身動き一つとれないんじゃないか…そう推測したんだよねしたんだよねピクシー?」

 

 

 

「はい。他者からの心理的抑圧は相当に感じているでしょう…むろん、ほかの皆さんにそういう意図はないとしてもです。ですので我々AOAが提案するのはネバダ州ラスベガスにある本社において、人員及び設備を一新した状態で改めて『赤椿』との最適化処理(フィッティング)を試してはどうか、というものです」

 

 

 

(まあ、妥当だろう。だが…)

 

 

 

ゲスジジイとピクシーさんの提案は確かに渡りに船といえるものだった。しかしだ、徹底的に調査しデータも取り終えたのだ、今更私に便宜を図っても…

 

 

 

「なあゲスジジイ、コアのほうだけ使って機体は使わないっていうのはダメなのか?そうすれば…」

 

「ダメに決まってるだろトレイニー!『天災』が腕によりをかけて作り上げたISなんだよなんだよ!上等の料理をゴミ箱に叩き込んだ挙句皿だけもらって乗っけたホットドッグで胃袋を満たすような真似、許すと思うかいおもうかい?」

 

「そ、それは…」

 

 

 

顔を真っ青にした茨にいやらしい笑みを浮かべたゲスジジイを尻目にピクシーさんは、淡々と言葉を紡いでいく。

 

 

 

 

 

「さて、篠ノ之さん。貴女は今まで以上のVIPです…ほぼすべての国家が貴女を迎え入れたいと、代表に迎え入れようと願うでしょう」

 

「つまりサムライガール、君はIS学園を一歩出たが最後いつ攫われてもおかしくないわけだ!ということでトレイニー、馬車馬のように働いて貰うよ!具体的に言うとエアヘッド1号機『プライウェン』で送迎よろしくねよろしくね!」

 

「お、おう。任しといてシノさん…ええっと、取り合えず来月までが期限っていう事でいいんだよな…後で家に連絡しとく」

 

「猫ちゃんは先生が責任をもってお世話しておきますから鍵を後で預けてくださいね、猿取君」

 

 

 

…所詮は他人事なのかもしれないが、もう少しその、何というか手心を加えてはくれないだろうか?相当曇っていたのだろう、私の顔を一瞥したピクシーさんは申し訳なさそうに項垂れた。

 

 

 

 

 

「…本当に申し訳ありません篠ノ之さん。私の力不足で…」

 

「んー、確かにメンタルケアに不備があったと言えるねピクシー!というわけでプライズを送ろうじゃないか送ろうじゃないか!誰か一人お付きを選びたまえサムライガール!さっき出された山盛りの夏休みの宿題と一緒に行きたまえ!勿論自薦他薦は問わないよ。ちなみにボクたちAOAは、今夜倉持技研第1研究所の皆々様を招いてのレセプションだからご辞退させてもらうよ貰うよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が行く。あの時…色なしが最初に襲い掛かった時、俺は棒立ちだった。あの時茨と一緒に立ち向かっていれば、あんなことは起きなかった。だから、せめて箒の用心棒くらいはしてやるさ」

 

「ありがとう、一夏…」

 

 

 

一夏の立候補に、そしてその言葉に浮かれた私は、気にも留めないでいた。

 

 

 

ISコアを『皿』、機体を『料理』に例え、恰好の実験材料であろう私をスルーし、ワイフを見送ったと嘯いたゲスジジイの言葉を。

 

 

 

そして、茨の飼い猫を世話すると立候補したのが山田先生だったということを。

 

 

 

 

 

±

 

 

 

 

 

「行ってしまわれましたわね…やはり、一夏さんも気にされていたのでしょう」

 

「みんなも気を付けてね。あたしは父さんや母さんとここにいる…意外ではなかったけどね、一夏が立候補したのは」

 

「野暮なことを言う気はないよ、ボクだって同じ立場なら一夏を指名してた…まあ、まさか立候補するとは思わなかったけど」

 

 

 

『淑女協定』はラスベガスへと旅立った3名を見送るとセシリア、シャル、ラウラはそれぞれの祖国へと旅立つべく旅装を整え、鈴は彼女たちを見送るべくモノレールの駅へと赴いていた。

 

 

 

「そういえば『エアヘッド』、『プライウェン(Prytwen)』に名前が変わったな」

 

「…アーサー王が使用していた盾で、船に変形する盾ですわね…聖母マリアが描かれているそうです」

 

 

 

ラウラとセシリアから漏れ出た言葉を耳に挟んだシャルロットは、柳眉をひそめると言葉を漏らす。

 

 

 

「『プライウェン』に浮かび上がったマリア様…誰かに似てなかった?」

 

「山田先生に見えた…まさかシャルは、茨のことを…」

 

「違うよラウラ!簪さんはどうなるんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ベガス…というかアメリカでのルールをゲストのお二人さんには教えとこう。マック、言ってみろ」

 

 

 

宿に指定された馬鹿でかいホテル…黒豹女の定宿らしい…『クラウン・クラウン』。リムジンから降り、エントランスホールの前で話題を振られた俺は狼狽えながらも言葉を返す…前に聞いていたんだ、寝物語で。まあ、ビール引っかけながら巻いてたクダだ、どこまで本当か疑わしいもんだが。

 

 

 

「えっと、まず未成年はカジノのプレイルームには入室禁止。そういうエリアに立ち入る場合は保護者同伴。お酒やタバコは21歳から…」

 

「よろしい。さて、今となっちゃあラスベガスはギャンブルやるためにわざわざ砂漠のど真ん中で運営してる町だ。ギャンブルは不健全な娯楽だって見方は強い、胴元が最終的に儲かるようにできている…それでも何でわざわざ紳士淑女はここに来ると思う、ベビーフェイスとサムライガール?」

 

 

 

「は、はい。娯楽に飢えているからです」

 

「…ただ単にお金を無駄遣いしたいからじゃないですか」

 

 

 

一夏とシノさんの答えは相反してはいたが、どうやらお眼鏡には適っていたようだ。にんまりと笑みを浮かべた黒豹女は回転扉に手をかけながら言葉を返した。

 

 

 

「いい答えだ。そもそもネバダ州ってのはどさくさ紛れに独立した州なのさ」

 

 

 

$ よくわかるネバダ州の成り立ち

 

 

 

リンカーン「ああ…シビルウォー勝ちたいお…でも資源足りなくなりそうだお…」

 

ネバダ準州「そんなあなたに良い話があるんですがねぇ(チラっ)…独立…認めてもらえませんかねぇ…【チラッ】地下資源たっぷりあるんですがねぇ…」

 

 

 

 

 

「つまり、リンカーンをネバダ州は強請ったってわけですか」

 

「ゆすった、てのは刺激的すぎるな。ねだったって言ってくれ。準州よりも州のほうが権限も権益もデカい。さて、南北戦争後ゴールドラッシュが始まったんだが、終わってしまえば恐慌が始まっちまう。そこでネバダが取り入れたのは合法的な賭博だったってわけさ…キモは『合法』。警官にビクつきながらバクチをやったって面白くもなんともない。着飾った紳士淑女が胸を張ってカードを切り、サイコロを振り、試合の結果に一喜一憂…だからこそネバダはエンターテイメントの州の看板を加えられたわけだ」




全てのスパイと、スーパーヒーローと

 

「ラテ・マッキャート一つ」

「ギシル…凄いな、日本でこいつが飲めるとは思わなかった」

 

「相変わらず『天災』は行方知れず…ですが、一つ気になる情報が。倉持技研第2研究所は表向きは『打鉄弐式』の開発終了後予定は白紙のはずでした。ですが、電力等の各種リソースは第1研究所以上に使用されています」

 

「そうか。うち、というかEU内じゃお前の息子の評価は青天井だ。きちんとしたスペックを教えてるのにこれだ。跳ねっ返りはこっちでも抑えてはおくが、そっちも気をつけろよ、イチロー…暫定代表様が駅に入られた。俺もお暇するぜ」

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