俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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最近のあれこれ。

そりゃあ勝てませんよ、国民健康保険のない国で自分だけ手厚い治療を受ければ。


後家蜘蛛 毒蜘蛛 絡新婦

「もうちょっとで焼きあがるわよ、サバ。どうしたのゴンちゃん?まだ寝ぼけてる?」

 

「茨は、アメリカに着いたじゃろうな。早いところ戻ってきてほしいもんじゃ」

 

 

 

それはいつもの日常、いつもの夏の朝のようにラジオ体操の係員を終えた老夫婦…猿取権太郎と猿取あやめ。朝食の準備を終えた妻を見やると、夫は何とはなしに言葉を続けていく。

 

 

 

 

 

「どうしたの、ゴンちゃん?」

 

「いやのぉ…運命っちゅうのは分からないもんじゃな、あやめ。何処にでもいるような高校生のはずなのに、茨はISを纏える2人のうちの片割れじゃった。羨望や嫉妬を受ける身になってしもうた…」

 

「でも、政府のおかげで茨の特定はされてない、あたし達はいつもの日常を送れている…それでいいと 思うわ。ご飯できたからさっさと食べましょ食べましょ」

 

 

 

香ばしいサバの塩焼きに目を細めつつも、夫は言葉には出さず心の中でつぶやいていた。

 

 

 

じゃがのぉ…思うんじゃよ、あやめちゃん。

 

茨のクラスメイト、先生方…知っとるはずの人間が誰も語らない、不可解を通り越して異様じゃと思うんじゃ、ワシは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?…ンン…」

 

 

 

頭が重い、視界が暗い、息苦しい。目覚めて感じたのはそれだった。

 

 

 

『いよお、ようやくお目覚めかいお姫様?ジャスト30分、いい夢見られたかぁ?』

 

 

 

首をひねり、目を凝らし、声のする方向に目を凝らす…そこに、暗闇の中にいたのは馬鹿でかい蜘蛛だった。

 

 

 

(!!?っッ…!?)

 

 

 

…いや、一昔前の不良のように身をかがませていたISだった。悲鳴を噛み殺しながら後ずさろうとした私は今更ながら腕も足も動かないことに気づき、自分の間抜けさに歯噛みする。

 

 

 

 

 

(ああ、クソ。なんて浮かれ具合だったんだ、私は…)

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

ラスベガスに到着した次の日、最適化処理(フィッティング)の起動試験前、AOA本社でのミーティングの日。食事と身支度を済ませ、用意されたホテルの部屋を出ようとした私は地響きのような音と振動に身をすくませ、その一瞬後に耳障りなベルの音が耳に突き刺さった。

 

 

 

(まずい、爆発か!?)

 

 

 

取るものもとりあえず廊下に出、ホテルのロビー…一夏や茨たちと落ち合うはずだった場所に駆けだそうとする…が、すでに非常階段は人の列で埋まっていた。どうする?人の波をかき分けて…

 

 

 

「篠ノ之様ですね!?皆様がお待ちです、どうぞこちらに!」

 

「は…はい!」

 

流暢な日本語と肩を軽くたたかれた触感で私が驚いて振り返ると、そこにいたのはビジネススーツをかっちりと着込み、ウェーブのかかった金髪の長髪を結えた女性だった。つられるように非常階段とは逆に走り出した私は、ふとした疑問に足を止めていた。

 

 

 

 

 

どこへ向かおうとしている?廊下はこんなに長くないはずだ。

 

なぜ、この女性は私の名を知っていた?誰にも名は明かしていないはずだ。

 

なぜ、この女性はヒールを履いているのに私は追いつけない?全力疾走しているはずだ。

 

 

 

いや、その女性は何処に行った?私の目の前にいるのは仮面を被り、サイケデリックな衣装をまとった道化師だ。

 

 

 

「あーあ、あっさりバレちまったか…ま、『タランテラ』は充分に回ったみたいだがよ」

 

 

 

視界が、ぐらりと揺らぐ。力がどんどんと抜けていく。

 

 

 

「…っと!アブねえ。意外と体重あるんだなお姫様」

 

 

 

…失礼な!私は、その…デブではないぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

この世にISが生まれ出でて早10年、数々の纏い手が世に現れ、名を馳せることとなる。

 

だが、たった3人は闇に潜んだままであった。

 

 

 

たった一騎で『白騎士事件』を引き起こし、闇に消えたISの始祖、『白騎士』

 

 

 

たった一騎で中東の平和を作り上げ、エルサレムを吹き飛ばし、首を吹き飛ばされた『白銀の平和』

 

 

 

たった一騎で中国の鼻っ柱を叩き折り、メキシコを火の海とし、ピザを喉に詰まらせた『黄金の愛』

 

 

 

この3機の纏い手のうち、『白騎士』は『天災』は誰であるか示さず、残り2機の所有者であるアメリカは効力遡及禁止の原則を盾に明かさないままである。

 

 

 

 

 

 

「なかなかに良い場所だろ?ネヴァダじゃおススメのデートスポットだぜ」

 

 

 

 狭苦しい、と感じたのは恐らくは明かりのせいだったのだろう。腕も足も動かせない私が枷もされずに転がされているのはドーム球場くらいはありそうな地下空間だった。煌々と明かりが照らされたここは、まるで地下神殿のようだった…じめつく湿気、どこかで起きた小さな振動、うずたかく積もった粉塵や蝙蝠がしたと思われる排泄物、名前すら知らないおぞましい虫さえ気にならなければ、の話ではあるが。

 

 

 

「蜘蛛にも逢引きをする相手がいるとはな。今日の朝御飯にでもしたのか?」

 

 

 

 

 

それよりなによりも私の癇の虫を騒めかせるのはこのIS…蜘蛛女だ。ジョロウグモを思わせる黄色と黒、世界各国どのISとも違う蜘蛛を思わせるデザイン、そして口元の表れた仮面越しに馴れ馴れしく話しかけてくるその口調…堪忍袋はそんなに頑丈でもない。言葉が辛辣になるのは仕方のないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さてお姫様、舞台の説明と行きましょうか。ここはクレメンス廃鉱。かの文豪マーク・トウェインが投資して大損害食らった金鉱山さ。国が買い取って機械堀でようやく金は出たんだが実に恐ろしきは人の欲、もうあらかた掘りつくされて去年閉山と相成ったわけだ…トム・ソーヤと宿無しハックの墓にはおあつらえ向きだと思わねぇか、ベッキー?」

 

 

 

「ISとは奇襲、電撃戦のような攻撃にこそ力を発揮する兵器だ。穴熊のように引きこもってアメリカを相手にひと騒動引き起こそうなど…」

 

 

 

…ああ、怒りは人を饒舌にする。言わなくてもいいようなことを言い、それに付けこむように敵は笑みを深くし、振動が続く中、事も無げに蜘蛛女は言葉を続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

「そいつは違うな、ベッキー。まずステイツはここには駆け付けない。きちんとパスポートもってエアポート経由で入国したならまだしも、エアフォースのベースからぶらりと入国したヤツのことなんて大っぴらにできない。もしこのままならベッキーはいくえ不明で片づけられるだろうぜ。そして第2。ウェットバックのターミネーター、イーリス・コーリングも直ちには来られない。アイツは昨日ISをオーバーホールに出した。そして第3。それでもどうやらトム・ソーヤと宿無しハックは来てくれるらしいぜ」

 

 

 

いやらしい笑みを口元に浮かべると、蜘蛛女は小型のデジタルオーディオプレイヤーを耳元で再生させた…。

 

 

 

『聞こえるか誘拐犯!さっさと篠ノ之を返せ!さもないと…って、何するんですかイーリさん!』

 

『アホ!今は様子見だ!って…何するんだ茨!?』

 

『馬鹿なこと言うなよコーリングさん!待ってろ箒さん!織斑、行くぞ!!』

 

『クソ!…勝手にしろ!あとはもう知らねえからな!!?』

 

 

 

 

 

「随分と仲間想いだなぁ、それともアレか?とっくにドッチも頂きますしたのかな、ベッキー?どっちのが太くてどっちのが長かったんだぁ?」

 

 

 

 

 

「2対1だぞ。さっさとISを奪うなり、私に好き放題して逃げ出すべきだろう。なぜ…」

 

 

 

 

 

そう吐き捨てた私に蜘蛛女は哀れみの笑みを浮かべ、腕に巻かれた赤い組紐をつつきながら実に楽しそうに言葉を続けていく…クソ、手足の感覚は戻っては来ているもののまだ本調子でないのがもどかしい。したたかに引っ叩いてやれないのがここまで悔しく感じるのは初めてだ。

 

 

 

 

 

「わからねーかなあ?分からねぇだろうなあベッキー。人質よりも身代金のほうが価値があるから誘拐なんて犯罪が成り立つのさ。腕に巻いたIS、そして天災様へのコネやベッキー自身…そんなものよりもな、種馬みてぇに乾く暇もねぇイカ臭ぇIS乗りの命を奪いたい…そういう連中はごまんといるんだぜ。『女は本来太陽だった!!』なんて吠えてる男日照りのフェミニスト様や清い身のままおくたばり遊ばされる嫉妬深いナード(陰キャ)様達はSNSじゃあ特にな。『大統領はアメリカ男性にIS適合者が居られるという。司祭様もアメリカ男性にIS適合者が居られるという。メジャーリーガーもアメリカ男性にIS適合者が居られるという。アル中たちもアメリカ男性にIS適合者が居られるという。声はすれども姿は見えず…っと!お早いお着きじゃねぇか!ドローン退治はどうだった!?」

 

 

 

 

 

激震が起き、塵埃が大きな通路から吹き込み、思わずむせてしまう…そうだったな。たとえ誰に裏切られようが、おまえたちは来ると信じていたさ。

 

 

 

 

 

「ああそういやマンガじゃあこういう名セリフがあるらしいな、『小便済ませたか!?神様への御祈りは!?」

 

 

 

 

 

蜘蛛女といえば喜色満面の笑みをより兇悪に輝かせ、カタールを拡張領域(バス・スロット)から取り出すと、吠えた。

 

 

 

 

 

「お生憎様!とっくにガタガタ震えてるぜ!それにしても俺らが天狗の類だってのか!?そりゃあネーだろ誘拐犯!」

 

「残念だろうけど俺たちはここにいるぜ!無事か箒!!」

 

 

 

 

 

…何だろうか、さっきの音源から感じた違和感は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロシアへの帰国、気を付けてくれたまえ生徒会長…僕たちも帰国させてもらうよ。『ジョブ&ホビー』の定期メンテナンスさ…そういえば、妹さんは今日は1研で『打鉄弐式』のメンテナンスだったね」

 

 

 

 

 

国際空港のラウンジ。登場便を待つ人、帰還を待つ人、帰還を喜ぶ人…そんな人々が集う場所。窓際の席でエスプレッソを嗜んでいた老人と少女。

 

 

 

「はい。ロシアでもモスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)のオーバーホールに取り掛かります…妹は見送りに来てくれると連絡してましたが」

 

 

 

 

 

硬い表情を保ったままの対面の少女…IS学園生徒会長、更識楯無に微笑みかけると、老人は事もなげにこう嘯く。

 

 

 

「聞きたいことがあるんだろう?何でも聞くし、なんでも答えるよ」

 

 

 

その言葉に意を決したのであろう、楯無は重い口を開くと老人に…AOA日本支社長、アルフレッド=オーウェル=アークライトに問いを発していた。

 

 

 

「ISは…本当に人間が作り出したものなんですか?」

 

 

 

「実際に僕たちはISを作っている。それが答えだよ…それともアレかい?『天災』は人じゃあないとでも…」

 

 

 

 

 

 

 

「もう一つの可能性を、私は言っているんです!」

 

柳眉を逆立てて言葉を返す楯無に苦笑を浮かべると、老人は悪戯っぽく、さも当たり前のように耳元でからかい半分で囁いた。

 

 

 

「彼はね…ISの、『アンカー・スチーム』の声を聴いたそうだ。意志なんてもの、自然に生まれると思うかい?ああボクから聞き出すのは野暮ってもんだよカイチョー、トレイニーからベッドでたっぷり愛し合ってあげた後に懇切丁寧に教えてくれるはずさくれるはずさ…本当、90超えた老人じゃなかったらシッポリ出来たろうに寄る年波ほど嫌なものはないねないね!」

 

 

 

「かいちょー、そろそろ搭乗手続きに…どうしたんですかいちょー?顔真っ赤ですよ??」

 

 

 

「な、なんでもないわよ!…そういえば、簪ちゃんの方は虚が行っているのよね?」

 

「はい。何でも、『打鉄弐式』のデータを元に新しいISを作成するって…」

 

「そう…『番貉』に連絡を取っておいてちょうだい」

 

 

 

ろくでもないイメージを振り払うように頭を振り払うと、更識楯無は冷徹そのものの口調で布仏本音に言葉を返していた。

 

 

 

「『倉持2研を探りなさい』って」

 

 

 

 

 

 

『見てるかベッキー!2対1だろうが何だろうが、トンボは蜘蛛にゃあ勝てねーんだよ!』

 

『くぁぁッ…っと!何で…って!?』

 

『落ち着け一夏!動き自体は…って、やっぱりあったか隠し腕!!』

 

 

 

会敵(エンゲージ)してから5分、蜘蛛女は一夏と茨相手に互角の…いや終始押し気味の戦いを展開していた…不甲斐ないぞ、2人とも!相手は…

 

 

 

(いや、違う!?敵は…蜘蛛女はこのエリアを熟知し、相手が誰でも何機でも対応できるようにしてる)

 

 

 

 

 

カサカサと動く虫たちの中に、明らかに異質な蜘蛛がいた。耳障りなギチギチという機械音を出しながら目を光らせると、それと連動するように蜘蛛女の隠し腕の一本が伸び、その手に持ったマシンガンは狡猾にも一夏の死角から狙いをつけている。何かを考える前に私はようやく自由になった足で足元の蜘蛛を踏みつぶし、喉の限りに叫んでいた。

 

 

 

「避けろ一夏!敵は目玉をこのホール中に据えている!!」

 

『…っと!悪ぃ、箒!!』

 

 

 

間一髪で横っ飛びに避けた一夏。その様を見た蜘蛛女は、心底つまらなさそうな口調でつぶやいていた…後から考えても妙な話だが、なぜかそのつぶやきは私の耳にこびりついていた。

 

 

 

『あーあ、ヘイトのリストに載っちまったか』

 

 

 

そして、さっき一夏を狙っていた銃口は、私を正確に狙っていた。




鈴を鳴らすもの

 

「どうしたんですか、簪さん…ああ、私は倉持1研所属ですから」

「そうですよね…いつも『ジョブ&ホビー』で見てましたから勘違いしちゃいました」

 

 

倉持技研第1研究所、開発ラボ。定期点検中の『打鉄弐式』を見つめながらシュークリームを頬張っていた研究員…芥子田寧子はどこか上の空の少女…更識簪に感情をこめない、激しない声音で言葉を紡いでいた。

 

「今回、『打鉄弐式』を我々1研だけで手掛けられなかったのは痛恨事でもあり、僥倖でもありました。『ゴーレム』のコア…あれを使用して新たなるISを開発できます、そしてそれにはアタッカーとしても、タンカーとしても振舞える『打鉄弐式』のデータは値千金です」

 

「何て名前なんでしょうか…その、ISは」

「九尾ノ魂…三国一の化狐の名です」

 

 

(ああ…わかるニャ…きっとあの茨君のところにはせ参じたいんだニャ…でも、今は危ないニャ…ヒカルノ達、明らかにヤバくなってるんだニャ…)
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