俺の待ってた非日常と違う   作:陣陽

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本当にやるんですかね、オリンピック。

前にもこんなこと書いた気がしますが。

 


皆に捧げし 絢爛舞踏(ゴージャス・タンゴ)

「…っと!何しやがる!!」

 

 

 

すんでのところで『プリズム』を構えシノさんをカバーする。マシンガンがはじかれる様を見た蜘蛛女は『キノ・チケット』で斬りかかった俺を難なくあしらい蹴り飛ばすと、おぞましい笑みを浮かべてぎらつく視線を俺に向けながら宣った。

 

 

 

「脈の無いベッキーにご執心とは良くないぜ宿無しハック!日本じゃそういうのはどういう性癖…」

 

 

 

「そんなわけないだろうが。アンタはビュブリスの泉で産湯を使ったのかよ!」

 

 

 

※ビュブリス:ギリシャ神話に出てくる女性。兄に道ならぬ思いを寄せるものの拒絶され、泣き疲れて泉になった。

 

 

 

 

 

(あ、ヤベ…!!?)

 

「?」

 

「!!テメェ…どこまで知ってんだ!!?」

 

 

 

 

 

…よかった、杞憂だったか。俺の煽りに一夏は首をかしげている。むしろ俺の返しで蜘蛛女はありえないくらい逆上していた。隠し腕の一つが伸びると、ランチャーの引き金を無造作に引き…

 

 

 

「やらせねぇよ!!」

 

「!!?」

 

 

 

一夏…『白式』は隠し腕を切り飛ばす。だが、引金を引かれていたであろうランチャーから飛んで行ったグレネードは天井に突き刺さり、一抱えはあるであろう岩塊の雨が降り注ぐ。

 

 

 

「…」

 

 

 

…そして、その岩塊の雨の中心にいたのはシノさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒッ…ヒヒヒ…』

 

 

 

眠い。何だろう、この眠さは。夜更かしをした時でもここまで眠気が消えないことはなかったのに。

 

 

 

 

 

『ヒヒッ、ヒヒヒ…起きなよお嬢ちゃん』

 

 

 

…そしてなんだ、この気に障る笑い声は。卑屈で、猥雑で、喉の詰まったようなその声は私の神経をイラつかせて仕方ない。嫌々ながら目をこすり、瞳を開けたその先にいたのは、声の通りの粗にして野であり卑でもある男だった。

 

 

 

『おお、起きた起きた…ヒヒ、ヒヒヒ…眠ってるようならそのでっけぇチチ揉みしだいてやるところだったのによ、もったいねえな…』

 

 

 

…ああ、その体型はまさに類人猿だ。泥水で煮しめたようなボロ布を纏い、発達した上半身から伸びた長い腕は脛まで達し、はるかに貧弱な下半身から申し訳程度に伺う足の指から伸びた爪は牙のように鋭く、節くれだった指はまるで小枝のように長く、口元を覆う頭巾に覆われた顔から覗く瞳は常人よりもはるかに大きく丸い…まるでアイアイだ。

 

 

 

「…お前のあの蜘蛛女の同類項か。お前は誰だ!?一夏は何処に…」

 

『ヒヒヒ…質問ばっかりだなあ。まず最初に『ここは何処だ?』って聞くべきなんじゃねぇのか?』」

 

 

 

呆れの混じったアイアイの声に弾かれるように、私は周囲を見回した。四方八方乳白色の霧の立ち込める地…いや、ここは本当に地面か?そもそも私は立っているのか?寝ているのか?そうだ、私は…

 

 

 

 

 

『…ようやっと現状ってやつに頭が回ったようだな。ここはこの世とあの世の狭間さ。もう少しでお嬢ちゃんは死ぬ…岩でペチャンコになって。酒も煙草も知らないまんま、初心なネンネのまんまで…何なら今から王子様に化けてやるか?』

 

「ふざけるな!!一夏は、茨はどうなる!?アメリカの意向を無視してまで…」

 

 

 

怒りは視界を狭くするのだろう。私とアイアイ男がいる場所は見渡す限り濃密な白。天もなく、地もない…そんな場所だとようやく頭が理解する。ふわふわと浮かびだしたアイアイは下卑た笑みを浮かべながら、さらりと私に問いかけた。

 

 

 

『そんなことが聞きたいわけじゃあないだろ。【どうやったら自分は死なずに済むのか?】興味は無ぇのか?』

 

 

 

その言葉と同時に、目の前に真っ黒な闇が流れ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『悪ぃ、皆。うちの猫に餌あげる時、スティックのカリカリ2種類混ぜてやってくれ』

 

 

 

その言葉を吐き出す前に、茨は…『アンカー・スチーム』は私の偽物に胸を貫かれた…闇の中、十字架にはり付けられた聖人のように宙吊りになった『アンカー・スチーム』は、それでも何時ものようにボヤキを交えながら、私に問いかけてくる。

 

 

 

『なあ、篠ノ之さん。なんであの時『赤椿』を受け取らなかった?』

 

 

 

嫌々ながらでも受け取っていれば、俺はこんな目には合わなかった…言外にそう含ませた茨に目を逸らすことなく、私はしっかりと言葉を返す。

 

 

 

「たとえ世界全ての人がISを兵器だとしか思わなくなったとしても、姉さんにだけは宇宙開発の夢を捨ててほしくなかった。包丁が料理のためにあるように、バットが野球のためにあるように…それとな、あいつは…茨は私のことを『シノさん』と呼ぶんだ。姿形がいくら精巧でも中身までは真似できないようだなアイアイ男」

 

 

 

『ヒヒ、ヒヒヒ…『護符』の真似は完璧だったんだがこりゃあ敵わねえな…じゃあ聞くけどよ、別に捨てたって良いはずなのになんで嬢ちゃんは未練たらしく『赤椿』を纏おうなんて足掻くんだぁ?あんな目にあってまで…』

 

 

 

『アンカー・スチーム』はドロリと溶け、アイアイ男の姿に戻る。下卑た笑みを浮かべたまま私に問いかけるアイアイ男に、私はきっぱりと宣告した。

 

 

 

「あんな目にあったからだ。そして…一夏とのあの思い出があるからな」

 

 

 

…それは忌むべき思い出だった。

 

 

 

【オトコオンナ!篠ノ之、剣道やるなんてお前男だろ!】

 

【違うもん!私は女だもん!】

 

 

 

悪ガキにオトコオンナとからかわれ、囲まれて…

 

 

 

【じゃあ剥いてやろうぜ!女だったら…】

 

【やめろ!!】

 

 

 

女としての尊厳すら汚されかねなかったとき、救ってくれたのは一夏だった。あの日から、私は一夏に恋をした。

 

 

 

【大丈夫、篠ノ之さん?】

 

【大丈夫…ねえ、箒でいいよ…】

 

 

 

 

 

…だが、同時にこう思ったんだ。

 

 

 

「私は、誰かに守られるだけで、誰かの後ろを歩いていく人生は嫌なんだ。誰かを守り、誰かに守られ、誰かと一緒に歩んで生きていきたい、それだけなんだ」

 

 

 

茨が貫かれ一夏が海に落とされたとき、私は無力だった。私の我儘で、私の友は傷ついた。

 

 

 

『オメエは、我儘を貫きたいから力が欲しい…そうほざくのか』

 

「そうだ。己を貫きたい…それが私の望みだ」

 

 

 

…だからこそ、もうあんな光景は目にしたくない。私の力不足でアレが起きたのだとしたら、あのような理不尽を払いのける力が欲しい。

 

 

 

『ケッ、それが本音か。ガキそのものじゃねぇか。そのションベン臭ぇ我儘がどこまで貫けると思ってるんだ?』

 

「貫くさ。他人を蹴落としたいわけじゃない。誰かを蹴落とす誰かを叩きのめしたいだけだ…生きている限り」

 

 

 

アイアイ男は舌打ちをし、露骨に蔑んだ視線を向け…

 

 

 

『ああ…白々しい綺麗事や大義名分持ち出して来たらそれこそペチャンコにしてやれたってのに、実に心をくすぐってくれるじゃねえか。そのガキ臭い我儘、どこまで貫き通せるか拝ませてもらうぜ…持ってけよ。こいつは蛇菓(カガチ)。不可思議なる力、目には見えない内なる強さだ…だが、心しておけよ』

 

 

 

表情を消すと目を細め、ニョロリとトグロを巻くと真っ赤な舌に持ったリンゴの実を私によこす…ああ、アイアイかと思ったら蛇だったのか。そしてボロ布が私の体に絡みつくと、姉さんがくれたISに…『赤椿』へと変貌していき、暗闇は雲散霧消し雲一つない青空が広がっていく。その姿を青空へと溶かしながら蛇は…『赤椿』は感情を激しない声音でこう宣告した。

 

 

 

『力に頼り、力に溺れれば己の魂を蝕み、喰らい尽くす…破滅の杖なんだよ、おまえが手にした力はな』

 

 

 

 

 

ああ…わかっているさ『赤椿』。

 

 

 

≪たとえ舞曲悉く鳴り止み、帳下りようとも、汝らがため舞わん≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『間に合ぇぇぇ!!…っ痛ぅ!!!』

 

『クソっ!?邪魔すんな蜘蛛女ぁぁぁ!!』

 

 

 

一夏と俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で岩塊の雨の中に割り込み、シノさんをカバーする…それを黙って見ているほど蜘蛛女も甘くはない。粘着質のネットを俺に吐きつけると周りの岩塊ごと宙吊りにして動きを止め、肉厚の両刃の短剣を腰のハードポイントから引き抜きながら一夏に斬りかかる…くそ、悔しいが手練れだ蜘蛛女は。まるで蜘蛛の巣に引っかかった羽虫のように雁字搦めの俺を横目に一夏は、『白式』は機体のあちこちに小さくないダメージを受けている。ああ一夏、シノさんごめん…ん!?

 

 

 

『無事か二人とも!安心しろイカれてはいない…よくも好き放題してくれたな、蜘蛛女!!』

 

 

 

暗闇が支配する空間に広がったのは、金色の草原だった。麦穂が風に揺れるかのように揺れると粉雪のような金色の粒子が舞い…『白式』の消耗したエネルギーはみるみるうちに充填され、俺を束縛していた蜘蛛の巣はあっという間に雲散霧消する。

 

 

 

『秋水一閃、徒花一閃…『赤椿』、参る』

 

 

 

そしてその中心にいたのは『赤椿』…シノさんだった。紅が主体になった機体はそのままだったが、『色なし』とは決定的に違う個所は…得物だった。

 

 

 

『ハッ、随分な根性無しだな!よりにもよって杖とはビビり具合が見えて取れるぜ!』

 

 

 

シノさんの『赤椿』は、双刀の代わりに蛇が巻き付いたような杖を構え、襲い掛かる蜘蛛女を待ち構え…

 

 

 

『…ッつ!随分と根性がねじ曲がってるな!!』

 

『当り前だ。人の嫌がることをやり続けることが勝利への近道だろ?』

 

 

 

杖から光弾を放ち、それをかわした蜘蛛女に杖を双刀に切り換えると斬りかかる…いや、拡張領域(バス・スロット)から引き出したんじゃない、杖を変化させたのか!?

 

 

 

『ボーっとするな茨!一気に畳みかけるぞ!!』

 

『お、応!』

 

 

 

一夏の指摘に俺は『ジャックポット』をハードポイントから抜くと蜘蛛女に向けて連射する。ソードオフタイプの散弾銃でこの距離なら当たっても軽傷で済む…一夏の斬撃をかわした蜘蛛女はそう考えたであろう。

 

 

 

『!!?フレシェット!?くそ、もう潮時か…』

 

 

 

だが、対IS用APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)…フレシェット弾をしたたか浴びた蜘蛛女はあちらこちらから白煙を出し…いや、煙幕か!?

 

 

 

『さて宿無しハック。インジャン・ジョーの死因は何か知ってるか?』

 

『少なくとも老衰じゃあないな』

 

 

 

隠し腕の一本からスタングレネードを放ち、にこやかな笑みを浮かべる蜘蛛女に俺はそう返すのがやっとだった。

 

 

 

 

 

 

さて、ISを運用する際に無視できない要因となるのは、各種コストである。

 

機体、整備施設、それを整備し警備するスタッフ、それら人員に施す教育…それに費やされる費用と時間は決して無視できないものであり、IS学園設立には格差が起きがちな教育を平準化する狙いもある。

 

ともあれ、ISにかかる費用は高止まりを続けており、基本的に運用できるのは国家、それも潤沢に予算が用意できる国家だけであり、それが用意できない国は平均2つ有るコアのうち1つを他国にレンタルし、その対価として運用コストを肩代わりされているのが実情である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、次の分かれ道は左。そこにあるトロッコのレールは地上にまで繋がってるはずだからそこでISを展開しよう」

 

「本当にこっちでいいのかよ、茨?…っと、マグライトの明かりって本当心強いな」

 

 

 

スタングレネードを放った直後に蜘蛛女は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で坑道の一本へと逃げ出し…その数瞬後腹の底から震えるような地響きと轟音、土砂がそこからあふれ出す。閉じ込められた、と理解できたのはそのしばらく後だった。

 

 

 

【ああ…やっといなくなった。一夏、シノさん、俺たちも帰ろう…タンマタンマ大丈夫だよ、頭そんなに揺らさないで俺はイカレテないってシノさん!!】

 

【嘘をつけ!!あの緊張に精神が絶えられなくなったんだろう!?イーリス達アメリカと仲違いしてまで来てくれたのはうれしいが、後先考えず、考えず…う、う、うぁぁぁ…!】

 

【落ち着けよ箒!?…なあ、頼むよ、泣き出すなよ…】

 

 

 

白式越しとはいえ、一夏の体温が心を静めてくれたのは否定はしない。落ち着きを取り戻した私に茨と一夏はポツポツと説明をしてくれた。

 

 

 

【ねえシノさん。一夏はシノさんの事『篠ノ之さん』って呼ばないだろ?イーリさんの指示なんだよ。わざとオープンチャネルでシノさんへ…というか蜘蛛女へ情報を流したんだ】

 

【箒は遅刻したこと無かったろ?集合時間になっても来なかったから部屋まで様子を見に行ったら脅迫状があったんだ。『トムソーヤと宿無しハックへ。ベッキーは預かった、返してほしくばクレメンス鉱山へ来い。徒党を組んでくるようなら命の保証はしない』…茨のおかげだよ、闇雲に突っ込もうとした俺を引き留めてコーリングさんたちのバックアップを受けようってなったのは。ここの地図だって持ってるんだぜ?】

 

【あくまでも鉱山として動いてた時のやつだけどさ…さ、急ごう。出口までそんなに距離はないけど迷ったらオダブツだ】

 

 

 

狭いところはISを解除せざるを得ないが…まあ、一夏の手の感触が心地よかったのは、まあ、特筆すべきところだろう。

 

 

 

「『パシフィスト』のおかげさ。ここいらは探鉱者が初期に掘った区域だから正確な地図はない。だけど音の響き具合や空気の流れ、それに天井みてみな?ランタンや松明の煤がべっとりついてるだろ。そこいらを探知して正しい道を選んでる訳だ…よし、そろそろおやつにしよう』」

 

 

 

ナップザックから取り出したマーブルチョコの包みを受け取ると封を切り、口へと運ぶ…ああ、この甘さが心にしみる…ん?

 

 

 

「どうしたんだ茨、封を切らずにチョコの包みを置いて…」

 

「ああ、ジーちゃんに聞いたんだけどさ…山の神は女神さまだから甘いものをお供えするんだとさ。それでなくても鉱山には霊がウヨウヨしてるだろうし、慰めになればなって」

 

「だな。ホント、俺がもっと早く気づいていればこんなことはなかったのに…箒、本当にごめんな」

 

 

 

いや、お前たちが来てくれて、本当に嬉しかったよ。後は無事にここから抜けるだけだ。




アメリカは遠し、再開は待ち遠し

 

「ポンちゃん、ペーちゃん、ご飯ですよ」

「ニー」「ナウ―」

 

ご主人がアメリカに向かい2日目。彼の副担が食餌の配給やトイレの世話をしてくれている。彼女、山田先生と僕たちのご主人は…下世話な言葉で言えば同衾する仲だ。

 

「猿取君…早く帰ってきてください…」

 

僕たち猫は夜行性ではあるが、朝型である人間たちに合わせる器用さもある。ご主人のいない彼女がどれだけ涙を流しているか見て見ぬふりをする情だってある。やはりご主人は一人の男として責任を取るべきだろう。

 

【そうはいかないわよ、彼女は教師なのよ?そんなことをしたら世の非難を浴びるわ】

 

【アマゾネスばかりの生徒よりはましなんじゃないですかね】

 

入学式の時の行状を知らなかったのは…僕にとっては僥倖だろう。
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