ここまで来たら、どれだけしょっぱいオリンピックになるか興味津々です。
「アビス(地の底)からお疲れ様、ベビーフェイスにサムライガール…マック、後ろを見て見な。おもしれーもんが見れるぞ」
ようやく穴倉から抜け出した俺たち3人。やはりというかなんというか…入り口で待ち構えていたのは軍服をかっちりと着込み、ニヤニヤしながら丸のままスルメを嚙んでいた黒豹女だった…ああ、後ろにいる苦虫嚙み潰した100人はいる兵隊の顔見れば何言われるか大体わかるよ。
「『IS学園生徒の訓練のためクレメンス廃鉱を借り上げる』…内務省には仁義を切っといた。どれだけぶっ壊してもいいとは言われたが…ちょっとこりゃあ先様には想定外だったかもなあ」
豪快にスルメを胴の辺りから噛み千切った黒豹女はイイ笑顔と視線を俺の後ろへと向ける…ISを纏っているんだ、振り返るまでもない。俺たちの背後にあったはずのそこそこ大きな山は、随分とダウンサイジングされていた…小学校の社会科見学で行った飛鳥山の方が高いかもな。
「な、なあ茨、これって…」
「そ。俺たちが見つけた爆薬の近くに敷設爆雷…『カリビアン・スタッド』を仕込んだ結果だよ」
『知ってっかマック?IS乗りを殺すときはな…毒や交通事故、窒息みたいに生身の状態で殺す、あとは大質量での圧殺だ…いくら被膜装甲(スキン・バリアー)でもな、あっという間にガス欠になっちまうってAOAでもキツイお達しを受けてるんだよ』
廃坑に突入する直前に黒豹女からの警告の通信を受けた俺たちは装備を背負いなおして侵入し、そこで遭遇したのは廃坑の中に蠢めく山盛りの蜘蛛型ドローン…そして巧妙に隠された高性能爆薬だった。それに便乗する形で俺はあちらこちらに敷設爆雷を仕掛けていった。ホント、マインレイヤーみたいなリュックサックから出てきたあんなちっちゃい爆雷が、ここまでの威力を誇るなんて…
「さてマック、そうは言っても大人ってのはそれで納得がいくほどお利巧さんじゃあねーんだ。『クレメンス廃鉱はいずれはトム・ソーヤの一大テーマパークとする予定です。どうか無意味な破壊は為さらぬ様』だとさ。で、オメーらはサムライガールの一次移行(ファースト・シフト)が予想以上にうまく行き…ここまでぶっ壊した。それ相応の落とし前はつけなきゃあいけねえ。分かるなマック?」
「待ってくださいコーリングさん!私が…」
「いや、それで良いんだ。分かりました」
後ろで言い募ろうとするシノさんを手で押さえながら、俺は相棒を、『アンカースチーム・ピースキーパー』を解除し…コブシをポキポキ鳴らす黒豹女の前に立ち、歯を食いしばり、目をつぶる。ああ、理不尽だとは思わないが、せめて手加減…
「!!???-ッ!!?」
…手加減ではあったのだろう、予想していた痛みよりはるかに軽く、吹き飛ばされることもなかった。歯の一、二本は覚悟はしていたけど、五体満足だ。それはいい。
「お、おい大丈夫か茨!?何考えてるんだよコーリングさん!?男は…」
「ダダダダ…大丈夫だ、潰れてない。俺らはISスーツ着てるだろ…ぁああああ…」
ISスーツは小口径の銃弾や刃物位ならら楽々防げるし、その衝撃だって吸収できる。だから顔を狙わずタマを狙ったのは…ってやっぱり痛いよ!?チクショー、後ろの兵隊たちのニヤケ面が非常に気に障る。そんなに股間抑えながら飛び跳ねる俺は滑稽か、あ?
「ま、これでお前の落とし前は終わりだ、次の落とし前は…」
一夏とシノさんのほうをニヤリと見やると、黒豹女は二人に歩み寄る。俺は痛みで動けない。ま、まずい…って!?
「御免なさい!貴女達を守れなくて御免なさい!許してください!許してください!!」
「や、止めてくださいコーリングさん!分かりましたから!誰もケガしてないですから!?」
…恥も外聞もない土下座だった。岩場にガンガン頭を打ち付け、額から赤い雫がぽたぽたと流れ落ちても黒豹女は止めようとしない。顔を青くしたシノさんに引き留められ、ようやく黒豹女は土下座の状態のまま動きを止めた。
「許して、くれるんですね…有難うございます、有難うございます…&UM(U=''(&&%!!!」
涙ながらに立ち上がった黒用女は、同じように後ろで土下座していた兵隊たちに怒号を浴びせかけると立ち上がる…俺の拙い英語力では何を言っているか分からなかったが、少なくともいい意味ではなかったのだろう。居並ぶ兵士たちは直立不動の姿勢を取ると、五体投地した…うえ、思いっきり頭ぶつけてる…
「ね、ねえイーリさん…何、言ったの…」
「あ?ああ…『あたしはワビ入れた。思いつく限りのワビを入れろ。ただしケガするような真似はするな』って言ったんだよ」
■
「ああクソ。完全に遊んでやがる…ホント大丈夫?その、額…」
「無傷で何とか帰ってこられたのは、ほんと運としか言いようがないな、マック…大丈夫だ。傷跡なんて見えねーよ」
AOA本社、地下の調整ルーム。『アンカースチーム・ピースキーパー』『赤椿』『白式』をオートスミスに入れると一夏とシノさんはホテルに戻り、俺は黒豹女やほかのAOAスタッフと一緒に交戦データをチェックしている…『ジョブ&ホビー』のスタッフの面々になれた自分としては、どうにも居心地が悪い。
よお、ジー様。あたしが仕掛けた爆弾の近くに違う爆弾があった。ならここから進むのは地獄一定…
ずいぶんな悪ガキに宿無しハックを仕込んだじゃねえか。こちとら危うくド饅頭に埋けられるところだったぜ。いや、イーリか。アイツは拳で向こうはショットガンとマチェットだったが、踏み込みのタイミングは教えたとおりだ。
「なあマック、何で手抜きしてるって思った?」
「手抜きをしてるんじゃないよ。ポンとペー…うちの飼い猫も鼠見つけて狩るんだけどさ…その狩り方にそっくりなんだ。散々嬲っていたぶって、抵抗できなくなるまで体力を奪ってから…とどめを刺す。そのやり口と一緒だった。敵は俺らを生かして返す気はなかった。シノさんが赤椿を発動できたことが、よっぽど予定外だったんだろうな」
…どうやって生還したか?簡単さ。ISを解除して『スピン&ウィーブ』で糸を張り、電波やらハイパーセンサーを吸収できる布を織って。あとはあいつらの足跡を追っかけて行った。
「んで、休憩を取りながらオメーら3人は脱出した。なんでその時マーブルス…チョコを置いてった?」
コーヒーをよこしながら憮然とした表情を隠そうともせず俺に問いを投げかけてきた黒豹女に、受け取って一口啜ると俺は言葉を返した。
「…何かがいたんだよ。ハイパーセンサーにもレーダーにも引っかからなかった。でもさ…何かいたんだ。変に口にして一夏やシノさんを不安がらせてもまずいから、黙ったままだったけどさ…幽霊か幻影(ファントム)みたいなもんだよ、多分。取りつかれるのは嫌だったから、チョコご馳走したんだ…ねえ、ホントにあの後誰もあの鉱山から出なかった?」
…首の二つもへし折ってやろうかと思ったが、大好物のマーブルズ・ピーナツバターを添えられたらコチトラも三舎を避こうって気になるもんだ。ジー様が教えたのか?
「ああ。ウチの若いのとネバダ州軍が張り付いるが、鼠一匹出て来やしない。日が暮れたら州銀だけにする予定だ…見ろよ、サムライガールのさらわれる映像だ。呼び鈴押して開けた瞬間に棒立ちのまま意識失ってやがる。かっさらってったあのスタッフ、こっちの角度からは顔が見えねぇ……『タランテラ』だ。30分きっかりで意識が覚める昏睡剤だ、クロロホルムと違って副作用も一切なし、ようやく人間相手の臨床実験が2桁目に投入したばっかりの出来立てホヤホヤ…どこから持ちだしたんだ…」
…今どこにいるか?ザイオンだよ。目玉の代わりにガラス玉嵌めて、耳にトウガラシ詰めてるような連中に見つかるようなドジは踏まねえ…ああ、そういやタランテラはばっちり利いたぜ。いいのかジー様?こいつも『その日』とかいうヤツへの布石か?分からねえな…それと、宿の手配と学園の旅行の金、ありがとな。
「メシにするぞ。そうだ、マック。明日は遠足だ。用意しとけ…それと、宿は代える。オメーはここで、ベビーフェイスとサムライガールは『タンブル・ウィード』に泊まってもらう。二人には修理終るから荷物まとめてこっちに顔出せって伝えとけ」
「タンブル・ウィード??西部劇でコロコロ転がってる草だよね…」
そういや、シノさんあの日からずっとロングヘアのままだったな…
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「「…」」
食事を済ませた後向かった新たに用意された宿は、暗かった。昨日の今日だ。何かあれば大問題だ、ということで同じ部屋を宛がわれたのだ、私たちは。
「あ、あのさ箒…俺、茨のところに行ってくる。その方がいいだろ?」
このホテルの特徴をひとことで表現するならば「暗い」になる。とにかくものすごく暗い。『クラウン・クラウン』が子供連れのためのゲームセンターやサーカス、あるいは屋台が立ち並んでいたまさに不夜城という感じであったのに比べると、まさに暗い。
「なあ、一夏」
といっても、悪い意味での「雰囲気やイメージが暗い」ではなく、ロビーや廊下などの実際の明るさのことで、つまり照度が極めて低い。そう、これではまるで…
「ななな、なんだよ箒?」
言い切ってしまおう。コレは連れ込み宿だ。道ならぬ恋を育む男女が逢瀬を重ねる場所だ。
「私はな一夏、お前を愛している。女として、異性として…私では、ダメか?」
…女としての覚悟は、出来ている。
「良いのかよ、その…俺はさ…箒が思ってるような男じゃないぜ」
私は、部屋の真ん中で立ち尽くしていた一夏を抱きしめると、耳元で囁いた。
「いいさ。今だけ、お前の心の中の誰かだと思ってくれればいい。私はそれだけで、天にも昇る気持ちさ」
…例え誰かの代わりであってもいい。このひと時だけは…
「分かった。だけど、一個だけ違う。誰かの代わりなんかじゃない、箒だから抱くんだ。それだけは、嘘じゃない」
ゆっくりと私は一夏に抱きかかえられ、ダブルのベッドに優しく横たえられ…優しく口づけられた。
「ありがとう…その言葉だけで、私は幸せだ…」
このくすぐったさも、痛みも、そして心地よさも、私と、一夏だけのものだ。
■
「ふふ…ッ、本当、上手になったよなあマック。山田センセも女相手でも上手だったし、オメーの嫁さんは苦労するだろうな…で、殴られたタマの調子は…んうっ、そこにキスするのも習ったのか…」
「…まあ、口の中で転がされるのは…だからって噛むのはちょっと…」
…まあ、なんというか手加減して頂いたおかげで機能に不調はない。いつも通り3回も『お代わり』に応えられた。
「どうした…アレか?山田センセの事でも…」
「違うよ、イーリさんの事考えてた」
黒豹女は、没入しやすいタチだ。特にその…コーイウ事をする時は。俺が目を回して失神するまで離さないなんてザラだった。でも…今日はどこか上の空だった。4回戦を終えた後、受け入れたまま、抱きしめたまま、どこか違っていた。
「…わかっちまうか。マック、この間オメー死にかけたろ?あん時のこと思い出した」
俺を抱きしめたとき、どこか震えていた。瞳が興奮だけでない、どこか潤んでいた。
「…あたしは、アメリカの生まれじゃない。メキシコシティの出身だ。親父と御袋が年食ってから生まれたガキでな…まあ愛されてて育ったよ、今にして思えば」
「…」
9年前メキシコシティが灰燼に帰したのは、一番最初に勉強した。どこか遠くを眺めるように黒豹女は言葉を紡いでいく。
「お袋は元気な人でな、あたしが悪戯すりゃあそりゃあまあキッツいお仕置きされたよ。親父はまた頼りない人でな、あたしがお袋に追っかけられて後ろに隠れたら、お袋に土下座するようなヘタレだった…あんとき、『黄金の愛』がやってくるまではそう思ってた」
いつもとは違う、まるでお化けにおびえた子供がぬいぐるみを抱くかのように俺を抱きしめる。きっと、黒豹女にとっての、大切な…そして思い出したくない思い出なんだろう。
「家財道具を運ぼうってヒステリー起こしかけてたお袋と泣きじゃくってたあたしの手を引いて、親父は人の波とは逆に、『黄金の愛』に向かって行った…ウチはな、大使館の近くだったんだよ。どう足掻いても逃げ切れない、なら一縷の望みをかけて災厄に預けてしまう…イカレてたよ、親父は。だからここにいて、こうしていられるんだ、あたしは。今の時間はおまけの…」
「ねえ、イーリさん。俺はイーリさんに逢えなかったら…どこかで潰れてたと思う。だから、ずっと感謝してる。だからさ、きっとおまけの時間なんかじゃないよ」
「そっか。じゃあ、一つだけ約束してくれ。噛み終わったガムみたいに捨ててくれてかまわない、誰と結ばれようが構わない…私より長生きしてくれ」
らっとはんと
獅子の牡は狩りをしないなどと揶揄されるが、何のことはない、夜に見ていないだけなのだ。僕たちが狩りをするのは主に夜だ。
「獅子ねぇ…あたしより大きくなってから言った方がいいんじゃないの、お兄ちゃん?」
…ペー女史の体躯は僕よりも豊かだ。その体躯を持て余したことは一度もない。だが、やはり敏捷さについては僕の方が上だ。
「どうでもいいけど、さっさと鼠にトドメさして。お兄ちゃん、実はサド?」
…窮鼠は猫を嚙むのだ。猫はソロで狩るのが基本な以上、無理はできないのだ。
≪…クソ!なんて性悪!?これじゃ情報収集が…≫
…人の悪罵らしきものが聞こえたのは、きっと気のせいだろう。