東京五輪脳内テーマソング 中島みゆき 『あのバスに』
このホテルの薄暗さとは、朝の光を存分に味わう為のものではないか…それほどまでに、カーテンから漏れ出る朝日に照らされた部屋は、私の隣で眠る一夏は美しかった。
(いや…昨夜の一夏との思い出が、そう思わせるのかもな…)
それほどまでに、昨夜の想い出は甘美だった。華奢かと思っていた体躯はそれなりに骨太で、抱きしめられたぬくもり…その、貫かれたときの痛みと…その、初めてではあったが、とっても…とにかく、ここまでの充実は今まで味わったことはない…
「悪い…その、痛かったか?…んん…」
「んむっ…いや、起こしてしまったか」
一夏は眠い目をこすりながら私に口づける。ああ、共に迎える初めての朝がこんなに素敵だなんて…ん?どうした、その小箱は…
「臨海学校の時、土産物屋で買ったんだけど色々あっただろ?渡すタイミング無くてさ…もしよかったら使ってくれ。箒は何時ものポニーテールが似合うと思うから…あ、もちろん今のロングも似合うと思うぜ!」
「ありがとう、一夏…私はやっといつもの私に戻れる」
焦る一夏に軽く微笑み小箱を開けると、私は何時ものようにリボンで髪を結う…深紅のシルクに銀糸で縁取られたそれは、昨晩の事を思い出して、その、気恥ずかしくもあるが…誰だこんな時間にノックを…え?外から?
「お早う、お二人さん。何だ、やっとヤったのかよ」
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「…おはよう一夏、シノさん」
目を覚ましたと思ったら『荷物をまとめろ。ベビーフェイスの部屋に行くぞ』と言い放ち、IS纏った黒豹女を慌てて追った俺…窓からノックして間髪入れず電子キーでクラッキングして開けるのはどうなのよ?
「そ、その…デリカシーがないぞ茨!コーリングさん!」
「よ、お早う茨…悪い、シャワー浴びようぜ箒」
いや…ほんと、まさかベッドでシーツに包まって睦みあう同級生を窓越しに拝むだなんてそうそうないだろうな…いや、友としては嬉しくはある。やっぱり、その、実の姉弟で…てのは不健全すぎる。やっぱり初々しいなシノさん。こういうので慣れっこになってる空気だすのはどうかと思うぞ一夏…ど、どうしたのよ黒豹女?いつもの笑顔よりも凄味が…
「折角初夜を終えたんだ、遊覧飛行と行こうぜ。ISで飛ぶのもいいんだが…それじゃあご両人は不満だろ。マック、パンプキンの馬車を用意しな。シンデレラと王子様のためによ」
そうか。俺は鼠の御者かよフェアリー・ゴッドマザー。
…本当、そこまでやってればガラスの靴なんて用意しないでよかったろうに。
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『さて、未確認飛行物体、古くは空飛ぶ円盤と呼ばれる代物を知っているか、アル?』
「痴れたことを。大抵は人工衛星や流星、あるいは薬物乱用などで発生した妄想だ、オーギュ」
『だが、今日は白昼堂々、ラスベガスで目撃された。見ろ、『タンブルウィード』から出てきた金色のUFOは町をぐるりと一周するとそのままザイオンに向かったようだ。私がばっちりとカメラに収めている。これがその映像だ』
「オーギュ。彼は臆病なほど慎重なはずだ。『アンカー・スチーム』は透明化できる機能がある、いくらお前のカメラが高性能であっても…」
『逆だろ?オーギュの普段使いは昔ながらのアリフレックス 35 IIc…デジカメやスマートフォンみたいなデータのデジタル化なんぞ夢のまた夢の骨董品だ。俺が地上にいたころのヤツをそのまま使ってるんだろ、オーギュ?確かに『エアヘッド』には機械への透明化の能力はあるが…厳密にいえばコンピュータに干渉していなかったように補正するようなもんだ。そんな知恵なんぞない前時代のカメラはありのままを映すだけだ』
「…わかった。そろそろこちらへ着くんだろう?精一杯歓待しよう」
『ああ。そろそろそっちに着くころだ。いつものように歓待してやれ』
『…オーギュ、貴方いったい何が望みなの?』
『私たちはどう足掻いてももう1年は生きられないんだろう?なら…最期までにもう1本、クランクアップさせたい。キャストも予算も集めた。ホンも出来、クランクインも済ませた…後は、主演の覚悟だけだ』
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「奇遇ですね、茨…連絡はイーリから承っていました。遅くなりましたがおめでとうございます、篠ノ之さん」
「僕の予想としちゃあもう八月いっぱいはかかると踏んでいたんだけど嬉しい誤算だね誤算だね、宿題溜めずに出来そうでよかったじゃないかエブリバディ!」
「はじめまして!カレイドスコープのお兄ちゃんのクラスメートさんでしょ、お兄ちゃん!」
「まあ、さっさと日本に帰れるのはいいことかもね…あ、コーヒー有難うピクシー」
あの後『プライウェン』でラスベガスの空をぐるりと回ると先導していた黒豹女からの提案…
『ジー様がザイオンで待ってる。データ通りに飛んでみろ。あたしは台湾からの客をもてなさないといけねー、ハネムーンを楽しんできなベビーフェイスにサムライガール。分かってるとは思うが超音速では飛ぶなよマック、ソニックブレードで街をズタズタにして喜ぶような人間じゃねーってこっちは信じてるんだ』…のまま、俺たちはザイオンという場所に向かうことになった。
「ゲスジジイたちは慰安旅行できたのか?IS学園から直行で…ていうか、奇遇ですねファロンさん、ムーンちゃん」
「ま、そんなところさそんなところさ。ニッポンで八面六臂の大活躍した社員を労わないと社長失格だからねだからね」
…遊覧飛行の、そして周りへの影響がないように競技用ISのエネルギーを消耗しない速度である200キロ…自動車から見るとママチャリ速度のノロノロ運転で航空機の邪魔にならないくらいの低高度の空を飛んだのだが、ベガス中の野次馬と警察とマスコミに追っかけられる羽目になった。
『ど、どうするんだ茨!?』
『あー…一応『パイライト』は発動してる。今のカメラはコンピュータが搭載されてるから騙せるんだ。『空には何もいない』って…ベガスを出たら『ピーカブー』でザイオン近くまで消えよう。まずは遊覧飛行を楽しもうぜシノさん、一夏』
『だな。お、見ろよ箒!『クラウン・クラウン』のビルって上から見るとサーカスのテントなんだな!』
…で、ザイオンに来たんだが、凄いところだここは。ラスベガスは砂漠のど真ん中にある都で、周りはほんとに岩と砂ばかりなんだが、この渓谷だけが切り取られたように青々と緑で茂っている…まあ、ロッジの駐車場の一角に『ジョブ&ホビー』が見えた時の眩暈に比べればどってことはないんだろう、うん。お昼前ぐらいに到着した俺たちはハイキングを楽しみ、慰労会としてディナーを皆でいただいている。
「縁は異なもの味なもの…まさかアメリカで逢えるとは思いませんでした、猿取君。そちらのお二人はクラスメイトですか?」
「…はい。有名人でしょうから紹介は差し控えますね」
「今晩はみんなにトレイニーの名前だけでも覚えて帰ってもらおうね貰おうね!ささバルーニング学園諸君ジャパニーズ土産のメロンソーダだおあがりたまえおあがりたまえ!」
「有難うございます」「頂きます!」
「ありがとー、おじーちゃん!おいしいね、おにーちゃん!あ、カレイドスコープのおにーちゃん、お久しぶり!」
…で、今回食卓を囲んでいたのはAOA社員だけではなかった。何の因果だろう、狐に化かされたような温泉旅行で知り合ったファロンさんとムーンちゃんもここにいた…デトロイトのバルーニング学園という学校の修学旅行だそうだ…ここからは結構な距離のあるはずの場所なのが選ばれたんだ?って思うが、日本のあんな山奥の温泉場にいたことに比べればまだ…ん?どうしてこの二人はあそこに居たんだ?
「まあでも、もうすぐ日本に帰れるのはホッとするな一夏、茨」
「ああ、最悪のケースなら無駄足だったてことに…っと、そんなに俺が珍しい、ムーンちゃん?」
バーベキューが終わり、ちびっ子たちと学園の先生たちと一緒にマシュマロを焼きながら焚火を囲む。俺の両隣にはピクシーとファロンさん、一夏の脇にはムーンちゃんとシノさん。ゲスジジイはほかの職員と一緒にちびっ子たちにお菓子や果物、缶ジュースを配っている。さすがはボーイスカウト発祥の地だ、そういう精神は皆にしみ込んでいるんだろう。
「これはアメリカのソウルフード、『スモア』。一つでは満足できず『ワンスモア』(もう一個)とおねだりしてしまうくらい美味しいからつけられた名前です」
「美味しいものはたくさん有ったけど、やっぱりアメリカの料理が最高さ!ボクみたいなアメリカ人にとっちゃねとっちゃね…まあ、コレは僕たち白人の罪を象徴してるかもしれないけどね」
焼きあがったマシュマロを割った板チョコの挟まったビスケットに挟み、ムーンちゃんに手渡したファロンさんと俺の頭をテーブル代わりにするゲスジジイ。ゲスジジイはアイスボックスから瓶ビールを取り出すと王冠を捩じって外し、一気に煽って言葉を続ける。
「欲深な征服者たち!阿呆な開拓者たち!どれだけの神は穢され、生物は根絶やしにされ…」
「なあ、ゲスジジイ。アメリカ大陸から持ち込まれたイモやトウモロコシやカボチャでいろんな人たちが飢えから救われた。あちこちのプランテーションで作られたカカオやサトウキビやコーヒーのお陰でチョコもコーヒーもどこででも楽しめるようになった…悪い所を挙げればキリがないだろ」
「そうだぜ、ジーさん…ほら、このリンゴだって元々はアメリカに生えてたんじゃないんだろ?」
「おにーちゃんのいうとーり!おいしいリンゴがたべられないの、やだ!」
「わかったわかった、頑固者はさっさと退散するよ退散するよ…」
旗色が悪くなったのだろう、ゲスジジイはバツの悪そうな笑みを浮かべてロッジへと向かっていく…そして俺の方を見るとにこやかな笑みを浮かべて宣った。
「よし、レスバの勝者に一ついいこと教えたげよう。『アンカー・スチーム』のイニシャルには、『アップル・シード』の意味も含まれてるんだ。『ピースキーパー』の姿、鏡でよく見てみなよみなよ!」
…アップルシード?リンゴの種?って…
「ビール瓶俺に向かって放るなよ!割れたらどうすんだ!?」
にしても、ムーンちゃん一夏に懐いてるな…
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「…眠れなかったのか、茨」
『ジョブ&ホビー』に用意された部屋。昨日と同じように一夏とベッドに入ったがどうしても寝付けず、寝付いた一夏を起こさないように廊下に出る。
「まあね…そういや、本願成就おめでとうシノさん」
「!?」
先客…茨がよこした紙パックのアップルジュースを啜ろうとし…ニヤケながら嘯いた言葉に思わずむせそうになる…良かった、折角のジュースが無駄になるところだった。
「…そういう悪趣味なジョークは女性の心を離しますよ、茨。性的な欲求ならデリバリーでも致しますが?」
「やめてくれよ、ピクシー。俺はただ単に友を祝福…」
「ジーさんに似てきたぜ、茨。そういうのは良くないぞ…皆、ちょっと外の風を浴びないか?」
上の階から下りてきたピクシーさんと私の後ろから出てきた一夏の、冷たい視線交じりの言葉に体を小さくした茨を後目に一夏は言葉を紡ぐ。そうか、夜風に…え?みんなで?
「待て一夏?どういう事だ!?まさか…」
「こないだの臨海学校からずっと心に引っかかってたことがあったんだ。この中で言うのもアレだしさ」
「分かった。取り合えず『ピーカブー』発動しとく…安心しろよシノさん、一夏は一途な奴だからさ」
「まったくです。まあ、誘われたらやぶさかではありませんが…どうしました篠ノ之さん?盛大にむせて?」
…そういう冗談は本当にやめてくれ…
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「ISは、束さんが…篠ノ之博士が作ったものじゃないと思う。声を聴いた…『白式』の。束さんが作ったなら、そんなことはしない」
『ピーカブー』を張り巡らした中…音も電波もハイパーセンサーも唇を読まれるのも嫌だから視覚も遮断した結界の中。いつになく暗い表情をした一夏の言葉は俺にとっては思い当たる節がありすぎた。
「だな。虫の息になってた時、俺も声を聴いた…『アンカー・スチーム』の、相棒の…」
俺の言葉が呼び水になったのだろう、シノさんも蒼白な唇から震えるように言葉を絞り出す。
「私の家だけでISを作るには無理が有りすぎる…いや、大金持ちとか大富豪とか言ってるんじゃない。資金なら合法非合法問わず手に入れられるだろう、姉さんなら…いくら資金があっても、技術がないと無理だ。工作機械を作るための工作機械が必要なんだ、ISには。それこそ国レベルのバックアップがないと無理だ」
「…付け加えるなら、時間があまりに足りないんです、篠ノ之博士には。人間がはっきりとした自意識が、そして記憶を手に入れるのは3歳位からなんです。そこから学び始めたとして果たしてどれだけの知識を手に入れられるか…」
「中々面白い会合じゃないか。そして真実にここまで近づけるとはね。勘のいい子、鋭い子は大好きなんだ、AOAの秘中の秘…拝ませてあげるよ」
ぺいんきらあ
「…っつ!?いかんな…その…」
「本当、大丈夫かよ箒?…その、痛み止め貰ってくるか?」
「大丈夫です、半分は優しさで出来たものでよろしいですか?」
「ありがとうございます…その、気にするな一夏。2回目からは、その…」
(何なんれすか!?人が四苦八苦してる最中に大人の階段駆けあがりやがったんですかサムライガール!?茨も茨れす!電話でも部屋ノックしてでも止める義務があるはずれす…イーリれすね!!イーリとお楽しみしてたんれすね!?)