KAZAMIの新米コーチは特殊な体質持ち…   作:アニアス

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第3話 KAZAMIの練習風景

「んんっ……」

 

どこからか聞こえる鳥の鳴き声と差し込む日差しに獅狼がゆっくりと目を開くと最初に映ったのは知らない天井だった。

そのままゆっくりと体を起こすと駄菓子屋がある実家の自分の部屋ではなかったことに獅狼は深くため息をついてしまう。

 

「…全部夢だったらよかったのにな」

 

昨日ジェットバトルのコーチになるための正式な契約を結んだ後、ワダツミの居住区にある一軒家に住むことになり、ジェットウェーブの説明や海津美学園の転入準備などをようやく終えたのである。

 

獅狼はベッドから起き上がると部屋の換気をするために窓を開けた。

そのまま外の景色を眺めると目の前には海が広がっておりカモメも鳴きながら飛んでまさしくリゾート地なのだが、風見エレンにより振り回された獅狼の心は晴れることはなかった。

 

「もうヤダ…このまま走って逃げ出してぇよ…」

「じゃあ一緒に走る?」

「んぁ?」

 

すると不意に声が聞こえては窓から顔を出して左を見るとKAZAMIの選手の1人である相馬颯がそこにいた。

 

「相馬?何でここに…?」

「私は朝と夜、毎日ランニングしてるから…そのついでに獅狼さんを迎えに行くように、エレンから頼まれたの」

「それはご苦労なことで…仕度するから待っててくれ」

 

迎えに来てくれた颯をその場に待たせては出かける準備を始める。

動きやすい服に着替えては洗面所で顔を洗い髪に整髪剤をつけると、家を出て颯と改めて挨拶する。

 

「悪い、待たせたな」

「大丈夫。じゃあランニングで行こ」

「え?走るのか?バスとかの方が速いんじゃ?」

「そんなに遠くないから大丈夫」

 

ジェットバトルの選手や職員はバスなどの公共機関を半額で利用可能で獅狼にとってはかなり便利なのだが、朝から走ることに少しだけ抵抗の色を見せる。

朝は苦手のためバスを使いたかったのだが、颯はお構い無しに走り出した。

 

「行くよ」

「ちょっ!?ちょっと待てよ相馬!」

 

そのまま獅狼は慌てて颯の背中を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…!」

 

しばらくして、獅狼と颯は昨日一悶着あったエレンが住んでいる屋敷前へと到着したのだが、獅狼は膝に手をついて息を切らしている。

近いと言ってもそれはあくまでジョギングを日課としている颯の立場でのこと。

結局獅狼は数キロジョギングする羽目になったのである。

 

「お前…!絶対バス乗った方が早かったろ…!」

「ごめんなさい…つい、夢中になっちゃって…」

「…いや、運動になったから良しとすることにする」

 

涼しい顔をして謝る颯に呼吸を整えた獅狼は手で静止して膝から手を離す。

 

「ま、相馬とジュネーと永雪さんは常識があるからいいけどよ」

「…エレンも、一応常識はあるけど」

「はぁ?あんなんが常識あるわけねぇだろ」

 

勝手にジェットバトルのコーチに指名した挙げ句、勝手に学校の転入まで手を回したエレンに対して獅狼はまだ信頼できていないのである。

 

「KAZAMIの令嬢だかなんだか知らねぇけど、あんなの我が儘が服着て二足歩行してるだけだろ」

「獅狼さん…」

「いや相馬、言いたいことは分かるぞ。友達の悪口言われるのは気分が悪いかもしんねぇけどこればっかりは」

「そうじゃなくて、後ろ…」

「んぁ?」

 

その時、ピトッと獅狼の首後ろに冷たい感触が伝わった。

それはまるで一瞬に全身へと広がり獅狼も冷や汗をかいてしまうものの、全身が硬直してはそのまま仰向けに倒れてしまう。

 

「あ、あがが…!」

「誰が我が儘が二足歩行してるですって…!?」

 

そんな獅狼の後ろに仁王立ちしていたのはKAZAMIの令嬢にして獅狼をコーチに就任させた元凶の風見エレン。

たまたま2人の会話を聞いては獅狼の首筋を後ろから触ったのである。

 

「てめっ…!ちょっと悪口言われたからって、触るんじゃねぇよ…!」

「KAZAMIのコーチがこんな無様な体質を持ってるなんて他の企業に知られたら恥だわ。耐性をつけさせるための特訓だと思って感謝することね」

 

そう言ってはフンッと顔を反らすエレン。

プライドも高く短気な性格が露となっている。

 

「さ、いきましょう颯。朝ごはん用意してるから」

「分かった」

「へっ?ちょっと待て!俺をこのまま置いていく気か!?オイ風見!?」

 

そのままエレンは倒れてる獅狼をほったらかしにして颯を連れて屋敷へと入っていった。

朝から走らされた挙げ句にご飯にもありつけない状況になりそうになる中、獅狼に救いの声がかかる。

 

「何をしているんだ君は?」

「おはようございます。獅狼さん」

 

それは同じKAZAMI所属のシュネー・ヴァイスベルグと永雪氷織だった。

どうやら2人ともエレンに朝食に誘われて今来たようである。

 

「あの我が儘令嬢にやられた…」

「…あぁ、エレンのことか。だが察するに獅狼くんが余計なことでも言ったのではないか?」

「…ノーコメント」

 

年もそんなに離れていないにも拘わらず年上のような口調のシュネーに問いかけられても獅狼は不機嫌そうに返す。

 

「それにしても獅狼さんは女性恐怖症でもないのに、どうして異性と接触すると硬直するのでしょうか?」

「ふむ。確かにこれには興味があるな…」

「俺が知りてぇよ」

 

獅狼は女性に対して恐怖や過去のトラウマもないためどうしてこんな体質を持ってしまったのか、専門家ですら分からず今に至っており、日常生活でも気にしているのである。

 

「さて、流石にこのままでは可愛そうだ。ヒオ、獅狼くんを運んで上げよう」

「分かりました」

「へ?ま、待った永雪さん!」

 

次に永雪が獅狼に手を伸ばすと皮膚に触らないように配慮しては膝の後ろと背へ手を回してはそのまま持ち上げる。

いわゆる、お姫様抱っこをされた獅狼は顔を赤くしてしまう。

 

「も、もう俺…お婿に行けない…!」

 

いくら動けないとはいえ、成人してる年上の女性にお姫様抱っこをされるのは死ぬほど恥ずかしいこと。

顔を隠そうにも指も動かせないためそれもできず、羞恥で真っ赤な顔が露になってしまっている。

 

「あのままにしておくワケにも行かないだろ?」

「では参りましょう」

「イヤだー!下ろしてくれー!」

 

そしてシュネーと獅狼をお姫様抱っこしている氷織はそのまま屋敷へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

あの後色々あった獅狼だったが、今はKAZAMIが管轄しているジェットバトル専用の施設に来ていた。

ここではKAZAMIの選手たちが日々ジェットバトルのトレーニングを行っておりかなりの広さがある。

 

そして獅狼はというと、ここの施設内の1つであるトレーニングルームにいた。

エレンから準備が終わるまでここで待っておくように指示されたため黒いジャージ姿でエレンたちが来るのを待っているのである。

 

「にしても流石は大企業、設備にも金かけてるなぁ…」

 

トレーニングルームを見渡すと、ランニングマシンなどの機器も最新型のものばかりが並んでいて触るのを躊躇してしまう程だった。

実家が近所の小さな駄菓子屋の獅狼にとっては住む世界が違っていた。

 

「KAZAMIって、俺の予想よりも数倍以上の資金力があるんだな」

「やっとKAZAMIの偉大さをようやく理解したようね」

 

すると聞きなれた生意気な声を掛けられて獅狼が振り向くと、エレンたち四人がトレーニングルームへ入ってきたところだった。

エレンたちは全員、紺を基調としスカイブルーのラインが入っているウェットスーツのようなものを着用していた。

 

「…それ、KAZAMIのジャージか?」

「えぇそうよ。動きやすくて体にフィットするの」

「ふーん?日焼けしなさそうだな」

 

KAZAMIのロゴが入っているジャージは彼女たちのボディラインが露となっていたため、じっと見る獅狼にエレンが警戒心の視線を向ける。

 

「言っておくけど、手を出すのは厳禁だからね。まぁ私たちみたいな魅力のある体に目を奪われるのは仕方ないと思うけどね」

「安心しろ。少なくともお前みたいな幼児体型に興味はねぇっ!?」

 

余計な一言を言った獅狼は眼前から迫ってくるエレンの手をギリギリでかわした。

流石に何度も触られる獅狼ではないためかわすことができたのである。

 

「ぐぬぬぬ~!バカにして~!」

「エレン、そこまでにしないか。獅狼くんもエレンをからかうのも程ほどにしたまえ」

「へーへー分かりやした~。で?何すればいいんだよ?」

 

シュネーから仲裁を受けて獅狼はコーチの仕事を聞こうとする。

乗り気ではないものの住んでいる場所はKAZAMIが用意してくれてるためコーチとしてやれるだけやろうと吹っ切れている。

 

「取り敢えず今日は見学だ。僕らの練習風景を見ているだけでいいから雰囲気だけでも目に焼き付けておいてくれ」

「リョーカイ」

 

取り敢えず経験のない獅狼はKAZAMIの練習風景を見学することになったのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

それから数十分が経過。

獅狼はパイプ椅子に座りながらKAZAMIの練習風景を眺めていた。

ランニングマシンやフィットネスバイクなどを使用してエレンたちは練習メニューをこなしているが、獅狼にはどうしても腑に落ちないことができた。

 

「ん~……」

「どうかしたの?」

 

神妙な顔つきの獅狼に側でランニングマシンの上を走っている颯が話しかけてきた。

 

「いや、4人ともバラバラの練習メニューだから気になってな…」

 

颯はランニングマシン、エレンはバランスボール、そしてシュネーと氷織はロデオマシンでトレーニングしているためまるで統一性がないように感じていた。

それに強豪チームのためてっきりハードトレーニングかと思いきやそうでもないため疑問に思う中、颯が答えた。

 

「それぞれに合わせたトレーニングメニューを組んでるのは、オーバーワークを防ぐためみたいなの」

「へー」

 

無理で体を壊さないKAZAMIのトレーニング方針に獅狼は感心の声を漏らしてしまう。

 

「にしちゃあ相馬よ、少し飛ばしすぎじゃね?」

「あ……つい夢中になってて、気がつかなかった」

「お前ホント走るの好きだよな…」

 

ランニングを日課としている颯に呆れながら立ち上がった獅狼はバランスボールに乗っているエレンの元へと向かった。

エレンは獅狼の顔を見るや不機嫌そうな顔になってしまう。

 

「何よ?」

「いや、バランスボールってそんなに効果あんのかなってよ」

「…はぁ、これだから庶民は」

 

純粋な獅狼の質問にエレンはため息をつきながらも説明をしてくれた。

 

「バランスボールはダイエットだけじゃなくて、姿勢矯正の効果もあるの。マシンはバランスも重要視されるから結構効くのよ」

「ふーん?…その割に左に傾いてるのは気のせいか?」

「へ?」

 

獅狼に言われて確認すると、エレンの重心はやや左へとかかっており慌ててバランスを取り直した。

解説を終えた途端、恥を晒してしまったエレンは顔を赤くしながら声を上げる。

 

「わ、わざとよ!アンタが気づけるかどうかテストして上げたのよ!」

「…………」

「何なのその目は!?この風見エレンの言うことが信じられないワケ!?」

 

ギャーギャーと喚いているエレンを見て、獅狼は改めてめんどくさいなと思うのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

トレーニングルームでのメニューを終えた一行が向かった先は、屋外プール。

マシンを乗り回しや狙撃の練習ができる場所でかなりの広さを持っていた。

 

そこで獅狼はガンナーであるシュネーと射撃場へ来ていた。

 

「これがジェットバトルで使うエネルギー銃か…結構種類があるんだな」

 

獅狼の目の前に並べられているのはハンドガンやライフル、ミニガンなどをモチーフにしたエネルギーだった。

これらはすべて実弾ではなく人体に影響のないもので選手自らカスタムする場合もあるが、KAZAMIでは専門のメカニックがメンテナンスを行っているようである。

 

「あぁ、状況に応じて使いこなすのも駆け引きになるんだ。ちなみに私の得意分野はこれだ」

 

そう言ってシュネーが手に取ったのはライフル型のエネルギー銃。

遠距離からでも狙撃ができる代物である。

 

「では始めるとしよう」

 

そしてシュネーが足元のボタンを押すと、周囲の装置が起動しターゲットがホログラムとして出現した。

これはKAZAMIに限らず他の企業も兼ね備えている最先端のシステムで獅狼が唖然となる中、シュネーはターゲットに照準を合わせ1つ1つを正確に撃ち抜いていく。

そして瞬く間にターゲットすべてを全弾命中させたのだった。

 

「すげーな…」

「こういったテクニックは理論もしっかりしていれば、如何なる状況でも効果を発揮できるものだよ」

 

感心してる獅狼にシュネーはガンナーとしての持論を説明する。

つまり素人の獅狼でもその理論を理解すればシュネーのような正確な射撃ができるということである。

 

「なるほど…でもコンディションとかは大事だろ。そんな寝不足で目がショボショボしてる状態だと精度も落ちるだろ」

「!……よく分かったな。どうやら獅狼くんは僕らが思っているよりも観察力が鋭いみたいだな」

 

寝不足を見破られたシュネーは驚くものの獅狼の観察力に感心してしまう。

そんなことなどお構い無しに獅狼はこの場から離れて他のところを見に行くことにした。

 

「んじゃあ他のとこ見てくる」

「分かった。僕も少し休憩することにするよ」

 

シュネーのところを離れて獅狼がプールの方へと向かうと、颯と氷織の2人がマシンを操作して水面を駆け回っていた。

颯もとんでもなくスピードを出しているがかなりの高度なテクニックを持ってマシンを操作しており、氷織は更にその上を行っていた。

 

「…動画で見るより迫力あるなぁ」

 

すると氷織がこちらへ向かってきてはマシンを足場に幅寄せして停めた。

どうやら休憩するようで獅狼は声を掛けてみた。

 

「どーも永雪さん」

「獅狼さん…いかがされましたか?」

「いや、ちょっと声をかけてみようかと…にしてもよくこんな難しそうなの操作できてるな」

 

マシンの操縦席を見ると、アクセルやブレーキはもちろんレーダーなども搭載されていて何が何やらまったく分からなかった。

 

「マシンは操縦すればいいだけでなく、波を読みギアを切り替えるタイミングなども考慮しなければなりませんから」

「うっわぁ、考えただけでも頭痛がしてきしそう…それに落ちないようにバランスも大事にしないといけねぇもんな」

「そこに気がつくとは。トレーニングルームの時もそうでしたが、やはり観察力が鋭いですね」

 

ジェットバトルにおいての基礎に気がついた獅狼に氷織もまた感心してしまう。

 

そして各選手の元へと回りながら獅狼はジェットバトルについて知識を身につけていくのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

そして空が茜色に差し掛かった夕方。

すべてのトレーニングを終えたエレンたちはミーティングをしており反省点や改善点を上げていく中で獅狼もそれに参加していた。

しかし素人の獅狼は特に意見も出さずに聞いていると、エレンが話を振ってきた。

 

「さて獅狼。実際にジェットバトルの練習風景を見た感想を聞かせてもらおうかしら」

「えっ」

 

話を振られた獅狼は一瞬動揺するものの率直な感想を口にした。

 

「まぁその、なんて言ったらいいか……実際のところ生で見れて迫力があるとかそんな感じだ。まだ片足突っ込んでる段階だし、正直そこまでしか出てこねぇ………けど、ほんのちょっぴりだけ興味は湧いてきた」

 

ジェットバトルに対して今まで魅力などを感じて来なかった獅狼だったが、間近で練習を見たことにより少しだけ興味が湧いた。

夢中とまでは行かないもののこのままコーチを続けてもいいと思える程まできた獅狼は改めてエレンたちと向かい合う。

 

「半ば強制的だけど、コーチとしてやれることはやってやるよ」

「…今はそれでいいわ。取り敢えず、明日からは本格的になるから覚悟なさい」

 

こうして獅狼はコーチとしての職務を自ら進んでやっていこうと気持ちを切り替えるのだった。


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