無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
すみれに突然キスをされて、驚きながらもうれしく思ってしまう自分がいた。こんなことはよくないとわかっているのに、それだけ僕のことを思ってくれていることが嬉しかった。嬉しいなんて思うのは正しくないことはわかっているのに、大切にしている相手から強い感情を向けられるというものは、抗いがたい幸福だった。
僕はきっと、この感覚から逃れることは金輪際できないのだろう。ずっと前に失くしてしまった、僕のことを、ありのままの僕をほぼ無条件に肯定してくれる存在を相手に、理性なんてものはほとんど無力だった。
勿論僕がすみれに対していだいているのは、すみれが僕に求めているであろうそれとは異なるものだ。僕はあくまで、家族として一緒にいることをすみれに求めている。それ以上の何かは、それ以外の何かは、求めていない。
そのはずだった。家族以外のものは求めていないはずだった。けれども、僕が一番感じているのは、求めているのはすみれの独占だ。すみれのお母さんから与えられたものすらも本心では受け入れたくない、どこまでも歪んでいて自分本位な独占欲だ。
すみれには、僕以外の人と話してほしくない。関わってほしくない。介入してほしくない。
こう思ってしまうのは、一言でいうと異常だ。異常な気持ちが異常なままに当たり前に振舞っている。
けれど、それがいけないことだろうか。自分の人生をかけて助けた少女を、自分に好意を持ってくれている少女を、他の誰の手にも触れてほしくないと思ってしまう。そんなことは普通のことだと、僕は思った。
異常な気持ちに、けれど当然な感情に思考回路が支配される。そのことに気付いた時にはもう、僕はすみれを抱きしめていた。この行動が社会理念的に正しくないということはわかっているのに、胸の内からこみあげてくるこの感情を表す術が他になかった。
僕の腕の中ですみれは、抵抗するように小さく藻掻く。このまま襲ってしまえば、この子は僕だけのものになってくれるだろうか。嫌われていない、好かれている自覚はある。少しくらい傷つけてしまっても、おとなしく受け入れてくれるだろうか。
すみれに付けられている傷が、どれも溝櫛に与えられたものだということが不快だった。
それなら、もっともっと深いところに僕だけの痕跡を刻み込んでおかなくてはならない。すみれを抱きしめる腕に力がこもる。細く小さい体は、今にも壊れしまいそうだ。
「……お兄さん、すこし、苦しいです」
左の耳元から絞り出すような声が聞こえて、正気に戻った。今自分が何をしようとしていいたのかを認識して、慌てて腕を解いた。家族に対してするようなことでも、思うべきことでもなかった。そのうえ、すみれはまだ未成年なのだ。
「……なにも、しないんですか?」
責めるように、あおるように、耳元ですみれは囁く。首元にひんやりとした腕を回して頭を抱えるようにしながら、ささやく。
間違いなく、俗にいう据え膳というものだろう。僕がおかしな思考に動かされた結果だし、途中まで僕が襲ったようなものだったから、男の恥にならないようにしたほうがいいのかもしれない。ここでやめたら、すみれに恥をかかせるだけになるのかもしれない。
「真剣に考えての結果で、ちゃんと責任を取るなら好きにしていいって、お母さんも言ってくれました。だから、
頭が、冷えた。自分のしたことに、流されそうになったことに、自身を殴りたくなるほどの怒りを覚えた。何が、恥だ。そんなものは犬にでも食わせてしまえばいい。
どのような形になるにしろ、責任は最初から取るつもりだった。すみれを拾ったあの日に、どのような結果になろうともその責任はとるつもりでいた。だから、それはいい。
でも、こんな風に衝動的に、流されるままにしていいことではないだろう。もしするとしても、もっと順序を踏んで、気をつかって、なるべくいいものとして終わるようにしなくちゃいけない。間違っても、傷つけることが目的なんかであってはいけない。
「ごめん、すみれ。離してくれないかな」
しぶしぶといった様子で、すみれは僕の首から手を離し、顔のすぐ横にあった頭を遠ざけた。すみれに恥をかかせる結果になったが、今は仕方がないものとして諦めてもらおう。
「ごめんね、でも、今の僕の気持ちのままでそういうことをするのは、やっぱりいけないことだと思ったんだ」
すみれから好かれていることは、わかっていた。そういう対象として見られているであろうことも、どことなく察していた。なのに、僕は逃げていたんだ。責任を取るつもりでありながら、まだそういうことをすることはないだろうと高をくくって、考えないようにしていた。家族だからと、家族でいるためにと、すみれと真剣に向き合うことから逃げていた。
そんな状態で、できるはずがない。ちゃんとすみれのことを真剣に想って、
「だから、もう少しだけ待ってほしいんだ。ちゃんと、すみれの気持ちにこたえあれるようになるから」
衝動的なものではなくて、しっかりと惚れて、愛していると臆面もなく言えるようになってからじゃないと、僕はすみれを幸せにできないと思ったから。本当にこの子のことを考えるのなら、そうして通すべき筋は通さなくてはいけないと思うから。
「……燐さんのヘタレ」
ぼそっと呟かれた言葉は、かなり刺さるものだったが、そういわれて仕方がないようなことをしたので、甘んじて受け入れる。ついでに謝りもする。すみれからしたら、突前迫られて受け入れようとしたらはしごを外された形だ。文句の一つも言いたくなるだろう。
「でも、いいです。燐さんがわたしのことをちゃんと考えて、向き合ってくれるのなら、今はそれだけで満足してあげます」
すみれはいたっずらっぽく笑うと、僕にしなだれかかって、唇を奪う。
「安心してくださいね、燐さん。すぐにわたしの気持ちに応えたくなるようにしてあげますから」
幼さの中に宿った婀娜っぽさ。相反するものが一つの器に入って成り立つ、危険な魅力。
胸が、高鳴った。どうやら、僕がすみれに夢中になるのは、それほど遠い未来ではなさそうだ。