無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
すみれが病院に運ばれた日から、二年が経った。
犯人自体はすぐに捕まって、いくつかの罪で裁かれた。すみれに預けていた財布を盗まれていたことで強盗罪まで追加されていたことを後から知ったが、正直それ以外のことが大きすぎたせいでそれほど衝撃は受けなかった。
その近辺で唯一驚いたことは、犯人が青柳、僕の上司の弟だったことだろうか。弟とはいえ随分前に勘当されて、今どこにいるのかも知らないような間柄だったらしいが、これもまた嫌な繋がりだ。恥とはいえ身内のしたことだからと、彼が賠償金の一部を立て替えてくれたことには助かったが、こんなことになったせいでそれ以降はずっと負い目を持たれている。
就職した頃から僕の事情を知っていて、気にかけてくれて、目にかけてくれた恩人にとの関係は、そんな経緯で変わってしまった。表面上は、仕事をしているあいだはこれまでと同じように振舞ってくれているが、それ以外の時は接し方を忘れたかのように不自然になる。謝られるたびに、何も悪くないはずなのに謝っている姿に、胸が苦しくなる。
そうして仕事が終わって、帰ったら今度は家事をしなくてはいけない。結局奇跡なんて起こらなくて、左半身の不随は残ってしまったすみれ。一人ではまともに生活することもできなくなってしまったすみれの介護も、僕が毎日やらなくてはいけないことだ。
家に帰って、体をきれいにてやって、ご飯の用意をする。ある程度は土日の休みにまとめてできるが、それでも毎日やらなくてはいけないことだってたくさんある。すみれの朝食や昼食も、前日のうちに用意しなくてはいけないし、洗い物だって、以前と比較すればましなもののけして広くないキッチンでは貯めれて二日分が限度だ。
やらないといけないことは毎日あるし、一人で暮らしていた時のそれよりもずっと多い。のんびり過ごす時間もないし、早く帰らないといけないから残業もまともに出来なくなって、収入も減った。
安さを目当てにスーパーをはしごする気力もなく、買った食材を効率よく使いまわすことを、最低限以上の栄養バランスを考える余力もない。支出は増えて、僕は嫌なことから逃げるために酒を使うようになった。
それでまた支出が増えても、僕には逃げ道が必要だった。もとより、僕は酔っぱらった勢いですみれを保護したような人間だ。ほかに救いがあった間はからっきしだったが、なくなったらそこに戻るのは当然のことだろう。この頃、僕は自分が限界なのだと感じていた。
けれど人間、限界なんてものは迎えてからが本番だったようで、そのままずるずると時間だけが経った。僕はただ逃げ続けた。
今振り返ると、前後関係は定かではないが、すみれから笑顔がなくなったのも、何も悪くないはずなのに仕切りに謝るようになったのも、そのころからだった。僕の飲酒を受けてすみれがそうなったのか、すみれのそれに耐えられなくて僕が逃げたのかはわからないが、時期的には一緒だった。
こうなってしまうと、それ以前の自分がいかに何も考えず、浅い想像で物事を語っていたのか、考えていたのかが見えてくるものだ。
どんな君でも変わらず愛せるだなんて、そんなのは嘘だ。愛しているのに、だれにも触れさせたくないのに、こんなにも苦しいのだから。そばにいられるだけでいいなんて、それだけで幸せなんて、そんなのは嘘だ。誰よりも近くにいるのに、今の僕は苦しい。自分だけで独占しているのが幸せなんて、閉じ込めておくことが幸せなんて、そんなものは嘘だ。他の誰かと関われていた時の方が、自由に、たのしそうにしていた時の方が、君は間違いなく魅力的で、そばにいたい存在だった。
……たまに、すみれがこんなことになっていなかったら、僕はどれだけ幸せになれていたのだろうかと考えてしまうことがある。きっとその僕は毎日帰ったらすみれの作るご飯を食べながら談笑して、たまに夫婦の営みなんかをしていたのだろう。すみれのトラウマになってしまって、無理は絶対にさせたくなくて、終ぞ僕が一度もすることのなかった行為に励んだりもしていたのだろう。
そんな未来が、ほしかった。いや、多少違ってもよかった。一緒にいて、お互いに笑い合えるような関係が築けたなら、何でもよかった。そんなことを定期的に考えては、僕は自己嫌悪に浸る。
すみれが幸せならそれでいいと、すみれのためになるのならそれでいいと思っていたはずなのに、結局僕が求めていたのは自分にとって都合のいいすみれだった。すみれのためという美辞麗句に踊らされて、一人で気持ちよくなっているだけだった。
けれど、そんなことを考えてしまうのは今のすみれに対する裏切りに他ならない。こうなってしまったときに、自身のことを鑑みて、自分を捨てたほうがいいと言って、僕のことを思ってくれた彼女に対する裏切りに他ならない。
そのときに、僕はすみれがどうなろうと一緒にいたいといったのだ。なのに、今更一緒にいることが苦しいだなんて、いえるはずがあろうか。病めるときも健やかなる時も、命ある限り真心を尽くすことを誓ったのに、今更になって相手が病める時だからと逃げることが許されてはいけない。こう思ってしまったのは、きっと僕が薄情な人でなしだからに違ない。
その自覚を持ったころから、僕は酒だけではなく煙草にも手を出すようになった。ギャンブルに手を出さなかったのは、そもそも使える金がなかったからか。三重苦まではいかなかったが、余裕がないのに酒とたばこに溺れるのは、きっとダメだったのだろう。
それでもアルコールのまやかしと、ニコチンのニコチンの沈静作用にまかせて、僕はダメな道に進んでしまった。
二つのバランスが取れずに吐き散らかして、心配をかけた時期も乗り越えた。もう、そんな粗相をすることはない。それを成長と呼ぶことはできるだろうが、すみれにとっては、僕のその姿はきっと進んではいけない道に自ら転がり進もうとしているように見えたのだろう。そのタイミングからして、わざわざそれを選んだ理由があるとするならそれは、僕のことを止めるためだった。
酒でも、たばこでも、十分な休息が取れなくなってしまった僕が次に求めた道、睡眠導入剤に手を出してから数日後、すみれはベッドから体を落としながら、そのベッドフレームとタオルケットを使って自ら命を終わらせた。
僕は結局、すみれのことを幸せにすることができなかった。