無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

110 / 126
 バットルート、ラストです(╹◡╹)

 前話本当につらかったのに誰も信じてくれなくてかなしい……(╹◡╹)


BADEND AFTER 小さな幸せの末路3

 全身から力を失っていたすみれを見つけて、駆け寄って何とかならないか試そうとして、その冷たくなった体に、もう助からないことを悟った。以前のことがあって、もし次があったらいけないからと多少勉強したことで、もう助かりようがないくらい手遅れなのだとわかってしまった。

 

 筋肉が強ばっていたのだ。もう、とっくに間に合わないところまで来ていた。そのことはきっと僕にとっては不幸なことで、幸せなことだったのかもしれない。何も迷うことなく、警察に通報できたから。きっとまだ間に合いそうなら、何時間でも続けるか、途中でポッキリ折れてしまっていただろうから。

 

 そうならなくてよかったと、間に合わないタイミングで良かったと思ってしまった僕の心は、きっともうだいぶ擦れてしまっていたのだろう。毎日が大変で、苦しくて、でも逃げられなかった。悲しみよりも先に感じたものが、開放感だったことが、僕の心の無さを表しているように思えた。

 

 この後どうするのが正解なのかわからなくて、調べて、警察に連絡する。偶然かそうじゃないかは定かではないが、以前対応してくれた人と同じ人が来て、いくつかのやり取りと確認の末、事件性は見受けられないと言って死体検案書をくれた。少し異なるところはあるが、警察が発行する死亡診断書という認識でいいらしい。役所への届出とかで必要になるから、無くさないようにと言われた。

 

 そのまま警察の人に教えて貰って、するべきことから始める。まずはすみれのことを安置できる場所を確保するために葬儀会社を決めて、関係のある人に連絡をする。

 

 関係のある相手なんてのは、僕らにはほとんどいないので、とりあえず身内から。お義母さんに電話をかけてみて、仕事中だったのか出なかったのでメッセージで伝える。他に事情を知らせないといけないのは、色々な意味で伝えないわけにはいかない上司。

 

 ……あとは、誰がいただろうか。僕が独占しようとしすぎたあまりに、すみれの人間関係はあまりにも狭すぎた。僕の同僚すらも、合わせたことがなかったのだから当然だった。さすがに医者の先生や担当してくれた警察の人を呼ぶわけにもいかないから、すみれを送るのは僕を含めて3人。ああ、入居の時の数回くらいしか顔を合わせたことは無かったけど、大家さんがいたか。住民が自殺してしまったのだから今後心理的瑕疵物件にもなるだろうし、どちらにせよ連絡は必要なのだから声をかけてみようか。何度も警察を呼ぶようなことになってしまい、申し訳ない限りだ。

 

 しばらくするとやってきた葬儀会社の人にすみれを預けて、頭を回していられたのはそこまでだった。いろいろやらなくてはならないことや、決めなくてはならないことが押し掛けてくる。普通の葬式とは違って、あまりにも突然のことだったから何の心の準備もできていない中で、全部決めなくてはならない。

 

 相談できることは青柳とお義母さんに相談して、自分で決めなくてはいけないことは一人で決めた。こんなことになるのなら、お互いの葬儀はどうしてほしいかあらかじめ話しておくべきだった。いや、僕はすみれがいなくなってしまうことなんて考えたくもなかったから、結局無意味に終わっていただろう。

 

 一番つらかったことは、二人とも、僕を責めてはくれなかったことだろう。

 

 大切な一人娘を守ることができずに、挙句死に追いやった僕は、お義母さんに恨まれていて当然だ。二年前の時に、一人で介護するのはつらいだろうから手伝うと言ってくれたのに、その思いやりを不意にしてずっと心配をかけて、こんな風になってしまった僕は殴られて当然だ。

 

 弟のしたことから、そうなる前から僕のことを心配してくれていて、事情が事情だから働く時間をもっと減らして休んでもいいのだと、それで減った分は多少サポートするからと言ってくれた上司を、自分は大丈夫だからと突っぱねていたのは僕だ。だから言っただろうと、どうしてこうなる前に相談してくれなかったと胸ぐらをつかまれてしかるべきだ。

 

 そこにあった助けの手をはねのけて、一人で勝手に失敗して、そうしてこんなことになってしまっている僕を、なぜか二人は責めなかった。責めては、くれなかった。

 

 

 

「燐君はただ、すみれを守りたかっただけなのでしょう?その気持ちがどんな結果につながったところで、一度あの子を捨てた私に、怒る資格が、今更何か言う資格があると思う?」

 

「溝櫛君のことと言い、あの事と言い、あの時の君には、君たちには、自分たち以外のものなんてまともに信じることができなかったんだろう。仕方のないことだよ」

 

 火葬場の待ち時間で、三人だけで待っている間に、どうして僕のことを責めないのかと聞いたら、二人はそんなことを言った。

 

 言いたいことはあるはずだ。思っていることもあるはずだ。それでも、二人はそれを伝えるよりも、僕のことを気遣ってくれた。情けなさで、涙が出る。二人のやさしさに、涙が出る。すみれを守れなかった僕は、すみれを追い詰めてしまった僕は、きっとすみれからも恨まれているはずなのに。

 

「……すみれからね、メッセージが届いたの。きっと燐さんは落ち込んじゃうから、思いつめないように止めてほしいって」

 

「こちらには、灰岡君が立ち直れるようにいい人を紹介してあげてほしいと。今度こそ、幸せになれるように助けてあげてと。灰岡君、君は、すみれさんからの言葉を見落としているんじゃないかな」

 

 信じられなかった。どうして自殺してしまったのかもわからないすみれが、僕のことを恨んでないなんて。でも、しっかり家の中を探すように言いつけられて帰ったら、それはすみれが寝ていたベッドのすぐ横に置いてあった。

 

 すみれがいつも手元に置いていたノートの何代目か。どこにでもあるキャンパスノートの、ふせられていた表紙。元々別の言葉が書いてあったそれはペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされて、その下に綺麗とは言えない字で、遺書、とだけ書いてあった。

 

 

 

 読みたくない。読んだら、すみれが残した言葉を受け入れないといけなくなるから。すみれが僕のせいで死んだのだと、わかってしまうだろうから。

 読まなくてはいけない。すみれが残した最後の言葉を、知らないままでいいわけがない。

 

 ページを開く。最初は、ただの日記だった。たまにクロスワードだったり、ナンプレだったりの時かけのものが書かれているだけの日記だ。ほとんどない、その日あったことをつらつらと書いているだけの日記。かつてのすみれなら、晩御飯を食べながら楽しそうに話してくれていたものが、ここに書かれていた。

 

 懐かしさと、そんな些細な会話すらなくなってしまっていたのだという後悔を押し殺しながら、続きを読む。パラパラと流みしながら10分ほどして、ようやくたどり着いた遺書の部分。

 

 

 正しい遺書の書き方なんて知らない僕でも、変だとわかる書き出し。けれど、すみれらしい。そんな言い訳を書かなくても、すみれの字が上手でかわいらしいものだったことくらい、ちゃんと覚えていた。けれど確かに、こんなことになるのなら、あとから読み返せる手紙で、もっとやり取りを残しておくべきだったのかもしれない。

 

 

 

 謝る必要なんてない。すみれが生きていたいと思えるようにと願っていたのだから、その通りであってくれたことは、嬉しいことだった。

 

 僕の方こそ、すみれからたくさんのものを貰った。安心も、安寧も、幸せも。すみれがいればなんでも耐えられると思っていたくらいには、替えがたい幸せだった。

 

 

 溝櫛のことは、やはり僕のせいだ。僕が一度でも、気づいていれば避けられたことだ。何年間もずっと騙されていなければよかったことだ。

 

 甘やかしたのだって、本当はずっとそうしたかった。初めこそ、失った家族の代わり、茉莉の代替としてだったのかもしれないけど、僕はすみれのことが愛おしくて、僕に甘えてくれるのが嬉しくて甘やかしていただけだ。

 

 

 いずれは、きっとそうしていただろう。だから、あのことは素直に悲しんでいいんだ。

 

 ああ、けれどもたしかに、どの時間も今にしてみれば輝いていた記憶だ。戻りたくても戻れない、幸せな日々だ。

 

 

 

 

 謝らないといけないのは、僕の方だ。すみれは最後の最後まで、誰かに恨み言を残すようなことをせずに、優しくあった。そんな優しいすみれを、こんなふうに終わらせてしまった僕こそ、謝らなくてはならない。

 

 不用心だったのは、仕方のないことだろう。普通に過ごしていたら当然のように養われるはずの危機感が、養われていなかったのだから。一度襲われかけた経験でもあれば話は別だったのかもしれないが、鳥籠の中で育ったすみれに警戒心を求めるのは厳しい。お義母さんと僕が、外を見せてあげられなかった責任だ。

 

 

 家事ができなくなったのは仕方がないことだ。右半身しか動かせないのに家事をしようとしていたら、むしろ僕が止める。どれもこれも、すみれが悪い事じゃない。すみれが謝るような事じゃない。

 

 

 僕も、最初は少しだけ思ったんだ。大好きなすみれを誰にも触れさせずにいられることを、うれしく。でも、介護をしているうちに、それが負担になってしまっていた。独占欲だけ拗らせて、後ろ暗い喜びを感じていながら、体力が限界だった。

 

 きっと、介護がなければ、すみれの体がちゃんと動くのならば、あの生活は僕にとって理想だったのだろう。けれども僕の体力が、心の余裕がなかったせいでこうなってしまった。酷いのは、謝らなくてはいけないのは僕の方だ。

 

 

 

 思い出した。それまでは辛くても、すみれが普通に会話をしてくれていたから頑張れた。けれどもすみれが少し鬱っぽくなって、謝られるばかりになってから、僕は逃げたのだ。不安なはずのすみれを支えることではなく、アルコールに逃げることを選んだのだ。

 

 本当に気付かないといけなかったのは、僕の方だ。向き合わないといけなかったのは、僕の方だ。

 

 違ったんだ。愚痴なんて聞いてくれなくても、すみれが笑顔で話してくれればきっと、僕はまだまだ頑張れたんだ。……いや、あの状況のすみれに、いつも笑っていろと強いる方が酷だろう。やっぱり、僕ではだめだった。僕が間違った。

 

 

 

 

 そこからのすみれの推測は、乾いた笑いが出るほど僕に刺さるものだった。

 

 確かに僕はすみれがいなくなったら頑張る理由を失うし、少し前までの僕は完全に幸せというものを見失っていた。すみれがお義母さんのところでお世話をしてもらうと言っても、反対しただろうし、仮に受け入れても高頻度で様子を見に行くか生活費を削ってお金を用意していただろう。

 

 だから、だめだった。だから、すみれは死んだ。僕にすみれを捨てることが出来なかったから、すみれは僕のために死んだ。きっと誰よりも愛していたから、だれよりも愛されていたから、そうすることしか出来なかった。

 

 ひどい話だ。すみれに幸せになってほしくて頑張っていた行動が、すみれのことをおいつめていた。無理をしてもすみれのためにという気持ちが、執着が、一番すみれのことを苦しめていた。

 

 

 でも、最後のお願い。これはあんまりじゃないだろうか。こんなに愛して、愛されて、後悔したことを。すみれのことを忘れて、一人で幸せになって欲しい?すみれのことを忘れて、誰かを愛して欲しい?

 

 そんなこと、できるわけが無いだろう。忘れられるわけがない。そんなことをするまで僕のことを思ってくれたすみれのことを、どうして忘れられようか。いくらすみれの最後のお願いでも、それだけは聞けない。

 

 ノートの紙がカピカピになるまで涙を染み込ませておいて、それほどまでに思われていたことを僕に知らせておいて、それ以上の幸せを僕が見つけられる?バカバカしい。

 

 視界が滲んで続きが読めなくなる。すみれの最後の残し物を汚さないために、遠ざける。

 

 

 頑張らないでほしかった。覚えておいてほしいというのなら、忘れろなんて言わないでほしかった。もっと話して、気持ちを伝えておくべきだった。

 

 膝の上に抱えた骨壷を、小さくなってしまったすみれを見る。まだ少しだけ熱が残っていた。こうすることで、いつまでも一緒にいられる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし、叶うのなら。

 

 幸せを教えてくれてありがとうではなく、幸せでいさせてくれてありがとうと、言われたかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。