無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
お兄さんが起きるより少し前に起きて、朝ごはんの準備をします。人参はわたしがお昼に食べるから一旦忘れておくとして、困ったことに今日は少し寝坊してしまいました。普段であればいくつか用意する時間があるのですが、これではほとんど時間がありません。
仕方がないので朝ごはんの分は鮭を焼いて、あとは冷蔵庫の漬物と卵焼きで済ませます。卵焼きは昨日の残りで、今度わたしが食べようと冷凍庫に入れていたものなので、不覚です。お弁当用に料理をする時間はなさそうなので、昨日の晩御飯のビビンバをほとんどそのまま入れてしまいます。少しオカズが足りないかもしれないので、ふりかけも入れておきましょう。わたしのお昼ご飯が人参オンリーに決まった瞬間です。冷凍庫の中からいくつか見繕うので、本当に人参だけにはなりませんが。
もう寝坊しないように、寝坊の原因を後で調べようと決意しながらお兄さんを起こして、2人分の盛りつけをテーブルに運びます。だいぶ簡素になってしまったことを謝ると、一人で暮らしていた時は用意してもレンジでチンするだけだったと言って、ありがとうと言ってくれました。それを聞くだけで少し沈んでいた気持ちが軽くなって、うれしくなってしまうからお兄さんはずるいです。
でも、だからこそ次からはもっと喜んでもらいたくなって、よりいっそう反省します。けれど今はそれよりも、反省するよりもご飯を食べることの方が大事です。反省はあとで一人の時にいくらでもできますが、こうやってお兄さんと朝ごはんを食べるのは今でないとできません。
朝は時間があまりないので、ご飯を食べながらお話することはあまりできません。けれど、一緒にいられることだけで、こんなにも幸せなんです。ただそれだけの事で、私はこんなにも満足出来てしまうのです。
きっと、わたしはかるくて、ちょろい女の子なのでしょう。色々調べれば調べるほど、そのことがよくわかります。でも、まるで悪口みたいに言われているその呼び方が、わたしにとってはそれほど嫌なものではありませんでした。
だって、ただ食べてくれるだけで、お兄さんが喜んでくれることだけで、わたしはこんなにも幸せでいられるのです。他の人たちがもっともっとと、たくさん求めないといけない中で、わたしはこれだけで満足できるのです。
これはきっと、わたしにとってこの上なく幸せなことでしょう。お兄さんにとっても、きっと都合のいいことのはずです。それであれば、無理にそれ以上を求める必要なんてありません。
大人しく今のまま幸せをかみしめて、お兄さんの事をお見送りします。お兄さんが美味しいと喜んでくれて、毎食食べても飽きないと言ってくれたから作るようになったお弁当ですが、毎日作っているうちに作らないと落ち着かなくなりました。以前一度だけ二人で寝坊してしまい用意できなかったこともありましたが、その日は朝からお兄さんのテンションが低かったので、きっと楽しみにしてくれているのでしょう。それだけに昨日の晩と同じメニューになってしまったのは悔しいです。
朝ごはんの片付けをしたら、自由時間です。掃除もしますが、昨日したばかりで毎日やってもあまり変わるものでは無いので、今日はしません。おさぼりさんですね。
おさぼりの分時間は沢山あまりますから、その時間を使って寝坊の原因について調べます。色々調べて見たところ、一番理由として考えられるのは寝不足、次が睡眠の質不足と出てきました。このふたつだと、昨日はいつもと同じ時間に寝ていたので一つ目はなさそうですね。
そうなると、今回の寝坊の原因は睡眠の質が悪かったことになるのでしょうか。いつも通りよく眠れたと思っていたので、少し予想外です。何がよくなかったのかがわからないので、ついでに睡眠の質が下がる要因についても調べてみます。
出てきた検索結果は、お酒が原因だというものや、たばこが原因だというもの、疲れていないことやストレスなど、いろいろなものがありました。けれどそのどれも、いまいちわたしの状態と一致しない気がします。
お酒やたばこは年齢的にもまだできませんし、多少良くなってきたとはいえほとんど動かない期間が長かったからか、立って家事をやっているだけでも健康疲れてしまいます。これに関してはもっと体力があったほうがいいと思うので、少しずつ改善していかなくてはいけませんね。
そうなると、残った理由はストレスでしょうか。これもあんまりピンときませんが、一応調べてみたら、人は特に何もしていなくてもストレスを感じるものなのだと出て決ました。今の生活はこんなにも幸せなのにそれでもストレスを感じているのだそうです。
本当か少し怪しく思いながら、それならとストレスを解消する方法を調べてみます。趣味、睡眠、スポーツ、お風呂、いろいろなものが出てきましたが、あまり興味がないものだったり、もう普段からやっているものだったりします。やっぱりわたしの寝坊はストレスなんて関係なかったのだと、あまり参考にならないなと考えながら見ていると、ページの一番最後の方にハグでストレスが減るのだと書かれていました。
思わず、読み飛ばしそうになった視線が戻ります。背筋が伸びて、真剣に読んでしまいます。わたしの寝坊にストレスはきっと関係ないから読む必要なんてないのに、目が勝手に続きを読んでしまいます。
ハグ。ハグです。むかしお母さんがやさしかったころによくしてくれた、あのハグです。温かくて、やさしい気持ちになれる、あのハグです。
してほしいと、思ってしまいました。そうできたらうれしいと、思ってしまいました。お兄さんはもしかしたら嫌がってしまうかもしれないけど、わたしはお兄さんに抱きしめられたらうれしくなると思います。
もちろん、だからと言って何も理由がないのに突然抱きしめてほしいなんてお願いしたら、それはただの変な子です。変な子ですし、そんなことをお願いするなんて少しはしたないです。
頭をぶんぶん振って、雑念を追い払います。お兄さんの前では、いい子でいないといけないんです。悪い子になれたらどれだけ幸せでも、我慢しないといけません。お兄さんにもし嫌われたら、わたしには何も残らないのですから。
頭を切り替えるために、お掃除をします。昨日したばかりだからしなくてもいいけれど、今何もしないでいたらわたしはずっと変なことを考えてしまうでしょうから、体を動かします。簡単なお掃除だけだとすぐに終わってしまうので、いつもしているものよりも時間がかかる、ちゃんとしたお掃除です。
お掃除が一段落したら、そろそろお昼ご飯を食べる時間です。昨日たくさん作った人参のナムルが残っているので、これを減らさないといけません。ところで、生の人参は冷凍すると食感がおかしくなってしまいますが、加熱済みのものはどうなのでしょうか。もし大丈夫になるのであれば、わたしの中では革新的な事実になるのですが、ダメだったことを考えるとなかなか試すこともできません。
ナムルと冷凍してあった卵焼きと、朝食べきれなかった分の焼き鮭を食べたら、もう晩御飯の準備に取り掛かります。いつもよりも少し早いですが、今日の晩御飯はハンバーグで、ハンバーグを作るときはお弁当にも入れられるように小さめのものをいくつか一緒に作るようにしているので、時間がかかります。
付け合わせとして、まだ残っていた人参を今度はグラッセにします。スープの中にも入れたら、ようやく元気のない人参たちはなくなりました。悪くなる前に使いきれてよかったと、ほっと一安心です。
メインのハンバーグは、お弁当用の小さいものから順番に焼いていって、お兄さんから連絡が来る頃にはもう焼き上がっていました。ハンバーグの焼き時間と、お兄さんの帰宅速度を考えれば十分に間に合う時間です。連絡が来る時間の前にシャワーを済ませて、時間に合わせるために少し待ちます。
その間に考えてしまうのは、考えないようにしていたハグのことです。わたしから理由もなくお願いするのははしたないからできないけれども、どうにかしてできないかなと考えてしまいます。そんなこと考えないで、今まで通りに過ごしていた方が絶対に安心なのに考えてしまって、一つアイデアが思いついてしまいます。
わたしが素直にお願いできないのは、お願いできるような理由がないからです。お願いしたときに、そこから断られるときに、自分が傷つかなくて、お兄さんにも負担をかけないものがわからなかったからです。
それはつまり、その理由を覆せるだけの何かがあれば、わたしはお願いできるし、お願いしたいということです。そして、わたしはそのための言い訳を思いついてしまいました。すなおにわたしがその情報を知った経緯、寝坊の原因にストレスを考えたことと、そこからハグでストレスを軽減できると知ったこと、ちゃんと朝ご飯を用意するために協力してほしいことを伝えてしまえばいいのです。
お願いの動機に今朝のことがあればきっとそこまで不自然にはならないでしょうし、お兄さんのためという目的を用意することで、わたしのお願いではなく提案という形に持っていくことができます。
完璧な作戦で、一分の隙もない計画です。お兄さんの良心に付け込んで自分の欲求を満たそうとしていることに罪悪感は抱きますが、そのことが相まって余計にイケナイことをしているのだとドキドキしてしまいます。こんな風になってしまうわたしはきっと悪い子ですね。