無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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 作者の中のすみれちゃんが過去一でイキイキしてる……(╹◡╹)


HAPPYEND 鳥籠の中の終わらない幸せ、わたしたちだけのやさしい世界5

 お兄さんに伝えるわがままを決めて、もう少しごろごろします。唐揚げはお兄さんから連絡が来たタイミングであげ始めれば充分間に合いますから、念の為通知をオンにしたスマホを脱衣所に置いておいて、ササッとシャワーを浴びてしまいます。ギリギリまでのんびりしていられるというのは、なんというかこう、すごく悪いことをしているみたいなうれしさがありますね。

 

 体の全部を洗い終わって、残った泡を流していると通知音がなり、お兄さんが帰ってくることがわかります。急いで流しつくしてパパっと体を拭いたら油の入った鍋を火にかけ、温まるのを待つ間にお肉を揚げる準備をします。味が滲みて色の変わったお肉を卵にくぐらせ、袋の中の片栗粉に落としてシャカシャカすれば、あっという間に準備は万端です。

 

 鍋の上に手を掲げて感じる熱気と、試しに菜箸を入れた時の音で温まってきたことがわかれば、急いで、でも慎重に油の中にお肉を入れていきます。わたしたちの食べる量と鍋の大きさだと一回だけでは揚げきれないので、入れ終わったらすぐに次の準備です。

 

 そう言えば唐揚げにはたくさんの宗派があるようですが、わたしがお母さんから教えてもらったのはこの作り方でした。お兄さんは卵を使わず、片栗粉に半分小麦粉を混ぜると言っていましたし、それぞれの家での作り方があるのでしょう。本当に正し作り方は一つしかないとも言っていましたが、そんなことはまあ、あまり興味がないのでいいです。

 

 揚げ始めたところで大変なことに気が付いてしまったのですが、お昼寝したりといろいろしていたせいで、せっかく作ったお味噌汁が冷めきってしまいました。わたしとしたことがとんだ失敗です。今から唐揚げを揚げきって、お味噌汁を温めきる時間があるか、少し微妙なところです。もしかすると、温めている間お兄さんを待たせることになってしまうかもしれません。

 

 気持ちだけが焦りいますが、だからと言って揚げ物の時間が早く終わるわけでもなく、時間だけが無情に過ぎます。唐揚げのタイマーが鳴って、回収した中で一番大きい一つを切って、火が通っていたので完成です。

 

 急いで鍋を入れ替えて、火にかけたらいつもより少し早い時間なのに、もうお兄さんの足音が聞こえてきます。時間を確認すると、いつも通りのペースで帰って来たお兄さんなら、あと二分はかかるはずです。まだエプロンもつけたままで、ご飯だってできていないのに、こんなのは予想外です。

 

 そう思っていたら、まだお出迎えの準備ができていなかったのに、お兄さんは帰ってきてしまいました。お兄さんの前ではなるべく完璧な状態でいたかったのに、大失敗です。

 

 お兄さんにがっかりされていないか心配になりながら見てみると、お兄さんは珍しいものを見たとでも言いたげな顔でわたしのことを見ていましたが、曽於湖に失望の色はなく、むしろどこかうれしそうにすら見えます。

 

 一瞬だけ、頭にの中にお兄さんはわたしが失敗しているところを面白がったのではないかというお兄さん鬼畜説が浮かんで、扇風機の前に置いた線香の煙みたいに呆気なく消えます。さすがに今のわたしは、お兄さんの事をそんな人だと勘違いするようなことはありません。理由はわかりませんけど、そんなものでないことだけは確かです。

 

 ひとまずお兄さんの鞄を受け取って、中に入ってもらいます。まだもう少しだけかかりそうだから待っているようにお願いしたら、お兄さんは洗面所に手を洗いに行き、そのままなぜかドライヤーをもって戻ってきました。

 

「髪、ちゃんと乾かさないとダメだよ。鍋の様子を見ている間にかけてあげるから、あんまり動かないでね」

 

 コンセントにプラグをさして、お兄さんは慣れたようにわたしの髪の毛を乾かし始めます。まるでいつもやっているみたいに、そうでなればずっとやっていたかのように、お母さんみたいに自然な様子で、わたしの髪を乾かしてくれます。

 

 なんだか不思議な気分になって、それを悟られないようにお鍋を見続けます。今はどんな顔をしているかわからないから、あまりお兄さんに見られたくありません。ありがとうございますとお礼を言ってじっとしていると、お兄さんが乾かし終わったのとお味噌汁が温まりきったのは、ほとんど同時でした。

 

 細くて柔らかいからすぐに乾いたねと言ってドライヤーを片付けるお兄さんの横目に、配膳をします。そのまま一緒に食べて、美味しいと言われてうれしい気持ちになります。でも、なんだかそれだけに集中できなかったのは、これからお兄さんに叶えてもらうお願いが、伝えるわがままのことがあったからでしょうか。

 

 わたしの様子がおかしいことに気付いたのか、お兄さんはご飯を食べ終わると足早にシャワーに向かいました。普段は少しだけそのまま雑談したりしているので珍しいことです。とりあえずわたしもすぐに片付けに取り掛かって、なにかに急かされているかのようにカラスの行水を済ませてきたお兄さんに少しだけ手伝われます。

 

 

 わたしの様子が少しおかしいのはまだわかりますが、今日はお兄さんの様子も少しおかしいです。いつもより早い時間で帰ってきて、焦ったようにシャワーを浴びて、今はこうしたい気分なのだと言って洗い物の手伝いをしたと思ったら、終わるなりベッドに座ってスマホを見るでもなくわたしのことをじっと見ています。こんなの、変です。一つ一つならともかく、全部いっぺんにあるなんて、なにかがあるとしか思えません。

 

 そう思ってお兄さんの方に近寄ると、おいでとばかりに両手を広げられます。まるでハグの準備をしているかのようです。一体どうして突然ハグをしようとしているのかを聞いてみると、今朝帰ってきたらと約束したから、その時間を長くとれるように急いだのにと返されました。わたしの様子がおかしかったのも、楽しみで家事に集中できなかったからで、だったらなおさら急がないといけないと思ったのだと。

 

 推理としては外れていますが、けれども気持ちがとてもうれしい理由でした。何かもう、辛抱ができなくなってしまったので、お兄さんに抱き着きます。そのまま少しの間を撫でてもらいながら、お兄さんを堪能します。

 

 

 少しして、気持ちが落ち着いたら、お兄さんにわたしのお願いを伝えてみました。すると、お兄さんは少し複雑そうにした後、すみれちゃんならいいかと言って、話を聞かせてくれます。わたしが知りたいといったお兄さんの事を、隠さずに教えてくれます。

 

 

 聞かせてくれた内容は、元々お兄さんに妹さんがいたことと、その妹さんがどうなってしまったのか。抱きついている状態なのでお兄さんの表情はわかりませんが、決して明るいものでないことだけはわかります。お兄さんがこんなことを明るい気持ちで話せるわけがありませんし、なによりさっきからお兄さんの体が少しこわばっています。

 

 聞かない方がよかったかなと思いました。おにいさんのことは知りたかったけど、それでお兄さんに嫌な思いをさせたかったわけではありません。そんなことになるのなら、なにも知らないままでもよかったです。よくはないけど、よかったです。

 

 

 辛いことを思い出させてしまいました。そのことをあやまると、お兄さんは気にしなくていいよと笑ってくれます。むしろ自分の方が、すみれちゃんのことを妹に重ねているのかもしれないと、君自身をちゃんと見れていないのかもしれないと、不誠実でごめんねと謝ってきます。

 

 そんなことは、わたしは気にしません。どんな理由があったとしても、お兄さんがわたしに優しくしてくれたことと、その優しさに救われたことは間違いがないのですから。

 

 むしろわたしは、もっと重ねてほしいとすら思ってしまいます。いなくなってしまったあとでもここまでお兄さんに思われている妹さんが、少しだけ羨ましくて、妬ましくて、わたしがそうなれればいいのにと思ってしまいます。

 

 そんなことを思ってしまうのは、きっといけないことです。お兄さんにも妹さんにも失礼なことで、わるいことです。そう思っていても、わかっていても、抑えることはできませんでした。

 

「お兄さん、わたし、妹さんの話、茉莉さんの話、もっと聞かせてほしいです」

 

 お兄さんにねだって、もっと話を聞かせてもらいます。茉莉さんがどんな人だったのか、何が好きだったのか、どんなことをしていたのか。お兄さんから見た時の茉莉さんを、お兄さんの中にある茉莉さんを、教えてもらいます。茉莉さんがどんなことを考えていたのかはわかりませんが、どんな風にお兄さんと接していたのかはよくわかります。そしてそれさえわかれば、もう十分です。

 

 体を伸ばして、お兄さんの耳元に口を寄せます。そのまま肩に腕を回して、重ねていいのだと、重ねてくださいと囁きます。お兄さんがわたしに茉莉さんを求めるのなら、それに応えると、上手には出来ないかもしれないけどがんばると、そう伝えます。

 

 

 お兄さんは少しビクッとして、弱々しくわたしのことを抱き返してくれます。そのまま少しだけ何も言わなくて、絞り出すように声を出します。

 

「……お兄さんじゃなくて、お兄ちゃんって呼んでほしいんだ」

 

 暗い、暗い歓びが、胸の奥底から込み上げてくるのがわかります。わたしに優しくしてくれるだけだったお兄さんが、わたしのことを求めてくれていることがわかります。わたしの居場所になってくれたのが、お兄さんの居場所になれたことがわかります。

 

 これは、間違いなくよくないことで、間違っていることなのはわかります。でも、それでもわたしは今、これまででいちばん幸せな気持ちです。お兄さんのなにかになれたのが、なにかになり代われたのが、おかしいくらいに幸せです。

 

「はい。……ううん、うん、お兄ちゃん。今度は、ずっと一緒にいてね」

 

 

 ぎゅっと力を入れて抱きしめると、それ以上の力で抱き返されます。求められているものは本当のわたしじゃなくて、お兄さんが、お兄ちゃんが求めているのは他の人です。でも、それでもいいんです。そのままだったらお母さんにすら求めてもらえなかったわたしなんて、いなくってもいいんです。

 

 お兄ちゃんが求めるように振る舞うだけのかわいいかわいいお人形。それを受け入れるだけでわたしの幸せは約束されて、お兄ちゃんも泣くほど喜んでくれるのですから。強く抱き締めながら嗚咽を漏らすお兄ちゃんに、ちょっと苦しいよと伝えながら、背中をさすります。

 

 わたしのことを必死に抱きしめながら泣いているのは、ちょっとかわいくてキュンとしてしまいます。苦しいのも、お兄ちゃんにされているのだと思えば、それほど嫌なものでもありません。

 

「ねえお兄ちゃん、今日は一緒に寝たいな」

 

 泣き止んだお兄ちゃんにそうやっておねだりをします。小さい頃の茉莉さんとはよくしていたと言っていたので、こう言えばきっと嫌とは言わないでしょう。案の定受け入れてくれたお兄ちゃんに抱きつきながら、この幸せを離さないと決めます。

 

 お兄ちゃんは、この場所は、この幸せは。もうわたしのものです。わたしだけのものです。誰にも奪わせないし、わけてあげもしません。これが、やっと手に入れたわたしの幸せです。

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