無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
すみれちゃんをゆっくり湯船に浸からせて、程よく茹だったらお湯からあげる。ほんのりピンク色に色付いた肌がどこか艶かしいので、燐さんには見せないように伝えた。まだ肉付きが貧相だし、小柄だからおそらく燐さんはそういう目で見ないだろうけど、見せるところに見せれば襲われても仕方がないレベルだ。
異性の前でそのままの状態で過ごしたらはしたない子と思われるかもしれないと言うと、それは嫌だと言ったのであまり問題は無いだろう。幼くても少女と言うべきか、既に異性という認識を持った少女を燐さんのそばに置くことに警戒心を抱くべきか。
どちらにせよ、言ってはなんだがちんちくりんなすみれちゃんがアピールしたところで、燐さんは大して反応しないだろうし、すみれちゃん自身にもそういうことをするつもりはなさそうなのでセーフとしておく。これがアウトになる前に、何とか処分しないとと思いつつすみれちゃんの体を拭いて、今日は少し料理の仕込みをするだけで寝る。いろいろ作り方を知りたいと言っているすみれちゃんのために、明日は朝から何品も作らないといけないからだ。
翌朝、お寝坊さんなすみれちゃんを起こして、まだまだ早い時間から晩御飯の支度を始める。燐さんからは自分一人で起きて朝の準備をしていると聞いていたので、私よりも先に起きている可能性も考えてはいたのだが、私と比べるとそれほど朝が強いわけではないらしい。比較対象がロングスリーパーな燐さんだから仕方がないが、拍子抜けと言えば拍子抜けである。
朝から作り始めて、途中お昼ご飯なんかも一緒に作ったりしながら、たくさんの料理を作る。種類はたくさん作っても、食べきれなかったらよくないから一品一品はかなり少ない。せいぜいが、一人当たり三口くらいで食べきれるほど。
少量多品なんて、普段だったら絶対にしない作り方だ。一品ごとに手間ばかり無駄にかかるし、時間もかかれば材料だってたくさん買わないといけない。自分一人の分であればある程度まとめて作って冷凍しておくのだから、ある意味貴重な経験をさせてもらったといえるだろう。もう一度やりたいかと言われたら、燐さんの誕生日に頼まれでもしない限りやらないと言えるが。
しかしまあ、無駄に時間をかけただけあって、テーブルの上に並んだ料理は圧巻の一言だ。あれも作りたいこれも作りたいというすみれちゃんのわがままの通りに作った、子供が好きそうなメニューの数々。どれも燐さんの好物で、何度も作ってきた私の得意料理だが、こうしてまとめて作ってみるとこれまで気にしていなかった工程の無駄がいくつも見つかったので、私も得られるものがあった。
予想よりも早く晩御飯の調理が終わったので、少し余っている時間でお弁当箱に詰める。もともとはタッパーにでも詰めていくつもりだったが、時間があるのなら、折角のごちそうだ。どうせ燐さんの家で綺麗な食器に移したりはできないのだから、運ぶ時くらいは映えを気にしたい。
温めたい時間ごとに詰め終わったのは午後の五時くらいで、燐さんと約束していた時間までにはまだいくらか時間があった。燐さんの家に向かうのにはまだ少しだけ早くて、けれども何もせずに過ごすには長すぎる時間。そんな空き時間で私がすみれちゃんとしたのは、何でもないただのおしゃべりだ。
燐さんには相談しにくい悩みとかはないかとか、燐さんと過ごす日々に不満や治してほしいところはないかとか。そういう、燐さんの家では、燐さんが近くにいる時では少し話しにくいような内容を、いくつも質問する。
すみれちゃんが迷わず返してくれるのは、燐さんがどんな風に接しているかというものが多い。逆に、少し考えてから返事をするのは、大体がすみれちゃんが燐さんのことっをどう思っているのかというもの。すみれちゃんから見て、ほとんど恋人のように見えているらしい私と燐さんの関係を前にして、本人からすれば横恋慕になってしまう感情を伝えるのはそれなりにハードルが高いのだろう。
このまま進めば、私と燐さんが結ばれるのはほとんど確実で、そうなるとすみれちゃんが入り込めるのは私たちの妹のような立場というのがせいぜいだろうか。そう考えると現状は決して悪くない。悪くない。悪くないのだ。
悪くはないのだけれども、もしそのまま話が進んでいってしまったら、燐さんの人生には私だけではなく、すみれちゃんの存在も残ってしまうことになる。普通に考えたらそのことはどうでもいいことであるのだけれども、こと私にとっては大問題だ。
だって、私が求めているのは、これまでずっと頑張ってきた理由は、完全に騙されて私のことをどこまでも内側まで受け入れてしまった燐さんを絶望させること。とても立ち直れないような深い傷を負わせることなのだ。
なのにその場にすみれちゃんがいてしまったら、私以外に依る先がないはずの燐さんの下に希望があってしまったら、燐さんは立ち直ってしまうかもしれない。人一倍責任感が強く、人にいいところを見せようとする燐さんであれば、それを糧に立ち直ってしまうかもしれない。
そんなことを許すわけにはいかないのだ。だからすみれちゃんには適当なタイミングで退場してもらう。私も積極的に傷つけたいわけではないので、すみれちゃんが自主的にお母さんの元に帰ってくれれば1番なのだが……嘘だ。沢山苦しめたいし、このかわいらしい少女が傷付いているのを想像すると、それだけで少し幸せな気持ちになれる。
そんな私の本心はともかくとして、会話をしているうちにいい時間になる。すみれちゃんに甘々な燐さんが車を出して迎えにきてくれるので、沢山作った料理を運ぶ。すみれちゃんに料理が崩れないか見ていてほしいと頼むと、単純な少女は喜んで後部座席に乗り込んだ。
「お兄さん、瑠璃華お姉ちゃん、すごいんですっ!すっごく手際がよくて、魔法みたいに次々に料理を作っちゃうんですよ」
わたしもあんなふうにお料理できたらなぁと、助手席の後、私の後ろで喋るすみれちゃん。かなり努力してきたことだから、褒められるとやはり嬉しいのだが、自分の前で自慢げに話されてしまうと、やはり気恥ずかしさが勝る。
少し褒めすぎですよと謙遜してみせると、そんなことはないと追加で褒めてきたのは燐さんだった。
「瑠璃ちゃんは家事万能で、ついでに頭もいいからね。おばさんだって自分よりも瑠璃ちゃんの方が料理が上手いって言っているし、瑠璃ちゃんと結婚できる人は幸せだろうね」
さすが、誰よりも私に胃袋を握られている人は言うことが違う。その幸せ者は未来のあなたですよと言えばすぐにそうなってしまいそうだが、正直私と結ばれたとしても燐さんが幸せになれるとは思えない。いや、一時的には間違いなく幸せの絶頂に連れていくつもりだけれども。
ここで否定すると良くないので、照れますねとだけ言って、左のミラーを覗いて後ろに座るすみれちゃんを見てみると、羨ましそうな、少し寂しそうな、居心地の悪そうな顔になっていた。そりゃあ、三人しかいない車の中で突然こんな惚気みたいなやり取りを見せられたらこんな顔にもなるだろう。しかも、自分自身は親から捨てられたという過去を持つすみれちゃんだ。かなりのストレスになっていることは想像にかたくない。
自然と会話が少なくなって、そのまま燐さんの家に着く。自然とただいまと言っているすみれちゃんは、きっとなにか考えているわけではなく、天然だろう。だからこそこの少女はかわいいのだが、世に出したら一部の深読みするタイプから無自覚に嫌われてしまいそうだと思った。もちろん私は嫌わない。嫌う人よりもひどいことはするかもしれないが、それはきっと愛おしさの裏返しだ。
燐さんの家で食事をする。燐さんが何かを食べる度に、すみれちゃんがそのメニューに関して覚えたことを説明するのがかわいかった。
私に妹がいたらこんな感じだったのかな、なんで一人っ子なんだろうと思ったところで、こういうタイプの子は間違いなく今も昔も私の“好み”なことに気付いて、両親が産まれる前の子を守るために作らなかった可能性に思い至る。上手に擬態できる前の私は、何をしてもおかしくない、というより、何をしでかすかわからない子供だったのだから、そうして当然だ。
今少し考えただけで、頑張って息をしようとしているのがかわいいからなんて理由で、濡れタオルを赤子の顔の上に乗せて遊んでいる幼い自分が想像できたのだから、命を守るためにも、私を人殺しにしないためにも、私は一人っ子じゃないといけなかったのは間違いないだろう。
そんなことを考えている私を横に、すみれちゃんは燐さんに、わたしもこんなふうに美味しいごはんを作ってみせますと意気込んでいる。必要になったら何時でも教えますからねと応援してあげると、すみれちゃんは嬉しそうにありがとうと言った。このままだとすみれちゃんが燐さんに住み着いてしまいそうだけれど、まあ、どうせそう遠くないうちに一度私の下に来ることになるのだ。外国との取引の話が上がってきていて、そちらに回せそうな人員が燐さんくらいしかいないので、まず間違いない。数ヶ月ほど出張に行って、その間は私が好きなようにできる。燐さんに違和感を持たれないような言い訳なんていくらでも思いつくのだから、処分するのには最適だろう。
この余裕があったから、私はすみれちゃんが燐さんに擦り寄っていることに、危機感を覚えなかった。どうせどちらも私のものになるのだから、多少ペットと戯れていたところで嫉妬はしない。むしろペットを失った時の反応を考えれば、もっと入れ込んでもらって構わない。茉莉ちゃんくらいまでの入れ込みようであれば、スパイスにしかならない。
すみれちゃんが楽しそうに料理の説明をして、それを燐さんが微笑ましそうに聞いている暖かい団欒を、その内側で眺めながら。
私は笑顔を浮かべつつ、具体的なすみれちゃんの処分方法を考えていた。
いまいち調子が出ないので薄味……(╹◡╹)ゴメン
たぶん後二話くらいで終わります(╹◡╹)