無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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BESTEND やさしいせかい2

「いらっしゃい。大したものがない家だけど、歓迎するよ」

 

 わたしと灰岡さん、いえ、きっとどちらも灰岡さんですね。わからなくなってしまうのでお兄さんとお姉さんにしましょう。ちょうど、さっきのお姉さんがいなくなったので、枠が空きましたし、ちょうどいいです。

 

 わたしとお姉さんが家に入ると迎えてくれたお兄さんは、そんな恰好じゃ寒かっただろう。お風呂に入ってくるといいと言って、わたしにお風呂を勧めてくれます。調理する前に汚れを落としておこうという考えでしょうか。自分で下処理させようなんて、まるで注文の多い料理店みたいですね。お風呂上りにクリームとお塩を勧められたら、間違いなしです。

 

 完全になるようになれとしか考えていないわたしは、勧められるままに動きます。ここまで来てしまえば、あとはもう、何かされるなら痛いことじゃなければいいなと祈るくらいしか、できることは残っていません。

 

 お姉さんに使うように言われたもので全身を洗って、いい匂いに包まれます。湯船に入れるように言われた入浴剤を入れて、肩まで浸かって百秒数えます。体から、疲れやいろいろなものが抜けていくような感覚があって、とっても気持ちいいです。

 

 のんびり浸かって、ボーっとする頭で入浴剤の説明を見てみると、バスソルトと書いてあってびっくりするなんてこともありましたが、それ以外は変わったことも起きずに時間が経って、数え終わったので上がります。

 

 用意されていた着替えを身にまとい、部屋に出ます。ふんわりとやさしい香りのする、素敵な部屋です。そこで待っていたのは、先ほどまでのスーツのままのお姉さんと、わたしを迎えてくれた時のままの部屋着姿のお兄さん。突然白衣やエプロン、作業着になっていたらきっと怖くて固まってしまったと思うので、一安心ですね。

 

 わたしと入れ替わるように、というか完全に入れ替わりで、お姉さんがお風呂場に向かいます。お風呂にはいるのかなと思ったら、お酒を飲んでいるからシャワーだけにするようにとお兄さんから釘を刺されていました。わたしが入るときは一番風呂でしたし、お兄さんはもうあがっているように見えますので、もしかしたらわたしのためにわざわざお湯を沸かしてくれたのでしょうか。もしそうなら、なんだかとってももうしわけないことをしてしまいましたね。

 

 お姉さんがシャワーに入っている間、わたしとお兄さんの二人だけの時間が流れます。わたしは知らないところにきて、借りてきた猫さんになっていますし、お兄さんはあまりおしゃべりな人ではないのか、それともわたしに気を遣っているのか、会話らしい会話はありません。

 

「えっと、すみれちゃん、でいいのかな。話は少しだけ聞かせてもらったよ。僕は灰岡(はいおか)(りん)。一応この家の家主、ということになるね。無理に連れてきちゃったみたいだけど、嫌じゃなければ気が済むまでゆっくりしていくといい」

 

 沈黙に耐えきれなくて、お姉さん早く帰ってきてくれないかな。初対面の人といきなり二人っきりなんて何を話せばいいかわからないし……なんて考えていたわたしの気持ちに気付いてくれたのか、お兄さんはそんふうに話かけてくれました。とっても助かりましたが、考えてみればお姉さんの方も初対面でしたね。

 

 今は留守にしてるもう一人の同居人もきっと受け入れてくれるから安心してほしい。何か気になることとかないかな、と言ってくれたお兄さんにありがとうを伝えて、頭ではばかばかしいとわかっていてもどうしても考えてしまったことについて、お言葉に甘えて聞いてみます。ずばり、わたしはこのあとお出汁にされてしまうのか、という質問です。

 

 言葉にしてみると、本当におばかさんな質問ですね。知らない人の家に連れてこられて、最初にする質問とは到底思えません。あまりに予想外だったのか、お兄さんも先程までの表情を崩して、心底訳がわからなさそうにしながらわたしに問い返します。

 

 どういう意図の質問なのかと、一体どうしてそんなふうに思ったのか。一つ目は簡単で、そのままの意味ですね。それを聞いたお兄さんが眉間に皺を寄せながら頭を抑えているのを見ながら、二つ目に答えます。

 

 二つ目は、わたしを連れて帰るメリットがそれくらいしか思いつかなかったことと、湯船に塩を入れて、塩ゆでにされたからと答えます。きっと、あのお風呂でした味をつけていたのでしょう。それにしては色々おかしい気もしますが、思ってしまったものは仕方がありません。

 

「……そうだね、まず、連れて帰るメリットだけど、そんなものは最初から考えていない、というのが正解だね。僕たちも昔、親との関係のことで色々と悩んだことがあったから、ただすみれちゃんの抱えているであろう悩みを、見て見ぬふりしたくなかっただけ。少なくとも、僕がいいと言ったのはそれが理由で、本人じゃないからあっているかはわからないけど、あの子も同じだと思う」

 

 そんなことが、あるのでしょうか。ただの善意で、優しさで、そんなリスクを背負えるものなのでしょうか。現実的じゃないと考えるわたしがいるのと一緒に、その言葉を信じてみたいわたしもいます。ただの善意で、助けられたいと思ってしまいます。

 

「それと、下味?の事だけど、バスソルトは塩が入っているとは限らないし、うちにあるのにはたしか入っていなかったはず。お風呂で下味付けるって発想は面白いと思うけどね」

 

 なるほど、僕らは山猫だったのかと笑うお兄さん。わたしは羞恥心で死んでしまいそうです。触らなくても、自分の顔が熱くなっていることがわかります。突拍子のない勘違いをして、それを正されたのですから、恥ずかしいのも当然です。しかも、相手は今日初めて会った人、恥ずかしさもひとしおですね。

 

「……セクハラでもしたの?」

 

 そんなやり取りをしているうちに、お姉さんがシャワーからあがってきました。真っ赤になっているわたしを見て、それを楽しそうに見ているお兄さんを見て、二秒ほど考えて出した結論がそれです。心なしか、お兄さんに向けられている視線が冷たいように見えます。

 

 違うと否定しながら、わたしの方を見るのは、きっと話していいかと聞いているのでしょう。一緒に否定することを求めている可能性もありますが、そうだったとしたらわたしのぽんこつなお口ではなにもいえません。こくりと頷いて肯定の意を返すだけにしておきます。

 

 わたしの意図を汲み取ってくれたお兄さんが、お姉さんに説明をして、それを聞いたお姉さんがプクっ!と噴き出します。そのままお腹を抑えて、くっくっくっと痙攣しているのは、きっとよほどツボにハマってしまったのでしょう。羞恥心をぐりぐり刺激されますね。

 

 

 しばらくして、落ち着いたらしいお姉さんが、まだ少し笑いたそうにしながら、笑ってごめんねと謝ってきます。恥ずかしかったけれど、元々はわたしの勘違いが理由なので、気にすることなくゆるします。

 

 そうしているうちに、一度席を外していたお兄さんがいくつかの食器を持ってきてくれました。もちろん食器だけで中身が入っていないなんてこともなく、お魚とお味噌汁が入っています。お米だけ入っていないのは、食べられる分だけ自分で取れということでしょうか。

 

 空のお茶碗をもって、炊飯器のところに連れて行ってもらいます。自分で食べられる量、考えてみると、少し難しいですね。ずっと余り物だけだったので、わたしには自分のお腹の容量すらわかりません。

 

 少なめに見積もるべきか少し多めに取るべきか考えて、お残ししてはいけないので少なめにすることにします。おなかいっぱいにならなかったとしても、いつもの事ですから問題ありません。

 

 よそった分のご飯をレンジで温めさせてもらって、熱々になったお茶碗を運びます。部屋の方に戻るとお姉さんがお味噌汁を飲んでいたので、お隣に失礼して食べ始めます。

 

 温かいご飯は、とても久しぶりでした。固くなくて、柔らかくて、とても美味しいものでした。切り身のお魚も、見るのは随分と久しぶりです。これを本当にわたしが食べていいのかと悩みながら、でも我慢できずに食べてしまいます。おいしくて、涙が出てきてしまいます。そんなわたしのことを二人は、とても温かく見守っていてくれました。

 

 温かいご飯も、温かいお風呂も、柔らかい服も。全部久しぶりです。ずっと忘れていたものです。まるでわたしが、生きていていいのだと言われているような錯覚に陥ってしまいます。家を追い出されたのに、こんなに嬉しいことがあっていいのでしょうか。

 

 温めればおかわりもあるから遠慮しないように言われて、遠慮ではなく本当にお腹がいっぱいになってしまったので遠慮します。日本語ってむずかしいですね。それはともかく、少し少なめによそっておいて良かったです。

 

 わたしがおなかいっぱいだと言うと、二人は少し寂しそうにしながら、これからもっと食べられるようになろうねと言ってくれます。まるで、いいえ、わたしがまだここにいていいと、もっと食べられるようになるまで一緒にいて、ご飯を食べさせてくれると言ってくれたのです。お母さんからいらないと言われたわたしを、もう一人で野垂れ死ぬしかなかったわたしを、いてもいいと言ってくれたのです。

 

 うれしくて、涙が出てきます。さっきから泣いてばかりですね。二人が、大丈夫かと心配してくれます。大丈夫に、決まっています。お母さんへの最後の親孝行が途中で止まってしまいますけど、そんなことももう気にならないくらい、うれしいんです。

 

 そのことを説明しながら、急いで泣き止みます。泣きながらだと、せっかくのおいしいごはんに、嬉しい時間に集中できません。沢山泣いていいんだよとお姉さんは言ってくれますが、まだちゃんとお礼も言えていないのに、こんなのではいけません。

 

 背筋を伸ばして、ご飯とお風呂のお礼を言います。2人の言葉に甘えていいか、本当にこの家でお世話になっていいのかを確認します。二人の答えは、肯定でした。わたしに居場所をくれると言ってくれました。

 

 自分がいてもいいのだと認められて、また涙腺が緩んでしまいます。なぜか涙を流しているお姉さんに抱きしめられて、人の優しさに、温もりに、涙が止まらなくなってしまいます。ずっと気づいていなかっただけで、わたしはきっと寂しかったんです。お母さんと話せないことが、お母さんに愛してもらえないことが、寂しかったんです。そのことを自覚したら、今のこの奇跡みたいな瞬間が、とても素晴らしいものに感じられます。

 

「おにいさん、おねえさん、わたし、がんばります。ふたりのやくにたてるように、がんばります」

 

 抱きしめてくれるお姉さんのことを、小さく抱きしめ返しながら、するのは決意表明です。わたしにできることなんてきっとほとんどないでしょうが、少しでもお礼をして、恩を返したいです。既に返しきれないくらいある恩を、少しずつでも返したいです。

 

「それじゃあ、すみれちゃんには少しずつ家事を覚えてもらおうかな。でも、今日はもう遅いから寝ること。沢山頑張るのはまた今度にして、しばらくは体を丈夫にしないとね」

 

 そう言って、わたしを肥させて食べるつもりかもしれないと思っても、不思議といやではありませんでした。二人が美味しく食べてくれるのなら悪くないかもななんて考えてしまうわたしは、きっととってもチョロい子なのでしょう。自覚はありますし、それでいいとも思います。

 

「それじゃあ、すみれちゃんは私のお布団使ってくれるかな?」

 

 今いないもう一人の布団もあるけど、さすがに本人に何も言わずに人を寝かせるのは良くないから、と言ってお姉さんは別の部屋から押し入れから布団を出し、敷いていきます。すみれちゃんの布団も買わないとと言ってくれるのは、自分が受け入れられているのが実感出来て、とても胸がポカポカします。

 

「そういえば、お姉さんのお名前はなんて言うんですか?」

 

 抱きしめ合って?泣いたにもかかわらず、そんな相手の名前すらまだ聞いていなかったことに気がついて、名前を聞いてみます。灰岡さん、という苗字だけは聞いていますが、大事なのは名前です。

 

「そういえば、まだ自己紹介していませんね」

 

 うっかりうっかり、と頭を掻きながら、お姉さんは姿勢を正して、わたしに向き合います。

 

 

「私の名前は、灰岡瑠璃華です。あのお兄さん、燐さんの奥さんで、今旅行に行っている茉莉ちゃん、灰岡茉莉さんの義理のお姉さんで親友です。どうか気軽に、瑠璃華お姉ちゃんって呼んでね」

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