無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
二人の家に住まわせてもらうことになってから、一週間が経ちました。食べて、動いて、寝込んで、食べて、寝込む。わたしのこれまでの環境がまるっと変わってしまう、激動の一週間でした。寝込んでばかりでしたが。
なるべく早く、体力をつけないとと考えながら、筋肉痛で痛む体でご飯の準備を手伝います。本当なら、わたしも自分一人でお料理くらいできるのですが、筋肉痛で動きがおぼつかないせいで、心配だからとまかせてもらえませんでした。ちょっとだけ、悔しいですね。
トントントンと野菜を切る瑠璃華お姉さんの隣で、野菜を洗って皮を剥きます。ピーラーを使っているので簡単ですが、手まで剥いてしまうこともあるので、気をつけなければいけません。
今日はお兄さんは帰りが少し遅くなるとのことで、早めに帰ってきた瑠璃華お姉さんは少し豪華な料理にしようと張り切っています。とってもなれた手つきで、次々に完成させていくのは、わたしが手伝う必要なんてないくらいです。わたしも、ちょっとでも近付けるように、弟子入りした方がいいかもしれませんね。
学ぶところがたくさんあるので、邪魔にならない程度に解説をしてもらいながら、どうやって手を動かせば効率がいいのかを学びます。ちょっと空いた時間に、試させてもらったりすれば、頭では理解できるようになりました。あとは何度もやっていくうちに、自然と早くなっていくとのことなので、頑張らないといけませんね。
そんなふうに、瑠璃華お姉さんと料理をしていたら、玄関が開くのが聞こえました。お兄さんが帰ってきたのでしょうか。遅くなると言っていたはずなのに、全然そんなことなかったなと思っていると、足音が違うことに気がつきます。なんなら、足音だけじゃなくて声も違います。ただいまと言った声は明らかに女性のもので、お兄さんの喉から出るとは思えません。
一体誰だろう?と考えるふりをしますが、そんなことをするまでもなく、その人が誰かなんてわかります。この家に帰ってくる人で、わたしが声を聞いたことがなくて、瑠璃華お姉さんが当たり前のものとして受け入れている存在。そんなの、まだ見ぬ茉莉お姉さんしかいないでしょう。
わかっているのに考えた振りをしたのは、怖かったからです。二人から、優しい人だと言われている茉莉お姉さん。でも、いくら優しい人と言われても、あったことがないわたしには不安しかありません。もし嫌われたら、疎まれたらと良くない考えが頭の中でぐるぐるしてしまって、こわくなってしまいます。
けど、現実逃避をしていられる時間も、もうありません。だって、茉莉お姉さんはもう帰ってきてしまったのですから。帰ってきて、知らない人がいることを知っていれば、まず挨拶をしようと思うはずです。つまりは、わたしも挨拶をしないといけないということ。
なんと挨拶をすれば、失礼と思われないかを考えます。考えてみて、何も思い浮かばないことに気が付きます。当然と言えば当然です、わたしはこれまで人に失礼と思われるかなんて考えることのない人生を送ってきたのですから。こう言うととても人聞きが悪いですね。まるでわたしが傍若無人みたいです。
ぐるぐるの頭でそんなことを考えて、お母さんに嫌がられないかはずっと考えていたことを思い出します。なんだ、わたしも人のことを考える子だったんですね。なら安心です。きっと今回も、失礼にならないように振る舞えるでしょう。何がどう関係あるのかはわかりませんが、きっと大丈夫です。
「瑠璃ちゃんただいまー!……君がすみれちゃんだよね?はじめまして!よろしくねっ!」
元気よく帰ってきたお姉さんが、にこっ!と笑いながらわたしに話しかけてきます。あまりの眩しさに頭が真っ白になって、直前まで考えていた内容はどこかに飛んでいってしまいました。元々大したことは考えていなかったので、あまり変わらないかもしれません。
しどろっもどろっと、自分でも何を言っているのかわからなくなりながら、これからよろしくお願いしますをして、ぺこりと頭を下げます。そんなわたしの挨拶を聞いていてかいなくてか、茉莉お姉さんはわたしのことをじっと見つめると、ポケットからお菓子を取り出します。
「お近付きのしるしにこれをおたべ。だいじょうぶだいじょうぶ、すぐにぷくぷくのこぶたちゃんにしてあげるからね」
こんなに細い腕じゃ出荷もできないじゃない!という茉莉お姉さん。お兄さんと瑠璃華お姉さんが隠していただけで、やっぱりわたしは食べられるために育てられているのではないかという疑念が湧き上がってきて、すがるような気持ちで瑠璃華お姉さんを見つめます。
「すみれちゃんそんな目で私を見ないでっ!……茉莉ちゃん、すみれちゃんはピュアっピュアなんですから、あんまり変なこと言ってたら怖がられちゃいますよ」
めっ!と言いながら茉莉お姉さんに注意する瑠璃華お姉さん。食べも売りもしませんよと言いながらわたしのことを撫でようとして、キャベツまみれの手に気が付いて止まります。キャベツと同化しなくてすんで良かったです。
ごめんねー、ただの冗談のつもりだったんだけどと悪びれることなく笑う茉莉お姉さん。わたしに対して悪印象は持っていなささそうですし、きっと悪い人ではないのでしょうが、仲良くなれるか少し心配です。
あははと笑いながら、ごめんごめんと謝った茉莉お姉さんは、先程ポケットから出したお菓子をパクリと食べて、新しいものを取り出してわたしの口の中に入れます。知らない人から貰ったお菓子、食べも大丈夫なのかは少し心配でしたが、いただいたものを吐き出すわけにもいきません。ありがたく思いながら、サクッとした食感を楽しみます。
「こら茉莉ちゃんっ!ご飯の前にお菓子食べちゃダメって言ってるでしょ!」
めっ!する瑠璃華お姉さんと、ちゃんと食べれるもーん!と言い返す茉莉お姉さん。二人ともとても楽しそうなのは、それだけ仲良しさんだということでしょう。ちょっとだけ、いいなぁとうやらましく思います。
途中、2人のじゃれあいがわたしまで飛び火したりしましたが、なんだかんだで収まって、料理も完成します。交代でお風呂に入りながらお兄さんが帰ってくるのを待って、帰ってきたらみんなで揃ってご飯の時間です。
「もう自己紹介していると思うけど念の為に伝えておくね。茉莉、こちらはすみれさん。色々な事情があってうちで面倒を見ることにした。とってもいい子だから、迷惑をかけないようにね」
お兄さんがそう言うと、茉莉お姉さんはもちろんだよ!と言ってわたしに手を振ります。お兄さんから真っ先に釘を刺されるのは、それだけ普段から自由な言動が見られるからでしょうか。
「そしてすみれちゃん、これが茉莉。僕の妹で、突拍子もないことをすることもあるけれど悪い人間じゃない。嫌なことがあったら、言ったらやめてくれるから遠慮なく伝えるんだよ」
悪い人間ではないけど、いい人でもないかもしれませんねと瑠璃華お姉さんがちゃちゃを入れて、意地悪モードになったら泣くまでやめてくれない瑠璃ちゃんほどじゃないよと茉莉お姉さんに言い返されます。
誤解されるようなこと言わないで、それはこっちのセリフだし誤解じゃないですぅ〜!と、まるで子供みたいにやり取りをする二人。これまでかっこいいところばかり見てきた瑠璃華お姉さんのこんな姿は新鮮ですし、なんだか不思議な気持ちになります。
「見ての通りで、二人とも仲がいいんだけど、その分お互いに遠慮が全然ないんだよね。最初のうちは喧嘩じゃないかって心配になるかもしれないど、じゃれてるだけだから気にしなくていいよ」
ご飯に集中してないわるい二人の分を先に食べちゃおうかと言って、お兄さんはわたしのお皿の上にメインのおかずを載せていきます。二人がそのことに気付いたのは、もうわたしたちが食べ始めてしまってからのことでした。
私たちは待ってたのに先に食べちゃうなんてひどい!と言う二人に、いつまでも食べないのが悪いと言って、わたしに同意を求めてくるお兄さん。同意しても否定しても角がたちそうな恐ろしい状況です。なんでわたしを巻き込んだのでしょうか。
わたしが困っておろおろしていると、瑠璃華お姉さんと茉莉お姉さんはお兄さんを責めるような目で見ます。その圧に負けたお兄さんにごめんねと謝られて、この話は終わりました。なんだか、茉莉お姉さんがいるだけでお家の中がとても賑やかになりますね。
お兄さんも瑠璃華お姉さんも、茉莉お姉さんがいると元気になります。茉莉お姉さんがいない時の二人が暗いというわけではないのですが、生き生きとしていますね。まるで、友だち同士みたいな距離感になります。
「すみれちゃん、ちょっとおかずの減りがよくないね。ちゃんと食べてる?もっと食べなきゃだめだよ」
それとも私のご飯が食べられないというのかー?とおかずを乗せようとしてくる茉莉お姉さんが、作ったの茉莉ちゃんじゃないでしょ、酔っぱらいみたいな絡み方やめなさいと二人から叱られて引き下がります。お兄さんに渡された分でもちょっと多すぎるくらいだったので、助かりました。これ以上はお腹に入らなくなってしまいますから。
お米とおかずのバランスをおかずに偏らせて食べながら、何とか食べ切ります。もっと食べなさいとみんなから言われているから、わたしも胃袋を大きくできるように頑張っているのです。お腹いっぱいになってから、プラス一口。どれくらい効果があるのかはまだわかりませんが、きっといつか変わってくるはずです。
わたしが最後の一口を食べると、待っていてくれたみんなと一緒にごちそうさまを言います。遅く帰ってきたお兄さんはお風呂に、食器洗い当番の瑠璃華お姉さんは台所に。自然と、わたしと茉莉お姉さんの二人が残されます。まだ少し、どう向き合えばいいのかわからないこの人と、今だけは二人きりです。