無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
「ご飯は美味しかった?」
わたしが会話のきっかけに困っていると、それに気付いて気を使ってくれたのか、それとも単純に気になっただけなのか、茉莉お姉さんがそんなふうに話しかけてくれました。おいしかったと、いつも暖かいご飯を食べられて幸せだと伝えると、それなら私も頑張らないとねと茉莉お姉さんは笑います。こうしてみると、お兄さんに少し似ていますね。顔の造形とか、そういうものよりも、纏う雰囲気が似ています。特に、笑顔が。
ご飯を食べて、少し落ち着いて、やっと元々話そうと思っていたことを思い出します。突然住ませてもらうことになってごめんなさいと、仲良くしてもらえたらうれしいですと伝えます。
「そんなに何回も言わなくても、全然気にしてないから大丈夫だよ。最初はちょっと心配だったけど、すみれちゃんいい子だし、むしろ大歓迎!」
私末っ子だから妹がほしかったの!とカミングアウトする茉莉お姉さん。その言葉から察するに、わたしは頭の中が真っ白の中でも話さなきゃいけないことは話せていたようです。失礼にならなくて一安心ですね。
「本当に、よかったよ。二人を二人っきりにするために家を空けてたら、いきなり家族が増えるよ!なんて言われてびっくりしたんだもん」
おめでた報告にしては早すぎるし、何事かと思ったんだからと言う茉莉お姉さん。わたしが聞いていた話では、茉莉お姉さんはいんたーんしっぷ?に参加するために留守にしていると聞いていたのですが、二人のためというのはどういうことなのでしょう。
「そのことね。元々私たち三人でルームシェアしてたんだけど、お兄ちゃんと瑠璃ちゃんが結婚しちゃったから、私っておじゃま虫みたいになっちゃうでしょ?二人ですることもあるだろうから、その時間も確保してあげたくてね」
茉莉お姉さんが言う、二人ですることというのがなんのことなのかはわかりませんが、茉莉お姉さんがおじゃま虫になってしまうのであれば、わたしはもっとおじゃま虫なのではないでしょうか。優しくしてくれる二人にそんなふうに思われていたら、悲しすぎます。
「あんまり気にしなくていいよ、すみれちゃんと暮らすってふたりが決めた以上、私の考えすぎだったってことだし。余計なお世話のいらぬお節介だね。この分だと叔母さんになるのはまだかかりそうだし、私もしばらくはここでいいや」
見事に空回りしちゃったねー、と言う茉莉お姉さん。ところどころ、繋がりがわからない部分はありましたが、きっとわたしがものを知らないだけなのでしょう。とりあえずわたしがここにいても大丈夫そうだということはわかったので、今はそれだけでいいです。
そう考えていると、洗い物を終わらせた瑠璃華お姉さんが戻ってきました。二人でどんな話をしていたのかと聞く瑠璃華お姉さんに、茉莉お姉さんは私が末っ子脱却って話をしていたのだと言って誤魔化します。きっと、わたしに話してくれたことは、瑠璃華お姉さんには聞かせたくなかったことなのでしょう。それをわたしのせいで台無しにするのはいやなので、茉莉お姉さんの話に合わせます。嘘はついていないから、大丈夫です。
「そうなんですね。でもすみれちゃんしっかりしてるから、茉莉ちゃんじゃすぐに抜かされちゃうかも」
抜かされるって何が!?年齢!?と反応する茉莉お姉さんに、瑠璃華お姉さんは私の中で茉莉ちゃんは高校の時に……うぅ……と返します。よくわからないけど、なぜだか笑えないタイプの冗談のように聞こえました。とても不思議です。
「それに、茉莉ちゃんはあんまりお姉ちゃんって感じがしないじゃないですか。どこからどう見ても妹枠ですし、さらなる妹が現れたらもうそこからも落ちちゃいますよ」
私だって成長してるもん!お姉ちゃんだもん!と言う茉莉お姉さんに、瑠璃華お姉さんがそう返します。たしかに、あまりお姉さんっぽくは見えないかもしれません。こんなことを言ってしまうとよくないからお口チャックですが、少なくとも瑠璃華お姉さんと比べると瑠璃華お姉さんの方がとてもオトナに見えます。同い年と言っていたのに、不思議ですね。
「やめてっ!私から妹枠を取らないで!」
見捨てないで瑠璃お義姉ちゃん!と主張する茉莉お姉さんを見ながら、瑠璃華お姉さんはくすくすと笑います。よしよし、茉莉ちゃんはかわいいですねぇと頭を撫でながら、すみれちゃんもおいでとわたしを流し目に見ます。
優しそうな表情なのに、感じるとても強い圧。逃げることはできなさそうなので、諦めてそちらに寄ると、キュッと捕まって抱きしめられました。
「妹なんていくらいてもいいですからねぇ。おーよちよち。この子達は私が育てます」
顎の下をこちょこちょとくすぐりながら、逃れようとするわたしをホールドしたままの瑠璃華お姉さんが言います。瑠璃お義姉ちゃん、これ妹じゃなくてペット扱い。と、わたしと同じようにされているはずなのに何故か全く抵抗しない茉莉お姉さんに指摘されて、おやおやと言いながら撫でる場所を頭に変えます。こっちならくすぐったくありませんから、抵抗する必要もありません。
「……これはどういう状況なのかな?」
撫でられながら落ち着いていると、お風呂から上がってきたほかほかのお兄さんが、わたしたちのことを怪訝そうに見ています。私のペットと妹です、と楽しそうに言う瑠璃華お姉さんと、顎の下をくすぐられながらごろにゃーんとおどけてみせる茉莉お姉さん。
「タマのことは置いておくとして、そうしているのを見ていると、姉妹と言うよりも母娘に見えるね」
「……フシャー!」
ペット扱いのまま流された茉莉お姉さんが、瑠璃華お姉さんのように顎に伸ばされたお兄さんの手をぺしっ、として威嚇します。まだ会ったばかりですが、わたしは早くも茉莉お姉さんのことがわからなくなってしまいました。さっきまで秘密のお喋りをしていたのに、いつの間にかこんなふうになってしまっているのです。わかるはずもありません。
突然増えた情報量を処理しきれなくなり、何もかにも考えるのが面倒になってしまいます。優しく撫でてくれる瑠璃華お姉さんの手だけが安らぎで、目を閉じて体を預けると膝枕に移行してくれました。
「たくさん食べて、たくさん寝て、すくすくと大きくなるんですよ」
目指せ、樹高5メートル!とつぶやく瑠璃華お姉さんがわたしを植物にしようとしていることに、気が付きながらも何もする気が起きません。愛情を込めて育ててくれるのなら、もう木でもいいかななんて思ってしまいます。
本当は、全然良くないです。良くないですけれども、瑠璃華お姉さんの手はとっても優しくて、そんなふうに思ってしまいます。この優しさに包まれて、眠りたくなってしまいます。
瑠璃華お姉さんの履いている柔らかいパジャマの肌触りと、その奥にあるやわらかさ。じんわりと伝わる人肌の温もりと、一定のリズムで撫でてくれる手。みんなが話している声や、電気が眩しいことなんて気にならないくらい、ここは心地いいです。
そのまま、誰も止めないのをいいことに、瑠璃華お姉さんの膝を独占し続けます。目を閉じて、リラックスしたまま堪能します。
「すみれちゃん、もうお眠なら一回起きてお布団行きましょうね。私が着いて行ってあげますから」
瑠璃華お姉さんが、わたしの幸せの時間に終わりを告げます。先程までずっと続けてくれていた手を止めて、肩をトントンとたたきながらわたしを起こしてくれます。しかたがないので、後ろ髪を引かれる思いで起きて、お布団で寝る。
それが正しいことなのだと、そうするべきなのだと、頭ではわかっています。頭ではわかっているのですが、そうしたくないなと思ってしまいました。とっても幸せだったから、もっとこの時間が続いてほしいなと思ってしまいました。
起きたら、絶対にもう終わってしまいます。もっと続けてほしいとオネダリするのは、なんだか恥ずかしくて気が引けます。でも、瑠璃華お姉さんに終わりと言われたのだから、終わりにして、いい子にしないと嫌われてしまうかもしれません。
それは、嫌です。でも、終わってしまうのも同じくらい嫌でした。どっちも嫌になってしまって、どうしようもなくなった時に、ふとイケナイことを思いつきます。
言うことを聞かなくて嫌われてしまうのは、ちゃんと言ったのに聞かなかったからです。もし、聞いていなかったのであればしかたがないので嫌われることはきっとありません。そして、今のわたしは偶然にも、瑠璃華お姉さんの膝で、目を閉じたままずっとじっとしていました。
もしも眠っていたのであれば、瑠璃華お姉さんの言葉が聞こえなくても仕方がないことです。だって、寝ているのですから反応しようがありません。
そのことに気がついてしまって、一気にそうしたい気持ちが膨れ上がります。でも、それは瑠璃華お姉さんに嘘をつくことです。本当は起きているのに、自分はもう寝ているのだと騙すことになります。騙すのはとってもいけないことで、バレたらきっと嫌われてしまうでしょう。
だからダメだとわかっているのに、わたしは誘惑に負けてしまいました。狸寝入りをして、瑠璃華お姉さんの言葉を聞き流します。とんとんと肩を叩かれても動かないでいると、お兄さんがわたしのことを運ぼうかと提案しました。
瑠璃華お姉さんはそれを聞いて少し考えると、自分が運ぶから大丈夫だと言って、お兄さんに布団の用意をしてくるように頼みます。わたしのために、面倒をかけさせてしまうのが申しわけなくて、今からでもえいっ!と起きてしまえばいいのですが、なんだかんだでまた手を動かしだした瑠璃華お姉さんのせいでそれもできません。人のせいにするなんて、わたしは悪い子ですね。
「それじゃあすみれちゃん、移動しちゃうからちょっと頭避けますね」
お兄さんがお布団の用意を済ませて戻ってくると、瑠璃華お姉さんはわたしの頭を持ち上げて、膝枕を終わらせます。そのまま茉莉お姉さんに手伝わせて、わたしのことをおんぶしました。その間、わたしは眠っていますのでされるがままです。
「運びますから、あんまり動かないようにしてくださいね。暴れられると落としてしまうかもしれないので」
言われずとも、暴れるつもりなんてありません。けれど、もしかしたら落ちるかもしれないと考えると、絶対に動くわけにはいきませんね。緊張して、少し体が強ばってしまいます。
幸い、落ちるようなことにはならずに、お布団まで運ばれることが出来ました。その場でそっと下ろされて、布団をかけられます。髪を整えるように、優しく撫でられます。
「すみれちゃんは、とっても甘えん坊さんですね。大丈夫ですよ、変に気を使ったりしないで、もっと甘えてくれていいんです」
とても、優しい声です。まるで、わたしに話しかけているかのような言葉です。わたしが本当は起きていることを知っているかのように、声をかけて、髪を撫でます。
思い出してみれば、瑠璃華お姉さんは最初からずっと、わたしに話しかけて、声をかけていました。寝ている人を相手にするのならする必要のないことを、ずっとしていました。そのうえで、今の言葉。最初からばれていたのではないかと気が付いて、薄目を開けて瑠璃華お姉さんの表情を確認します。
瑠璃華お姉さんは、いたずらっぽく笑っていました。そんな瑠璃華お姉さんと、目が合ってしまいました。間違いなく、ばれていたし、今ので確信も持たれたでしょう。
「大丈夫、これは私たちだけの秘密にしておきますから。その代わり、またたくさん甘えてくださいね」
慌てて閉じたまぶたの向こうに、何かが近付いてきたのがわかり、耳元で囁き声が聞こえます。わたしの行動が全部ばれていた申しわけなさと、恥ずかしさが混ざって、顔が真っ赤になっているのがわかります。
おやすみなさい、と言われた言葉に返すこともできずに、わたしにできたのは枕に顔を埋めることだけでした。
よからぬ欲求が溜まってきたので発散してきます(遺言)(╹◡╹)