無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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初めてのお買い物3

 そんな眩しいものを見て、その選択を目にして、僕は自分の中の価値観を揺らされる。

 

 こんなに儚いものが、こんなにかよわいものが存在するのかと、存在していいのかと悩み、弱々しく握られた自分の服の裾に、かつてないほどの愛おしさを覚える。

 

 

 僕は、この子のために人生の一部を犠牲に出来ると思った。そんな子が、他に頼れるものがないと、自分のことを頼ってくれているのだ。支えない理由はどこにもないし、それが出来ないのなら僕など居なくてもいい。

 

 

 裾を握ったすみれが、今ほしがっているもの。今この瞬間のものも、今日来る目的になったものも。どんなものなのかは、僕には分からない。僕からわかるのは、すみれが何かを欲しがっていることと、それを手に入れるために自分が必要かもしれないことだけ。

 

 

 それだけわかるのであれば、行動なんてものはとても簡単だ。

 

 

 

「だいぶ落ち着いてきたみたいだけど、すみれはこの後どうしたい?行きたい場所とか、ほしいものがきまっているなら案内できるし、完全に決まってなくても大体のものは教えられるよ」

 

 

 

 この年頃の子が多く欲しがるもののざっくりした理解だけはしているが、すみれを一般的なこの年代の子と一緒に考えるのはだいぶ難しい。本人に聞くしか、正解を知る方法は無いのだ。

 

 

 深呼吸して、呼吸を整えたすみれの顔色はすっかり、とまでは言えないものの良くなっており、落ち着いたように見える。

 

 

「……ほ、本、本が欲しいです」

 

 

 欲しがったのは、本。最初に自己紹介した時にも好きだと言っていたし、僕が押入れにしまいこんでいたものも、何度かねだられて出した記憶がある。気になるのも当然だろう。

 

 

 新品のものと中古のものがあり、ここで取り扱っているのは新品で、中古専門の店は別の場所にあると伝えると、今日は新品を見たいと言われたため、書店に連れていく。

 

 

 顔色こそ良くなったが、態度としてはまだビクビクしているすみれを背中に隠すように歩いて、着いたのは紙とインクの匂いがする場所。

 

 少しトイレに行きたくなりながら、すみれを促して背中からだす。最初に連れてきたのは、キッズ向けコーナーの図鑑エリア。

 

 

「ひ、……うわぁ……っ!」

 

 視界が開けたことに一度怯えて、本人が好きだったと語った図鑑が並んでいることに、感嘆の声を上げる。

 

 おっかなびっくりながらも僕の後ろから出て、陳列されている図鑑のシリーズから、何かを探す。

 

 少し探して、見つかったらしいお目当てのものは、美しい海の生き物図鑑。嬉しそうに、懐かしそうに最初の数ページを開いて、少しだけ読むと閉じ、大切そうに胸に抱いた。

 

 少しだけにまにまして、来て良かった!と全身から喜びを放つ。そしてもう一度図鑑の表と裏を眺め回して、

 

 

「……ぇ」

 

 

 裏面の、バーコードの下を見て表情を消した。

 

 

 あんなに嬉しそうにしていたのに、どうしたのかと思って、つられてそこに目をやると、書いているのはほぼ4000。色々なものが欲しいから、揃っている場所をと要望を出したすみれには、きっと予算的な意味で厳しいのだろう。

 

 それに、まだ死ぬことを視野に入れているのだとすれば、その分のお金も貯めておかなくてはならない。予算の4分の1以上を一冊の本に取られるのは、だいぶ痛いだろう。

 

 

 しばし悩んで、とても辛そうに、寂しそうにすみれはそれを元の場所に戻した。

 

 

 その様子に、心が痛む。きっと、思い出深いものだったんだろう。ネットで調べて気になっていた程度であれば、あんなに嬉しそうにはしないだろうし、値段を見て棚に戻すなんてこともない。

 

 それを、諦めているのだ。値段を理由に、あんな顔をしながら見送っているのだ。

 

 

 すみれの買い物、と考えるのであれば、変なお節介を焼いて僕が買う、なんてことはするべきじゃないと思う。この先も生きていくなら、必要なものやほしいものを自分のお小遣いの中でやりくりしつつ取捨選択する必要もあるだろう。

 

 

 けれど、最初から余計なお節介のつもりで、すみれに幸せになってもらいたいと行動している僕が、こんな悲しそうな顔を見過ごすのは、それもまた違う気がする。いや、素直に言おう。こんな顔は見たくない。

 

 

「今見てた図鑑、よく知ってるやつなのかな?どんな内容なの?」

 

 

 人から見たら、ただのお節介焼きなだけではなく無駄に甘くて、教育に良くないとか思われたりもするのだろう。

 

 突然聞かれたことに驚いたらしいすみれが、その図鑑の簡単な内容と、それが自分にとってどんな存在だったのかを簡単に教えてくれる。

 

 

「やっぱり、思い入れがある図鑑なんだね。プレゼントするから、後で読ませてくれないかな?」

 

 

 以前読んだ、“デート必勝法!!”なんて胡散臭い記事なんかでは、“彼女が欲しがっていたものはこっそり買ってプレゼントすべし!”なんて書いてあったが、そもそもこれはデートでは無いので、堂々と目の前で買ってプレゼントする。

 というか仮にデートだったとしても、怯えてて背中に隠してあげなくちゃまともに歩けない子を1人放置して、プレゼントをこっそり買っておくとか鬼畜の所業ではないだろうか。僕は訝しんだ。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 ちょっとおっきい声。キッズコーナーだったとはいえ、元が比較的静かな書店だ。周囲の視線が集まるが、嬉しそうに図鑑をとって抱きしめるすみれの姿に、それも生暖かいものになった。

 

 

 その温度に少し居心地悪くなりながら、すみれを促して他に欲しい本はないか聞く。何冊か伝えられた本は、少し古めのものだということもあり、書店には置いていなかった。調べてみたところ図書館で貸出ができるとの事なので、それを伝えて会計を済ませてしまう。

 

 すみれが最初に欲しがっていたものが買えなかったわけだから、落ち込んでいないか少し気にして見てみたが、袋に入れられた図鑑を抱えてにこにこしてるのを見るに大丈夫そうだ。

 

 

 他に見たい場所がないか聞いて、ヘアピンなどの小物や手芸セットなどを買い揃え、自分が楽をするためだとキッチン用品を自腹で買おうとするのを止めて買い、気がつくともう30分が経っていた。

 

 最初は背中の後ろから出てこれなかったすみれもお手頃な価格で売っていたキャスケット帽を被せてやると、少し安心したのか服の裾を掴んだまま斜め後ろを歩けるようになり、初めてのお出かけは大成功と言ったところだろう。

 

 

 歩き疲れて、ペースが落ちてきたすみれのために一度休憩を挟むべくベンチに移動して、先程とは異なり人がそこそこいるところに座る。

 

 やはりというか、人がいるせいで安心できてはいない様子のすみれだが、もっと人が多いところを歩いた経験のおかげか、極度に顔色が悪くなることはなくなった。だいぶ不安そうにこそしているものの、図鑑の入った袋をぎゅっと抱きしめながらそれに耐えられているようにも見える。

 

 

「この後はどうしたい?一応、ちょっと早いけどお昼ご飯を食べることもできるし、まだ買い物を続けてもいい。他にないなら、来週分の食材だけ買って帰ることもできるよ」

 

 

 だいぶ疲れてきているであろうすみれに尋ねると、お昼は決めているものがあるから帰ってから作りたいとのこと。買い物はまだしたいけど、体力が持つか心配だと言うからまた今度に回すことになった。

 

 

「食材は、買っていきたいです。どんな風に売られてるのか気になるから」

 

 

 一応、すみれにここか車で待っていてもらって、その間に僕が一人で買ってくることもできると伝えたが、本人の強い希望によりこれは却下。もう少ししたらちゃんと歩くから、一緒にいて欲しいと言われ、横に座ってお喋りをする。

 

 

「帽子と図鑑、ありがとうございます。どっちも大切にしますね」

 

 あまり気にしなくてもいいけど大切にしてくれるのは嬉しいと返し、その後はすみれが今日買ったものの話をする。前髪が伸びてきたから、分けるためにヘアピンを買ったこと。オシャレなものがわからないから、大きくて使いやすそうなものにしたこと。買った裁縫道具でちょっとした小物を作りたいから、完成したら部屋に飾りたいこと。

 

 

 のんびり話して、一階の食品コーナーに移動する。先程までよりもさらに多い人に、また背中の後ろに戻ってしまったすみれだが、買うものとその個数なんかはしっかり覚えているようで、聞くとひょこっと顔をのぞかせて教えてくれた。

 

 その動きがかわいらしくて、面白くてつい必要以上に訊ねてしまったのは、バレたらむくれそうだから、内心にしまっておく。

 

 

 ちょこちょこと後ろを着いてくるすみれを伴った買い物はそんな感じで終わり、帰りの車では、疲れてしまったのか小さな寝息を立てていた。

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