無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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初めてのお買い物(裏1)

 先日ドーナツを買ってもらった時から、わたしは生活のルーチン化に悩んでいました。

 

 お兄さんより早く起きて朝ごはんを作り、一緒にご飯を食べて見送り、片付ける。お昼は余り物で適当に済ませ、3時くらいから晩御飯の準備を始める。

 

 空いている時間にすることが、お昼寝だったり勉強だったり、まれにソリティアだったりと、細かな違いこそありますが、生活のリズムだったりは一定で、ほとんど変わり映えしません。最初こそ、何から何まで新鮮だったので、食事中の会話にも事欠かなかったけれど、最近はほとんど一日中お話できる内容を探している始末です。

 

 

 食事の質こそ少しずつ上がっているため、お兄さんの生活に食い込むという点では上手くいっているものの、こんなにいい子なだけの生活では、わたしはつまらなく思ってしまいます。

 

 それもこれも、悪い子の幸せを知ってしまった弊害です。もっとお兄さんに、わたしのことを考えて欲しいです。わたしのことを見て、わたしのために何かをして欲しいです。

 

 そのために、何かいいものがないか考えてみますが、あまりいい方法は思いつきませんでした。わたしが仮病でも使えば、お兄さんはとても心配してくれるでしょうが、その嘘がバレたら見放されてしまうかもしれないので、それはだめです。

 

 

 他の手段も考えて、考えているうちに、何も思いつかずに日々は経ってしまいます。瞬く間に一週間が過ぎて、 お兄さんからもらったお小遣いも、気付いたら一万円を超えていました。

 

 大体2万円分で、わたしの最初のおねがいを聞いてくれるという話だったので、何もしなければ今日までと同じ時間を過ごしてわたしはいなくなることになります。そう約束した以上仕方の無い事なのですが、当然わたしはまだ出ていきたくありません。

 

 

『頼むから出ていってくれ。もう帰ってこないでくれ』

 

 

 出ていってなんて、やりません。こんなことを言わせないように、ずっと居座ります。

 

 そのためには、まずお金を減らさなくてはなりません。欲しいものがあれば使ってもいいと、お兄さんにも言われています。何かを買えばそれだけ長くここに入れるわけですから、本当にお兄さんは隙だらけです。

 

 

 もしかしたらお兄さんなら、お金が十分に貯まった後でもここにいさせてくれるかもしれませんが、その可能性に甘えすぎてはいけないでしょう。なにか使い道を考えて、欲しいものを探しに買い物に行くことが思いつきました。

 

 知らない場所に行くことどころか、この家から踏み出すことすら怖くて仕方がないけれど、この理由なら、きっと優しいお兄さんは着いてきてくれます。わたしが行きたいと言って、でも不安だと言えば着いてきてくれるはずです。

 

 だって、お兄さんは優しいんですから。多少迷惑をかけることにはなると思いますが、もとよりわたしはお兄さんに捨てられるまでここから離れないつもりなのですから、迷惑は今更です。

 

 期限をつけずにいつまでもいていいとか言ったお兄さんが悪いんですから、わたしは全力で甘えます。悪い子ですから、当然です。

 

 

 それに、それに、一緒に出かけてくれると言ってくれるのであれば、お兄さんがなるべく早くわたしを追い出そうとしていないと考える根拠にもなります。たくさん無駄遣いしても笑ってくれるなら、お兄さんがわたしを疎んでいない証拠にもなります。

 

 

 そして何より、わたしを外に出すということは、周囲に住んでいる人達にわたしの存在が露見する危険があるということです。もし将来的に着の身着のまま追い出されたら、わたしがお兄さんの家にいたと思い出す人もいるかもしれませんし、綺麗に体が残ったまま海に沈んだら、誰かが関連付けて思い出してしまうかもしれません。

 

 

 つまりは、お兄さんにとって百害あって一利なしな行動になるわけです。また、仮に今は追い出すつもりがなかったとしても、将来的に追い出そうと思ったなら、その事実が心理的抵抗を覚える一因にもなります。

 

 

 とまあ、ここまで考えてはみましたが、まず間違いなくこの要望が叶うことは無いでしょう。あまりにもお兄さんに得がありませんし、わたしのわがままが過ぎます。

 だから、これはあくまでも断られる前提。ドアインザフェイスの大きな要望です。わたしは悪い子なので、最近知ったばかりのテクニックを使ってわがままを言います。

 

 本命のわがままは、お兄さんにお願いして通販を使わせてもらうことです。

 

 買い物さえしてしまえば、ここに居座れる日にちが増えます。役に立つものを買ったり、お兄さんに受けいれて貰えるようなものを買ったりすれば、よりここの居心地が良くなるかもしれませんし、お兄さんに大切に思ってもらえるかもしれません。

 

 我ながら、かなりの策士と言っていいのではないでしょうか。優しいお兄さんの性格を計算に入れた、高度な策略です。

 

 

「お兄さん、実はちょっと相談したいことがあるんです」

 

 

 そんな用意をしつつ、ご飯を食べ終わったあとの、お兄さんが一番油断しているタイミングを狙って、わたしはお兄さんに交渉?をもちかけます。こんなことは初めてということもありかなり緊張しながらになりますが、わたしは上手くお兄さんに伝えられているでしょうか。

 

 

「実はその、外でのお買い物というものに興味を持ってしまいまして。今週の土曜日か日曜日のどちらかで、少しお時間いただけないでしょうか?」

 

 

 ドアインザフェイスの、顔を入れたタイミングです。これは断られる前提で、本題はこれを断られた先なのですが、あまりにも厚かましい要求に、お兄さんが愛想をつかしてしまう可能性もあります。そうなってしまえば、わたしの思惑が破綻するどころか、今すぐ出て行けと言われてしまうかもしれません。

 

 その事に今気付いて、慌てて取り繕うとします。たとえドアインザフェイスを使っても、最初の顔が玄関から見えないくらいに大きければ、直ぐにバタンと閉めてそのままになります。

 

 

「そのっ!……ダメだったら全然いいんです。完全にわたしのわがままですし、嫌で当然だと思います。やっぱり迷惑ですよね……」

 

 

 必死の言い訳。その中に、もしお兄さんが気にしていなかったら、これを断ったら罪悪感を覚えるかもしれない言葉を入れることが出来たのは、わたしのアドリブ力の勝利でしょう。

 

 

「いや、ごめんね。全然ダメじゃないんだ。ただ、あまりにも予想外だったから理解が追いつかなくてね」

 

 嫌われただろうと思ったわたしの内心を推察してか否かはわかりませんが、お兄さんはそんなことを言ってくれました。

 

 

 

 ……正直なことを言うと、驚きすぎて叫びそうです。だって、これはあまりにもお兄さんにとって利益がなくて、リスクが高いからこそインザフェイスの役割にしていたのです。却下される前提の欲張りセットだったのに、それが認められてしまったのです。

 

 そんな中で、動揺しないはずがありませんし、考えないはずがありません。それなのに、お兄さんはほぼノータイムで答えてくれました。わたしの話を断る罪悪感なんて考える時間もなく、それが当然とでも言うかのようにすぐに返事をしてしまいます。

 

 

 

「買い物だね、いいと思うよ。今はネットとかでも色々買えるけど、やっぱり自分で目で見て、手で触れたものの方がハズレは少ないからね」

 

 

 その言葉の速さや、淀みのなさを考えると、お兄さんは素直にそう思っているのでしょう。でも、おかしいんです。あまりにも多い不都合を、お兄さんがわかっていないはずがありません。

 

 これは、調子に乗らせたところで身の程を弁えろとわからせられる展開なのでしょうか?正直なところわたしはもう何も分からなくなりつつあるので、言葉の表を素直に聞いた時の言葉を吐き出します。

 

 

「ほ、本当ですかっ?できれば色々なものを見てみたいから、たくさんのものがある場所がいいんですけど、おすすめのところってあったりしますか?」

 

 

 さすがに、ここまで甘えきったところを見せれば喝を入れられるでしょう。そう信じて言ったのに、お兄さんは真剣に悩んでくれた上に、良さそうな場所の検討が立ったと教えてくれました。

 

 しかも、当日はその準備やら時間のスケジュールやら、その他もろもろ全てひっくるめてエスコートしてくれるとまで言ってくれます。

 

 

 

 そうして、2、3日ほど気もそぞろな時を過ごして、その日は来てしまいます。あまり集中できない中で、朝ごはんを作りました。本当にそんな場所に行けるならと、ジャンル別でほしい物リストも作りました。

 

 

 お兄さんから聞かされていた出発時間を迎えて、今どきほとんど使われていないはずのがま口財布に入った一万五千円弱を受け取って、ドキドキというかビクビクしていると、お兄さんから体調と精神的なものが大丈夫か聞かれたので、今のところは大丈夫なことと、初めての経験に緊張と若干の恐怖を抱いていることをそのまま伝えます。

 

 その言葉に、若干緊張を解されたこともあり、お兄さんの服装を見ると、最近の流行りなどはわからないにしても、ある程度はバランスが取れていて、まともな格好であることがわかります。

 

 

 それに引き換え、わたしの着ているものは、お兄さんが一から用意してくれた一式のままです。まともに靴を履いたことがなかったこともあって、頭のてっぺんからつま先まで、全部お兄さんが選んでくれたもので溢れています。

 

 

「おかしいところとか、ないでしょうか?」

 

 

 それをおかしいと言われてしまうことは、おそらくないとは思いたいですが、服自体はかわいいけどわたしには似合ってないなんて可能性もあり、つい聞いてしまいます。お兄さんと一緒に歩かせてもらうのに、おかしな格好をして恥をかかせてしまうわけにはいきません。

 

 

 かわいらしいと褒められ、顔が赤くなってないか心配しながら、初めての靴の感覚を確かめるべく玄関で足踏みをしてみます。少し締め付けられるような感覚はありますが、足の裏に硬くて柔らかいものが挟まっている感覚が、不思議です。

 

 ドアノブを握って、ちょっと熱くなっていた顔が冷えるのを感じます。と言うより、全身から体温が無くなっていきます。お兄さんに、外に出ても大丈夫だとアピールしたくて、自分で玄関を開けて外に出れるなんて言ってしまいましたが、かなり早まったかもしれません。手を引いてもらえばよかったです。

 

 

 顔の熱が引いたのはいいですが、手や足が震えるまで怖いのは、全くよくありません。ドアノブなんてガタガタ言ってしまってますし、手だってすぐに外れてしまいそうです。足も、いつ崩れてしまうかわかりません。

 

 

 後ろでお兄さんが見ていることを支え、と言うよりも鞭にしながら、何とか回しきります。体重をかけて開けたせいで、押した扉に引っ張られて、足を踏み出します。

 

 

 以前一度だけ、サンダルで歩いた時とは、全く違う、やさしい踏み心地。お兄さんに買ってもらった靴を汚してしまうのは少しだけ心苦しいけれど、それが気にならなくなるくらいには、明るい外は綺麗でした。

 

 

 

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