無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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すみれちゃんネグレクト開始から一年経ってないくらいの頃の話です。

 afterとありますがbeforeは次の話になります。


閑話 昔昔の誕生日(after)

 

 

 お母さんが厳しい表情をすることが多くなって、お母さんがわたしをよく怒るようになって、しばらくが経ちました。

 

 わたしの顔を見るのが嫌になったらしくて、わたしの居場所はいつの間にか押し入れの中になっていました。お母さんが買ってくれたものも、少しずつ無くなっていって、今では以前の半分ほどになってしまいました。

 

 

 何が原因なのかは、わかりません。ただ、何が原因があるのは確かだと思います。

 

 だって、お母さんはすごく優しい人なんです。理由もなく怒る人ではありませんし、八つ当たりをするような人でもありません。

 

 

 いつもお仕事を頑張っていて、わたしを育ててくれています。辛いことがあっても、わたしの前では笑顔でいてくれました。泣いていても、わたしが起きたらすぐに笑顔を浮かべてくれました。

 

 そんなお母さんが、怒っているのです。きっと、わたしがなにかしてしまったのだと思います。何をしてしまったのかはわからないけど、謝りたいです。ごめんなさいと言って、怒ってる理由を教えてもらって、直したいです。

 

 

 けれど、この間聞いた時には、お母さんは怒っていないと言って、怒りました。たぶん、なにか辛いことが重なっていたのだと思います。優しいお母さんが怒ってしまうだけの何かがあったのだと思います。

 

 

 

 考えて、考えて、考えます。お母さんに怒っている理由を聞くためには、お母さんが怒っていない状態を作るしかありません。そのためには、お母さんが笑顔でいてくれるための何かが必要になります。

 

 

 考えます。お母さんが笑顔になるもの。たとえ少し怒っていたとしても、思わず笑顔になってしまうようなもの。

 

 考えて、考えて、視界の隅に図鑑が映ります。美しい海の生き物図鑑、わたしの大好きな図鑑で、かなり前にお母さんからプレゼントしてもらったものです。

 

 

 いつもいい子だから、頑張っているからご褒美だよと、本屋さんの包みを渡してくれたこと。その時の嬉しさと、頭を撫でられた安心感を思い出します。

 

 あんな嬉しさがあれば、お母さんも笑顔になってくれると、確信がありました。そのためには、なにかプレゼントを送らなくてはなりません。

 

 

 

 考えます。わたしがお母さんに渡せるプレゼント。お母さんみたいに、外で買ってくることはできません。沢山ものを持っている訳でもないので、あるものの中からどうにか見繕わなくてはなりません。

 

 考えます。わたしが持っているものをそのままプレゼントしても、きっとお母さんは喜んではくれません。だって、わたしが持っているものは全部お母さんに貰ったものなのですから。それを渡しても、ただ返しただけになってしまいます。

 

 

 

 考えます。それなら、お母さんがくれたものから、なにか新しいものを作れれば、素敵なプレゼントになるかもしれません。幸いなことに、わたしは手先が器用だと褒められたことがあります。

 

 

 何なら作れるか、考えます。できれば長く使えるもので、普段の生活の中で使えるもので、身につけられるものがいいです。

 

 ちょっとしたアクセサリーを作るのがいいでしょう?

 いえ、普段お母さんが着けているものと系統が合わなかったり、素材の質が違ったりすると違和感の元になります。

 

 

 髪留めなんかはいかがでしょうか?

 いえ、お母さんの裁縫道具を勝手に借りるのは気が引けますし、そもそも良さそうな生地に心当たりがありません。

 

 

 であれば、手袋はどうでしょう?

 いいかもしれません。昔お母さんに編んでもらった、小さくなって着るのが大変になってきたセーターがあります。あれを解けば、作ることは出来そうです。

 けれど、手袋ともなればサイズが大切です。どんなに素敵なものが出来ても、入らなかったりブカブカだったりしたら、使えません。どうせならお母さんにはピッタリのものを作ってあげたいので、手のサイズがわからないのは致命的です。

 

 最後にお母さんの手に触れたのが、しばらく前のことでなければ、記憶の中の手の大きさから推測できたとも思いますが、ないものねだりをしても仕方がありません。候補の一つとして、ほかのものを考えます。

 

 

 編み物つながりで、マフラーはどうでしょうか?

 かなりいいと思います。手袋同様、作ることは出来そうですし、サイズなんかもありません。防寒着として首に巻いて歩くのも、そこまで異質に見えることは無いでしょう。ある程度の長さがあれば使える上に、外だけではなく家の中でつけることもできます。

 

 ひょっとして、完璧なのではないでしょうか。自分の発想を自画自賛しながら、具体的なものを考えます。シンプルな編み方もいいですが、少し寂しい気もします。ワッフル編みなどもいいかもしれませんが……やはり一番はアラン編みでは無いでしょうか。

 

 いくつか種類のある編み方で、独特の華やかさ、とでも言うべきものがあると思います。その中でも、お母さんに送るのにふさわしい模様、アランハニーカムなどがいいのではないでしょうか。労働への対価という意味があるので、いつも頑張ってくれているお母さんにはピッタリだと思います。

 

 

 編み方を決めたら、あとは時間をかけて編むだけです。不幸中の幸いと言うべきか、何もするなと言われているため、時間だけは沢山あります。プレゼントはサプライズで渡したいから、お母さんに隠れて何日も何日も編み続けて、お母さんの誕生日の一週間前に出来上がります。サプライズプレゼントにはピッタリのタイミングではないでしょうか。

 

 

 

 お母さんの誕生日とわたしの誕生日が一緒だから、これまでの誕生日はほとんどわたしが祝ってもらっていました。お母さんも誕生日なのに、わたしが食べたいものを作ってくれて、わたしが喜ぶプレゼントをくれて、わたしのために用意してくれていました。

 

 

 でも、今年は逆です。お母さんに怒っている理由を聞いて、仲直りするために、わたしがたくさんお母さんをおもてなしします。ご飯は勝手に作るなと言われてしまっているので、渡せるものはプレゼントとありがとうの気持ちくらいです。

 

 でも、それでもきっと伝わってくれるから。喜んでくれるから。プレゼントのマフラーを丁寧に畳んで、用意します。去年使った飾りがしまってある箱を引っ張り出して、部屋を綺麗に飾ります。お誕生日らしくなった部屋に満足して、後はお母さんが発揮できるのは、帰ってくるのを待つのみです。

 

 

 これならきっと喜んでくれるはずだと自信を持って、お母さんが帰ってくるのを待ちます。きっと今日も疲れて帰ってくるお母さんを笑顔で迎えようと、待ち続けること数時間。いつもならとっくに帰ってきている時間なのに、帰りが遅いのはそれだけお仕事を頑張っているからでしょう。

 

 だいぶお腹も空いてきましたが、我慢します。きっとお母さんも、お腹を空かせながら頑張っているのです。わたしだけが辛いとわがままを言うわけにもいきません。

 

 

 まだかな、まだかなと、サプライズへの楽しみ半分、ご飯への渇望半分でお母さんを待ちます。もう、いつ帰ってきてもおかしくありません。

 

 リビングのソファに座って待ちます。ここしばらくは待つ場所と言えば押し入れの中でしたが、お母さんをお出迎えするためには、こっちで待っていた方が便利です。

 

 

 待ち続けて、真っ暗になりました。お母さんが居ない時は電気をつけてはいけないので、真っ暗です。カーテンもかかっているので、外の明かりが差し込むこともありません。家電の、小さな明かりだけがわたしの光源です。

 

 暗いところでも見れるようにと、少し特別な塗料が塗られているらしい時計を見て、時間を知ります。時計以外、まともに見れるものがないから、時間を見るだけで待ち続けます。

 

 

 9時をすぎ、10時になり、11時が近付いて来ます。今まででいちばん遅い時間で、お母さんに何かあったのかと心配になりますが、わたしには待つしかできません。

 

 

 

 ガチャりと、玄関が開く音が聞こえました。飛び出して玄関でお出迎えしたいのを必死に耐えて、ソファで待ちます。玄関を開けた時に、他の人が偶然部屋の中をのぞきこんでしまったら、わたしの存在がバレてしまうからです。

 

 だから我慢して、玄関の電気が点いて、扉がしっかり閉まるのを待ちます。そこまで待って、お母さんの元に行きます。

 

 

「お母さん、おかえりなさいっ!!」

 

 

 笑顔でいた方がかわいいとお母さんは言ってくれました。笑顔でいるのを見て、嫌な気持ちになることなんてないと言ってくれました。

 

 だから、お母さんをお出迎えする時は、嬉しいこととか楽しみなことを考えながら、笑顔で迎えます。きっと、わたしのサプライズに喜んでくれるだろうと、いっぱいの笑顔を浮かべます。

 

 

「……チッ」

 

 

 壁に手を付きながら、靴を脱いでいるお母さんは、眠たそうな目をわたしに向けると、舌打ちをします。

 

 手に持ったままの荷物が、靴を脱ぐのに邪魔そうだから、一度受け取ろうとします。

 

 

「大事なものが入ってるんだから触らないでっ!」

 

 受け取ろうとした荷物は、引っ込められてしまいました。わたしが無理に受け取ろうとしたせいです。

 

 チクリと胸が痛みます。けれど、今日はお母さんに笑顔になって欲しいから、わたしは笑顔を崩しません。

 

「……っ、あのね、お母さん。今日はお母さんの誕生日でしょ、だからわたし、頑張って準備したの!」

 

 お母さんがちょっと怒っていても、きっとわたしが頑張ったのを見てくれれば、わかってくれるはずです。褒めてくれるはずです。

 

 だから見てほしいと、部屋の電気をつけます。

 

 部屋の飾りは、これまで毎年少しずつ増やしてきた、誕生日の時の大事な飾りです。一回しか使わないで捨てちゃうのがもったいないからと、わたしがわがままを言ってずっと残してきて、少しずつ豪華にしてきた、これまでの誕生日の歴史です。

 

 

 去年までは、高いところの飾りはお母さんにやってもらっていましたが、今年は一人で頑張りました。これを見たら、絶対喜んでくれるはずなんです。

 

 ちょっと悲しくて泣きそうなのを我慢しながら、お母さんに部屋を見せます。きっと褒めてくれる。そう思っていたのに、部屋の中を見てもお母さんは何も言ってくれません。

 

 

「……おかあ、さん?」

 

 

 ギュッと強く握られた手が、震えています。なにかに耐えるように、お母さんはじっと動かなくなってしまいます。

 

「おかあさん、おかあさん」

 

 わたし、頑張ったんですよ?高いところも椅子に乗って飾ったんです。壁に画鋲はダメって言われてたから、跡がつきにくいマスキングテープで止めたんです。なんで、褒めてくれないんですか?

 

 

 お母さんの腕に触って、お母さんを呼びます。呼んで、呼んで、呼んで、不意に力が抜けたお母さんの腕に押されて、転んでしまいます。床に並べた折り紙の飾りが、テッシュで作ったお花が、わたしの下敷きになって潰れます。

 

 

「……また余計な手間をかけさせて」

 

 お母さんは、喜んでくれませんでした。褒めてもくれませんでした。ただ、心底不快そうにわたしを見て、大きなビニール袋にわたしの飾った飾りを入れていきます。

 

 

 なんで、輪飾りを引きちぎるのでしょうか。なんで、紙風船を割るのでしょうか。なんで、一緒に作ってくれた飾りを、足で蹴りながら集めるのでしょうか。なんで、袋に入らないからと押しつぶすのでしょうか。

 

 

「邪魔だから押し入れに戻ってなさい」

 

 

 なんで、笑ってくれないのでしょうか。

 

 

 

 頭が真っ白になります。お母さんと一緒に作った、誕生日の思い出を壊されているのに、お母さんを止めることすらできません。お母さんと仲直りがしたいだけなのに、前みたいに優しくして欲しいだけなのに、余計にお母さんを怒らせてしまいました。

 

 

「はやくっ!!!」

 

 

 怒鳴られて、逃げます。こわくて、どうすればいいのかわからなくて、押し入れの中に逃げます。押し入れに入れば、お母さんに怒られることはありません。優しくしてもらうことも、褒めてもらえることもないけど、怒られることもありません。

 

 

 だから逃げて、なんで怒られてしまったのかを考えます。お誕生日の飾りが壊れたことを泣くよりも先に、お母さんに謝るために理由を考えます。

 

 

 お母さんがいない間に、部屋の中で過ごしていたことでしょうか。

 お母さんがいない間に、部屋の中を好き勝手していたことでしょうか。

 お母さんが帰ってくるまでに、押し入れに入っていなかったことでしょうか。

 お母さんの帰りを、ずっと待っていたことでしょうか。

 嫌だと言われていたのに、帰ってきたお母さんの前に顔を見せたことでしょうか。

 頼まれてもいないのに、お母さんの荷物に触ろうとしたことでしょうか。

 お母さんが頑張って働いていた間に、のうのうと過ごしていたことでしょうか。

 怒りを我慢しているお母さんに、しつこく話しかけ続けたことでしょうか。

 

 

 わたしが、お母さんの言うことを聞けない悪い子だからでしょうか。

 

 

 

 

 

 謝りたいと、思います。謝らなくてはいけないと思います。お母さんの意志を無視して、勝手に誕生日のサプライズなんて考えるべきではありませんでした。やりたいことがあるなら、まず最初にお母さんに相談するべきでした。

 

 

 一人でなにかと頭を回して解決しようとするのではなく、お母さんと仲直りしたいことを言う席でした。

 

 音を立てないように、ペちりと両の頬を叩いて気合を入れます。ちゃんとお母さんに、ごめんなさいを言って、怒っている理由を聞いて、いつもありがとうと、お誕生日おめでとうの気持ちを込めてマフラーを渡します。

 

 

 そう心に決めて、綺麗に畳み直したマフラーを抱いて、押し入れから出ます。わたしが長々と考えていたこともあって、もうお母さんはとっくに片付けを終わらせていて、誕生日の飾りは全部袋の中に詰められています。今日はお外でご飯を食べてきたのでしょうか、普段であれば料理をしていますが、コップの中の水だけを飲んでいます。

 

 

「……なに?」

 

 

 やっぱり、不機嫌なままです。でも、わたしは頑張ります。お母さんの機嫌だけで怯えたりせず、言いたいことを伝えます。

 

 

 ごめんなさいと、なんで怒っているのかと、ありがとうと、おめでとう。何度かつっかえながらも、全部伝えて、お母さんにマフラーを渡します。

 

 

 

「……チッ、ハァ」

 

 受け取ってくれて、広げてくれました。大切なお母さんへの、感謝の気持ちを込めたマフラーです。お母さんはそれを少し見ると、丸めてゴミ箱に投げます。

 

 

「ごめんなさいって言うくらいなら最初から何もするな」

 

「なんで怒ってるのかって?お前を見ているとムカつくからだよ」

 

「ありがとう?知らない間に皮肉まで覚えちゃってまあ、ウザったい」

 

「それで、おめでとうだって?あんな古くてボロボロなもの、貰ったところで喜ばれるとでも思ってるの?それとも私にはボロ着がお似合いだとでも言いたいわけ?」

 

 

 

 

 あたまが、とまります。なにもかんがえられなくなって、なにもわかんなくなって、きがついたら、おしいれのなかにいます。

 

 

 

 

 かなしいのでしょうか、くやしいのでしょうか、むなしいのでしょうか、おこっているのでしょうか。なぜだかわからないけど、むねがはりさけそうです。なみだがとまらなくて、とまらなくて、ひっしにこえをころします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、朝になっていました。せめて、変わってしまったけどお母さんに貰ったものを取り戻したいとゴミ箱を覗くと、空になっていました。

 

 わたしの作ったマフラーは、誰にも着けられることなく、どこかに無くなってしまいました。

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